林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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俳家列伝発句案内

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『俳家列伝発句案内』(武田交盛館+富田文陽堂、大正七年三月二十五日四版)。本文が弘道軒清朝体で印刷されているので参考に求めた。列伝とあるように松永貞徳から始まって櫻井吏登まで六十六人の伝が上欄に列記されている。下段はほぼすべて発句の羅列だが、句の分類は切れ字などの説明ごとになっており、短い解説がついている。

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弘道軒清朝体活字の世界


ざっとめくると小西来山の名前が出ていた。来山については二年余り前に取り上げたことがある。

けられとてちん
https://sumus2013.exblog.jp/25116896/

本書に出ている小西来山の伝記を引き写しておく。

来山は、泉洲堺の産なり幼にして、父母を失ひしかば、親族其の家に人を為る、常に読書を好みて、手之を離したることなしと云ふ、人と為り放縦にして、常に酒を嗜み、曽て醒むる時なかりきとぞ、然れども博聞強記、一を聞いて十を知るの奇才を備へしかば、年二十ならさるに、立机して俳宗となり、中華壇林の翹楚と仰がれたり、後摂津の今宮村に幽棲し、独吟十万句を吐きしより、十萬堂の号あり、また堪々翁と号せり、生涯娶らず、常に小さき女人形を愛して、これを座右に置けり、其の記あり、これを左に記す、享保元年正月三日、享年六十有三にして歿す、辞世の狂歌あり、曰く
 来山はうまれた咎で死ぬるなりそれで恨みも何もかもなし》

女人形の記は略す。ざっと見たところ、収録されている来山の発句は以下の通り。

  招まねく度たび人になしたきすすき哉

  中々に巨燵こたつがあいて寒さ哉

  涼しさに四橋よつばしを四つ渡りけり

  春雨や巨燵こたつの外へ足を出志



by sumus2013 | 2018-11-30 19:03 | 古書日録 | Comments(0)

神戸・もとまち古本市

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来月の個展の下見にギャラリー島田へ。よく知っている会場だが、父の仕事場にあった道具類を並べるとなると、少し様子が違ってくる。元町のこうべまちづくり会館にて古本市が開かれていると聞いたので、点検はそこそこに、そちらへ向かう。神戸古書倶楽部のすぐ近く。会館の前とロビーを使って七店舗参加。欲しい本がいろいろあった。トンカ書店さんが近々移転するという情報を得る(入居中のビルが老朽化のためだとか)。

元町駅まで引き返してちんき堂さんへ。根本敬まつりが終わったところでガランとしていた。最近のめぼしい仕入れなどについてあれこれうかがう。絵を買った話なども。数冊求める。例えば、岩田一男『英単語記憶術』(光文社、一九六七年、六十版)はカバーデザインが田中一光、著者撮影が田沼武能、本文のイラストが真鍋博という豪華メンバーで作られた本である。もう一冊は『平凡』昭和三十一年二月号の付録「オール スタア アドレス ブック」。有名人の住所がズラリ。阪神タイガースは藤村富美男、吉田義男、小山正明らの時代、巨人は川上、千葉、広岡、別所、水原、与那嶺らの時代・・・(小生まだ生まれて半年)。外国人俳優の住所も出ている。エリザベス・テイラーはビヴァリーヒルズのノース・エルム・ドライヴ703、ジェラール・フィリップはミラン通り(Rue de Milan, Paris)19番地というようなぐあい。みんな熱心にファンレター書いたんだろうな、と思う。

もうひとつ、高架下に旬風堂書店という古本屋さんができていた(十月二十九日開店)。このへんはファッションの店ばかりなので新風である。頑張ってもらいたい。

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by sumus2013 | 2018-11-29 21:21 | 古書日録 | Comments(0)

ひととせも

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筆勢がいいなと思って買ってはみたものの、さて、どう読めばいいのやら。左行末の二文字は「月堂」か。

by sumus2013 | 2018-11-28 19:37 | 雲遅空想美術館 | Comments(2)

書窓 vol2 no5

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『書窓』第二巻第五号(アオイ書房、昭和十一年三月十一日)。印刷研究特輯。かなり力の入った特集である。あまりにボリュームがあるので内容紹介は控えて、どうしてこうなったかについて紹介してみよう。編集人の志茂太郎は次のように「雑用手帳」(あとがき)に書いている。

《ところで本号御覧の通り、二百頁近い、「書窓」としては突飛な大冊となつてしまつて、思ひがけぬ臨時会費増額をお許し願はなければならぬ仕儀となりました。》

《然し最初のつもりでは此の号は、大体壹圓の予定で掛かつたのでありますが、執筆諸家が一斉に吾が事の如く親身になつて御支援下さつた為に原稿の分量が予想の三倍にも上り、いづれもあまり立派な原稿なので編輯の方でも釣込まれ写真や図版をふやしたくなつたりしていやが上にも一層の大増頁となつてしまつたのであります。》

十冊を出して、ようやく声価が定まった時期の雑誌にありがちなページ増の現象である。当然、ページ数はあらかじめ予定を決めておいてから原稿依頼しなければならないわけだが、実際の編集に当たってみると、執筆者がこちらの思う通りに書いてくれるはずもなく、現実には柔軟な対応が必要になってくる。ところが柔軟すぎるとこういうことになりがちなのだ。また十号あたりにくると既刊号よりもより良い内容をと求めるようにもなる。それがまた増ページにつながる。ミニプレスには大きな負担となる。

夢二追悼特集号と同時に編集していたらしく恩地孝四郎は

《本輯は印刷係長自ら馬を進めてての編輯、編輯係長お蔭で、ここでほつと一息した。但しその間、夢二遺作集の方で徹夜のこととはなつたが、確実に本誌の方では休養である。正月久しぶりにお医者さんに診察を受けたが、少し疲労しすぎてゐるから自愛せよとの宣告である。かうなると、やはり自愛しなければいかんと思ふ。》(編輯言)

と、それとなく愚痴(?)をこぼしている。

それにしても恩地孝四郎の表紙は好ましい。第十号の表紙について棟方志功が感想を寄せている(書窓サロン)、その感激の仕方がいかにも棟方らしいので引いておく。

《私は今まで曾て見ざる本を今みました。》《本なる美、冊誌こその品行を上昇さして、あくまで延引せるの態度丈が、すべからざるたくみの触手を、その行方が、いづくかを私は知りませぬ。私は美にまとめられたる作品10の「書窓」をふるえる目、と戦く手にそれを持しました。》

小生は第十号(ご自身で画像検索してください)よりこの十一号の方が好きだが、同じようなデザインは誰でもできるし、やっているけれども、恩地デザインには上品さというか、独特なタッチが感じられる。表4もいい。

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by sumus2013 | 2018-11-27 21:08 | 古書日録 | Comments(0)

MALLET JAPAN 島田特集

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MALLET JAPAN というオークションハウスのカタログが届いた。知らない会社なのにどうして? と思ったら、ギャラリー島田特集である。三十ページにわたって島田コレクションが放出されている。

MALLET JAPAN SALE 2018.12.7

先日訃報が届いた堀尾貞治からはじまって、蛇目、山内雅夫、奥田善巳、木下佳通代、浮田要三、元永定正、石井一男、津高和一、榎忠、鴨居玲ら、島田さんの総決算という感じである。好きな作家が多いのだが、あえて一点入札するとしたら、浮田要三作品にもひかれるけど、これかな。

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津高和一の初期作品「無題」(キャンバス、6号)。津高はかなり多くの装幀・装画も手がけている。これまでも何度か紹介してきたように思うが、今、机のすぐ近くにあった一冊を掲げておく。

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フランシス・ジャム『夜の歌』
三好達治訳 人文書院 1976



詩=亜騎保、画=津高和一『動物の舌』

by sumus2013 | 2018-11-26 17:24 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

生活考察 vol.06

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辻本力氏編集の『生活考察』が四年半ぶりに刊行された。第六号。発行所は合同会社タバブックス、二〇一八年一一月二七日。

出版と編集 タバブックス

生活考察 vol.06

巻頭は、春日武彦✖️穂村弘✖️海猫沢めろんによる鼎談「僕らは大人になれたのか? これからの"成熟"考」。岡崎武志「油絵を描くと生活は」は絵を描くことについての情熱を語っている(先日の個展までの経緯も分かる)。小生は「好きなことだけして暮らしたい第六回 その日、音楽は死んだ」と題して身辺を取り巻く最近の音楽状況について、青春時代の音楽生活について書いてみた。

全体にかなり充実した仕上がりになっている。これは売れるかも、と思ったら、さきほど辻本氏より次のようなメールが届いた。

評判も上々で、昨日の文学フリマでは、60冊持って行ったものが終了2時間以上前に完売しました。

大変結構なことです。みなさまもぜひご一読を。

生活考察 vol.05

by sumus2013 | 2018-11-26 16:48 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

阪急百貨店書籍部レッテル

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牧野哲氏より「大阪梅田/阪急百貨店書籍部」の上のレッテルを頂戴した。氏のコメントも紹介しておく。

《阪急はボクが子供の頃は京都市章と大阪市章と神戸市章とを組み合わせたマークで、「京阪神急行電鉄」の名に忠実だったけど、現在はスズランのような妙なマークをつけて走ってますね。》

まったく気にしていなかったが、たしかに上のレッテルでは大阪の澪標神戸の「か」(扇でもある)と、京都の・・・京都は丸だけ(後にトゲが付いたが。京都市の略章は京の字の図案化)の組み合わせになっている。

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http://elvis60.blog44.fc2.com/blog-date-200711.html」より


ファイルを探してみると阪急のレッテルが四つほど見つかる。梅田店のレッテルには色違いがあったのだ。

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最後のレッテルにはトゲがある。昭和十八年以降のものだということになろうか。



by sumus2013 | 2018-11-25 19:44 | 古書日録 | Comments(0)

彼方の本

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間村俊一『彼方の本 間村俊一の仕事』(筑摩書房、二〇一八年一一月五日)。もう随分前に装幀作品集を作りたいと間村さんは言っていた。「どっこも引き受けてくれへんのや」(たぶんこんな口調で)とぼやいていたが、ついに筑摩が英断、本書の発行となった。予想通りの美しい本になっている。

装幀本の書影(それらはヒラだけを並べるのではなくほぼすべてをブツ撮りによって立体的に再現)、エッセイ、俳句、創作、そして堀江敏幸氏の跋まで、淀みない構成になっている。間村本は意識的に集めている(とは言えブックオフで、ですが)。シックな色感、清潔な紙の選び方、渋い画・像の選び方と大胆な扱い方、そして何より文字の配置の絶妙さ。一見普通に見えて密かに凝った作りとでも言うのか、「玄人の仕事」を感じさせてくれ本ばかりである。

図版を眺めていて、さすがと思うのは、帯だ。帯はほぼ文字だけで勝負する。その文字配りの「塩梅」が見事の一語。ダラけていないのは言うまでもないが、几帳面すぎもしない。堀江氏は鋭く、その特質を「うるわしき無頓着」と命名している。

間村俊一は文字のひとつひとつを、頼りがいのある異物として、丁寧にならべる。生まれも育ちもちがうから、文字は組み合わせしだいでその字間の印象を大きく変える。機械で定めるところの字間と、眼に心地よい字間とはべつものなのだ。実測による正確さではなく、だいたいこのくらいで、という大雑把さを生かすには、やはり写植がいい。仕あがりはじつに端正だが、その端正さを引き出しているのは、よき無頓着なのである。

「本の種」という装幀のモチーフをめぐるエッセイが面白かった。本書の表紙にもなっているペンギン、これは堀江氏の『本の音』のために東寺の骨董市(弘法さん)で求めたものだそうだ。

《装幀の素になる本の種は、おおむね町で拾う。アンティークショップ、古書店など、目を皿にして探し歩く。錬金術の種を求めて中世の路地裏をさ迷ったパラケルススのような日々とうそぶくばかりである。》(本の種1)

福島泰樹『月光忘語録』(https://sumus2013.exblog.jp/29852694/)の豆皿も「本の種」に登場! 小生の名前も出ているので、ご興味ある方はぜひ本書にて。カバーに小生の絵が使われた大西巨人『神聖喜劇』と荻原魚雷『古本暮らし』の書影も出ていて、これはかなり嬉しい。何しろ装幀本三千のなかから三百ほど選んだというのだから競争率は高いよ。

間村さんの文章はケレンがない(ケレン味たっぷりな文章を装っているけど)。装幀と同じで清潔だ。間村さんが夢の話を書いても、内田百間が夢の話を書くようなどんよりとしたイヤな感じはまったくしない。人柄というものだろう。例えば「抱一狐」よりまず冒頭。

《駅までは確かにこの道が近かった筈だと歩き出してみるのだが、なかなかたどり着かない。
 そのうち日も傾き、あたりは見知らぬ路地が続くばかりである。やがて低い家々の向うに銀杏とおぼしき巨木が見えた。それを目印に先へ進む。時々不審な黒い物が足元をよぎる。猫のようでもあるがはっきりしない。しばらく行くうちに尺八の音が聞こえて来たのでその方へ曲がると、お稲荷さんを祀ったお社に出た。小さな祠を背に、誰かが尺八を演奏している。大勢人が集まっている。どうやら初午の祭りらしい。》

そして最後の段落。

《根岸に越して来た。江戸の文人酒井抱一が庵を結んだあたり、旧町名では下根岸になる。住居近くの金曾木小学校の脇を入ると左に下根岸稲荷神社、通称石稲荷があり抱一上人所縁の品が宝物として伝えられている。鶯谷の駅まで通う道すがら、これも何かのご縁と思い毎日手を合わせているのだが、桜の蕾も綻び始めたある夕刻、お賽銭を入れて頭を下げていると後ろで動くものがある。出たなと思ったら案の定狐だ。正一位石稲荷大明神の幟の蔭からこちらに向かって手招きするところをみると抱一狐に違いない。さては明け方の夢もこいつの仕業か。機嫌を損ねるのも後々厄介だ。よし、まだ時間は早いが鍵屋にでも誘ってやろう。桜正宗のぬる燗に抓みは煮奴。先に歩き出したのにいっこう附いてくる様子がない。そうか、うっかりしていた。抱一上人、からっきしの下戸だった。しょうが無い。一人で鍵屋の引き戸を開けると後ろでコンという恨めしそうな声がした。

  うぐひすや下戸殿ゆるせ晝の酒》

とまあ、白昼夢ならぬ白昼酒?。本篇のみならずエッセイのいたるところに酒が出る。まるで「彼方の酒」である。お酒はほどほどに(といっても無駄だろうけど)いっそういい仕事を見せて欲しいと願っている。


閒村俊一装幀集『彼方の本』刊行を祝ふ會

間村俊一装幀展 ボヴァリー夫人の庭

間村俊一さんの装幀展「ボヴァリー夫人の庭」に行ってきました!

閑話休題・・「間村俊一装幀展-ボヴァリー夫人の庭」・・・

by sumus2013 | 2018-11-24 21:14 | おすすめ本棚 | Comments(0)

百年のわたくし 巻三

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徳正寺にて催された「百年のわたくし 巻三」に参加。なごやかななかにも深刻なテーマがうたわれていて色々と刺激を受ける。先日紹介した『帷子耀習作集成』の解説を書いておられた藤原安紀子さんも、この朗読会に参加しておられる(第一回から)、というのを遅まきならが気づいて自らのうかつぶりにボーゼンとする。

会の終わりに扉野良人氏が、本日は画家・山下菊二の三十三回忌であることを告げた。同寺に所蔵されている(山下夫妻の遺骨も安置されている)作品を仏前に展示してあった(上写真)。これがなかなかの作品で見入ってしまった。来場された多くの方々も驚いておられた。徳正寺の懐が深いことを改めて認識。

珍しく二次会にも参加して、山崎佳代子さんらと一年ぶりにお話させていただいた。帰途、空を見上げると、満月がくっきりと見えた。

by sumus2013 | 2018-11-23 21:47 | もよおしいろいろ | Comments(0)

〈異〉なる関西

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日本近代文学会関西支部編集委員会編『〈異〉なる関西』(田畑書店、二〇一八年一一月五日)を頂戴した。深謝です。日本近代文学会関西支部が二年にわたって企画し実施してきた同名のシンポジウムの成果をまとめたものだそうだ。目次などは下記サイトにて確認されたし。

〈異〉なる関西 版元ドットコム

個人的に興味を覚えたのは、辻本雄一「熊野新宮ー「大逆事件」ー春夫から健次へ」のなかの「富ノ澤麟太郎の悲劇と中井繁一のこと」である。富ノ澤が書き悩んでいたとき、佐藤春夫は自分の故郷である熊野へ富ノ澤を招いた。ところが富ノ澤はそこでワイル病という感染症を発症し不慮の死をとげた。二十五歳だった。このときの処遇について、春夫は、富ノ澤と親しかった横光利一から批判されたという。そもそも富ノ澤と春夫を引き合わせたのが中井繁一という人物だった。

富ノ澤を春夫に紹介したのは、熊野出身の詩人中井繁一(さめらう〈醒郎〉とも号す)で、一九一九年(大正八)年[ママ]二月とのことです。中井は春夫の弟秋雄らの文学仲間でした。中井は熊野在住時からローマ字運動に参加、社会運動にも興味を持ったと言います。一九一六(大正五)年熊野でローマ字の口語詩集『KUMANOーKAIDOO』を上梓します。それが仙台の中学で学んでいた富ノ澤の目に留まり、ふたりの文通が始まりました。翌年上京、仙台から上京した富ノ澤との交流がさらに深まり、横光利一らとの同人誌『塔』に誘われる経緯や富ノ澤が熊野へ旅立つ様子などが、中井の「私の郷国に死んだ富ノ澤麟太郎」(「文芸時代」一九二五年五月)の文章に詳しく述べられています。中井はこの文章を、埋葬前の富ノ澤の遺骨が置かれた机上で書いていたといいます。
 中井は上京して印刷業なども営みますが、一九二六(大正十五)年『ゼリビンズの函』という詩集を出し、春夫がその序文を書いています。また、中井は一九二八年には富ノ澤の作品集『夢と現実』限定一五〇部の自費出版もしています。

中井繁一の次女照子は角川源義の妻となり、角川春樹、歴彦兄弟の育ての母であったという。念のため『ゼリビンズの函』を日本の古本屋で検索してみると、ちゃんと一冊出ていた、例の書店さんである。さすがだ。

もう一篇、大東和重「昭和初期・神戸の文学青年、及川英雄ーー文学における中央と地方」も参考になった。及川英雄は、関西の文学関係について調べ物をすると、必ず登場する名前である。

《及川の生誕地は赤穂だが、明石を経て、幼時に神戸へ移住した。西灘尋常高等小学校を卒業し、関西学院神学部で学ぶが、一九二四年中退した。同年から兵庫県衛生課の勤務を開始し、県庁に約四十年間務めた。》

以下詳しくは本書を参照していただきたいが、ここでは大東氏のむすびの言葉を引用しておきたい。

《残念ながら及川の作品に、文学史に名を刻むにふさわしい傑作があるとは思えない。それは足立巻一が『鏡』で描いてみせた、九鬼次郎の場合も同じかもしれない。しかし彼らの作品が、今読んで胸打つものでない、読むに値しないかというと、少なくとも私はそう思わない。「文学」はそこにも確かに存在し、くり返し読み返される燦然たる古典とは異なる姿で、「文学」の世界が現れる。そしてそこには彼らが暮らした昭和初期の神戸という街が、閉じ込められているのである。》

巻末コラムとして季村敏夫「『山上の蜘蛛』を書き始めた頃」が掲載されている。季村氏が、若松孝二の映画「実録・連合赤軍」を観てショックを受けた、その数日後、部屋を整理していたとき、脳天に雑誌が落下してきた。拾い上げると連合赤軍に関する鼎談が載っていた。その雑誌の編集者が君本昌久だった。季村氏は絶交状態だった君本を、阪神淡路大震災直後に訪問する。

《雑誌の落下だが、おれのことを忘れないで欲しい、哀悼的な起想の促しと受けとめ、彼の初期の仕事、戦前及び敗戦後の神戸の詩の同人誌の歴史を調べはじめた。》

おれのことを忘れないで欲しい・・・文や絵をかくとは、単純に言えば、そういうことなのかもしれない。

『山上の蜘蛛』

君本昌久

by sumus2013 | 2018-11-22 21:32 | おすすめ本棚 | Comments(0)