林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
カテゴリ
全体
古書日録
もよおしいろいろ
おすすめ本棚
画家=林哲夫
装幀=林哲夫
文筆=林哲夫
喫茶店の時代
うどん県あれこれ
雲遅空想美術館
コレクション
おととこゑ
巴里アンフェール
関西の出版社
彷書月刊総目次
未分類
以前の記事
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
お気に入りブログ
NabeQuest(na...
daily-sumus
Madame100gの不...
最新のコメント
イイネ!
by sumus2013 at 17:31
>uroburoさま ..
by swallow-dale at 14:57
swallow-dale..
by uroburo at 01:58
>uroburoさま ..
by swallow-dale at 23:23
少年少女探偵小説というジ..
by sumus2013 at 16:07
swallow-dale..
by uroburo at 12:49
宇陀児さんはそんな作家だ..
by imamura at 11:05
有り難うございます!
by sumus2013 at 08:21
よし野の花を見てよめる ..
by koganemaru at 06:55
>uroburoさま ..
by swallow-dale at 20:59
メモ帳
最新のトラックバック
天才画家ゴッホの生涯と画..
from dezire_photo &..
ルーベンスの故郷、ヨーロ..
from dezire_photo &..
シャガール、ピカソ、マテ..
from dezire_photo &..
ポン=タヴァン派、総合主..
from dezire_photo &..
視聴率に関係なく選んだ2..
from dezire_photo &..
宝石のような輝をもった印..
from dezire_photo &..
ルネサンス美術の巨匠・ピ..
from dezire_photo &..
既成概念から絵画の解放に..
from dezire_photo &..
既成概念から絵画の解放に..
from dezire_photo &..
過去に来日した傑作を回顧..
from dezire_photo &..
検索
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2018年 02月 ( 25 )   > この月の画像一覧

戦後春陽文庫資料集成β版

f0307792_19153873.jpg


小野純一編『戦後春陽文庫資料集成β版』(盛林堂ミステリアス文庫、二〇一八年三月四日)。

『戦後 春陽文庫 資料集成 β版』
編者:小野純一
表紙デザイン:小山力也(乾坤グラフィック)
判型:A5判
価格:2,000円

《魅了されて早10年。古書業界の市場で文庫が出品されていると珍しい春陽文庫は混ざっていないか目を凝らし、大量出品されると一人盛り上がり、見たことのない春陽文庫を探し求める始末。編者の店舗の棚には春陽文庫のコーナーを常時設け、背を眺めているだけで嬉しいという正直春陽文庫だけに限れば、商売に向いていないのではないかと自分でも考えさせられてしまいます。》(はじめに)

《かなりの量の春陽文庫を見てきたはずなのですが、編者も正直どのくらいのタイトルが出ているか全貌が全く分りません。誰かコレクターさんがまとめてくれないかな…とも思っていたのですが、運良く大量の春陽文庫を入手でき、かなり稀少なタイトルも手元に揃いました。それなら、推理小説や明朗小説を中心に好きなタイトルだけでもまとめてみようかなと軽い気持ちで刊行したのが、本書です。》(同前)

《神保町の市場に定期的に大量の戦後の春陽文庫が出品され始めたのは、昨年2017年の夏ごろからだったでしょうか。その期間、約半年、春陽文庫好きとしては、とても興奮しました。出品される度にとにかく入札を行い、時代小説を除いて、ほぼ全て落札し続け、その冊数は約5000冊。一部は販売もしましたが、かなりダブリも多く、レアなタイトル以外はまだまだ未整理の山。いつになったらこの山は消えるのか、正直分りません。ですが、レアなタイトルが手元に揃ったこと、この未整理の山の把握をしなくてはと思えたからこそ、本書の準備を始められました。》(あとがきにかえて)

f0307792_19154131.jpg

カバーの図版がフルカラーで収録されているは有り難い。装画のクレジットもちゃんと記録されているので、いったいどんな画家たちが執筆していたのだろうか、と思いながら名前を拾ってみた。「表記なし」もかなりの数あるが、お抱えというか、このあたりのシリーズはだいたい何人かの画家が集中的に描いている。その間に、ポツポツと新しい名前が入ってくるという感じである。難波田龍起のカバーがあるとは思いがけなかった(掲載点数は五、タイトルは三種、いずれも同一図案)。

は同一作家と思える名前。
は仮に配置した。これ以外でも間違っている読みもあるかもしれない。

東啓一郎
東啓三郎

糸井けい子

岡本爽太
小川陽
小川不二夫
小澤重行

海津正道
梶鮎太
金長政行(カバーデザイン)
鴨下晃湖
河合中車

菊地信博
木下二介
木村卓
清野清二

佐伯克介
坂本勝彦
坂本節夫
佐藤朗

清水三重三
渋川泰彦
志村立美
下高原健二
下高原千歳
下田恵三
神保朋世

勝呂忠
鈴木朱雀
鈴木信太郎

高塚省吾
武井明夫
田中道人
玉井ヒロテル

筒井直衛
鶴田修

中込漢
中島靖侃
中島靖佩
奈良葉二
成川明樹
成瀬一富
成瀬数富
難波田龍起

西原比呂志

根岸俊夫

野崎猛

畑義則
伴史郎
伴颺

久比佐夫


細木原青起

水戸成幸
宮田重雄

村上松次郎
村上豊

レオ澤鬼

[PR]
by sumus2013 | 2018-02-28 20:40 | おすすめ本棚 | Comments(0)

青梅

f0307792_19432348.jpg

高井有一『青梅』(集英社、一九八〇年三月一〇日、装丁=菊地信義、装画=文承根)。高井有一の小説だから、というわけでもなく、なんとなく手に取ったところ、表紙が素敵だった。目次の次のページに《装画 文承根》とあったので躊躇せず求めた。

文承根(ムン・スングン)については昨年 ART OFFICE OZASA で没後35年 文承根 藤野登 倉貫徹を見ていたのでその名前が印象に残っていた。作品も良かった。作品や略歴は下記サイトがよくまとまっている。

ときの忘れもの
文承根 MOON Seung-Keun


f0307792_19432548.jpg

この表紙の作品は《1970年代半ばから集中して制作した色を何層もぬり重ねた水彩》(上記サイトより)の系統に属するのかもしれない。伝統的なものを感じさせながら清新な仕上がりになっているように思う。

高井作品も読んでみた。なかなか読ませる。高井の父は画家の田口省吾で(ということは祖父は編集者であり明治末頃の流行作家・田口掬汀)、父親に関係する作品「夭折」と「戦争画集」がいいと思った。

「夭折」は、パリ留学時代の友人だったヴァイオリニストの肖像画を、その未亡人から引き取って欲しいと言われて、貰い受ける話。田口省吾は昭和十八年に四十六歳で歿している。その後、空襲で焼かれて、作品はほとんど残っていない。

《床に拡げた絵を覗き込んで、未亡人は言つた。描かれた標[しめぎ]氏は確かに若かつた。左手にヴァイオリンを、右手に弓を持つて、背凭れの高い椅子に浅く腰掛けてゐる。練習を終へて、一と息ついたといふ感じでもあるのだらうか。鼻梁が高く細く通り、髪も眉も豊富に濃く、艶の褪せたカンワ[ワ;濁点付き]スからさへ、肌の白さの察しられる風貌は、昔ならば〈西洋人の血が混つてゐるやう〉とでも評されたかも知れない。》(「夭折」)

この作品にからめて戦時中の疎開の話と従姉妹(母の姉の子)の話が描かれており、戦時中の東京の様子がじわりと身に迫る。

検索してみるとこの絵の絵葉書が見つかった。「ヴァイオリニストH氏」第二十回二科展(1933)出品。
f0307792_20213658.jpg


「戦争画集」は、米国から返還された戦争画が話題になっていた頃発行された戦争画集を眺めながら、昔の父の画家仲間や弟子のことを思い出す話。

弟子の中で一人だけ父の歿後も彼の家を訪ねてきてくれた塩路裕介という画家が中心に据えられている。塩路もまた戦争画を描いていた。

《「戦争なんて、簡単に絵になるものぢやない」
 胡坐をかいた薄い膝を、軽く叩きながら彼は言つた。
「白兵戦なんて滅多にありやしないし、あつたにしても、その中へ巻込まれれば、死ぬ覚悟をしなくちやならないですからね。絵の題材にするなんて、とんでもない話だ。今はやつてる血腥い絵は、みんな人の話を聞いたり、写真を見たりしただけで描いてる。拵へ物ですよ」
「藤田さんは、自分の絵にお線香をあげたつていふわね。あんまり凄くて、祟られさうだからつて」
 と母が言つた。藤田嗣治の「アッツ島最後の攻撃」は、当時最も評判を呼んだ戦争画であつた。敵味方の死体が折重なる大画面の中央に、守備隊長の山崎保代大佐が、泣き叫ぶやうな表情で剣を振つてゐる。塩路裕介は、母には直接答えず、
「まあ、あれだけ死骸を沢山描くつていふのも、大変な事ですよ」
 と、曖昧に紛らせてしまつた。彼の戦陣の生活は平穏であつたらしい。》

作者は『太平洋戦争名画集』を前にして塩路裕介の姿を探すような気持になっている。

《素晴らしい絵を描いて呉れたと軍の報道部長から感謝されたとか、自分の絵がきつかけとなつて特攻隊の記念碑が建つたとか、楽しさうに書いてゐる人がある。塩路裕介がこれを見たら何と言つただらう、とは私は思はない。ただ、見え隠れする彼の姿を追ふやうな気分で、暗い褐色に塗られた画面を眺めてゐる。

高井の他の作品も読んでみたくなった。

[PR]
by sumus2013 | 2018-02-27 20:52 | 古書日録 | Comments(4)

船川未乾君の装幀

f0307792_19020724.jpg
f0307792_19021842.jpg


これらの図版は『書影でたどる関西の出版100』(創元社、平成二十二年十月十日)の「自己陶酔 園頼三・船川未乾」(宮内淳子)より。園と船川についてはこれまでも何度か取り上げている。

未乾の一生

『自己陶酔』「園頼三先生の思い出」

竹内勝太郎『西欧芸術風物詩』表紙=船川未乾

船川未乾について未見の資料を中島先生がお送りくださったので、簡単に紹介しておきたい。尾関岩二「船川未乾君の装幀」(『書物倶楽部』第一巻第一号、裳鳥會、一九三四年一〇月五日、掲載)。

《船川君は京都の洋畫家であつた。船川華舟はその兄であるが、弟はその弟といはれることをひどく嫌つて居つた。しかし彼は繪の手ほどきを兄に受けた事は事實であるらしい。彼は太平洋畫會に學んだといつてゐたが、そのことの確實性はあきらかでない。
 大正七、八年頃京都南禅寺北ノ坊町に住んで、セザンヌ風な繪を描いてゐた。彼は個人展覧會を四回開いてゐる。》

《彼の死後、夫人咲子さんは友人の誰もに消息を絶つて、その後を知らない。彼はその生立も明かでないし、また、その死後も明瞭でない。彼の一生は戀をする間だけ我々の目にとまる蛍の様であつた。》

兄だとされる船川華舟についての情報もない、と書いたところ、読者の方より御教示いただきました。船川華洲は《未乾の実兄・船川華洲(ふなかわ・かしゅう)は、明治13年6月京都生れで、山元春擧塾、早苗会に所属していました。》とのことです。華舟ではなく華洲が正しい。このように尾関の述べる伝記的な事実については誤謬が多いので富士正晴の年譜を参照していただきたい(上記「未乾の一生」)。

《船川未乾君は或程度まで商業主義を認めながら、その一線を潜つて低下させようとする出版者の要求を一蹴して居つた。その點、船川未乾君ほど、我ままに振舞える装幀畫家は多くはあるまい。彼の要求は承認せずにはゐられないやうにさせる押があつた。押しといふより、人間的魅力といつた方がいいだらう。そしてどんなに算盤に合はない計算でも、彼によつて主張される時には、肯かずにゐられなくなるといふ、さういふ樣な不思議な力を持つてゐた。
 だから、彼が殘して行つた装幀は、その發行の都度、讀書家の眼をうばつたものである。
 いや、或は最後まで商業主義の充分判らなかつた男であつたかも知れない。時々彼はビツクリするほどうまく商業主義にあてはまつた行動をすることがあつたけれど、しかし、それは意識せずしてさうなつたのかも知れない。
 出版者の方で、いくらほどの定價にしたいと思つても、彼にかかると、培[ママ]近い定價をつけるべく餘義なくされるといふ場合が少くなかつた。さういふ意味で彼は傍若無人であつた。》

《「自己陶酔」が船川君の装幀の基調となつてゐた樣である 書物は大型のうすいのが好きであつた。もし許されるならすぐこの大型の薄いものを作りたがつた。背も丸よりフラツトを好いて居た。またサイズも、菊とか、四六とかいふものより、どこか違つたものを作るのが好きであつた。この書は自費出版であつたため、丸善に發賣を依頼したが發行は園君の家であつた。その頃園君の家の表に「表現社」といふ自製の看板がかかつてゐたのを憶えてゐる。
 発行日附は大正八年七月一日、私はまだ學生で、休暇明けに訪問して一册を贈られた。》

《「蒼空」はサイズも氏名印刷の工合も前の本と同じだつたけれども、背を丸くしたり、表紙に茶のうすい色の紙を見返しに燃えるやうな赤の日本紙を、本文にノートペーパーを用ひ、本文の活字を舊五號から九ポイントルビつきに變へて見てゐる。
 しかしこれは決して成功した作品ではなかつた。園君さへ承諾するなら、全部を焼きすてたいといひいひしてゐた。》

《船川君がスケツチを版にしたのはそれより前、「太陽」に毎號のやうに京都附近のスケツチが出てゐた。野長瀬晩花氏のスケツチがよく出てゐた事から、恐らく同氏の紹介によつたものであらうと思はれる。》

《雜誌の装幀もしてゐた。私達がやつてゐた同人雜誌、「銀皿」の裏繪をよく描いてくれた。また雜誌の表紙では、京都から出てゐた「民衆文化」の表紙を描いてゐた。毎號續けてゐるうちには煩さくなつたと見えて、最後に稲荷さんの繪馬みたいな表紙を描いて、それでおしまひだつた。
 ことはるつもりで、わざとひどいものを描いて渡したのだと自分では言つてゐた。》

装幀本としては、松原寛『現代人の芸術』(民衆文化協会)、高倉輝『心の劇場』(内外出版)、川田順『山海経』『技芸天』、尾関岩二『お話のなる樹』、園頼三『怪奇美の誕生』、竹内勝太郎『室内』、関口次郎『からす』。

《園君は表現社以来の親友、関口君は朝日新聞記者をしてゐた頃からの友情、竹内君は南禅寺時代から好きな詩人として、いつも愛してゐた。竹内君の方からも船川君に作品を先ず見てもらふといふ風に相尊敬する間柄なればこそであつた。》

伊藤長蔵が「ぐろりやそさえて[ママ]」を始めたときに伊藤熊三の紀行文『感興處々』、小田秀人の詩集『本能の聲』の装幀を手がけている。小田秀人は京大を退学し軍人になったりしてニーチェを勉強していたという。小田は船川を《無二の畏友》と書いている。

尾関とともにエッチングによるイソップ画集を出版する予定で作業を進めていたが、五十枚のうちの二十三枚が未完のまま、船川は肺患で倒れたのだった。

船川未乾の装幀本を掲げておられるブログは下記。

日用帳
竹内勝太郎『詩集 室内』

モダン周遊
『怪奇美の誕生』 園頼三


[PR]
by sumus2013 | 2018-02-26 20:11 | 古書日録 | Comments(2)

阪神タイガース仕様

f0307792_19195746.jpg

[PR]
by sumus2013 | 2018-02-25 19:20 | おすすめ本棚 | Comments(0)

人と本

f0307792_20091275.jpg

平澤一氏には『人と本』(アルマス・バイオコスモス研究所、平成十一年一月十一日)という著作もある。じつはその装幀がちょっと淡白なので、自分で派手なジャケットを手作りしてみた。内容からすれば、もう少し渋い方がいいかもしれないが、小生の目下の気分ではこの抽象的なデザインになるのである。

f0307792_20091536.jpg

本書は第一部「絵本の中の少年」にエッセイ三篇。間奏曲「ホルトマンの娘たち」。第二部「人と本」では愛する書き手たちを論じて、というよりも著作を紹介するという形で人と作品を語っている。尾崎一雄、山口剛、狩野直喜、青木正児、奥野信太郎、岩本素白。この並びはかなりシブイだろう。選ばれているのも本好きな人たちばかりなので古書にまつわる話題も少なくないけれど、ここではすべて略して第一部から祖父の思い出を引いておく。

《父の留学している間、私は祖父に預けられ、三年間、祖父とともに暮らした。祖父は自分の生まれた村が医者のいないいわゆる無医村であることを残念に思い、勉強のよくできた末っ子の父を医師にしたてて、無医村を解消しようと考えた。その頃は、旧制中学校を卒業すれば入学できる四年制の医学専門学校もあったのに、祖父はこれに満足せず、旧制高等学校と帝国大学の医学部に学ばせて、本格的な医学教育を受けさせようと決心した。当時の稲作単作地帯の農家の収入では、その七年間の学費をだすことは到底できなかった。父の学資を作るために、祖父はラサ島燐鉱株式会社に出稼ぎに出かけた。》

《祖父は大正八年十月から大正十四年九月までラサ島でくらし、採鉱課鉱務係長として働いた。退職に当たり、報償金二千円を支給されている。》

《父は大学医学部に入学すると間もなく、大学に残って研究することを希望し、折角医学を学んだのに村に帰って医者になるのは割りが合わないと考えるようになった。卒業すると大学に残り、研究者として生活を始めたのであった。
 そして祖父の無医村を解消する夢は、実を結ばなかった。》

《その後、父は村に帰らなかったことを、いくらか気にしたかもしれないが、祖父の心をほぐしたり、失望の気持ちを慰めることはしなかった。祖父は長年抱いた大きな夢が実現できなかったことを、いつまでも愚痴るような素振りは、みせなかった。心を許していた私にも、このことについて、失望や不満を漏らすことはなかった。》(夜明けーー祖父の思い出)

あじかた村だより 平成元年八月十日号(号外)
名誉村民 故平澤興先生ご逝去特集号


手作りジャケットということで、告知を。ただいま、ヨゾラ舎さんで、拙作シングル盤ジャケット十点展示即売中。コラージュを中心にジョージ・ハリソンは油絵(+コラージュ)です。ちょっとのぞいてやってください。今後も追加する予定です。それぞれのレコード盤もちゃんと入ってますので。


f0307792_20091715.jpg


[PR]
by sumus2013 | 2018-02-24 20:54 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

「雪岱調」のできるまで

f0307792_19365223.jpg

『小村雪岱 「雪岱調」のできるまで 生誕一三〇年 小江戸文化シリーズ4』図録(川越市立美術館、二〇一八年一月二〇日、デザイン=安藤剛史)より雪岱のポートレイト、昭和十一年十一月、平河町の自宅にて、四十九歳。歿するのは昭和十五年十月十七日。

開館十五周年記念展。雪岱は川越出身である。

《本展では、多岐にわたる雪岱の画業から、とりわけ挿絵の仕事と、その中で育まれた「雪岱調」とよばれる独自の絵画スタイルに注目します。一堂に会した挿絵原画の数々を通して、美しい筆線や繊細な感性、そして雪岱調」が誕生する過程をお楽しみいただけましたら幸いです。》(ごあいさつ)

f0307792_19370715.jpg


白紙を生かしたスミ(墨)だけの図録の表紙がうつくしい。

雪岱調」とは、簡単に言えば、ビアズリーと春信の出会いという感じがするのだが、ビアズリーは明らかに浮世絵の影響を受けているので、大きく見れば、浮世絵の二十世紀的解釈のひとつと考えた方がいいのかもしれない(そんなこと、どうでもいいですけど)。

装幀本や挿絵掲載雑誌などと本画・原画が対等に展示されている雰囲気が図録からもうかがえる。これはきわめて二十一世紀的な展示コンセプトだと思う。二十世紀においては、ほとんどの美術展があからさまな本画主義であって、装幀・挿絵などのマルチプルな仕事は歯牙にもかけられなかった。作品としての版画でさえ軽んじられてきた。ところが、今日では、印刷資料を展示しない美術展はないと言ってもいいくらい、それら複製作品に対する処遇は変化して、本画と遜色ない(とは言い過ぎかもしれませんけど)扱いを受けるようになった、というか、藤田嗣治の本の仕事で展覧会が企画できるほどの時代になった。古本好きとしては慶ばしいかぎりと思う。

そういう意味で、象徴的な事件がこの図録に勃発している。

f0307792_19371071.jpg

《作品番号一〇八は、紙本墨画とされていましたが、調査の結果、作品番号一と同一の版画である可能性が浮上したため、出品を取り止めました。》

こんな文言の訂正紙が挟み込まれている。木版画と墨画の区別さえつかなかったのか! と責めるなかれ。これは案外難しいのだ。むろんルーペで仔細に観察すれば、馴れている人ならすぐに分かるはず。しかし、この手の超絶テクニックの木版画に馴れてないと、ついうっかり墨絵の肉筆だと勘違いしてしまう。これは小生自身もしばしば体験するところである。失敗談は下記に。

芸誌〈アピエ〉』30号 「漱石の絵ごゝろ」

雪岱などは、木版の方がいいくらいだ。肉筆の線の震えのようなタッチが木版の刀によって無機質な線に変化している、ムラのあるベタもまさに均質なベタになっている、そこがなんとも言えない雪岱調」を生み出しているような気さえする。

[PR]
by sumus2013 | 2018-02-23 20:25 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

戦争

f0307792_19284345.jpg

『雲遊天下』128(ビレッジプレス、二〇一八年三月一五日、表紙イラスト=山川直人、デザイン・誌名&特集ロゴ=小沼宏之)。毎度ながら頑張った誌面作りになっている。大川渉さんの詰将棋小説「詰むや詰まざるや(七)」をまず読む。つづいて中川五郎「ジャック・プレヴェールの「戦争」」が目にとまる。

プレヴェールの『Spectacles 見世物』に収められた「La guerre 戦争」を取り上げ、Vous(ヴー、二人称単数・複数「あなた/あなたがた」、単数の場合は敬称)の和訳について、冒頭の五行を比較しておられる。

小笠原豊樹訳『プレヴェール詩集』岩波文庫。

 きみら木を伐る
 ばかものどもめ
 きみら木を伐る
 若木をすっかり古斧で
 かすめ盗る


嶋岡晨訳『プレヴェール 愛の詩集』飯塚書店、一九七七年

 おまえたちは木を伐り払う
 ばかな奴ら
 おまえたちは木を伐り払う
 すべての若木を古い斧で伐り倒し
 そいつをごっそり持っていく


大岡信訳『アラゴン エリュアール プレヴェール詩集』新潮社、一九六八年。

 きさまたちは木を伐る
 ばかものめ
 きさまたちは木を伐る
 老いぼれた斧で若木をぜんぶ
 きさまたちはさらっていく


《そんな"Vous"を二人称の言葉の選択肢がいっぱいある日本語でどう訳せばいいのか。ぼくは同じひとつの詩を小笠原豊樹さん、嶋岡晨さん、大岡信さんの三者三様の訳で何度も読み比べ、そういう「古い木」たちを日本語で呼ぶには「きさま」という二人称がいちばんぴったりくるのではないかという結論に達した。》

たまたま『Spectacles』(le point du jour nrf, Librairie Gallimard, 1951)はパリで求めていた。初版と同年発行だが、なんと七十二版である。当時のプレヴェール人気が想像できる。

f0307792_19284677.jpg
f0307792_19284850.jpg

中川氏の引用していない平田文也訳(『プレヴェール詩集』彌生書房、一九七二年)はこうなっている。

 きさまらは木を伐り払う
 ばかなやつらめ
 きさまらは木を伐り払う
 若い木をみんな 古い斧で
 きさまらはかっぱらう

けっこう平田訳がいちばんいいのかな、と思ったりもするが、好き好きであろうか。なお小笠原豊樹訳はユリイカ版(一九六〇年)を架蔵するので、参照してみると、岩波文庫と同じ訳のようで、七五調にまとめたのが工夫と言えよう。ただ、ちょっとどうかなというところもある(今回の引用部分では「きみら」とか「かすめ盗る」とか)。

この『雲遊天下』には先日ライブを見させてもらったカニコーセン氏も執筆している。氏が発行しているフリーペーパー「さざなみ」を入手したので第九号(二〇一八年一月一日)を公開しておく。なかなかの文章家だ。イラストは加藤亮太郎。

f0307792_20203740.jpg

[PR]
by sumus2013 | 2018-02-22 20:25 | 古書日録 | Comments(0)

海雲抄

f0307792_19230977.jpg

平澤一『海雲抄』(龜鳴屋、平成二十三年五月三十一日)。書物航游』を取り上げたところ、こういう本もありますよ、とお教えいただいた一冊。渋い藍染めの布装になっており、いつも触っている本とは手触りが違う。この感覚をしばらく忘れていた。

身辺を見回してみても紙の本ばっかり。本棚になにかあるだろうと、探してみたが、意外に見当たらない。それでも、掘りに掘って(というほどではありません)、七冊ほど取り出した。漢詩の関係が多いのも偶然ではないのかもしれない。むろん、まだまだあるはずだが、すぐには出て来ない。

f0307792_19393014.jpg
一九七〇年代頃までは函入布装はまっとうな本なら当たり前の装幀だった。ただし一口に布装と言っても、布の種類によってさまざま(木綿が多いように思います)。必ずしも味わい深いものばかりではないが、それでも、洋書の布装などとはまた別種の趣味性が感じられる。

『海雲抄』の特装本は奥野信太郎の遺した和服一着から十部作られたそうである。それ以外の二百二十部には六種の布が用いられている(奥付にそう書いてあります)。

内容は、旧稿三篇、新稿四篇から成る。書物に関するエッセイ「徳永先生の手紙」(『リリオム』の翻訳者・徳永康元との往復書簡)、長谷川等伯に関する二篇「等伯の画山水に遊ぶ」「日通上人『龍之図書簡』考」、専門分野の「ダウン症児の笑い」、船舶についての二篇「コンテナ船航海記」「船長は語る」、そして雲の書物史とも言える考察「雲三題」。

「徳永先生の手紙」よりブダペストの古書店について。

《先生は昭和十五年から十七年まで、日本とハンガリーの交換留学生として、ブダペストに留学した。留学中よく訪ねた古本屋は二軒あった。その一つは大学のすぐ近くの横町にあるランシュブルグ老人の店であった。店にはハンガリー語の学術雑誌のバックナンバーが揃っていた。今一つはブダペスト中心街にあるラウフェル書店で、大学と学生寮の中間にあるので毎日のように立ち寄った。地下室の大きな書庫にはヨーロッパ諸国の文学・芸術・歴史などの本があった。終いには、ラウフェル家は家族のパーティにも招んでくれるほど親しくなった。》

本の横積みについて。

《「本の横積みのことは私のように狭い部屋に住んでいる人間は、戦後の生活では、はじめから諦めている次第です。」本は天を上にして背の書名が見えるように縦にならべておけば、一目でみつけることができる。横積みにすると、それができない。記憶している表紙の色や、本の厚さで探さねばならず、手間が掛かる。停年退職して、大学の研究室に置いていた本を家に持ち帰らねばならなくなり、その本をいれる書庫を造った。初めは全部の本を縦にならべるつもりであったが、やはりかなり横積みにしなくては収らなくなった。その嘆きを伝えたことに対する返事であった。私はこの便りで先生も横積みと知り、横積みは仕方がないと諦めがついた。》

これらの他に尾崎一雄、大岡龍男、岩本素白、西郷南洲などに関する話題が二人の間で交わされている。

平澤氏は美術もたいへんお好きだったようで、画集や画家(須田国太郎、入江波光)についての言及が『書物航游』にも随所に見られるが、本書では、長谷川等伯についてかなり突っ込んだ鑑賞というか研究を行っておられる。等伯は能登七尾の生まれということから、とりわけ興味をもたれたのでもあろう。医学者という立場から読み解く「日通上人『龍之図書簡』考」は非常に興味深い。

慶長四年(1599)京都の本法寺の本堂が完成した(秀吉に命じられて一条戻橋から小川通寺ノ内上ルに移転)。長谷川等伯はそこに龍の天井画を揮毫したのだが、日通上人の手紙は、その下図を見ました、素晴らしい出来ですな、さっそく足場を作らせますから見に来てください、という内容である。

長谷川等伯に関する資料に曲直瀬玄朔(まなせげんさく、一五四九〜一六三一)の医療記録『医学天正記』と『延寿配剤記』がある。傷寒の項に、等伯(七十余歳)は高いところから墜落して右手が不自由になり、最近、傷寒(インフルエンザ)にかかった、と書かれているそうだ。

医研会通信26号 『医的方』

この玄朔の記す「高きより墜ち」と日通上人の足場を作りましたの記事を関連づけられるかどうかについてこと細かに考察している。平澤氏の結論だけ引用すると、結びあわせることはできない、となる。

「雲三題」も、あまりこれまで注意してこなかった視点に啓発された。ざっと引用されている材料をメモしておこう。このテーマはいくらでも引き延ばせるように思う。

文学の中の雲
・幸田露伴「雲のいろいろ」
・森鷗外「雲中語」における幸田露伴「雲のいろいろ」評
・国木田独歩『武蔵野』
・夏目漱石『三四郎』

絵の中の雲
・仏画の中の雲
 文殊菩薩渡海図(醍醐寺光台院)
f0307792_19593567.jpg

 絵因果経(上品蓮台寺、醍醐寺報恩院)
f0307792_19594574.jpg

 来迎図の雲
  山越阿弥陀図(禅林寺)
f0307792_19595608.jpg

  
絵巻物の中の雲
  信貴山縁起絵巻(朝護孫子寺)
f0307792_20001176.jpg

水墨画の中の雲
  海北友松「雲龍図」(建仁寺)
日本画の中の雲
  小野竹喬「白雲悠々」他
写真集の中の雲
  飯田陸治郎『雲』山と渓谷社
  山本三郎『カラー雲』山と渓谷社
  湯山生[やどる]『くものてびき』クライム気象図書出版部
  鈴木正一郎『雲 写真集』講談社
  他


雲って、乗り物だったんだなあ……なるほど、觔斗雲もそうだった。

[PR]
by sumus2013 | 2018-02-20 20:12 | 古書日録 | Comments(0)

世界の風

f0307792_17452516.jpg

福島あずさ 著、nakaban 絵『窓から見える世界の風』(創元社、二〇一八年二月二〇日)。世界を旅するイラストブックシリーズの最新刊。まさに風に乗って世界を旅する本だ。

関西でと言えば、まずは、六甲おろし、でしょう(?)。残念ながら、本書では立項されていない。しかし、ちゃんと言及はされている。イタリアのトリエステ、アドリア海沿岸に吹く「ボラ Bora」のところに

《この風はアルプス山脈やアドリア海の北東に位置するディナル・アルプスから吹き下ろす風で、吹いた後に気温が下がって寒くなるのが特徴。日本では六甲おろしに代表される「おろし風」が同じ現象にあたります。》

とある。そういえば、京都にも「愛宕おろし」があった。「嵐山」という地名は愛宕おろしで花々が吹き散らされるからとも言われているらしい。では、この「あらし」は?

《「あらし」とは、現代ではStormの訳語として低気圧や台風などに使われる言葉ですが、日本各地で山から平野、陸から海へと吹き出す局地風にも「あらし」という名がつけられています。》(肱川あらし 日本:愛媛)

f0307792_19185292.jpg
ボラ Bora


十九世紀半ば、悪天候をもたらすものはすべて嵐(ストーム)と呼ばれていたそうだ。そのストームの情報に興味を持ったのが、ダーウィンの乗ったビーグル号の船長だったロバート・フィッツロイ。

《当時、海で起る嵐の情報は船乗りたちにとって大変貴重でした。そこで彼は晩年、世界初の天気予報と暴風雨警報の事業に取り組みます。時代を先取りすることになるこの一大事業は、緻密な気象観測に基づく科学的な見立てを人々に伝えることでした。そのため「予測・予言(プレディクション)」ではなく、「予報(フォーキャスティング)」という言葉を使ったのです。》(アブロホロス Abroholos ブラジル東岸)

ストームの他に「ハリケーン」という言葉もある。

《明治時代以前の日本では、強い風は「大風[おおかぜ]」や「野分[のわき]」、激しい雨は「大雨」など、地上の「ある場所」で見られる現象とその被害だけが記録されていました。》《人類が俯瞰の目を手に入れ、初めて雲が渦を巻いている事実に気がついたのです。》

《ハリケーンの語源はマヤ神話に登場する風や嵐の神 Huracán[ウラカン]。世界各地で神々は地上の人間を「俯瞰」してきました。》(ハリケーン Hurricane 西半球:日付変更線より東の太平洋、大西洋、カリブ海、メキシコ湾)

f0307792_19185672.jpg
落山風[ルオシャンフェン] 台湾:恆春半島


おろし風の類語に「だし」がある。

《おろし風の一部が、狭い谷間で強められ、平野や海に向って吹き出す強風で、夏の日本海側で起こります。
 これらの風が「だし」と呼ばれるのは、漁師たちが船を「出す」のにふさわしい風だったから。漁師用語には、東風を表す「こち」、南風を表す「まじ」「まぜ」「はえ」、西風や北風を表す「ならい」、南東風は「こちまじ」など、今日あまり一般的に使われない言葉があります。》(だし 日本)

こち吹かば・・・

f0307792_19185865.jpg
キャッツ・ポウ Cat's Paw アメリカをはじめ英語圏


世界中から集めた風の名前、大半は初めて目にするものばかりなのだが(詳しくは本書にて)、それでも日本語になってしまっているような風の外来語も少なくない。ストーム、ハリケーンはもちろん、シロッコミストラル、ジブリ(本書ではギブリ Ghibli)そしてフェーン現象のフェーン(Föhn)もアルプスの山々から吹き下ろす風の名前だったのだ。

以上、引用したように丁寧で分りやすい説明がいい。また、nakaban のイラストも独特な雰囲気を持っている。どこか懐かしい、世界各地を旅しているはずなのに、ともすると過去へ遡っているような気分にさせてくれる。単純に、四十年近く昔になってしまった、スペインや地中海沿岸の宿屋を思い出させてくれるからかなあ……。それぞれの絵に付された詩のように長めのタイトルもいい。

 風が見えるという町がある
 そう教えられ 特急列車に乗ってやってきた
 駅前の大通りに面したカフェに入る
 明るくて広い店内に漂うコーヒーの高貴な薫り
 水を置きながらウェイターが
 窓の向こうを見るよう促した
 あ 遠くの山を越えた風が
 今しも駆け降りてくるところ
 (フェーン Föhn アルプス山脈)


f0307792_19190152.jpg
ボレアス Boreas ギリシア神話の北風の神


[PR]
by sumus2013 | 2018-02-19 19:55 | おすすめ本棚 | Comments(3)

小児養育心得

f0307792_19324245.jpg

『小児養育心得改正』(石田勝信、明治十一年1878三月改正)。題簽は失せている。どうやら袋もあったらしい。序に

《弊家の脾肝薬玉圓ハ文化四卯年予の父鼎貫之を製し今の業を創[はじ]む而て小児養育金礎といふ書を著し其薬効と養生を人に告[しらせ]人々閲て是を可とし云々》

と石田勝信が書いているように父石田鼎貫の著書『小児養育金礎』を改訂したもので、丸薬を買うと無料でもらえるサービス冊子。子育て方のポイントや病気の対処法が書かれている。

f0307792_19324521.jpg
石田鼎貫翁、九十五歳肖像


f0307792_19324892.jpg
本家石田勝秀(京都五條橋東二丁目)。これが店舗名だろう。この名前で検索すると、「神壽散」のくすり看板がたくさんヒットする。しかし、注目したのは、なんと言っても、石田勝秀の左隣の一行。

〔印刷 烏丸三條上ル活版所點林堂〕

點林堂の印刷物だった! この頃は烏丸三条上ルにあったのか。點林堂については下記参照。

日政『衣裏宝珠鈔』

f0307792_19325168.jpg
f0307792_19331401.jpg


挿絵は鼎貫肖像の他に二点挿入されている。その内の一点、子供の遊び。サインは「百僊」。三重県伊勢出身の画家・吉田百僊(一八五九〜?)だろうか。

f0307792_19331176.jpg
脾肝薬玉圓の売弘取次所


もうひとつ、オマケ。明治時代のしおり紐。

f0307792_19331746.jpg

本書にもともと付いていたとは考え難いが、このしおりは紙ではなく、細い糸を何本も平たく張り合わせてシオリ状にしている。水引に似ていなくもない(水引は和紙製ですが)。

[PR]
by sumus2013 | 2018-02-18 20:23 | 関西の出版社 | Comments(0)