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林哲夫の文画な日々2
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畫本巻中

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二〇一五年の掉尾は和本で飾ることにした。鳥類図譜である。ただし題簽も欠け見返しも標題もないので書名が判然としない。版心には『畫本巻 中』とある。ならば三巻本か。表紙に墨書《文政二歳卯三月吉日》(一八一九年)、その左に読めない二文字(?)が見える。表紙の裏に《矢谷瀬□□□□弥衛》。

画手本と考えていいだろうが、単純に鳥類図鑑としても楽しめる。参考までに収録されている鳥名を列挙してみる。

孔雀(くじやく)、同女鳥/鳳凰(ほうわう)/鶴(つる)/鶴【下図】

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音呼鳥(いんことり)、鶺鴒(せきれい)/鶴(つる)、鶺鴒(せきれい)/杜鵑(ほとときす)、鵲(かさゝぎ)/鷹(たか)、雉子(きじ)、鴛(はんとり)【下図】

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鵠(くぐい)、雉(きじ)/鷽(うそ)、鴎(かもめ)/燕(つばくろ)、〓(うしとり【ヒヨドリ?】)/山𨿸(やまどり)、雁(がん)/鴛鴦(をしどり)、鳩(はと)/〓(ましこ)/小こく、鶤𨿸(とうまる)、𨿸(にハとり)、〓(ひよこ)【下図】

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白鷹(はくたか)、のご鳥/雲雀(ひばり)、鶍(いすか)/鷲(わし)、〓鵰(くまたか)、鸚鵡(あふむ)、鵐(しとゝ)/梟(ふくろう)、角鴟(ミゝづく)、鷦鷯(ミそさゞい)/水𨿸(くゐな)、鳶(とび)/烏(からす)、鶉(うづら)/錦𨿸(きんけい)、翠苜(すいしゆく)/白鷴(はくかん)、翡翠(かハせミ)/鵙(もず)、ふんとり/鶸(ひわ)、鶲(ひたき)、葉鳲(あつとり)/はとう鳥/蝙蝠(こうもり)/あをぢ、とき/〓(うぐひす)、鳬(かも)【下図】

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八頭(やつかしら)、鸊〓(かいつふり)/蝋嘴(まめどり)、〓〓(かつこうどり)、晝眉(ほうじろ)、鶚(みさご)/とうくわ鳥、深山晝眉(ミやまほうじろ)、鴻(ひしくい)/啄木(きつゝき)、めじ路/〓(しき)、竹𨿸(やましぎ)、鶇(つぐミ)/雀(すゞめ)/山雀(やまがら)、四十雀(しじうから)、駒鳥(こまとり)、きひたゝき/さんがう鳥、錬鵲(きんじやく)、きやうきやうし鳥、嶋〓(しまひよどり)/えなが鳥、ひかう鳥/烏鳳(おながとり)、白鷺(しらさき)、青鷺(あをさぎ)、五位鷺(ごゐさぎ)/吐〓𨿸(とじゆけい)、鶩(あひる)、鸕鷀(う)

以上。変換できない漢字が多いが、あしからず。本文最後の頁上部に貸本?印《但馬/出石/本町/扇良》あり。

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表紙3の見返し紙にも墨書きが見える。裏表に書かれているが、とりあえず表だけ読んでみる。

 但刕養父郡  綱場
        紺屋
          □吉
 寛政六寅年求之

寛政六は一七九四年である。

***

今年もいろいろあった。今、無事にこんなヒマつぶしの記事を書いているのが不思議なほどだ。とにもかくにもご愛読に深謝したい。よいお年をお迎え下さい。


by sumus2013 | 2015-12-31 22:25 | 古書日録 | Comments(0)

春城閑話

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市島春城『春城閑話』(健文社、一九三六年二月一五日)の裸本。函があればそこそこのお値段ながらこちらは双白銅二百円なり。先日、豆本の話で引用した。驚くべきコレクター魂の持ち主である。ジャーナリストから政治家となったが喀血して政治活動を中止、東京専門学校(後早稲田大学)図書館長に就任した。

本書は趣味の分野についてさまざまに蘊蓄を披瀝している。ただ茶道や骨董については別世界でもあり、また文章にやや説教臭があって面白味は少ない。しかし古書となると話は別。

《私の毎日の道楽は市中へ出て書物を漁り廻ることで、これが殆ど日課である。震災後は古書が殊に払底で、ある時は手を空しうして帰ることもある。然し獲物が無くても興味はある。丁度狩猟家が時に一物も得ずして帰ることのありながら、再び銃を手にして出掛ける心持と同じだ。畢竟希望が興である。ホープと道伴れである所に興味が存するのだ。
 扨て会心の書物を取り当てたとすると、其の喜は非常である。時には近辺の旗亭に立寄り、本を傍らに侍らして祝杯を挙げることもある。求め得た本を家へ携へて来ることを私は戯れに「珍客来る」と呼んでゐる。この珍客を時には寝所にまで引き入れることもある。お客というても決して帰すことはない。毎日斯く珍客を迎へて接客することが私の道楽である。》(古書あさりと図書館生活)

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他には「頼山陽と趣味」というかなり長文のエッセイを最も興味深く読んだ。《人は多く山陽の才学、識見を云ふが、実は、其の趣味性を閑却しては、彼れの芸術を解しかねるのである。彼は趣味に於ても大なる天才であつた》という観点から一々その趣味生活を吟味して行く。

まずは書画癖。山陽は「横奪」が得意だった。

《竹田が、人の為に刻苦して画帖を書き、「一楽帖」と名づけた。山陽は、之を見て食指動き、遂に横奪に及んだ。竹田も、為に再び書くことを余儀なくされたが、山陽が横奪の言ひ草に、「他人の喜ぶ所は我も亦之を喜ぶ、他人の珍とする所は我も亦珍とする、他人のものを横奪するも亦復一楽である」と呑気なことを云うてゐる。

これでは「買えなければ盗んででも自分のものにしたくなるような絵なら、まちがいなくいい絵である」とうそぶいた洲之内徹の大先輩ではないか。竹田は山陽の「亦復一楽」という言葉を取ってあらたに描いた帖を「亦復一楽帖」と名付けたのである。

江戸の市河米庵も同じ癖を持っていたそうで、山陽と米庵はしばしば往来していた。米庵が京都へやって来たとき、木屋町にあった山陽宅を訪問した。山陽は遠来の客を喜んでもてなし最も珍蔵していた中国画を見せてしまった。米庵は一目見て食指動きぜひともその一幅を手に入れたいと懇望したが山陽はウンとは言わない。そうこうして日は過ぎ米庵は江戸へ帰ることになった。ところが大津まで来たとき「やっぱりあの絵が欲しい!」と思い直し、馬を引き返させたと言うのだ。山陽の家に駆け込んで「持ち金全部をはたくから譲ってくれたまえ」と懇願した。それでも山陽は譲るとは言わなかった。悄然と江戸に戻った米庵は切々と訴える手紙を山陽に宛てて書き送った。それを読んだ山陽、身ぶるいがしたそうだ。

山陽と伊丹の清酒、とくに剣菱との関係を描いたくだりも面白い。山紫水明處の購入資金を援助したのは剣菱醸造元ではないかと春城は推測している。剣菱を紹介した老柳原佐一郎に宛てた山陽の手紙の内容からそれが読み取れる。たしかにあそこは一等地だから文売だけでは容易に求めることはできないだろう。誰であれそういうパトロンがいたとして不思議ではない。

山紫水明處

篆刻についても一家言のあった春城だから山陽と篆刻についてのくだりもよく書けている。二百円でたっぷり楽しめた一冊だった。

阪口五峰と市島春城

by sumus2013 | 2015-12-30 21:44 | 古書日録 | Comments(0)

莢 10

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莢 キトラ文庫在庫目録』(キトラ文庫、二〇一六年一月五日)届く。今号は高額商品も多くいつも以上に充実した内容だ。じっくり読み込んだ結果、最近は義理注文はしないことにしているにもかかわらず、これは欲しいというタイトルが二つあった。抽選は一月十三日。

例によって「一夜千字」エッセイ三編(高橋秀明、森本恵一朗、林哲夫)および店主安田有「大学の頃……追悼・竹之内修甫」掲載。ご覧のような紐でくくった装本が古書目録としては珍しい。素敵だ。

なお『莢』六号に書かせてもらったエッセイ、全文公開しました。

莢 vol.6

by sumus2013 | 2015-12-30 20:13 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

フランス映画社配給

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フランス映画社配給の映画スチール十四枚、海ねこさんの目録より求めた。堀内誠一の遺品であろうか。「81/2」(フェリーニ、1963)「勝手にしやがれ」(ジャン=リュック・ゴダール、1959)「気狂いピエロ」(同、1965)「彼女について私が知っている二三の事柄」(同、1966)「アメリカの友人」(ヴィム・ヴェンダース、1977)「英国式庭園殺人事件」(ピーター・グリューナウェイ、1982)という渋い名作ばかり。裏面にはフランス映画社のスタンプが捺してある。「英国式庭園殺人事件」以外の作品は一応観たような気がする。あまりにも有名な「勝手にしやがれ」の一枚(並木道散歩)はさっそく額装してトイレに飾ったのでここには写っていない。

***

先日、河原温のロフト(http://sumus2013.exblog.jp/24768158/)を取り上げたところ。妙なことにも昨日届いた『scripta』(紀伊國屋書店出版部、二〇一六年一月一日)に河原温のロフトについての記述があった。平出隆「私のティーアガルテン行 第18回郵便とともに」。

《河原温作品との出会いを書いてみよう。一九八三年の夏、連夜の過酷な徹夜仕事を終えて休暇に入った私は、着いたばかりのニューヨークで疲れからひどく酔い、パスポートをなくしてしまった。義兄の家族と自動車でカナダ旅行という計画が水の泡。再発行までニューヨークでおとなしくしていなければならない、という最悪の休暇が決まったとき、寄る辺なさから、ソーホーの画家のロフトに寄寓中と聞いていた若い小説家を訪ねた。小説家は不在、そして画家も不在で、小説家の奥さんと少しばかり話して帰ったのだが、後から思うと、そこは河原温のロフトだった。画家の姿も一点の絵も見当たらないそのアトリエが、「河原温」との最初の、気づかざる出会いの場所だった次第である。》

若い小説家というのは宮内勝典かとも思ったが(河出書房新社と関係が深い)、年齢としては宮内氏が平出氏より六歳年長になるので即断はできないようだ。

もうひとつ目に付いた都築響一「ROADSIDE DIARIES 移動締切日 第四回」。パリの日記だ。九月、十月と二度にわたってパリに来ていた。十月にはカルチェ財団の美術館で「コンゴ現代美術展」を見たと書いてある。わが宿から歩いて十分の距離なのだが見逃していた。残念。この美術館、外観がガラス張りでまったく好きになれないため敬遠していた。反省すべし。もうひとつパリのラーメン街(オペラ通り界隈)にあるオ・ボヌール・ジュ・ジュール(AU BONHEUR DU JOUR)というヤバそうな画廊兼出版書肆の存在も知らなかった。次の機会があれば訪ねてみたい。[余計なことながら都築氏の原稿では仏文の綴りが「JEUR」、発音は「オウ・ボヌール・ドゥ・ジュール」となっておりどちらにも誤植か勘違いが混じっている]

by sumus2013 | 2015-12-28 20:33 | 古書日録 | Comments(0)

美葉会絵葉書

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讃岐に帰省中に某氏より頂戴した古いアルバム。絵葉書が三十枚ほど挟み込まれているのだが、それがただの絵葉書ではない。美葉会同人が凝りに凝って製作した少部数限定絵葉書。木版画あり、肉筆あり、コラージュまでもある。

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美葉会第二回展覧会の案内状も挟まれており、それによれば展覧会の時日は六月十九日(日曜日)正午より四時まで、会費不要。会場は大阪日本橋三丁目交差点から東へ突き当たった光明寺(天王寺区下寺町一丁目)。記念絵葉書(浪華の劇)二十六枚目録共一組贈呈(但シ三百組限リ)。

本アルバムの絵葉書がここで言う「浪華の劇」に当るかどうか分らないにせよ(劇のモチーフも何枚かある)美葉会絵葉書であることは間違いないだろう。下記サイトにアップされている作品もかなり含まれている。

美葉会 - 絵葉書資料館

第二回展が何年に開催されたのか? これも判然としない。ただこのアルバムには昭和七年五月と昭和八年七月の消印をデザインした絵葉書が二点あるのでおおよそその時期だろうということは想像できる。また会員の名前を刷った招き看板の絵葉書が三点。参考までに名前を挙げておく。絵葉書の署名にはこれら以外の人物も散見されるようだ。

田中蒐文洞
松川英都男
梅谷紫翠
西田静波
松田昇太郎
藤崎司芳
浪花贅六庵
松川青影子
芳本倉多楼
太田紅荷
高橋好劇
西澤鉄村
為村佐一郎
三宅吉之助
大村喜昭
伊藤喜撰
濱 生野
川勝人魚洞
粕井豊誠
木村涛華
須藤聴古洞
中村桝風
福井貫進
永野嘉三


by sumus2013 | 2015-12-27 20:46 | 古書日録 | Comments(0)

古本屋オタベ

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古本屋がえらぶ気ままにオールタイムベストテン』(恵文社一乗寺店、二〇一五年一二月二五日)。

執筆店:あうん堂、えほんやるすばんばんするかいしゃ、オヨヨ書林、カライモブックス、口笛文庫、古書音羽館、古書コンコ堂、古書善行堂、古書玉椿、古書モダン・クラシック、固有の鼻歌、colombo(コロンボ)、シマウマ書房、石神井書林、書肆砂の書、書肆中松、東塔堂、にわとり文庫、パビリオンブックス、book cafe 火星の庭、ポラン書房、蟲文庫、ロスパペロテス、ワイルドバンチ

さすがに個性派古本屋店主がそろっているだけあってひとひねりの効いたベストテンを楽しめる。なかでは固有の鼻歌・村田氏が選んでいる「「関西の古本屋の書いた本」ベストテン」はシブすぎ! 涸沢さん(編集工房ノアの、この方は古本屋ではないですが)の詩集からはじまって麻生信之『日の駆けり』(私家版)で締めるというもの凄さ。後者は街の草さんの詩集である。


by sumus2013 | 2015-12-27 19:56 | おすすめ本棚 | Comments(0)

イギリス風殺人事件の愉しみ方

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ルーシー・ワースリー『イギリス風殺人事件の愉しみ方』(中島俊郎+玉井史絵訳、NTT出版、二〇一五年一二月二五日)。ワースリー女史の著作は以前にも紹介したことがある。

『暮らしのイギリス史 王侯から庶民まで』

身近な物や事の歴史を新鮮な見せ方で提示してくれる内容は(図版多数あり)、さすがテレビ畑の仕事人だと感心する。日本版の表紙はシックな仕上がり(ブックデザイン=松田行正+日向麻梨子)ながら原著はヴェリー・ブリテッシュに刺戟的だ。

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十九世紀初頭から前世紀まで、時代ごとの代表的な殺人事件を例に取りながら「殺人」の誕生とそれに対するイギリス人の考え方の変遷を紹介しつつ実際の事件と文学(ジャーナリズムや犯罪小説・推理小説など)との関係を説き明かしていく。その過程で警察機構の整備の問題や法医学の進歩についての叙述も加わってオール・アバウト「殺人」といったおもむきを持っているのだが、読了してみると結局のところ「文学における殺人」あるいは「殺人文学」の発展というバックボーンがしっかりと通っているのがはっきり感じられ、そういう意味では大変まとまりが良く「使える」一冊になっていると思う。ざっと登場順に関連作家の名前だけ連ねるとこういうふうになる。

ド・クインシー
ディケンズ
ウィルキー・コリンズ
メアリ・ブラッドン
スティーヴンソン
コナン・ドイル
マコール・スミス
アガサ・クリスティ
ドロシー・セイヤーズ
チャンドラーとヒッチコック
ジョージ・オーウェル

示唆に富む記述が多すぎて引用するのに困ってしまうくらいだが、なかでも次の指摘はベタながら目から鱗が落ちた。「第十六章 切り裂きジャック」より。

《どうやらスティーヴンソンの『ジキル博士とハイド』は「切り裂きジャック」の正体を推測しようとする人々の見解に決定的影響を与えたようだ。殺人犯がイーストエンドの碌でもない地元住民だと推測する者は誰もいなかった。そうではなく昼間は豊かな社会の一員で、夜間になるとホワイトチャペルの薄汚い通りを徘徊する外部者だという説がたえず支持されたのである。》

《「切り裂きジャック」と同時代のロンドンの街路にはさらなる架空の人物が出現した。あの華々しい私立探偵シャーロック・ホームズである。ホームズは一八八七年、クリスマス号の雑誌に初めて登場し、「切り裂きジャック」が国中を震撼させた一八八八年、『緋色の研究』と題する小説となって出版された。》

《「ジャック」が制御できず不可思議で動機不明の夜の人間である一方、ホームズは合理的思考にとみ華々しく、暗闇を照らす光のような安堵をもたらす存在であった。現実のホワイトチャペル事件においても、アーサー・コナン・ドイルが創作した小説の事件においても、警察は失敗の連続であったのに、ホームズは常に成功を収めた。そして「ジャック」像とホームズ像が奇妙に交錯するなか、連続殺人犯を見たとおぼしき数少ない目撃者である一人は、犯人はホームズの代名詞である鳥打ち帽をかぶっていたと証言したのであった。》

『ジキル博士とハイド』(一八八六年に執筆され、八八年には劇場で上演されていた)、「切り裂きジャック」事件、シャーロック・ホームズ……これらの三つ巴が時代を彩っていた。いや時代がこれらのヒーローを生み出したのか。いずれにしても面白過ぎる。

図版のなかではこちら、この素敵な女性、どなたでしょう?

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アガサ・クリスティーです!

by sumus2013 | 2015-12-26 21:08 | おすすめ本棚 | Comments(0)

東京煮込み横丁評判記

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坂崎重盛『東京煮込み横丁評判記』(中公文庫、二〇一五年一二月二〇日)。五年前に光文社智恵の森文庫から刊行された一冊がここに中公文庫として再刊された。さすが坂崎翁。番外書き下ろし二篇および吉田類氏との対談もあらたに収録。のんべえの達人たちの繰り言を聞け!

坂崎 やっぱり一休ですよ。『狂雲集』なんて書いているけど、あの人、やっていることがメチャクチャでしょ。エロ坊主だし。あれも「痴にして聖」ですよ。
吉田 「痴にして聖」たる人間を時代を生かされなかったら、その時代はなくていいような時代だと思います。
坂崎 ああ、いいなぁ。
吉田 そういう人間を、たとえば江戸時代は生かしたわけですよね。俳人にしたって、だから生きていけたんです。それと同じで、いまの時代も「痴にして聖」なる存在を否定しちゃいかんのですよ。否定したら、世の中がきな臭くなる。そうなったら、いちばん最初に粛清されるのは僕たちですからね。
坂崎 今日、いちばん言いたかったことを類さんが言っちゃったから、「なんだよ〜!」みたいな感じ(笑)。

発言内容については責任持ちません(笑)



by sumus2013 | 2015-12-26 20:13 | おすすめ本棚 | Comments(0)

小山清全集内容見本

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街の草で嬉しかったのがこちら。筑摩書房の内容見本『小山清全集』(一九六九年三月二〇日=筑摩書房の内容見本には内容見本の発行年月日が印刷されている場合が多い)。

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A4二つ折り。執筆は阿川弘之、庄野潤三、亀井勝一郎。

阿川は《小山さんの作品はどの一つを取つてみても、人の心をほのぼのとあたためてくれるようなものばかりである。》《小山さんの書きのこしたものは、たとへて言へば心のやさしい娘が貧しい恋人のために、雪の晩せつせと編んでゐる毛糸のスエーター、そんな味はひがするのである。》と書いている。一番しょうもない推薦文である。

亀井は小山に江戸気質があることを指摘し《たとへばどんなうらぶれた庶民を描いても、その人物にはどこかに「心意気」があるし気ぐらゐが高いのだ。つつましいが一種のレジスタンスがある。》としているが、これはややましな観察だろう。庄野潤三はもうすこしうがった評価を示している。

《彼は、片隅にいて健気にその日その日を生きている人たちへの共感を語り、自らもつつましく、ささやかな浄福を求めて生きようとした作家であった。しかも、この人の中には、そう云っただけでは足りない、複雑なものがある。
 今度、その作品を読み返してみて、何でもないように書かれた文章の一語一語に、思いがけない重さがあるのに気づいた。丁寧に、しっかりと読むことを求めているのである。》

庄野の言うように小山清はそんな単純な人間ではない。太宰や井伏に可愛がられたのにも理由がある。だからこそ可能な限り単純な作品、甘い作品を描こうとした、そんな風に思えて仕方がないのだ。


ツリーハウスの小山清

小山清『小さな町』(筑摩書房、一九五四年)

『二人の友』(審美社、一九七九年)


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もう一点、筑摩書房の内容見本『萩原朔太郎全集』(一九八六年九月)。こちらは古書ダンデライオンより。生誕百年記念決定版全集。一九七五年にやはり筑摩から全集が出ておりそちらは『書影の森――筑摩書房の装幀 1940-2014』にも収録した。八六年版と小山清全集は洩らしている。今さら歎いても仕方ないとは思うもののとくに小山清は入れたかった。

by sumus2013 | 2015-12-25 21:31 | 古書日録 | Comments(0)

モランディ

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兵庫県立美術館へ。「ジョルジョ・モランディ 終りなき変奏」を見る。東北震災のために中止になったモランディ展よりは少しばかり規模が小さくなってしまったようだが、それはそれとしてこれくらいの数(約百点)のモランディ作品に接することが出来る機会は日本では滅多にない(大規模な回顧展は三度目)。

『ジョルジョ・モランディ』(フォイル、二〇一一年)

Morandi 1890-1964

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兵庫県立美術館は寂しい雰囲気だった。妙に疲れる美術館だ。その分ゆっくり見られたのでよしとする。

しばらく実作を見ていなかったせいもあって、その色彩がじつに繊細だったことを再認識した。画集などの印刷物を通してモランディの絵を見たつもりになっているとそれは大間違い。印刷はどうしても色が強くなるから(今回のカタログはとくにどぎつい)どうしてもモランディの本質から離れてしまうだろう。印刷の方が良く見える絵ももちろんある。モランディはそうじゃない。

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もうひとつ注目したのは額縁。ごっつい立派な額縁に入っている作品もあったけれども(日本の国際美術館の所蔵品など)、簡素なガラスも入っていないような渋い額縁が目立った。それがよくモランディに似合っていた。モランディの絵は額なしでも生きるし、クラシックな額縁にも違和感なく溶け込む。

水彩画額のマットのようなやや幅広い枠に入っている作品が何点かあった。これは真似できるなと思ってスケッチしておいた(上の図はそれとは別の額縁です)。

帰途、阪神電車の岩屋から乗って武庫川下車。言うまでもなく街の草詣で。例によって本の山を引っ掻き回して満足。案に違わずいくつか収穫あり。これがたぶん買い納め……。



by sumus2013 | 2015-12-24 20:48 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)