林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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imitation pearl 3

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阿瀧康『imitation pearl 3』(二〇一八年四月)を頂戴した。深謝です。

《・『imitation pearl』(2006年3月 空とぶキリン社)以降に詩誌「ガーネット」に載せたものを、ほぼ制作順に並べました。2010年に「ガーネット」同人を退いているので、4年間の作品ということになります。但し巻末の「春夏秋冬」は、昨年書きました。
・2011年にコピーを綴じた『imitation pearl 2』を15部作って、「ガーネット」在籍時に特にお世話になった方にお渡ししましたが、本集は、その改定版です。作品の増補・差し替えをし、また各編に手を入れました。
・情けないことに、私のミスで、30ページ目がダブッてしまいました。このままでお送りするのはたいへん恐縮なのですが、ご笑覧いただければ幸いです。
  35部作成  2018年4月》

かつて阿瀧氏の詩集『ボートの名前』(詩学社、一九九八年)を頂戴したことを思い出す。小ぶりな、表紙にタイトルしか書かれていない、なんともそっけない造りだったが、かえってその潔い体裁に魅かれて、もちろん詩も好きなのだが、今も書庫に保存している。

この度は、A4判で、タイトルすらない。一昨日の古書目録は表紙で間違っていたが、表紙に文字がないので間違いようはない。ところが本文のページがダブっているという。誤植の魔。ただ、もし付箋が付いていなければ、ひょっとして、これは阿瀧氏の詐術ではないのか? と疑る、いや、疑りさえしないかもしれない。

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阿瀧氏の詩はいい意味で理屈っぽい。そしてその理屈をヒョイヒョイと曲げて別の理屈(フランス語ならレゾンというところ)へつなげてしまう、この手際には詩を散文や小説のように読ませる力がある。引用するのは氏の典型的な作品というわけではないかもしれないが、氏らしい書き振りは十分出ている。何より古本屋が登場する(氏はとびきりの古本者でもある)。「東京吟行録」より「6 千歳烏山」の全文。


  6 千歳烏山

あまり書くこともない
最近は降りていないから想像も入る
ここは東西に線路が深く走っていて
車だと通り抜けるのが骨だ。

駅の南側から道路はY字に別れていく
別れてすぐのところに古本屋があった
二軒あった その一方で
二十年近く前に買った詩集はよかった(さすがにスギナミ区は違うな、と感心した)。

誰の詩集かは書かない
もう処分してしまったし
二軒の古本屋のうち一軒は神保町に移転
もう一軒はずっとシャッターが降りたままになっているはずだ。

駅の北側には以外[ママ]にも大きな広場がある
それがちょっと街の雰囲気をつくっていた
風と人が動いたり止まったり 植えられた木々の葉が落ちたり
犬が斜めに走り抜けたりした(あああ)。

その先に 線路に平行に甲州街道(というより、甲州街道の方が昔からあった訳だ)
それは細い旧道で、そのもう一本北に
あたらしい甲州街道が通っている
片側三車線、いつも通るのはそちらだけれど緩やかな坂が長く長く続く。

本当に書くことがなくなった
最後は引用だ
「今日も八重桜。もう散り始めていて、車の往来のはげしい甲州街道のかたい路面のうえをたくさんの花びらが舞っていた」
とおい街というものがあるんだ。



参考までにと思って「イミテーション・パール」を検索してみた。するとこんなことが書かれているサイトがあった。この作品集に結びつける意図は一切ないので誤解のなきよう。

真珠の知識を身につけていくうちに、イミテーションパール(人工真珠)が悪いと思っていた自分が間違いであったことに気づきました。イミテーションパール(人工真珠)は、単なる模造品ではなく、それに携わる人々は真心や情熱を持って作っておられるのです。人造だから粗悪な品質という考えは捨て、私達がTPOに合わせて使い分ければ、パールネックレスの楽しみ方がもっと広がるのではないかと思います。



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# by sumus2013 | 2018-03-26 20:45 | おすすめ本棚 | Comments(2)

彷書月刊1991

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1990年12月25日発行
第7巻第1号(通巻第64号)

〈巻頭エッセイ〉
卑弥呼笑話(1)時実新子 宗秋月

特集 100年前の日本
一八九一年を歩く

内村鑑三不敬事件 岡利郎
童話『こがね丸』 上笙一郎
『文ふづかひ』 嘉部嘉隆
『真善美日本人』と『偽悪醜日本人』 岡利郎
『新体梅花詩集』 田村治芳
山陽鉄道開通 長船友則
青年の教会ーー本郷会堂 山本有紀乃
大津事件 司法権の独立を守る 家永三郎
『蓬莱曲』の世界 小澤勝美
『油地獄』『かくれんぼ』 青木正美
川上一座初上京 転向は自律性の回復 松本克平
高崎正風『天長節歌解』 上笙一郎
『日本植物図解』 田村治芳
職工義友会を結成 山泉進
群馬県の廃娼運動 山本有紀乃
神田錦輝館開場す 堀切利高
濃尾大地震 宇佐見龍夫
『早稲田文学』創刊 山本昌一
『道の友』創刊 大谷渡
田中正造と鉱毒事件 布川了
「妖怪学」の誕生 三浦節夫
小岩井農場の設立 田村治芳

〈T0WN〉
SAPPORO 道内各都市の古書店ききがき Y
KANDA 神田体験(四) S
WASEDA 魅力的な町早稲田古本街 P
KYUSHU オメデタキ古本屋 Z
NAGOYA 今日は市、明日は宅買い。 W・Y
SIKOKU サーカスと古本屋 〓[温泉マーク]

〈GENRE〉
CINEMA なぜ、原節子ばかりが……? 映
ART 古賀春江のデッサン N
CATALOG 古本バナナ叩き売り R&B
SHOHAN "漱石のなくなる日" O
POETRY 羊年にはいい詩集が出る? 宙
HISTORY 一古本屋の戦時下買入案内 A
CLASSIC 九〇年代のキーワード H
YOSHO 図書館旧蔵書 川
SHOP 古本屋に好かれる法 その1 J
TOPIC 古本や用語事典(な行) ぺ

実践古本自主講座6
『引越』 田村

受贈書
一人一冊探求書
古書即売会情報
編集後記 田

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳・川井美枝子
    内堀弘・鈴木理恵子
発行人 岡野万里子
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
古書須雅屋/文泉堂/すずめ書房/秀峰堂/中村書店/近代書房/伏見屋書店/永楽屋/黒崎書房/アンデパンダン書店/書肆風狂/古本あじさい屋/錦屋書店/タンポポ書店/長山書店/読書館/梅豆羅通信/崎陽書店/魁孔舎[カイコウシャ]/ロマン書房本店/緑林堂書店/アルカディア書房/月の輪書林/書肆ひぐらし/アドニス/古書ラフォーレ/八起書房/あけぼの社/古書千葉書店/蟻屋書房/

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緑蔭書房『戦後アナキズム運動資料』他/第20回西武古本まつり/出版ニュース社『出版広告の歴史』/第38回賀春京王大古書市/





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1991年1月25日発行
第7巻第2号(通巻第65号)

〈巻頭エッセイ〉
卑弥呼平静 宗秋月

特集 本を探す III
先端古書店ガイド

私の古本屋稼業 朴慶植
イギリスの古本村 逢坂剛
老人の手に一、二冊 伊藤信吉
古本屋さんの原イメージ 紀田順一郎
エイズ患者の友情 唐沢俊一
手稿・私家本・市場本 木島始
受贈書
〈エッセイ古本屋さん〉
紙袋の重さ 梅森直之
ベビー・ブーマーの古本 山泉進
「本豪」の品川さん 岡野幸江
全国『目録』発行書店一覧

〈T0WN〉
SAPPORO 『樺太山系』 T
KANDA 神田体験(五) S
IBARAGI 後日譚のない「予感」 波
KYUSHU 入札と落札 Z
NAGOYA 忙しさ大安売り W・Y
SIKOKU 菅谷規矩雄と松下昇 〓[逆さ温泉マーク]

〈GENRE〉
ART ちょっと安易な装幀展 N
CINEMA なぜ、ポスターばかりが……? 映
CATALOG ただ今、花嫁募集中! U&I
SHOHAN 「映画の原作本一欄[ママ]をー」 O
POETRY 時代を映す古書 宙
HISTORY 河上清の著書を手にして A
CLASSIC 大市会の動向 H
YOSHO 洋古書漁りの歴史 川
SHOP 古本屋は「おたく」たるべし、いたずらに、金に暗[ママ]んで「ムケ」るべからず J
TOPIC 古本や用語事典(た行) ぺ

実践古本自主講座7
世紀末流行事情・初版帝国衰亡史 内堀

古書即売会情報
編集後記 

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳・川井美枝子
    内堀弘・鈴木理恵子
発行人 岡野万里子
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
志鳳堂書店/むらた書店/書肆鉢乃木/文学堂書店/志文堂/近代書房/喫煙室/カバラ書店/鯨書房/日之出書房/一栄堂書店/やまびこ書房/未来書房/あい書林/古雅書店/舒文堂河島書店/緑林堂書店/索文社図書/石神井書林/一歩堂書店/なないろ文庫ふしぎ堂/自游書院/龍生書林古書部/トトロ社/古書現世/山猫屋/あけぼの社/古書落穂舎/月の輪書林/

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日本図書センター『小学生新聞に見る戦時下の子供たち』/渡辺逸郎展 ギャラリー射手座/星尾ブックシェルフ 洋書探求致します!/古書目録発行 映通社 なないろ文庫ふしぎ堂 古本古書ノアNOAH 神峰書房/第8回西武八尾大古本まつり/第20回西武古本まつり/





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1991年2月25日発行
第7巻第3号(通巻第66号)

〈巻頭エッセイ〉
卑弥呼四方山 宗秋月

特集 つげ義春・本とその世界
ぼくたちはいかにも楽しそうですね

退屈で困るんです つげ義春さんに近況を聞く
『えすとりあ』の頃 坂育夫
静かな隠遁のパンクロック あがた森魚
「鳥師」の黒い影 呉智英
つげ義春と休筆 夜久弘
「夢の散歩」の周辺 高野慎三
無能の達人 桜井英子
つげ読み つげ探し 田村治芳
貸本漫画における怒号
 その影の淋しさーーつげ義春小論 千田潔
『点燈舎通信』とつげ義春 深沢久雄

〈古書談義——古本屋さん〉
矢尾板さん 堀切利高
『鯨類・鰭脚類』 矢野洋
『メセム属』 浅生治美[ハルミン]

受贈書
一人一冊探求書

〈資料〉
『著作評論』総目次(1)

〈T0WN〉
SAPPORO ああ、活版印刷 Y
KANDA 神田体験(六) S
IBARAGI 曖昧な記憶 波
WASEDA 早稲田慕情 P
NAGOYA 鄙にはまれな夢三つ W・Y
SIKOKU 書を捨てよ、街へ出でよう 〓[逆さ温泉マーク]

〈GENRE〉
ART 時代に寄り添う挿絵家 N
CINEMA なぜ、生資料ばかりが……? 映
CATALOG 目録づくりの快挙だ、これは E&T[月の輪書林]
SHOHAN 現代文学で楽しむ法 O
POETRY 「愛は落丁を救えるか」 宙
HISTORY 歴史に学ばぬ者たち A
CLASSIC 古書籍の回し入札 H
YOSHO 不思議な蔵書票 川
SHOP 『淡交』古本屋に好かれる法のつづき J
TOPIC 古本や用語事典(や行) ぺ

実践古本自主講座8
『本箱娘』の逆襲 田村

全国『目録』発行書店一覧追補

古書即売会情報
編集後記 田

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳・川井美枝子
    内堀弘・鈴木理恵子
発行人 岡野万里子
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
文教堂書店/石狩書房/百間堂書店/書林鉢乃木/古書甲斐路/トトロ社/すずめ書房/中村書店/諏訪原書林/近代書房/加賀書店/永楽屋/赤井文庫/瑞弘堂書店/黒崎書店/書肆風狂/アンデパンダン書店/やまびこ書房/古書籍錦屋/古本あじさい屋/タンポポ書店/すかぶら堂書店/デラシネ書房/梅豆羅通信/ロマン書房本店/蟻屋書房/書肆ひぐらし/易専門 八起書房/アドニス/あけぼの社/国分書店/なないろ文庫ふしぎ堂/

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北冬書房『つげ義春資料集成』他/星尾ブックシェルフ 洋書探求致します!/福武書店 夜久弘『「COMICばく」とつげ義春』他/岩波書店『近代日本総合年表』第三版/





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# by sumus2013 | 2018-03-25 20:07 | 彷書月刊総目次 | Comments(0)

ひょうご大古本市

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第十三回サンボーホール ひょうご大古本市』目録(兵庫古書籍商業協同組合、二〇一八年)が届く。いきなり表紙に誤植訂正あり。開催日の訂正。透かしてみると三月三〇日〜四月三日になっている。実際は四月一日まで。これはちょっと珍しい例ではないか。

一通りざーっと目を通す。全般的に値頃感が強いような気がする。口笛文庫さんの写真頁に目が止まる。写真を出していない街の草さんは文字だけ六頁。そそられるタイトルがいくつか。すると、おやッ? これは何と、ちょっとビックリ。

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小生が昔ワープロ出力、コピー印刷で製本も自ら行った手作り冊子『審判』が、けっこうなお値段で掲載されている。この値段で売れるなら増刷しちゃおうかな(ウソ)。

昔作った装幀リストに掲載してました。数十部とあるが、さて、二十冊くらいだったような気もする。ここに載せている表紙は特装本(版画貼付け)、普及版は焦茶のレザックだったはず。

林哲夫の装幀

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# by sumus2013 | 2018-03-24 21:13 | おすすめ本棚 | Comments(0)

風花帖

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澤柳大五郎『風花帖』(みすず書房、一九七五年九月二〇日)。澤柳は西洋美術史家。一九一一年生まれだから、発行時には六十四歳。一九六八年に東京教育大を退職後、早稲田大学文学部教授を勤めていた。小生も武蔵美の頃にはギリシャ美術の専門家としてよく名前を目にしたものだが、エッセイ集というのは知らなかった。昨年たまたま見つけて読んでみたら、なかなかの書き手であった。

まずは図書館について少々引用してみる。ドイツ留学時代、ミュンヒェンの美術研究所の図書館。

《御存知の方も多いと思ふが、ドイツの此種研究所の圖書館は徹底した開架式である。そこには書庫といふものがなく、大きい閲覧室とその周邊の小室の壁といふ壁が悉く書架になつてゐて、閲覧者はどこへでも自分で行つて本を取出してくる。何度でも何册でも必要なだけ出して來て構はない、但し決して書架に戻してはいけない、といふ。わたくしなど最初は、辭書で一語を見るときなど、何か惡いやうな氣がしてそつともとの所へ返したものだが、見てゐるとみんな、ほんのちよつと覗いただけの本も書架には戻さず何册でもそこに出し放しにして行つてしまふ。翌朝には閲覧卓の上に置いた本も辭書類の棚の下に積まれてゐた本もすつかり綺麗にもとの書架に並んでゐる。若し續けて讀みたい時はその本に名刺を挟んで机上に置いておけば何日でもそのままになつてゐる。》(ビブリオテカ ヘルツィアーナ)

エッセイの題になっている「ビブリオテカ ヘルツィアーナ」はローマの美術史図書館である。ヘンリエッテ・ヘルツ女史という富豪が遺贈したものだそうだ。

《これは考古學研究所でも同じだが、新収の雑誌、年報類は書架に入れられる前に、一定期間、表紙がすつかり見えるやうに特別の書架に展示されてある。それを見るだけでも「豫算の許す範圍内で購ふ」のではなくて「必要なものはすべて揃へる」のだといふことが分かる。ヘルツィアーナでは、研究発表の時は口演の最中聴衆に葡萄酒が出、特別講演の時は終了後階上の廣間で簡單なコクテルが出る。さういふ或る夜、わたくしはライト君にそつと聞いて見た、「ここの豫算はどの位あるの」と。ライト君は言下に答へた、「それは所長と秘書のほか誰も知らない。但し潤澤なことだけは確かです」と。
 ヘルツ家がどの程度の富豪かは知らないが、ロスチャイルドとかロックフェラアなどとは比較にならない小富豪であることは間違ひあるまい。日本にだつて一人のヘルツ氏ないし夫人のゐないことはないだらう。一人で足りなければ數人の篤志家に財團を作つて貰ふことも出来よう。等等、本氣になつてさう思つたのである。
 しかし、歸來わたくしは結局何もしなかつた、出來なかつた。》(同前)

「鑒賞のヴィルトゥオーソ」は日夏耿之介の思い出。高等学校へ進む少し前、小冊子『随筆瞳人閑語』で初めて日夏の名前を知った。

《高校にはひると同學年に高森文夫君がゐて、君を通じて襍誌游牧記の讀者となり、ここで更に黄眠道人との絲が繋がつた。ーー戦災で貧しい蔵書の大半を失つたのに不思議にも殘つた游牧記五册の頁を飜してゐると、そぞろに若かりし頃のあれこれの記憶がそれに纏はる情調を伴つて蘇つて來る

《敗戦のあと荻窪に假寓するやうになつてからいつかわたくしは阿佐谷の聴雪盧を訪れる身になつてゐた。生來遅疑逡巡、畏敬する人であればあるだけ一層たやすくは近寄り得ないのを常とするわたくしが、ましてその名の如く耿介孤峭、容易に人に許さぬ方と想像される黄眠道人を、何日どういふきつかけで敢へてお訪ねする決心をしたのかは何故か覚えがない。しかし以來、先生が御鄕里に引移られるまで何囘かお邪魔してゐる。特別の教へを乞ふといふでもなく、季節の菓菜を携へるでもなく、ふと思ひたつて訪れるわたくしを御夫妻は暖く迎へて下さつた。書齋も次の間もきちんと堆く積重ねられた書物に半ば占められてゐた閑寂なお住居が忘れられない。今にして思へばもつと貪欲に先生から樣々の知識を吸収して置けばよかつたのにと悔まれるが、いつも自ら淹れて下さる玉露を喫しただ四方山のお話を伺ふだけで何か満たされたやうな氣持になつて辭するのが常であつた。

聴雪盧への初訪問は昭和二十四年正月十七日である旨の追記がある。

「後語」に文章をあまり発表してこなかったことの理由がしたためられている。これはちょっとメモしておきたい。

《けれども戦後のあの内閣訓令、そしてこれに同調した出版社による新表記の強制といふことがなかつたならば、事情は少うし違つてゐたかも知れない。それはわたくしが何か書きたいやうな心持をもち初めた頃、そして原稿を求められる機會も漸く多くならうといふ時に當つてゐた。當座はそれほどでもなかつた表記の強制は年と共に強くなつた。わたくしなどの書くものは新表記に改めることを肯んじないでは上梓することも出來なくなつた。自らの文章ーーそれは父祖から傳承した正統の日本語であつて、もとより自分勝手な言葉ではないーーでものの書けないことの耐え難さ、さういふ氣持に全く鈍感な、無神経な人々のみが國語改革を無理強ひに推進める中で、わたくしは一層ものを書かないやうになつた。》

《畢竟わたくしにものを書かずにはゐられないといふ内からの衝迫がなかつたから、少なくも極めて微弱でしかなかつたからであろう。新表記を強ひられる不快さに耐へてまでものを書くほど表白の要求が切實でなかつたのだらう。》

戦後も荷風や内田百閒のように新表記をよしとしなかった作家は少なくなかったが(先日の高井有一も旧かな表記でした)、アカデミックな世界は案外そういうことには従順だったようである。スマートな人種の柔軟さとも言えようし、節操がないとも思える。あの官僚たちの態度と似通っているかもしれない。長いものには巻かれろ…かな。

引用文はできるだけ旧漢字を使うように心が掛けたが、フォントの関係で不完全なものになったことをお断りしておく。



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# by sumus2013 | 2018-03-22 20:47 | 古書日録 | Comments(0)

追悼三輪正道

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『大和通信』108号(海坊主社、二〇一八年三月二五日)が中尾務さんより届く。封を切って喫驚する。「追悼三輪正道」となっているではないか。三輪さん亡くなられた……小生と同い年なのだが。そういえば、以前の『大和通信』にも放射線治療を受けていると書かれていた。それにしても、言葉を失った。

葬送の記 涸沢純平
さよなら 当銘広子
独酌のひとーー追悼三輪正道 たなかよしゆき
酔夢・考 平井奇散人
三輪さんの死 中野朗
三輪正道散文、再読 中尾務

《三輪正道さんが亡くなった。一月十二日のことだという。大阪の中尾務さんが知らせてくれた。信じられない思いで何度も聞きなおしたが、返ってくる言葉は同じだった。
 え〜っ、そりゃあ、ないよ! だって、昨年十一月に「大和通信」の原稿を送ったばかりなんだよ。
 混乱しまくって、電話を切った。昨年十二月初めに、体調に異常を感じ病院へ行き、検査の結果、即入院を言い渡されたという。いくら激発性の癌だったからといっても、わずか一月余りで亡くなるなんて、いまの医療体制でそんなことがあるのだろうか。》(中野朗「三輪さんの死」より)

三輪さんとは、富士正晴記念館での講演会の後の飲み会で何度か(たぶん三度か)ご一緒して、斜め向いに座ったときに軽く会話を交わしただけだが(元来が口数の少ない方だったようである)、その立ち居振る舞いに、あまり良い読者ではないが、氏の手堅い散文に、どこか共感するところがあった。もっと何度でもご一緒したかった。ご冥福をお祈りします。

◉三輪正道の本 いずれも編集工房ノア刊
『泰山木の花』 一九九六
『酔夢行』   二〇〇一
『酒中記   二〇〇五
残影の記  二〇一一
定年記   二〇一六


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# by sumus2013 | 2018-03-21 21:03 | 古書日録 | Comments(0)

詩集雲表

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19310801 雲表
著 者 藤木九三 
発行者 中江喬三 
発行所 黒百合社 大阪市南区鰻谷仲之町三九
197×141mm 81pp ¥1.20 六百部限定版


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「序」によれば、山のカットは《私が愛誦する L. Pilkington の詩集"An Alpine Valley"から借用したものである。》。藤木は福知山の出身、京都三中から早稲田大学の英文科を出て東京毎日新聞、やまと新聞、そして朝日新聞へと移り、一九一九年に神戸支局長。一九三〇年にはパリに滞在し、モンブラン、マッターホルンなどの岩場を登攀した。


  屋上登攀者
   (巴里に在りし日の私の生活の横顔)

屋根裏部屋は、私ーー屋上登攀者ーーのベルグ・ヒュッテだ
三角な出窓を開けると
霧がさつ[二文字傍点]と顔を打つ
月明の夜だつたら、殊に景観は素晴らしい
DOME, TOWER, NEEDLE, PINNACLE, PYRAMID, OBELISK…
地平の果[はて]から果まで
高層建築のあらゆる近代的な精鋭さと、敏感さ
何物かを掴まうとして高く、高く差し伸べた都會の觸手を空間に林立
 せしめてゐるではないか
私は其處に、人工の山岳としての個性と特異な荘厳さを觀る
(そして街觀はその儘の山脈であり、渓谷でもあるのだ)
もし、屋上花壇
ーーたとへそれが窓際に列べられた四五箇の鉢植にもせよーーがあり
 とすれば
私にとつて、宛[さなが]らアルプの『お花畑』なんだ
晴れた日の穹窿[そら]の下で
露臺[バルコン]に椅子を持ち出し、パイプを銜へながら望遠鏡でも覗いてご覧ん
ノートル・ダムの AIGUILLE の頂上で『積石[ケルン]』をまん中に、例の怪
 物どもが日向[ひなた]ぼつこ[三文字傍点]をしてをり
そして
凱旋門[エトワール]の北の壁では
あの仲間ーー屋上登攀者ーー
ザイルをしごいて、懸垂の練習をやつてゐるのが見えるだらう
(そして今日も
エツフエル塔の尖端[とつぱな]で倒立した勇者があつた相だ)
とはいへーー深夜、裏梯子を攀ぢてこの屋根裏のヒユツテにやつて来
 て見たまへ
一歩一歩、氷壁にステツプを切る刹那の虚心と敬虔さのひと時が味へ
 る!


発行者の中江喬三についてはよく分らないが、大阪の鰻谷で印刷所を経営していたのだろう。黒百合社は昭和五年から十五年の間に登山関係の本ばかり十点ばかり出版しているようだ。

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# by sumus2013 | 2018-03-20 20:59 | 関西の出版社 | Comments(2)

書彩13

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『書彩 13』(一九五八年八月一五日)のコピーを頂戴した。表紙と馬部紀夫(生活タイムス編集長)による「空也記」というエッセイの部分。『書彩』発行人・岸百艸(玉田喬)の動向がうかがえるところを引用してみる。昭和三十年代の神戸の雰囲気も分るような気がする。

《私が空也を知ったのは、この夜からである。ヒヤクソウさんが、飲みやをはじめるということは聞いていたが、それが、この空也食堂であった。》

《やがて、文化人たちはあまりあらわれなくなった。かわりに、この近在の酒場の女たちが、そのすさまじい食欲を見せているなかで、私は手酌で、ちびちび飲んだ。
 しかし、私は、友人でここを知らない者は、たいてい一度は連れてくる。
 「いいやろ? ここー。」
 私は何度もそういって、相手を納得させる。相手も、そういう気になり、しまいには、シンからそう思いこむ。私は愉快になり、しまいには、酔っぱらう。》

《ときにーーヒヤクソウさんが、メシのドンブリと、おカズを盛った皿をかかえて、ひとり飲んでいる私のかたわらへ腰を下す。ヒヤクソウさんの話は尽きない。私は、楽しく、心を奪われて、銚子を重ねる。昔の兵庫の話、居留地の話。異人さんの話。古書の話。春画の話。そしてヒヤクソウさんは紅茶のお代りをしながら言うのである。
 「ボっ、ボっ、ボクも、明治ものの資料を集めてるんです。そのうちに……」
 ヒヤクソウさんは、そのうちに大作を書くだろうと思う。ヘナチヨコの小説家のなかで、この気の弱そうに見える(自らそういうのだが)ヒヤクソウさんは、たとえ、ケチな世辞などは得なくとも、きっと、いいもの、書くだろうと思う。
 やはり、小説は、泣かせるものでなくちやね。庶民の感覚を、キミ、おろそかにしてはいけない。
 私は、いつのまにか深夜に近くなった元町通りを、ヒヤクソウさんと一丁目の入口までいっしょに出る。もうすこし、話したい。私はそう思うのだが、彼は、ひょいと手をあげ、じゃ、と、山手の方へ歩き去っていく。》

《ときにーーシンカンとして、空也夫人も奥へすっこみ、手伝いの女の子も姿を見せない夜など、私は、心を虚ろにして、ゆっくり飲む。ガラス戸の外の路を声高い異国の言葉が通り過ぎる。》

ちょっと感傷的な筆致ではあるが、空也食堂を取り巻く状況はうまく描かれている。参考になるいい資料である。この記事の脇に「暑中御伺い/申し上げます/空也食堂/玉田松江」の広告が入っている。これで奥さんの名前も判明した。



なお「イサビヤ画廊」で検索すると第一回デルタ展が開催されていた。

デルタ

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# by sumus2013 | 2018-03-19 20:22 | 関西の出版社 | Comments(0)

花椿

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『花椿』818号(資生堂企業文化部、二〇一八年一月一五日)を頂戴しました。深謝。昔むかし、B5だったかの花椿を毎号のように化粧品売り場でもらっていたことを思い出す。ひところは書庫(郷里の納屋です)に一箱分くらいためてあったが、さすがに処分してしまった。レイアウト、写真、記事、どれも刺激的で参考になった。

現在もその延長ではあるが、グラフ誌が難しい時代になっても、いっそう好き放題やってますね、という感じを受ける。

神保町がロケハンに使われていた。

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この号では附録として第35回現代詩花椿賞の井坂洋子『七月のひと房』(花椿文庫、資生堂、二〇一八年一月一五日)が綴じ込まれている。袋入りというのが、ちょっと面白い。

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文庫の表紙がちょっと物足りない感じもするが、それを狙っているのかも……どうだろう。

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# by sumus2013 | 2018-03-18 20:17 | おすすめ本棚 | Comments(0)

雑駮筆記2

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梅廼屋俊彦・編輯『雑駮筆記 三』より。上は《元禄十一年十二月五日筑前国博多の聖福寺とかや境内にて異朝古物の金銀及銅銭を掘出せし金銀十五枚もありとかや云々》。

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《是朝鮮国之字也在深田氏随筆海東諸国記ニモ載ス之ヲ有リ大ニ同メ少異》


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鳥居のルーツを考察した図の一部。


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長崎より[?]しておくりし通便の者を紅夷餐する治具[コンダテ]左》


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《民具を隠し朝鮮へ渡せし[誡?]船荷物品々左の如し》


他にもいろいろな事物の考証や歴史上の出来事について記しているのは面白く読めるが、紹介はこのくらいにしておく。ご興味のある方はご一報を。

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# by sumus2013 | 2018-03-16 20:53 | 古書日録 | Comments(0)

雑駮筆記

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梅廼屋俊彦・編輯『雑駮筆記 三』。写本。昨年の百万遍での収穫のひとつ。広く書物を漁ってその抜書きをまとめ、短いコメントを述べている。本来の意味での随筆集である。梅廼屋俊彦さんが誰なのか、まったく分らないが、とにかく享保時代に書かれたもので、尾張の住人であるということは本書の内容から推察できる。

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《今年享保八年》の記載。一七二三年。三百年近く前の写本か……。中御門天皇の代で、将軍は吉宗である。この年、東都(江戸)に百歳以上の人が五人いると知人から手紙が来たという記事なのだが、それにしても最高齢が百七十七歳とは、さすがに素直には信じられない。他にもいろいろ面白い記事があるので、引き続き少し紹介してみる。

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# by sumus2013 | 2018-03-15 20:16 | 古書日録 | Comments(0)