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<   2019年 03月 ( 31 )   > この月の画像一覧

雑誌渉猟日録

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題 名=雑誌渉猟日録・関西ふるほん探検
発行日=2019年4月13日
著者等=高橋輝次(たかはし・てるつぐ)
発行所=皓星社

http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/zassisyouryou/
装 幀=林哲夫

・本表紙 地券紙|L判T目23kg|B
・カバー ライトスタッフGA-FS|四六判Y目135kg|4C+マットニス
・帯 STカバー こがね|四六判Y目90kg|1C(特色 DIC379)
・見返し タント Y-10|四六判Y目100kg

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高橋さんの新著、見本が届きました。いい感じに仕上がってます。

カバーについては四つのデザインを考えて、まず著者に見せて選んでもらい、その画像をメールで社長に送ったが、結局、著者が選ばなかったデザインが気に入ったということで大もめにもめた・・・などということは全くなく、社長の意見でアッサリ決まり。小生もそれがいいと思っていた。ただ、これまでは小生が手がけた高橋本はすべて絵画(本の絵、著者の肖像)で飾っているので、この雑誌の断層写真は異色といえば言える。参考までに書いておくと、これらの雑誌は小生架蔵のもの。

表紙の写真(枯れ草、コンクリート壁に『ペルレス』創刊号)は『関西の出版100』(創元社)のために小生が撮影した一枚である。使い回しと言われれば返す言葉はないが、元本は絶版だし、気に入っている写真なので。正直なところ『ペルレス』(本書中に登場します)の代わりに、本書の冒頭に出ている『茉莉花』を使おうと思って、以前ある人に見せてもらったのを憶えていたので、問い合わせてみると、すでに某氏に譲ったとのことだった。その某氏もよく知っている人だったから、貸してもらえるように頼んだ。ただ、雑誌が届いたのは、装幀の入稿を済ませた後、これがほんとの後の「まつりか」・・・。大阪で北村千秋らが出していた『茉莉花』はけっこう珍しい雑誌である。この雑誌については明日にでももう少し詳しく紹介したいと思う。

扉の写真は本書にもたびたび登場する古書店街の草さん。店頭の路上。いつも縛り上げられた本や雑誌が無造作に(おそらく無造作ではないのでしょうが)積み上げられている姿。街の草の様子は高橋さんの『ぼくの古本探検記』(大散歩社、二〇一一年)にも使わせてもらっている。このときは水彩画だった。今回は写真で。トーンがけっこう難しかった。

by sumus2013 | 2019-03-31 17:55 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

無花果觀櫻會

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恒例の無花果観桜会が大阪は高津宮で開催された。まだ五分咲きていどかなというところだが、樹によっては満開に近いものもあった。あいにくの雨ながら、桜曇の風情もまたよし。

例によって橋爪大兄他、数寄者揃い、名品および迷品揃い、春の半日を楽しませてもらった。肥田皓三先生も短時間であったがお元気な姿を見せておられた。何よりです。

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印象に残る作品は、作者の名前を聞き漏らしたが、江戸初期あたりの鶉図。李安忠「鶉図」(根津美術館)のような作品の影響下にあるものだ。この写真ではまったくわからないが、非常に細密に描き込まれた佳品であった。描き込み過ぎているかと思えるくらいの繊細なタッチで、数百年を経てもそれがよく残っている。

また、浦上玉堂が一点出品されており、なかなかの大作で、真贋についてケンケンゴウゴウのやりとりがあった。これはイチジク会としては珍しい現象なので野次馬としてはたいへんに面白かった。持参された方はむろん真作を主張してゆずらない。たしかに落款も精巧にできていたが、もしそれが本物なら、ガラスケースと警備員が必要なことは言うまでもない。

とにかくも、毎年勉強させてもらってます。


by sumus2013 | 2019-03-30 21:21 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

待賢ブックセンター開店

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本日オープンの「開風社 待賢ブックセンター」(大宮通椹木町上ル)へ。自転車で十分ほど。初日のせいか千客万来だった。ナイスなセレクト。新刊と古本が分けへだてなく同じ棚に並ぶのもいい。欲しいなと思った本は新刊だったので、古本の文庫本を二冊ほど求めた。これからちょくちょく寄ってみたい本屋である。

帰途、狂言屋さんへ。今日は開いていた。狂言屋さんも午前中に待賢さんを覗かれたとのこと。いい本、買っておられた。しばらくぶりに本棚を見せてもらったら、ちょっと珍しいものが。これは「古書柳」さんの棚から。

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『丸善和書目録』(丸善株式会社、昭和六年五月)。表紙がなんだか不釣り合いに可愛い。サインは四角の中に「平」のように見えるが・・・さて誰だろう? 表紙には「京都/農大前/丸三書店」のハンコが捺してある。丸三書店については神保町のオタさんのブログで言及されている。阿波グループだそうだ。

戦前の京都書籍雑誌商組合を牛耳った阿波グループの栄枯盛衰

狂言屋さんの一箱古本市、古本イエーは四月第二土曜日(4月13日)に開催予定とのことです。そうそう、明日からメリーゴーランド京都でも「小さな古本市」がある。3月30日〜4月3日11〜19時)。古本、咲き始めました!

by sumus2013 | 2019-03-29 20:52 | 古書日録 | Comments(0)

成層圏〜甲斐庄

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知人の個展を見た後、古書ヘリングへ。「2019 KYOTOGRAPHIE SATELLITE EVENT」に参加したそうで、嶋岡海豹、田畑元延、早川知芳、奈良井晢らのグループ展「写真と言葉」が開催される(4月12日〜5月12日)。その間に面白そうなトークショーが4本。

4月20日(土)17:00-19:00 早川知芳──写真を語る『対峙する事』
4月27日(土)18:30-20:00 谷川渥──『黒塚伝説の<闇と光>』
5月4日(土)18:00-20:00 田村尚子──『点滅するイメージ』
5月5日(日)18:00-19:00 石原輝雄──『マン・レイを語る』

詳細は古書ヘリングへ(070-6680-1002)。

たまには奥の部屋の本も見なくちゃ、と思ってゴソゴゾやっていると、おや、ありました、こんなものが。高校学生俳句聯盟が発行していた機関誌『成層圏』。七冊ほど(重複あり)。第一号(昭和十二年四月二十五日発行、表紙絵=田中冬心)の発行人は久保一郎(福岡市須崎裏町六三)。第二巻以後の発行人は竹下吉信に代わっている。『成層圏』については下記サイトにある程度詳しい情報が出ている。

福岡市文学館選書4
竹下しづの女・龍骨句文集

これによれば『成層圏』は昭和十二年から十六年五月まで十五冊発行されたようだ。会員には金子兜太、瀬田貞二、矢山哲治らが参加したとあるが、入手した号に見えるのは金子兜太の名前だけである。またこれらは会員でもあった姫路高等学校文二乙の里井彦七郎の所蔵だったことがその記名から分かる。おそらく同名の歴史学者ではないかと思う(著書に『近代中国における民衆運動とその思想』東京大学出版会、一九七二年、などあり)。

季村敏夫さんよりご教示いただいた。

里井彦七郎ですが、神戸詩人事件で検挙、起訴されています。
資料、安藤礼二郎著『西播民衆運動史 昭和』姫路文学人会議、1983年8月、101頁~103頁。

その後、星野画廊へ。「異色の美人画家・甲斐庄楠音と三人の夭折画家ーー稲垣仲静25歳・伊藤柏台36歳・岡本神草38歳」を見る。いつもながらマニアックな展示だったが、大正から昭和初期にかけての、若くひたむきな情熱を感じさせる作品が壁面にひしめいていた。大正っていうのは、短いながら、じつに面白い時代である。
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甲斐庄楠音「裸女」1930



by sumus2013 | 2019-03-28 21:00 | 古書日録 | Comments(0)

造幣局

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大阪でも京都でも桜の開花宣言があった。ということで大阪の造幣局の写真絵葉書を掲げてみる。大正末か昭和初期だろうか。桜の通り抜けは意外と古くから行われている。

《江戸期
天保・弘化年代(1830年-1847年)に伊勢国津藩主藤堂家大坂蔵屋敷の堤に桜を植えたのが始まり。毎年の花見時期に屋敷を開放し観桜させる桜狩を催した[2]。

明治期
明治政府により没収された蔵屋敷の一部は、明治4年(1871年)に造幣局として整備され開業した。蔵屋敷にあった桜は大川の川岸通りに移植され、造幣局敷地内には明治3年(1870年)以降に新たに桜の若木が植えられ、それらが現在の桜並木のルーツになった[3]。
明治16年(1883年)に、造幣局長遠藤謹助が「役人だけが花見をしていてはいけない」と一般に開放された[4]。》(ウィキ)

明治時代でも十万人の人出があった。戦前の最多記録は大正六年の70万2252人だとのこと。平成では十七年の1,147,000人が最多の観桜者数のようである。少なかったのは平成二十三年(平成3年からの概要データ)、当然ながらこの年は花見どころではなかった。

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by sumus2013 | 2019-03-27 21:13 | 古書日録 | Comments(0)

水彩画家

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一枚モノの石版画として入手した。書斎や書棚のある部屋とともに画家のアトリエにも興味を持っているので迷わず購入(迷うほどの値段ではありません)。かなりハイカラな画家のアトリエが描かれているが、イーゼルが写生用の三脚なのがちょっと気になる。普通はもっと大型の室内用画架があってしかるべき。

この絵を貼った台紙に次のようにメモしてある。

《明治三十七年一月 新小説 「水彩画家」島崎藤村
 石版画 渡辺審也画》

雑誌『新小説』に折り込まれていた口絵ということになる。なるほど「水彩画家」ということで三脚のイーゼルだけにしたのかもしれない。渡辺審也の経歴は以下のごとし。

《渡邊審也
没年月日:1950/12/05
分野:洋, 画家 (洋)
 洋風画家渡邊審也は12月5日逝去した。享年76才。明治8年岐阜県に生れ、同23年上京、その長兄金秋について洋画を学んだ。同25年明治美術会教場に入学、浅井忠、松岡寿の指導を受け、同27年卒業した。その後も浅井の指導を受け、同28年明治美術会展覧会に「俊寛」を、同31年の同展に「猿曳」を出品して認められた。同34年太平洋画会の創立に参加し、毎年その展覧会に出品し、写実的な画風で知られた。のち時事通信社に入社して挿絵を担当し辞して文部省嘱託となつて教科書の挿絵を描いた。
出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(144頁) 》

東京文化財研究所データベース

藤村の小説「水彩画家」に対しては、モデルとされる丸山晩霞から苦情が出た。

《明治37年(1904年)1月の『新小説』に、島崎藤村が「水彩画家」を発表した。内容は水彩画家・鷹野伝吉が妻の不貞を発見しつつこれを許すが、別の女と親しくなって妻が苦悩するというもので、藤村の実体験に基づくものだったが、『中央公論』明治40年(1907年)10月号に晩霞は「島崎藤村著『水彩画家』の主人公に就て」を発表し、抗議した。小説モデル問題の第一号とされるが、見ての通り主人公が水彩画家だというだけで、藤村自身の体験を描いたものであった。》(ウィキ「丸山晩霞」)

晩霞は大下藤次郎らとともに日本における水彩画の普及に貢献した画家の一人である。さて、では渡辺審也がモデルにしたのは誰だろう、やっぱり自分・・・?

by sumus2013 | 2019-03-26 20:38 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

古書古書話

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荻原魚雷『古書古書話』(本の雑誌社、2019年3月25日)読了。『小説すばる』誌上で十年以上続いた連載、および『書生の処世』未収録のエッセイ(『本の雑誌』連載)、をまとまめた一冊。タイトル通り、古本についてのおもしろくてためになる内容ばかりである。一話が六枚と読み切るのにちょうどいい長さ。

『小説すばる』連載は二〇〇八年一月からスタートということで、多少なつかしい話題も出てくるが(ブックマーク・ナゴヤでの『sumus』トークショーとか)、古本がテーマなのだから、内容的にはそうそう古くはなっていない。自らの話題のレパートリー(抽き出し)を存分に披瀝しながら古本哲学(それは人生哲学あるいは生活哲学に通じる)を語る技、というか芸、はすでに円熟の域に達している。古本エッセイの傑作になった。

論より証拠、本書からいくつか名言を拾ってみよう。

《おそらく今も古本屋の均一棚には未来の古本屋における人気作家が眠っているはずだ。それが誰なのかはわからない。わからないからおもしろいのである。
 古本における「鉱脈」というのは将来値上がりする作家や作品だけではない。文学史の本流から外れたところに自分にとっての「鉱脈」というべき一生の本を見つけることも古本屋通いの楽しみだ。》(文学は勝手放題のネゴト)

《ひとつのジャンルを追いかけていくうちに、行き詰まってくるし、まわりの人と話が通じなくなる。かといって、守備範囲を拡げすぎると、自分を見失う。
 今のわたしは見失っている最中なのだが、当面は「手数料」を払いながら「即興」で本を買っていきたいと思う。》(武満徹の対談がすごい)

この「手数料」というのはナット・ヘンフ『ジャズに生きる』(東京書籍、一九九四年)の《ジャズ・ミュージシャンの用語で、ギャラが小額かつ不規則ななかで、個性的な音とスタイルを摸索している時期のことを言う》。

《ふらっと古本屋に行く。何を買うかはわからない。途中、寄り道したり、ものおもいにふけったりする。》(雨の神保町、下駄履きで早稲田)

《安くていい本はすぐ売れる。ほりだし物を買いたければ、初日の午前中に行ったほうがいい。同じ本が二冊あれば、安いほうが先に売れる。人気の稀少本は二日目だとほとんど買えない。古本の即売会に関しては、残り物に福のあることは少ない。
 ただし、二日目の午後は客も少なく、押し合いへし合いがないから、ゆっくり本を見ることができる。古雑誌のバックナンバーを目次を見ながら探すときには都合がいい。早起きしなくてもすむのもいい。》(二日目の古書展)

毎日通うという御仁もいるにはいるが・・・

《竹中労がいなくなった四半世紀のあいだに世の中はずいぶん変わった。
 わたしも変わった。図らずも心ならずも。
 それでも家の本棚の竹中労の本を見るたびに古本屋通いをはじめたころをおもいだす。
 汝、志に操を立てよ。過程に奮迅せよ。迷ったら買え。》(竹中労への招待)

迷ったら買え・・・う〜ん、言い聞かせてはいるのだが、これがなかなか難しい。

《趣味ではなく、それでメシが食えるところまでいかなければ、古本のことをわかったとはいえない。》(書庫書庫話)

これは小林秀雄が骨董に入れ込んで、原稿を書かずに、骨董を売り買いしていた時期があったことが前ふりとしてある。とにかく何でも買わなければ分らないのだ。買うためには、たいていの人は、売らなければならない。

そして、神様・八木福次郎さんの言葉の引用。

《「古本屋に足を運び、書棚に並んだ本を手にとりながら、その内容や美汚を確かめ、気に入った本を求めることは喜びである。古本屋や古書展へ足を運ぶことによって、目指す本だけでなく、それに関する本を見つけることもできる。時にはこんな本もでていたのかと気付くこともある」(『新編 古本屋の手帖』あとがき)》

これを荻原流に翻案すれば

《本は一冊で完結しない。一冊の本は無数の本につながっている。つながっているのは本だけではない。文学、実用書、漫画、音楽、将棋、野球、釣り、家事。ジャンルはちがっても掘り下げていけば、かならずどこかでつながる。人が歩いた後に道ができるように読書の後にも道ができる。》(あとがき)

まさにその通りである。


by sumus2013 | 2019-03-25 21:37 | おすすめ本棚 | Comments(0)

四国古書通信他

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荒木伊兵衛書店 昭和5年2月15日


戦前昭和十年代の古書目録をまとめて頂戴した。最近、この手の古い目録はほとんど見ない(あるいはけっこうな値段が付いている)から大変有難い。それらのなかに地方の古書店の目録が何冊かあった。これらがまた貴重である。ざっと表紙だけ掲げておく。大阪の荒木伊兵衛書店の目録(古書雑誌『古本屋』の付録)はこれまでも何度か取り上げたので一冊だけ。

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松本書店古書目録第二十号
昭和12年1月1日発行
名古屋市中央区南大津町一ノ四



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西塔書林 六
昭和15年12月20日発行
広島市尾道町二二



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藤本書屋 古典蒐報 第六号
昭和15年6月発行
神戸市湊区五宮町四〇



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福井図書販売組合 南越通信3
皇紀2600年9月発行
福井市日之出中町三二



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古典堂書店 古書販売目録 第三十三号
昭和17年11月20日発行
高知市帯屋町一ノ二三



そして、何より驚かされたのは讃岐高松で発行された『四国古書通信古書目録』夏季号(昭和十六年七月十二日発行)と秋季号(昭和十六年十月二十三日発行)だ。四国古書通信社(高松市丸亀町二四)の編輯兼印刷発行人は宮脇千代となっている。宮脇というからには、現在も盛業中の新刊書店・宮脇書店と関係があるのかもしれない。丸亀町だし。

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中丸清十郎「平賀源内肖像」


裏表紙に「平賀源内肖像」の写真版が掲げてあり《高松家中所蔵の像に原き中丸清十郎氏描く》と記されている。現在は早稲田大学図書館が所蔵するようだ。

ざっと眺めていると秋季号には次のようなことが書かれていた。ビックリ。

本の通信賣買時代と弊社
今や古本の買は店頭買から通信買の時代に移行し組織を持つ地方古書肆として營業費の低率ですむ弊社は斷然高く買ひ得る時代になつて來ました。

また、菊池寛の探求書告知もある。

《今回當地に郷土の文人菊池寛先生の菊池寛文庫が設立されます。弊社は古書部門に属する同先生の御舊著を一手で納入する事となりました。◯菊池寛の著書(何でも可)但しカバー又はケース付の美本◯菊池寛の有名小説入雜誌(大正年間のものに限る)特別最高値にて申受けます。約十册宛入用につき、詳細御照會下さい。》

戦中から菊池寛文庫の計画があったとは知らなかった。現在は高松市中央図書館の建物のなかに菊池寛記念館がオープン。

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四国古書通信社の更生館陳列場
(『四国古書通信古書目録』秋季号より)


秋季号に陳列場の写真が掲載されている。そこに「更生館」と書かれていた! 予想通り、これは宮脇書店の前身である。

『香川県の古書店の歴史』




by sumus2013 | 2019-03-24 20:46 | うどん県あれこれ | Comments(0)

関路鶯

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ここのところいい短冊に出会わなくて紹介していなかった。春らしくなってきたので一枚。これも少し前に求めたものと思う。題の「関路鶯」の「関路」は、句のなかには「大坂」(おほさか)として出ているのだが、おそらく逢坂(あふさか)の関、京から大津へ抜ける逢坂山の関所(山城と近江の国境)、であろう。署名がないことからすれば、知られた歌かとも思う。今、検索したかぎりではヒットしない。

 梓弓はるをまほえて大坂の
 もらぬ関もるうくひすの声

と読んでいいのかなと思うが。

by sumus2013 | 2019-03-23 19:57 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

PEOPLE HAVE THE POWER

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PATTI SMITH「PEOPLE HAVE THE POWER」(Arista Recods, 1988)。パティ・スミスの12インチシングル。ジャケット写真はロバート・メープルソープ。パティの最初のアルバム「HORSES」(1975)もメープルソープの写真で飾られている。二人は一時期カップルだった。







近年、パティ・スミスと言えば、ボブ・ディランの代役で出席したノーベル賞の授賞式で「A Hard Rain’s A-Gonna Fall」歌ったのが印象に残っている。歌詞を忘れて、ごめんなさい、と言っていたところが良かった。






メープルソープと言えば、アートシーンへのメープルソープの登場はショッキングだった。彼の存在は、ギャラリー・ワタリでの展示(1983)を見て図録を買った記憶があるので、それまでには知っていたはず。『美術手帖』の追悼号(一九八九年六月)はよくできていたと思う。その少し後に買ったのが下の図録『ROBERT MAPPLETHORPE』(Bulfinch Press・Little, Brown and Company in association with Whitney Museum of American Art, 1990, 5th printing)。ホイットニー美術館での回顧展(1988)のために製作されたものでハードカバー版もあるようだ。この本は神戸に住んでいたとき、元町の丸善で買ったのではないかと思う(新刊で!)。当時は、よく丸善の洋書コーナーをぶらついては立ち読みしていたのである。

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「Horses」のジャケットに使われた写真(右)


本書によれば、ロバートとパティが出会ったのはまったくの偶然だった。Ingrid Sischy「A SOCIETY ARTIST」より拙訳。訳しにくいところは適当にごまかしておいた、お許しを。

《詩人でミュージシャンだったパティとの初めての出会いについてメープルソープの回想は共鳴できるものである。それは魔法のようなつながりをもたらす魔法のような始まり、夢、神話そして歴史となる関係、である。その物語が具体的にどのようにして始まったかについてメープルソープはこんなふうに話してくれた。「地下のアパートメントにいたときだった。彼女は道路から僕の家にふらりと迷い込んできた。ちょうど僕は眠っていて、目を開けると、そこにいままで会ったことのない人がいたんだよ。彼女は誰か他の人を探していて、僕のところに来たんだ、ドアが開いてたから。知ってるでしょ、60年代だったんだよ、ヒッピーたちは誰も鍵なんかかけなかったんだ。》

《少し前に、私はメープルソープと、自信をもたせてくれた人間について話していたとき、彼はスミスについてこう言った。「僕たちは一晩中起きていた。彼女は彼女のことをし、僕は僕のことをして、そして一休みとなったとき、タバコを一服して、互いの作品を眺めたのさ。これがめっちゃ良かったよ。彼女は僕がやったことを認めてくれる一人の人間だった。》

《その頃「彼らのやっていたこと」というのはドローイング、落書き、宝石、絵やオブジェによるコラージュで、スミスは陶芸もやっていた。アイデアを生み出し、二人が通過するべき道にパンくずの印をつけ、それを見つけること。それは、アーティストとしての表現に特別な空間を作り出そうとしているとき、自分のまわりで探し出そうとしている種類のものだった。スミスとメープルソープは精神的な同志であり、アウトロー仲間だった。その後すぐに、彼らは町の新参者[new kids in town]仲間になって、インサイダーになった、アウトサイダーとしてのアイデンティティを持ちつづけながら、二人はいっしょにジョン・マッケンドリィ(John McKendry)やサム・ワグスタッフ(Sam Wagstaff)のような、彼らの人生に重要な役割を担う人々と知り合いになったのだ。》

マッケンドリィは写真家でメトロポリタン美術館の写真部門のキュレーター。ワグスタッフはキュレーターでありコレクターでメープルソープと出会ってから、それまでの絵画コレクションを処分し、写真、とくに無名写真家に注目するようになったそうだ(wiki)。出会いが全てを決めて行く。

by sumus2013 | 2019-03-22 20:32 | おととこゑ | Comments(0)