人気ブログランキング |

林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


<   2014年 12月 ( 32 )   > この月の画像一覧

中国の古画

f0307792_20123294.jpg


昨日、絵画などは除外すると書いたが、ことさらに除外すると言うほど買ったわけではないし、買えるはずもない。それでも隙間を狙って保存状態の良くない無名(銘)の半端もの(結局は本と同じような基準です)をいくつか求めた。そのなかで少しましなのがこちら。絹布に描かれているが、ご覧のように傷だらけ。おそらく本来は屏風か何かもっと大きな作品だったのだろうが、いつしかバラされてこのような軸物に仕立てられてしまったようだ。その表具がまた安っぽい。

f0307792_19574985.jpg

士大夫が酒肴(かとも思ったが、あるいは陶磁器の自慢の品々かもしれない)の配されたテーブルを前にして寛いでいる。目前の早咲きの梅に寄って来る小鳥をものうげに眺めながら。彼が体を預けている四角い物体は肘掛け椅子とも思えないのだが、ひょっとして本か(まさか?)。築山と言い人工の水路と言い展望楼と言い、ひとかどの人物であろう。前景に立っている紳士はおそらく招かれた客人。琴を童に運ばせている。客が視線を投げている左の遠景に何か重要なモチーフがあったのかもしれない。

f0307792_20123044.jpg


時代はそれなりにあるだろうが、比較するための知識がないので判然としない。とりあえず、けっこう古いぞ、と思っておこう。超一流の画師でないにしても雅味のある筆遣いはなかなかのもの。これが新刊の単行本二冊くらいの値段なのだから嬉しい買物である。


by sumus2013 | 2014-12-14 20:45 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

アスタルテ書房情報

f0307792_19574593.jpg

2014年12月12日現在営業しておられました。
点滴も外れてとくに食事制限なのどもなく体調は良いとのこと。
リハビリのために古本を運んでおられるそうです。


***

2014年12月1日現在営業しておられました。前の週から再開したとのこと。
木曜日を休む他は体調の許す限り営業を続けられるそうです。

***


2014年10月11日現在、営業しておられませんでした。


***


2014年9月21日現在、開店されています!


***

f0307792_20205872.jpg

2014年9月5日現在休業されています。8月4日入院の貼紙がそのままです。


***

f0307792_19394272.jpg

2014年4月22日、開店しています。体調が許す限り営業は続けられるそうです!

***

今年(2014)初めてアスタルテへ。なんと! 嬉しいことに開店していた。聞くところによれば、昨年末から開けておられたそうだ。正月明けてすぐ近くを通ったのに、寄っておけばよかったと悔やまれたが、何はともあれ、慶ばしい。

元気そうに見受けられたものの、まだ万全ではないことから、定休日はもうけず、体調次第で休むそうだ。この点、ご注意を。店内にはこれまでより幅広く珍しい品物(オブジェ類など)も並んでいたように思う。

最近、たてつづけに見た映画「鑑定士と顔のない依頼人」と「ルートヴィヒ」の感想を聞く。どちらも大作。これなら大丈夫そうですね。

一九九二年発行の『明日樽亭紅彩紛古書目録(あすたるてい にしきにまごう どくのうりたて)澁澤龍彦・生田耕作特集(ドラコニア サバト ガイド)』を確保する。おそらく発行当時にもらったはず。どこかに保存してあるとは思うのだが、念のため。外にも細かいものをいくつか求めた。ただ、少々高くても本当に欲しい物を買っておいた方がいいような気がしてきて悩ましいのである。

***

二月十三日に再度入院されたとのことです。





by sumus2013 | 2014-12-14 20:44 | 古書日録 | Comments(2)

2014年に買った本など

f0307792_20214306.jpg


まだ少し早いかもしれないが、今年手に入れて印象に残った古本と紙資料(新刊、受贈書、絵画などは除外しています)を列挙してみる。ちょっと珍しいブツもあるにはある。しかし、たいていは個人的な思い入れによって選び出した。ブログでは取り上げていないものも一応並べておいた。カポーティ『誕生日の子どもたち』は古書としてではなく読み物として楽しんだことによる。上の写真は小生の古本購入ノート(コラージュ表紙)。さいきんあまりマメに記録していないため、多少の抜けがあるかもしれないが、まあたいした違いはないでしょう。


◉ヤスオ国吉氏洋画展覧会
http://sumus2013.exblog.jp/21891192/
これは割り合いに珍しい資料だと思う。たしか「さんちか」の目録から。

◉誕生日の子どもたち
http://sumus2013.exblog.jp/22802042/

◉ファトラ Fatras
http://sumus2013.exblog.jp/22250567/
ネットで探せばすぐ手に入るだろうが、一度パリの古本屋で逃していたため、見つけたときには嬉しかった。サンシュルピスの古本市にて。

◉PANIC by TOPOR
http://sumus2013.exblog.jp/22572833/
同じくサンシュルピスの古本市で。値段を尋ねたところ「30ユーロ」だと言われ、よろこんで買い求めた。後で15ユーロと扉に値段が書かれているのを見つけてガックシ。でも気に入っている。

◉岩波文庫目録
http://sumus2013.exblog.jp/22490640/
これもそうざらにはないと思うが…。京都市内の某堂店頭均一にて。

◉福引題集
http://sumus2013.exblog.jp/21737398/
とにかく表紙に一目惚れ。京都市内の某洞店頭均一にて。

◉其中堂発売書目
http://sumus2013.exblog.jp/23362304/
尼崎にて。古本(コホン)資料として。

◉杉山平一葉書
http://sumus2013.exblog.jp/23409278/
月の輪書林古書目録十七より。いい葉書だなあ。

◉河合ダンス
http://sumus2013.exblog.jp/23256842/
京都市内の某洞店内均一箱にて。よくぞこんな片々たる紙切れを見つけたものだ、自分を褒めてやりたい。

◉LE LOCATAIRE CHIMERIQUE
パリ市内の古書店にて。市価よりかなり安く入手。小説家トポールの代表作。

◉中原中也詩集 創元社 1947
本そのものはまったく珍しくない。以前持っていて誰かに贈った。また買おうとは思っていたが、とくに必要なわけでもない。何の気の迷いかふとこの一冊を手に取った。指運(ゆびうん)というのだろうか。

◉真西遊記 幸田露伴 青木嵩山堂 1902
京都市内の某堂店頭均一にて。露伴を少し読んでみようかなと。青木嵩山堂だし。

◉DADA1 1917
みやこめっせの即売会場にて。どうしてこんなものがこんなところに紛れていたのか、それがまず謎である。


恒例のyfさんの「2014年極狭私的見聞録」も頂戴したので掲げておく。

f0307792_20510607.jpg


by sumus2013 | 2014-12-13 20:58 | 古書日録 | Comments(2)

書を読んで羊を失う

f0307792_20033243.jpg


検印につづいては蔵書印の話。鶴ヶ谷真一『増補書を読んで羊を失う』(平凡社ライブラリー、二〇〇八年七月一〇日)を数ヶ月前に手に入れて読んだ。うかつにもこれまで全く知らなかった著者である。書物エッセイのお手本みたいな佳作が二十八篇。「筆名と異名」「失われた本」「ページのめくり方、東西」「黙読」「本占い」などなど。タイトルは荘子外篇駢拇より

臧與穀,二人相與牧羊,而俱亡其羊。問臧奚事,則挾筴讀書;問穀奚事,則博塞以遊。二人者,事業不同,其於亡羊均也

羊飼いが読書や博打に熱中するのは羊を失う元だと荘子は言う。もっともなり。

本日のお題「蔵書印」というエッセイもある。鴎外の『伊沢蘭軒』で名を知った竹清こと三村清三郎について書かれている。その名を記憶にとどめていると思いがけないところで竹清に出会うようになり、『江戸地名字集覧』『本之話』『近世能書伝』『続蔵書印譜』といった著書が手許に集まってきた。

三村清三郎は明治九年、八丁堀の竹屋の家に生まれた。幼くして両親に別れ、十二歳の春に秋葉の原の竹屋に奉公に出されたが、ひろく書を読み、それぞれの師について学び、また読書家との交遊によって、まれな造詣を身につけるまでになった。三田村鳶魚、林若樹とならんで、江戸通の三大人といわれたこともある。八丁堀で竹清(たけせい)という竹屋を営んでいたので、人に呼ばれるままに、屋号を号として竹清(ちくせい)と称した。書にすぐれ、篆刻をよくし、画に巧みで、いずれも専門家の域に達していた。硬軟とりまぜたさまざまな古書の収集家であり、書誌学に業績を残した江戸の町人学者、狩谷棭斎に私淑した。諸家の蔵書印を集めた蔵書印譜の編者として、これ以上ふさわしい人物はいないだろう。

残念ながら竹清の本も持ち合わせないが、鶴ヶ谷氏も参照している小野秋則『日本の蔵書印』(臨川書店、一九七七年複製版)は昔買い求めて棚の肥やしとなっている。久方ぶりに埃を払ってみた。面白い蔵書印がいろいろと収録されていて見飽きない。

f0307792_20274418.jpg


f0307792_20274643.jpg


鶴ヶ谷氏はこの本を紹介しながらこう書いておられる。

《自分の没後、蔵書をどうしてほしいかを子孫に言い残した印には、およそ三つの類型があるという。第一は、子々孫々永く保存すべしというもの。第二は、志を同じくする愛書家に譲りたいと願うもの。第三は、散じるにまかせるというもの。》

第一には柴野栗山の「子孫永保」など。第二は伴信の「身後俟代我珍蔵人伴信友記」や山東京伝の「不期身後京山蔵」など。そして第三は長沢伴雄の「我死ナハウリテ黄金ニカヘナゝムオヤノ物トテ虫尓[ニ]ハマスナ」、村田清風の「長門国三隈荘村田氏文庫章集散任天然永為四海宝」や市野迷庵「子孫換酒亦可」である。

個人的には第三でいいと思うが、それを蔵書印に彫って捺印しておくというのも、いかがなものかと思わないでもない。鶴ヶ谷氏は柴田宵曲についても研究しておられるようなので、いずれ読んでみたい。

蔵書印の印影を集めるというのも魅力的な作業である。竹清は蔵書印を丹念に写して原稿を作り版下彫りに回すのだという。今なら精細にスキャンしてフォトショップで加工するという作業になるのだろうが、これも手始めに手持ちの蔵書から拾い出してそんな本を少部数造ってみるのも面白かろう。といっても珍しい印章が捺されている本などほとんど持ってはいないのではあるが。

保昌正夫「晩年看了」
http://sumus.exblog.jp/10377525/


by sumus2013 | 2014-12-11 21:05 | 古書日録 | Comments(0)

井伏鱒二対談集

f0307792_19591958.jpg


検印に引続いてもうひとつ印章の話を。ごく最近、いつも珍本を見つけてくださる某氏より『井伏鱒二対談集』(新潮社、一九九三年四月二十日、装画=井伏鱒二)を頂戴した。深謝です。

《同封の井伏対談集、またまた荻窪ささま書店店頭105円棚から入手しました。ご覧のとおりの状態ですが、「鱒二」の角印が押してあります。井伏の印(落款)の入った著作は、タテ長楕円の印のものは「日本の古本屋」などで写真を目にしますし、現物も手にしたことがあったので 角? と思いましたし、この対談集は井伏没後の刊行なのであるいは偽印とも思いましたが、本郷の某書店の出品している『さざなみ軍記』署名落款本のものとどうやら同じもののようです。
 根拠・確証のない想像ですが、没後刊行のこの本に、近親の方などが捺されて知己に渡されたのではと思います。》

f0307792_19591886.jpg


f0307792_19591615.jpg


見返しに捺印されている「鱒二」印。そして某氏が同封してくれた古書目録からの印影コピーがこちら。

f0307792_19591427.jpg
全く同じものかどうか、このコピーだけでは判然しない。捺印のときにズレて(あるいは二度捺し?)全体に線描が太くなっているため細部の比較が難しい。それでも文字の構成からしてまずは同一印章と見ていいだろう。ネット上にはたしかに楕円の朱文「鱒二」印がいくつか出ているし、小さい画像ながら方印も見つかった(下)。

f0307792_19591157.jpg

某氏は歿後刊行と書いておられるが、井伏が歿したのは平成五年七月十日のようなので、本書刊行時にはまだ存命だった。よってこの印は井伏自身が捺印した……とは思えないが、誰か代わりの者が献呈用として捺したのではないだろうか。某氏の推測しておられる通りだろう。だからきれいにきっちりと捺印されている。

対談もなかなか味がある。出版界では対談本は売れないというのが定説だそうだ。たしかに話がどう進むかわからないし、人間、パロール(しゃべり)ではエクリチュール(文章)よりも事実関係などがかなりいいかげんになるものだ(だから面白いという側面もあるが)。まとめる編集者の力量にも左右される。本書では永井龍男(六歳年少)、尾崎一雄(一歳年少)といった人達との回顧談をひときわ興味深く読んだ。永井との対談で志賀直哉を崇拝していたというくだりにこういうことが書いてある。

《永井 麻みたいな感じのザラザラした固い表紙の『留女』というのを義兄に読まされて、実に感動して……。
井伏 暗誦する人もあったな。
永井 それにね、総合雑誌、文芸雑誌の新年号というものね、僕ら実に眩しいような気がして目次を開いたものですよね。とても買えないのだな。「中央公論」や「改造」は一円五十銭とか、それくらいしたな。「新潮」が八十銭ぐらいかな。新年特大号というので、目次を開くと、志賀直哉、佐藤春夫、宇野浩二、菊池寛がずっと並んで、志賀さんが書いてると胸が躍ったものだけれどもね。十二月二十日過ぎでしたよ、新年号が書店に出るのは。神田の神保町のそばに住んでいたから、とくに本屋は三省堂も東京堂もすぐですからね。十五日過ぎると毎日本屋に行ってみたものだな、まだ出ないか、まだ出ないかと。ああいう、新年号に対する期待というものは、いまの若い人にはないんだろうな。
井伏 インキの匂いを嗅いだな、印刷のね。
永井 その目次のなかに、新人が一人か二人取り上げられていてね。
井伏 「新潮」は文壇の登竜門と言われていたな。
永井 ほんとにインキの匂いを嗅ぎましたよ。
井伏 新鮮でね。いまインキの匂いしないのじゃない。インキがよくなったのかな。洋服でも子供のとき先生が着ているとラシャの匂いがしたが、いまはラシャの匂いはしないね。鈍感になったのかな。》

ああ、そういえば、永井青年のように高尚な雑誌を待ち望んだ記憶はないものの、少年雑誌の新年号は待ち遠しかった。とくに付録が楽しみだったなあ……。




by sumus2013 | 2014-12-10 21:05 | 古書日録 | Comments(2)

冬の宿の検印

f0307792_20464686.jpg

阿部知二『冬の宿』(角川文庫、一九五五年六月一〇日再版)とそこに挟まっていた刊行案内の栞と読者カード。単行本『冬の宿』はかなり前に紹介したことがある。この装幀がけっこう好きだった。

冬の宿

問題は文庫本ではなく、そこに挟まれているこちらの受領証。

f0307792_20464521.jpg
阿部知二宛。印刷部数三、五〇〇部/「冬の宿」再版。日付は昭和三〇年六月六日。振り出し元は角川書店編輯部検印紙係。検印紙に作家の判をもらい、それを受け取ったという証にこの紙を阿部に渡した、ということだろうか(?)。とすれば阿部知二旧蔵書である。

ちょっと不思議なのは、この本の奥付には検印紙が貼られていないこと。そして発行日が十日なのに受領日が六日だということ。普通に考えれば、新刊書というのは発行日よりも早く店頭に並ぶはずだからこれでは間に合わない。

f0307792_20464164.jpg

貼らない検印紙を受領したのか、まさか。「印刷部数三、五〇〇部」としか書かれていないのも気になる。三千五百の印を捺印するのは検印係が手分けして捺したとしてもけっこうな手間だろう。いろいろな可能性が考えられるが、あるいは形だけの受領書なのかもしれない

手許にある昭和三十年前後の角川文庫を調べてみると、検印紙があったり無かったり、まちまちである。下は大佛次郎『地霊・詩人』(角川文庫、一九五六年一一月三〇日)で阿部の本より一年以上後の発行だが、検印紙はちゃんと貼られている。

f0307792_20464003.jpg


『書影でたどる関西の出版100』(創元社、二〇一〇年)には奥付に検印紙を貼付けた。

書影でたどる関西の出版100 検印紙

この『関西の出版100』先日、創元社の営業の人に偶然会ったときに「完売しました」と言われた。むろん増刷はないが、とりあえず肩の荷は降ろした。


by sumus2013 | 2014-12-09 21:24 | 古書日録 | Comments(2)

小説というのはやはり面白いです

f0307792_20314989.jpg


『月の輪書林古書目録十七』からまず注文したのがこちら。青山光二宛杉山平一葉書。すでに書いたように杉山さんの葉書や手紙はかなりの数出品されていた。全部注文しようかな、と一瞬考えたが、思い止まり、絵入りと説明のあったこの一枚にした。

《残暑御見舞申し上げます。
先日は「われらが風狂の師」二巻お送り頂きありがとう存じました。三好達治さんがむかし文学青年のなりそこないといわれたのに対し「羞恥同情運命」の著者に失礼だと反撥の気持をもつたことがありましたが、三好さんの意味が拝読してわかりますと共に、そのいたましい、かなしいまたうらやましいような土岐の在り方と、作者がその足取りをしつこくいちいち追いかけ検証して行く打ち込みへの迫力面白さ二重三重にぬりたくつて行くような描き方、そして随所に展開される人間論、(自己肯定という人間の性格の洞察)するどく(小型の土岐は周囲にいるものですから)嫌悪と愛情の情恋のいりまじった作者の息吹が充分伝わります。もちろん、事実 実名、への興味、一つの時代のドキュメントの興味もひきつけてはなしませんでした。先日瀬川君とあい一寸土井虎氏のはなしもきゝましたが、詩人のかなしさいちましさを思って暗然と痛快のまじつた気持です
 小説というのはやはり面白いです。書きたくなります。[消=持です]有難う存じました》

消印は以下の通り。青山の『われらが風狂の師』(新潮社)は一九八一年刊行なのでその感想である。

宝塚
56
8.20
12−18 

文末「気持です。」と終わるところ、はみ出した「持です」を消して最後の行に付け加えられた小説というのはやはり面白いです。書きたくなります。》が何ともいい。小説の力、とはこういうものだろう。そして杉山さんの小説への情熱というものも感じられる。あの傑作小説『わが敗走』(編集工房ノア、一九八九年)はひょっとしてわれらが風狂の師』によって触発されたのではないだろうか? そんなふうにも思えて来る文言ではある。




by sumus2013 | 2014-12-08 21:01 | 古書日録 | Comments(0)

偕成社ジュニア探偵小説資料集

f0307792_20070635.jpg


盛林堂ミステリアス文庫の最新刊はほぼ全頁カラー! 『本の探偵(1)偕成社ジュニア探偵小説資料集』森英俊・野村宏平編著(二〇一四年一二月六日)。

《昭和二十年代から四十年代にかけて、日本では膨大な数のジュニア・ミステリが少年少女誌に発表された。翻訳作品を含めれば単行本化されたものだけでも延べ千冊以上に及ぶが、江戸川乱歩や横溝正史など一部の人気作家の作品を除き、それらのほとんどがいまや埋もれた状態になっている。》

森コレクション、これは素晴らしい蒐集である。やはり昭和二十年代から三十年にかけての本の風貌が古色蒼然という感じでたいへん好ましい。データとして表紙画と挿絵の作者が判明する限り記載されているのも有り難い。ざっと見ていると岩井泰三の名前も見つかったが、おや、この画家はなかなか味があるなと思ったのがこちら。伊藤幾久造。海野十三他の単行本の表紙や挿絵を担当している。深いブルーの調子に惹かれるものがある。

f0307792_20070876.jpg


《伊藤幾久造 いとう-きくぞう
1901-1985 大正-昭和時代の挿絵画家。
明治34年7月13日生まれ。伊東深水にまなぶ。大仏(おさらぎ)次郎の「鞍馬天狗(くらまてんぐ)」や,戦争物の挿絵などで人気をえる。「講談社の絵本」の第1回配本となった南洋一郎の「乃木大将」や,高垣眸(ひとみ)の「快傑黒頭巾(くろずきん)」などでも著名。昭和60年7月14日死去。84歳。東京出身。》(コトバンク)

書肆盛林堂

by sumus2013 | 2014-12-08 20:26 | おすすめ本棚 | Comments(0)

MATATABIDO 12

f0307792_20572511.jpg


『股旅堂古書目録』N0.12(二〇一四年一二月)が届いた。表紙写真はパキスタン、ラワルピンディの安宿屋上からの風景だとか。一九九八年。表紙の無国籍的な佇まいから一枚頁をめるくとエロ・グロの奥深い世界が広がっている、毎号喫驚の目録である。なかで目に留まったのが岩井泰三のスケッチブック「新橋キャバレー カジノ・トーキョー 21.APR.1959」。岩井は江戸川乱歩や海野十三らの挿絵・装画を担当するなど一線で活躍していた挿絵画家である。検索してみると最近オークションにも原画がかなり出ていたようだ。歿後の整理だろうか(?)。

股旅堂

by sumus2013 | 2014-12-08 20:04 | 古書日録 | Comments(0)

ロードス通信 第38号

f0307792_20572704.jpg


『ロードス通信』第38号(ロードス書房、二〇一四年一一月末日)が届いた。店主の大安さんが途中まで進めていたのを奥さんと娘さんが完成させたのである。丹波篠山関連を中心に兵庫県一般、自筆ものから、古文書、一般書までロードスさんのこだわりぶりが窺える文字通り入魂の一冊。表紙の篆刻文字がしゃれた墓石のようで気に入った。

巻頭で奥さんがこのように書いておられる。

《今、改めてサーラ連載の『兵庫の漱石 全16回」を読み返すと、最終回で引用の藤井節太郎への追悼文が、そのまま大安への言葉のようでハッとします。「温和そのものの様な風貌であったが、しかし胸には鋭いものを持って居たー大抵のもめ事やいざこざ事に彼が入って居ない事がないー世話好きであった、・・話し上手で人を丸める事に巧みであった」

街の草の加納さんも追悼文を寄せている。

《神戸・花隈の古書会館での市(業者間の交換会)で会えば、一緒に昼めしを食べるか、お茶を飲むかしていた。《蝸牛》の滝田さんが市に来るときはまず一緒にいたし、板東クンが生きている頃には彼や、とてきちさん、大西さんも加わって、一緒にいることが多かった。元町商店街の「ウィンド・ワード」や坂の上の喫茶店「こやま」、板東クンを偲ぶ会を持った、「トラッド・カフェ」、そういった場所。あふれる好奇心とともに、おいしいものを愛し、興味を抱く店は必ずチェックしていたから、彼なしでは知ることのなかった神戸の街のディテールを、私はずいぶん知ったことになる。そうした店で、私たちは繰り返し、ひたすら本と本の周辺を語り、飽きることがなかった。》

たしかに大安さんに篠山に連れて行ったもらったときなど、昼飯はここの何それがうまい、夕食はどこであれを食べよう、などと食通(と言うのとも少し違うのだが)ぶりを発揮してもてなしてくれた。神戸でも例えば今は岡本に移っているが、初め三宮のごく狭い店で営業していた「ぶはら」のランチがおいしいよと洩らしたら、次に会ったときには必ずチェック済みだった。そこに自分なりのコメントを付け加えて評価してみせた。もうひとつ覚えているのは長田の外れにある焼肉店、これは安くて上手い店だった、ところが何故かお気に召さなかった。凄い混雑振りが気に入らなかったのかもしれない(その店は慢心したわけでもなかろうが、しばらくして普通の味になってしまった)。お気に召さないと言えば、讃岐うどんが未だ現在のように全国展開していない頃、讃岐うどんのお土産を呈上したことがあった。そのとき大安さんからは「固すぎる。うどんちゅうのは歯でかまんでもスッと切れるくらい柔らかないとあかん」という感想が返ってきた。なるほどそういう考え方もあるわけだ。

……とこんなことを書いていてはきりがない。「線香もお参りもいらんから、本を買って欲しい」と娘さんが巻末で父親の気持ちを代弁している。じっくり読ませてもらおう。そして最後の注文をしよう。

ロードス書房
神戸市中央区相生町4−5−4 井上ビル1階
078−381−5350(FAX兼用)



by sumus2013 | 2014-12-07 21:35 | 喫茶店の時代 | Comments(6)