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<   2019年 01月 ( 29 )   > この月の画像一覧

浪花情歌祭

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『浪花情歌祭 地巻』(浪華情歌御津の華社、昭和十三年五月三十日、表紙絵=小信)。タイトルは表紙の表記によったが、本文では「浪華情歌祭」となっている。タテ95ミリほどの横本。昭和十三年の六月三日に大阪心斎橋の御津八幡宮で前開、および今宮の雁風亭で本開が行われた。その案内も兼ねた情歌集。非売品。情歌は都々逸の別名だが、本集を見ると、いわゆる都々逸よりも幅広いテーマを扱っているようだ。時局的に戦意高揚や銃後を扱った作品もかなり含まれる。

評者は本評として、芳花庵愛月、金陽園護城、太古庵巴、南天居美禄、豊穣居美稲、芳春庵柳也の名前が挙がっている。編輯印刷発行人は加納北外(大阪市西区北堀江上通二丁目三七番地)、印刷所は木村印刷所(大阪市南区北炭屋町一〇)で、その住所は浪華情歌御津の華社と同じ。

《抜巻御持参の場合は/市電上本町九丁目下車スグ東ヘ行ク天王寺区役所前を過ぎ警察病院前を通りて東ノ辻角タゝミヤノ辻南ヘ一丁目ノ辻ノ西北角御津の花集句所の名札あり

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とにかく、たくさん並んでいるが、いずれも月並みな感じ。ただ時代の雰囲気はよく伝わってくる。いくつか引いておく。


色と慾との二ツを忘れ一ツ家住居の句三昧

歌集一巻繙き讀めば並ぶ故人の名が戀し

新婚の味まだ一頁献立欄讀む主婦の友

どちら選ぼか女工と女給迷ふ募集の軒並び

美くし女中が書斎の椅子を踏臺に乗る玉の輿

戦遊びの男の中へ看護婦志願に隣の児

呑ませてやりたい母の情捨てて隠すダンサーの乳バンド

一家こっそり凱旋祝ひ でなきや戦死の家がある
  
屠所の羊で夜中に歸りや家のライオン牙をむく

木綿値上り倅に及ぶつらや越中二ツ裂き

ステブルフワイバは進んで着ましよこれぞ第一國の為

床の軸画の美人の口に歌もありそな春の宵

仲のよいのを見せ付けられて一寸冩眞屋焼き過ぎる

中々モデルに成のは至難本途に裸体になれますか

月も坊やも盥に入れて行水させてる仲のよさ

甘いすつばいカルピス嬢に通ふ百夜の戀慕歌

消費節約励行最中 贅な飾りの新烟草

発賣禁止の様な本も有る新聞雑誌の枕元


  *略してスフ、紡績用化学繊維の短繊維

by sumus2013 | 2019-01-30 16:17 | 古書日録 | Comments(0)

天牛書店レッテル

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天牛堺書店を含め、天牛と名のつく書店のレッテルを目についただけ掲げておく。もう少し持っているはずだが、とりいそぎ。

by sumus2013 | 2019-01-29 20:07 | 古書日録 | Comments(0)

ハロー、グッドバイ

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おしゃれな「DAIKI BOOKSOTRE」という本屋さんが麩屋町五条上ルにできたと聞いたので見に出かけた。

大喜書店

新刊書店なのでとりあえず外観を確認しただけで満足した・・・。この規模でやっていけるとしたら凄い。誠光社が立派にやっているのだから不可能ではない、とは思うけれど。

驚いたのは天牛堺書店が破産したというニュース。大阪でもいちばん勢いのある店というかグループだったはず・・・。ただ個人的にはあまり思い出はない。それにしても、本のサイクルのなかで、古本屋がつぶれるのは一番最後だと思っていたのだが、天牛堺は単なる古本屋ではなかったということだろうか。

大阪府下で書店12店舗、天牛堺書店(堺市)が破産


by sumus2013 | 2019-01-28 19:52 | 古書日録 | Comments(0)

ヒルダ・ウェード

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グラント・アレン&アーサー・コナン・ドイル『ヒルダ・ウェード』平山雄一訳(書肆盛林堂、二〇一八年一二月三一日、表紙デザイン=小山力也)読了。

面白かった。舞台はロンドンの聖ナサニエル病院からはじまる。主人公である看護婦ヒルダ・ウェード、そして偉大な医学者セバスチャン教授、若き医師ヒューバート・カンバーレッジが主要な登場人物。看護婦ヒルダは非常な洞察力と記憶力を持つ。並みの医師顔負けで患者の過去と未来をズバリと言い当てるようなスーパー・ウーマンなのである。そのヒルダが、どうしてこの病院で働いているのか・・・教授との関係は? 女シャーロックの推理が謎を呼び、物語は途中から突然冒険活劇へと激変する・・・あらすじはこのくらいにしておきましょう。

《本書は HILDA WADE by Grant Allen, G.P. Putnams's Sons, New York & London, 1900. の全訳である。初出は Strand Magazine 一八九九年三月号から一九〇〇年二月号にわたって連載された。ただし、著者グラント・アレンが完結の前に急逝したので、最終回(最終章)のみ、アーサー・コナン・ドイルの筆による。》(解説)

初版本の書影を画像検索してみるとBIBLIOに二種類出ていた。原文はグーテンベルク計画で読むことができる。

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1900, 初版 $650.00


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1900, アメリカ初版 $250.00


Hilda Wade, by Grant Allen - Project Gutenberg

by sumus2013 | 2019-01-27 20:42 | おすすめ本棚 | Comments(0)

赤瀬川原平のコラージュ

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赤瀬川原平展「境界を越えてー巷のシュルレアリズム」(SCAI THE BATHHOUSE, 2001.9.2-10.14)および「ポスターハリスギャラリー オープニング企画 赤瀬川原平ポスター展」(Poster Hari's Gallery, 2001.9.2-10.27)の案内ハガキを頂戴した。

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コラージュばやりの昨今だが(小生もいろいろ作ってます)、赤瀬川にもこんな作品があったのかと驚いたしだい。さすが、コラージュの勘所を押さえている。

by sumus2013 | 2019-01-26 20:09 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

大阪府冩眞帖

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『大阪府写真帖』(大阪府、大正三年十一月五日)より中之島図書館。大日本レトロ図版研Q所よりお借りした。


外観の写真はすでに紹介したことがあるが、注目すべきは楕円形で囲まれた閲覧室の情景である。意外と珍しい写真ではないだろうか。

大阪中之島図書館

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簡単に検索した限りでは、下記のサイトに閲覧写真が掲載されている。

大阪府立中之島図書館・増築設計者 住友臨時建築部技師長
日高胖の足跡

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大阪府の刊行物なのに印刷が東京というのはちょっと不思議な気もするが、田山宗堯(たやまむねとう)は戦前において数々の写真帖や自治体関連、警察関連の書物を出版していたようである。興味深い人物。

東京書籍商組合史及組合員概歴

警眼社社主田山宗堯とは誰ぞ(六訂稿)

by sumus2013 | 2019-01-25 15:59 | 古書日録 | Comments(0)

リバティ・パスポート

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リバティ・パスポート「石井滿隆のために」


巌谷國士『封印された星 瀧口修造と日本のアーティストたち』(平凡社、二〇〇四年十二月五日)の瀧口修造に関するところだけ読み終えた。巌谷氏は瀧口より十五歳年下だそうだが、学生時代に出会って以来親しく交際していた。

《一九七九年七月一日の午後、瀧口修造が亡くなったという報らせを、私はパリでうけとった。》

巌谷氏はあわてて帰国しようとしたがチケットが取れなかった。

《けっきょく空席は出てこず、パリにとどまらざるをえなくなった。その後も長いことつらい思いがのこった。》(リバティ・パスポート1)

不思議なことに、八年後、澁澤龍彦が死んだときにも巌谷氏は海外にいた。

《けれども澁澤さんは、その年の八月五日に亡くなった。
 私は旅先のドゥブロヴニクにいた。訃報が遅れてとどいた。予定を早めて帰ってきたとき、彼は黒い額のなかにしかいなかった。》(澁澤龍彦『裸婦の中の裸婦』をめぐって)

ドゥブロヴニクはクロアチアの都市である。ちょっと気になる偶然ではある。さて「リバティ・パスポート1」はこう続く。

《同年の三月にこちらへ発つ直前に、二度ばかり西落合のお宅へ招ばれていったものだが、その二度目のときに、氏はいつものようにちょっと照れくさそうにしながら、自作のロト・デッサンとアクロスティック・ポエムをとじこんだ「リバティ・パスポート」を手わたしてくれた。そのとき、「これが僕のつくる最後のパスポートです」と冗談のようにいわれたので、こちらも「そんなこといわないでください、でもなにかあったら飛んで帰ってきます」と冗談のようにこたえると、こんどは真顔に近くなって、「帰ってきてはいけません、あちらですることがあるはずです」というのだ。

また「リバティ・パスポート2」では次のように書かれている。

《私あてのリバティ・パスポートを瀧口修造自身から手わたされたのは、一九七一年二月のことだった。何日か前に電話があり、妻とともに西落合のお宅へ招ばれてゆくと、予告されていなかったそれ[二字傍点]が差し出された。

《当事者にしか通じにくい暗号めいた表現もある。総じて私の好きなイメージやイデーが驚くほど巧みに自然に読みこまれている。妻と私は照れくささもあって笑い、瀧口修造もまたいたずらっぽい目つきで笑った。》

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リバティ・パスポート「巌谷國士のために」


《ともあれ、四か月後の七月一日に瀧口修造は亡くなった。訃報に接して東京の綾子夫人に電話をすると、夫人は泣きながら「瀧口はいまパリへ行ったのです」といった。三月三日の言葉どおりに「最後のパスポート」となってしまったものを所持したまま、私は帰ることもできず、そのまま妻とともに旅行を続行するしかなかった。
 翌年の三月にもどって西落合のお宅へうかがい、夫人から二、三の遺品をうけとることになったのだが、ある意味でこの年の旅はいつまでもつづいている。瀧口修造没後も、私はさまざまな偶然の、あるいは必然とも思えるような出会いをした。とくに日本のアーティストたちとの出会いは、瀧口修造によって用意されていたことなのかもしれない、と感じられる場合が多かった。》

小生も世田谷美術館の瀧口展会場でいくつかのリバティ・パスポートを実見したが、こういうものをもらったら嬉しいだろうなと心から思った記憶がある。自分で作ってみるかな・・・

瀧口は一九五八年にパリのアンドレ・ブルトンを訪ねた。そのときの古本屋について書いた「パリの古本屋など」(一九五九年)というエッセイがあるようだ。読んでみたい。この訪問がきっかけとなって、瀧口修造はデッサンやデカルコマニイなどの作品を精力的に制作し始める。瀧口にとってブルトンというのは特別な存在、人生の指針だったようである。

引用したリバティ・パスポートの図版は『太陽』No.382(平凡社、一九九三年四月一二日)特集・瀧口修造のミクロコスモス、より。

by sumus2013 | 2019-01-24 20:44 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

蒐めたもの見つけたもの

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『石神井書林古書目録』104号(二〇一九年一月)が届いた。いつもながらため息の出るラインナップ。今回目に留まったのは杉山平一さんの原稿と色紙だ。まとまって出ている。色紙は一枚、八年前の下鴨で手に入れ、今も愛蔵しているが、このくらいの値段になるのかと、ちょっとうれしかった。

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杉山平一さんの色紙「ストーブ」
https://sumus.exblog.jp/17688341/

表3の「追伸」に次のように書かれていた。

《青猫書房の阿部秀悦さんが昨年十二月に亡くなりました。手作りの古書目録を月刊で出し、それが三九〇号を越えていました。私は二十代で阿部さんに会い、以降の長いお付き合いの中でどれほど多くのことを教えていただいたかしれません。該博な知識を持ちながら、ストイックで凛とした品性は終生変わらないものでした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

青猫書房さんが亡くなられたとは・・・かなり前に一時期目録を頂戴していたことがあったが、さすがに貧生には注文を続けることができず、いつか届かなくなった。少し前に某氏がまとめて青猫目録を送ってくださったので、エッセイの一部を取り上げたのを覚えておられるだろうか。目録もすごいけれど、エッセイがまた読ませるのだ。

海ねこ/青猫

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その「青猫愛書閑話」、追悼の意味で少し引用しておこう。281号(平成十七年七月一日)掲載分より。演劇の専門店でセドリ中、川内康範と山口晋平を一冊づつ手にし、顔見知りの店主なので、この二冊だけでは申し訳ないと思いつつどれにしようかと迷っていたところ・・・

《迷い、困っている内にとうとう左側入り口近くまで来た。その書棚の端っこの端、隠れるように神原泰譯マリネッティ『電気人形』(下出書店 大正11年)が在った!何という嬉しい展開なのだろう。保存状態はいまひとつながら稀覯本にまぎれもなく、『石神井書林古書目録』第56号(2002年2月)には"金星堂より「先駆芸術叢書」の一冊として出版されるのはこの二年後。著者自装。極美本。写真5頁参照"として15万円の古書価が付いていて、この時は注文が無かったが、次号では見事に売れている。》

気分を良くして佐久間さんの店舗を覗く。書棚に変化が乏しいなと思っていると店主が何もないからと谷川俊太郎と山本容子のサイン本を出してくれる。なおも物色していると安部公房『砂の女』が目についた。

《創業して間もない頃、セドリ屋の鈴木益二氏か長田謹造氏か一滴通信の東山氏だったか忘れたが「『砂の女』の初版本は皆無」と教えてくれた。「致命的な印刷ミスがあったらしい」と憶測を聞いただけだが、まだ若かった私はそれから関東周辺のあらゆる書店に在庫していた『砂の女』初版本の奥附を確認して歩いた。3年間、100冊は優に越えて200冊に迫る頃には「完全な初版本は無い」と絶望的に断言出来た。『砂の女』を手にすることも無くなり、顔なじみのセドリ屋であった鈴木氏は脳腫瘍で、東山氏は脳卒中で50歳前に亡くなった。はた目には気楽そうに見えて、セドリ屋という生業もこれで結構きびしいようだ。佐久間さんの店で手にした『砂の女』は奥附を張り替えていない〈本当の初版本〉だった。もっと感激しても良いのだが、奥附をとっくりと眺めても〈致命的な印刷ミス〉は分からなかった。

なんとも凄い話、セドリについての貴重な記録でもある。誰か本にしませんか。

by sumus2013 | 2019-01-23 17:32 | 古書日録 | Comments(8)

常盤樹

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大政翼賛会文化部編『朗読詩集 常盤樹』(翼賛図書刊行会、昭和十七年十月五日修正再版)。これも善行堂にて。百円均一の箱より。『花森安治装釘集成』では本書および本書と同じシリーズ『大招奉戴』の二種を、参考として掲載している。花森でなければ考えつかないような四角だけの(バウハウス風の)デザインだし、花森が編集した松江の校友会雑誌に同じような表紙がすでに存在するところから、まずは花森の意匠であろうと思われる。

作品が選ばれているのは、高村光太郎、島崎藤村、伊波南哲、河井酔茗、北原白秋、蔵原伸二郎、野口米次郎、長島三芳、山本和夫、萩原朔太郎、風木雲太郎、宮沢賢治、田中清司の十三人。直接的な戦争讃歌や銃後をテーマとした作品が主だが、例外は北原白秋の「お祭」(わつしょい、わつしょい。/わつしょい、わつしょい。/祭りだ、祭りだ。)と宮沢賢治の「雨ニモマケズ」である。解説者(無記名)は白秋の「お祭」をゲーテ『ファウスト』のワルプルギスの夜に比較したりなどして(ゲーテはドイツ人だからいいのだろう)学のあるところを見せている。

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「雨ニモマケズ」の解説を引いておく。

《この詩が發見されたのはこの詩人の死んだ後であつた。圖らずも令弟が詩人の小さな手帳を見つけ出されたところ、手ずれた汚い、普通のポケツト用手帳の中のいろいろな覺書などにまじつて、この詩が鉛筆で書きしるされてあつたのである。詩人はこの詩をまつたく人に見せる氣はなく、純粋に自分の心構のためにひそかに書きしるした。この詩を讀むと第一にさういふ、心を一途に内に傾けてゐる純粋さがわれわれを打つ。この平凡なやうな、へりくだつた、最低の願のやうに見える「サウイフモノニワタシハナリタイ」といふ聲をよくきいてゐると、それが實に大きな願であることにわれわれは氣づいてくる。》

緑色の「50銭/取引高税印紙」は、写真の通り、このページに挟まれていた。栞として使われたものに相違ない。それにしても「ツマラナイカラヤメロ」と言う人間はいなかったのか・・・

by sumus2013 | 2019-01-21 20:37 | 古書日録 | Comments(0)

百人一冊

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『百人一冊 多田進装丁の仕事100冊1971-2018』(多田進、2019年1月8日)を頂戴しました。多田さん、有難うございます。手のひらサイズ(タテ167mm)のスッキリしたデザイン。この作品集そのものが、多田さんの装丁の究極の形という感じです。

来年一月中、ウィリアムモリスで開催される装丁展の図録である。植草甚一『即興と衝突』(一九七一)から坪内祐三『昼夜日記』(二〇一八)にいたる数多い仕事のなかから、百人の著者それぞれ一冊、すなわち百冊が選ばれている。

最初からめくって行くと、古本屋でしばしば見かけた表紙ばかり。あれもこれもそれも。激しく自己主張するという意匠ではないのだが、記憶に残っているタイトルが多いのは、やはり多田スタイルの一貫した「強さ」ではないかと思う。

例えば、田村隆一『詩人のノート』(一九七六)、五木寛之『深夜草紙』(一九七六)、団伊玖磨『パイプのけむり』(一九八一)、椎名誠『小さなやわらかい午後』(一九九〇)、久世光彦『怖い絵』(一九九一)、筒井康隆『朝のガスパール』(一九九二)、佐野洋子『食べちゃいたい』(一九九二)、山本夏彦『私の岩波物語』(一九九四)、松田哲夫『編集狂時代』(一九九四)、向井透史『早稲田古本屋街』(二〇〇六)、西加奈子『通天閣』(二〇〇六)、橋本治『BA-BAHその他』(二〇〇六)・・・などなど。ベストセラーもあれば、シブイ本もある。

タイトル、著者名、版元名、そして絵・写真などの図柄・模様。その四つの要素をどう組み合わせるか。それが「装丁」(表紙まわり)の全てなんだ、ということを多田さんの仕事から再認識させてもらった。

白の余白 装丁雑記 by 多田進

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2019年1月8日〜1月31日

ウィリアムモリス 珈琲&ギャラリー
東京都渋谷区渋谷1-6-4 The Neat青山2F
開廊時間 12:30 -18:30
最終日17:00まで
休廊日 日・祝・第3土曜



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坪内祐三さんが『週刊ポスト』で紹介している。



by sumus2013 | 2019-01-21 15:56 | おすすめ本棚 | Comments(2)