林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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俳諧有や無やの関

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『俳諧有や無やの[]関』写本。今年最後の一冊は、少々悩んだが、この写本を選ぶ。はっきり言って虫食いだらけの、しかもかなりひどい落書きまである本なのだが、しかし内容としては、けっこう珍しいかもしれない。俳諧の手ほどきといった内容らしい。よく読めませんが。とりあえず、早稲田大学図書館に蔵されている写本と比べると「本式表十句の事」まではほぼ同じで、早稲田本はそこで終わっているが、架蔵本は「雑類の雑尾の雑発句」以下三丁ほど続く。


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巻末頁

『俳諧有や無や能関』の書誌情報は以下の通り。

日本古典籍総合目録データベース
項目内容
著作ID405867
統一書名俳諧有也無也之関 ( はいかいうやむやのせき ), K, 1
巻冊一冊
別書名
[ 1 ] うやむやのせき( うやむやのせき )
[ 2 ] はいかい秘伝/うやむやのせき( はいかいひでん/うやむやのせき )
[ 3 ] 幻住庵俳諧有也無也関( げんじゅうあんはいかいうやむやのせき )
分類俳諧
著作注記〈備〉日本古典文学大辞典に解説あり。
国書所在
【写】国会(「連俳提要有也無也之関」、異本、五冊)(一冊),早大(羅文写、曲亭叢書一一五)(玉晁叢書俳叢の内),東大(抄、三家雋九),東大洒竹(文政一三写),無窮平沼
【版】<明和元版>国会,東大竹冷,東北大狩野,富山志田,柿衛,松宇,天理綿屋<刊年不明>大阪府,天理綿屋&なお新撰俳諧七部集の内
【複】〔活〕俳諧文庫続俳諧論集
著作種別和古書

日本古典文学大辞典 / 日本古典文学大辞典編集委員会編集 第1巻 岩波書店 1983 4000800612
p.316 うやむやのせき

国立国会図書館デジタルコレクション
幻住庵俳諧有也無也関 唐本屋新右衛門[ほか3名] 明和元(1764)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539775 (2014/02/14確認)


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『俳諧有や無やの関』巻末見返しには書写者または旧蔵者(?)の署名がある「梅資ご教示いただきました]/鶯宿」、印「鶯」「宿」。そして何と立派なレッテル「巌松堂書店古典部/東京神田中猿楽町」。このレッテルだけでも見っけものの一冊。

みなさま、良いお年をお迎えください。

by sumus2013 | 2018-12-31 17:12 | 古書日録 | Comments(2)

ベオグラード日誌

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山崎佳代子『ベオグラード日誌』(書肆山田、二〇一五年二月一〇日二刷)。「百年のわたくし」(https://sumus2013.exblog.jp/30181220/)会場で求め(著者サインを頂戴しました)ゆっくりと読んでいた。日記体ではあるが、日記を超えて創作として堪能できる、多くのことを考えさせてくれる作品である。

《本書は、季刊誌「るしおる」の45号から終刊号の64号まで、二〇一年から二〇〇七年の間にかけて連載されたエッセイ「ベオグラード日誌」をもとにしている。このたび加筆し、十二年間の暮らしを点描した。

《詩を書きはじめてから、私はベオグラードの住処を変えていない。宇宙飛行士ユーリー・ガガーリンの名をとった通りの名は同じなのに、国の名前は何度も変わり、ユーゴスラビア社会主義共和国連邦から、今はセルビア共和国となった。激動と言っていい時代を、日本とセルビア、世界の様々な土地に住む友人たちや家族に守られて、葡萄酒の美味しいこの土地で暮らすことができた。》(終わりに)

共通の知人宅で初めてお会いしたのが二〇一六年の七月、同年十一月には日文研のフォーラムで講演されたのを聞かせてもらってすっかりファンになった(と言いながら著書を読んだのは今年になってからとは・・・なさけない)。

ツルニャンスキー

山崎さんは非常な本好きとお見受けした。むろん内容本位(読む人ということ)であって古本者ではないと思われるが、本に対する執着はかなりのもの(打ち上げなどでその言動を観察した結果で断定します)。日誌に古本が出てくる箇所があった。二〇〇五年。

《十二月十五日
 文学芸術研究所にてセルビア高踏派詩人ミラン・ラキッチ(一八七六年ー一九三八年)の研究会。ペトコビッチ教授が座長をつとめる。韻文の形式を研究しているSさんが、戦前に出版された貴重な詩集を持っている。「市場で見つけたの。夏、野菜を買っていたら、お婆さんが屋台に本を数冊、並べている。ああっ、と驚いた。すぐにお金をとりに家にもどって買ったのよ」紙は黄ばんでいる。ミラン・ラキッチは、パリで法学を学び一九〇四年から外交官として働きながら、詩を書き続けた。ベオグラード文体と呼ばれるスタイルを築いた詩人。当時、オーストリア支配下にあったコソボのプリシティナ市に領事として駐在、一九〇八年から一一年までを過ごした。

う〜む、どこの国にも掘り出しものはあるのだ、当たり前ながら。

ベオグラードの人々との交流も読みどろこではあるが、リアルだったのは二〇一一年三月一一日の記述。ちょうど日本に帰国してまた戻る直前だった。

《三月十一日
 代官山町のIさんの集合住宅の六階、床にトランクを広げて荷づくり。午後二時四十分ころ、突然、テレビがベルを鳴らし地震警報を告げる。三陸沖が震源地らしい。わずか数分でぎしぎし建物が揺れはじめた。窓の向こうの灰色の高層ビルも、ゆさゆさ左右に揺れている。長いこと建物は揺れ、縦型ピアノが動きはじめ楽譜がばらばら落ちていく。乾いた音をさせて震えるテレビの画面は、地震が東北地方を襲ったことを告げ、津波警報を発している。傍にあった椅子に足をしっかりつかんでしゃがみ、揺れが止むのを祈る。なんということなのだろう。なんということになったのだろう。唇がかさかさに乾いていた。扉を開けて、お隣の奥さんと初めて声を交わす。
 代官山駅は人であふれた。電車は止まった。だれもが静かだ。大きな声を上げる人はいない。駅のそばの電話ボックスに人の列ができていた。携帯電話はつながらない。人々は歩いて家に帰ろうとしている。不思議な静けさには哀しみが染みこんでいる。》

文中「揺れが止むのを祈る」とあるところになるほどと思わされた。今の日本人はこういうときに「祈る」だろうかな、とちょっと考えてみたりした。それにしても、金時鐘氏も東京にいたということを以前書いたが、山崎さんも3.11を体験していたとは。

『背中の地図 金時鐘詩集

もう一度「終わりに」から引用しておく。

《バルカン半島という辺境の宿命について、今、思いを巡らせている。様々な征服者、幾つもの戦争が繰り返されるこの土地では、人の手が生み出したものを守り、文明の形を後世に伝え続けるのは困難だった。大きな国が形あるものを伝えることはさほど難しくはないが、小さな国が形あるものを伝えるのは容易いことではない。
 しかし形のないものを語ること、形を失ったもの、これから形が生まれようとするものについて語ることこそが、言葉にゆだねられた仕事であるのだとしたら、南ヨーロッパの辺境で私が三十余年を過ごしてきたのは、それほど悪いことではなかった。悪戯好きの運命が、ベオグラードという町で、私という「日本文学の戦中派」を産み落としてしまった。いつのまにか私の日本語が、日本文学の辺境を形作っている。》


by sumus2013 | 2018-12-30 20:53 | おすすめ本棚 | Comments(0)

和様刊本の源流

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『和語表記による和様刊本の源流』(武蔵野美術大学美術館・図書館、二〇一八年一一月一五日)図録を頂戴した。深謝です。図版と解説の二分冊、タテ36cm、ヨコ23cmという大型本である。同名の展覧会が十二月十八日まで開催されていた。

和語表記による和様刊本の源流
https://mauml.musabi.ac.jp/museum/events/12166/

「和様刊本の源流」として主に三種類の刊行物を取り上げている。浄土真宗の版本、光悦の嵯峨本、そして古文真宝である。武蔵美だから主にエディトリアル・デザイン的な観点からこれらの版本を捉え直している。

さて、まあ、光悦本は美しいが、手に入れるのは不可能。ガラス越しには何度も実見したことはあるものの、けっこうなお手前で、という程度の興味しか湧かない。やはり古本者としては入手の可能性がないと・・・。そういう意味でいちばん興味を引かれたのは浄土真宗の三帖和讃である。これは、そこそこ古い版が、まだ手に入る。それほど長く出版されていた(いる)。柳宗悦がこの三帖和讃にシビレタという話は以前引用したことがある。

柳宗悦『蒐集物語』
https://sumus.exblog.jp/20884792/

《文明五年(一四七三)三月に、蓮如が末代興隆のため、「三帖和讃」、ならびに「正信偈」四帖一部を開板したということも、僧俗一般が諷誦の必要に応じたものと考えられる。本願寺ではその後、歴代の宗主によって幾度か「正信偈」「和讃」が改版されたが、みな「文明本」を襲用している。)》(名畑応順校注『親鸞和讃集』岩波文庫、一九七八年版、解説より)

本図録の解説を執筆している新島実氏も柳の『蒐集物語』によって三帖和讃を知ったという。柳が国宝級と賞賛した版本、それは下のような本である。城端本『天文版 三帖色紙和讃』(天文二十二年1553)。

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解説によれば、一番最初の文明版『三帖和讃』がどんな文字だったのかは、原本が確認されていないので(法蔵館がかつて所蔵していたという)分からないが、以後文明版が踏襲されてきたのは間違いないようだ。

下の写真で右手のページは本図録の図版である。室町末期の三帖和讃』(龍谷大学図書館蔵)。その図版の上に置いたのが小生架蔵の高僧和讃(三帖和讃のひとつ)である。架蔵本の時代は下るだろうが、明らかに同じ版面を受け継いでいる。

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架蔵本見開き


これがもっと下ると次の写真のように文字が太目になって丸みを帯びてくる。用紙も雲母(キラ)引きとなる。文字組みも微妙な字と字の間隔が無視されて、ベタになってしまう。おそらく幕末くらいの版だと思われる(刊記などはないので想像に過ぎません)。

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和讃が実際使用される状況について参考になることが書かれていた。

《和讃の使い方を輪番亀渕卓師から教えていただいた。浄土真宗の和讃は一頁ごとに一首四行が大きな文字で綴られているが、一行目は必ず一字分、他の行に比して上げられている。どの時期の和讃を見てもこの表記形式は変わらない。和讃を初めて拝見したときからの疑問だったのだが、その答えをいただいた。最初の行は調声の為に僧が詠みそれから全員で詠むために最初の行を一文字上げているとのこと。また和讃は正確に詠むために記憶をしない。さらに浄土和讃の最初の一首は開祖親鸞聖人に敬意を表するために、日々のお勤めには詠みませんとのことであった。》

《また和讃は手に持って詠むことはせずに和讃台に置いて詠まれるとのこと。お寺の堂内は現在もそれほど明るくなく昔のことを考えると、和讃の文字の大きさの理由も納得させられる。》

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また、柳宗悦がどのように和讃を入手したのかについて。『蒐集物語』には具体的には書かれていない。信頼を寄せる古書店があったそうだ。

《石川県金沢市の近八書房を訪ねた折、七代目店主の篠田直隆氏に先々代の店主近彌二郎と柳宗悦との仏書の取引に関する書簡や葉書を見せていただいた。柳宗悦から近彌二郎宛の、依頼された書物などの返事及び新しく手に入れたものなどのリストが記されている書簡や葉書だ。それらのやりとりの軌跡から柳宗悦は自身の目にかなう仏書を近八書房から購入していることが分かる。よほど店主の仏書に対する見識と目を信じていたのか、柳宗悦の店主に対する信頼は絶大なものが有ったようだ。

柳が近彌二郎に送った『工藝』一一六号(柳宗悦「色紙和讃に就いて」掲載誌)の該当箇所への彌二郎による書き込みから、柳が『天文版三帖和讃』を入手した古書店は京都の其中堂だったことが判明するという。

もうひとつ。「字力(じちから)」という言葉が出てくる。新島氏が城端別院で親鸞上人、蓮如上人、實如上人らの御文を見ていると城端別院の今井千信列座より「字力じちから」という言葉を聞いた。納得させられる言葉である》、なるほど文字力」は古くから認識されていたのだ!

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架蔵「三帖和讃」の一部


古文真宝』も古本屋でよく見る。林望氏が早くから蒐集しておられるということをその著書で知っていたので、注意はしているが、書誌学的な興味は全くないため、どうしても買い集める気にならなかった。何冊かは持っているはず。ただ本図録に出ている寛永だとか元文あたりの版はじつに魅力的だ。今後注意しておこう。

by sumus2013 | 2018-12-28 20:35 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

童説

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個展期間中に臼井喜之介『詩集 童説』(臼井書房、昭和二十一年五月五日、装幀=鴫原一穂)を会場で頂戴しました。感謝です。この本は京都ではわりとよく見かけるような気がするし、実際、臼井書房を調べているときには、何度か買って何度か手放した。

装幀の鴫原一穂は臼井の親友で詩人・児童文学者、教師だった。臼井書房からも詩集を出しているし、装幀も何冊か担当している。鴫原の穏やかな絵柄が臼井の詩風にも合っているのだろう。本書に収められている作品から二篇を引用してみる(どちらも全文)。


   紙凧

 ぐいぐいと ひつぱる
 泪ぐましい力がつたはつてくる
 張りきつた このたくましい糸へ
 あをぞらのうたがひびいてくる

 野つぱらには
 こどもたちが いつぱい
 さむい吹きざらしだが
 みんな とびちぎれるほど元氣で
 そらを仰いでゐる
 まばゆい瞳を きらきら輝かしてゐる

 わくわくさせ
 いつも いつも
 忘れきれないで一ぱいな空の力が
 ああ この一すぢの糸をつたつて
 ぐいぐいと ひつぱるよ



   冬日抄

 床の間に折々の野草などさし入れ
 手縫ひのエプロンに桃の花の刺繍を飾る
 まいにち子供の世話にいそがしい妻は
 こどもらが寝しづまつてから僅かに本をひもとく

 隣近所の人々が
 ごつごつしないで 豊かであつてほしいと心から希ひ
 向ひの子供の頭にくさができたといふと
 これは効きますからと 和薬など届けてゐる

 手のあかぎれが ひどくなると
 鹽湯をつくつてたつぷりとつけ
 ああ 氣持がよくなつたと 元氣な頬を輝かせる
 そして 二人のこどもたちと
 あけくれを大ごゑで笑ひ
 半坪に足らぬ裏の畠の
 雪をかぶつた そら豆の成長をたのしんでゐる

 いま冬陽ざしの明るい二階の四畳半で
 子供に添寝したまま うたたねしてゐる妻
 健やかな ねいきをもらしながら
 やはり 文化だの 愛だの 平等だのといふ
 むつかしい夢をみてゐるのであらう


臼井夫人があってこそ臼井書房があった、そんな気持ちにさせてくれる「冬日抄」ではある。


『新生』再刊第五輯

『新生第一詩集』(新生同人社、一九三七年)


***


ブックカフェ&ギャラリー・ユニテさんが昨日二十五日限りで閉店されました。個展、ナベ展、そして武藤さんとのトークなど、五年ほどの間にいろいろとお世話になりました。感謝しかありません。素敵な隠れ家っぽいスペースで趣味のいい本がたくさんあったのですが・・・残念です。

なにやら、一月中に大セールを行われるそうです。これは逃せません!

楽市楽座出品しゃ募集!

 川端二条の旧ユニテ内で1月10日~15日に「大解体市」を催します。
同時に店内を使って「楽市楽座」を催したいと思っています。
店の有効利用と感謝をこめて広く参加していただける方を募集いたします。
販売、包装は各自でお願いします。
参加費、手数料等は一切かかりません。
手づくりのものはもちろん、身の回りで使わなくなったもの等、なんでもOKです。
期間中、参加の日にち、時間はいつでもけっこう、おまかせします。
出品されるものは、「さよなら、新しい持ち主に可愛がってもらってね」価格でお願いします。

食べ物、生きもの、危険なもの、子供に見せられないもの等の出品はお断りいたします。
店内なので天気の心配はありません。暖房完備、ただし座られる場合は、イス、ゴザ等、各自ご用意ください。
釣り銭は各自ご用意ください。金銭管理も各自でお願いします。
入退出は自由ですが、一言お声がけください。

お申込みは、info@unite-kyoto.jpまで     旧・ブックカフェ&ギャラリー ユニテ

ブックカフェ&ギャラリー・ユニテ

巴里みやげ 林哲夫作品展

NabeQuest2015 Nabe-TEN(展)

画家・林哲夫さんと話そう


by sumus2013 | 2018-12-26 16:29 | 関西の出版社 | Comments(0)

印度の歌

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『セノオ バイオリン楽譜 印度の歌(歌劇サドコ)』(セノオ音楽出版社、大正十一年十二月二十三日)。表紙画は竹久夢二。ボロボロなので均一に放り込まれていた。飛翔する天使、西欧の山間の村、星月夜。クリスマスイヴにはもってこいかと思って。発行日も九十六年前の十二月二十三日だし。「サドコ」はリムスキー・コルサコフ作曲の歌劇。

《「サドコ」は一八九六年に完成され、一八九七年に初演された。
 サドコはノヴゴロト[ママ]に住んだ伝説の楽人である。而し其町の人々は歌に冷淡であつた為、彼は貧乏に其日を暮した。而し、彼が町の商人と賭けをして、イルソンの湖から黄金の魚を捕る事に成功して、非常の金持となる。それは、湖畔で唱ふ彼の美声が海王の娘ヴオルカヴァアの心を動したからである。

サドコは海へ入り海王の娘と婚約して大いに歌いかつ楽器を演奏した。海人たちは酔っ払って大騒ぎをする。ところがそのため海上は大時化になってしまった。聖ニコラスはサドコの手から楽器を取り上げ、妻の許へ戻させ、海王の娘をノヴゴロドの町を流れる川に変えてしまったという。

「印度の歌 Chanson Indoue」は劇中で印度の商人がインドの海の不思議を述べる歌だそうだ。演奏はクライスラー。




by sumus2013 | 2018-12-24 20:51 | 古書日録 | Comments(0)

パゾリーニの青春

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題 名=ジョヴェントゥ ピエール・パオロ・パゾリーニの青春
発行日=2019年1月1日
著者等=田中千世子(たなか・ちせこ)
発行所=みずのわ出版
http://www.mizunowa.com/index.html
装 幀=林哲夫

詩人としてのパゾリーニは『パゾリーニ詩集』(みすず書房、二〇一一年)で広く知られるところだろう。本書では、そのパゾリーニの文学的な原点であるフリウリ語との関連をかなり深く掘り下げた内容が注意を引く。

《パゾリーニはフリウリ語で詩を書き始めた。そして文学雑誌を発行した。雑誌の名前は"STROLIGUT[ストロリグト]"(暦)、季刊である。一九四四年四月に最初の号が出た。
 その巻頭言にパゾリーニは書く。フリウリ語でーー。現代イタリア語の対訳などあるはずもない。イタリア人で文学的教養の豊かな人でも半分もわからない。フリウリ人でなければ読めない言葉だ。》

《フリウリは現在、正式にはフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア自治州と呼ばれ、イタリア共和国の北東部に位置する地域だ。州都はトリエステ、アドリア海に面した由緒ある港湾都市で、東は旧ユーゴスラヴィア、現在のスロベニアとの国境だ。》

パゾリーニはボローニャに生まれてボローニャ大学で学んでいるからフリウリ人とは言えないが、母親がフリウリ地方のカサルサ出身で第二次大戦中は母の故郷で過ごした。一九四六年から書きためたフリウリ語の詩を『カサルサ詩集 Poesie a Casarsa』として刊行している。

《地元の若者の誰かしらがこれを読んだ。そして失望とともに驚かずにはいられなかった。都会のボローニャからやってきた優秀な学生がよりにもよって農民たちが使う田舎丸出しの方言を詩に使っているのだから。と、ニコ・ナルディーニは解説する。
 たとえて言うと、東京に出て文学修業していた中上健次が地元に戻って新宮弁で詩集を発表したようなものか。だが、中上はもともと新宮の人間だから、違う。》

《中上ではなく、別の東京の坊ちゃんか、京都か神戸の坊ちゃんで、母方の実家が新宮にあって、そして、その坊ちゃんが母方の実家の町に戻って、新宮弁で文学を発表したーーと想定したら? 地元の若者は「なんや、俺らの田舎臭い言葉を使いよって」と驚く。そうするとパゾリーニの詩を読んだフリウリの若者の気持ちがわかりやすくなるだろうか。》

なるほど、そういうものか。著者は山梨県生まれ。映画評論から自主映画の製作監督へ。イタリアにおいてはパゾリーニ財団との関わりも深く、著者ならではの視点で多面的に、日本の状況とも対比しながら、論じられている。むろん映画についても多くの紙幅が割かれており、そう言えば、パゾリーニ、昔はよく見たなあと断片的に思い出したりした。

パゾリーニの青春はやはり戦乱と切っても切れない。ファシズムの闘いも、ファシズムとの闘いもあり、内乱もある。戦後の荒廃も。そう言う意味から、少し派手に、燃え上がるようなデカルコマニイのジャケットを作ってみた。

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ジャケットと表4


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ジャケットと扉


【用紙】
カバー MTA+-FS 四六判Y目 135kg
表 紙 気包紙-FS(U) ディープラフ L判Y目215.5kg/K判T・Y目147.5kg
見返し ハンマートーンGA ブラック 四六判Y目 130kg

by sumus2013 | 2018-12-23 21:14 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

本の話

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『本の話』岩波写真文庫100(岩波書店、一九五三年一一月一五日)。これは初版だが、現在、復刻されており、新刊書店で入手できる。本文六十四頁に出版から流通その他、本にまつわるさまざまな事柄をコンパクトにまとめてある。

名前の通り写真がふんだんで本の流れがよく分かる。驚いたのは、返品のときには、書店員が何冊かまとめて包装紙(たぶん茶色の)で包んで荒縄で縛っていること。取次から発送されるときには林檎箱のような箱に詰められ、やはり縄で縛り上げられている。ルネサンスごろ、西洋では輸送のときに樽に本を詰めたと聞くけれど、さほど変わらないような気もする。

写真とともに記されている出版流通関連の数字も興味深い。昭和二十七年の発行点数は総計が17,306点。文学4,017、学習参考書2,482、社会科学2,435・・・(平成後期の年間書籍発行点数はおよそ八万くらい)。

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小売店数都道府県別。東京910、愛知372、大阪299、北海道293、新潟245、神奈川228、広島227、福岡226、兵庫200、その他3,861、総計7,076・・・最近の書店数は一万を切っているようだから、この時期のレベルに近づいてきたのかもしれない。当時の人口は8300万人くらい。

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定価別発行点数。100円未満3,250、100〜199円5,771、200〜299円4,250、300〜399円1,783・・・当時のコーヒーは30円だった。本の方が割安な感じかも。

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出版社数都道府県別。東京1,859、大阪124、京都98、愛知40、長野18、北海道18、神奈川17、兵庫14、その他74・・・計2,262。書店が少なくて版元が多いのが京都ということか・・・。北海道に版元が多いのは紙の供給に関係しているのかもしれない。

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他に、製本、装幀、印刷、紙、校正、活版印刷、原稿、編集企画・実務、写真文庫のできるまで、古本屋、図書館も取り上げられている。そして最後に「書斎」。この方はどなただろうか。地球物理学者?

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地球物理学、岩波書店、昭和27年・・・で検索してみると、昭和二十四年(昭和八年が元版らしい)に『地球物理学』(岩波全書)という本を出している坪井忠二ではないかと思われる。坪井正五郎の次男、寺田寅彦の弟子である。




by sumus2013 | 2018-12-22 20:14 | 古書日録 | Comments(0)

平出隆と美術家たち

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『言語と美術ーー平出隆と美術家たち』(DIC川村記念美術館、二〇一八年一二月一七日、デザイン=須山悠里)を頂戴しました。感謝です。ジャケットが寸足らず・・・帯が広くなった(?)このデザイン(以前紹介した『アンリ・ミショー ひとのかたち』と同じ)、サイコーにクール。本文のレイアウトも凝っている、会場写真(今井智己)がとくにいい。

平出氏はメリーゴーランド京都で展示をされており、そのときの記録も本書に記載されている。

平出隆によるエクリチュールとしての造本

平出隆編集の詩誌『書紀』(書紀書林)を三冊入手した

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まだじっくり見ていないが、拾い読みしていて、ジョゼ・コルティの名前を見つけて手が止まった。あのパリのジョゼ・コルティ書店の店主である。『インクの夢 Rêve d'encre』(一九四五年)という自作デカルコマニー作品集が出品されているのだ。これは欲しいなあ、もっと早く知っていれば、パリで探したものを・・・とは言え、とうてい買えそうもない稀覯本でした。

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言語と美術─平出隆と美術家たち



by sumus2013 | 2018-12-21 21:10 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

今年の古本2018

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今年は例年よりも少し数を多めに買ったが、一冊あたりの平均額は低くなっていると思う。ベスト8は、和本の方へ興味が移っているため、以下のような結果になった。まだ、かろうじて安価でこういうものが買えるのはありがたいことである。

片山淳吉・解『博物教授書』六冊揃 錦森堂、明治九年
【上の写真、今月になって某目録より入手、第一卷がかなり傷んでいるためかお手頃だった】

野口雨情『螢の燈臺』童謡詩人叢書2、新潮社、一九二六

「天保聞書」四冊、写本

田中金峰『大阪繁昌詩』中巻

◉花田清輝『錯乱の論理』真善美社、昭和二十三年再版
◉花田清輝『錯乱の論理』真善美社、昭和二十二年初版

『當麻曼荼羅捜玄疏抓抜巻一、写本

『山陽先生題跋須原屋茂兵衛他、嘉永三年

上記のうち読んだものは『天保聞書』と『山陽先生題跋』だけです。ただ、これら以外では、今年も存外よく読んだ(『本の虫の本』執筆のためもあって)。受贈書もあれこれ素晴らしいものを頂戴した(そちらはカテゴリー「おすすめ本棚」でご覧下さい)。貰った本以外では、渡部義通『猫との対話』(文藝春秋、一九六九年三刷)、堀越孝一『わがヴィヨン』(小沢書店、一九九五年)、杉村邦彦『書苑彷徨 第二集』(二玄社、一九八六年)、安良岡康訳注『歎異抄』(旺文社文庫、一九八九年版)などが印象に残る。また、ウエルベック『La carte et le terrritoire』(Flammarion, 2010)はもらった本だが、けっこう新鮮だった。

絵もそれなりに熱心に探してはいる。しかし、やはり本よりは値が張るため容易に手に入らない。ネットオークションが主である。ギャラリーでは二点買った(若い人の版画)。それらのなかでブログで自慢してもいいかなと思えるのは数点だろうか。気が向いたら正月あたりに一点紹介してみようかなと思っている。そういえば、一部はアップしていた。

◉ジャック・カロ【これは昨年の収穫】

◉閑田子

by sumus2013 | 2018-12-20 20:31 | 古書日録 | Comments(0)

林哲夫作品展 父の仕事場

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ギャラリー島田
http://gallery-shimada.com



本日(19日)無事終了しました。ご来場、お買い上げ、ご支援くださった皆様に御礼申し上げます。父の道具が非常に好評だったため、図録を作ることにしました。道具の写真を撮っただけで、まだ何も手をつけていませんが、具体的になりましたら、告知させていただきます。

本年もあっという間にカウントダウンの時期になってしまいました。そう言えば、恒例の「今年の古本」をまだ発表していませんでした。近日中に・・・今年はそんなに凄い本はなかったような、ちょっと反省してみます。

今年の古本2017

by sumus2013 | 2018-12-19 20:55 | 画家=林哲夫 | Comments(2)