林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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goreyで一箱古本市


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10月20日 第4回 gorey で 一箱古本市


gorey


*

11月には松山でも。
善行堂はもちろん神戸の古本屋さんがたくさん参加しています。
第6回 松山ブックマルシェ


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by sumus2013 | 2018-10-19 20:10 | もよおしいろいろ | Comments(0)

もよおしいろいろ

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粟津謙太郎銅版画展
2018年10月26日〜11月3日

ギャラリー・びー玉
http://www2.odn.ne.jp/bi-damas/




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牧野伊三夫
2018年10月20日〜31日

メリーゴーランド京都
http://www.mgr-kyoto2007.com/exhibition




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ボヴァリー夫人の庭
間村俊一装幀展
2018年11月2日〜11日

根岸そら塾
http://sorajyuku.ciao.jp



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岡崎武志・素描展
2018年10月27日、28日、11月3日、4日、10日、11日

ギャラリー白い扉
http://kanban.tamaliver.jp/e427777.html




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BOOK ART 展
2018年10月9日〜21日

山崎書店
http://www.artbooks.jp




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黒田重太郎鉛筆素描「京都、洛中洛外」
2018年10月10日〜10月31日

星野画廊
http://hoshinogallery.com/home/index.html




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高専寺赫展
2018年10月19日〜10月28日

神楽坂セッションハウス
http://www.session-house.net/2f.html




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紙山水 瓢吉庵油坊主展
2018年11月3日〜11月7日
13:30〜18:30(最終日17:00まで)
11月3日17:00〜 オープニングパフォーマンス

スペース〇〇(まるまる)
尼崎市七松町2-6-14




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横溝美由紀展
"crossing points - red cage"
2018年9月18日〜10月20日

ART OFFICE OZASA
http://artozasa.com





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河口龍夫 ちのこうや
2018年9月15日〜12月16日

黒部市美術館
http://www.city.kurobe.toyama.jp/guide/svGuideDtl.aspx?servno=79




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四時清賞展
彩美コレクションII
2018年10月7日〜11月4日

天門美術館




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甲斐啓二郎、前田和也写真展
2018年10月17日〜30日

新潟絵屋


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木琴博覧会
今、甦る! 木琴デイズ
2018年11月13日

京都文化博物館別館ホール

通崎好み製作所
http://www.tsuuzakimutsumi.com




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須田悦弘 ミテクレマチス
2018年4月22日〜10月30日

ヴァンジ彫刻庭園美術館
https://www.clematis-no-oka.co.jp/vangi-museum/





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by sumus2013 | 2018-10-19 17:42 | もよおしいろいろ | Comments(12)

当麻曼荼羅捜玄疏抓抜

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『當麻曼荼羅捜玄抓抜』写本。題簽では「四」となっているが、本文は『當麻曼荼羅捜玄巻一』である。「抓抜」(ソフバツ)というのは抜粋の意味だろう。當麻曼荼羅捜玄疏』は江戸時代の曼荼羅学者・大順上人(一七一一〜一七七九)の著述。

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當麻曼荼羅・禅林寺


当麻曼荼羅は天平宝宇七年(七六三)に中将姫が蓮糸で織り成したと伝えられる奈良県当麻寺の曼荼羅である。実際には絹糸による綴れ織で、中国製という説もあるそうだ。当麻寺の原本はごく一部しか残っていないが、後年の模本は少なくない。曼荼羅と呼ばれるものの、観無量寿経(観経)をよりどころとして七世紀に善導大師によって解釈された観経四帖疏にもとづく阿弥陀浄土図、正しくは観経変相図だという(河原由雄「当麻曼荼羅」『古美術』42号)。

阿弥陀三尊像を中心にした極楽浄土を図示している。興味を惹くのは向かって左辺に描かれたコマ絵。これは《悪逆の子・阿闍世太子の父王幽閉とこれを悲しんだ母后韋提希夫人の阿弥陀仏への帰依を下から上へ十図にわけて収め(同前)たもの。『教行信証』で多くのページを割いて解説されている例の物語である。四方田氏が「そもそもこの書物はアジャセの問題を解決するために構想された」とまで断言しているモチーフだ。それは八世紀の当麻曼荼羅でもすでに重要な主題として取り上げられていた。

《日本の浄土教の大成者である法然上人が強力な善導流浄土教の推進者であったことを勘案すれば法然第一の高弟・西山上人証空(一一七一〜一二四七)によって曼荼羅原本の発見とその普及が行われたことは日本の浄土教史上まことに意義あることであった。》(同前)

当然、親鸞も重要なテーマのひとつとしてアジャセの物語をとらえていたわけである。

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上手な筆で丁寧に写されている。さらに朱点が入り、校正というか校訂されている。きちんとした奥付があるのは有難い。

 文化年中
  信州松本玄向律寺立禅和上撰
  濃州大野郡揖斐
    城台山播隆所持

 天保十一年[一八四〇]庚子七月
 信州松本 筆者 井 為憲
      書林/製本 高美甚左衛門


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玄向律寺は玄向寺と同じとみていいだろう。現在は牡丹の寺として有名で正式名称は女鳥羽山道樹院玄向寺だとか。浄土宗である。知らなかったが、播隆は有名人だった。

1826年(文政9年) - 信濃の玄向寺立禅和尚の仲介で安曇郡小倉村(現・安曇野市三郷地区)に来て村役人中田九左衛門宅に宿泊、槍ヶ岳登山の志を告げた。賛同を得て、九左衛門の女婿で山に詳しい中田又重郎に案内してもらい、大滝山、蝶ヶ岳を経由して上高地に入り、梓川を遡って槍沢の岩屋を根拠とし槍の肩付近まで登った。この時は偵察で終わったが、その後2年の間諸国を旅して浄財を集めた。
1828年(文政11年)7月28日 - 槍ヶ岳に初登頂、厨子を設置し、阿弥陀如来・観世音菩薩・文殊菩薩の三尊像を安置した。
自身の登頂のみでは満足せず、多くの人が山頂まで登れるようにするため、その後何度も槍ヶ岳に登り、その槍の穂の難所に大綱を掛け、また、より頑丈な鉄鎖を掛けるよう尽力した。鉄鎖を掛ける計画をした時にはたまたま天保の大飢饉があって一部の村人はこの計画のせいにして計画実行を禁止されたが、その後また豊作の年が来て再開された。
1840年(天保11年) - 美濃国太田(現・岐阜県美濃加茂市)でその生涯を閉じた。》(ウィキ「播隆」)

大いなる初期アルピニスト
 播隆は今から約160年前に槍ヶ岳を開山した。“日本近代登山の父” と呼ばれている英人ウェストンが日本アルプスを世に知らしめるより65年も前 のことである。
 播隆が頂上に祠を建立し、後に来る者のために危険な個所に鎖さえ準備した物語は、「大いなる初期アルピニスト」の尊称を授けられてよいのだが、彼の功績 を知る人は余りにも少ない。
いま、JR松本駅前から鋭峰を見つめる上人の孤高のブロンズ像は、「人はなぜ 山に登るのか」という永遠の問いに無言で答えているかのようである。

本書の元本は、大順上人當麻曼荼羅捜玄疏』の立禅和上による撰(抓抜?)と考えていいのだろうか。それをアルピニストの魁である播隆上人が所持していた。幾年かを経て、その本を井為憲が筆写した。井為憲がどなたなのかは検索しても判らなかった(乞ご教示)。

高美甚左衛門は松本の書店主。

高見甚左衛門 たかみ-じんざえもん 1784-1864 江戸時代後期の本屋。
天明4年11月生まれ。生地の信濃(長野県)松本に書店慶林堂をひらく。狂歌,俳諧(はいかい)をよくし,十返舎一九らと親交があった。元治(げんじ)元年死去。81歳。本姓は大野。名は常庸,宜智。通称は別に年八。狂歌号は文の舎千鶴。俳号は照樹。姓は高美ともかく。著作に「文化十三年江都紀行」。》(コトバンク)

高美書店(高美甚左衛門 松本市中央)

とすれば、出版を予定した清書原稿のようなものなのだろうか……朱を誰が入れたのかも分からないが、この気合いのこもった筆写ぶりを眺めるにつけ、色々なことが考えられてくる。

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by sumus2013 | 2018-10-18 21:04 | 古書日録 | Comments(0)

本の虫の本

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『Pen』2018年11月1日号誌上で紹介されました。



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赤井稚佳イラストより



本を食べる
 聖書には本を食べるという話が二度出ています。まずエゼキエル書第三章。

「我にいひ給ひけるは人の子よわが汝にあたふる此巻物をもて腹をやしなへ膓(はらわた)にみたせよと我すなはち之をくらふに其わが口に甘きこと蜜のごとくなりき」(1)

 有名なのはヨハネ黙示録第一〇章でしょう。

「われ御使のもとに往きて小き巻物を我に与へんことを請ひたれば、彼いふ『これを取りて食ひ尽せ、さらば汝の腹苦くならん、然れど其の口には蜜のごとく甘からん』われ御使の手より小き巻物をとりて食ひ尽したれば、口には蜜のごとく甘かりしが、食ひし後わが腹は苦くなれり。」(1)

 アルブレヒト・デューラーにはこの場面を描いた版画があります。それを見るとヨハネは冊子本を飲み込もうとしています。え? 引用した日本語訳では「巻物」と訳されてますけど……。英語版を当たってみますとエゼキエル書の方は「roll」で黙示録の方は「the little book」です(2)。さらにヴルガータ聖書のラテン語はどうなっているのか調べてみますと、エゼキエル書は「volumen」で黙示録は「librum」です(3)。「volumen」は「巻物」で、そして「librum」はデューラーの描くような書物とみていいのでしょうか?

 ところが、ある方にギリシャ語訳で黙示録の該当箇所は「biblaridion」となっており「a little book」の他に「a little papyrus roll」という意味もあると教えていただきました。そもそも黙示録の成立した時代(紀元後一世紀?)には冊子本はまだ一般的ではなかったはずですから、デューラーの絵が間違っているという可能性が高いように思われます(4)。
 エゼキエルやヨハネとちがって、世俗の王様から本を食へと言われた人もいました。[以下略]

(1)『旧新約聖書』米国聖書協会、一九一四年。
(2)『THE HOLY BIBLE』AMERICAN BIBLE SOCIETY, 1877.
(3)ヴルガータ聖書のサイト(http://www.drbo.org/lvb/)より。
(4)フランス語の聖書ではどちらも「livre」のようですが、「livre」も古くはパピルスでできた巻子の形をも意味したと言います(http://www.cnrtl.fr/definition/livre)。なお、現存最古の冊子本は四世紀に作られたとされるカイロのコプト博物館蔵の聖書『詩篇』。冊子本は一世紀後半から二世紀頃に現れたと考えられているようです。



空飛ぶ本
 芥川龍之介の短篇小説「魔術」をご存知でしょうか? 主人公「私」は、ある時雨の降る晩、印度人ミスラ君に魔術の実演を見せてもらいます。ミスラ君がちょいと指を動かすと、書棚に並んでいた書物が一冊ずつ動き出しました。「夏の夕方に飛び交う蝙蝠のように、ひらひらと宙へ舞上」っては「うす暗いランプの光の中に何冊も自由に飛び廻って、一々行儀よくテエブルの上へピラミッド形に積み上り」すぐに「もとの書棚へ順々に飛び還って行く」ではありませんか。仰天した「私」はミスラ君にぜひとも魔術を教えて欲しいと頼み込みます(1)。

 コウモリのように、いや、まるで鳥のように自由に空を飛び交う本たち、それはウィリアム・ジョイスの短篇アニメ「モリス・レスモアとふしぎな空とぶ本」(2)にも描かれています。主人公のモリス・レスモアは読書中にいきなり襲ってきた突風に吹き飛ばされ、知らない土地に放り出されます。あてもなくさまよっていると、何冊もの空飛ぶ本に引っぱられて中空に浮かんでいる若い女性に出会います。すると、彼女の手に乗っていた一冊の本が、ピョンピョンとモリスのところへやって来て、彼をある石造りの建物へといざなうのです。そこは羽ばたく本たちの巣なのでした。モリスは本の守り人としてそこで一生を終ります。そして、彼もまた、空飛ぶ本とともに昇天していくのでした。

 アニメの冒頭シーンでは、強烈な風がモリスの持ったノートの文字を空中に吹き散らしてしまいます。これはカルロス・フエンテスの短篇SF「火薬を作った男」を連想させてくれました。フエンテスはもっと深刻にページから文字が消え去ってしまう光景を描き出しています。

「本という本の活字がインクの蛆のようになって床に散らばっていたのだ。あわてて本を何冊かひらいてみたが、どのページもまっ白だった。悲しげな音楽がゆっくりと、別れを告げるようにわたしを包んだ。文字の声を聞き分けようとしたが、その声はすぐにとだえ、灰になってしまった。このことがどんな新しい事態を告げるのかを知りたくて外に出た。空には蝙蝠たちが狂ったように飛びかっていた。そのなかを文字の雲が流れていた。ときどきぶつかりあっては火花を散らし、……《愛》《薔薇》《言葉》と文字は空で一瞬輝くと、涙となって消えた。」(3)

 妖しくも美しい情景です。作者が、紙の本の終りを、空を飛び交う言葉のスパークとして、表現しているとしたら、それは、ひっきりなしに電子データをやり取りする今日の世界を、クラウド(4)という概念にいたるまで、かなり正確に予言しているのではないでしょうか。[下略]

(1)『芥川龍之介全集3』ちくま文庫、一九八六年。明治時代の東京では市内でもふつうに蝙蝠が見られたそうです。
(2)ウィリアム・ジョイス著、おびかゆうこ訳『モリス・レスモアとふしぎな空とぶ本』徳間書店、二〇一二年。William Joyce『The Fantastic Flying Books of Mr.Morris Lessmore』Atheneum Books for Young Readers, 2012。アニメは短篇アニメ部門でアカデミー賞を受賞しています。
(3)カルロス・フエンテス著、安藤哲行訳『アウラ』エディシオン・アルシーヴ、一九八二年。「火薬を作った男」の初出は短篇集『仮面の日々』(一九五四)。
(4)雲、クラウドコンピューティング(英: cloud computing)とは「コンピューティングリソースの共用プールに対して、便利かつオンデマンドにアクセスでき、最小の管理労力またはサービスプロバイダ間の相互動作によって迅速に提供され利用できるという、モデルのひとつ」(アメリカ国立標準技術研究所)だそうです。

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本の虫の本 単行本 – 2018/8/27




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イラスト=赤井稚佳



ほんのまえがき

 本の虫って、どんな虫でしょう?
 英語ではブックウォームというくらいですから、くねくねと本の上をはいずって回る青虫でしょうか。蛍雪時代なんて言葉もあります。本を照らす薄明かりを放つホタルでしょうか。何をバカなこと言ってるの、本の虫っていうのは紙魚[ルビ:シミ]のことでしょ、と今思った方、あなたはもう立派な本の虫になっていますよ、きっと。本棚の陰に身をひそめると、この上もない幸せを感じませんか? 触覚が生えて肌が銀色につやつやと光りはじめていませんか?
 五匹の本の虫が寄り集まってこの本を書きました。オカザキフルホンコゾウムシ、オギハラフルホングラシムシ、タナカコケカメムシブンコ、ノムラユニークホンヤムシ、ハヤシウンチククサイムシ。それぞれ形態はもちろん、ジャーナリズム、古本屋、新刊書店、装幀など、活動する領域も異なっていますが、単に本が好きとか、本を愛する、というだけでなく、文字通り、本を食べて本とともに暮らしていると言ってもいいくらいのムシたちです。
 本の世界にまつわるテーマを、これらホンノムシレンジャーたちが、自由に取り上げました。項目ごとにひとつの独立した読み物になっています。皆が思い思いに選びながらも、ほとんど重なる話題はありません。調整しようね、と打合せのときには相談していたのですが、調整の必要はありませんでした。ときに、似たテーマを扱っているとしても、ムシそれぞれの捉え方は同じではありません。そのくらいバラバラ、いや、ヴァラエティがありながら、本に対する姿勢には共通するものがしっかりと流れている、この一体感もまた本書の特長です。本の本のブックガイドとしても楽しんでいただけますし、また、元本の風姿を生かしながら自在に躍動するアカイホンカキムシのブック・イラストレーションを眺めるのも贅沢なひとときとなるでしょう。
 草原に棲むナイキホンアミアツメムシの発案からこの本は始まりました。「本の用語集を作りたいんです」と蚊の鳴くような声で相談されたときには、正直、多少の不安を感じました。ところが、虫選が進み、徐々に姿がはっきりしてくるにしたがって、本の虫コロリのアイデアを蜘蛛の糸のように次々と繰り出してくれたのです。この本の仕上がりが読者の皆様に刺激と安らぎを与えられるとしたら、それはもう虫愛ずるナイキムシの読み通りだと言えましょう。
 読み終わったら、いえ、読んでいる最中にも、書店へ出かけたくてたまらなくなります、ぜったい。そして、そこで発見するでしょう、本に対する、本とともに生きている虫たちに対する、見方がすっかり変わっていることを。本を取り巻く空間が、すみずみまで意味をもってイキイキと感じられるようになっているはずです。これであなたも立派な本の虫です。触覚が生えて肌が銀色に……はなりません、たぶん。
   著者虫代表 ウンチククサイムシ


オカザキフルホンコゾウムシ  キンイツ科
Onajihon Nandodemokau Bakadeii
浪花ニ産ス。幼虫時ヨリ漫画ト文学ニ溺レテ生育ス。第三ノ新人、梶井基次郎、庄野潤三、開高健ラヲ好ム。詩ヲ愛シ荒川洋治ニヲ師トス。学生時代ヨリてぃっしゅぼっくす転用ノ文庫本箱ヲ愛用ス。映画、落語、音楽ニモ精通ス。多クノ著名人ニ取材シソノ養分ヲ吸ウ。本ガびっしり詰マッタ地下洞ニ棲ム。多数ノ著書ニ加エ、詩集『風来坊』アリ。

オギハラフルホングラシムシ  キョムシソオ科
Kiokuyori Kirokuninokoru Dokushoseyo
伊勢ニ産ス。小学生デ第三ノ新人ヲ愛読シ、喫茶店デ漫画ヲ貪リ、ラジオ投稿虫トナル。高校生デあなきすとヲ志望ス。古本屋・中古れこーど屋ニ日参スルコトヲ夢ミテ神保町ニ隣接スル大学ニ入ル。高円寺ヲ根城ニらいたートシテ活動ス。辻潤、吉行淳之介、鮎川信夫、男おいどん、野球、将棋、トリワケ昼酒ヲ好ム。巣ニハ窓ヨリモ壁ト廊下ヲ欲スル。

タナカコケカメムシブンコ  リカジョシ科
Gikkurigoshi Yatte Ichininmaeninari
備中ニ産ス。幼虫時ヨリ運動ヲ好マズ学級文庫ニ入リ浸リ、アマリニ同ジ本ヲ繰リ返シ読ムタメ親虫ヲ心配サセル。高校デハ生物部、社会問題研究部ニ属ス。倉敷ニテ古書店「蟲文庫」ヲ開キ固着生活ニ入ル。苔、亀、星、猫、南方熊楠、木山捷平、原民喜ラヲ好ミ、「古本屋の少女」ヲ経テ「ガチの本屋」ヘト変態ス。

ノムラユニークホンヤムシ  ショテンイン科
Miwataseba Honyade Hitorikirigayoi
越前ニ産ス。文学全集・美術全集ニ囲マレテ育ツ。姉虫ノ影響少ナカラズ、学校図書館、近所ノ本屋ニテ座リ読ミス。『ぐりとぐら』ニ衝撃ヲ受ケ、少女漫画、山田風太郎、山田稔ラヲ愛ス。面接ニテ「三月書房が好き」ト書イテ恵文社一乗寺店ニ採用サレル。以来二十年、すぴんトすりっぷニハ過敏ナリ。

ハヤシウンチククサイムシ  カミキリキザミ科
Honwamita Megadaijito Omoitai
讃岐ニ産ス。瀬戸内ノ海ニ面シタ農村デ種々ノ虫トトモニのほほんト成育。幼虫時ヨリ漫画ヲ好ミ、漫画家ヲ夢ミルモ挫折、画家トナル。三十ヲ過ギテ文学ノ世界ヲ知リ同虫雑誌ニ混ザリ、著述、編集、装幀ノ業ヲ覚エル。京ノ都ニ飛来シテヨリ古書ニ塗レテ本ノウルワシサニ目ヲ開カレ、モッパラじゃけ買イニイソシム。


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by sumus2013 | 2018-10-17 16:12 | 文筆=林哲夫 | Comments(2)

le clebs

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『ル クレップス le clebs』(ル・クレップス、一九八四年六・七月号)。発行日、発行所名は明記されていないが、編集部の住所は京都市左京区松ケ崎一町田町10-3。巻末にこうある。

《クレップスは、日本人とフランス人によって、京都で出版されている定期刊行物(隔月刊)ですが、東京、パリ、長崎、カンペール(フランス北西端にあるフィニステール県の県庁所在地)でも販売されています。刊行方針は、自分の興味を引く事柄について発言したいと思う人に、その機会を提供し、日本人がフランス人を、フランス人が日本人を、発見できるようにすることです。》

「クレップス」は知らない単語だった。検索してみると犬(=chien、cabot)という意味。どおりで表紙右下に「わんこう」と書かれている。

表紙はバルチュス展の広告みたいになっている。当時、日本では京都市美術館でのみ開催された。初回顧展だったため東京からわざわざ見に来た知人が何人もいた。

バルテュス展

ただ本書の記事はイザベル・シャリエ(Isabelle CHARRIER)の「親和力ー京都でのバルチュス」とバルチュス自身の抗議文「誤解をさそうイメージ」のみ。イザベルは一九五一年生まれ、この後、一九八八年にパリ第四大学で考古学の博士号をとっており、日本美術専攻。

《バルチュスは京都を非常に愛した。親和力は両者を永遠に結びつけている。》
《バルチュス展覧会は20年前に彼と出会った一人の日本の芸術家の尽力により開かれる。師と弟子、これも選択親和力による。》(訳:宇敷伊津子)

弟子というのは節子夫人のことであろう。

バルチュスの抗議文というのも興味深いものだ。画家はニューヨークのメトロポリタン美術館で開かれた自身の回顧展に対して、とりわけ図録の内容について不満をもらしている。

メトロポリタン美術館とジョルジュ・ポンピドー・センターが共同企画として回顧展を開くことになったとき、作家にはまったく何も相談がなかったそうだ。

《準備段階で相談をもちかけられて当然だと思っていた。ところが間接的な筋から私が聞いたのは、このような場合、美術館のポリシーとして決して作家には相談もしなければ、連絡もとらないということだった。とくに私は作品の選択に関して相談してほしかったと思っている。》

《図録の校正が私のところに正式に送られてきたことはなく、私はたまたま見たにすぎないのだが、その内容は膨大な量の、詳細にわたる私の経歴であり、そのほとんどがまったく関係のない、非礼に満ちた虚像であった。また私の制作過程や技法に関する、いわゆる"テクニカル・インフォメーション"は、単なる想像にすぎないことがしばしばであった。》

《ゆがめられた事実、間違った日付、根拠のない憶測などがあいまってテキストを無数のあやまちだらけのものにしており、そのため美術に近付くには背景の情報や経歴などが役に立つと信じこんでいる人々にさえ、誤解を与えることになっている。》

《作品は作家を語るものではない。作品が語るのは瞬間、瞬間のビジョン、平凡な外見の向う側にある現実、子供のように心をときめかせなくてはならない現実なのである。》

和訳がやや不正確なような気がするが(翻訳者名なし)、とりあえず大きな間違いはないようだ(この雑誌の記事はすべて和文仏文併記)。たしかにバルチュスの主張も解らないではない。しかし美術館が作家に相談しないのはある意味当然だという気もしてくる。例えば、もし経歴について相談を受けていれば、バルチュスはこう答えただろうと言う。

《バルチュスはその人となりについては何も知られていない画家である。だから彼の絵を見ようではないか。》
 Balthus est un peintre dont on ne sait rien. Ceci dit, voyons ses tableaux.

「作品は作家を語るものではない Les tableaux ne décrivent ni ne révèlent un peintre」と矛盾しているようでもあり、作品だけを無心に見よという気持ちはよくわかるような気もする。ただ、作品も経歴も一人歩きするもの、いくら歯ぎしりしても無駄なような気もするのだ。あるいは、今話題のバンクシーのような覆面画家になるしかないのかな・・・?


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by sumus2013 | 2018-10-16 20:18 | 関西の出版社 | Comments(0)

京都、洛中洛外

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二条城畔 明治三十七年十月


黒田重太郎鉛筆素描「京都、洛中洛外」(〜10月31日)展が非常に良かった。

星野画廊
http://hoshinogallery.com/home/index.html


明治二十年生まれの黒田重太郎が、主に明治三十七年から三十九年にかけて、ということは十七歳から十九歳、精力的に京都市内外の景物を鉛筆によって描き留めた。それら百点以上の素描がほぼ無傷のまま残されていたのである(本展図録には図版番号126まで収録されている)。

まずは、描かれた京都の様子があまりにも現代とかけ離れていることに驚きを禁じ得ない。上の「二条城畔」は二条城の北側あたりにあったという京都監獄(明治二年に二条城の南側六角大宮に徒刑場として設置され、三年に二条城の北側の主税町へ移転、京都府監獄署を経て三十六年より京都監獄となる、大正十一年に京都刑務所と改称され、昭和二年に現在地の山科区東野へ移転した;ウィキ「京都刑務所」)の近くらしい。こんもりとした森の向こう側に監獄があり、描かれている店では監獄へ行く人々を相手に代書、写真撮影、菓子販売などを行なっていたのだろうという(本書解説)。この図の描かれていない左側が二条城ということである。おそらく、この絵の突き当たりの右手が現在は二条公園になっている、のかもしれない。

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西院村 明治三十八年三月

西院は、四条通り沿いで壬生の次、西大路通りを越えた西側一帯になる。この風景は言うまでもないが、現在の西院の様子からはとても想像できないものである。


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出町ニ於テ 明治三十九年二月

出町は現在もまだ樹木が立ち並ぶ風景が残っているので、それほど大きなへだたりはないようにも見える。さて、どの辺りだろうか。遠景に見えるのが出町の橋?



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川岸風景(仮題) 明治四十年五月

明治三十九年までに制作された作品がほとんだなのだが、四十年の作品も五点ほど出ている。ここに掲載した絵でも上から順番に、十七歳、十八歳、十九歳、そして二十歳の作ということになる。どうだろう、この進歩! まったく別人のドローイングだと言ってもおかしくはないほどグイグイ上達している。

本展図録の年譜によると、黒田は明治三十七年に鹿子木孟郎に入門した。大阪生まれなので京都の伯父の家に寄寓して、鹿子木塾(室町通り丸太町上ル西側)へ通い、また京都スケッチ行を開始する。宮崎与平もこの年、同塾に入門している。

明治三十八年には浅井忠の聖護院洋画研究所に入所。先輩に梅原龍三郎、安井曾太郎らがいた。明治三十九年には鹿子木が渡欧したため浅井忠の内弟子となった。

本展のスケッチ群はようするに鹿子木塾に在籍していた時代の勉強の記録、というふうに考えていいだろう。上に掲げた明治四十年のコローのようなタッチの素描はもう十分に成熟しているが、それは浅井、あるいは浅井周辺からの影響力の強さを感じさせるものでもある。

要するに、黒田重太郎の青春がまるごとこれらの風景素描に詰め込まれている。描かれた情景もまたそうであるように、まさにタイムカプセル。百十数年前の京都を黒田青年の目になって眺めることのできる稀有な機会である。

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by sumus2013 | 2018-10-15 20:53 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

山の上の家

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庄野潤三の本 山の上の家』(夏葉社、二〇一八年七月三〇日)読了。川崎、生田にある庄野潤三の家を多くのカラー写真で紹介し、同時に庄野潤三の短編、エッセイなども収録。そして、佐伯一麦、今井夏子(長女)、庄野龍也(長男)、上坪祐介、岡崎武志が庄野について書き、簡潔な全著作案内(宇田智子、北條一浩、島田潤一郎、上坪祐介)、そして庄野の鉛筆デッサン、写真アルバム、年譜(著作からの引用で織りなす)、作品リストも備えて、ほぼ完璧な庄野潤三作家案内となっている。

夏葉社 山の上の家

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昭和三十年、熱海にて
左から、井伏鱒二、庄野潤三、夏子、河盛好蔵、小山清


庄野潤三、誰でも一度は読むと思うが、ずっと読み続けるかどうか、は人によるような気がする。小生は『ザボンの花』を読んで、うまい小説だなあと思った。『夕べの雲』の文庫版は持っていた。けれども、後がつづかなかった。ところが、本書に収められている単行本未収録だという小説「青葉の笛」の一風変わったタッチ……敗戦間近の人間魚雷の話なのだが、どこかふうわりとした優しい空気が通っている……を知って、また庄野潤三を手にしてみたいなと思うようになった。

ともに同じ大学にいて文学を志していた千野と西岡は海軍に入ってから親しい交友が始まった。

《千野は毎日相の浦にある海兵団から水交社まで出て来る途中、北佐世保の駅で降りて五六丁来たところの一軒の古本屋へ寄るのをきまりとしていた。その小さな店で千野は何冊かの本を見つけて、順番に読んで行った。この次は世界文学全集の仏蘭西近代劇集を読むつもりにしていた。千野はその中のシラノ・ド・ベルジュラックを読みたかったのである。シラノの話は小さい時から耳に親しかったけれども、未だ一度も読んだことがなかった。そのことを仏文科にいた西岡に話すと、彼は言下にそれを読むことを勧めてからこう云った。》

《最後にシラノの有名なせりふがあるんだ。息を引き取る直前にロクサーヌに向かって私の恋しいロクサーヌよ、私はお前を愛してはいなかった、だったかな、私のいとしいロクサーヌよ、だったかな。剣にかけては当代随一、然も稀代の詩人なんだ。》

《西岡が口を極めて賞める様子がまた実に楽し気に見えたので、千野は明日はあいつを買おうと決心した。》

古本屋が出てくるから・・・という理由だけではない、なにかこういう親密な雰囲気にリアリティがある。間近に、帰還の望みのない出撃が待ち受けているにもかかわらず、だからこそ、か。

ところで、シラノが死の直前に発するセリフは《Mon panache.》である。ロクサーヌは瀕死のシラノの上にかがんで、額にキスをする。これは?・・・シラノはふたたび目を開けて彼女を見つめた、そしてほほえみながら言った。モン・パナシュ。

Roxane, se penchant sur lui et lui baisant le front.

C’est ?…

Cyrano, rouvre les yeux, la reconnaît et dit en souriant.

Mon panache.

Rideau.(幕)

検索してみると「モン・パナッシュ」は「わが心意気」と和訳されているようだ。パナッシュというのは、文字通りには帽子の羽飾りのことだが、ロスタンはもっと別の意味を持たせている。「シラノ・ド・ベルジュラック」サイトによれば、一九〇三年六月にエドモン・ロスタンがアカデミー・フランセーズでアンリ・ド・ボルニエ(Henri de Bornier)に「le panache」の意味するところについて語った、らしい。そこでは

Plaisanter en face du danger, c'est la suprême politesse, un délicat refus de se prendre au tragique ; le panache est alors la pudeur de l'héroïsme, comme un sourire par lequel on s'excuse d'être sublime.

危険が目の前に迫ったときにふざける、これは究極の礼儀正しさである、悲惨にとりつかれるのを優美に拒むこと、すなわちパナシュとはヒロイズムの羞恥である、それによって至高であることを詫びる微笑みのような・・・くらいの意味だと思う(間違っていたら直してください)。

死の迫った今になって最愛の人に全ての真実、自らの愛、を知られてしまった。それに対する照れ隠し、ということである。だとすれば「わが心意気」ではいかにも堅苦しい。まあ、例えば「なーんちゃって」くらいの方がシラノの気分には近いのかもしれない、違う? あるいは「ポテチン」とか。


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by sumus2013 | 2018-10-14 17:04 | おすすめ本棚 | Comments(0)

LITTLE GIRL BLUE

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ニーナ・シモン「LITTLE GIRL BLUE」(Bethlehem Music Company, 1992)をうっとりと聴いている。ニーナ・シモンのデビューアルバム(一九五八年)。一九三三年生まれなので二十五歳のときだが、そうとは思えない、老成した歌唱、演奏に味わい深いものがある。

おや、と思ったのは「Plain Gold Ring」(作曲はGeorge Stone, aka Earl Burroughs)。美空ひばりの「リンゴ追分」(米山正夫作曲、一九五二年発売)にムードがそっくり。









ただし、一九五二年盤の「リンゴ追分」はもっと明るい感じでニーナ・シモンの雰囲気はない。

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by sumus2013 | 2018-10-12 20:27 | おととこゑ | Comments(0)

ART BOOK 展 2018

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岡崎の山崎書店で「ART BOOK展」が開催中。小生も毎年恒例で二点出品。
FBに全出品作の紹介が出ています 山崎書店 Artbooks Yamazaki

KOTONOHA 001
シェイクスピア『マクベス』のペーパーバック(SIGNET CLASSIC)をシュレッダーにかけて瓶詰めした作品。ひと瓶に収まらずふた瓶に。テレピン油の空き瓶を利用。
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KOTODAMA 021
アップダイク『もう一つのドア』のペーパーバック(PENGUIN BOOKS)の本文をシュレッドして、それを紙粘土状にボンドで固めたもの。カバーとセットで。
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他にも、いつもながらユニークな作品が並んでいた。文庫本のニーチェを釘で板に打ち付けた「磔刑」(河村塔王)はウケル。

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by sumus2013 | 2018-10-11 19:58 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

天の原

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久方ぶりの短冊。このところ紹介したい短冊に出会わなかった。この一枚もそれほどでもないか・・・ただ、読みやすい署名があるところが取り柄だろうと思って求めた。

検索してみると荒木田久守に間違いないようだ。そうだとすれば、かなりいい買い物ではあった。

江戸後期の国学者。伊勢生。荒木田久老の子。姓は度会、通称は求馬、号は瓊鈴舎。国文・和歌に通暁し、父の家学を受け継いだ。伊勢内宮の権禰宜・従四位上に叙せられた。安政5年(1858)歿、71才。》(コトバンク)

内宮権禰宜、国学者。荒木田久老の次男として生まれる。/父の遺風を受け継いで、国文学や和歌に長じ、特に詠歌は堪能であった。著書は『倭姫命世記古文解』をはじめ、『記紀歌解』『万葉集同字部類』『吉野歌集』といった歌学・詠歌の類、また『万葉集鳥獣草木考』等の考証を主としたものまで多岐に亘る。(参照:国学者伝記集成. 第2巻. 続編、 神道人名辞典、 国書人名辞典. 第1巻)

さて、どう読むのでしょうか・・・


天乃(の)原おなし空行月影濃(の)
な堂(ど)嘉(か)く秋ハ照満(ま)さるらん 久守

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by sumus2013 | 2018-10-10 19:59 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)