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星の王子さま

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サン=テグジュペリ『星の王子さま』(内藤濯訳、岩波書店、昭和三十九年六月二十五日第七刷、初版は昭和三十七年)と『Le Petit Prince』 (GALLIMARD, 1967版、初版は1946)。

高橋輝次さんとの『タイトル読本』出版記念トークイベントでは、誰でも知っている有名タイトルで明らかな誤訳だという例をいくつか挙げた。この『星の王子さま』に、チェーホフ『桜の園』(サクランボウまたはミザクラの園)、そしてサリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳)などである。他に『危険な年齢』や『ライ麦畑の捕手』という訳もあるように、『ライ麦畑でつかまえて』は原題の言葉を残しつつ、誤訳は承知で、逆の意味を持たせた苦心のタイトル。村上春樹が『キャッチャー・イン・ザ・ライ』としたのもその翻訳の困難さをうかがわせる。しかし、率直に言えば、村上にも日本語で訳して欲しかった。

サン=テグジュペリ『星の王子さま』はおよそ半世紀の間このタイトルで親しまれてきた。二十一世紀になって岩波書店の独占版権が消失し、各社いっせいに新訳を出したが、いずれも「王子」は残している(『プチ・プランス』としたのが唯一の例外)。ただ、ずっと気になっているのだが、プランス(prince)は「王子」ではないのではないか? 「王子」の意味もあるが「君主」とか「公爵」「国王」という意味もある。むろん単純に考えれば「王子」としても間違いとは言えないだろう。なにしろ、作者自らが描いたプチ・プランスのこの絵柄があるので、誰だって「王子」としたくなる。

けれども、話の内容からすれば、タイトルはやはり「小さな王様」でなければならないような気がする。「小さな王様」すなわち「子供」の異名なのではないだろうか? 小さいが「王様」なのだ、そうでなくては面白くない。子供の心をもった王様だから意味が深まる、そのように小生には感じられる。

高橋輝次編『タイトル読本』左右社


by sumus2013 | 2019-09-30 20:45 | 古書日録 | Comments(0)

タイトル読本出版記念イベント

満員御礼
無事終了いたしました。
みなさま有難うございました。
タイトル本発売中

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撮影:摘星書林さん


いよいよ28日土曜日夜の開催が近づいてきました。本もできました。
今回もお土産を用意しようかなと考えていますので
みなさま、ぜひともご参集ください。
古本市も見逃せません。

高橋輝次編『タイトル読本』左右社

高橋輝次氏の最新アンソロジーである。もうずいぶん前からこの企画について聞いてはいたが、なかなかの難産であった。しかし、その分、面白くでき上がっているようだ。

全五十一篇のうちには、既発表のタイトル・エッセイばかりでなく、書き下ろしも六篇含まれる。小生も高橋輝次氏の依頼で「フェルメールの娘は成長する……画題について」という少々長ったらしいタイトルでアート作品のタイトルについて書き下ろした。歴史的な考察もするにはしたが、論理の正確さというより、飛躍の面白さを追求したエッセイなので、あまり堅苦しく考えずに、気軽に読んでいただければと思う。

本年亡くなられた高橋英夫氏の最後の文章も掲載されている。「タイトルの定着ーー思考と言葉のかかわり」

《「今度の本のテーマは《タイトル》、諸家が《タイトル》について語った文章を集めています」ーーを知らされたとき、これは面白いと感じたが、同時に、今までこうした企画が出てこなかったのは不思議だと思った。
 執筆者が最も気をつかうだけでなく、編集者、新聞記者もああだこうだと頭を捻るのが、タイトルなのである。それほどに気を抜けない。タイトルとは何か?ーーこう新たに考え直すことが必要なようだ。》

まったく同感。小生も自分の原稿を書いているときに誰か参考になるような先行エッセイか論文はないかなと思ったものだ。高橋輝次氏の「編者あとがきに代えて」によって土門拳が「画題のつけ方」という長文のエッセイを残していると知った。また、同じく輝次氏によれば

《タイトルについて書かれた単行本と雑誌がすでに三冊出されていることが分かった。『現代詩手帖』(二〇〇六年、三号)の特集「タイトル論」、美学者、佐々木健一の『タイトルの魔力』(中公新書)、それにブルボン小林(=長嶋有)『増補版ぐっとくる題名』(中公文庫)である。[中略]
 私が今回編んだアンソロジーは、どうやら日本で三冊目に世に送る、タイトルに関する単行本ということになりそうである。》

ということで、タイトルに悩んでいる人も、悩んでいなくても、本や映画が好きなら面白く読めること疑いなし。


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高橋輝次編『タイトル読本』左右社
出版記念イベント

2019年9月28日
19:00開場 19:30開演

出演:高橋輝次+林哲夫
会場:花森書林
入場料:1200円
定員:20名

『タイトル読本』
出版記念古本市
9月27日、28日、29日

高橋輝次
ぺるデュ書店
百窓文庫
摘星書林
古書善行堂
書肆艀
季村敏夫



by sumus2013 | 2019-09-27 22:45 | もよおしいろいろ | Comments(0)

タケダ2000GT詩集 bonnet


無事終了しました。
ご来場くださったみなさまに感謝。
いやあ、楽しかったです。



第1回 書肆よろず屋ミーティング
タケダ2000GTライブ

2019年9月27日(金)

第一部 トークショー

出演 タケダ2000GT 書肆よろず屋 林哲夫
内容 書肆よろず屋、出版第1弾のタケダ2000GT詩集「bonnet」のことなど

第二部 タケダ2000GTライブ

受付開始 19時半 開演 20時
チャージ ¥2,000 プラス 1オーダー

出演者からの来場者特典あります

皆様の来場お待ちしております



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題 名 タケダ2000GT詩集 bonnet
著 者 竹田佳史
発行日 令和元年5月1日
発行所 書肆よろず屋
装 幀=林哲夫
頒 価=1000円
188×128mm

・表紙 マットコート180kg
・本文 上質 110kg

書肆よろず屋の処女出版。シンガソングライター・タケダ2000GTの歌詞集である。芸名からしても、タイトルからしても、自動車のボンネット写真でまとめよう! と最初は思ったのだが、全体の歌詞を読み込んでいると、それではあまりに短絡的というか表面的すぎると思い直して、昨年制作したブラッシュストロークのなかからやや屈託のある一枚を選んでみた。善行堂他で発売中。

タケダ2000GTのちょっとしたすべて

《「本を出すなら、まず詩集から」という思いは前から持っていました。そしてここに相応しい言葉の数々を散りばめるアーティストに出会いました。ぜひ、その何気ない言葉の数々の海に飛び込んでいただきたいと思います。公園や、駅、焼鳥屋に出かけたい。はたまたカレーを作りたいと思っていただければ、もうこの世界の肩まで浸かっている証拠です。
この詩にはすべて曲がついています。どうぞ、ライブ会場等に足を運び、また違う世界も楽しんでいただきたいと思います。
岡田将樹》


 泥の河

子供らがはしゃぐホームの 片隅でタバコを喫んでいる
守られて精一杯戯れよ きみらもすでに勤め人なのだ
電車にうまく乗れなかった それでも時々レールをなぞった
誰かが窓から手を振れば えへ、て笑った

ミスったけどこの人生 湿気ってはいない
泥の河を埋める花びらよ あいつに幸あれ あいつに幸あれよ
持ち駒が全てなくなれば ありったけの小銭 将棋盤に並べて
マジックペンでやおら額に 王将と書きなぐりまた肘をつけば良い

ひと掬いいくらの金魚でも 泳いでいれば誰か立ち止まる
誇りよプライドに打ち勝て 今がその時だろ

ミスったけどこの人生 終わってはいない
泥の河を埋める花びらよ あいつに幸あれ きみに幸あれよ

電車がまた一本過ぎていく 新しいタバコに火をつける
いつかきっと来るだろう おれ経由のラッキー行き

情けないがこの人生 スベってはいない
泥の河を埋める花びらよ あいつに幸あれ おれに幸あれよ



by sumus2013 | 2019-09-26 19:33 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

風と共に去りぬ

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Gone With the Wind - By Margaret Mitchell
Macmillan 1936


『タイトル読本』のトークイベントにしゃべれるか、どうかわからないけれども、かなり前に取り上げた『風と共に去りぬ』のタイトルについて調べてみた。

三笠書房一番のヒット作品は、言わずと知れた『風と共に去りぬ』
https://sumus.exblog.jp/6521068/

 風と共に去りぬ 速水憲吾著 代々木出版社 昭13
 物語 風に散りぬ 阿部知二訳編 河出書房 昭13
 風と共に去る 深沢正策訳 第一書房 昭13-14
 風と共に去れり 藤原邦夫訳 明窓社 昭和14
 風と共に去りぬ 大久保康雄訳 三笠書房 昭14
 風と共に散りぬ 深沢正策訳 創芸社・近代文庫 昭28

速水憲吾のものはあらすじをまとめた冊子。これらに加えて最近

 風と共に去りぬ 鴻巣友季子訳 新潮文庫 2015

が加わった。『タイトル読本』には鴻巣女史の「プライド」というエッセイが収められている(ジェーン・オースティンのタイトルについての考察)。それにしても阿部知二の「散りぬ」、そして深沢正策の「去る」から「散りぬ」への改変が気になるところ。これは意味が違い過ぎないだろうか?

原著は『Gone with the Wind』である。wiki によれば、マーガレット・ミッチェルはこの小説の最後の一行「Tomorrow is Another Day」をタイトルにするつもりだった。しかし最終的にイギリスの詩人アーネスト・ドウソン(Ernest Dowson)の詩「Non Sum Qualis Eram Bonae sub Regno Cynarae」から「Gone with the Wind」を取ったのだそうだ。

 I have forgot much, Cynara! gone with the wind,
 Flung roses, roses riotously with the throng,
 Dancing, to put thy pale, lost lilies out of mind;
 But I was desolate and sick of an old passion,
 Yea, all the time, because the dance was long:
 I have been faithful to thee, Cynara! in my fashion.

  Non Sum Qualis eram Bonae Sub Regno Cynarae,[a] third stanza (1894).

普通名詞としては「cynara(キナーラ)はアーティチョーク(チョウセンアザミ)のことである。次の行には芳香を放つ薔薇群の描写もある。ならば風で散ってもそうおかしくはないと思うが、Cが大文字だし、これは女性の前とすべきであろう。だから「去りぬ」が正解ということになるようだ。

また、このドウソンの詩の長ったらしいラテン語タイトルもホラティウスの『オード』から引かれたものだそうで、どうやらタイトルというのは先人の名文句を頂戴するのがひとつのスタイルだったと思われる

よく知られた例を挙げれば、レイ・ブラッドベリの『何かが道をやってくる Somthing Wicked This Way Comes』(1962)だろう。これはシェイクスピア『マクベス』の魔女のセリフ

 By the pricking of my thumbs,
 Somthing wicked this way comes.
 Macbeth Act 4, scene 1, 44–49

からいただいたものだ。そしてアガサ・クリスティもまたここから《By The Pricking of My Thumbs》をタイトルとした作品を書いている。『親指のうずき』(1968)。シェイクスピア、さすが。

ドウソンは三十二歳で夭逝した詩人だが、もうひとつ人口に膾炙した有名なフレーズを残している。

 They are not long, the days of wine and roses:
 Out of a misty dream
 Our path emerges for a while, then closes
 Within a dream.

  "Vitae Summa Brevis" (1896).

「酒とバラの日々 Days of Wine and Roses」(1962)はブレーク・エドワーズ監督の映画。ジャック・レモンとリー・レミック演じる夫妻の悲惨な生活を描く社会派ドラマ。コメディアンとして知られたジャック・レモンは、この作品では、いかにも「アカデミー賞主演男優賞が欲しい」というシリアスな熱演を見せている。印象に残る作品だ。

書影はAbeBooks.comより。初版本なら数百万円の値段が付くようである。

by sumus2013 | 2019-09-25 20:42 | 古書日録 | Comments(0)

滋養舶来香竄葡萄酒

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バッタリ、三密堂さんの前でとびらの氏に出会った。偶然ここで会うのは、たぶん三度目くらい。均一棚の前で立ち話。秋のイベント、いろいろ楽しみな話を聞く。百年のわたくし第4巻は十月五日徳正寺にて。いつものメンバーに加えて佐々木幹郎さんも参加されると聞いた。ああ、その日はロイユ個展の搬出日なのだ・・・残念至極。

今年のかまくらブックフェスタに、りいぶる・とふんとみずのわ出版が合同で出店するそうだ。そのとき堀江敏幸氏がゲストに来るとか。十一月二日、三日。また、十一月十七日には山田稔さんと服部滋氏のトークイベントが恵文社一乗寺店で予定されている。これは『ぽかん』の企画。山田さんの新著が印刷中とのことで、その刊行記念となるようだ。幼少時代を回顧したエッセイ集のようである。

とびらの氏が、百円の棚からひょいとつまみ出したのが、この広告(包み紙?)。「林さんが好きそうなものがありました」というので、ありがたく譲り受けた。印刷されている(たぶん木版摺り)文字を引用しておく(メダル部分は省略)。

 一等金賞牌
 農商務省 《H》 登録商標
 FRAGRANT WINE
 滋養舶来香竄葡萄酒
 大日本大阪
 エチゴヤ商会

香竄葡萄酒(こうざんぶどうしゅ)というのは香りをつけたワインである。「竄」は《香りなどがしみこむ》意味(字源)。香竄葡萄酒で検索すると、ヒットするのはほとんど神谷バーの神谷傳兵衛が初めて売り出したという蜂印香竄葡萄酒である。それ以外にも内田洋行やこの越後屋商店などの香竄葡萄酒があったようだ。

香竄葡萄酒と電気ブランのはなし オエノングループ

《傳兵衛は国内での洋酒の需要が高くなってきたのに目をつけ、ワインを一般に普及させようと考えていました。その頃、本格ワインは日本人の食生活になじみがなく、傳兵衛は樽詰めの輸入ワインにハチミツや漢方薬を加えて、甘味(かんみ)葡萄酒に改良しました。これが1881(明治14)年発売の「蜂印香竄葡萄酒」(はちじるしこうざんぶどうしゅ)です。「蜂印」という名称は、かつて傳兵衛が「Beehive(蜂の巣箱)」というフランス産ブランデーを扱ったことにちなみます。「香竄(こうざん)」とは父兵助の俳句の雅号であり、親のご恩を忘れないためにと、この言葉のなかに「隠しても隠し切れない、豊かなかぐわしい香り(まるで樽のなかの卓越したワインのように)」という意味があることにちなみます。この「蜂印香竄葡萄酒」は、親友で最大の事業協力者でもある近藤利兵衛の優れたマーケティング活動により、1900(明治33)年頃には全国で人気商品となりました。》

ハチハニーの合同酒精もオエノングループである。







by sumus2013 | 2019-09-24 17:24 | 古書日録 | Comments(0)

烟寺晩鐘

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しばらくぶりの古筆色紙を。冷泉家の始祖、冷泉為相の「瀟湘八景」から烟寺晩鐘。

   烟寺晩鐘
 暮かゝる霧より
   つたふ鐘の音に
 をちかた(遠方)人も
      道いそくなり

by sumus2013 | 2019-09-22 09:18 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

リリオムのポスター!

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ほとんどこの何年間も注文していないのに律儀に送ってくれる『書架』128号が届く。巻頭口絵は美術商の雰囲気で、いいものがあるのだが、こちらとしてはまず手の出しようがない。しかし、ひと通り目を通す。びっくりするような珍品が出ていることがあるからだ。

この号で驚かされたのは次の出品。

六三、長谷川利行画額「少年像」付・リリオムポスター

二点セット。「少年像」は利行の証明が付いているが、ポスターは作者不詳としてある(利行らしいところもなくはない)。お値段は・・・貧生にはちょっと無理です。

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解説によれば、ポスターの裏面に《長谷川利行作 昭和七、八年頃 団子坂茶房リリオムにて 北川実旧蔵》と書かれた貼紙があるらしい。それが本物なら問題はないが・・・さて。

参考までに『喫茶店の時代』から「リリオム」の一部を引用しておく。

《 昭和六年(一九三一)、茶房リリオム(りりおむ)は市電団子坂停留所(現在の千代田線千駄木駅辺り)から谷中墓地へ向かって直ぐの左側(現谷中三丁目二の五)に開店した。老舗菊見せんべいの少し先になる。そこから右手へ折れ二〇〇メートルほど、現谷中二丁目一二の五に太平洋画研究所(一九〇一年設立)があった。岡倉天心、横山大観らが結成した日本美術院(一八九八年設立)も近く、東京美術学校(一八八九年開校)も遠くはない。

 リリオムの経営者中林政吉は築地小劇場のファンであり左翼青年であった。店名も築地小劇場で上演されたハンガリーの作家モルナール作「リリオム」に由来する。中林はノーネクタイでカラフルなセーターを愛用し、トミ夫人は断髪でスカート。店の外壁は水色に塗られ、二階まで蔦がからまっていた。モザイク模様の床板、白いカウンター、ソファー、そしてクラシック音楽。

 昭和四年(一九二九)に松本竣介が盛岡から上京し、太平洋画研究所(後、太平洋美術学校)に入所する。一七歳。二年後、研究所の仲間たちと「太平洋近代洋画研究会」を結成し、同人雑誌『線』などを発行した。彼らのグルッペは毎日のようにリリオムに集まっていた。モディリアニの画集を持参して作家論に熱をあげ、腰にぶら下げた藁半紙へ熱心にスケッチするかと思うと、マルクス主義について激しい議論を応酬したりもした[1]。竣介たちの他には、長谷川利行、靉光、井上長三郎、鶴岡政男、吉井忠、麻生三郎、難波田龍起、高橋新吉、矢野文夫、我孫子真人らが姿を見せていた。竣介はリリオムで仲間たちと小品展を催し、初めての個展もここで開いている。中林はそのよき時代を次のように回想する。

《青年たちがその小さな茶房を愛したように、その主であった私も、若い情熱にまかせて、経営者の立場を離れて芸術を愛し、青年達を愛し、理解し、友人として仲間としておのずからそこにひとつの特殊な雰囲気をつくるようになった。そこでは真面目に画論が闘わされて時を忘れさすことも珍しくなかった。音楽が文学が演劇が、あらゆる話題が、青年の情熱が、珈琲の香りと、煙草の中に陽炎のようにたちのぼるのであった。》[2]》

by sumus2013 | 2019-09-19 21:05 | 喫茶店の時代 | Comments(0)

陳書

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『陳書』第十四輯(神戸陳書会、昭和十七年十二月二十八日)。神戸の古本屋さんで。個展の合間にのぞいて発見。どこかで出会わないかなと探していた雑誌なのでうれしかった。間島一雄書店の間島保夫さんが中心となって同名の古書目録を発行されたことで知ったのだが、本号を見てそのすごさが納得できた。

巻頭は忍頂寺静村の「頼三樹三郎の書翰」である。忍頂寺については下記で少しだけ触れた。

近世風俗文化学の形成―忍頂寺務草稿および旧蔵書とその周辺―

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記事の一例を挙げると、例えば、松井佳一「金魚養玩草の異版に就て」。これによれば、金魚が初めて日本(泉州佐海=堺)に渡来したのは文亀二年(1502)だそうで、江戸時代にも何度か渡来した。延宝年間(1673-81)には金魚屋が出来たが、まだまだ高価なもので、元禄時代(1688-1704)ですら一尾五両、七両したそうだ(50万円くらいか)。贅沢禁止令で金魚が没収されたこともあった。

『金魚養玩草(きんぎよそだてぐさ)』は金魚の飼育について書かれた最初の本。

《著者は泉州堺の安達喜之で同郷奚疑斎が増補したもので著者の序文には寛延元年辰九月と明記してあつて寛延元年戊辰冬摂州浪速津森常政、泉州上石津河重校合とも記されて居る、寛延元年は皇紀二四〇八年で実に百九十四年前の出版である。
 本書は随分流布せられて居て年代を異にし出版元を異にして数次発行せられたものらしい、私が今迄で調べたものだけでも五十冊以上で家蔵のものも二十八冊と其他に写本が数冊あつてこの内に八種の異本がある。》

このあと、その内容についての記述がつづき、こう締めくくられている。

《以上は私が金魚の来歴を調べる文献の一として本書を蒐集しはじめてから二十余年間の探索であるがこれ以上の異本について御気付の諸兄姉から御教示を願い得れば幸甚である、又金魚に関するあらゆる文献を蒐集して居るがまだ名だけ知つて実物を見ることの出来ないものが東山素柳坂物語、後扁金魚記(寛政八年以後の刊行)金鱗解説(明治刊行)である、何かの手がゝりもかなと念じて居る。》

とまあ、こんな執筆者ばかりだから驚くほかない。

by sumus2013 | 2019-09-18 20:15 | 関西の出版社 | Comments(0)

ラバー・ソウル

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ビートルズ6枚目のアルバム「ラバー・ソウル RUBBER SOUL」(Parlophone, 1965)の日本盤(東芝EMI、発行年不詳、日本初版は1966)。上の赤いのは拙作「クーシュ」。

9月28日に高橋輝次さんと『タイトル読本』(左右社)についてトークイヴェントを行うため、多少なりともネタを仕込んでおこうと、あれこれ考えている。ひとつは、翻訳のタイトル(本に限らず)には誤訳の多いことを少しだけ喋ろうと思って、まず浮かんだのが、村上春樹の『ノルウェイの森』。ただしこれは誤訳ではない(だって日本語の本だものね)。その元になったビートルズの「ノルウェーの森」が大誤訳なのである。それを村上春樹はそのまま(「ー」と「イ」の違いがありますが、66年版は確認できてません。一九六〇年代に日本で発売されたコンパクト盤(四曲入り)「ペーパーバック・ライター」に収録されたタイトルは「ノルウェーの森」です)小説のタイトルに使っている。

どう誤訳なのかはトークのときに(検索すればすぐ答えは出ますが)。その「ノルウェーの森」が収められているのがこの「RUBBER SOUL」である。ところが、上の写真の盤に付いている歌詞カードのタイトルは「ノーウェジアン・ウッド」(訳詞:高橋淳一)で「ノルウェーの森」ではない。さすがに「ノルウェーの森」はまずいでしょ、と誰かが気づいた(?)。

I once had a girl
Or should I say she once had me
She showed me her room
Isn't it good Norwegian wood

あの娘は俺のもんだった
いやそれとも俺はあの娘のもんだった
部屋に案内してくれてさ
ノルウェー・スタイルの愛の巣さ

[中略]

And when I awoke I was alone
This bird has flown
So I lit a fire
Isn't it good Norwegian wood

目があいてみりゃ一人ぼっち
あの娘は消えちまってた
煙草をふかして俺一人
ノルウェー・スタイルの愛の朝

ノルウェー・スタイルの愛の巣》は苦心の訳である。拍手。ただ、出だしの二行は解釈が間違っているのでは? この歌詞はナンパがテーマなんだから「I had」は《俺のもんだった》じゃなくて、おれがひっかけた、そして、いや、彼女がおれをひっかけたのかな、と続くのが自然だろう(だって彼女の部屋にいるんだからね。「ひっかけた」というのも少々古臭いかもしれません、「お持ち帰りした」ですか、昨今なら?)。

それにしても「ラバー・ソウル」というアルバム・タイトルそのものもシャレが効いている。「ゴムの魂」って? rubber sole、lover soul がクロスしているのか(イギリス英語はrとl、bとvをそんなに極端に区別しないように思います)。他にも含んだ意味があるのかもしれない。とにかく翻訳というのは容易でないというひとつの例である。

by sumus2013 | 2019-09-17 20:31 | おととこゑ | Comments(0)

上京する文學

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岡崎武志『上京する文學』(ちくま文庫、二〇一九年九月一〇日)が届いた! 新日本出版社版が文庫になったのである。

岡崎武志『上京する文學』(新日本出版社、二〇一二年)

大幅加筆に加えて野呂邦暢篇、そして特別寄稿・重松清「春だったね 1981」も面白い。ちくま文庫は九冊目だそうだ! 素晴らしい。岡崎棚ができるくらいになった。sumusu仲間として喜ばしい限り。

筑摩書房 上京する文學ー春樹から漱石まで

上京の頃のポートレートが著者紹介に使われている(!)

by sumus2013 | 2019-09-16 09:24 | おすすめ本棚 | Comments(0)