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林哲夫の文画な日々2
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もよおしいろいろ


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CD発売記念ライブ 
2022年9月10日18:30開演 
旧グッゲンハイム邸
出演:季村敏夫(朗読)+澤和幸(ギター) 鈴木創士(トーク)

学園坂出版局










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浮田要三と『きりん』の世界
2022年9月17日〜11月13日

小海町高原美術館
https://www.koumi-museum.com/exhibitions/218/









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秋季特別展「博覧 -近代京都の集め見せる力-」
初期京都博覧会・西本願寺蒐覧会・仏教児童博物館・平瀬貝類博物館
2022年9月17日〜11月23日

龍谷ミュージアム
https://museum.ryukoku.ac.jp/exhibition/2022/hakuran/

***





# by sumus2013 | 2022-08-29 15:47 | もよおしいろいろ | Comments(0)

窓前寒雀

窓前寒雀_f0307792_20493979.jpg


漢詩の色紙。数ヶ月前に入手。こなれた筆つき。幕末はあるだろう。読みやすい方だと思うが、とりあえず。

窓前寒雀報新晴
霜落茶梅花正清
俗客不来庭砌静
閑中唯是当棋声
       偶成

印もはっきり読めないが、上は「信〓之印」、下は「有〓氏」かなあ・・・。「偶成」は「たまたま出来た詩」という意味なのでさすがに署名ではないと思うが、いかがなものか。「棋声」は囲碁、石を打つ音。静かな庭によく響く。[ご教示により一部訂正いたしました]


****

中尾さま
いただいたメールに返信ができません。お葉書でご返事します。あしからず。

# by sumus2013 | 2022-08-28 21:02 | 雲遅空想美術館 | Comments(5)

パンタグリュエルの滑稽な夢 

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『Les songes drolatiques de Pantagruel : cent vingt gravures attribuées à François Rabelais』(Michel Jeanneret, Edité par Editions [vwa], 1989)。

熱暑も少し和らいだ。曇りだったので遠出して久しぶりに善行堂へ。店の中央に本の山脈、これが当たり前になってきた。新刊も盛りだくさん。ようやく堀辰雄『木の十字架』(灯光舎、二〇二二年)を手にする。感想はまた読んでから。谷中安規の装幀になる内田百閒の本などを見せてもらう(見ただけです)。

何かないか、クンクン、首を左に曲げて横積みになった本の背を読んでいると、ありました。ラブレーが。『パンタグリュエルの滑稽な夢 フランソワ・ラブレー作とされる版画120点』ミッシェル・ジャンヌレ序、[ヴァ]出版。元版は一五六五年、パリのリシャール・ブルトン(Richard Breton)刊。

Les Songes Drolatiques de Pantagruel ou sont contenues
plusieurs figures de l'invention de maitre François Rabelais

それにしてもラブレー(1483?-1553)、ヘンテコなキマイラを思いつくものだ。ヒエロニムス・ボス(1450?-1516)という偉大な先輩がいるにはいるが。

序文をチラッと読んだら、Drolatique(滑稽な)という単語が印刷されたのはこの本が最初だと書かれているところに目がとまった(例えば、バルザックの『風流滑稽譚』も「Contes Drolatiques」)。

岡崎の方へ回って、白川沿いに三条通を横切って下って行くと、おしゃれな本屋、ギャラリーを見つけた。最近オープンしたようだ。

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三咲書店

ギャラリー「テレスコープ」

# by sumus2013 | 2022-08-27 20:31 | 古書日録 | Comments(0)

ヨヘイ画集

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『ヨヘイ画集』(文榮閣書店+春秋社書店、明治四十三年十二月十九日)を久しぶりに開いてみた。夢二よりは、やはり線描がこなれている。とはいえ、そう大きな優劣はないようだ。ヨヘイでは、叙情味より滑稽味が勝っているところが一番の違いか。

《三四年前からの、雑誌ホトトギスと國民新聞とに出した画稿を合せて今度画集を出す事になつた。(四十三年十二月)》

と序文にヨヘイは書いている。刊行は『夢二画集』のちょうど一年後になるわけだが、雑誌発表ということでは、夢二とヨヘイに大きな時差はないだろう。ヨヘイを夢二の追従者とする意見(吉田一穂『随想桃花村』にもそんな文章があった)は誤りと言っていいと思う。ただし『ヨヘイ画集』の構成は明らかに『夢二画集 春の巻』を意識している。

《(明治四十三年三月京都に行きし時のスケツチブツクより)
 (三月七日)
本能寺の中の源妙院といふに、旧友樫野南陽君を訪ふーー不在ーー室に通つて待つ。婆さんがお茶をもつて出て来た。
「京都は馬鹿に寒いね」と云つたら「さうどすな、此二三日ホン冷えますでなあし」と答へた。江州者らしい。
婆さんの鼻が赤かつた。》(p8)

《高瀬の柳を写さうと思つて宿を出た。
来て見ると、柳はみんな切られてあつた。そしてそこには電車の線路が二本増して居つた。
絵の具箱が重かつたーー皮相の文明は自然を破壊すーーと云つた様な痛切な感じは別に起らなかつた。(三月八日京都にて)》(p10)

《自転車が砂ほこりを立てて向うの土手を走つた。あの柳が青く煙つて、向うの山が紫に霞む時、京都は京都らしい京都となる。(三月八日京都にて)》(p13)

《 京都大仏にて
過去を誇る案内者、誇り賃を以て生活する案内者、彼等はよどみなき西京弁をふるつて、はなやかなりし洛陽の昔を説く、それが得意なる丈それだけ滑稽である、また哀れである。京都は寂しいところだと思つた。》(p136)

京都大仏は方広寺にかつて鎮座していた。元は秀吉の発願によって建立されたものだが、倒壊と再建を繰り返した。ヨヘイが見物したのは天保十四年(1843)に再興されたもの(昭和四十八年焼失)。

《(三月二十日大阪にて)
大阪の巡航船はうるさかつた。
文楽はよかつた。
牡蠣めしはうまかつた。
煙草にマツチを添へてくれなかつた。》(p14)

四行のなかに大阪の印象をまとめてチクリと棘もある。ヨヘイは夢二同様に(傾向は違うが)文章も巧みだったようだ。

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# by sumus2013 | 2022-08-26 17:22 | 古書日録 | Comments(0)

小沢信男と富士正晴

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『VIKING』860(VIKING CLUB, 2022年8月15日、表紙=富士伸子)と『VIKING』861(VIKING CLUB, 2022年9月15日、表紙=富士伸子)を中尾務氏より頂戴した。前者に「小沢信男とリトルマガジン」、後者に「復員、転身かなわず 富士正晴調査余滴」の中尾氏による論考が掲載されている。いつもながらどちらも労作。興味深く読ませてもらった。

小沢さんについては先の山田稔さんのトークショーで中尾氏にお会いしたときにチラリと聞いていた。楽しみにしていたのだが、小沢信男と富士正晴の関係が良好だったにもかかわらず、『VIKING』に属していた小沢さんがどうして脱退したのか、そこに小沢さんの女性問題(恋愛問題あるいは結婚問題?)があったというのは実に新鮮だった。もし小沢信男伝を書く人が出てくれば、本稿は非常に示唆に富む調査として役立つことは間違いない。それはそれとしてこんな一節には大きく頷きたくなる。

《いわゆる小説らしい小説の忌避、記録への傾斜という点で、田井立雄、富士正晴、小沢信男の三者には通じるものがあると思われるのだが、どうだろうか。》(p43)

田井立雄も同人で、小説は書かず、百号までの総目次『VIKING100』を制作したとのこと。この指摘にも関係しているだろうが、861号には、富士が、日記、手紙、思い出などのつなぎ方に苦心をし、それは創作であると書いていることが指摘されている。

《引用への強い信頼という点で、復員した年の福恵をモデルとする小説構想と、『恋文』『榊原紫峰』とは、長い年月をへだてて通底。戦争小説とちがって実をむすぶことのなかった、一芸妓をモデルとする小説の構想は、富士小説の流れをみる上で重要ということになる。》(p24)

要するに富士は根っからの「編集者」であった、ということではなかろうか。だが、職業としての編集者には、乗り気ではなかった。復員して、何をすべきか、富士が迷っていたとき、編集者の仕事を紹介してくれる者がいたが、《四分位しか動かない》というような気分だった。ここでその紹介者、八束と石原についての記述があるので「関西出版メモ」として引用しておく。

《〈八束〉は、八束清。八束は、戦前、富士正晴と弘文堂書房で同僚。一九四三年、八束は弘文堂書房を退職して、大和書院に入社するが、大和書院は、翌四四年の企業合同時に、ほか五社と秋田屋を創設。八束は、京都北白川追分町の秋田屋編輯室に勤めていた。(秋田屋本社は、大阪。)
 〈石原〉は、石原美雄。石原は、一九四二年、石書房を立ち上げ、翌四三年、弘文堂書房を辞めた富士を顧問とするが、石書房は、翌年の企業合同時に、大和書院などといっしょに秋田屋を創設。(小出版社の石書房に即せば、組み込まれたようなものか。)石原は、八束清の同僚となっていた。
 なお、石原美雄については、拙文「〈「三人」の葬式〉、その後」(『VIKING』839)でも触れたが、拙文発表後、元人文書院編集者の疋田珠子さんから、石原美雄は、現在も京都にある美雲[みくも]木版画社の出で、「母と奥さんが美雲のしごとをされてました」と教えていただいた。》(P25)

石書房は竹内勝太郎『詩論』を出している。実はこの時、富士は、小説家でも編集者でもなく、版画家になろうとしていたのであった。


小沢信男さんの訃報

画遊人・富士正晴

富士正晴の兵隊小説を読み返す


# by sumus2013 | 2022-08-25 20:21 | おすすめ本棚 | Comments(2)