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<   2019年 07月 ( 27 )   > この月の画像一覧

京都府写真帖

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『京都府写真帖』(京都府庁、明治四十一年十一月十五日)を借覧。レトロ図研の蔵書。

大日本レトロ図版研Q所

堺御門から熊野郡久美浜湾まで二六〇件、大方は神社仏閣、官公庁、学校、名所旧跡、主要産業各社の工場なども選ばれている。京都府の表の顔という感じ。

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島津製作所
《上京区河原町通二条の南に在り、島津源蔵の経営にして明治八年の創業に係り主として理化学機
器機、博物学標本の電気機械等を製作し内地諸学校等に供給し又清、韓諸国に輸出せり》

蔬菜速成栽培
《上京区聖護院町にあり、本法の起源は天保年間にありて爾来幾多の改善を加へ遂に完成して付近に伝はり京都速成蔬菜の名、世上に喧伝せり》


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都ホテル
《三条通粟田口の東、華頂山吉水園内に在り。大日本ホテル株式会社の事業にて地域二万坪、建物総坪数二千五百坪現今百五十の客室を有し明治四十年中の宿泊人員三千五百余人なり》

京都ホテル
《上京区河原町通二条南へ入、舟入町に在り明治二十四年六月の創立にして資本金三十五万円を有す明治二十五年露国皇太子ニコラス殿下御滞在の時我 天皇陛下の行幸あらせられたるを以て其名高く逐年客室を増築し百八十人の旅客を収容するに足るに至れり》



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加茂川

五条大橋

高瀬川曳舟



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白川女

大原女


以上、ごく一部だけ紹介したが、産業写真がいちばん興味深い。なお奥付に撮影者のクレジットがあるので参考までにメモしておく。

写真撮影主宰正六位 茂手木慶信
写真撮影委員    山下友治郎
  〃       山田末男
  〃       大林 勇
  〃       酒泉彦太郎
  〃       川崎 濟


茂手木慶信については不明(同名の法律家あり)。山下友治郎は慶応三年大阪島之内生まれ。

《中央写真用品㈱ですが、この問屋は古く戦前のカメラ雑誌にも多数広告を掲載している企業です。なお、戦前は山下友治郎商店と云う名称から戦後すぐ千代田商会となり昭和25年2月に㈱山下友治郎商店に戻り同年4月に中央写真用品㈱となります。》(YAHOO!知恵袋

酒泉彦太郎では下記のような記事もあるが、同一人物だとすると、かなりの年齢ということになる。

酒泉彦太郎は尊王攘夷派であり、長州の桂小五郎や久坂玄瑞、土佐の中岡慎太郎らとも親交があった》(またしちのブログ

by sumus2013 | 2019-07-31 20:54 | 古書日録 | Comments(0)

泉斜汀 亂刀/人買船

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泉斜汀『亂刀』(Noir Punk Press、二〇一九年八月二十九日、一〇〇部)、一気に読み終わった。

《本書は、捕物帳の元祖としてしられる「彌太吉老人捕物帳」のうち、『舊幕與力 彌太吉翁實話 乱刀』(白水社、大正七年)として刊行された「乱刀」「左官の土」「金時金平」「花扇の死」「七人組」の全五編のうち、乱刀」「左官の土」「金時金平」を復刻したものである。》(杉山淳「泉斜汀『乱刀』解説」より)

初出は大正七年の『探偵雑誌』(実業之世界社)である。杉山氏も解説で書いておられるが、かなりじっくり取り組んだ力作になっている。

《個人的に感じるのは、この『乱刀』一冊にかける斜汀の気合である。間違いなく、物書きとしての再起をこの本にかけている。それだけの熱量を感じるのだ。そして、その試みは大体において成功しているのではないだろうか。

とくに表題作の「乱刀」がよく練られ、意外性もあり、エンタメとして今でも十分読むに耐える内容になっている。とびきり美人の武士の娘が父を闇討ちで亡くして、不運が重なり、芸者に身を落としながら、犯人を探す。その娘を見そめていた美貌の若侍も、娘のもとに通うために辻斬りを働き、勘当されて町人として暮らす、そんな苦難の二人が本懐をとげる・・・までにも色々あって飽きさせない。主人公が小里というスーパーウーマンだというところに、『青鞜』やノラたちの時代、大正前半らしい新味もあるのかもしれない。

時代考証もよくできていて、と書きつつ、一箇所、面白いうっかりを見つけた。

《なにしろよい塩梅でございました、これがもう五分も後れておりましたら、お気の毒ながらどうなっていたかも分かりません。》

川に飛び込んだ娘が助け上げられ、診察した医師のセリフ。もう五分って・・・

装幀が内容とはミスマッチ、フランスの紙装本を摸している。せっかくの面白いアイデアなのだから、フランス語は誰か専門の人に校正してもらった方が良かった。



****************************

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『人買船 泉斜汀探偵小説撰集』(我刊我書房、二〇一九年四月七日)読了。泉斜汀の存在すら知らなかった。名調子の巻末解説、杉山淳「〈孤独〉の人ーー後期泉斜汀の作品群をめぐって」より引用してざっと概念をつかんでおく。

《本書は、あの泉鏡花の実弟であり、硯友社出身の作家、泉斜汀の、大正半ばから昭和初期にかけて執筆された、エンターテインメント作品を中心として収録した。泉斜汀は、本名を豊春といい、兄、泉鏡花に続き、尾崎紅葉門下として出発した。なお、尾崎紅葉全集の校訂は泉斜汀が担当している。》

《泉斜汀のエンタメ作品にみられる平易さへの傾斜は、鏡花的なものから脱出をはかって、辿り着いた境地だったのだ、だが、泉斜汀の文学的出発においてもみられるように、鏡花の作品世界は、泉斜汀のひとつの憧れだったはずだ。》

《大衆作家としての泉斜汀の作品群には、作者が感じたであろう〈孤独〉への苦悶があり、そして凡庸だからこそ味わうことになった強い挫折感は、作品内部に静かに息づき、強い切実さをもって読者に迫ってくる。ままならぬ現実と、誠実なるがゆえ苦闘を続けた作家。泉斜汀のその軌跡は、暁闇の彗星の如く、ほの暗い光を放つ小さな宝石にも似て、その作品の奥底にひそやかに刻みつけられている。》

泉鏡花の実弟、それでシャテイ(舎弟)なのか? 杉山氏は兄・泉鏡花作品の特徴をいくつか挙げて、結末の唐突さを指摘している。《泉鏡花の作品の多くは《過程を楽しむもの》であり、画竜点睛の結末〔フィニッシュ〕の切れ味を求めるものではないかもしれない》。これは泉斜汀にも言えることで、女性や情景の描写は念入りだが、ストーリーの展開となると、いきなり始まって、いきなり終わる、あれ、これで終わり? という作品が目立つ。「人買船」なども、突然リストラされた讃岐の武士が妻子を連れて大阪へ向かう、その道中、悪いやつらに目をつけられて・・・手に汗握る展開、サディスティックな気分をそそるなかなかの描写である。このまま続けば『レ・ミゼラブル』みたいな壮大な作品になりそうな雰囲気濃厚。ところが、結末は最後の十行でアッサリ片付けられてしまう。

蝶之助という子供が蝶の女神から不思議な糸巻をもらう「糸巻草紙」などお伽話として秀逸かと思うし、怪作と呼ぶにふさわしいのは「犬鬼灯」であろう。絶世の美女とその爺さんの奇妙な物語。最後の方は聊斎志異にでもありそうな展開になる。これらの面白さと物足りなさの裏腹な感覚は、やはり実際に読んでみなければ納得できない類のもの。一読をお勧めする。

『大阪圭吉単行本未収録作品集2 マレーの虎』(盛林堂ミステリアス文庫、二〇一九年三月二八日)も読了。小野純一「あとがきにかえて」では大阪圭吉の生誕地・新城市を訪ねた様子が報告されており、すこぶる興味深い。大阪ファン必読である。

書肆盛林堂


by sumus2013 | 2019-07-30 21:01 | おすすめ本棚 | Comments(0)

誰も語らなかった中原中也

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福島泰樹『誰も語らなかった中原中也』(PHP研究所、二〇〇七年五月三十日)読了。ここのところ、読む本は梁山泊の表の均一台で探すことにしている。少々難アリのいい本が放出されていることが多い。社会科学系の硬いものを中心に、雑多なタイトルが並んで、ときに拾い物が見つかる、ある意味スジの通った均一台という感じがする。

本書はそんななかでの一冊。二〇〇五年に中原中也の葉書と肖像写真が発見された。宮崎県の東郷町に若山牧水記念館が開館するにあたって、当地出身の詩人・高森文夫の旧蔵書を調査していたとき、そのなかの一冊に中原中也の葉書が挟まっていた。本書は高森と中也の交際を、高森へのインタビューを核として、丁寧に見直し、作品との関連を追いながら、中也の生涯を語っている。福島泰樹ならではの熱い内容。

《中原中也が高森文夫宛てに出した葉書は、平成十七年三月、宮崎県東郷町「若山牧水記念館」四月開館に備え、高森文夫蔵書調査中、フランス本『CONTES CRUELS』(パリ、カルマン・レヴィ社)の頁の間(三一〇〜三一一)から発見された。》

『CONTES CRUELS』はリラダン(VILLIERS DE L'ISLE-ADAM)の作品集である。カルマン・レヴィ(Calmann-Lévy)からは一八八三年以来かなり版を重ねており、一九二三年、一九三〇年版あたりが高森の所持していたものだろうか・・・この点については本書については書かれていない。

同時に発見されたのが「麦の藁束」の上に仰向けに寝転ぶ写真で、これは中原中也が東郷村に滞在しているとき、高森が撮影したものだそうだ。

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撮影日時は不明ながら、場所は、東郷町小野田「入舟旅館」階下の物置と特定されている。

《ここで若き日の高森文夫は、「姐さんをあげて、中也と酒を飲ん」でいる。中原中也が来訪した当時、東郷村には三、四軒の旅籠があり、旅籠は林業に従事する男たちの憩いの場所であった。二人は近所の農家の女中[ねえ]さんを相手に酒を飲んだという。》

《昭和七年夏から十一年までの四年間、その初夏か、あるいは七月か八月に、河原から小径を上り、裏口の物置に積まれた藁束を見るや、心地よいクッションの上に身を投げ出したくなったのかもしれない。渓流で冷やされたビールの酔いが、悩み多き詩人を心地よい眠りに誘ってくれたのかもしれない。》

何か、不思議に、不吉な感じのする写真である。本書の帯に印刷されている帽子をかぶった中也の写真もそうだ。昨年、このあまりに有名な写真を模写したとき、どうしても似て来ないで困った。見れば見るほど、貧相な顔である。大岡昇平だったか、この写真が中也の人気を決定したようなことを書いていたが、たしかに、昔の印刷の悪い図版だと、可愛い感じに写っていて、その意見にも頷けるところはある。しかし、最近出回っている、オリジナル写真に近い図版で見ると、目といい、鼻といい、唇の分厚さといい、頰から顎の線といい、まったく優しさがない。厳しさもない。なんというか、どうしようもない顔である。

ご存知のように、ランボーの例の顔写真も何度も描いていて、これもかなり状態の悪い原図なので、ある意味「美少年」に写っているわけだが、何度なぞってみても、どうしてもいい顔だとは思えない。何も知らずに、写真を見せられて、この男は三十でアビシニアあたりで野垂れ死んだと聞いても(実際に死んだのはマルセイユの病院)、なるほど、と納得できるような軽薄な顔立ちである。それでも、まだ、この中也の写真ほどいやなところはない(撮影年齢がもっと若いからかも)。

中也のそんな複雑さが詩作品にそっくり現れているわけだが、それ以前に(と同時に)、この顔にすべてがある。あるように見える。写真は怖い・・・(写真写りが悪いという不満に対して、ある人が「写真に写っているのが本当のあなたなんですよ」と答えていたが、なるほど「写」「真」というくらいだから、一理あるなと思ったことを思い出す)

by sumus2013 | 2019-07-29 21:30 | 古書日録 | Comments(0)

結婚

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アルベール・カミュ『結婚』柏倉康夫訳(私家版、二〇一九年七月二十日、限定百二十部)を恵投いただいた。深謝いたします。『結婚』については二〇一四年に投稿した記事があるので参照されたし。

アルベール・カミュ『結婚』(ガリマール、一九五〇年)

《昔から良い作品や文章を読んだとき、感動の証に背筋が震えることがときどきある。その最初の経験が、高等学校のときに読んだアルベール・カミュの『結婚』だった。古文の授業時間に教科書に隠すようにして読んでいて、突然背中がブルッとふるえた。新潮社から出ていた窪田啓作訳だが、すぐにガリマール社から出版されていたフランス語原本を手に入れて読んだ。》(あとがき)

そういう作品ってあるもんですよね。背筋がブルッとするかどうかはともかく「これは!」と忘れられない印象を残す作品が。今回せっかくだからと、対訳で『結婚』を読ませてもらった。新しい才能というのはこういうふうにして頭角を表す、そんな見本のような文章である。この三年足らず後に『異邦人』を発表するわけだが、そのトーンがすでにここにある。圧倒的な自然、死すべきものとしての人間。幸福とは、希望とは・・・死とは何か。生が溢れ返っているゆえの根源的な不安が横たわっている。

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冒頭「ティパサでの結婚」


小生が好きなのは次のようなところ。チンピラの喧嘩。アルジェ訛り(?)のフランス語のチンピラ言葉にシビレル。柏倉先生苦心の翻訳だ。

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by sumus2013 | 2019-07-27 21:29 | おすすめ本棚 | Comments(0)

怪奇美の誕生

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園頼三『怪奇美の誕生』(創元社、昭和二年十月十五日、装幀=船川未乾)。打ち合わせで市中へ出たついでに立ち寄った某書店にて。かなり状態は悪いが参考書として求めておく。函は欠。

園はエゴン・シーレを取り上げている。よくは知らないが、日本でシーレという画家に注目した最も早い記事ではないだろうか?

《ウヰンの町へ来て、偶然な機会で初めて知つた天才画家。

《クリムトの画集を需めようと思つてケルトナー通りのとある書肆で、私はふと一枚の鉛筆画を見つけた。スケツチ風の簡素のうちに筆致の勁健さ、描写の巧妙さ、と言ふよりも一個の裸婦の図に、よくもこれだけのものを見、これだか描いたものだ。
 Egon Schiele という著名[サイン]が方形の枠のなかに、年号と一緒に納まつてゐるのが日本画の落款に似て、店頭に立つて眺めてゐた私の脳裡へぐいと烙印を押しつけた。》

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シーレを発見した園は、シーレのコレクターであるドクトル・リーゲルを訪ね、シーレを見せてくれと頼んだところ、外国人がシーレを見たがるなんて、と驚かれる。快く見せてもらった園は感激して引き上げたようだが、おそらく、シーレの素描なりとも入手しようと思えば、入手できたかもしれない。エゴン・シーレの友人たちとも語り合っており、その気になれば、どこかの画廊なりとででもオリジナルを買えたのではないだろうか・・・買える時代だったのではないだろうか、そういう話が出てこないのが、ちょっと惜しいような気もする。

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これらの図版を見て、連想したのが、佐野繁次郎の裸婦デッサンである。敗戦後に数多く描かれて、装幀の図案としてもたびたび使っているが、自称マチスの弟子なので、そちら方面ばかりを考えていた。そうか、あの裸婦の線描はエゴン・シーレだったのだ。

その一例は下記で。

新温泉案内 関西


by sumus2013 | 2019-07-26 19:15 | 関西の出版社 | Comments(0)

仮面城

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大下宇陀児『仮面城』(我刊我書房、二〇一九年八月二九日、一〇〇部)読了。《昭和四年『少女倶楽部』第八巻第一号〜昭和五年『少女倶楽部』第八巻第一二号》(本書巻末の「初出」による)に連載された作品。

書肆盛林堂

伯爵夫妻の行方不明から始まる伯爵令嬢由美子の没落、さらに令嬢も誘拐されてしまう。彼女を救出しようとする利発な生駒少年が、力持ちのバナ勘とともに絶海の孤島にある仮面城へ向かう・・・と、これはもうアニメーションにすれば面白いに違いない作品。かなりご都合主義の展開もあるが、結構としては、陥穽も含めて、うまく考えられており、かなり楽しめた。

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『改正改版植物学小教科書』
https://sumus2013.exblog.jp/30695454/


仮面城には「悪魔の壺」という処刑場がある。その窪地には不思議な植物が繁っており、不心得者はその実を採取にやられる。実を取って戻るさきから樹木に食われてしまうというのだ。

《「不思議な植物って、どんな植物ですの。」
「何でも、学者達はそれを百合花状タルエーナとかいっているそうですが、阿弗利加[アフリカ]のマダガスカル島にも、これに似たような樹があるといいます。つまり、人を喰べてしまう樹なんですよ。」
「えッ、樹が人を食べる?」
「そうです、樹が人を食べてしまうのです。お嬢様は、蝿取草のことを知っていますか。」
 いわれて見ると、由美子はいつか理科の課外読本で読んだことがあった。》

というふうに出ていて、先日紹介した『改正改版植物学小教科書』を思い出した。「はへぢごく」と「うつぼかづら」が挿絵付きで説明されている。明治時代から広く学生たちにも知られていたわけである。

ただ、この後に出てくる「悪魔の壺」の描写はなかなか凄まじい。

《その幹は巨大なパインアップルに似た樽のような恰好で、幹の頂上が直径一メートル内至[ママ]二メートルの大皿となり、その皿の底からは、非常に厚い、そして長い緑色の葉が八枚出ている。葉には、全面身の毛もよだつような物凄い刺が生えていて、然も葉の生えている根本の方には、これまた気味の悪い幾本かの蘂[しべ]が、風もないのに、ゆら〜〜と揺れているのだった。》

八枚の葉っぱで獲物をぐるぐる巻きにしてしまう。じつにシュールな植物ではないだろうか。特撮怪獣にでもありそうだ。

by sumus2013 | 2019-07-24 20:08 | おすすめ本棚 | Comments(0)

近澤書店

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レッテル通信を頂戴した。今回はいつにもまして珍しい一枚があった。近澤書店、京城府中区明治町一丁目。京城府(けいじょうふ・キョンソンブ)は日本統治時代の現・ソウル特別市の呼び名である。それ以前、李氏朝鮮時代には漢城府(ハンソンブ)、その前は漢陽府(ハニャンブ)と呼ばれていた。中区とあるが、区制が導入されたのは昭和十八年六月だから、このレッテルもそれ以降ということになる。現在の明洞(ミョンドン)が統治時代には明治町と呼ばれ、日本人居住区・商業中心地となっていた。

近澤書店は出版も行っていたようである。『全国書籍商組合員名簿』(大正15年4月)には「出版及販売」として

合資会社近澤商店出版部(近澤茂平)

の名前が見えている。詳しくは下記論文を参照されたし。

「日中戦争前夜の植民地朝鮮で流通していた日本語書籍」平田賢一

どんな出版物があったのか、検索してひっかかったものだけ。

朝鮮の囘顧 和田八千穂・藤原喜蔵編 近沢書店 1945年3月
枯蘆 題字・高濱虚子 装幀・石井柏亭 清原枴童(伊勢雄) 近沢書店 昭18
朝鮮住民ノ生命表 水島治夫 近澤書店 1938

新稿 朝鮮行政法概要内田達考 著 近沢書店 1937
朝鮮行政法概要内田達孝 著 近沢書店 1936
朝鮮行政法概要内田達孝 著 近沢書店 1935
全訂 朝鮮行政法概要内田達孝 著 近沢書店 1935
全訂 朝鮮行政法概要 : 全 内田達孝 著 近沢書店 1934
朝鮮行政法概要内田達孝 著 近沢書店 1934
朝鮮行政法概要 : 全 内田達孝 著 近沢書店 1933

京城医学専門学校一覧 : 昭和14年..京城医学専門学校 編近沢印刷部 1939
京城医学専門学校一覧 : 昭和14年..京城医学専門学校 編京城医学専門学校 1939
京城医学専門学校一覧 : 昭和13年..京城医学専門学校 編近沢印刷部 1938
京城医学専門学校一覧 : 昭和12年..京城医学専門学校 編京城医学専門学校 1937
京城医学専門学校一覧 : 昭和11年..京城医学専門学校 編近沢印刷部京城1936
京城医学専門学校一覧 : 昭和10年..京城医学専門学校 編近沢印刷部京城1935
京城医学専門学校一覧 : 昭和9年..京城医学専門学校 編近沢印刷部京城1934

もっとよく探せばいろいろ出てきそうだ。

ご教示いただきました。明治町1丁目には明治座があったそうです(現在は明洞芸術劇場)。

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明治座 1937(ウィキより)





by sumus2013 | 2019-07-23 20:25 | 古書日録 | Comments(0)

パゾリーニの青春

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東京国際映画祭のサイトに嬉しいニュースが出ていた。

田中千世子さん(第18・19回TIFFプログラミング・ディレクター)の著書
『ジョヴェントゥ ピエル・パオロ・パゾリーニの青春』が
国際フライアーノ賞を受賞!
https://2019.tiff-jp.net/news/ja/?p=52254

《田中千世子氏の著書『ジョヴェントゥ ピエル・パオロ・パゾリーニの青春』(みずのわ出版、2019)が、イタリアの国際フライアーノ賞の一部門である「第18回イタリア語イタリア文学海外研究者賞」に選出され、授賞式がアブルッツォ州ペスカーラにて7月6日に行われました。

この賞は、世界各国のイタリア語イタリア文学研究者の中から選ばれたひとり、または複数の執筆者に対して与えられ、世界のイタリア文化会館の館長によってそれぞれ推薦された出版物から選考されます。フェデリコ・フェリーニの『甘い生活』などの脚本家としても知られる作家エンニオ・フライアーノの名を冠した国際フライアーノ賞は今年で46回を迎え、文学・演劇・映画・テレビ・ラジオなど各分野の優れたエンターテイメントに贈られる権威ある賞として国内外に知られています。》

装幀を担当させてもらった者として、正直なところ、外国の人たちにも受けるイメージを想定して、この画像を使ったということを告白しておく。思うツボです。


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題 名=ジョヴェントゥ ピエール・パオロ・パゾリーニの青春
発行日=2019年1月1日
著者等=田中千世子(たなか・ちせこ)
発行所=みずのわ出版
http://www.mizunowa.com/index.html
装 幀=林哲夫

詩人としてのパゾリーニは『パゾリーニ詩集』(みすず書房、二〇一一年)で広く知られるところだろう。本書では、そのパゾリーニの文学的な原点であるフリウリ語との関連をかなり深く掘り下げた内容が注意を引く。

《パゾリーニはフリウリ語で詩を書き始めた。そして文学雑誌を発行した。雑誌の名前は"STROLIGUT[ストロリグト]"(暦)、季刊である。一九四四年四月に最初の号が出た。
 その巻頭言にパゾリーニは書く。フリウリ語でーー。現代イタリア語の対訳などあるはずもない。イタリア人で文学的教養の豊かな人でも半分もわからない。フリウリ人でなければ読めない言葉だ。》

《フリウリは現在、正式にはフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア自治州と呼ばれ、イタリア共和国の北東部に位置する地域だ。州都はトリエステ、アドリア海に面した由緒ある港湾都市で、東は旧ユーゴスラヴィア、現在のスロベニアとの国境だ。》

パゾリーニはボローニャに生まれてボローニャ大学で学んでいるからフリウリ人とは言えないが、母親がフリウリ地方のカサルサ出身で第二次大戦中は母の故郷で過ごした。一九四六年から書きためたフリウリ語の詩を『カサルサ詩集 Poesie a Casarsa』として刊行している。

《地元の若者の誰かしらがこれを読んだ。そして失望とともに驚かずにはいられなかった。都会のボローニャからやってきた優秀な学生がよりにもよって農民たちが使う田舎丸出しの方言を詩に使っているのだから。と、ニコ・ナルディーニは解説する。
 たとえて言うと、東京に出て文学修業していた中上健次が地元に戻って新宮弁で詩集を発表したようなものか。だが、中上はもともと新宮の人間だから、違う。》

《中上ではなく、別の東京の坊ちゃんか、京都か神戸の坊ちゃんで、母方の実家が新宮にあって、そして、その坊ちゃんが母方の実家の町に戻って、新宮弁で文学を発表したーーと想定したら? 地元の若者は「なんや、俺らの田舎臭い言葉を使いよって」と驚く。そうするとパゾリーニの詩を読んだフリウリの若者の気持ちがわかりやすくなるだろうか。》

なるほど、そういうものか。著者は山梨県生まれ。映画評論から自主映画の製作監督へ。イタリアにおいてはパゾリーニ財団との関わりも深く、著者ならではの視点で多面的に、日本の状況とも対比しながら、論じられている。むろん映画についても多くの紙幅が割かれており、そう言えば、パゾリーニ、昔はよく見たなあと断片的に思い出したりした。

パゾリーニの青春はやはり戦乱と切っても切れない。ファシズムの闘いも、ファシズムとの闘いもあり、内乱もある。戦後の荒廃も。そう言う意味から、少し派手に、燃え上がるようなデカルコマニイのジャケットを作ってみた。

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ジャケットと表4


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ジャケットと扉


【用紙】
カバー MTA+-FS 四六判Y目 135kg
表 紙 気包紙-FS(U) ディープラフ L判Y目215.5kg/K判T・Y目147.5kg
見返し ハンマートーンGA ブラック 四六判Y目 130kg

by sumus2013 | 2019-07-22 13:49 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

誹風柳樽五篇

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ゴーリー一箱古本市の日、善行堂の店頭にて佐藤要人校注『誹風柳樽五篇』(現代教養文庫、1986年1月30日)を求める。五冊あるのだが、五篇のみ・・・さすがにバラでは揃わないか。十周年記念のホワイトカバーを掛けてくれた。

もう梅雨は明けるだろうと思いつつ、雨に関したものをいくつか拾ってみる。

おしそうに姿を崩す雨やどり  かぞへこそすれ〜〜

雨やどりした若い女が小止みを待って駆け出す、今まですまして歩いていたのに、着物の裾をはしょって走るのが惜しい・・・という心理だそうだ。

雨舎[やど]り煙管[きせる]を出して叱られる  よくばりにけり〜〜

雨やどりしている間に一服しようとしたら、その家のひとに叱られた。江戸市中では街頭での喫煙は厳重に禁じられていたそうだ。火災を何よりも恐れた。雨の日でも・・・

越後屋の前迄傘に入れてやり  わづか成りけり〜〜

ごふくやのはんじやうを知る俄[にわか]雨  是は〜〜と〜〜

越後屋呉服店(三越の前身)ではにわか雨のときに番傘を貸してくれた。越後屋まで傘に入れてやれば、そこで番傘を借りられる。雨が急に降り出して傘を借りに得意客が押し寄せるのは繁盛している証拠。越後屋のマークが入っていて宣伝にもなったとか、そういうことか?

本に関する川柳を一首。

かし本屋是はおよしと下へ入れ  まねきこそすれ〜〜

これはあんたにはちょっと早いよ、と隠されると、どうしても読みたくなるわけだ・・・

by sumus2013 | 2019-07-21 17:17 | 古書日録 | Comments(0)

中松商店の本

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銀座・中松商店より『マッチ箱の銀座』(中松商店、2019年6月12日)届く。銀座の老舗三十数店ほどのマッチの写真が収録されている。昭和三十年代だろうと言うことだが、戦前の雰囲気を感じさせるものもあるし、五〇年代のモダニズムを反映しているものもある。さまざまな傾向のデザインが混在していながらも、どこか統一感もある。見飽きないのだ、不思議に。

佐野繁次郎のレンガ屋マッチ、洒落てる!

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銀座・中松商店より『鈴木信太郎いろいろ』(中松商店、2019年5月24日)届く。展示はもう終わってしまったが、この図録を見ると、鈴木信太郎のさまざまな仕事の断片が集められた好ましい展覧会だったようだ。挿絵原画、スケッチ帳、色紙、葉書、マッチ、装幀本、陶器など、じつに楽しい雰囲気。鈴木信太郎ファンは必見です。購入は中松商店まで。

銀座 中松商店
〒104-0061 東京都中央区銀座 1-9-8 奥野ビル313号室
tel.03-3563-1735

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by sumus2013 | 2019-07-20 20:43 | おすすめ本棚 | Comments(0)