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<   2014年 06月 ( 29 )   > この月の画像一覧

京子の思い出

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現在2区のプティ・シャン通りにある日本食品の店「京子」、かつては5区のパンテオンに近いサン・ジャック通りにあった。一九八〇年にパリにいたとき何度か京子で食事をしたことを思い出す。店に入るといろいろな日本食材が並んでおり、その奥にさほど広くない食堂スペースがあった。少なくとも一度はラーメンを食べたような気がする【が、ラーメンはなかったと言う人もいるから記憶違いかも】。

そのときのイメージが記憶のスクリーンに焼き付いているのだが、なんとなく薄暗いわびしい感じなのだ。異郷に来た……という不安のようなものがあったのだろう。たしかモンジュ通りのアレーヌ(円形闘技場、ローマ時代の遺跡、現在は公園)の向かいにあった安宿に泊まっていた。

夕闇の迫るころパンテオンを坂の上に見た景色も忘れられない。その五十年以上前には佐伯祐三もこのあたりを徘徊してあちらこちらでイーゼルを立てていた。パンテオンやサンジャック教会(Saint-Jacques du Haut Pas)の塔を描いた作品も残っている。もちろん、ザッキンやブランクーシ、イサム・ノグチやマン・レイも同じ時間と空間を共有していたわけである。

具体的にパンテオンの京子食品がどこに位置していたのか? はっきりと思い出せなかったのだが、ある方が一九七六年の『いりふねパリガイド』を持っておられて、京子の住所が「176, Rue Saint Jacques」だと教えてくださった。ということで早速写真を撮りに出かけた。

上はサンジャック通りの北側から京子(看板がかかっている建物、ちょうど自転車の男性の頭があるところ)を眺めたところ。この立ち位置だと左手にパンテオンが見える。

現在はアジア料理の店、サロン・ド・テ「ロワイヤル・サンジャック」。この周辺にはアジア、中東、インドなどのレストランが集まっているようだ。

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同じ通りを南側から眺めるとこういう風景。塔のあたりがソルボンヌ。その先にセーヌ川がある。

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ささやかなセンチメンタル・ジャーニーでした。




by sumus2013 | 2014-06-29 00:58 | 古書日録 | Comments(4)

ザッキン美術館

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ザッキン美術館を訪ねた。宿から歩いてすぐ。常設展は無料だそうだ。アサス通りに面した建物と建物の間の隙間を通り抜けると内庭のように巨大な樹木が繁っている。その一角にかつてザッキンの住居とアトリエだった建物があり、それが美術館として公開されている。

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オシップ・ザッキンは一八九〇年にロシアのヴィテブスク(Vitebsk)に生まれた。幼年時代はスモレンスク(Smolensk)で過ごし、一九〇七年父親にイギリスへ送られた。ザッキンがパリへやって来たのは一九〇九年。まずラ・リューシュ(15区のブラッサンス公園近くにある集合住宅、二十世紀初頭多くの芸術家が住んだことで知られる)に入り、続いてヴォージラール通り、ルッセレ通り、そして一九二八年アサス通りに居を構えた。

モディリアーニ、サンドラール、マックス・ジャコブ、ヘンリー・ミラーらと親しくしていたそうだ。第二次世界大戦中はアメリカへ逃れていた。一九四五年にパリに戻り、アカデミー・ド・ラ・グランド・ショーミエール(画塾、アサス通りのアトリエから徒歩五、六分くらいのところに現存する)で教鞭をとった。結局、十七歳でイギリスへ渡って以後、終生ロシアへ帰ることはなかった(墓はモンパルナス墓地)。

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ザッキンの妻で、画家だったヴァランティーヌ・プラックス(Valentine Prax, 1897-81)によってパリ市へ遺贈され、美術館として公開されている。

周囲を高い建物に囲まれた、パリ市内とは思えない静かな空間。こじんまりとした庭も気持ちがいい。大きな美術館で疲れた足をこういうところで休めるのもいいかもしれない。



by sumus2013 | 2014-06-28 00:05 | 雲遅空想美術館 | Comments(3)

エメット・ゴーウィン

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メトロにエメット・ゴーウィン展のポスターが貼ってあったので、これは見たいと思って検索すると、宿から歩いて行ける場所だった。

FONDATION Henri Cartier-Bresson
http://www.henricartierbresson.org

古い建物の一部、地上階から四階までを占めるこじんまりとした美術館。一階に受付、展示場は二階と三階で、四階はちょっとしたコンフェランスができるくらいの多目的ホール(下写真)。

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エメット・ゴーウィン(Emmet Gowin)は一九四一年アメリカ合衆国のヴァージニア州ダンヴィル(Danville)にメソジストの牧師の父と音楽家の母のもとに生まれた。キルケゴール哲学、フレデリック・ソマーやミーチャード(R.E. Meatyard)の作品に影響され、ロードアイランドのデザイン学校ではハリー・キャラハン(Harry Callahan)の学生となったそうだ。

妻のエディス(Edith)や子どもたち、または親戚や友人を撮影したファミリー写真がひとつのジャンルを形成している。たしかにハリー・キャラハンの素直な影響を感じ取ることができるが、モダニズム様式のキャラハンよりももっとシュルレリストに近い感性を見せている。実際、コラージュのような、ソラリゼーションのような、または版画のような表現を用いている写真もある。

一九八〇年代からヘリコプターを使って空撮した地表の写真が始まる。これがまたただの航空写真ではなく、絵画的というか、シュルレアリスティックな何とも言えない魅力を示している。特にネヴァダの核実験場跡を取った写真は強烈だ。荒涼たる平原にクレーターのような穴がボコボコ空いている。これが全て核爆発によって作られたものだとすれば、アメリカはもっとも深刻な被爆国であろう。いい展示だった。


パリにはいたるところに菩提樹(tilleul)がある。独特な香りを放って印象的だ。そろそろ花盛を過ぎようとしており、無数の花びらが地上を黄色く染めている。

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サッカーW杯、フランス第三戦はエクアドルだった。二勝しているのでスターティング・メンバーを六人入れ替えた。そのためかどうか、レッドカードで一人少なくなったエクアドルに0-0の引き分け。決定的なシュートは何度もあったけれど相手のキーパー(ガルディアン)にことごとく阻まれた。サポーター(フランス語でもサポター)たちはちょっと不満げだったが、TVのサッカー解説(解説というよりも井戸端会議といった感じです)ではもうトーナメント初戦のナイジェリアのことしか眼中にない話し振りである。なおサッカーはフットボルと言い、フットと略する。応援のフレーズは「アレ・レ・ブル Allez les bleus」(アレはgoの意味、レ・ブルーは代表チームのこと)で、これを連呼する。








by sumus2013 | 2014-06-27 02:40 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

シュールな特装本

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たまには豪華本を紹介したい。といってもNさん所蔵のものである。まずはブルトン『Trajectoire du rêve(夢の弾道)』(GML, 1938)にプラスチック板を使った装幀本。ギィ・レヴィ・マーノ(Guy Lévis Mano 1904-80)は詩人、翻訳者、出版人。一九二三年から七四年までGLMとして詩集などの出版を行なった。

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次は『Œillades ciselées en branches(枝に彫られた目配せ)』(Éditions Jeanne Bucher, 1938)。ジョルジュ・ユネ(Georges Hugnet 1906-74)のテクストにハンス・ベルメールの挿絵入り。

そしてもう一点ベルメールの『LA POUPÉE(人形)』(GML, 1936)。

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以上はルリュールの作家による特別な造本・装幀である。最初のがJean de Gonet、ベルメールのがLe Roux(Nさんにご教示いただきました)。安っぽい紙装本が好きな小生でも、たまにこいう本に触れると、これもまたいいものだなとしみじみ思う。


by sumus2013 | 2014-06-26 05:52 | 古書日録 | Comments(0)

古書店へ続く階段

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パリで古本を買うために、古本市か店を開けている古書店を訪れていたが、今回は無店舗の業者から一点購入した。ネットで見つけたブツが欲しいとメールしてアポイントを取り(フランス語ではランデヴーと言います)、事務所を訪ねたのである。

この業者はまだ若い人で、ビルの一室で営業しているようだった。パリでは建物に入るためには外扉のデジコードを入力し、玄関へ入り、そこにあるインターフォンで目的の相手を呼び出して中扉を開けてもらう必要がある。これが建物によってそれぞれ少しずつ方式が違っている。けっこう戸惑うものだ。苦闘しながらなんとかクリアーした。

中扉を入った。ここで、メールには「奥の階段」と書かれていたのだが、奥の階段の手前にもうひとつ扉があって奥の階段がどこなのか分からなかった。ということで目についた階段を上がったところ、それは別棟の階段で、指定されたはずの右端のドアのブザーを押してもノックをしても返答がない。さてどうしたものかと思案に暮れていると、真中の扉が開いて「やっぱり間違いましたね」という顔の青年が現れ、正しい部屋へ案内してくれた。その通路は表と裏の建物をつなぐ空中の道のようなものだった。こいう構造も初めての経験だ。

本とPCとソファーくらいしかない細長い部屋でブツを見せてもらい、即決で購入。このブツについてはいずれ後日報告するつもりだが、今回の滞在ではいちばんの買物だった。

上の写真は古書店につづく階段(正しい方)である。



by sumus2013 | 2014-06-25 03:56 | 古書日録 | Comments(2)

著者は誰?

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梅雨? などと書いたところ、その日以後ずっと快晴が続くパリ。最高気温25度前後と快適である。昨年、悪天に悩まされたのが噓のよう。


土曜日。ジョルジュ・ブラッサンス公園の古本市へ。二度目。出店している業者はほぼ同じだが、いくつかの店は入れ替わっており、それらを中心にゆっくり見てまわる。なかに5ユーロ均一の平台があった。じっと見ているとこの小さな本が「買ってちょうだい」と呼びかけるような気がして手に取った。

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表紙はマーブル紙。背のところ、どうやら羊皮紙の手紙か何かを流用したようで、ちょっとシャレた造本になっている。

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ただし扉頁が失われているようだ。こういういった本によくあるように著者の肖像画もあったかもしれないが、それもない。扉がないので著者名が分からない。おそらくそのために均一台に放り込まれたのであろう。紙質や印刷の具合は十八世紀かとも思える風合いを呈している。

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けっこう高飛車な序文(ヴォルテールの名前などが見える)の後に章題があり、「L'HOMME DES CHAMPS OU LES GEORGIQUES FRANCOISE」と書いてあるので帰宅してから検索してみた。

そうするとジャック・ドリル(Jacques Delille 1738-1813)という詩人、翻訳者の著作らしいことが判明した。この本がどういう版かは分からないにしても初版は一八〇〇年に刊行されたものである。ドリルはラテン文学の翻訳者としても知られ、当時としてはフランス随一の詩人だという名声を得ていたらしい。本書のタイトルもウェルギリウスから取られている。今日ではほとんど読まれることはないようだが、もしちゃんとタイトルページもあればそれなりに貴重な版本だと思われる。こういう買物があるのがブラサンス公園の捨てがたい魅力である。

このとき別の店にスケッチブックが並べてあった。何気なく手に取った。すると店主らしい男性が近づいて来て「ジャポネ?」と言う。そのスケッチブックが日本人のものではないか、というのである。そう言われてゆっくりめくってみると、なるほど日本人らしい自画像(?)や裸婦のデッサンが何枚か、フランス人らしい男性や女性の似顔絵などもあった。ただし作者が誰かということについては手がかりがまったくなかったのと、デッサンそのものは素人よりもやや上手かなというくらいのものだったので値段までは尋ねなかった。むろんパリに滞在していた日本人の絵描きなど無数にいたわけだからどうということもないが、名前だけでも分かれば面白い買物だったかもしれない……などと今頃思っている。



by sumus2013 | 2014-06-24 06:31 | 古書日録 | Comments(0)

古本カート

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サントゥーアンの路地で見かけた古本カート。ゴミ? というわけでもなさそうだ……と思っていたら、ご覧のように表通りで商売をはじめたのでありました。

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サンシュルピスの古本市がもうなつかしくなってきた。古本市の後、ポエジー・マルシェがあった(これは見逃した)。その後にアンティーク・マルシェが始まった。蚤の市よりもやや高級な雰囲気である。宝飾品が中心のようで、新旧の絵画を売っている画廊のようなテントも多い。古本店もいくつかあり。

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『1Q84』のポケット版(三巻)が近所の新刊書店に並んでいた。

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by sumus2013 | 2014-06-23 03:17 | 古書日録 | Comments(0)

イシワカ・ジュン?

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新刊書店ものぞいておこうとサンミッシェル大通りのジョセフ・ジベールへ。少し本棚の配置変えがあったようだが、日本文学はこのくらいの陳列状態である。この反対側に中国文学とアジア文学がこれと同じ棚のサイズでそれぞれタテの列を分け合っていることからすれば、日本文学の翻訳はかなり重要な位置を占めていると言ってもいいだろう。翻訳されている作家も、村上春樹が一番人気とは言え、古典から小川洋子や川上未映子まで幅広いチョイス。日本美術の棚は美術コーナーにあるが、この写真の半分くらいのスペースで、しかも浮世絵などが多かった。文学よりも保守的な品揃えということが言えるだろう。

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石川淳の名前に誤植が!(表紙の表記は正しかった)。この写真の並びだけからでも幅広く紹介されていることが分かる。

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サッカーW杯。フランスは第二試合、対スイス戦を5-2で勝利した。ベンゼマは1得点、PKを外した。予選通過確実でデシャン監督は頂点も視野に入れ始めたようだ。試合は昨夜午後九時から行なわれたため、勝利を祝って騒いでいる音が朝方まで聞こえていた。

そしてまた本日(21日、土)はフェット・ド・ラ・ミュージック(音楽祭)でフランス中の街頭でコンサートが行なわれるらしい。近所の公園やカフェの前でもさまざまなグループが演奏を始めていた。これもまた夜通し続くらしい。写真は古書店ラーム・エ・レーヴの近所の三角公園で行なわれていたロック・コンサート。これは午後八時前の様子。まだまだ明るい。夜はこれから。

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by sumus2013 | 2014-06-22 00:03 | 古書日録 | Comments(2)

クーピュール

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グラン・パレへ行ったときに撮ったアレクサンドル三世橋の脇のモニュマン。ピカピカ光っているな……と思って橋を渡っていると中ほどでおじさんとおばさんの2人組が欄干の装飾を塗装し直していた。こういう人たちの仕事によってピカピカが維持されているのだなと納得する。

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本日はサントゥーアン(Saint-Ouen)のアヴニュー書店へ。二〇一〇年にここでトポールをいろいろ買った。それ以来である。

Librairie de L'Avenue
http://sumus.exblog.jp/13026543/

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とにかく店が広いのでざっと見るだけでもひと仕事。普通の古本屋五軒、六軒分はあるだろう。古書全般を揃えているが、やはり画集類、図録類の量には圧倒される。絵本やポスター、雑誌、本当に古い古書も置いている。

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二時間近く粘って見つけたのがこちら。

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『coupure』創刊号(The Terrain Vague, oct. 1969)含め五冊。鈴木創士さんが持っておられるものを『spin』02の表紙に使ったが、その写真(No.3, mai 1970)もあって喜ぶ。

http://sumus.exblog.jp/7236814/

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アルベール・カミュは自動車事故で死亡した。その現場写真がその3号に載っていた。まっ二つになっている。

そして創刊号にはマン・レイの写真とメッセージ(?)「わたしは新しい絵は描いたことがない」。他にユルスナールやスティルスキの作品図版も。そう高いものではなかったのでいい買物だった。

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もうひとつ先日オノレ・シャンピオンのことを書いたけれど、オノレの息子ピエール・シャンピオンの本を見つけた。エドゥアールに対する謝辞が印刷されている。ただしこれは見つけただけで、少々値が張ったので買わなかった。『MARCEL SCHWOB ET SON TEMPS』(GRASSET, 1927)。

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マルセル・シュオブについても昨年紹介していたので奇遇と思って写真だけ撮らせてもらった。

マルセル・シュオブ『吸血鬼 マルセル・シュオブ作品集』

by sumus2013 | 2014-06-21 03:07 | 古書日録 | Comments(2)

OPUS No.19-20

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『OPUS INTERNATIONAL』No.19-20(Editions Georges Fall, Oct. 1970)を購入した。国際シュルレアリスム特集号。アラン・ジュフロワが中心になって編集執筆している。

アラン・ジュフロワ『視覚の革命』
http://sumus.exblog.jp/13353995/

日本の項目もあり、滝口修造の文章「L'ETOIL SCELLEE SE PERPETUE(封印された星は生き続ける)」と「BAISER A L'ABSOLU(絶対へのキス)」そして肖像写真、および江原順による解説文が掲載されている。作品写真としては赤瀬川原平「千円札裁判押収品目録」、土方巽、唐十郎の赤テント(la tente rouge)。

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この雑誌を買った店はパリ市の中心地から少し外れたところにあるギャラリー兼書店。店は手狭だが内容は濃いように見受けた。主人の趣味がはっきり出ている。本棚は奥の壁にあるだけで両サイドは絵画などを展示するためのスペースになっている。地下に書庫がある。

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by sumus2013 | 2014-06-19 23:34 | 古書日録 | Comments(1)