林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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西洋見聞図解

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瓜生政和『西洋見聞圖解』(須原屋茂兵衛・山城屋佐兵衛他)の「前輯 全」「二編 乾」「二編 坤」三冊。大日本レトロ図版研Q所様より借覧中。すこぶる面白い内容である。

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瓜生政和、別名を梅亭金鵞(ばいていきんが)。文政四年(一八二一)江戸両国生まれ。若き日は剣の道に精進したようだが、瓜生家に入ってから人情本の松亭金水の門弟となって滑稽本の製作に励んだそうだ。明治維新の後は瓜生政和の本名で本書のような啓蒙書を著している。詳しくはウィキ「梅亭 金鵞」を参照。

「前輯 全」巻頭の揮毫「開巻有益」は萩原秋巌、巻菱湖門下の四天王の一人。蔵書印は「水山〓蔵書」…〓のところは? 「二編 乾」の序は吏隠士静巌梅村清(明治六年癸酉二月)、揮毫「掬水在手月」は千束隠士樗翁。

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本書は喫茶店資料である。二編 坤」に次のような記事が出ており「西洋人茶[せいやうじんちや]并 加非かつびい]を嗜[たし]む説」と題されている。以下引用中の水色文字は直前の漢字一〜三文字のルビ。

《英吉利いぎりすの首都やこ倫敦ろんどん仏蘭西ふらんすの首都みやこ巴黎斯ぱりすとうにて夜茶よるちやを煎せんじ親類しんるい朋友ほういうの親したしき者ものを集あつめ是これを飲ましめ往昔むかしの古事ふるごと今日の新聞何しんぶんなににまれ心こゝろの向むかふところを相互あひたがひに話はなして続夜よもすがらの楽たのしみをす是これを呼んで夜茶会やちやくわいといふ斯かくの如ごとくなれば西洋人せいやうじんも専もつぱら茶ちやを嗜たしミ支那しなより英吉利船いぎりすせんにて輸出つみいだす茶ちやの高たか年々一億おく一千三四万斤に下らず其價あたへを平均へいにて五千五百六十万両に過すぐるといふ

はママ。「嗜み」は「たしみ」とも読むようだ。たしむ。

《また珈琲をも茶ちやと同様どうやうに嗜たしむ珈琲かつぴハ亜刺伯あらびや巴西ぶらじるの如ごとき熱国ねつこくに生しやうする草くさの実にて豆まめの如ごときものなり是これを熬いりて搗き摧くだき其煎そのせんじ汁しるに砂糖さとうを和あハせ用もちゆ苦味にがミあるを以もつて胃中いちうを空すかせ食物しよくもつの消化こなれを能よくるといふ西洋せいやう諸方しよはうにて飲料のミものとする珈琲かつぴいの高たか年々としどし六万石ごくに下くだらず英吉利いきりすの首都やこ倫敦ろんどんの中うちばかりに珈琲かつぴいを商あきなふ店ミせハ八百軒けんあり以もつて其盛そのさかんなるを知るべし

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加非(かつびい)、珈琲(かつぴい、かつぴ)など表記に統一がない。現代韓国語の「コッピ」(コッピー)という発音に似ているなと思ったりするが、明治六年以前ということになると、まだ実物を嗜んだ日本人はそう多くはなかっただろう。貴重な資料である。

西洋見聞図解. 前輯,2編 / 瓜生政和 編集

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by sumus2013 | 2018-07-31 21:08 | 喫茶店の時代 | Comments(0)

佐藤溪詩画集 どこにいるのかともだち

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『佐藤溪詩画集 どこにいるのかともだち』(湯布院美術館、一九九三年五月一日)を頂戴しました。御礼申し上げます。今年(二〇一八)二月から三月にかけて大分県立美術館で「歌心と絵ごころの交わり 二豊路漂泊の画人佐藤溪と俳人種田山頭火」という展示があったとのことで、ちらしが挟まれていた。

湯布院美術館は、高橋鴿(はと)子さんの情熱によって、一九九一年に佐藤溪の作品を展示する目的で開館、二〇一二年三月閉館。その後は別府の聴潮閣のなかに佐藤溪美術館として再開したが、こちらも二〇一五年一二月に閉館している。その経緯については下記サイトに詳しいのでご覧いただきたい。佐藤溪の作品画像も見られます。

絵と言葉、そして放浪 佐藤溪

佐藤溪については洲之内徹を通してしか知らなかった。本書の巻頭にも「気まぐれ美術館」から抜粋された洲之内の文章が掲載されており、佐藤溪の作品と生涯がおおよそ理解できるようになっている。初出は『芸術新潮』、単行本では『セザンヌの塗り残し』(新潮社、一九八三年)と『さらば気まぐれ美術館』(新潮社、一九八八年)にそれぞれ「湯布院秋景」「モダン・ジャズと犬」と題されて収録されている。

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それを紹介してもいいのだが、ここでは洲之内徹『芸術随想しゃれのめす』(世界文化社、二〇〇五年三月一日)から「画廊から」(現代画廊の案内状に書かれたエッセイ)の「佐藤溪」を引用してみる。

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麻生三郎に佐藤溪遺作展開催を約束して湯布院へ遺作を見に行った(その様子を描いたのが「湯布院秋景」)。しかしうまく書けなかった(しかし読んでみると、洲之内らしく良く書けている)。

《佐藤溪は昭和三十五年に四十二歳で死んだ。短い生涯だし、作画生活も長くないが、その生活は変幻きわまりなく、大本教本部の中の別棟の部屋をもらって、そこの機関紙の表紙の絵を描いているかと思うと、神戸のどこかのガード下に住んでいたり、東京の京橋公園の中に手作りの箱車を置いてその中に住んでいるかと思えば、突然そこから姿を消して、長い放浪の旅に出てしまったりする。死んだときも、放浪の途中、沼津で倒れ、湯布院の、弟の和雄氏に引き取られて、そこで死んだのだった。この人の足跡を追うだけでも容易なことではない。》

《だけでなく、佐藤溪の残した仕事というのが、これまた到底一筋縄では行かないのだ。何とおりもの性質の異なる作品群があり、それぞれがそれぞれに一つの世界を作っているが、そのどれを、これが佐藤溪の世界だと言っていいか分らない。》

《そういうことを今年の「芸術新潮」一月号に、私はまた書いている。すると、それを読んだ緑川俊一君が、作家の生理ということを言った。なるほどそうか、と私は思った。作品の中にまず作家の思想を見ようとするから分らなくなる。しかし、その私の眼にもこの作家の生理は最初から見えているのだ。よし、これで行こう。遺作展をやる踏んぎりがここでついた。》

洲之内徹が「頭」で絵を見ようとしていたことがよく分る文章である。

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『佐藤溪詩画集』の年譜を読んでいると『帖面』第十七号(帖面舎、一九六四年八月)が佐藤溪追悼号だと書いてあった。たまたまその『帖面』のバックナンバーが小生の机の脇に積んである。さっそく十七号を引っ張り出した。詩と文が十六頁、図版が八頁、一冊まるごと佐藤溪追悼号になっている。麻生三郎と佐藤は自由美術家協会で一緒だった時期があった。遺作展は実現できなかった、せめてもの罪滅ぼし(?)、渾身の追悼号という感じがする。

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洲之内が「うまく書けなかった」と書いた理由は「モダン・ジャズと犬」を読むと分る。

《少年時代に川端画学校へ行っていたという彼はなかなかのデッサンの名手だ。日常市井の風物に強い愛着を持っていたらしい彼は、井上長三郎をして「長谷川利行の戦後版」と言わしめるような、哀切な詩情と生活感に溢れる作品をたくさん描いている。しかし、そういう仕事と、例えばここへ図版にして出したこの「蒙古婦人」のような油絵とは、どこでどうつながるのか。困りはてて、正直言って私は油絵から逃げたのだ。》

油絵が分らなかった、頭で考えたから。しかし思想でなく生理の側面から見ればそれが分った(ような気になった)。「生理」というのは、言い換えれば「理屈じゃない」ということだろう。

本書から小生の好きな佐藤溪の作品をいくつか引用してみる。

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「街角」



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「静物(三つのグラス)」 「赤いりんご」


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「梅妃像」


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「青い空と緑の麦畑」水彩画


長谷川利行をたしかに少し起想させるところはある(佐藤自身も意識していたか?)。けれども、利行のような対象にガッチリ食い込んだ感じはないし、デスパレットなところもない。もっと繊細でナイーフだ。どちらかと言うとロベール・クートラスに近いように思う。

とにかく油彩でも水彩でも色が美しい。フレッシュな色の出し方、一見、濁ってうす暗い画面においても、その色感は生きていて、細部まで輝いている。これは実物を見てみたい。洲之内徹のコレクション展にも出ていたはずなのだが、記憶に残っていない。

佐藤の文章は絵ほどは買えない。それでも面白味のある作品には違いない。なかでも「小伝」がいい。全文はこちらからどうぞ。



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by sumus2013 | 2018-07-30 21:09 | 古書日録 | Comments(0)

鳥居昌三詩集

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『鳥居昌三詩集』(指月社、二〇一三年一一月一五日)を頂戴しました。深謝です。挿絵は北園克衛。鳥居はVOU族の一人である。収録されているのは下記の詩集に収められた作品および未刊詩篇。

未刊詩篇 VOU No.56-60, 1957-1958
火の装置
黒い形而上学
未刊詩篇 VOU No.80-95, 1961-1964
砂漠の背中
アルファベットの罠
化石の海
風の記号


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巻末に置かれた鳥居房子「海人舎のひと」にはこうある(文字色の変化は引用者によります)。

《西に山、東に海に挟まれた小さな街の会社で経理と営業を担当、熱海や大島に出張の時、海を眺め、海の上での詩作は、海の詩が多く「海人舎」の由縁である。「VOU」終刊後個人誌として「TRAP」を海人舎より発行、最初お願いして書いて頂いた原稿も、号を重ねるに従いページ数を増しきれぬ程の寄稿に喜び悩んでいた。私の裁縫箱からへら[二字傍点]が消え、彼はサティのCDを聴きながらへらを使って和紙の手折りを楽しんでいた。時流に押され活版印刷廃止となり「TRAP」は15号で終刊する。気に入った書物や貴重な限定本などは、手造りの夫婦箱に収められている。開けると出版案内、文芸書評、新聞切り抜き、著者からの私信と共に鳥居昌三の本に対する思いが紙の香りに甦る。》

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同じく巻末の白石かずこ「VOUクラブの鳥居昌三の詩と造本への愛の旅」にはこう書かれている。

《鳥居昌三のマニヤックなまでの詩と本への熱い願望、エベレストを遥か下にみるマネを容易にしてしまう彼の真髄を直感し、行動する大陸的な器、シュルレアリスティックな思考に人々は驚嘆し、はかりかねるサムシングを感じるのだ。それはあの酒仙境に、狂い、酔っていたと思われる人の、さめた時間の深さと厚さだ。地の底の闇深くまで書庫はつづき、図書館よりすみやかにその資料は発見され、しかも実に丁寧に書物たちは王子か姫君のように保存されているのだ。

鳥居の書物愛がしのばれる文章だが、これを読んでしまうと『TRAP』の現物をどうしても手に取ってみたくなる・・・

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指月社は装幀家(というかルリュール作家)大家利夫氏のプライベートプレス。鳥居との関係などは下記にて。

四釜裕子 製本かい摘みましては(64)

大家氏の装幀作品は検索すれば数多く見ることができる。例えば下記。

大家利夫展: Exhibition Walkthrough

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by sumus2013 | 2018-07-29 20:14 | 古書日録 | Comments(0)

午前零時の男他三編

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紅東一『午前零時の男 他三編』(盛林堂ミステリアス文庫、二〇一八年八月一二日、表紙デザイン=小山力也)。届いたばっかりだが、この表紙にマイッた! かっこい。

書肆盛林堂

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by sumus2013 | 2018-07-28 17:55 | おすすめ本棚 | Comments(0)

『蒐める人』刊行記念 トークイベント

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七月二十六日、午後六時半より、開催されました。ご来場くださった皆様に御礼申し上げます。南陀楼氏の最新刊『蒐める人』は『sumus』およびスムース文庫に発表した氏によるインタビュー五篇(稲村徹元、戸川安宣+花谷敦子、串間努、河内紀、八木福次郎)および氏に対するインタビュー「いかにして古本好きになったか」(八号掲載、聞き手=林哲夫+扉野良人)を集め、さらに古書日月堂佐藤真砂さんへの最新インタビューおよび都築響一×南陀楼綾繁対談を収めます。

南陀楼氏の原点回帰とも言っていい「いかにして古本好きになったか」に関して現在東京古書会館で開催されている「古本乙女カラサキ・アユミの日々是これくしょん展」の話題から。こちらも皓星社刊の『古本乙女の日々好日』著者カラサキさんのモーレツな古本の買いっぷりが、昔の自分を彷彿とさせる、のだそうだ。善行堂にも来店した彼女を一目で見破ったという山本氏の発言あり。

都築氏の発言からインターネットと紙の本の関係について。また日月堂さんの発言から古本屋としての商売の在り方について。善行堂は今年九年目、来年は十周年ということで、古本好きから古本屋に転身する難しさとメリットについて。善行堂チルドレンの存在について。南陀楼氏が雑誌取材(淡交社『なごみ』)で訪れた古書ヘリングのユニークさについて。

南陀楼氏が『sumus』の同人になるまでの経緯、『ミニコミ魂』の編集過程で扉野氏と出会ったこと、『sumus』の編集方針などについて。南陀楼氏が一冊持参してくれていて助かったが『sumus』と言っても多くの方にそのイメージが浮かばなかったようで、見本誌を何冊か持ってくればよかったと反省しました。そういう時代になったんですねえ。

『sumus』が認知されて、同人が皆著書を出すことになった経緯と書肆アクセスの存在の大きさ。『sumus』関連イベントも各地で開催されたお祭りの時代の回顧。リブロ池袋や東京堂でもsumusフェアーまでやってもらったこと。

南陀楼氏は古本屋をやろうと思ったことはないと。扉野氏はお寺を出て古本屋になろうと決心したことがあったとか。月の輪書林さんに弟子にしてくれという手紙を書いた。ところが、月の輪さんは、その手紙の意味が分らず、けっきょく弟子になることはなかった、という裏話。扉野君は詩人だから月の輪さんにはそのメタファーが読み取れなかったんだな、とチャチャを入れる。

南陀楼氏は新潟日報で連載記事を担当しているため、毎月新潟へ通っているそうです。ご当地アイドルの専属ライターみたいなこともやっているとか。七月十八日号掲載は「杉みき子さんと高田」(『マンドレークの声』龜鳴屋の著者)。六月には一箱古本市も新潟市で開催されました。『sumus』の同人たちがこぞって参加して名古屋での一箱古本市の楽しかった思い出。ちなみに南陀楼氏にとって一箱古本市は人のつながりを作る編集作業のようなもので、まったく収入にはつながらないそうだ。

人に会って話を聞く、人と人を仲介する、そんな編集作業が南陀楼氏の天職なのかもしれないな、と参加して思ったしだい。よくまとまったいい本になってます。

ところで、皓星社の社長さんも来てくれていた。最近、代表取締役に就任したという晴山さんといううら若き女性。話して見ると実にしっかりした感じで今後の活躍が楽しみです。

『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/


*

『蒐める人』(皓星社)刊行記念 トークイベント

*

『sumus』から生まれた本のこと【京都篇】

​ひたすら集め、しつこく調べ、記録する……。
南陀楼綾繁の新刊『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』は、
書物同人誌『sumus』掲載のインタビューをまとめたものです。
刊行を記念して、
それぞれ著書を持つ京都在住の3人の同人と、
『sumus』について、
本について語り合います。
出演
南陀楼綾繁-林 哲夫-山本善行-扉野良人


7月 26 日(木)
18:30 開始(18:00 開場)

​於:メリーゴーランド京都(ギャラリースペース)
  
​参加費1,000 円

【終了しました】


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by sumus2013 | 2018-07-26 14:22 | もよおしいろいろ | Comments(0)

ありがとがんす

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ミニアチュール神戸展vol.18

7月 21日 (土) 〜 8月 1日 (水) B1F un

ギャラリー島田
http://gallery-shimada.com

例年通り、小品一点出品します。


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by sumus2013 | 2018-07-26 14:20 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

イコン…わたしの神々 林哲夫作品展

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七月二十五日 水曜日。38.5度。まさに記録的な高温のなかでの個展となりました。記録にも記憶にも残る個展です。最終日、駆け込みでご覧下さった皆さん、再訪してくださった方々にも御礼申し上げます。アイドル連作、好評につき、いずれパート2をなどと……。オリジナルカバーの文庫本も完売、とまでは行きませんでしたが、予想以上の売り上げでした。明日、ここでトークイベントを予定している南陀楼綾繁氏も某雑誌のためにメリーゴーランド京都を取材がてら来てくれました。氏の近刊『蒐める人』も届きました。明日は会場でいち早く入手できますので、ぜひお越し下さい。午後六時開場。



***


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七月二十四日 火曜日。祇園祭、最後の巡行の日でした。夕方、帰宅の途中でちょうど行列に出会いました。多忙のなかご来場くださった皆様に感謝です。昨日ご来場くださった皆様にも同様にお礼申し上げます。作者がいない方がゆっくり見られるという意見もありますが……。

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***


七月二十三日 月曜日。都合により会場に出かけません。申し訳ありません。展示は25日まで続いておりますので、ぜひご来場ください。


***


七月二十二日 日曜日。またまた38度超え。それでもかなりの入場者ありました。初めて京都へ来た頃(1981)にニアミスしていたのではないかという方がおられて(共通の知人が何人もいた)、当時のことを色々と思い出しました。亡くなられた方も。時間の流れを痛感しました。

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今回の展示のタイトルはこの本物のイコンから取りました。


***


七月二十一日 土曜日。京都市、本日の最高気温はやや下がって37.7度でした。土曜日ということもあり、多数の入場者がありました。遠方からから来てくださった皆様に御礼申し上げます。どなたとお話ししても、やはり近頃の地震と大雨の話題が出ました。

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ヴァン・ゴッホ


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澁澤龍彦


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七月二十日 金曜日。38.6度。マチマチ書店氏、続いて古書ダンデライオン氏。阪神夏の古書ノ市(8月8日〜14日)の話など。女性店主の出店が増えるのだそうです。というような話をしているところに蟲文庫さんも京都滞在から倉敷に戻る道すがら寄ってくれました。倉敷市内は大雨の被害はないとのことです。ただ美観地区の観光客は激減とか。蟲さんところはあまり変化なしとおっしゃっておられました。


***


七月十九日 木曜日。なんと39.8度。休みでよかった。嬉しいことに通崎睦美さんが拙作個展を紹介してくださいました。本日付け産経新聞夕刊です。


***


七月十八日 水曜日。なんと39度超え。ヨゾラ舎主人、大阪からの買い出しの帰りに寄ってくれました(月曜日に開けたので振替休日だとか)。トラベリングブックストアさんともいろいろお話できました。暑い中ありがとうございます。明日、木曜日は定休日です。次は金曜日午後(だいたい1〜5時)、会場に居る予定です。会場は涼しいですので安心してお越し下さい。

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七月十七日 火曜日。38度。午前中から山鉾巡行。そのせいか来場者少な目でした。それでもパリに住んでおられる女性のライターさんや編集者の方とお話できました。ヴァンヴに引っ越しされたばかりだとか、ブラッサンス公園の古本市の直ぐ近くらしい、それはうらやましい。

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七月十六日 月曜日。38.5度。宵山。さすがの熱暑で昨年よりも人出はやや少なめと聞きましたが、それでも多勢の観光客で鉾の据えられた界隈は賑わっていました。当方もそれなりに賑やかでした。みつづみ書房さんに面白い話をいろいろ聞かせてもらいました。

川岸から
http://blog.livedoor.jp/aoinoyama-aoinomori/archives/10562888.html

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七月十五日 日曜日。38.7度という猛烈な暑さが続きます。にもかかわらず、宵宵山ということで人出も多かったです。午後から某女史による某記事の取材を受けました。日頃あまり深く考えていなかったことを追求されて、この暑いのに、冷や汗をかきました(笑)。

前回の個展のときにはまだ旧式だったエアコンが、新しい大型のものに取り替えられており、さらに廊下にも取り付けられ、レトロな寿ビルの快適度は格段に良くなっています。TOBICHI京都の来客はさすがです。メリーゴーランド京都の方も負けてはいませんが。


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林オリジナル・カバー付文庫本、単行本です。下段右は葉書作品など


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七月十四日 初日。午前十一時着。もうすでに某氏が古本棚に張り付いておられました。熱心に頭が下がります。感謝です。TOBICHI京都効果もあって来場者多し。38.5度という熱暑のなか、ご来場いただいた皆様にお礼申し上げます。

マン・レイと余白で
http://d.hatena.ne.jp/manrayist/20180714

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七月十三日 展示作業終了。品数が多かったため、三時間ほどかかりました。微調整は明日にでも。

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七月十二日 なんとか荷物を作りました。メリーゴーランドでは、古書ばかりでなく、いろいろな雑貨、その他の小物をたくさん並べる習慣になっています。その準備にけっこう手間取りました。コラージュなどもこれまで以上にヴァリエーションをもたせています。とにかく、お出かけを。お待ちしております。土曜日からです。

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七月九日 仮額縁がほぼ完成。絵を置いてみました。アイドルばかりでなく、身近だった方々の肖像も何点か描いています。ここに写っているのは上が湯川成一さん、下が松本八郎さん、です。

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七月四日 ようやく仮額縁の製作を始めました。最終的な仕上げをしていない作品もまだ数点ありますが、油彩画十数点は出せるようにしたいと思っています。額だけは先に作っておかないといけません。

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しばらくぶりにメリーゴーランド京都で個展をやらせてもらいます。今回は人物像ばかりを並べようかと思います。他にコラージュの新作も(レコードジャケット・コラージュなども作ります)。また例によって、古本・雑貨も展示即売いたします。祇園祭の時期に重なっておりますので、猛暑の京を堪能がてら、どうぞお立ち寄りください。



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by sumus2013 | 2018-07-25 21:09 | 画家=林哲夫 | Comments(2)

須賀敦子の手紙

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メリーゴーランド京都は子供のための本屋さんだが、大人の本も置いてある。そのチョイスがいつも素晴らしいなと思う。皆様も御存知のように新刊はほとんど買わない人間である。メリーゴーランドにも扉野古本棚があって、そちらは折りに触れて覗いているのだが。しかしながら、個展をやらせてもらう際には必ず何か記念として新刊を一冊は求めることにしている。よって今回はこの『須賀敦子の手紙 1975―1997年 友人への55通』(つるとはな、二〇一六年九月三〇日三刷、アートディレクション=有山達也)を選んだ。

須賀敦子が親友だったスマ・コーン、ジョエル・コーン夫妻へ宛てて二十二年間に送った五十五通の手紙や葉書をカラー図版として復元している。活字にも直されているが、図版の鮮明さもあり、須賀の筆蹟で読むのがなんとも気持ちのいい経験だ。

巻末に収められた「姉の手紙」でコーン夫妻から須賀の手紙のコピーを送られた北村良子は次のように書いている。

《姉があんなにのびのびと書いている手紙は読んだことがありませんでした。構えないで書いていて、しかも姉らしさが全体にあふれていて。読み終えたときには、ただただ感無量でした。
 わたしにはなんでも話してくれた姉でしたけれど、それでもわたしに話せなかったことも当然あったんだな、かわいそうだったな、とおもいました。でもそれをコーンさんご夫妻がうけとめてくださっていたわけですから、姉にとっておふたりがどれだけ大切な存在であったか、手紙を読んであらためておもいました。姉がスマさんをわざわざ病院まで呼びつけて、身のまわりの世話をお願いした気持も、手紙を読んで、そうだったのか、とはじめて納得したんです。》

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たまたま個展会場へ来られた方に「この本が面白いですよ」とお勧めしたところ、偶然にもその方は須賀敦子のファンで、須賀の作品はすべて読んだとおっしゃる。「しかしこの本は敢えて読まないのです」と。というのは、本書にも寄稿している松山巖氏が須賀敦子の足跡を辿った本(『須賀敦子が歩いた道』とんぼの本、だと思われます)で彼女の作品における虚構性について書いており、実際の須賀敦子と作品から受けたイメージとのギャップを知りたくないからだとおっしゃる。

小生など、作品なんかどうでもいい(とはいいません、作品がいいから、その人のことを知りたくなる)、その実際の人物像をのぞいてみたいと思う方なので、なるほど、そういうファン心理もあって当然だなとみょうに納得させられてしまった。しかし、本書は、そんな露悪的なものではなく(当たり前ながら)須賀敦子の人柄や嗜好が、そしてその弱さみたいなところも、うかがえる恰好の材料になっていると思うのだ。さらに、直筆なので、読者それぞれが須賀から直接届いた便りを読んでいるような錯覚に陥るというメリットもある。ファンなら必読であろう。

一九九七年の手紙には山崎佳代子さんが登場している。個人的にお会いしたことがある方の名前を見つけるとやはり嬉しいものだ。そのくだりを引用しておく。

《ユーゴスラヴィアは、詩人の山崎佳代子さんで、私たちは共通の友人で結ばれているだけで、まだ会ったことはないのですけれど、二年まえに彼女の詩集を読んで多いに感動し、それは戦争で不意に消えていった友人たちをうたったもので、(一体世界でこうして消え、あるいは消されていく人たちのだれが、私たちの「友人」でないのでしょう)彼女は私の書くものを読んでくれている、そんな関係にあります。絵を描く夫君とふたりでもうずいぶん長いことあの国にいる、大学で日本語を教えているのですけれど、ストライキが続いて「国は病みつづけていますが…日差しが春の訪れを知らせています」とあって、私はふと、イタリアの野に、南ならそろそろ咲きはじめるプリムラを想い出しました。》(一九九七年二月一八日付)

須賀敦子はこのときすでに入院中であった。六月九日に一度退院するが、九月二五日に再入院。翌一九九八年三月二〇日《午前4時半、心不全により帰天、享年69。26日、四谷の聖イグナチオ教会にて葬儀。甲山カトリック墓地に埋葬。》(本書の略年譜より)

須賀敦子の良い読者ではないが、何冊かは読んでいる。もう一度読み直して(まずは買い直して)みたいと思わせる好著だった。

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by sumus2013 | 2018-07-23 19:50 | おすすめ本棚 | Comments(0)

古本と古本屋

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『古本と古本屋』追号五十一号、改題第十輯(一輪草舎書屋、昭和九年十一月十日)を頂戴した。表紙とも二十頁、謄写版刷り。しかも見事な出来栄え。発行所は一輪草舎書屋、発行編集兼印刷が富樫栄治、大阪市西成区粉浜東之町三ノ八八。

富樫栄治については坂本秀童子氏の『謄写技法』第六号に記事が出ているようだが、今、手許に置いていないので残念ながら参照できない。ただ、八木書店のHPにこんな記事が出ているのを見つけた。

「大阪古本通信」を譲り受ける 【紙魚の昔がたり4】

本書に「改題」とあるのは「紙魚の昔がたり」で言及されている『大阪古本通信』を改題したということかもしれない。富樫がアッサリ八木に『大阪古本通信』を譲り、その後始めたのがこの『古本と古本屋』になるのだろう。表紙裏には弘文荘の訪書会編『紙魚の昔がたり』(訪書会が催した座談会の速記記録とのこと)の広告が出ている。

二十頁ほどながら内容がかなり濃い。反町や八木がいっしょにやろうと持ちかけたのも納得できるレベルである。

巻頭「古本と古本屋の会」座談会、この出席者がすごいので書き留めておく。

鹿田静七 松雲堂
松本政治 中央堂
吉村長七 九州堂
八木敏夫 日本古書通信社
豊仲鍬之助 民俗文献社
藤井稔也 皇典社
尾上香詩 蒐文洞
藤堂卓  公立社
玉樹芦城 香文房
三浦良吉 其中堂
朝倉清  朝倉書店
杉本要  梁江堂
伊藤一男 カズオ書店
石川留吉 清和堂
高尾彦四郎 書林・高尾彦四郎
武藤米太郎 天牛第二書房
寒川喜一 鈴の屋書房
富樫栄治 主催者

出席者が多く紙数が限られているため、ちょっとまとめにくいが、古本ブームになっている様子が感じられる。ここでは高尾彦四郎の嬉しかった話を引用しておく。

《一番嬉しいのは、誰にも顧みられないで店の隅や、よりどり十銭の山の中から拾ひ出して来て、それも古本屋としての勘を働かし買つてきた仮綴本の薄つぺらなものを、目録なんかに発表して世に問ふてみます。それが識者に見つけられて悦んでいたゞく時でせうね。曽て、菊池大麓の著した「数理釈義」といふ本を買つてきて目録にのせたら註文殺到でした。思はず、嬉しさが込み上げてきて、ほんとうに古本屋としての誇りを感じ、使命の大きいのを知りました。》

「紙魚泡語」(無記名)
其中堂書店が宇治黄檗山にある鉄眼一切大蔵経の印行権を京都の貝葉書院から買い取ったとか、京都のHとかいう古本屋が刊記のない本に刊記を書き入れて古版本にして売っているとか、秋は大市が続くという話題(西宮の大市、緑友会、京阪神同人会、此花倶楽部、新興同人会、京都・大阪の連合大市会など)。

「日本最初の外字新聞」 原野泉

「名古屋古本屋案内(二)」 貴島生

「古本屋歌懺悔」 林吉之助
《著者・林吉之助氏は奈良県郡山町二丁目にあつて詩歌書を専門とす古書肆を経営、元、教職にあつた人。現在、月刊短歌誌「閑野」を発行。》……林書店という店のようだ。検索してみると自分のブログに書いていた。林書店は柳よし雪(矢倉年)『新民謡集青い手帖』の発行所。

「古本屋人と語る 高尾彦四郎氏の巻」

新刊紹介 『古本年鑑』1943年版

業界控帖

寄贈書誌 古書目録が多いが業界誌として『日本古書通信』とともに『日本古本新聞』という媒体があったことが分る。

広告 訪書会編『紙魚の昔がたり』、二六書房の目録『ホンヤ』第二号、天牛本店「古本売買」、書林高尾彦四郎「左記雑誌を求む」

定価一部金拾銭(送料五厘) 一年分一円二十銭

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by sumus2013 | 2018-07-19 16:30 | 古書日録 | Comments(0)

寺島珠雄書簡集

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『寺島珠雄書簡集 石野覺宛 1973-1999』(龜鳴屋、二〇一八年六月一五日)。龜鳴屋さん、また渋い本を作ってくれた。感謝。

「編集後記」によれば、龜鳴屋・勝井氏は、二〇〇二年五月、石野氏より寺島書簡を譲り受けた。寺島の詩やアナキスト関係の本を読んでいた勝井氏は『藤澤清造貧困小説集』(龜鳴屋刊本)を注文してくれた石野氏の名前にピンときて、本を直接届けることにした。

《誰が頼んでも書かなかったという自筆年譜をこの選詩集に書かせた人として、石野さんの名が記憶の隅にあったのだ。それで、これはと思い、西泉のお宅に直接本をとどけに行くことにした。》(編集後記

石野氏に対面して氏が寺島の詩集を編んだことに言及した。

《「寺島さんに興味がおありですか…」。返事は一言だけ。話をつがねばと、図書館ではじめて『寺島珠雄詩集』を手にしたとき、タイプ打ちの素っ気ない薄手の一冊が、いかにも寺島珠雄にふさわしく思えたと言うと、しばらく黙ったままだった石野さん、急に別の部屋に立って行かれ、大きなあられの缶を持ってもどって来られた。
「このなかに寺島さんからの手紙があります。よかったら、差し上げます。あとはどうなさってもかまいません」。》

ということで、あっさりと勝井氏の手に入った寺島の書簡類。ひまひまに整理しながら入力をすませたが、その後、出版の腹が決まらず、そのままになっていた。二〇〇七年一月には石野氏も亡くなられた。

《寺島が金沢の無名の詩人に寄せていた信頼と親愛が伝わって来る。石野さんが手元にとどめた手紙を、書簡などすべて処分したという寺島本人は無きものにしたかったかも知れないが、残されたればこそ。二十余年に及ぶ手紙からは、アナキスト詩人の行跡がさまざま確認できるし、やはり何かと素の心根がみえ、人間味がただよってくる。》

小生も、晩年の寺島さんとは、文通だけのお付き合いがあった。一九九九年七月に亡くなっておられるから、たぶん『ARE』のあたりからきっかけができたのだろう(今すぐ思い出せないが)、寺島さんが発行しておられた個人ペーパー『低人通信』を十通余りもらっている。本書にも『低人通信』についての言及が随所に見られて興味深い。忠実なアシスタント紫村美也さんが制作実務を行っておられたようである。

寺島珠雄『小野十三郎ノート』

晩年の寺島さんは尼崎の東七松町に住んでおられた。本書収録の書簡類も一九九〇年以降は尼崎からの発信。それ以前は大阪西成区山王である。七〇年代の後、八〇年代は八九年の一通だけで、九〇年代が分量としてはもっとも多い。

九〇年代における寺島さんの執筆活動は盛んで、小野十三郎の年譜、南天堂研究など、大きな仕事を残している。また『彷書月刊』とごく親しくなったのもこの時期である。

古書業界誌のシニセの日本古書通信というところ、これに11/10〆切で10枚(西山勇太郎関連)を約束したら、こんどは同じ業界の新進である彷書月刊というところが、来年一〜三月号に巻頭エッセイをと言って来て、何だか古書業界人にされかかった気分です。しかし、ちょっと考えれば私自身が"古人"なので、まずは分相応です。》(一九九四年一〇月一五日消印)

二十四日に東京へ出ます。
 その日は「彷書月刊」の面々が夜の席を設けて他からも(森まゆみ)来ます。
 翌日はコスモス忌(秋山清忌)で、まず十数人の集りになるでしょう。》(一九九五年一一月一八日消印)

この頃から彷書月刊の面々(田村芳治、内堀弘、高橋徹、諸氏)と急速に親しくなったらしいことが分る。

六月一日には東京から若い友人でもある古本屋が来ます(月の輪書林)。
 来年は竹中労を中心の目録という企画があってその話でしょう。
 一夜を酔談します。
 まだその程度は体力を残しています。(一九九六年五月二九日消印)

先日、月の輪書林高橋氏の還暦記念(月の輪さん、カンレキ!)のアルバムというものを見せてもらう機会があったのだが、そこには一九九七年と思われる飲み屋でのスナップ写真が貼付けられていた。彷書月刊の面々と寺島さんがいかにも和やかな雰囲気でカメラに向っている。その写真の脇、月の輪さんの日記(?)の活字になった切り抜きにはこうあった。

尼崎の寺島さんからハガキが届く。竹中特集ができたら、こういう人に送ったらどうかと一〇人の名前と住所が書いてあった。目録のことを一番、気にかけてくれている。》(一九九七年二月二七日)

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『月の輪書林古書目録10』平成九年一一月三〇日発行


一九七六年六月十三日消印の絵葉書に港野喜代子の名前が出ている。

12日貴翰拝承
四月に不慮の死に遭った港野喜代子さんの追悼集会があり、少ししゃべらされ、そのあと伊藤信吉さんなどと話し合って帰ったら着いてました。

六月十二日に追悼集会があったということか。涸沢純平『遅れ時計の詩人』(編集工房ノア、一九一七年)には港野喜代子の葬儀や『新文学』の追悼号についてのかなり詳しい記述があるが、寺島の名前も出ていないし、この追悼集会についても触れられていないようなので、メモしておく。

一九九五年一月の阪神淡路大震災のとき、寺島さんも尼崎で被災した。

水、ガスの止りのうち、水は19日朝にチョロチョロ回復。
 屋根工事の方は、丁度武内君の来ている時に屋根で足音がしましたから、応急のシート張りくらい始めたのだと思います。少くも一安心です。
 本は段ボール箱+ビニール包みと箱のみとの荷造りを相当やりましたが、全体やれば六十箇以上かと思われ、屋根工事の具合いではやらずにすませます(やった分だけ骨折り損でも仕方ありません)。地震当夜の文章で低人通信22号を作ります。すでに原稿は渡しずみです。(一九九五年一月二十日消印官製はがき)

本棚の修覆は、結局半年ほどもかかると思っています。そのくらいの気分でやって丁度いいことは一種のカンと経験でわかります。
 それにしても、整頓していた本が散乱した状態(容積)はすごいですよ。人を絶望に誘う。ガサ入れの無遠慮も地震にはかないませんね。》(同)

地震についての文章、十九日にもう書いていたのだ(地震は十七日です)。さすが、である。ガサ入れと比較するところも。寺島さんの尼崎の住処は街の草さんの自宅の近くだった。地震の少し後、街の草さんから寺島さんの本がグチャグチャになって大変だったことを聞いた記憶がある。街の草は、残念ながら、本書には登場していない。

他にも寺島さんの食べ物への執着も随所に見受けられ、読みどころの多い一冊である。

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by sumus2013 | 2018-07-15 09:45 | おすすめ本棚 | Comments(0)