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古本海ねこ古書目録13号

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古本海ねこ

《上笙一郎・山崎朋子ご夫妻の旧蔵書が古書市場に現れ、各店に買われていきました。》《旧蔵書そのものが、ひとりのものとしては想像を絶する仕事量を物語っています。奥行・幅広さにはただただ圧倒されるばかり。目録など編んだところで一体、何をお伝えできるのかと無力感に苛まれつつ、一隅に光を照らす思いでお届けいたします。》

とまえがきにあるが、たしかに凄さの片鱗がうかがえる目録になっている。『日本一ノ画噺』不揃い25冊とか『きりん』不揃い43冊などはいかにも足で集めました、という感じがひしひし。

《長年にわたり諸方の古書店および古書展より少しずつ買い求めたのが堆積したもの。》《わたしの蔵書、どこにでもころがっているような書物が多いのですが、とびきりの稀覯本や天下一品の本もまじっている模様。これらが、何時かわからないけれどわたしの死後、古書市場をとおして四方へ散り、わたしと同じような無学歴でしかもわたし以上の児童文学・児童文化研究者のもとへ行き、わたしなんか足元へも寄れないようなすぐれた研究に役立てば、わたしとしては以て十全に瞑すのですけれど》(上笙一郎『児童文化書々游々』、本目録の引用より)

もう一人の平岩米吉(1898-1986)は動物学者。雑誌『母性』『子供の詩研究』『科學と藝術』『動物文学』主幹。昭和四年、自由が丘の広大な家を「白日荘」と名付け、翌年「犬科生態研究所」を設立。犬や狼など多数の動物と寝食を共にしながら生態を観察したという。同時に文学にも情熱を傾け「動物文学」を提唱した。こちらも在野の研究者である。

コレクションというのは、やはり個人の一徹さがないと形にならないもののようである。キョーレツな磁力が必要なのだ。磁力が失せればバラバラになってしまうのも運命だろうか。

by sumus2013 | 2019-05-21 20:00 | 古書日録 | Comments(0)

麦秋

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しばらく郷里へ戻っておりました。古家に置きっ放しになっている雑書類をあるていど整理しました。

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ほぼ雑誌のみ残した本棚。以前の様子は下記にアップしてあります。

そをそこへかをかへ汗の吹きやまず

by sumus2013 | 2019-05-20 09:05 | うどん県あれこれ | Comments(0)

書棚と平台

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柴野京子『書棚と平台ーー出版流通というメディア』(弘文堂、平成21年8月15日)。「赤本」や「取次」など出版流通のについての論考を収める。その第三章「購書空間の変容」は本棚コレクターにとっては基本文献のひとつ。

近代日本の〈本棚〉史

以下、備忘のため本書より本棚の変遷について短い引用を連ねておく。

《一般書店に現在のような開架式の陳列が現われたのは明治中期あたりとみられる。それ以前は、本屋といえどもほかの商店と同じく畳敷、板敷の坐売りであった。》

坐売りが土間式に転じたのは

《書店において確認できたものでは神田神保町の東京堂書店、日本橋の丸善が最も早く、丸善が畳をリノリウムにかえて完全開架にしたのが[明治]三六年ごろである。》

《一部の和書肆を除けば、都市部の大型店でこの前後、遅いところでも昭和一〇年ごろまでには開架式が普及したものとみてよいだろう。》

《開架式の書店が坐売りに比べて画期的だったのは、店員が出してくるのを待っているのではなく、客が中に入って店にあるすべての本を見、ほしいものをみずから選ぶことができる点である。》

《ヘンリー・ペトロスキーの研究によれば、西洋でも書店で背表紙を手前に向けて縦に陳列されるようになったのは一八世紀後半のことで、それ以前は未製本のものがケース内に収納されているか、製本されていても重ねて「平積み」していることが多い。》

《小泉和子によれば、和本でも室町末期から書棚というものが独立してあったが、収納目的というよりも一種の飾り棚であって、納める道具としては箱や櫃が多く用いられていた。これは西洋でも同じで、書物が高価なこともあって、鍵のかかるトランクやチェストが使われていたようである。》

《近代の家庭用本棚に関する資料はごく限られるが、いくつかの断片をつなぎあわせてみると、一般家庭に本棚が普及したのは大正時代後半と考えられる。》

《人が他人の本棚に興味をもつのは、蔵書の内容や並べられ方から、個人の内面的な感心領域を窺い知ることができるからなのだ。個人のフィルターを通した本棚は、書店に並べられる領域とは必ずしも同一ではない、一つの秩序をもって再編成される。》

以上のまとめ。

《開架によって読者を店内に導きいれた書店は、数を増す出版物を棚に並べ、そこに分類という秩序を与えることによって読者の関心領域を名づけ、構造化させた。読者は選び出した本を読み、眺めたのちにそれを自分自身の本棚に並べなおすことで新たな感心領域を育て、書物が並ぶ風景は暮らしの中で日常化した。しかしながらいっぽうでは、近世から町中の露店や絵双紙屋で売られていた赤本的な娯楽読物を気楽に手にとる日常があり、この二つの日常は、一軒の書店の中にも棚と平台として共存し、独特の購書空間をつくりだした。》

もう一点、補充スリップについて書かれているところもメモしておく。

《非常に興味深いのは、この岩波文庫に補充スリップ(売上カード)が採用されていることである。補充スリップとは現在書店で流通するすべての書籍に搭載されているもので、売れた場合そこに書店印を押して取次に戻すと自動的に補充される短冊状の紙である。岩波文庫にスリップが入るようになったのは昭和五年のことで、『岩波文庫五十年』には「このカードによって小売店が売れたものを補充する際に、発注の手続きが著しく簡単となり、手数が省かれた。書籍販売に便利を与える新しい一つのアイデアであった」とあるが、松本昇平によると最初にこれを入れたのは大正一三年創刊の翻訳探偵小説シリーズ「アルス・ポピュラア・ライブラリー」であるという。》

ウィリアム・ル・クウー 青衣の乙女 アルス・ポピュラー・ライブラリー4

なお、この書影を見ると「アルス・ポピュラア・ライブラリー」となっている。

by sumus2013 | 2019-05-10 16:20 | コレクション | Comments(1)

漱石全集を買った日

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山本善行×清水裕也『古書店主とお客さんによる古本入門 漱石全集を買った日』(夏葉社、二〇一九年四月二五日、装丁=櫻井久、装画=武藤良子)読了。なんとも清々しい読書論、古本論である。清水氏の古本道まっしぐらの感じが、なつかしくもあり、うらやましくもある。まあ、小生も古本は好きだが、こんなふうに純真に古本を求めているわけではない。もっといやらしい感じにひねくれていると本書を読んで反省させられた。

何より、口絵として掲げられている、ゆずぽん(清水氏のこと、以下同じ)が買った本を順番に並べた、書棚の写真、そのタイトルの変化が氏のエヴォリューションを如実に証明している。まだ三十歳余か・・・自分自身の三十歳の頃を考えると、こんな本棚はとうてい持っていなかった。もっと偏頗なものだった。

善行堂が火をつけなくても、この若者は燃え上がったとは思うが、口先たくみにその情熱に火をつけたのは、やはり大手柄と言わなくてはならないだろう。本書でもその対話の妙、大人の貫禄が感じられる。貴景勝に胸を貸す白鵬みたい。

『漱石全集を買った日』と表題になっている漱石全集のくだり。ゆずぽんは『「知の技法」入門』に「誰でもいいから一人全集を読むといい」と書いてあるのを読んでその気になったそうだ。

 さて、どの作家にするか迷うね。
 いくつか候補はあったんですが、たまたま古本屋に行ったら夏目漱石の筑摩全集類聚【58】がまとまって置いてあったので、まずは漱石から読んでみようか、ということで買って帰りました。
 全集を読むと良い、というのは小林秀雄もどこかで書いてたな。少しあいまいやけどたしか「ひとりの人の全集を読めば、その人が文学の中でどういうことをやろうとして、どういう企てをしたか、その中でできたこと、できなかったことは何か、ということがよく分る」という風なことを言っていた。》

一応、補足しておくと、全集云々は小林秀雄が「讀書について」で次のように書いているところだろう。

《讀書の樂しみの源泉にはいつも「文は人なり」といふ言葉があるのだが、この言葉の深い意味を了解するのには、全集を讀むのが、一番手つ取り早い而も確實な方法なのである。
 一流の作家なら誰でもいゝ、好きな作家でよい。あんまり多作の人は厄介だから、手頃なのを一人選べばよい。その人の全集を、日記や書簡の類に至るまで、隅から隅まで讀んでみるのだ。
 さうすると、一流と言われる人物は、どんなに色々な事を試み、いろいろな事を考へてゐたかが解る。彼の代表作などと呼ばれてゐるものが、彼の考へてゐたどんなに澤山の思想を犠牲にした結果、生れたものであるかが納得出來る。》

作家を理解しようとするなら、例えば、その家を表から眺めるだけじゃなくて、裏口から寝室、ゴミ箱まで漁れ、と言っているわけだ、そうやって手探りしてこそ生身の作者に巡り会うことができると。そこからさらに進むと、全集だけじゃなくて単行本全部(重版も)とか、初出雑誌すべてとか、書簡や日記の現物、遺品まで蒐集しないではおられなくなる・・・と、もうこれは古本病も膏肓に入ったということで・・・ゆずぽんの将来を心配したりする、必要はなさそうだし、そうなったらそれはそれでけっこうなことである。

新婚旅行でフィンランドへ行ったゆずぽん、ヘルシンキのアカデミア書店でDavid Trigg『READING ART』という本を買ったそうだ。

《古今東西の読書や本に纏わる絵画を集めた本で、「イギリスにも林哲夫さんみたいな人があるんや」と思いました。たしか日本でも最近創元社から『書物のある風景』というタイトルで翻訳書が出ていました。不思議というべきか、当然というべきか、たとえ海外であっても古本屋や新刊書店が目の前に現れると気持ちが高ぶってくるんですね。「おおお!」と小走りで店に入りました。》


向うでは何種類もそういう本が出ているらしい。小生みたいな、と思ってくれるのは嬉しいなあ(苦笑)。ゆずぽんの小走りになる姿が見えるよう。

ゆずぽん、いったいどこまで行くのだろう、あるいは、どんなフィードバックが生まれるのだろう? ふたたび口絵写真の背を追いながら、余計なお世話と思いつつ、つい期待が膨らんでしまうのだ。

by sumus2013 | 2019-05-08 17:06 | おすすめ本棚 | Comments(2)

端午人形考

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『風俗研究』八十五(風俗研究所、昭和二年六月一日)。編輯兼発行者は江馬務(京都市富小路松原上ル)。風俗研究所は、主幹が江馬務、名誉幹事が吉川観方と小早川好古、幹事は正玄文平、若原史明、川那部澄、喜多川禎治郎、濱口左川、神田勇治郎、竹島信一、嘱託として石原雄峯と磯野眞太郎、助手が出口忍、である。

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木版画口絵:小早川好古「江戸中期美人の図」


本号の巻頭文は江馬務「端午人形考」で、端午の節句について博く捜して考察を加えた論考である。ごく手短にその論旨だけをメモしておく。

起源は諸説ある
 一、楚の屈原の死を悼む船の競争
 二、東呉の呉子胥を迎える船の競争
 三、越王勾賤の伝説
 四、曹娥父子の伝説
いずれにせよ五月五日に競争をするという古俗で、陸上と水上と二種類あった。水上は競渡、陸上は雑草薬草を競い採る風習である。

我国へ輸入されて最初は推古天皇十九年五月五日、菟田野における薬狩り。万葉集の大伴家持の歌にも出ている。

 かきつばた衣にすりつけますらをの
      きそひ狩する月はきにけり

聖武天皇は天平十九年五月に騎射走馬を観覧した。桓武天皇延暦年間からは毎年の行事となったらしい。宮中では毎年五月五日に騎射・走馬・楽奏が行われた。

平安朝末には宮中の尚武の儀式にならって民間で印地(石投げ合戦)の風俗が起った。このとき戦士が艾(よもぎ)を手に持つ例がある。これは薬草である艾で人形を作り、野外に捨てる風俗と関係があるのではないか。

以下江戸時代の例をいろいろ引いているが省略。結論だけ引用しておく。

《之を要するに、端午の人形飾といふものは競争の変化したものに外ならない。即ち競渡から薬狩、薬狩から競馬、競馬から騎射、騎射から薬草の兜、薬草の兜から木兜、木兜の人形から武者人形、武者人形から具足、武器と変転し来たつたので事が物となり、抽象から具体に、武技から祝福へと進転したのであつた。》

ということは、端午の節句の意味というのは、男の子は、薬草をもって、競争しろ(戦え)ということになるわけだ。

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挿絵:師宣「月次のあそび」より



by sumus2013 | 2019-05-07 20:51 | 関西の出版社 | Comments(0)

渡辺啓助単行本未収録作品集 悪魔館案内記

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渡辺啓助単行本未収録作品集 悪魔館案内記』善渡爾宗衛編(我刊我書房、2019年5月24日)読了。十七篇収録のうち、表題作が昭和十三年、「アズテカ医学」が同十五年の発表で、それ以外は昭和三十年代が四篇、残り十一篇はすべて昭和二十年代に発表されており、戦後の荒廃とあっけらかんとした庶民のヴァイタリティを感じさせるアプレゲール小説群になっている。それだけで読みどころはいたるところにある。

美女と殺人。ときには軽い謎解き作品があるにしても、美女が殺される、これがストーリーの基本。ただそのシチュエーションが凝っている。例えば「怪奇小説盲目男爵」。異常な体臭を持つ美女が行方不明になり、盲目男爵がその女性を探して欲しいと探偵事務所へやってくる・・・この当時(昭和二十四年)匂い世界を描くというのはかなり新鮮だったのでは?(よく知りませんが)。

個人的には「夢遊病者」に注目した。将棋をテーマにした、いや将棋盤をテーマにした、掌編小説で、これは「将棋小説アンソロジー」を編むとすれば、ぜひとも選びたい一篇である。内容は・・・教えられません、ふふふ。

巻末の解説、杉山淳「渡辺啓助作品の〈明るさ〉とは?」によれば

《『鴉白書』にも描かれている通り、渡辺啓助さんは、既存の文学に強い不満をもち、新しい文学運動である探偵小説に参加することになった。その意味では、渡辺啓助さんもまたモダニズム文学の徒である。急進的な新しさへの志向は、モダニズム文学の大きな特徴である。》

しかしながら、渡辺の本来の資質は文芸に向いており、それゆえ城左門が『文芸汎論』に渡辺を積極的に起用したとする。

《城左門は、詩人であり、また城昌幸名義では、いわずとしれた「若さま侍捕物帳」シリーズを書き継いでいる。本書に収録された作品群には、探偵小説というよりは別のジャンルの小説のように感じられる作品も少なくない。たぶん、こうしたアプローチは、文芸的なニュアンスのものを試した証拠ともいえなくはないだろう。そういった意味では、本書は、渡辺啓助さんのありえたかもしれない方向性の作品群も収録されている。》

たしかに、そういった傾向は感じられる。特に「アズテカ医学」など、文芸性がはっきり打ち出されている作品だろう。このテーマは深堀りして行けばかなり面白いジャンルになる、そんな予感さえさせる。ただ、筆が面白く走り過ぎるきらいはあるか。

世の中には面白い小説がいろいろとあるものだ。我刊我書房刊本にはいつも教えられる。

by sumus2013 | 2019-05-06 20:33 | おすすめ本棚 | Comments(0)

写真と言葉

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石原輝雄さんのマン・レイ夜咄に参加。最近のマン・レイに関するニュース、ウィーンでの展覧会、パリでの墓石破壊などにも触れつつ、作品のオリジナル性の問題、画家マン・レイと写真家マン・レイの関係、家族や女性との関係、石原さん自身のマン・レイへの偏愛について一時間余り、さらに酒肴が出てからも話は尽きず、来場者はみなさん笑顔で満足の様子だった。小冊子やパンフ、ハガキなどのセットがお土産として配られた、これだけでも参加した甲斐があった。

これにて今回予定されていたトークはすべて終了ですが、写真の展示は12日まで続きますので、どうぞご覧ください。思わぬ古書との出会いもきっとあります(本日もありました!)


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古書herringさんの「写真と言葉」展に参加中。父の道具シリーズをパネルにして展示しています。長期連休中にでもお立ち寄りください(平安神宮東隣)。

4月20日(土)17:00-19:00 早川知芳──写真を語る『対峙する事』
4月27日(土)18:30-20:00 谷川渥──『黒塚伝説の<闇と光>』
5月4日(土)18:00-20:00 田村尚子──『点滅するイメージ』
5月5日(日)18:00-19:00 石原輝雄──『マン・レイを語る』

写真と言葉展 4月12日〜5月12日
古書herring


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by sumus2013 | 2019-05-05 21:32 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

銭湯断片日記

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武藤良子『銭湯断片日記』(龜鳴屋、2019年4月26日)が届いた。ブログ「m.r.factory」に発表された文章に加筆修正し編集し直したもの。二〇〇七年から二〇一八年までをカバーしている。銭湯に関する記事を集めて、登場する銭湯は百近い(巻末に一覧表あり、うち三十六に「廃業」の文字)。

銭湯の話ばかりじゃない。わめぞ、谷根千と、小生も昔は呼んでもらったり、一箱に参加させてもらったこともある、古本エリア。そこで生きる人たちの濃やかなつき合いぶりも確かな目線で描かれている。たとえば「月の湯」で何度か開かれた古本市。二〇〇八年のこと。

《かえる食堂でシフォンケーキを受け取り、要町から有楽町線に乗り護国寺まで。そこから「月の湯」まで歩く間、雨はやんだかと思うとまた降りだし、降りだしたかと思うとまたやみ。なんともはっきりしない天気。九時半、「月の湯」に着くと、すでに古書ほうろうさん、乙女湯さんが、男湯の喫茶スペースで仕度をしている。遅れてはならじと、かえる食堂のケーキを並べ、タフィーを並べ、たらいに氷をはり缶ビールとチュウハイを冷やす。そして、十時の開店を迎える。》

《雨がやんでからは人が増えはじめ、気づけば女湯の古本スペースにはみっちりぎっちりお客さんがいる。喫茶スペースはどうかというと、まずかえる食堂のシフォンケーキは午前中に秒殺で、タフィーもまったりと売れていき、そして蒸し暑いせいか缶ビールが良く売れる。午前中に来たナンダロウさんも一杯やって帰っていったし、午後に来た岡崎さん、エンテツさんは座布団に座り込み、周りを書店ギャルズに囲まれて、ここだけ銭湯の洗い場とは思えない宴会ムードを漂わせている。そんな人たちを前にして飲まないのもバカバカしいので、朝さん差し入れの缶ビールを飲みつつ、売り子をやる。》

文筆のデッサンが的確である。そういう意味で、個人的に好きなのは、古本屋を開業する王子のために物件を探してまわるくだり。二〇〇九年。

《昼過ぎ、古書往来座で瀬戸さん、王子と待ち合わせ。来年古本屋を開業する王子に付き添い、三人で不動産屋巡りをする。数年前にいくつかの不動産屋を回り南池袋で古書往来座を開業した瀬戸さんは、わめぞ近辺の不動産屋巡りの熟練者だ。顔見知りの不動産屋へ、こんにちは、と言いながらすっと入店し、僕なんかよりももっと才能のある若者が店を開くんですが、と必ず前置きし、王子の希望する条件を言っていく。瀬戸さん独自の不動産屋との駆け引きがすこぶる面白く、瀬戸さんの不思議な雰囲気に飲まれるように、この辺あまり物件ないのよね、と言いながらもあれもこれもと見せてくれる。不動産屋を三軒回り、教えてもらった物件を、散歩がてら缶ビールを片手に見て歩く。図面だけでも面白いが、実際の建物を見て回るのはもっと面白い。雑居ビルの地下の飲み屋街の元バーだったところ、警察署の裏の一軒屋、何かの店だったらしき古い家。この場所なら大きな音が出せる、この場所だったら店と住居を兼ねられる、この場所だったらあの棚を活かして改装して、と見ているだけで夢が広がる。楽しいな、不動産屋巡りだけして一生を暮らしたい、と王子に話し笑われる。》

瀬戸氏のキャラクターが浮かび上がるようではないか。古本屋ということでは、倉敷の蟲文庫さんを訪ねる「ただいま食事中」も、いっしょに旅行しているような、暖かい気持にさせてくれる。または、田端駅南口徒歩二分の石英書房。武藤さんの「曇天画」が飾られているそうだ。ちょっと見に行きたくなる……と書いて検索してみると、田端の店は二〇一二年一一月末に終了し、二〇一八年一一月より墨田区向島で実店舗を再開していた。

数多い食べ物の描写、こちらも「うまい」の連発のようでいて、なかなか観察の鋭いところを見せている。例えば二〇〇九年一月三日浅草六区「蛇骨湯」そばのラーメン屋など、この雰囲気、むしょうに、実際に現地で体験してみたくなった。引用しようかと思ったが、ここは全体を通して読まないと・・・ぜひ本書で。

「あとがき断片日記」もいい。《友人の古本屋が店を閉めた。谷中の夕焼けだんだんのすぐ上の、ビルの二階に入る古本屋だ。》と古書信天翁の閉店に触れつつ、語り部としての役割について思いを馳せるあたり、グッとくる。

手触りといい、挿絵の使い方といい、龜鳴屋さんのこだわりもたっぷり、こめられている。

by sumus2013 | 2019-05-04 19:59 | おすすめ本棚 | Comments(0)

KITASONO KATUE

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古書ヘリング(Books Herring)ではこんなものを発見。『KITASONO KATUE SURREALIST POET』(LOS ANGELES COUNTY MUSEUM OF ART, AUG 3-DEC 1, 2013, PAVILION FOR JAPANESE ART)。ロサンジェルスで開催された北園克衛展のパンフレット。

これがちょっと洒落た作り。仕上がり寸法はタテ217mmヨコ140mmだが、一枚の紙を、中央部分にスリットを入れて、16ページに仕立てられている。片面8ページが一続きの冊子になっており、裏面は中折を開くと見られる。この折り方で小さいサイズの冊子は持っている。このくらいの大きさもいい感じだ。

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by sumus2013 | 2019-05-02 20:43 | 古書日録 | Comments(0)

春の古書即売会2019

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今年は初日はやめておこうかと思ったりしていたが、K氏と待ち合わせることになり、行くなら朝イチということで、開場十五分前に到着。列にならぶ。少し先にK氏の姿も。開場早々、K氏に渡すものを忘れないうちに渡しておく。

並んでいる間に、ちらしの店舗配置図から巡回コースを決めておいた。だから、今年は迷わず、しかも人より早く目的の店をチェックできた。しかし、これというものがなく、少々ガックリ。二番目の店も空振り、三番目の店で三冊ほど。四番目、五番目、六番目の本屋も、欲しいなというものはあったが、値段が折り合わなかったりで、何も買わず。とりあえず、レジが混み合わないうちに支払いを済ませる。

レジの前でK氏と再会して、本作りの相談。出版は決まっているが、形についてはまだ模索中である。立ち話ながら、直接やりとりすると、何かしら進展があるものだ。

その後、一冊欲しい本が見つかったものの、レジには長蛇の列。あきらめて、古書ヘリングへ。写真展開催中。ヘリング氏も午前中はみやこめっせに居た。袋ふたつ、ずっしり買ったようだ。しばらくすると、マン・レイ石原さん、久々に買うものがあったよ、と嬉しそうにマン・レイ関連資料とともに来店。五月五日にはヘリングでマン・レイについてのトークがある。参加者には楽しいお土産が出るそうだ。楽しみ。

by sumus2013 | 2019-05-01 16:26 | 古書日録 | Comments(0)