林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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山さくら

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まだ桜が咲いているうちに出しておく。これはすらすらと上手にしたためられており、読みやすい……。

山さくらあゝ春色をみつるかな
はなちるへくも風ふかぬよに

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# by sumus2013 | 2018-04-05 20:45 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

空魔鉄塔

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大下宇陀児『空魔鉄塔』(善渡爾宗衛編、暗黒黄表紙文庫、Noir Punk Press、二〇一八年四月三〇日、表紙デザイン=小山力也)。本書あとがき、番場ハジメ「ここは地獄の二丁目くんだり」によれば

《もともと、『空魔鉄塔』は、春陽堂版のものを紙面復刻のつもりでしたが、諸般の事情により、根本から新たに『大下宇陀児 少年少女探偵小説撰集 戦前編 空魔鉄塔』として、作品を選定し直すこととなったのでした。
 もともと数年前、大下宇陀児を企画していたこともあって、一度いろいろとしこたま調査をかけてあったし、さらに編成については、上記のありがたい目録もあって、わりかしスムースに進んだ。》

文中「上記のありがたい目録」は『宝石』の特集での目録と「新青年趣味」の特集大下宇陀児の目録をさす。

《こうしてどうやら、大下宇陀児先生の健全から不健全にわたる少年少女探偵小説をまんべんなくセレクト出来たのではないでしょうか? やっぱり変格探偵小説やわぁ。大下宇陀児センセイのショウケースになってるよね。なかなかどうして結構ととのった本になったわいと、おおいに自画自賛し、筆をおくことにします。》

とのこと。

子供だまし・・・と思って読み始めたら、滅法おもしろい。表題作の『空魔鉄塔』は昭和十二年『東日小学生新聞』に連載された。ロシア人と中国人が悪漢で、満州の奥地に巨大な秘密基地があるという設定が、時代をそのまま写しているようでワクワクさせられてしまう。スケール感のある構想と細かいことは気にしない飛躍がすばらしい。その他の短篇でも、意外なヒネリが利いて、これなら大人も十分だませるだろう。戦前の日本はこんなに科学技術が進んでいたのかとビックリするくらい最先端の日の丸技術を外国のスパイたちが盗みに来る、それを少年や少女が知恵を働かせて見事に防ぐというから、愛国心をくすぐって、なんとも痛快。大下宇陀児、ツボを心得た作家だ。

大下宇陀児 少年少女探偵小説撰集 戦前編
『空魔鉄塔』
著者:大下宇陀児
編者:善渡爾宗衛

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# by sumus2013 | 2018-04-04 20:54 | おすすめ本棚 | Comments(2)

よはおぼろ

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新年度になったので短冊を(?)。よし野の花(!でした)を見てよめる……。


夜はおほろ昼はかすみに色そひて
はなに長閑けきみよし野の山 龍範


ご教示に深謝です。龍範、さてどなたでしょうか。

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# by sumus2013 | 2018-04-03 17:44 | 雲遅空想美術館 | Comments(2)

中村三千夫氏を憶ふ

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『古書月報196』一九六八年九・十月号(東京都古書籍商業協同組合)を某氏より頂戴しました。深謝です。ここに中村書店・中村三千夫の追悼文が収録されている。

「中村三千夫氏を憶ふ」第五支部にんじん生。

《ちょうどあの終戦の日を思わせるように夏の陽が外にかがやいていた。店には客が一人もいない。暑さ凌ぎに書を少しやろうと墨をすり始めると電話のベルが鳴る。受話器をとると山王書房主人の声「中村さんが市場で倒れて死去されました。」その声が落付[ママ]いて耳につたわってきただけに山王さんが悲痛に堪えていることが分かった。》

《ベレー帽をかぶりついといつも店の文学書の並んでいる側の入口から入ってぴょこりと頭を下げ「今日は」といった面影がうかぶ。静かではあったが商売にかけてはきびしかった人のまなざしがちらつく。もう死んだということがとおくかなたのできごとに思える。どうしても現実とは信じられなかった。それが幼い子が「お父ちゃんは眠っているのになぜ焼くの。焼いてはいやだ」という言葉を聞かされて身をせめられるような死という現実を見せつけられた思いがした。》

この文章に続けて、にんじん生の「中村三千夫氏を悼む」短歌が八首、元第五支部の甘露生の「中村三千夫君哀悼」短歌六首。にんじん生より三首。

 亡きがらを焼くを拒みし幼子の言葉
 炎如し身に迫りきぬ

 ベレー帽ふさへる君が面影を追へば
 消えゆく夏ふけにつつ

 土にかへれる君を思へば土に置く
 草の夕かげまた静かなり

甘露生より一首。

 ベレー帽かぶりし君の面影を電柱に
 とまりて鳴ける蝉に追ふ

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中村三千夫



最後に第七支部木内茂「在りし日の中村さんを想う」の一文がある。

《静かな控え目な方で、威張ったり気負ったりする事を極度に嫌い、穏やかな心暖い豊かな方でした。そのゆえに何時でも貧しい者に心を寄せ、物質的にも精神的にも指導されたと聞いております。
 中村さんのそういう優しい姿勢は自分一個の力で生活し、生きぬいた人生経験から生まれたのだと思います。
 中村さんは円満な家庭とみんな貧しいけれど心を許せる数多くの友人を持っていました。本当に惜しい方を失いました。》


中村書店に関する過去記事


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# by sumus2013 | 2018-04-02 20:22 | 古書日録 | Comments(0)

伊藤義博『山野田』展

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本日で終了してしまいましたが、下記にて展示の様子がごらんいただけます。

伊藤義博『山野田』展
写植に命を懸ける文字道+現代寫植工房・伊藤義博氏の写真植字による作品集『山野田』の展示。




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# by sumus2013 | 2018-04-01 21:11 | もよおしいろいろ | Comments(0)

なないろ文庫ふしぎ堂

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たまたま頂戴した『アミューズ』一九九九年三月二四日号(毎日新聞社)「全国厳選個性派古本屋 首都圏・名古屋・京阪神」をめくっていると田村さんの笑顔に出会った。九品仏の店内にて。

《なないろ文庫ふしぎ堂はこの地に根をおろして13年。小さいながら随所に目をひく本を配し、飽きさせない棚作りが印象的だ。
「桜の本ばかり集めれば、桜の専門家になれるけど、雑草でも、それはできる。同じくらい奥は深いと思う」
 と、店主の田村治芳さん。
 古本ファンにおなじみの雑誌「彷書月刊」の編集長でもあり、店にることは少ない。自家目録も2年前が最後に。
「どれも片手間にはできないから。でも、やらないとやっぱり面白くないよ。そのうち、雑本目録を作りたい。だれも知らない、自分も知らなかったようなものも集めてね」
 多彩な切口を持つ田村さんだけに、期待は高まる。》

なないろ文庫ふしぎ堂目録 七色物語1

この記事は岡崎さんかな?(「文・岡崎武志、今村守之」となっている)。田村さんの忌日は一月一日(二〇一一年)だが、今年は一月九日に七回目の「なないろ忌」が開かれたそうである。某書店さんによれば

《なないろさんのことを思い出すのも一年でこの日だけとなりましたが、いつも大笑いのよき会です。なないろさんの人徳のおかげと感謝しています。》

とのこと。

他に神戸では、ロードス書房の大安さん、間島一雄書店の間島保夫さんの顔写真も掲載されていて、十九年の年月の重さを想う。

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# by sumus2013 | 2018-03-31 19:46 | 彷書月刊総目次 | Comments(0)

出町 EL camino(エルカミノ)

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EL camino(エルカミノ)


ヨゾラ舎をのぞいてから、今話題の出町商店街にできた古書店「EL camino(エルカミノ)」(「道」って意味かな?)まで足を伸ばす。立誠シネマが移った出町座のとなり。出町座は一階がカフェと新刊書店になっている。エルカミノは、聞くところでは、コミックショックのオーナー氏が個人的に経営しているとか(真偽のほどは不明)。表のブルーボックスには100円の文庫、雑誌、雑単行本、CDなど。店内は、今回見たかぎりでは美術系の図録や写真集などが多かったが、値段はちゃんとしていた。並べ方もゆったりと見やすさも配慮されている。近くを通れば、必ず立ち寄りたい店である。

せっかく出町柳まで来たのだからと、久々に善行堂へ。となりの竹岡書店さんは店内をスッキリ整理して非常に見やすくなっていた。店頭にも本を多めに出している。善行堂の表もさすがにプロの均一台になって、安心して拾えるレベル。店内は言うに及ばず。雑味(正体不明の本や雑誌、紙モノ)も十分に残しながら新刊書なども充実させているし、またジャズを中心としたレコードの箱がなかなか渋かった。ジャケ買いしそうになったが、ぐっと我慢してCDを求める。

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「THELONIOUS MONK The London collection」(徳間ジャパン、1998)二枚組。一九七一年一一月一五日にロンドンのチャペル・スタジオで行った最後のスタジオ・セッションをまとめたもの。ディスク1はソロ。ディスク2はアル・マッキン(bass)、アート・ブレイキー(drums)とのトリオ。これから聴きます。

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# by sumus2013 | 2018-03-30 21:28 | 古書日録 | Comments(0)

小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集

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『小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集』平田芳樹編(編集工房スワロウデイル、二〇一八年三月)を平田氏より頂戴した。深謝いたします。高橋輝雄と言えば、龜鳴屋さんより下記の作品集が刊行されている(というのもこの図録を頂戴して知ったしだい)。以前紹介した『木香往来』の表紙に版画を提供しているのも改めて教えられた。

もくはんのうた 高橋輝雄作品集

正直に言えば、この手の趣味版画はちょっと苦手なのである。ところが、本図集には思わず目をみはった。初山滋や武井武雄の亜流を越えた、みずみずしい感覚がみなぎっている。

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《今年の1月に、鹿児島の古書店で、滋賀の木版画家・詩人・僧侶、高橋輝雄が手作りした木版の詩集5冊を見つけました。それをきっかけに、金沢の龜鳴屋が2012年に出した『もくはんのうた 高橋輝雄作品集』を読み、調べだすと、龜鳴屋版にもない、詩人・清水卓の妹の存在にたどり着いたりして、図に乗って、『小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集』という手作り冊子にしてみました。》

という編者平田氏の手紙が添えられてあった。小桜定徳(一九二三〜八九)は鹿児島市生まれ、日大専門部宣伝文芸科卒。小学校教師、詩人。号は漂子。高橋輝雄と小桜は、昭和十七年頃までに、日大芸術学園の詩グループ「風館」を通じて知り合ったそうだ。この仲間には戦歿した清水卓もいた。

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『もくはんのうた5』一九七九年


  1942年の作品 清水卓

牛肉店の陳列の
鉤にかかった
牛肉にゆうやけ
あかい
上等品はご座んせんかい
おあい憎さま
こま切ればっかり
すじ肉ばっかり
ぼくの下等な
芸当みてくれ
亭主はおそらく
笑っただろふよ
上等なんて罰あたり
風をくらった
広告ビラだ
冗談みたいに
尻尾生やして
ぼくのほんもの
参ったまいった


《この詩抄は彼が中学を出て数年経ってから上京、日大芸術学院[園]に入っていた頃の1942年の作品で、やがて学徒召集で入隊、1943年10月8日、南方の海で輸送船と共に海底に消えてしまった。遺された作品は、僅かな詩篇と40枚ほどの《鬼打ち》という習作一つだけだ。》(『清水卓詩抄』高橋輝雄のあとがき、一九八一年)

清水は出身地不明。また清水卓の妹、清水ゆき(子)は、戦前には京都の詩誌『新生』や『岸壁』(すなわち臼井喜之介ファミリー)、戦後は宮崎の詩誌『龍舌蘭』に寄稿しており(昭和三十年以降は見えない)、それなりに知られた詩人だったようだ。


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『漂子拾句』一九八三年


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たかはしてるお『木版詩集』一九六七年


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『もくはん詩2』一九七一年


これら高橋輝雄の手に成る木版詩集の他に、本書には「龜鳴屋版『もくはんのうた』と小桜定徳氏長女よりお借りしたアルバムをもとにした小桜定徳作品譜」も収められている。小桜に関するドキュメント(写真、書影、書簡、新聞切抜など)の図版や文章の引用でまとめた年譜である。

平田氏の手紙はこう結ばれていた。

《高橋輝雄や小桜定徳が生涯、清水卓の詩を大切にしてきたことを考えると、清水卓の墓に昔の友人が刻んだ『清水卓詩抄』をお供えしたいという気持になります。そして、その詩集は妹の清水ゆきさんにも、届けられなかったのではないかと思われます。
 せめて出身県だけでも分からないものかと思います。
 もし京都や滋賀に関わる本で、清水卓・ゆきについての記述を見かけましたら、教えてください。》

『新生』(十号)に清水ゆき子の詩が掲載されているのは、この手紙を読んでから探し当てた。さっそくお知らせしたことは言うまでもない。読者のみなさまにもお願いいたします。お気づきのことございましたら、コメント欄へいただければと思います。あるいは下記、平田氏のサイトへ直接でも。

編集工房スワロウデイル


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# by sumus2013 | 2018-03-29 20:47 | おすすめ本棚 | Comments(9)

ふくしま人 伊藤久男

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あがた森魚「赤色エレジー」(ベルウッドレコード、一九七二年、COVER ART=林静一)。この歌を初めて聞いたとき(高校生の頃だった)、昔の曲のカヴァーだな、と思った記憶がある。

《愛は愛とて何になる
 男一郎 まこととて

異色のフォークシンガー、あがた森魚(もりお)の代表作〈赤色エレジー〉である。この歌の作曲者が、なんと八洲秀章になっているのだ。》

《この歌は最初、あがた森魚作詞作曲としてレコーディングされた。後年、メロディーが〈あざみの歌〉に酷似しているとの指摘を受け八洲秀章作曲と変更されたらしい。》

と、これは先日、恵投いただいた菅野俊之氏の「ふくしま人 歌手 伊藤久男」(福島民報、二〇一八年二月一七日〜三月一七日)の連載記事、第一回からの引用である。〈あざみの歌〉、最初は作曲者である北海道出身の八洲(やしま)秀章自身の歌唱によってNHKの「ラジオ歌謡」で放送された。そして伊藤久男のリリックな歌唱で、一九五一年(昭和二十六)年夏、リリースされる。ちょっと聴き較べていただきたい。



菅野氏はこう述べておられる。

《確かに前半の旋律はよく似ているが、全体としてはまったく別な曲と言ってもよいのではないかという気がするけれど、いかがなものか。
 いずれにしても「♪くれない燃ゆる」〈あざみの歌〉は、意外なことに〈赤色エレジー〉として装いを変え、転生しているのである。》

伊藤久男の略歴を菅野氏の記事からかいつまんで紹介しておこう。

明治四十三年七月七日、福島県安達郡本宮町(現本宮市)に生まれる。本名、四三男(しさお)。伊藤家は大地主で裕福な家庭だった。小学校の頃からピアノを習い、独唱が得意だった。旧制安達中を一年で中退し岩瀬農学校へ。東京農業大に進学するも、音楽家への夢を捨て切れず、実家に無断で帝国音楽学校へ転じた。

昭和七年、コロムビアのオーディションに合格。翌年、プロ歌手としてデビュー。伊藤久男の芸名を使う。昭和十五年、「曉に祈る」がヒット。敗戦によって一時酒に溺れる日々を過ごすが、再起し、昭和二十五年に「イヨマンテの夜」が大ヒット。昭和二十八年、映画「君の名は」の主題歌「君愛しき人よ」がヒット。作曲は福島市出身の古関裕而。昭和三十八年、コロムビア入社三十年を記念するリサイタルが本宮高校体育館で開催され故郷に錦を飾る。昭和五十八年四月二十五日死去。

《二〇一〇(平成二十二)年秋、本宮市において「伊藤久男生誕一〇〇年記念事業」が市を挙げて開催された。久男の遺品や写真などの展示会、記念講演会、カラオケ大会など多彩な内容であった。そのときに刊行された記念誌「その歌声は時代を越えて」はとても充実した内容で、彼に関する基本的な研究文献となっている。
 昭和歌謡史に大きな足跡を残した伊藤久男の数々の名曲と歌声は今もなお、多くの人々の胸にあざみの花のように咲き、香り続けているのである。》

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# by sumus2013 | 2018-03-28 17:41 | おととこゑ | Comments(0)

伴蒿蹊?

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伴蒿蹊という触込みのマクリを入手した。伴蒿蹊と言えば『近世畸人伝』(寛政二年1790、京都にて出版)の作者である。これはまちがいなく江戸文学の傑作。実際、よく売れて、多くの類書が現われた。岩波文庫版の解題に森銑三はこう書いている。

畸人傳中の人々を慕つて、その筆蹟を蒐集した人々もあつた。故林若樹氏の所蔵せられてゐた吉光片羽と題する一巻は、京都の富士谷家より出たもののよしであるが、その内容は畸人傳正續兩篇中の人々の墨蹟を輯めたので、その數四十餘人に及んでゐた。そしてまた明治二十六年四月には、名古屋に於てそれら畸人傳中の人々の墨蹟遺品の展覧會が催され、ついでその時の出陳目録も刊行せられた。私も故野村時哉翁より贈られて一册を藏してゐるが、それには京都の富岡鉄齋翁も關係して、數點出品の上に、その目録の題簽、扉、序文、挿繪等を揮灑してゐる。

いつの時代にも自筆モノ蒐集家はいるものなのだ……登場人物の筆蹟を集めたくなるくらい人気の高い著作だった。

ということで、これを求めてはみたが、当然ながら伴蒿蹊の真筆なのかどうかは分からない。歌の署名に「閑田子題」とあって、蒿蹊は閑田廬」とも号したので、おそらくそうではないか、という程度。絵を誰が描いたか、も定かではない。ただ、絵描きの絵でないのは確かだ。むろん屏風剥がしかもしれず、これが全図とも思えない。

この歌が難読だ。あれこれ読解を試みているが、なんともスッキリしないところがある。例によって、御教示いただければ幸甚なり。

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いく里のねむりの夢をさますらんこの山寺のあかつきのかね

以く里能袮無利乃夢越
左満壽らん古能山寺能
安可津起農可年

御教示に深謝です。里と壽のところで悩んでいたのですが、なるほど腑に落ちました。

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# by sumus2013 | 2018-03-27 20:46 | 雲遅空想美術館 | Comments(3)