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グウルモンの思ひ出

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ルミ・ド・グウルモン『沙上の足跡』(堀口大學訳、第一書房、一九三〇年五月一五日)。第一書房の本は数えるほどしか所持しないためブログでもほとんど紹介したことはない(あ、船川未乾を特集した『PANTHÉON VI』がありました!)。本書は短い文章からなる随想集と言ってもいいだろう。タイトルの「沙上の足跡」は『ロビンソンクルーソー』から採られている。ロビンソンクルーソーが砂の上に足跡を見つけてギョッとするくだり。

しかし本文よりもギイヨオム・アポリネエルによる「グウルモンの思ひ出」がずっと面白いようだ(要するに古本屋が登場する!)。

《千八百九十九年のことだ、四月にプロヴアンスから初めて巴里へ出て来た私は、殆ど毎日のやうに、夕方の五時頃から、セエヌの河岸に軒を竝べてゐる古本屋の見世先へ掘出しものに出かけることにしてゐた。》

アポリネールは当時パリに誰も知り合いがいなかった。だから街頭で見かける紳士たちを有名な詩人や作家ではないかと夢想して勝手にあれは誰これは誰と命名していたという。

《毎夕、河岸に沿うて、私の後から来て、私を追越して行く一人の男があつた、この男は何時も私より後から古本見世のひやかしを始めるのだが、私よりも短い時間を各々の見世の前に立つのであつた。巖畳な体格をした中年の男だつた。彼は黒い外套を着てシルクハツトを被つてゐた、そして、 [ママ]の廻りには、白絹の襟巻がなげやりに巻いてあつた、紙や書物を小腋にかかへて、足早に歩いてゐた、一寸の間、一一の見世先に立ちとまつて、時々は一冊をとり上げ、頁を繰つて見た上で、またもとの場所へ丁寧に竝べ返してゐた。たまには又、彼が本屋の主人を呼んで代価を払つてゐるのを見たこともある……。

アポリネールはこの男をルミ・ド・グウルモンと名付けた。ところが実際その男はルミ・ド・グウルモンだったのである。その後アポリネールはグウルモンを訪ねるようになる。初めて訪ねたのは一九〇三年。自分の雑誌『Festin d'Esope』の原稿依頼に行った。原稿はもらえなかったが彼の住居を見る機会になった。

《それは書物と絵葉書と写真との奇態な雑物集積所なのである。》

本書もちょうどそのような雰囲気を漂わせている。


by sumus2013 | 2016-04-30 21:22 | 古書日録 | Comments(0)

骨45

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『骨』45(骨発行所、一九七三年一二月二〇日)を入手。まだ四冊目だが、こういう雑誌はいつでもうれしいもの。

骨と骨




八尋不二「天野忠「余韻の中」をよむ」の冒頭に電話魔・富士正晴が登場する。

《深夜。
 電話が鳴った。
 ごきげんの、富士正晴の声がきこえてくる。前夜とまったく同じ内容を、まったく同じ順序で喋舌り出す。そこで、その進行が、
 「天野忠の(余韻の中)な。あれ、おもろいで…」
 という箇所へ、さしかかったところで
 「それ、昨夜、言うてたがな」
 と、ストップをかける。
 「ひえッ、昨夜かけたんか」
 ギャット!という風に、呼吸をのんだが、
 「うん、かけたような気ィしてたんや」
 とくる。
 竹林の一酔。天下は正に太平である。

富士の電話に悩まされた知友は多勢いたようだ(山田稔さんも、寒い廊下で電話を取る冬場などは困ったとおっしゃっておられらた)。続いて八尋は天野忠の詩「ピアノ」に触れてこう書いているのが面白い。

《が、しかしだ。僕は天野忠の、年寄ぶったところが嫌いである。大体、彼は昔から、へんに弱者ぶったり、病人ぶったりする風がある。その上、近頃はまた一つ、年寄ぶることが増えた。もうじき還暦になるという時など、まるで(この世も終り、身も終り)と言わんばかりの風情であった。》

たしかにそう思えるふしは本人を直接知らなくても感じられる。ま、それが芸風というものだろう。

by sumus2013 | 2016-04-29 20:32 | 古書日録 | Comments(0)

はっぴーあいらんど祝島通信 Vol.3

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2016年5月1日発行

著者 優子☆
写真 國弘秀人
装幀 林 哲夫
発行 柳原一徳

発行所 みずのわ出版
http://www.mizunowa.com

188×128mm

同シリーズ三冊目。カバーは色変わりだけだが、表紙の方は毎回違った写真(國弘秀人撮影)を使わせてもらっている。今回は「祝島の島ネコ」。

《ホントにいろんな表情を見せてくれる島ネコたちですが、それだけ島にはネコが多い、ということなのでしょう。
 以前、祝島を訪ねた時、波止の近くにも、練塀を歩きまわっている時にも、あちらこちらでネコを見かけました。
 すぐそばを通っても逃げようともせず、「いらっしゃ〜い」とでも言ってるかのように、首を回してわたしのことを観察しているようだったことを思い出します。》

《道の真ん中に寝そべっていたネコに、手を伸ばしてなでてみると、目をつぶって気持ちよさそうにして、おなかをなでも伸びをしたりするほど、まるで飼い猫のように人懐っこくて、びっくりしたのもです。》

本文にはカラーの島ネコ・アルバムがあります!

祝島ホームページ
http://www.iwaishima.jp

by sumus2013 | 2016-04-29 20:01 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

茶をしばく

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『月刊みんぱく』五月号(国立民族学博物館、二〇一六年五月一日)の巻頭「エッセイ千字文」に拙文を書かせていただきました。題して「茶をしばく」。特集が「たまり場」なので喫茶店に関する話題をとの依頼でした。「茶をしばく」の語源を少し探りつつ、喫茶店は茶(コーヒー)を飲む場所ではない……という従来の主張を少々ふりかけておきました。

国立民族学博物館の広報誌『月刊みんぱく』

【喫茶店の時代】関連として特集のなかで吉田佳世「沖縄のユタと女のたまり場」に二十四時間営業のファストフード店についての記述があり、川瀬慈「マンチェスターの水タバコ店」ではマンチェスターの「カフェ・ダマスカス」(シリア移民が経営し彼らのたまり場となっている)についての考察が出ており参考になった。


by sumus2013 | 2016-04-28 20:49 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

季村敏夫の仕事を囲む

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山上の蜘蛛 神戸モダニズムと海港都市ノート
http://sumus.exblog.jp/11953166/



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窓の微風 モダニズム詩断層
http://sumus.exblog.jp/13712865/

***

季村敏夫の仕事を囲む
「山上の蜘蛛」「窓の微風」を読む

2016年5月1日(日)
14:00〜17:30

こうべまちづくり会館
神戸市元町通4-2-14
078-361-4523
http://www.kobe-machisen.jp

第一部
季村敏夫に問いかける
14:00〜15:30

第二部
季村敏夫と語り合う
16:00〜17:30

18:00より懇親会を予定

事務局:神戸海星女子学院大学 箕野聡子研究室内
神戸近代文化研究会事務局
078-801-2277(代表)
mino(アットマーク)kaisei.ac.jp

***




by sumus2013 | 2016-04-28 20:21 | もよおしいろいろ | Comments(0)

マニフ. 1979

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昨年十月シャンペレ古本市で購入した紙焼写真。段ボール箱いくつかに生写真ばかり何百枚と放り込んで並べている業者がいた。写真の種類はいろいろでアンティーク調のものから映画俳優の肖像やエロテッィクなものまで揃っていた。それらのなかにひとまとめにこれらデモの写真が紛れ込んでいた。おそらく三十枚以上はあっただろう。裏に捺されたスタンプから同じ写真家の作品だと分る。一枚一枚はそう高いものではなかったが、1ユーロ、2ユーロでもなかった。できれば全部買い占めたかった。結局かなり迷った末、気に入った絵柄を六枚だけ入手。

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黒いスタンプは以下の通り。

Gérald BLONCOURT
REPORTER - PHOTOGRAPHE
117 Av. du Bois de Vérrière
92 ANTONY
MENTION DU NOM OBLIGATOIRE
DROITS RÉSERVÉS

ジェラール・ブロンクールで検索してみるとご健在。ブログで作品を公開しておられる。

LE BLOG DE GERALD BLONCOURT

ブロンクール氏は一九二六年、ハイチ生まれ。画家、詩人、写真家。一九四六年に政権交替によって追放され八六年までフランスに住んでいた。ブログにも作品がたくさんアップされているが、労働者をとらえた作品はなかなかに印象的である。

青い色のスタンプは写真の説明。

12 et 13 Fevrier 1979 - LONGWY en lutte contre les licenciements dans la sidérurgie

ロンウィ(LONGWY)はロレーヌ地方の鉄鋼業の町。十九世紀から栄えていたようだが、一九七〇年代には衰微してしまい、七八年十二月にレーモン・バール政権は二万一千人の解雇を発表した。それに対する労働者の激しい抵抗、騒乱が相次いだ。ブロンクール氏が撮影したのは七九年二月十二、十三日のデモの様子である。

もう一種類、同じ七九年、五月十七日、パリでの教育改革に反対するデモの写真が二枚混じっていた(最初の写真の手前の二枚)。バスティーユからパレ・ロワイヤルまで(パリの中心街)を練り歩いたようである。写真下部分に手書きで次のように書かれている。

17/5/79. Manif. fonctionnaire Bastille- Palais-Royal

パリとロンウィ、同じ労働者でもまったく違う雰囲気なのも当然ながらたいへん興味深い。いちばん気に入っている写真はこちら。やや作りものめいた感なきにしもあらずだが、それはそれで決まっている。

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by sumus2013 | 2016-04-27 21:42 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

喫茶店の時代・正誤

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拙著『喫茶店の時代』(編集工房ノア、二〇〇二年二月二二日)。もうすでに十四年前の出版物になってしまった。刊行当時はなかなか評判もよく類書がないため書評にも数々取り上げられた。しかし恥ずかしながら誤植や誤記も少なくない。正直、著者校正だけでは限界があった。

幸い、再版したので、そのときにある程度は訂正したつもりだったが、それでもそんなものでは終らない。なにしろ扱っている時代が幅広いものでつまらないミスも多い。また喫茶店に関する新しい知見も次々出て来た。読者の皆様よりも御教示もいただいた。

文庫本にでもなったらそのときには思い切って改訂しようとチェックはしておいたのだけれども、今のところその気配はまったくない(そのせいかどうか古書価はそれなりである)。そこで、ボチボチではあるが、ブログ上で訂正なり増補なりを加えていこうと決心した。

まずは本ブログに「喫茶店の時代」というカテゴリーを設け、喫茶店関連の記事を一覧できるようにした。これまでに掲載しためぼしい記事を分類し直しておいたのでご参照あれ。

訂正増補(初版本に拠る)、まずは序章「日本人のコーヒー初体験」より。

14頁5行目 ×太田南畝 ○大田南畝

14頁14行目 ×日本後記 ○日本後紀

15頁8行目 〈模倣しようと試みた。〉の後に以下の文章を挿入

〈天明八年(一七八八)に長崎に旅した司馬江漢は後に和蘭茶臼(コーヒー・ミル)を作っている。[脚註3//4]『原色日本の美術第25巻 南蛮美術と洋風画』小学館、一九七七年、二二〇頁。〉

つづけて以下の文章も付す。

〈また長崎から大阪へ初めてコーヒーを紹介したのは木村蒹葭堂で、その『蒹葭堂雑誌』には「コツヒイ」として簡単な説明が付せられた。[図]〉

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〈コツヒイ

コツヒイ形は豆の色も常の大豆にて少し黒ミあり態々中をするすものにて蛮人食後ニ好て此を食するなり〉【読みは自信ないところもありますが、とりあえず】


まだ他にもあるかもしれないが、とにかく気づいたところは直して行きたい。読者の方よりの御教示歓迎します。

by sumus2013 | 2016-04-26 20:21 | 喫茶店の時代 | Comments(0)

国書刊行会内容見本

国書刊行会の小型の内容見本をまとめて頂戴した。一九九一年から九四年に発行されたもので、いずれもタテ180ミリ程度の大きさ(定型封筒に入るサイズ)。この時代の雰囲気が感じ取れるような気がする。宣伝するつもりはないが、まだ「在庫あり」となっているタイトルもあるようだ。


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『日本幻想文学集成』全33巻+別巻!
装画=梅木英治
第1巻、第2巻=1991年3月25日発行
中綴じ、表紙共18頁



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『クライム・ブックス』
装幀=中島かほる
第1回配本『ラトクリフ街道の殺人』1991年8月
三つ折り



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『刊行案内』1991年冬
五つ折り



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『探偵クラブ』全5巻
第1回配本『とむらい機関車』1992年5月
三つ折り



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西崎憲編『怪奇小説の世紀』全3巻
装幀=中島かほる
第1回配本『夢魔の家』1992年12月
二つ折り



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『探偵クラブ』第II期全5巻
装丁=高麗隆彦 装画=山田章博
第1回配本『虚像淫楽』1993年3月
三つ折り



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秋端勉責任編集『黄金の夜明け魔法大系』全6巻
装丁=高麗隆彦 装画=山田章博
第1回配本『黄金の夜明け魔術全書1993年6月
三つ折り



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牛島信明責任編集『スペイン中世・黄金世紀文学選集』全7巻
装幀=坂川栄治(坂川事務所)
第1回配本『模範小説集1993年11月
観音折り



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『探偵クラブ』第III期全5巻
装丁=高麗隆彦 装画=山田章博
第1回配本『烙印』1994年3月
三つ折り



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高山宏責任編集『異貌の19世紀』全6巻
装丁=高麗隆彦
第1回配本『二つの死闘』1994年6月
三つ折り



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『文学の冒険/第2シリーズ』全20巻
装幀=坂川栄治
第1回配本『エバ・ルーナ』1994年6月
三つ折り



国書刊行会
http://www.kokusho.co.jp/np/index.html




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『ドーキー・アーカイヴ』全10巻
装幀=山田英春
初回2冊同時刊行『虚構の男』『人形つくり』2016年5月
表紙共14頁






by sumus2013 | 2016-04-25 20:26 | 古書日録 | Comments(0)

二銭銅貨

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もう一冊、江戸川乱歩を。『二銭銅貨』(平凡社、一九四六年六月一〇日再版)。表紙および裏表紙には「TEI」のサイン。絵柄からして高井貞二であろう。高井は昭和二十一年から二十二年にかけて『白髪鬼』(ふじ書房)、『黄金仮面』(丘書房)、『幽鬼の塔』(ふじ書房)、『暗黒星』(ふじ書房)などの装幀を手がけている。扉もどうだろう、高井かな?

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挿絵は岡田七蔵(1896-1942)。札幌生まれで三岸好太郎の友人だった。二科会、春陽会を経て国展に出品。谷崎潤一郎の「鮫人」の挿絵も担当した。

「二銭銅貨」の初出は『新青年』大正十二年四月増大号。江戸川乱歩のデビュー作とされる。この本が再版となっているのは平凡社から昭和二年に『現代大衆文学全集第三巻江戸川乱歩集』として刊行されたからだろう。「二銭銅貨」の他に「D坂の殺人事件」など全八作収録。例によって虫食いが残念な本だが、もしキレイならそこそこの値段である。

「D坂の殺人事件」から明智小五郎の下宿の図。これは昭和初期の佐野繁次郎と似たタッチの絵である。

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《何気なく、彼の部屋へ一歩足を踏み込んだ時、私はアット魂消てしまつた。部屋の様子が余りにも異様だつたからだ。明智が変り者だということは知らぬではなかつたけれど、これは又変り過ぎてゐた。
 何のことはない、四畳半の座敷が書物で埋まつてゐるのだ、真中の所に少し畳が見える丈で、あとは本の山だ、四方の壁や襖に沿つて、下の方は殆ど部部[ルビ=へや、ママ]一杯に、上の方程幅が狭くなつて、天井の近くまで、四方から書物の土手が迫つてゐるのだ。外の道具などは何もない。一体彼はこの部屋でどうして寝るのだらうと疑はれる程だ。第一、主客二人の坐る所もない、うつかり身動きし様ものなら、忽ち本の土手くづれで、圧しつぶされて了ふかも知れない。》

明智小五郎の風貌についてはここではこう書かれている。年齢は二十五歳を越していない。

《妙な男を引合ひに出すが、あの片腕の不自由な、講釈師の神田伯龍を思出させる様な歩き方なのだ。伯龍といへば、明智は顔つきから声音まで、彼そつくりだ、ーー伯龍を見たことのない読者は、諸君の知つてゐる内で、所謂好男子ではないが、どことなく愛嬌のある、そして最も天才的な顔を想像するがよいーーたゞ明智の方は、髪の毛がもつと長く延びてゐて、モジヤモジヤともつれ合つてゐる。そして、彼は人と話してゐる間によく、指で、そのモジヤモジヤになつてゐる髪の毛を、更にモジヤモジヤにする為の様に引掻廻すのが癖だ。服装などは一向構わぬ方らしく、いつも木綿の着物に、よれよれの兵児帯を締めてゐる。

神田伯龍か、なるほど。まだ二十面相と対決する背広でバリッと決めた明智探偵ではない。モジャモジャ頭は変わらないが……

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by sumus2013 | 2016-04-23 20:31 | 古書日録 | Comments(0)

よい頃を

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つい先日手に入れた短冊。例によってよく読めない。保光とは誰なのか? 作者の素性が分らないので時代も不明。紙質からしてそう古くはないものの新しくもないようだ深緑の模様は木版摺と思う。

 よい頃を[㝡?]たてと  保光
  いふ花見かな

「㝡」(さい)と読んでみたがどうなのだろう(先に「何」だという御教示をいただいたが、あるいは「宮」ではないかというご意見も頂戴した。「みやたて」だと語呂はいいような気がする)。また花見の花が読めなかったのだが、こういう崩し方もあると御教示を頂戴した。たしかに花見でぴったりだ。

by sumus2013 | 2016-04-21 20:12 | 古書日録 | Comments(2)