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林哲夫の文画な日々2
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金井さんの買ったマルドロールの歌

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この『マルドロールの歌』(LIBRAIRIE A. G. NIZET, 1947)は先日の下鴨で求めた。本自体はどうということもない。ロートレアモンを見つけるとつい買いたくなってしまうだけのこと。ただし、この本にはオマケがついていた。こんな領収書である。

金井さんの買ったマルドロールの歌_f0307792_20482149.jpg

神戸市垂水区の金井一義さん宛のもの。すぐにピンとこなかったのだが、金井さんは元町高架下にあった「皓露(こうろ)書林」という古書店の店主である。小生も昔のブログにその訃報を載せていた。

《皓露書林の金井一義さんがつい最近亡くなられたとのこと。昨年十二月の海文堂書店の「三箱古本市」に出品してくださって、その会場で一言御挨拶しただけだが、かつての店の様子とともに忘れられない古書店人である。ご冥福をお祈りする。皓露書林については『神戸の古本力』(みずのわ出版)を参照されたし。》2007-04-29

記憶では皓露書林の棚は日本文学が中心だったはず。おそらく自分用かと思うが(というか、店を始める前?)、金井さんはこんな本も買っておられたのだ。売り手の「ふゆ文庫/土屋恩味」、検索しても何も情報が出てこないのが歯がゆい。

なお、これを買った店は口笛文庫さんである(なるほどね)。念のため検索してみると、AbeBooks.fr では今一冊しか見当たらず、「けっこうするな」という値段です。



# by sumus2013 | 2022-08-14 21:04 | 古書日録 | Comments(0)

ヴォルプスヴェーデふたたび

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種村季弘『ヴォルプスヴェーデふたたび』(筑摩書房、一九八〇年四月一〇日、装幀=草刈順)なんとか読了。ドイツの北方、ブレーメンにほど近いヴォルプスヴェーデ村に住んだ芸術家たちを、ハインリッヒ・フォーゲラーとパウラ・モーダーゾーン=ベッカーを中心に論じつつ、その村の滞在記ともなっている。ベッカーはたしか何年か前にその生涯を描いた映画(「Paula」2016)を見た覚えがある。

Künstlerkolonie Worpswede

種村がハンブルクからヴォルプスヴェーデのアトリエハウスに入ったのは一九七七年六月十八日だった。翌日、世話人のカウシェさん(ヴォルプスヴェーデ芸術家協会の幹事役)の家に招かれた。

《書斎に通される。三方の壁はぎっしりと本の詰まった書棚である。カウシェさんはそのなかから、クラブントの『支那小説集』を選び取って自己紹介をする。和綴じの体裁の、表題の書き文字も日本風に楷書を真似た筆蹟を凝らしたエキゾチックな造本装幀の書物である。戦前の青年時代に装幀した会心の作であるらしい。
 申し忘れたが、マルチン・カウシェ氏は高名なブック・デザイナーである。ちなみに、今私の手元にある、ヴォルプスヴェーデ在住の芸術家たちを総攬した『ヴォルプスヴェーデの伝記』という小冊子のなかには、「書物の世界で、グラフィック画家、挿絵画家として重要な名を得た、マルチン・カウシェ並びにエヴァ・カウシェ夫妻が(ここに)ずっと定住している」(エルンスト・フォン・ハイデ)と紹介されている。》(p32)

クラブント(Klabund, 本名 Alfred Henschke)はドイツの小説家・詩人(1890-1928)。かなり前に紹介したことがある。

クラブント詩集

クラブント 芸者おせん

Martin Kausche, Buchgrafiker, Maler

Eva Kausche – Büchern ein Gesicht gegeben 本に顔を与える

《書棚を眺め回していると、人隅に一九五一年版のフィッシャー版カフカ全集が目についた。戦中にアメリカで出版されたショッケン版に次ぐドイツ本国ではじめて出たカフカ全集だ。この版なら私も東京の家に持っている。洋書の輸入がようやく解禁されはじめた敗戦後の学生時代にはじめて注文した数冊のなかに入る本で、私にとっては非常になつかしい本である。
「それも私の装幀ですよ」
 と、カウシェさんが言う。カフカだけではない。トーマス・マンも、独訳のジャン・ジオノも、ハンス・ヘニー・ヤーンもある。こうしてみると、私は知らぬ間にずいぶんカウシェさんの装幀した本を読んできたようだ。たまたまお茶に招かれた低地ドイツの家で、青年期以来の自分の読書体験につながる一群の書物に出遭わすのは、やはり奇遇というほかはない。》(p32-33)

Gesammelte Werke フィッシャー版カフカ全集
Kafka, Franz, S. Fischer Verlag

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各巻のジャケット色が異なる


# by sumus2013 | 2022-08-13 17:03 | 古書日録 | Comments(0)

LA PAIX 3, 4

LA PAIX 3, 4_f0307792_19324180.jpg

昨年、下鴨で求めたもののなかに、ガリ版刷りの小さな雑誌『LA PAIX 5』があった。

LA PAIX 5

同じ古本屋さんの紙モノ箱を今年も何かいいものあるかも・・・という期待に胸をふくらませながら掘り返してみたところ、なんと、品揃えがほとんど去年と同じであった。後である古本者と話していたら、この店が話題に上って「文庫本までまったく去年と同じ本やったなあ」と言うではないか(小生、古本まつりでは文庫本は見ないので気づきませんでした)。あちこちの古本市を持ち回って、残ったものが今年も下鴨へ戻ってきた、とそういうわけである。ところ変われば客も変わるだろうから、別に悪いことではないとは思うが、もう少し追加があればなあ・・・というのが正直な感想。

しかし、それでも、去年もきっとあったのかもしれないが(ここの箱は二日に渡って全点チェックしたので、去年はなかったと信じたい)、去年手に入れたのと同じ雑誌『LA PAIX』の3号と4号が二冊一袋で売られていたのだ。さすがに驚いた(たぶん同じ旧蔵者のものだったのでしょう)。タテ13cm、ヨコ18cm。3号が本文22頁、4号は本文20頁、それぞれ表紙部分4頁。

LA PAIX 3

詩論
 現代における詩人の座標 ヤマナカ・シゲル
 土曜通信        植村俊一・遠山明
作品
 なまり I        ハヤシ・シゲル
 なまり II       ハヤシ・シゲル
 SYMPHONIA       植村俊一
 今日          遠山明
 影           牛島正
 キヨウト大学のうた   ヤマナカ・カオル
編集後記
 Pen , Pencil and Poem.
編集
 植村俊一・遠山明・ヤマナカ・カオル
 1951年12月24日発行


LA PAIX 4

作品
 作品(1952・4)         ハヤシ シゲル
 雲ーヨオロツパの何処かでをみて  遠山明
 大地の歌             植村俊一
 怒りの日ーDies irae       ヤマナカ カオル
 三月の野鳥            牛島正
評論
 その風土について       ヤマナカ カオル
 Book-Review           植村俊一
 Cine-Review           ヤマナカ カオル
雑記
 Pen , Pencil and Poem.
 表紙カット=レイモン・ジド
 編集・印刷=植村俊一, 山中カオル
 美術=山中カオル
 1952・4・20 印刷発行


せっかくなのでヤマナカ・カオルの詩「キヨウト大学のうたーー千九百五十一年」を全文引用しておく。

ぼくたちの怒りの姿勢できく 自由の鐘よ うす暗い十一月の日々に
ぼくたちの過去は 傷ましい殺りくと暴虐の記憶の中に 眠る
おろかしい神々の物語を ぼくたちは信じることはなかった

風が吹いていた 丈高い銀杏の木々の葉は
吹雪のように ひとゝきは 金色に舞い落ちた
あなたは ひるがえるスカアトを片手でおさえながら 胸つきあげる
あれら 美しいうたのいくふしかを 口ずさんだ

あなたのうたは支えられた 若ものたちの同じ想いに
こだませよ こだませよ 死んでしまったひとたちの 声がかえってくる
耐えがたい飢も貧しさも いまは ぼくたちをたじろかせはしない
燃えあがるうた声の中に 海のざわめきを あなたはきくことはなかったか

昨日 ひとりは傷ついた おそらく 今日もひとりはたおれるであろう
しかし 果されなかった望みの深い痛みのさなかにも いくたびか
若々しい希望のうた声は よみがえりよみがえりするであろう
                         (1951・12・14)

# by sumus2013 | 2022-08-12 19:38 | 古書日録 | Comments(0)

下鴨納涼古本まつり 2022

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下鴨へ午前九時五〇分ころに到着。午前中、曇りがちではあったが、ときおり射す光が強烈。糺の森は巨樹に覆われているため、会場はおおよそ日陰になるとは言っても、気温が高いとやっぱりなかなかツライものがある。

とはいえ、ブルーシートが剥がされると集中、狩猟モードに。来場者もかなり多いようだ。「密にならないようにしてください」という張り紙があった。それは無理というもの。たいていの店は三冊五百円コーナーを設けている。共同の百円テントはなかったが、百円〜二百円の台もありました。

一時間ほどしたところで出会った善行堂氏はパンパンになったレジ袋三つ四つを脇に置いて休んでいる。「どうやって、持って帰ろうか。自転車が壊れそうや」。「店にも山ほどあるのにそんなに買って」。が、平然とのたまう、「ここは別腹や」。別腹って・・・。ヨゾラ舎氏にもしばらくぶりで会う。元気そうだった。

下鴨納涼古本まつり 2022



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チェスや手品関係の洋書が山盛りに。
ちょっと珍しい。


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# by sumus2013 | 2022-08-11 21:03 | 古書日録 | Comments(0)

原弘と東京工房

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『原弘と造型』(武蔵野美大学美術館・図書館、2022年7月11日)は実に興味深い図録である。本展は十月二日までムサビで開催中。近くならぜひ見たいものだが・・・。

原弘と造型:1920年代の新興美術運動から

略年譜より、生誕から敗戦までの事項のなかから個人的に興味あるところだけを簡単に拾っておく。

原弘は一九〇三年六月二二日、長野県飯田町(現飯田市)生まれ。生家は印刷会社「発光堂」。一九一八年四月、飯田中学校第二学年終了後、上京して東京府立工芸学校(現東京都立工芸高等学校)に新設された印刷科へ入学する。二一年三月卒業、同科の助手に就任。石版実習と印刷図案の授業を担当。二三年九月、関東大震災により一時飯田に帰郷。二四年五月授業再開。二五年九月、三科会主催の「三科第二回展」に二点入選。

三科会はアクションの矢部友衛、神原泰、岡本唐貴、吉田謙吉、マヴォの村山知義、柳瀬正夢ら、他に玉村善之助、横井弘三、ブブノワらによって二四年一〇月に結成された。二五年一一月、矢部、岡本、神原、吉田、飛鳥哲雄らが「造型」を結成。

原弘は二七年六月の「造型第三回作品展覧会」にポスターを出品し、一一月に「造型」が改組した「造型美術家協会」にも参加した。二八年四月には「造型美術家協会」常任中央委員に選出される。五月同会第一回展にポスター、石刷印刷物を出品。一一月「第一回プロレタリア美術大展覧会」に早川久夫名義でポスター出品。二九年四月「プロレタリア美術家同盟」に参加、中央委員。三〇年七月「プロレタリア美術研究所第二回夏季講習」に参加《以後、プロレタリア美術運動と距離をおく》(p131)。

一九三一年三月東京府立工芸学校の助教諭に就任。三二年、同人組織「東京工房」を設立し商店設計や内装を手がける。三三年八月、名取洋之助の「日本工房」の結成に参加。三四年五月、日本工房を離脱した伊奈信男、木村伊兵衛、疋田三郎と「中央工房」を結成。同年八月「国際報道写真協会」創設に参加。三五年、対外宣伝雑誌『Travel in Japan』創刊、見出しの欧文レタリングを手がける。帝国美術学校図案工芸科の講師に就任(〜四〇)。三六年一〇月、江戸川アパートへ転居、生涯同地に住む。四〇年一一月「報道技術研究会」の結成に参加(〜四四)。四一年四月「東方社」の設立に参加し美術部長となる。四二年『FRONT』のデザインを担当。四五年六月東方社退職、九月、文化社(第一次)を設立。

見事な転身ぶりと言っていいと思う。このなかで一番興味を持ったのは「東京工房」について。府立工芸出身者によって結成されたデザイン集団である。店舗設計から広告まで幅広く請け負っていたようだ。

《神田駿河台の茶房エーホをはじめ、新橋茶房、銀座茶房、東京茶房など複数の店舗のプランニングを行い、その先進的な建築や内装は、原の手元に残されていた写真からうかがい知ることができる。
 東京工房に関する原自身の言及はほとんど残されていないが、木村伊兵衛は「原さんはそもそも日本の喫茶店をつくった草分けなんだ」と当時を振り返っている。具体的には、店内の壁画デザインを手がけたほか、喫茶店の照明器具をデザインしていた可能性が高い。》(p74)

なるほど戦後につづく喫茶店の内装イメージは東京工房(=原弘)が作ったという一面があったのかもしれない。東京工房については『喫茶店の時代』(ちくま文庫)にもごく手短にではあるが、言及している(p268)。本展に出品されている『エーホ』という雑誌(発行人は和田三郎)などを調べればもう少し詳しく分かりそうだ。

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# by sumus2013 | 2022-08-10 17:14 | 喫茶店の時代 | Comments(0)