林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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なごみ10月号

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『なごみ』通巻466号(淡交社、二〇一八年一〇月一日)の恵贈をたまわった。というのは、先日のメリーゴーランド京都での個展の様子が掲載されているため。南陀楼綾繁氏が「今月の旅人」という記事に登場、京都市内の本に関するスポットを巡っている、その中でメリゴにも立寄ってくれた、というわけ。この取材の翌日「『蒐める人』刊行記念トークイベント」が開催された。

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南陀楼氏のルートというのが、さすが本業という感じである。ZINEを展示するバックス画材、活版印刷所:りてん堂、古書ヘリング、メリゴ、立ち飲み屋兼食の本屋:レボリューションブックス、CAFすずなり、芸艸堂、京極スタンド、便利堂、京都芸術センター図書館、三月書房、ヨゾラ舎、尚学堂。二日間でこれだけまわったのは立派。

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詠草 後西天皇筆


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消息 中和門院筆

十月号の特集も興味深く眺めた。大特集;予楽院 近衛家煕の典雅。
家煕(いえひろ 寛文七1667〜元文元1736)近衛家二十一代当主。書画茶、有職故実はもちろん自然科学にも通じた、博学多才な人物、そしてコレクターであった。二十代から三十代にかけて元禄バブルを享受した或る種のルネサンス人である。

図版のなかでとくに興味を惹かれたのは「予楽院表具」。

《錦や刺繍など色鮮やかな裂で彩られた表具の数々。大胆かつ上品なこれらは予楽院表具」と呼ばれ。他に類を見ない。予楽院表具の書には、家煕による箱も付属する。中央が少し盛り上がった蓋、革紐、そして家煕自筆の題箋が二枚付けられている。『槐記』享保十一年(一七二六)六月十二日条で、山科道安は、家煕の描いた絵を拝領する際に、家煕自身が表具と箱を作らせたと述べている。

《表具の法は二十七通りあり、その雛形を作った、と家煕が述べたとされている。

家煕は書の内容によって裂を使い分けた。当たり前とは思うが、そのレベルが下々とは少々違う。上の「詠草」の花鳥の中廻しは明の刺繍裂。というのは天皇の宸翰には明の刺繍裂を用いると決めていたらしい。そして、藤原氏には清の刺繍裂、女院には日本製の縫箔だったという。

これら以外の記事も、茶道を中心に置きながら、さまざまな分野に亘っている。『なごみ』の内容の多彩さに驚かされた。

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by sumus2013 | 2018-09-30 17:17 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

黄金時代

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昨日もう一冊、手に入れたのがこちら。これは児童文学なので生田耕作とは無関係だろうが、同じ棚に差されていた。KENNETH GRAHAME『THE GOLDEN AGE』(JOHN LANE, THE BODLEY HEAD, 1912)。『たのしい川べ』(The Wind in the Willows、1908年)で知られる児童文学者ケネス・グレアムの初期エッセイ集『黄金時代』のボドリー・ヘッド版である。

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一八八七年、ジョン・レーンとエルキン・マシュー(Elkin Mathews)はロンドンで古書店を創業。店名は戸口の上にトーマス・ボドリー(オックスフォード・ボドリアン図書館で知られる)の胸像が飾られていたことにちなむ。一八九四年になって出版に手を染め、ビアズリーも関わった雑誌『イエロー・ブック The Yellow Book』も含めたスタイリッシュなデカダンス文学を出版しはじめた。ヒット作も出したようだが、一九三〇年代には経営に行き詰まり、最終的にペンギン・ブックスに支えられた(ペンギンの創立者アラン・レーンはジョン・レーンの甥である)。戦後は一九五七年にAnsbacher & Coに買われ、七〇年代にはチャットゥー&ウィンダス・グループの傘下に入ったが、八七年にランダム・ハウスへ売却された。「ボドリー・ヘッド」の名称は児童書シリーズに二〇〇八年まで使われていた。(以上ウィキ「The Bodley Head」より)

一九一二年刊本なので、デカダンス時代はとうに過ぎ去っていたわけだが、この表紙はビアズリーを連想させる輝きがあるではないか。

ビアズリー展vol.8「サロメ」

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by sumus2013 | 2018-09-29 17:16 | 古書日録 | Comments(0)

生田耕作旧蔵書を抱えて

京都まちなか古本市
2018年9月28日・29日・30日

京都古書会館
http://koshoken.seesaa.net/category/23649937-1.html


台風接近のため土日の天候が危ぶまれる。よって本日出陣。尚学堂書店、獺祭書房、他のこれまで即売会に出ていなかった店名にひかれたこともある。十時過ぎに到着。意外と空いていた。何かひきつけられるものがあって、左の通路をズーッと進む。突き当たりの棚にフランスの本がひとかたまりあった。アルトー全集の端本など、シブ目。そのなかにこんなものが。

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ELIPHAS LÉVI『VISIONNAIRE ROMANTIQUE』(PRESSS UNIVERSITAIRES DE FRANCE, 1969)とMaurice Leblanc『THE CONFESSIONS OF ARSÈNE LUPIN』(Walker & Company, 1967)。ふつうならスルーだ、ところが開けてみると、生田耕作宛の古い葉書が・・・

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「アルベール カミュ追悼講演会」、関西日仏学館で一九六〇年一月三〇日(土)午後三時三十分より。消印は昭和35年1月25日。カミュが事故死(暗殺説も)したのは同年一月四日。同年一月、生田氏は三十五歳(七月七日に三十六)。枚方に住居していた。宛名書きをした人物が誰なのか、山田稔さんだったりしたら・・・

葉書だけだと旧蔵書だとは限らないが、所蔵印も捺されている。《奢覇[サンズイあり]都館呈蔵》。遊紙には《le 17 août 1970》(一九七〇年八月一七日)とある。エリファス・レヴィのこの本は AbeBooks で検索してもヒットしないので意外と珍しい?

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もう一冊の『ルパンの告白』の方にも蔵書印がある。こちらは《鷹峯閑人》。この本そのものはさして珍しくないようだが、書店レッテルとニューヨーク大学図書館の蔵書票が貼付されていたため確保しておくことに。

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この収穫を抱えて神戸まで。ギャラリーロイユでの戸田勝久さんの個展を拝見。タルホにちなんだ作品群は偏愛の作家をテーマにしているだけにいずれも鮮やかな切口である。『星を売る店』(金星堂、大正十五)初版の署名本が並べられており、手に取って見せて頂いた。街の草さんで求められたという、なるほど。生田耕作は戸田さんの恩師、上記の本を見せると面白がってくださった。

戸田さんが華雪さんの個展がトアロードの「iiba GALLERY」で開催されていると教えてくださったのでそちらへ向かう。

トアロードを登って行く。下山手通りを越えて左手、ビルとビルの隙間に見える狭い階段をトントンとトン上がった三階。扉を開けると素敵な空間が広がっていた。篆刻の作品を中心にこじんまりと気持のいい展示。オーナー氏と少し立ち話、デザイン事務所の一部を展示空間にしているのだという。三年目。まったく知らなかったが、こんなスペースができているのは神戸にとっても心強いかぎり。

iiba GALLERY
http://iiba-gallery.com

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by sumus2013 | 2018-09-28 21:13 | もよおしいろいろ | Comments(2)

海ねこ 風船舎

日本にもあります、凄い古書目録。相次いで到着。まいりました。


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風船舎古書目録第14号
http://fusensha.ocnk.net



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古本海ねこ古書目録12号
http://www.umi-neko.com


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by sumus2013 | 2018-09-28 19:57 | 古書日録 | Comments(0)

プルースト・コレクション

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最後にサザビーズ・フランスのオークションカタログを。『MARCEL PROUST COLLECTION MARIE-CLAUDE MANTE』(24 MAI 2018)。

マルセル・プルースト(1871-1922)の弟ロベール(1873-1935)の娘(だからマルセルの姪ということになる)アドリエンヌ・シュザンヌ・プルースト(Adrienne-Suzanne Proust, 1903-1986)は父の死後、プルースト家の遺産の管理者となった。アドリエンヌは、失われていたりあるいは破却されていた原稿の主要な部分を救い出し、また書簡集の編纂にも協力した。プルースト作品の刊行にも積極的で、出版人や研究者に門戸を開き、各地での展示にも貸与を惜しまなかった。一九六二年、遺産として受け継いだ素晴らしい原稿をフランス国立図書館へ売却した。その後もアドリエンヌはプルーストの献辞のある書籍、自筆原稿、とくに書簡を買い求め続けた。一九八一年には回顧録を出版している。一九八六年に彼女が亡くなったとき、婿のクロード・モーリャックは「スージイ・プルーストが死んだ。これで"マルセル叔父さん"と呼べる人は誰もいなくなった」と記している。マリー・クロード・マントはアドリエンヌの娘であり、クロード・モーリャックの妻に当る。(本書の解説より)

上のデッサンは、若い頃のマルセルの親友だったレーナルド・アーン(Reynaldo Hahn)を大天使ミカエルになぞらえて描いたもの。レーナルドも作家であった。このコレクションにも二人の間の通信が多数含まれている。下はカタログの表紙。

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デッサン(落書き)はもうひとつ掲載されている。フィガロ紙のための記事の草稿(レーナルドの紹介だったようだ)。

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そしてプルーストのまるでコラージュのような校正刷(placard)。「花咲く乙女たちのかげに」の一部。グラッセ版からN.R.F版への際に行われた改変らしく、これまで知られていなかったもののようだ。
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絵心を感じさせる校正ではある・・・


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by sumus2013 | 2018-09-26 20:51 | 巴里アンフェール | Comments(0)

GALERIE PAUL PROUTÉ

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古本屋ではなくギャラリーの目録も紹介しておく。ポール・プルーテ画廊(GALERIE PAUL PROUTÉ)『カタログ154号』二〇一八年六月。店はセーヌ通(74, rue de Seine)にある。サンジェルマン・デプレの近く(マルシェ・サンジェルマンの東側)。画廊や古書店が軒を並べる通り。小生もプルーテ画廊のショーウィンドウだけはじっくり眺めさせてもらったのでよく覚えている。素描や版画が専門のようだが、タブローも並んでいた。落ち穂拾いというのか、オールド・マスターから現存画家まで幅広く、小粒で手堅い作品を扱っている。

GALERIE PAUL PROUTÉ

おお、と手が止まったのはこのデューラーの版画。『ヨハネ黙示録』シリーズの一枚。「本をむさぼるヨハネ Saint Jean dévorant le Livre」の1511年版。以前、このブログでも取り上げたことがあるが、『本の虫の本』にそれらを整理して「本を食べる」という項目を執筆した。19 000€で手に入るのか……といっても買えないけど。

本の虫の本

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ついでに「読む人」のデッサンを。そして絶対買えないほどではない、ちょっと気になる作品を二点ほど掲げておく。

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Gustave POETZSCH(1870-1950)
「モルジュにて本をよむルー」1903
(モルジュMorges はレマン湖畔の町)

POETZSCH(ポエーチ?)はスイスのヌーシャテル生まれ。一八九二年にパリに来てアカデミー・ジュリアンで学び、そして九五年に美術学校へ入学した。モロー教室でマチスらと一緒だった。九六年、ブルジョアのマリー・ルイーズ・オラーニュと結婚してからはパリを離れてドーヴィルで優雅な暮しを楽しんだという。



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ブーテ・ド・モンヴェル(1850-1913)
「小学生の女の子たち」1900頃、銅版画
600€



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Joseph Hecht
銅版画「パリ」シリーズより「サン・シュルピス」1933
600€

ヨゼフ・ヘクト(1891-1951)はポーランド生まれの画家・銅版画家。一九二〇年にパリに来て、パリで歿している(大戦中はサヴォワに疎開していたそうだ)。

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by sumus2013 | 2018-09-25 17:31 | 巴里アンフェール | Comments(0)

MICHAEL SEKSIK

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MICHAEL SEKSIK ミシャエル(と発音するのでしょうか、フランス語ならミシェルですが)・セクシク書店の目録『IP』2(2012)。これは一枚モノ(およそ60×70cm)で片面がすべて図版、もう片面が文字の目録になっている。かなり凝った造りでポスターとしても使える。これは二号ということなのだろうが、住所はラセペド通(8, rue Lacépéde)になっている。この店舗は小生も二三度訪れたことがある。ドアにポスターが張り巡らされているのでよく目立っていた。

下は別の同店目録『16・18』の表紙(番号の意味がよく分らないが、2018年16号かと思う、発行年等も記載されていない)。ホームページでバックナンバーが見られる。住所はカルディナール・ルモワンヌ通に変わっている。だいたい同じ地域だが少し北へ(歩いて十分くらいか)移動した。この店は知らない。

Librairie Michael Seksik

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ポスターや版画、書籍でもグラフィックなものが多く、漫画の原画なども出ている。注目したのは「Graphzine」(グラフジン)という分類の手作り本。要するに版画など絵を主体にした「ZINE」(ジン)である。「ZINE」とは何か『本の虫の本』では能邨さんがずばり「ZINE」という項目を執筆しておられる。

《「magazine」のZINE。もとはSFファン等の同人誌の呼称「ファンジン」の略などいろいろ定義があるようです。個人的には、八〇年代に西海岸などで若者が作った少部数の、コピーや手描きの手作り冊子の総称から来たというイメージでしたが、それもおそらくごく一部の話。ともあれ今ではひっくるめて自主制作本を「ZINE」と呼ぶことが多い気がします。》

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派手な作品が多いようだが、これは参考になる。手書き八頁くらいの冊子を作ってみるのも面白いけど・・・それだとジンじゃなくてただの折って綴じた絵か。印刷しなきゃ・・・

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欲しいなと思ったのはこちら『WOLS』。ヴォルスがパリで初めて個展をしたときのもの(ルネ・ドルーアン画廊)。これもある意味「ZINE」みたいなものだ。『ヴォルス』展カタログ(左右社、二〇一七年)によれば、この個展は一九四五年十二月である。《パリ、ヴァンドームのルネ・ドゥルーアン画廊で個展を開催。カタログとしてヴォルス自身が編集した「ちいさな黒い本」が刊行される。》(略年譜より)。12.5×10.5cmだからたしかに小さい。

以前、小生が買ったのはこちら。

WOLS


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トポールも二点出ていた。上は一九七一年アムステルダムで開催されたグループ展のポスター。なんと点字(impression en braille)のみ! 下は初期のリトグラフ「犬たち Les Chiens」(1960)。

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by sumus2013 | 2018-09-24 21:02 | 巴里アンフェール | Comments(0)

CORNETTE de SAINT CYR

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CORNETTE de SAINT CYR Livres, Affiches & Manuscrites』(Jeudi 5 juillet 2018)。コルネット・ド・サンシール競売場の目録。このオークションハウス(メゾン・ド・ヴァント)の創設者はモロッコ生まれのピエール・コルネット・ド・サンシール。デッサンと写真のコレクターからスタートして一九七三年に二人の息子たちと競売場を設立した。パリのアヴニュー・オシュ(6, Av. Hoche)にある。

巻頭で特集されているのは六〇年代から七〇年代にかけての反体制ポスターである。シンプルで訴える力が強いデザインになっている。

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だいたい150〜400€のあたりのエスティメイトだが、一点ずばぬけて高いものがあった。下図。上級新美術学校(École Nouvelle Supérieure des Beaux-Arts)のものらしい。ド・ゴールとミッテランの名前に×印、「人民の政権、ウイ」。未掲示(Non étoilée)。1 000-1 500€。
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他に、シュルレアリスム関係でエルンスト『慈善週間または七大元素』(Jeanne Chuster, 1934)五冊。173のコラージュと9点のデッサン入。限定800部。版元箱入り。2 000-2 500€。
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長谷川潔挿絵・本野盛一仏訳『竹取物語』(Société du livre d'Art, 1933)、1 000-1 500€。
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個人的にひっかかったのはギー・ドゥボールの「戦争ゲーム LE JEU DE LA GUERRE」(Guy Debord et Gérard Lebovici, 1977)、1 000-1 500€。
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目録の表紙が木目調なので、どうしてかな? と思っていたら、Alain Taral, Marc Le Bot, Bernard Dorny『木の歴史 HISTOIRE DU BOIS』(私家版、1999、限定八部)の表紙を採用していたのだった。材はニセアカシア(robinia pseudoacacia)。900-1 200€。
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by sumus2013 | 2018-09-23 20:38 | 巴里アンフェール | Comments(0)

シュルレアリスムとは何か?

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『QU'EST-CE QUE LE SURRÉALISME ?』(binoche et giquello, Vendredi 6 avril 2018)。パリのホテル・ドルオー第二室で四月六日に行われたオークション「BIBLIOTHÈQUE SURRÉALISTE, シュルレアリスト文庫」の出品目録。これはちょっとしたものだ。

目玉はアンドレ・ブルトンの書簡や原稿類だろう。ジャン=ルイ・ベドゥアン(JEAN-LOUIS BÉDOUIN, 1929-1996)の旧蔵品である。ベドゥアンは詩人、ラジオ放送に携わり、映画監督でもあった。一九四七年にフランスに帰国したブルトンに初めて会って以来、歿年までブルトンの近くにいた取り巻きの一人。ブルトンに関する資料はこれまでベドゥアン家に大切に保管されてきたものだそうだ。

表紙になっているのはブルトンの著作『シュルレアリスムとは何か?』(René Enriquez, 1934)の表紙。初版本(Edition originale)でオランド紙(かつてオランダで作られたことからその名がある高級手漉き紙)本三十部のうちの一冊、稀本(TRÉS RARE)。25 000/30 000€

以下、講釈は省いて、気になった図版を引用しておく。まずはハンス・ベルメールとポール・エリュアール『人形遊び LES JEUX DE LA POUPÉE』(1949)よりベルメールの写真。写真十五点貼込みで版画も入っている十五部本の一冊らしい。70 000/80 000€
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ナジャ(Léona DELCOUR)の生写真、一九二六頃
1 000/1 500



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上/マン・レイ生写真、署名入、一九四五頃
3 000/4 000
下/アトリエのマン・レイ生写真、一九六〇年頃
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雑誌『MOTHER EARTH』1914, 表紙画=マン・レイ
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上/雑誌『SURRÉALISME』第一号、1924
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下/雑誌『DOCUMENTS』十一冊、1929, 1930
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雑誌『LES QUATRE VENTS』九冊、1938-1939
1 000/1 500



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雑誌『LE CHEVAL DE 4』第一号、1940
1 200/1 500



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雑誌『KWY』六冊、1960-64
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雑誌を中心に表紙の気に入ったものをピックアップしてみた。ナジャの写真はナジャ(レオナ・デルクール)の遺族から出たものだそうだ。『ナジャ』の初版にこの写真が使われた。

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by sumus2013 | 2018-09-22 21:35 | 巴里アンフェール | Comments(0)

フランスから古書目録

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パリから古書目録があれこれと届いた。だいたいが今年かここ数年内のもの。せっかくなので、しばらくこのなかからいくつか紹介したい。

まず、あっと思ったのは先日のミシェル・ウエルベック。『ITINERAIRE 1597/2016』(ACTUALITES Daniel Azoulay)に載っていた。

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サイン入り著作、自筆葉書、メモ、写真、CD、DVD、雑誌など。一九九三〜二〇〇〇年にわたる写真は二十点、友人や協力者・出版人などといっしょに写っているものも多い。全アイテムまとめて「20 000」ユーロ。これはちょっとした値段だと思うが、売れたのだろうか。

「アクチュアリテ」の住所はパリ五区サン・マルセル大通り。この店は全く知らなかった。店舗はオープンにしていないようだ。シャンペレ古本市には出品しているようなのでそのときに出会っていたかもしれない。古典籍から日本の和本や浮世絵まで幅広く扱っている。

目録の表紙はこんな感じ。シャン・リーブル出版(LES EDITIONS CHAMP LIBRE)のChute libre(自由落下)叢書、マイケル・ムアコック『LA DEFONCE GLOGAUER』(原題:Breakfast in the Ruins)一九七五年の表紙があしらわれている。そしてそのシャン・リーブルの書籍や雑誌も多数出品されていた。下の二番目の写真で並んでいる表紙はどれも自由落下シリーズ、横尾忠則かというような……!(いずれも一九七〇年代)。各20ユーロだから目下のレートなら2,650円。

シャン・リーブルは一九六九年にパリで創設された出版社。コミュニスト左派の影響下、数多くのアナーキズムの古典文献、文学、軍事、アヴァンギャルド芸術などについての本を刊行した。一九八四年に創立者の一人ジェラール・ルボヴィッチ(Gérard Lebovici、ルーマニア出身のユダヤ人)が暗殺されて妻のフロリアーナが後を継いだが、一九九一年にはギー・ドゥボールとのもめごとで解散し、九二年にイヴレア(Ivrea)出版として再出発した(以上フランス語のウィキより)。

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他にはパリのホテルで撮影されたブローティガンの写真も出ている。一九八四年、亡くなる少し前。撮影は Maya Sachweh。230ユーロ。

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by sumus2013 | 2018-09-21 21:35 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)