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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


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大日本国民専用実地有益大全下巻

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田村美枝編輯、石橋中和校閲『鼇頭大日本国民専用実地有益大全 下巻』(兎屋支店、一八八六年六月出版発兌)。田村美枝は茨城県士族、当時は大阪府下に住んでいたようだが、それ以上のことは不詳。石橋中和は兎屋(大阪府下順慶町心斎橋南江入)こと有益堂(寺井与三郎)から何冊も著作を刊行している著述家、小説家である。

万民之実益 : 諸物製法妙術奇法 / 大阪 : 寺井与三郎, 明19.12.
大日本国民専用実地有益大全 : 鼇頭 / 大阪 : 有益堂, 明19.6.[石橋中和 閲]
明治二十三年夢想兵衛開明物語. 上巻 / 大阪 : 寺井書店, 明20.1.
明治廿三年夢想兵衛開明物語. 中巻 / 大阪 : 有益館, 明20.3.
鼇頭大日本実地真景名所図会大全. 第1巻 / 東京 : 兎屋, 明22.3.

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天地木口にマーブル模様が施されている。厚表紙、布装、エンボスで浮き出した文字と文様。洋書の重厚感を模倣する。扉の囲み模様なども洋書からの借用だろう。

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内容は実用性を備えた百科事典というおもむき。本文も図版もすべて銅版画刷りの細密な印刷。「文明開化とは俺様のことだ」とタンカを切っているような書物である。

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まず巻頭は「日本名所之部」東京市中繁昌の図から。銀座通りだろう。以下、横浜、仙台などと続いて……

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京都市中の図もある。四条大橋か。さらに大阪から九州まで紹介して四国に到るも、なぜか詳述されているのは丸亀のみ。丸亀が瀬戸内海交通の要所だったことを示している。

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丸亀は《愛媛県下讃岐国那珂郡に在り当国北の海濱にして是れを南海道往来の喉口とも象頭山[ぞうづさん]の参詣、大師霊場の遍路その余四国にわたるの旅客概ね皆な此地に到らざるハ無きの要地たり》とのこと。愛媛県下とあるが、讃岐国は明治初期から管轄が次々変更された。明治九年八月の第二次府県統合により愛媛県となり、それは第三次府県統合で香川県となる明治二十一年十二月まで続いた。

『大日本行程大絵図』大阪湾から瀬戸内海
http://sumus.exblog.jp/19520023/

丸亀の骨董屋
http://sumus.exblog.jp/18708271/


本書の内容の大きなジャンル分けだけ紹介しておく。

○築山庭造法之部
○楽焼奇法之部
○茶ノ湯之部
○囲碁之部
○婚姻心得之部
○女子化粧伝之部
○裁縫和装之部
○料理之部
○日用妙術之部
○方位之部
○家治心得之部
○農業心得之部
○いろは字引之部

これらが事細かに挿絵入りで説明されている。とくに婚姻心得などは結婚の心構えから始まって結納〜結婚当日までを順序だてて懇切に解説してくれており、今見てもたいへん役立ちそうに思える。日本版ブヴァールとペキュシェを書くならこんな本が絶対必要だ!

一例を引くと、日用妙術之部(便利なアイデア集)より「暑中に氷を製する法」。

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《壺に水を入れ口をかたくして釜に湯をたきらかし其の中へ入れ置き湯玉の立とき取上井戸の中へ入るべし忽ち氷となるなり》

これで本当に氷が作れるのかどうか? 昔から理科は得意ではなかったため何とも言えない。要するに冷媒を使わず密閉した蒸気を急速に冷やすということだが……さて(乞ご教示)

とにかくどこを開いても面白い。この本一冊じっくり研究すれば論文の一本や二本は書けそうだ(!?)

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by sumus2013 | 2015-01-31 21:24 | 古書日録 | Comments(0)

古書会館de古本まつり

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あいにくの雨ながら京都古書会館三階で初めて開催される古本まつりへ参戦。旧古書会館は町家で風情があった。今は八百一のビルになっている一角だと思う…たぶん。雨のせいもあってか、十時開場前に行列というようなことはなかった。入口で扉野氏とバッタリ。お寺へ出勤前にふと思い出して駆けつけたとのこと。これはラッキーだった。

会場はそんなに広くはないが、本の質量ともに十分楽しませてもらった。ただ徐々に人が増えて通路が混み合ってきたのにはやや閉口。それでもひとわたりは全店の棚を見る事ができた。ヨゾラ舎さんにも会った。買えるものがないとこぼしながら音楽関係の資料などをあれこれ真剣に吟味しておられた。けんじ堂さんには和田誠発見のお手伝いを。

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小生もなかなか買えないでいたところ、ふらりと現れた扉野氏が「これ、いりますか?」と差し出してくれたのが『新劇』二巻六号(新劇社、一九二四年六月一日)。
「え? どうして」
「波屋書房の広告がありますよ」
「もらう、もらう!」

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広告だけでなく発売元も波屋書房で大阪支社の住所も波屋書房内。よほど関係が深かったのだろう。編集長の寺南清一については不詳。本誌に「ハミルトンの戯曲論」を寄稿している金杉恒弥もこの雑誌には創刊号からかかわっていた。あとがきの一部を執筆している。金杉は後に慈恵高校の初代校長(戦中は慈恵医大の予科長だったようだ)になる英文学者。

大正十三年六月というと波屋書房が『辻馬車』(十四年三月創刊)の発行所となる前夜に当る。大正八年頃に書店を開いて五年ほど、店主の宇崎祥二はそろそろ出版に本気を示し始めたと言えるだろう。『新劇』についてはまったくこれまで視野に入っていなかったので貴重な発見となった。なにしろ200円だったし(目下「日本の古本屋」には創刊号のみ二点出品。値段は見てのお楽しみ!)。国会とカナブンにはなく日本近代文学館に以下の四冊が所蔵されている。

一巻一号 大正十二年十一月
一巻二号 大正十二年十二月
二巻一号 大正十三年一月
二巻二号 大正十三年二月

ブッダ・ハンド、ありがたや、ありがたや。

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レジ脇で人を待っていると、中国人かと思われる若い女性(入場のときにちょうど小生の前を入って行った)がドーンと帳場に本を積み上げていた。二十冊くらいか。それも『源氏物語の研究』といった国文系の堅い分厚い本ばかり、加えて『一古書肆の思い出』も見えた。本格派である。レジ番をしていた何人かの古参店主たちが嬉しそうに「え、これ持って帰るの、根性あるねえ、送った方がいいよ」と言うのもなんのそのリュックに詰めるのだと主張。店主たちは雨なのでレジ袋に入れてからリュックに入れた方がいいなどと送り出しにおおわらわ。店主じゃなくてもあの買いっぷりには感心した。


**

会場で夜の遊歩者氏と落ち合って同氏宅へおじゃました。パリやミュンヘンで最近入手されたウィリー・ロニス(WILLY RONIS, 1910-2009)のヘリオグラビュール写真集などを拝見。戦後のパリを撮りつづけた写真家。ウクライナはオデッサ出身のユダヤ人移民の息子。ちょっと甘ったるい感じもするが、写真はうまい。下はヘリオ版ではなくイタリア語版のロニス写真集より。

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by sumus2013 | 2015-01-30 21:19 | 古書日録 | Comments(0)

六尺の土

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若杉慧『六尺の土』(大地書房、一九四七年一二月一〇日、装幀=芹澤銈介)。先日、芹澤銈介展が高島屋で開催されていたとき、ちょうどタダ券をもらったので、見に行った。回顧展は昔一度見た記憶がある。デザイナーとしてはひとつの境地を拓いている。ただ装本の仕事(とくに豪華本)はどうも好きになれない。かえってこういう何気ない雑な本の方が好ましいように思う(単なる小生の趣味です)。

回顧展には芹澤銈介のコレクションも展示されていた。芹澤のコレクション展も大阪の民芸館で見たことがあって(芹澤銈介美術館には4500点が収蔵されているという)、それは見事なものだった。今回も数はそう多くはなかったものの素晴らしい作品(必ずしも民芸というわけではない)が揃っており初春早々の眼福を感じた。

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芹澤展を見た直後、この本を求めた。若杉慧のあとがきによれば、昭和十八年に出版会の許可が下りず(作風が暗すぎるという理由だったそうだ)『文芸首都』に発表されただけで単行本にはなっていなかったのを二十二年に大地書房から刊行したということらしい。「六尺の土」のタイトルはトルストイが《人間にはけつきょく自分が死んだときその死体を埋めるに足るだけの六尺ほどの土地さへあればいい》と書いていることからきているそうだ。

若杉慧
http://www.library.city.hiroshima.jp/wakasugikei/

たまたま郷里で見つけた『アサヒグラフ』2579号(朝日新聞社、一九七三年四月一三日)「染織50年の華麗な道標「芹澤銈介展」から」をコラージュの材料にでもしようと持ち帰っていたのだが、それを改めて拡げて見ると寿岳文章が「芹沢さんの世界」という文章を書いていた。そこで寿岳は芹沢が初めて会った四十年前からまったく変らず「できあがった人」だと言い、次いで柳宗悦の芹澤評に及ぶ。

《芹沢さんに対する柳さんの信頼の出発点は、やはり芹沢さんの物を見る目のたしかさであったと思う。たとえば、早くから芹沢さんが集めていた絵馬にしても、柳さんはすっかり感心し、「あの集めぶりはたいしたものだ。本当の美しさがわかっている何よりの証拠だ。芹沢君の集めたものには、一つもクズは無く、どれもみな光っている」と、よく私に話した。》

柳宗悦『蒐集物語』
http://sumus.exblog.jp/20884792/

さらに芹澤の絵本ドン・キホーテの制作が遅くてやきもきしたこと、それ以後仕事を頼む時には三倍の時間がかかると覚悟したことを語り、毎年制作していた芹澤のカレンダーの話で締める。時計の感覚がないだけに《最初のうちは、二月が三十日もあって、たいへん楽しかった》そうである。





by sumus2013 | 2015-01-29 20:15 | 古書日録 | Comments(2)

マルティニーク島 蛇使いの女

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アンドレ・ブルトン
『マルティニーク島 蛇使いの女』
挿絵=アンドレ・マッソン

エディション・イレーヌ
http://www.h4.dion.ne.jp/~irene/


by sumus2013 | 2015-01-29 19:25 | おすすめ本棚 | Comments(0)

今井雅洋[フォト・アート]展

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bibliotaph ホンヲカクスヒト

2015年2月3日〜8日

JINEN GALLERY
http://jinens-art-studio.com/art/


by sumus2013 | 2015-01-29 19:22 | もよおしいろいろ | Comments(0)

仏国道路記事

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『筑摩書房の装幀』が追い込みだったこともあって今年はまだ二度ほどしか古本屋をのぞいていない。それでも「どうしてこんなものが?」とつぶやいてしまう資料を見つけた。京都の古書店、まだまだ懐が深いゾ。

それはこちら、山崎直胤(やまざきなおたね、嘉永六年1853〜大正七年1918)訳『仏国道路記事』。表紙はない。本文こより綴じのみ。これで完本なのかどうだか。奥付のようなものもなく版心に「墺国博覧会事務局」としてあるだけ。

山崎は大分の諫早出身。明治三年(一八七〇)新政府に出仕。民部省から工部省へ移り、明治五年(一八七二)にフランスへ出張した。ウィーン万国博覧会事務官を務めた後、明治八年(一八七五)に帰国しているから、まずはそれ以降の著作であることは間違いない、他にも『仏国民法註釈』『近代欧洲史観』『租税説』『仏国政法提要』など日本近代化のためのアンチョコになるような訳書があるようだ。

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内容を少しだけ拾い読みしてみた。当たり前ながらそう面白いものではない。参考までに引用すると、例えばヨーロッパではどこの国でも道路沿いの並木が印象的だが、それについてこのように書かれている。

《道路ノ境界ヲ厳ニシ且夏日ニハ日光ヲ蔽遮シ冬天降雪ノ時ニハ道條ヲ明カニ示スカタメニ道路ノ両側ニ樹木ヲ列植ス此列植ノ法ハ屢変更アリ道路ノ為ニ植エシモノト民人随意ニ其田圃ノタメニ植エシモノハ千七百八十九年以来三種ノ法律ヲ以テス第一ノ法律ハ道路ニ接隣スル地主ハ己レノ地面上或ハ道路上ニ樹木ヲ列植セシメテ並木トナシ第二ノ法律ハ特ニ道路ノ地面中ニ之ヲ植エシメ第三ノ法律ハ道傍ノ地主ノ地面中ニ植エシメテ其距離ハ官ヨリ定メマタ植タル樹木ノ欠クルトキハ道路該司ノ督工長アンゼニウールアンセーフノ告白ヲ受レハ直ニ其欠木ヲ補ハシメタリシカ千八百五十年以来ハ道幅十「メートル」以上アル道路ノ並木ハ官ニテ植エ 民法六百七十一條ニ依リ私有地ヨリ二メートル距テ植ルヲ要ス 道幅十「メートル」以下ニシテ道路ニ属スル地面中ニ植ユルコトアタハサルトキノミ道側ノ私有地ニ植エシムルコトトナレリ

並木ひとつ取っても古くからいろいろ難しい取り決めがあったようだ。興味を抱かれた方は近代デジタルライブラリーにて読んで頂きたい。こちらの本には表紙が付いている(たぶん後付けだろうと思うが)。

仏国道路記事
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/846131





by sumus2013 | 2015-01-28 19:57 | 古書日録 | Comments(0)

古本屋の窓から

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『しんぶん赤旗』随時連載中の狩野俊「古本屋の窓から 七海保育園のおかげ」に挿絵を提供させてもらった。狩野氏のお子さんの話なのだが、挿絵は小生の息子である。


by sumus2013 | 2015-01-28 19:26 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

書影の森 筑摩書房の装幀1940-2014

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昨年後半ずっとそのレイアウトにかかりきりだったのが臼田捷治さんの新著『書影の森 筑摩書房の装幀1940-2014』(みずのわ出版)だ。先週ようやくのことでデータを印刷所に入れ、昨日その初校が届いた。上に乗っているのは束見本。B5判の角背ハードカバー。継ぎ表紙。ジャケットなし。オビを広めに掛けようかと思案中。本文はフルカラー212頁だから外装はごくシンプルに。

内容の概要は以下の通り。臼田氏のテクストおよび装幀家の発言、松田哲夫氏、加藤光太郎氏の証言なども随時挿入し、筑摩書房の装幀の流れ、ひいては出版活動の大概が実感できる構成になっている。個人的には付録の出版資料に力を入れた。ここでは岡崎氏および『sumus』晶文社特集でもお世話になった福島修氏にも再びご協力を賜った。

第I部 1940-1969
積極的な登用の始まりと社内装幀の定着へ

第II部 1970-1989
装幀表現の進展と相似形を描く多彩な担い手の活躍

第III部 1990-
さらなる独自性の追究と原点回帰と

付録
筑摩書房出版関連資料図版

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筑摩書房創業の三冊、なかでも『中野重治随筆抄』(一九四〇年)を入手するのが難関だったが、善行堂のおかげで無事掲載できた。

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吉岡実装幀本、臼田氏が準備された図版の他に小生架蔵分も追加させてもらった。

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安野光雅によるちくま文庫フォーマット。創刊時のタイトル、カバーデザインおよびロゴのアイデア・スケッチ。

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西加奈子『通天閣』の多田進さんによる装幀案スケッチと装幀本。

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中島かほるによる『マラルメ全集』、これは凄い装幀だ。他にもクラフト・エヴィング商會、間村俊一、南伸坊ら筑摩の装幀を担っているデザイナーたちの図版多数。

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ちくま文庫目録(右手)と『ちくま』、どちらも初期のもの。

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そして内容見本(約百点掲載)。レアもの多し。本より古書価が付いている?

本文書影はタイトルで234点収録(1タイトルにつき複数の図版があるので総計470点くらいにはなる)。付録図版が約260点。合計730点の図版がフルカラー(三八広告のみモノクロ)。正直これだけの数の画像を処理するのは大仕事だった。まだプリントアウトの初校だが、その甲斐があったと手応えを感じている。今後、進行にしたがって状況を報告して行きたい。

部数もそう多くないので定価は1万円を超えてしまう。その価値は充分にあると思う。刊行予定は三月。予約の方はお早めに。

みずのわ編集室
http://d.hatena.ne.jp/mizunowa/













by sumus2013 | 2015-01-27 21:07 | 装幀=林哲夫 | Comments(2)

鳩亭雑話四

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『鳩亭雜話』第四号(鳩書房、一九八五年一〇月二五日)。先日、第一号から第三号までを紹介した。

鳩亭雜話
http://sumus2013.exblog.jp/23491028/

残念ながら第四号は見当たらなかったと書いたところ、本冊を某氏が恵投下さった。深謝です。関川左木夫「かりそめの黄眠詩塾小史4」は日夏耿之介の側近で黄眠会の実務を引き受けていた太田博について。

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太田が『仲間』という同人雑誌に執筆した日夏の最晩年の様子を関川が引用している。さもありなんと思ったので孫引きしておく。

《入口の格子戸を開けて、路地を歩んで玄関へゆく、敷石を踏む足が重い。部屋に通されたが、先生は、床に伏せられていた。その周囲は、和漢洋の書籍の山であり、床の間に、日光仏とある大きな文字の、拓本がかかってあり、経机の上には紫色の和書、孔雀の羽根、鈴鐸、硯、翡翠の硯屏、長押には、鎗、鉄斎の書、中世風の銅版画、その中に交って、黄金色に輝く、聖母マリアの、イコンが、かかってあったりして、全く雑然としていて、それでいて、ある種の調和ある雰囲気をかもし出していたから、不思議であった。》

他に大貫三郎と結城信一について紙幅を割いているが、略す。関川文以外に佐々木靖章「有島武郎と山田わか訳『女』」と志村有弘「関川左木夫と竹久夢二」が掲載されている。後者に関川の略歴が見えるので少し引用しておく。

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関川左木夫(本名、左経)は、明治四十一年三月十三日、北海道の中央部に位置する江部乙(現在、滝川市に併合)に生まれた。北辰尋常小学校を卒業し、大正十三年に上京するまで、この地にいた。

《昭和元年、大成中学校四年に編入し(四、五年生として在学)ついで、同三年、早稲田高等学院に入学する。同六年、高等学院を卒業すると、早稲田大学英文科に入った(卒業、昭和九年)。早稲田に入ると日夏耿之介に師事した。》

こに続いて関川の著作が紹介されているが、略す。タイトルの竹久夢二は、関川が夢二の書簡を整理して『夢二の手紙』(講談社、一九八五年)を刊行していることなどによる。なお本冊には巻頭口絵として大野隆司作の手摺木版画が貼付されている。




by sumus2013 | 2015-01-26 21:01 | 古書日録 | Comments(0)

女流作家のモダン東京

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生田誠『女流作家のモダン東京 花子と白蓮が歩いた街』(らんぷの本、河出書房新社、二〇一五年一月三〇日)。生田氏の新著。この度は生田コレクション絵葉書データベースから女流作家とモダン東京に絞った内容だ。

《これまで、東京の風景を一般的に扱う本といえば、ほとんどすべてが男性の目線からだった。そこで、「女性から見た、東京の本を作りましょう」という、女性編集者との会話の中からこの本が企画されて、複数の女性学芸員の協力もあってできあがったのである。
 その間、NHK連続テレビ小説「花子とアン」の放送もあり、村岡花子、柳原白蓮という二人の作家を中心として扱うことになった。両者をめぐる先輩、後輩作家、同時代を生きた女優、そして職業婦人や女学生も含めて、彼女たちがすごした東京の街の隅々の表情をできるだけ詳しく、従来は取り上げられなかった地域も選んで収録したものである。》(あとがき)

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左頁上の眼鏡の女性が何度も校長を務めたミス・ブラックモア。朝ドラでは「ゴー・トゥー・ベッド!(「反省」の意味)」のブラックバーン校長のモデルになったのだろうが、イメージはかなり違う。他にも面白い写真がいっぱい。美人島というものがあったそうで美人絵葉書も多々掲載されるが、小生にとっては建物や街景に興味惹かれるものが多い。

例えば本郷菊富士ホテル(ネットで見られるのもとは違った写真)とか、麻布十番の商店街、東京女子大、明治時代の上野駅や有楽町駅、教文館と銀座、羽田海岸と穴守稲荷神社、松竹蒲田撮影所の全景、JOAK、青山女学院など青学のキャンパス(明治〜大正)などなど枚挙にいとまがない。使える一冊。

河出書房新社 女流作家のモダン東京
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309750149/


ついでと言ってはなんだが、以下はモダン・生田氏の最近の著書。

『小林かいち 乙女デコ・京都モダンのデザイナー』
http://sumus.exblog.jp/21187395/

『明治の京都てのひら逍遥 便利堂絵はがきことはじめ』

『モダンガール大図鑑 大正・昭和のおしゃれ女子』

『ロスト・モダン・トウキョウ』

by sumus2013 | 2015-01-26 20:28 | おすすめ本棚 | Comments(0)