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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


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風街ろまん、その他

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大瀧詠一急死に驚く。いつだったか、大瀧がラジオで日本における流行歌の歴史を古い音源を紹介しながら分析してみせたことがあった。これは見事だった。歌手としては、はっぴいえんど二枚目のアルバム「風街ろまん」(URC、一九七一年)に入っている「颱風」が好きだ。いつ聞き直してもしびれる。

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屋根の上の魚 リチャード・ミドルトン作品集』(南條竹則訳、書肆盛林堂、二〇一三年一二月二五日)読了。盛林堂さんのミステリアス文庫出版は今年の驚くべき収穫のひとつだろう(来年も継続するものと期待しています)。

ミドルトン(Richard Barham Middleton)は一八八二年イギリスのステインズに生まれ、一九一一年にベルギーのブリュッセルで服毒自殺した作家。短い作家生活だったため生前の著書はないが、歿後に五巻の作品集が出た。そのなかの短篇集『幽霊船 The Ghost Ship:And Other Stories』(一九一二)がもっとも良く知られている。

本書は同人誌『放浪児』(南條竹則編集、幻想文学出版局制作)一〜五号(一九八七〜九四年)に掲載されたミドルトン作品(『幽霊船』所収の諸作)南條氏による作品集解題、およびミドルトンに関するエッセイ「偶像の足元」、東雅夫「序」そして小野純一「あとがきにかえて」から成っている。

一読、才気を感じさせる短篇作品が並び、もっと長生きしていたらどうなったろうかと期待させられるものがある。個人的にはやはり「ある本の物語 The Story of a Book」が面白かった。ある一人の本好きが読書に熱中して毒舌の批評をふりまいていた。しかし年齢とともにそれもつまらなくなって、あるとき、そんな気もなかったのについ自ら小説の筆を執ってしまう。

お気に入りの大手出版社にその原稿を送ったところ、会いたいという返事がきて出版社へ出かけて行く。

《かくて本屋の事務所に着いたわれらが作家は、いつになく感じやすくなっていたため、社員のぞんざいな態度には愕然としてしまった。連中は作家をまるで乞食かおもらいのようにあしらい、本を薪の束のように取り扱うことによって、その文学観を表明していた。》

ところが予想に反してあっけにとられるくらい簡単に契約が済んだ。その後、社員がある一室に彼を案内した。

《梱(こり)に入れた本や山積みにした本が端から端まで部屋を占領していた。「この本を御覧なさい!」と信頼厚き社員は、手塩にかけて育てた雉子を見せびらかす猟場番人さながらの微笑を浮かべて、言った。「ずいぶんいっぱいありますね」作家がおずおずと口を開くと、「もちろん、在庫品をここに置いているのじゃありません」と社員は説明した。「これは見本にすぎません」駆け出しの作家には時々思い出させてやらないといけないが、彼らの処女作の出版など、大出版社の悠久の歴史の中では片々たる些事にすぎないのである。その時われらが作家の心の眼に映ったのは、自分の小説が巨大な本のピラミッドのちっぽけな積み石となっている、悲しい光景だった。》

この処女作は五千部刷られ四千部売れたということになっている。それはたいへん良い売れ行きだったそうだ(それでも残部のうち五百を著者が買い取った)。この数字はいろいろと参考になりそう。さて、晴天の霹靂のような成功の後、この作家がどうなるか、は読んでのお楽しみ、ということで。

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金沢文圃閣の古書目録『年ふりた……』十七号が届く。ざっと目を通していたら、稲垣足穂の文字が。さて、これは佚文なのだろうか、念のため、紹介しておく。

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『すだより』平成二十五年遅呟号(発行・尾崎澄子)が届く。平成十二年の年末から十三年の正月にかけての日誌のような文章を楽しむ(一年遅れですが、同じようなものでしょう)。包装紙レッテルの一覧図には唸りました。

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ご愛読ありがとうございました。来年もどうぞよろしくおつきあいください。





by sumus2013 | 2013-12-31 21:18 | 古書日録 | Comments(2)

ほんまに 海文堂書店閉店に思う

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『ほんまに』15号(くとうてん、二〇一三年一二月二四日、表紙=イシサカゴロウ)が出来上がった。中島俊郎「海文堂との半世紀 本と人をめぐって」他、三十人ほどの方々が寄稿しておられる。みなさん思いもひとしおで、熱い文章、マンガ、イラスト、写真が並んでいる。小生もそのなかにまぜていただいた。主に海文堂ギャラリーの思い出を「サヨナラ海文堂、コンニチワ赤ちゃん」というタイトルで。

福岡店長は執筆を辞退。しかし「電車店長へべれけ対談」という記事で黒田裕子さん、内海知賀子さんとおしゃべりしてくれている。例えばこんな会話。

《黒田 大きいところは声かけにくいですね。
内海 「J堂」では本以外のアホな話を長々と店員さんとするなんて出来ないだろうし、ましてやお客さん同士がその本屋を通じて友達同士になるということもないような気がする。
福岡 まあウチはぱっと見ればわかる広さやったしね。棚も低かったし。
黒田 だけど若い人たちには端末で検索することが普通で、書店へ店員さんと話に行くというイメージがまずないかもしれないですね。
福岡 リアル書店に残されているのは、出来るだけお客さんと話をして、このお客さんが何を求めているか、そういう本の話ができるか、この店員に任せていたら自分の好みが分ってもらえるとか、注文したらもれなくきっちりやってくれるかとか、そういう「人と人との部分」しかないと思う。その代わり変ったお客さんとも対峙せなあかんけどね(笑)。》

福岡さん、ええこと言うやないの。これは買っておかなければいけない一冊。

『ほんまに』第15号 予約受付
http://kutouten.co.jp/honmani/entry/


by sumus2013 | 2013-12-31 14:08 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

うさぎまんじゅう

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阿佐ヶ谷、うさぎやさんのお菓子三種頂戴しました。御礼申し上げます。半分食して、あとは冷凍しておく。自然解凍すればおいしくいただけるとのこと。

お盆はもう何十年と使っている根来ふうの塗盆。買ったときには、たしか四五枚あったが、今はこれだけになっている。

阿佐ヶ谷ビンボー物語
http://sumus.exblog.jp/19951356/


by sumus2013 | 2013-12-30 21:56 | コレクション | Comments(0)

アートが絵本と出会うとき

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アートが絵本と出会うとき―美術のパイオニアたちの試み」(うらわ美術館、2013年11月16日〜2014年1月19日)の図録を頂戴した。深謝です。

絵本というくらいだから絵本は本と絵(アート)が出会っているわけであって、あらためてアートと出会うと言われても、どうなのかなあ、と思ってしまが、そういう天邪鬼な意見はさておいて、ロシア・アヴァンギャルドはやっぱりすごいなあという素直な感想になる。

ロトチェンコのブックデザイン、サイコーです。

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こちらは恩地孝四郎。正直、装幀家としての恩地孝四郎にはぎこちない構成も多い。版画としての単独作品の方がクオリティははるかに高いだろう。装幀においては、おそらく文字の扱いがまずいのではないかと思う。しかし、この図録で驚かされたのは恩地による立体オブジェ「子供室掛額」。これをみんなが子供部屋にかけておきたいと思ったとしたら、昭和五年はすごい時代だった。「おかあさまへ」(左)と「ボクノトモダチ」(ともに一九三〇年)。

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村山知義は絵本作家としてもトップクラスである。いまさら出会いというのもヘンだが、やはり前衛的な流れを絵本という古風な、あるいはかなり保守的な分野に持ち込んで、しかも難なく無理なく溶け合わせているのは、村山の精神の柔らかさを示して余りあるだろう。理屈はとにかく、何よりもその絵柄が好きだ。

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戦後(と切り分けてしまうのもどうかと思うが)の作家たちでは吉原治良と具体美術の人々が優れている。彼らの仕事が要するに子供っぽいのだから絵本と取り合わせても違和感がないのは当たり前であろうか。元永定正などは作品も絵本の絵もまったく同じである。同じで何の問題もない。

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現代美術の作家にはあまり見るものがないようだ。大竹伸郎、李禹煥など筆を使いこなす作家でなければ、絵本は難しいかもしれない。あるいはそれは単純に編集者の意識の問題なのかもしれいないけれども。

パリのジュ・ド・ポムでダイアン・アーバスの写真展を見ていたとき、小学生の団体が展示会場に陣取って、アーバスの写真について先生と質疑応答をしていた。内容はよくわからなかったが、かなり生意気なことをしゃべっていたような気がした。

ご存知のように畸形の人間ばかり撮っている彼女の写真の前で、堂々と小学生が意見を開陳しているのも、ちょっとどうかなと思わないでもなかったにしても、美術を見るというのはそういうことである。アートと絵本を別に考えるほど子供は幼稚じゃないのでは? と、この図録をめくりながら改めて思ったしだい。



by sumus2013 | 2013-12-30 21:31 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ロードス通信36号

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『ロードス通信』第36号(ロードス書房、二〇一四年一月)が届いた。サンパルのビルから移転して初めての目録。JR神戸駅近くの新住所は店舗ではないそうだ。いつも抜群に面白い巻末の「ご挨拶」、今回も忌憚がない。

《退店の第二理由(店主の病状)は、以前良くなく、下降線を辿っている。哀しいなぁと夕空を見上げたら雀が過ぎり、眼鏡のレンズが光ったような気がした。が、どうもこの気分は居心地悪く、浸れないと思い巡らすと、尼崎の「街の草」を自分で演じているのを発見した。時には「街の草」のように一人で海を眺めてみたいのか。今の気分は「生きながら針に貫かれし蝶のごと悶えつつなほ飛ばむとぞする」(原阿佐緒)マイナスナルシシズムといったところ。低音部を奏でる不安は、如何ともしがたいが、それなりに人生を楽しんでいる。》

掲載品は三鬼を含む俳句短冊や色紙、俳句書など、専門外と断りながら、かなりのハイレベルだ。他にもあれこれ目に毒の品物が目についた。困った。

ロードス通信のとなりは、小宮山書店の目録第十六号(二〇一二年一〇月)で、これは書店からではなく某氏より頂戴したもの。写真とファッション・ブックの特集号。鬼海弘雄の例の人物シリーズ、オリジナルプリントが四点、これがなかなかよろしい。開いているページは荒木経惟のサイン入りポラロイド各種(ゲージュツです)。


by sumus2013 | 2013-12-30 17:51 | 古書日録 | Comments(0)

盗跖與孔子問答事

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宇治拾遺物語』(林和泉掾、萬治二年1659、早稲田大学蔵)最終話「盗跖與孔子問答事」の冒頭部分。右ページの上部余白に墨点がふってあるが、ここから最終話がスタートしている(画像は早稲田大学古典籍データベースより)。話の内容は以下のようなもの。引用は中島悦次校注角川文庫版(平成七年三十一版、底本は宮内省図書寮蔵の写本、萬治二年版本と同系統とのこと)による。

舞台は春秋時代の中国。柳下恵という大人物がいた。その弟・盗跖(たうせき)がどうしようもないワルもワル、ワルの大将だった。

《一つの山ふところに住みて、もろもろのあしき物をまねき集て、おのが伴侶として、人の物をば我物とす。ありく時は、このあしき物どもをぐすること二三千人也。道にあふ人をほろぼし、恥をみせ、よからぬ事のかぎりを好みて過す》

柳下恵があるとき路上で孔子に出会った(現代語拙訳はまったくのデタラメと言ってもいい言い換えですので、良い子は原文を参照してくださいね)。

柳「どこへ行くのかね、孔子君?」
孔「あなたの弟が悪いことばっかりしてるの知ってますか、どうして放っておくのです」
柳「心苦しく思うけどね、わしの言うことなんぞ聞く耳もたんやつでな」
孔「いまから出かけて、悪事をやめるように説得しようと思います」
柳「そりゃ、やめときなさい。君の言うことなんか聞くわけないよ。かえって怒らしたらえらいことになるぞ」
孔「正しい道を教え諭してみせますので、見ていてください」

という正義感にあふれた孔子は柳の止めるのも聞かず盗跖に面会を求めた。

盗「なんじゃ、孔子がやってきただと。人を教えるやつだと聞いたが、ごたごたぬかしたらケツの穴から手突っ込ん奥歯ガタガタいわせたる!」

《頭のかみは上ざまにして、みだれたる事蓬のごとし。大目にして見くるべかす。鼻をふきいからし、牙をかみ、ひげをそらしてゐたり》というものすごい形相の盗跖だ。目の前にしてみると、さすがの孔子もタジタジとなって内心びびっていたが、言うことだけは言ってみた。

孔「この社会では法律にのっとってふるまわないといけませんよ。偉い人を敬い、人々に情けをもって接するべきです。ところがどうです、あなたの所業は。やりたい放題やって、今はいいかもしれませんが、ろくな終わり方はしませんよ。悔い改めなさい」

盗「なんじゃこら。偉い人ってな、堯や舜なんざ名君だといってチヤホヤされてたがその子孫を見ろ、わずかな土地も持っておらんかった。それに、第一、お前の弟子ら、まじめにやっていた顔回は早死にしたし子路は殺された。賢いやつほど賢くないんだよ。俺がこれだけ悪事を働いているのになんの災いもふってはこんしな、悪く言われるのも四五日だけさ。だいたいお前だって魯の国をクーデター失敗で二度も追い出されているじゃないか、大きな口がきけるか」

《あしき事もよきことも、ながくほめられ、ながくそしられず。しかれば我このみにしたがひ、ふるまふべきなり。汝又木を折て冠にし、皮をもちて衣とし、世をおそり大やけにおぢたてまつるも、二たび魯にうつされ、あとをゑいにけづらる。などかしこからぬ。汝がいふ所誠におろかなり。すみやかに走り帰りね。一つも用ふべからず》

孔子もこの言葉を聞いて反論もなく、座を立って尻尾を巻いて立ち去った。馬に乗るとき、あんまり慌てたので、くつわを二度取り外し、あぶみを何度も踏み外した。これを世の人は「孔子たふれす」(孔子も失敗する)と言ったとさ。

この話は孔子を笑いのネタにするさかしま、江戸時代なら儒者と僧侶の喧嘩で僧侶が喜んで援用しそうな内容である。たしかに孔子は失敗者であり敗北者であろう。論語を無心で読めばそういう結論になる。この話が巻末にあるということに何か意味があるのかもしれない。

それにしても誰が止めても聞かない盗跖のこのやりたい放題、そしてその言い分、つい最近どこやらで聞いたような気がするなあ……。









by sumus2013 | 2013-12-29 20:58 | 古書日録 | Comments(0)

GRAMMAR AND COMPOSITION Vo.1

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『GRAMMAR AND COMPOSITION High School English Vo.1』(開隆堂出版、一九五〇年一二月五日再版)。表紙のデザインにひきつけられた。英語の教科書や参考書はボチボチ集めるともなく集めているので、主な過去の記事をリンクしておく(もっとあったと思います)。

『ナシヨナル第二 NEW NATIONAL SECOND READER.』

『SHORTER MIDDLE-SCHOOL LESSONS No.2』

『ガールズ・スタンダード・リーダー』

『小学英語読本 No.2』


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英語教科書を研究しているわけではない。だから内容はどうでもいいのだが、挿絵はどうでもよくない。これなどなかなかのできばえだ。教科書では挿絵を描いた画家の名前が明記されていない場合がほとんど。少々さびしい。

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こちらは同じシリーズの第二巻(Vol.2)の見返し。KIDS OF SENTENCES(センテンスの子どもたち)というタイトル。要するに家族構成で英語の構文を図示している。分かりやすいような、そうでもないような…。

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落書きにもってこいです。





by sumus2013 | 2013-12-28 21:03 | 古書日録 | Comments(0)

夜の歌

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フランシス・ジャム『夜の歌』(三好達治訳、野田書房、一九三六年一一月二五日)。昨日の恵文社で歩希書房さんの出品より。函があるはずなのだが、欠けているため格安だった。

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組み方がなんとも鷹揚である。余白をたっぷり取っている。野田書房の本は他には『テスト氏』(小林秀雄訳、一九三四年)、瀧井孝作『折柴随筆』の普及版(一九三六年)くらいしか持っていないが、たしかに本好きが作った本という感じのできばえである。『夜の歌』にはこんなに大きな検印紙が貼ってある。

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いま、資料をすぐに取り出せないので、うろ覚えで申し訳ないが、作品社の小野松二のことを調べているとき、三好訳『夜の歌』は作品社から出すことになっていたのに、三好は何の断りもなく野田書房へ持ち込んだ、といったような文章をどこかで読んだ。三好達治は親しい友人(親友と言ってもいい)だった淀野隆三に対しても恩知らずな振る舞いに及んだことがあった。三好ならやりそうなことである。

小野松二は堅実な経営方針だったので条件が気に入らなかったのかもしれない。あるいは作品社からの刊行がはかどらず、野田がもぎ取ったのかもしれないが、作品社の本もだいたい似たようなあっさりした装飾で悪くないにしても、この野田本ほどには凝っていないから、本好きにとっては幸いだったと言えないこともない。

作品社の図書目録
http://sumus.exblog.jp/16076403/



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こちらがエディション・オリジナルの『Les nuits qui me chantent』(Flammarion, 1928)。ジャムはたくさん詩集を出しているので古書価もそれほどではない。詩の内容も個人的にはさほどとは思わないが、昭和十三年に岩波文庫に入り、戦後は人文書院版も出ていて、日本ではよく読まれていると言えるだろう。なおタイトル「夜の歌」について三好は巻末にこう記している。

《書名は「夜が私に歌つて聞かせた……」とでも訳するべきであらう。今仮りに「夜の歌」としておくのは便宜に従つたものである。》

「夜が私に歌つて聞かせた」……正確さということからすればこちらも「?」。やはり「夜の歌」がはるかに心に残るタイトルであろう。詩人の感覚的な正確さというものか。








by sumus2013 | 2013-12-27 20:53 | 古書日録 | Comments(0)

冬の大古本市2013-2014

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恵文社一乗寺店で開催されている「冬の大古本市2013-2014」(一月六日まで)をのぞいた。初日に出かけたかったが、どうにも都合がつかなったので三日目になった。

ぽかん編集室」の棚はかなりガサガサになっていた。それでもまだまだ残り福があるようだった。しばらく悩んだ末にフランシス・ジャム『夜の歌』(野田書房、一九三六年)を求める。



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ぽかん別冊『昨日の眺め』(ぽかん編集室、二〇一三年一二月四日)も買っておく。内容についての詳細は真治さんのブログを読んでいただきたいが(http://pokan00.blogspot.jp/2013/12/blog-post.html)、M堂、歩希書房、古書柳、固有の鼻歌の四店が出品している。そして画期的(?)なことにその出品目録が『昨日の眺め』に収録されているのである。

1部の散文は13名の方に書いていただき、2部の目録には4組の出品リストを掲載しました。
目録は後から見返してもそれなりの資料や記録になるように、けれど、見た目は思いっきりポップに仕上げました。(多分、ご老人の目には優しくないかも、、)
何度か催した古本市に4組に出品してもらったことがあり、これをドキュメントとして残したいなあというおもいがあったんですね。

これは古本市の前に出版して欲しかったなあ(笑)。いい本出てます。

by sumus2013 | 2013-12-26 21:58 | もよおしいろいろ | Comments(0)

莢 vol.6

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『莢(saya) キトラ文庫通信』第六号(キトラ文庫、二〇一四年一月一日)。

キトラ文庫さんの古書目録だが、巻末にエッセイ「一夜千字」が三篇、阿部哲王「秋山駿の白熱教室」そして安田有の詩「じぇじぇじぇ」が掲載されている。『coto』がなくなってちょうど三年になる。安田さん、そろそろムズムズしているのでしょうか。

小生も「一夜千字」の一篇として「滓を集める」というエッセイを書かせてもらった。

キトラ文庫
630-0256 奈良県生駒市本町6−2
kitora(アット)shikasenbey.or.jp


滓を集める  林哲夫


 正直あまり大声で言いたくはないのだが、近頃、日本人の「漢詩集」を集めている。日本人という他には特段の決まり事は設けていない。値段が安いこと。縛りがあるとすればそれだけである。安ければ何でもいいのか? そうです。だから古本まつりの和本均一箱などはじっくりと時間をかけて吟味する。今時、漢詩など誰も読まないだろうとたかをくくっていたところ、ある一部の人々には強く求められていると見え、著名人の詩集は相当に高額である。そうすると必然的に、当方の手が届くのは、無名作者の状態の悪い詩集に限られてくる。
 集め始めて二年足らず。それでも『丙辰蕪稿』『忘形集』『餔糟集』『明理詩集』『幼詩雑記』『推敲』『詩稿』などと題された和綴本が机の脇に積み上っている。幕末から明治の初め頃に成ったものばかり。全て自筆本、全て千円以内である。著者名が判っているものもあるが、少々ネット検索したくらいで引っ掛かるような人物はいない。例外的によく知られたタイトル、例えば中島棕隠『鴨東四時雑詞』や頼山陽『薔薇園小稿』(附菅茶山詩抄)も架蔵している。ただしこれらもオリジナルな版本から無名人が書写した草稿であって、明治写しの前者が一二〇〇円(さすがに千円を超えた)、天保十年写しの後者はたった四〇〇円だった。
 閑に任せて、それら写本の薄い和紙の頁を繰ってゆく。丹念きわまりない筆致、あるいは難読の草筆で認められた漢字模様を漫然と眺める。朱筆で何度となく推敲された原稿もある。詩を読むというのとは少し違う。読もうにも、学のない哀しさ、読めない文字が多すぎるし、何より詩そのものはいずれも型通りに退屈なものだ。試みに著者不明『推敲』(明治七年頃)より七言絶句一首を引いてみる。

  自逃盛世愛閑居
  日々頑然臥草蘆
  閉戸留神雖散帙
  読残牀上両三書

 「自逃盛世」の傍らには「避喧辞世」と追記されているが、まあどちらでもよろしい。そう大した違いはないだろう。
 読むことが目的ではないとしたら、では何故に殊更つまらない漢詩集を蒐集するのか。それは活字本からは窺えない生々しい息づかいが感じられるからだ。彼らはどうしてここまで漢詩の創作に熱中できたのか? 維新前後の根底から世の中がひっくり返っているような時代に。不可解な情熱を映し出す反故同然の写本。文学の滓としか思えない。だが、それがいかにも愛おしいのである。



by sumus2013 | 2013-12-26 20:59 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)