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原初の、学校

原初の、学校_f0307792_15421874.jpeg

題 名=原初の、学校——夜間定時制、湊川の九十年
発行日=2019年12月25日
著者等=登尾明彦
発行所=みずのわ出版
装 幀=林哲夫
印 刷=山田写真製版所
製 本=渋谷文泉閣
A5判糸かがり 角背 上製本 264頁

カバー NTほそおりGA スノーホワイト 四六判Y目130kg スーパーブラック1°
表 紙 NTほそおりGA うす鼠 四六判Y目100kg 1度 K/1°
見返し NTほそおりGA スノーホワイト 四六判Y目130kg
別丁扉 NTほそおりGA スノーホワイト 四六判Y目80kg  DIC515/1°
本文 オペラクリームマックス A判T目39.5kg
ヘドバン A8(濃赤)
スピン A5(濃い赤)


今年最後の装幀本。『原初の、学校』というタイトルから、学校を表すものとしてエンピツを連想した。そしてエンピツの頭に墨をつけてペタペタと紙の上に模様を作ってみた。鉛筆の頭の版画であり、ひとつひとつが生徒の頭、に見えるかな、というココロである。この原画をスキャンしてレイアウトしたのだが、少し縮小するとちょうどピッタリ収まった。


原初の、学校_f0307792_15473905.jpg


原初の、学校_f0307792_15474569.jpg

タイトルだけ色を使うか・・・など、少し迷ったが、ここはスッキリとスーパーブラック一色で、色気は出さないことに。

by sumus2013 | 2019-12-31 15:53 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

CONSTRUCTIONS

CONSTRUCTIONS_f0307792_20414112.jpeg


CONSTRUCTIONS_f0307792_20413081.jpeg


CONSTRUCTIONS_f0307792_20413554.jpeg

今年も押し詰まって、Ronald H. Bayes『CONSTRUCTIONS』(Novabear Press, 1967)という小冊子が届いた。諏訪優の訳が見開きで原文と対になっている。扉の隅に日本語で小さく《詩集 構成/ロナルド H, ベイーザ/諏訪優訳》としてある。ロナルド・H・ベイズ(1932-)は詩人で詩の研究者。

Ronald H. Bayes

日本訪問がモチーフとなっているようだ。各篇のタイトル「CONSTRUCTIONS」に東京、新宿、東府中やカデナ、オクマなどの副題が付いている。一篇だけ引用してみる。「構成V(カデナ)」。


CONSTRUCTIONS V
(Kadena)

Heart have you
not grown
hard enough to
stay from this
morbidity, these tears
formed to all
purpose
out of air ?


コンストラクションズというのは「構成」でいいのだろうが、各篇をゆっくり読んでみると、どうやら友情を作り上げるというような意味合いではないかと思われる。

CONSTRUCTIONS_f0307792_20420084.jpg
高橋輝次さんが『タイトル読本』(左右社、二〇一九)のときに参照したと聞いた『現代詩手帖』二〇〇六年三月号「特集タイトル論 名づけの不思議」はそのタイトル通り、かなり濃い内容の「タイトル論」がそろっていて読み応えがある。なるほどなあ、とめくっていたら、特集とは関係なく、奥成達「追悼・黒田維理さん」というレクイエムに目が止まった。そこに上の集合写真が掲載されている。北園克衛を囲む詩人たち。一九五四年七月に撮影されたとあるから諏訪優は二十五歳だ。後列の右端、縞のネクタイを着けている青年である。森原智子さんもおられる・・・

by sumus2013 | 2019-12-30 21:20 | 古書日録 | Comments(0)

歳末お笑い絵本

歳末お笑い絵本_f0307792_20321261.jpeg

歳末のお笑いを少々。こんなボロボロの絵本の切れ端を拾った(均一の箱のなかで)。虫食いもはなはだしいし、表紙も裏表紙もなくなってタイトルが分からない。版心に読めない漢字が一文字。これがタイトルか?(ご教示歓迎)

歳末お笑い絵本_f0307792_20341871.jpg

内容は、江戸時代の一コマ漫画だと思ってもらえらばいいだろう。七ページ分(=七作)残っているのだが、そのなかから三つ選んでみる。

歳末お笑い絵本_f0307792_20342493.jpg

《さむらひハ なかそでときいたゆへ たけはみじかくても そでさへなかければ よいではなかろ》

《ハゝゝゝゝ〜〜 ◾️んなにハ おかしい すかたを なさるゝ事だ》

にわか侍なのだろうか、衣装の袖だけ長くて、丈が短く脛がむきだしている。


歳末お笑い絵本_f0307792_20343143.jpg

《これ〜〜や だんなん殿 おまへのうちハ こちらでござります そさうな事じや》

《やう〜〜今ひがくれた もうミな ねておるそふな さいぜんから 戸の われるほと たゝけ◾️◾️◾️◾️◾️おるそ》

酔っ払って帰宅し、となりの「かしや」の戸をドンドン、返事がないぞ〜。小僧にあきれられている。今も昔も変わりません(?)

歳末お笑い絵本_f0307792_20342871.jpg

《大こんをふろふきに せいといハれたが 大かた 此ふろでたく◾️◾️◾️◾️◾️》

《ゆふろでは あるまいか》

《◾️◾️◾️◾️◾️たつねて まいらう》

大根をふろふきにしろと言われたので風呂で大根を煮ようとしている男。小僧の方がまともである・・・・お後がよろしいようで。


『わらひ竹(絵本わらひ茸)』(青玉堂)

by sumus2013 | 2019-12-29 21:05 | 古書日録 | Comments(0)

PEARL

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ジャニス・ジョプリン「PEARL」(CBS・ソニーレコード、1971)を見つけた。B判全紙を折畳んで十六頁になるよう編集されたライナー・ノート『THE PEARL』(《アングラ新聞》と編集後記は言う)が入っている。あちこち読んでみると、その記事がかなり生々しいので何カ所か引用してみる。

《【ロスアンゼルス発】
 10月4日夜、ジャニス・ジョプリンは、ハリウッドのランドマーク・モーター・ホテルで死体となって発見された。発見者は、ロード・マネージャーのジョン・クック。死後、10数時間が経過している模様。
 ロスアンジェルス市警察の調べはまだ終っていないが、手短に語られたステートメントによると、ジャニスは短いガウンをまとい、ベッドとナイト・スタンドの間にはさまるように横たわって死んでいた。口唇から血がにじみ、鼻にはかすり傷がついていたという。
 片手に4ドル50セントを握り、封の切られていないタバコが一つ落ちていた。死因は不明。27歳。》

ジョン・クックはジャニスの婚約者セス・モーガンからジャニスと連絡がとれないという電話を受けた。あちらこちらに電話で問い合わせても行方は分からなかった。アルバム「パール」を録音する予定になっているスタジオに入ろうとホテルを出ると、ジャニスの車が車道に停まっていた。そこで引き返しジャニスの部屋へ行ってみることにした。

《真直ぐ一階入口のフロントでキーを受け取り、ジャニスの部屋を開けました。夜の7時30分です。
 ジャニスは死んでいました。私は再び部屋に鍵をかけ、ガレージで私を待っていた人々に事件を伝えました。私はジャニスの弁護士のボブ・ゴードンに連絡し、彼は義理の兄の医者に連絡して、すぐにホテルへ来てくれました。警察にはボブ・ゴードンに知らせてもらい、私はスタジオで事件を知らずに仕事をしているポール・ロスチャイルドと「フル・ティルト・ブギー」の連中に知らせに走りました。》

最後の目撃者はホテルのボーイだった。ジャニスは酔っ払って深夜の午前一時にホテルに戻った。

《土曜日の晩は、サンセット・サウンド・スタジオで録音が終ってからオルガン奏者のケン・ピアソンがジャニスを送って行ったことが明らかとなった。
 彼女はスタジオではリップルを飲んでいたが、どちらが誘うまでもなく、バーニーの店に寄り、彼女はウォッカを2杯飲み、ホテルまでピアソンが送り届けた。》

《その日が夜勤でフロントにいた彼[ホテルのボーイ]は、1時頃、外から戻って来たジャニスが、タバコを買うのに差し出した5ドル紙幣の釣銭、4ドル50セントといっしょに、おやすみの挨拶を言ったというもので、彼女は"気分が良さそう"にしていたということだ。これで、死体が握っていた4ドル50セントと、脇にころがっていた封の切られていないマールボローの疑問は説明された。ボーイが言いそえた事では、彼女は一度部屋に戻り、それから2・3分してタバコを買いに来たのであって、それが彼女を見た最後であったという。》

ジャニスの検死はベテランの検視官トーマス・ノグチと彼のスタッフが担当して死因を究明することになった。

《最終報告はいまだ提出されていない。連邦検視官事務所のクラリス・スミスが言明した最新レポートによると、ジャニスは死ぬ数時間前にヘロインを左腕に注射し、その際のOD(オーバードーズ/過度の使用)が原因であったとする見方が、最も有力である。》

「編集後記:退場にあたって」も熱っぽいもの。執筆者は牧範之、検索してみるとCBS・ソニーレコード創立時のスタッフ丸野正孝だとのこと。この「ライナー・ノート」は牧(丸野)が執筆からレイアウトまで全てを手がけたという。

《昨年の10月5日、月曜日、1人の RUNAWAY CHILD の衝撃的な死を知らされた、多くの人々は、彼女の死の意味を様々に理解することで、余暇を楽しく過ごせることに、スグさま気付き、ジャニスについての多くの会話がなされた。そして、屍肉にむらがるハイエナや、死体愛好者の「ジャニス屍姦未遂事件」は今[ママ]だ後を断たない。まぎれもなく、ぼくもその張本人の一人であるが、諸君と同じく自首して出る気は毛頭ない。》

ジャニスは火葬にされ、遺灰はカリフォルニアの海に撒かれた。

《遺言通りに火葬にされたジャニス・ジョプリンの灰は、事件発生9日後の10月13日、マリン郡スティンソン海岸沖の上空から太平洋に撒かれた。
 PCIFIC OCEAN ! 250年前、マゼランが"平和の海原よ、El Mar Pacifico"と命名した大海に、ジャニスは帰っていった。》

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by sumus2013 | 2019-12-26 17:21 | おととこゑ | Comments(0)

さんたくろう

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国立国会図書館さんのツイートに日本初サンタの絵が出ていた。

《画像は、日本で初めてサンタクロースの絵を収めたものと言われる『さんたくろう』(明治33年)の挿絵です。「北國の老爺 三太九郎」という名前のサンタクロースの隣には、ロバが描かれているようです。》

ただ、単純に日本で出版された本というくくりなら、以前紹介したこちらにもサンタクロースの挿絵が入っている。明治二十年版。

『ナシヨナル第二 NEW NATIONAL SECOND READER.』(吉岡平助、一八八七年三月一八日再版御届)

by sumus2013 | 2019-12-24 21:07 | 古書日録 | Comments(0)

天満屋書籍部/門書店

天満屋書籍部/門書店_f0307792_20175225.jpg

今年最後のレッテル便りから「天満屋書籍部」。これはむろん古書店ではなく新刊書店。昔は百貨店の書籍部というのはブイブイいわせていたのだ。天満屋は備前西大寺に伊原木茂兵衛が文政十二年(1829)に創業したという老舗である。この建物は昭和十一年に焼失したという岡山市の本館だろうと思う。


天満屋書籍部/門書店_f0307792_20174734.jpg

こちらは『檸檬』(版画荘文庫)に貼付されている「門書店」のレッテル。門書店というのが検索しても出てこない。読書諸兄のご教示を待つ。

by sumus2013 | 2019-12-24 20:41 | 古書日録 | Comments(0)

僕の一〇〇〇と一つの夜

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加藤典洋『僕の一〇〇〇と一つの夜』(発行人:加藤厚子、制作:りいぶる・とふん、二〇一九年一一月二四日)が届く。書容設計は扉野良人。細かいエンボスの入った白い地券表紙(セミハードカバー)に金箔押しの文字。丸背でホロウ・バックになっている。本体は糸かがりなので開きは良好だ。四六判を横長につかったレイアウトは高祖保『雪』と白井晟一装幀の『チェーホフ戯曲集』からヒントを得たという。横長の紙面で詩集を読むというのは、思いのほか読み易いと教えられた。

僕の一〇〇〇と一つの夜_f0307792_20194979.jpg


加藤典洋氏が二〇一八年一一月から一九年五月にかけての闘病中に《詩のようなものを書いてみた》、それは『現代詩手帖』二〇一九年二〜四月号に掲載されたが、その際「著者の最終稿」に手が加えられた。本書のテキストは「著者の最終稿」に戻して収録されたとのこと。四十二篇+はじめての歌一篇。

いわゆる詩人と呼ばれる人たちの詩とははっきり違う。しかしながら、言葉と向き合って来た人だけに、その「詩のようなもの」は作者の清澄な心の在り場所を、死を超えたともとれる、その融通無碍な風景を伝えてくれる。二篇引用する。いずれも全文。


  君は丘の上にひろがる

あのとき
訪れた墓をおぼえているかい
兄弟の墓さ……

海辺の墓もあったね

ああ
海が見えた
ヨットがいっぱい揺れていた

街に降りていくと
素敵な本屋があってさ

屋内は暗くて
書架にはしごがかかっていて

輝く前面の
ショーウィンドーには
羊皮紙の聖書が二冊

生まれたとき
死者なんて知らなかった
やってくるべき生者を迎える用意で
手一杯だったのだが

いつのまにか
君の中には
死者がいっぱい

気がつくと
君は
丘の上にひろがる
大きな墓地になっている

そして
そこには
アライグマが住んでいて
夜になると
すたすたと歩く

我が物顔で
落ち着き払って
手には花

まるで
その先に
自分の愛する者が眠っているかのように
                (2018/12/17)



  広場

町には
広場があって
役所の正面には
大時計が掲げられているのでしたが

その時計は
とまっていました
犬が

広場を横切っていくのが
広場に面した建物の上の階から
見えましたが

ほかには
誰も通りません
広場のかたちは
四角でした

まわりを
マロニエの木が等間隔に
立って
区切っていました

時計はとまっていましたが
マロニエの木のまわりを
マロニエの木の影がゆっくりと
めぐりましたから
ときの経つのがわかりました

曇った日にも
ときの経つのは
わかりました

マロニエから
一枚また一枚と
葉が落ちていったからです

広場には
何も起りません
ただ
時間がすぎていくのです

上から見ると
さほどでもないのに
立つと
広く感じられました
         (2019/1/6)

by sumus2013 | 2019-12-23 20:27 | おすすめ本棚 | Comments(0)

雲無心以出岫

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つい先日求めた漢詩扇面を。雲無心とはじまる文は陶淵明の「帰去来辞」から。


雲無心以出岫、鳥倦飛而知還。
景翳翳以将入、撫孤松而盤桓。
帰去来兮。請息交以絶游。
世与我而相遺、復駕言兮焉求。


署名は「楊城居士」と読める。印も[大村/楊城][左書剣右]だろうから間違いなかろう。

大村楊城 おおむらようじょう
軍人。弘化三年(一八四六)名古屋生まれ。名は屯、尾張藩士。明治維新後軍人となり、明治二二年(一八八九)大阪連隊区司令長官に就任、以後大役を十年間努めた。温雅・度量広く酒を愛し書に勝れる。漢学に造詣があり、書を乞う者多く書家楊城としても喧伝された。大正二年(一九一三)二月六七歳没。墓は正念寺(天王寺区上本間町五丁目)にある「楊城大村先生墓」。》(森琴石関係人物紹介

by sumus2013 | 2019-12-22 19:54 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

版画荘文庫『檸檬』

版画荘文庫『檸檬』_f0307792_20462508.jpg

gorey一箱古本市、盛況のうちに終了。ご来場下さった皆様にお礼申し上げます。それなりにご満足いただけたかと思います。機会があれば、またいずれ!

ということで、今日も、善行堂でいい本買えました。梶井基次郎『檸檬』(版画荘、昭和十二年九月二十日)。版画荘文庫では衣巻省三『黄昏学校』につづいての人気アイテムだと善行堂の講釈あり。背の題箋(この状態いかんで値段が決まるのだとか)の文字が消えているので割安だった。「早大グランド上/門書店」のレッテル付き。今年の古本ベストテンに追加です。

by sumus2013 | 2019-12-21 20:56 | 古書日録 | Comments(0)

園部英文『歌集 旅路』

園部英文『歌集 旅路』_f0307792_19311767.jpg

園部英文『歌集 旅路』(洛北の里社、昭和十一年十二月十日三版、初版:昭和十年三月十五日)を入手。武者小路実篤が「序」を執筆している。《君の詩集のできるのをたのしみにしてゐます》と始まる文章で、序文というより私信の転用かもしれない。その次にある「自序」に

《料理屋のおやじが柄にもない歌集を発刊するなんて生意気な量見を出したことを嗤つて下さい、身のほど知らぬ白痴者奴と。》

としてあり、さらに読むと、貧しい生活の上に病魔に悩まされた、ブラジルで五年間苦闘したなどとあって、サンパウロの移民収容所にもいたそうだ。《病身者の私を親切に永い間御世話下さいましたサンビセンテの高越、宗野両氏に対し満腔の謝意を表します》云々とある。また、サンパウロ州立美術学校に通ってもいたらしい。その当時のデッサンが掲げられている。

園部英文『歌集 旅路』_f0307792_19312378.jpg

収録作品はすべて三行に分かち書きした短歌。病気の様子、移民の不安がストレートに表現されている。


 蜂雀[ペルセベジヨ]
 昨日も今日も病みて住む
 我が茅屋の窓近く飛ぶ。


 頬の肉
 落ちしものかと手をやれば
 あごひげ伸びて驚いて手を引く。


 移民船
 今日サントスに着くといふ
 恋人に逢ふ心地するかな。


 京訛
 聞きたけれど誰もなし
 寂しき心抱いて帰る。


 寝もやらず
 囁いてゐる若き夫婦ありき
 移民収容所[イミグラソン]の隅の寝台[カマ]にて


洛北の里社は八瀬遊園地平八茶屋内という住所になっており、《料理屋のおやじ》と自序にあるわけだから園部英文は主人ということになる。平八茶屋は創業天正年間というからかなり古い歴史を持つ料理屋。山端・平八の他に八瀬店もある。そちらの主人だったのだろう、詳しくは分からないが。

例えば、東都我刊我書房から出たばかりの『倉田啓明探偵怪作撰 落ちていた青白い運命』(二〇二〇年一月一八日)に収録されている倉田の食味随筆に平八茶屋が登場している。「三都いろいろ」(『上方食道楽』昭和五年三月号)の「京都名物」に次のように出ている。

《美濃吉の鼈[すつぽん]や鰻の入った茶碗蒸はうまいものの一つだ。また芹川茄子の田楽もいい、平八の薯蕷汁[とろろ]は雅味があり、平野家の芋棒は大衆的である。》(p226)

もう一箇所、「鮎と山椒魚」(『上方食道楽』昭和五年六月号)に

《高野川の岸にはとろろ汁で名高い平八茶屋がある。この家の庭は即ち高野の奔流と松ケ崎の山姿[さんし]とを一つにあつめた自然の景趣である。出町橋から高野村までは三十二町、ここから次第に緩やかな傾斜道を爪先上りに上って行くとそこからが八瀬の里、八瀬橋までは高野村から一里と里程標に示してある。》(p240)

としてある。

倉田啓明探偵怪作撰 落ちていた青白い運命

by sumus2013 | 2019-12-20 20:26 | 関西の出版社 | Comments(0)