林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:文筆=林哲夫( 38 )

本の虫の本

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『本の虫の本』(創元社)。岡崎武志、荻原魚雷、田中美穂、能邨陽子、林哲夫の五人が執筆。赤井稚佳さんのカラーイラストが入ります。店頭に並ぶのは八月中旬、お盆の後になるかと思います。予約好調のようです。お楽しみに。

本の虫の本


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by sumus2013 | 2018-07-11 15:24 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

続装丁家で探す本 追補・訂正版

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数日前、かわじもとたか『続装丁家で探す本 追補・訂正版』(杉並けやき出版、二〇一八年六月二〇日)がドカンと届いた。ドカンと行っても二冊。しかし、この厚さ。実は小生、序文を書かせてもらっている。

二〇〇七年に本書の正篇『装丁家で探す本 古書目録にみた装丁家たち』が発行され、好評を博した。

《その後九年がたったが細々と日々追加項目を増やし続けてきた。なにしろ古書目録を読むのは日常のことゆえついつい記録してしまうのだ。それがいつの間にかメモ用紙に書いたものが(新聞の折り込み広告の裏が多い)10cmを超える程の厚さになった。
 ここでは古本屋が開いているネット目録と紙の目録、そしていろんな人が開いているブログから拾ったものに、さらに国会図書館の在庫検索で調べたものを載せている。》

・・・というやり方で429名の装丁家(や画家など)が手がけた装幀本およそ9100冊(!)を網羅している。小生なども、もう大分前から装幀については注意してきたつもりなのだが、見たことも聞いたこともない画家の名前がバンバン出てくる(いちおう知っている人の方が多いには多いですけど)。この厚さになるのも当然か。

並の人間なら、これは紙の本では無理、ネット上で公開しよう、という判断をするはずである(訂正・追補も容易である)。実際、かわじ氏は上記のようにそういう方々の情報公開の恩沢に浴しているのである。しかし、それでも紙にこだわってこの大冊をものした、それがかわじ氏という人物のほとんど全てを物語っているような気がする。

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本文の組み方が一風変わっている。序文〜目次は右開きのタテ書き、つづいて、まえがき〜本文は右開きの……なんと呼べばいいのか、ご覧のような、右頁では前小口を天に、左頁ではノドを天にしたタテ書きで456頁まで組んである。次にカラー図版の「私は誰でしょう」装丁家をあててくださいクイズがあって、その裏が奥付。そこを越えた残りの頁は「装丁挿話」左開きのヨコ書き(裏表紙側から読み始めます)。

「装丁挿話」はこれがまたかわじ氏らしい率直さ、ユニークさがよく分る内容である。。「(2)片腕の装丁家五人」なんて、誰が思いつくだろうか!? 「(50)野中ユリ」(野中ユリはかわじ氏の愛する作家です)のくだりは面白すぎる。

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序文「がかさがしがさがか」の冒頭を引用しておく。

京都の古書善行堂でかわじ氏にお会いしたのは二〇一五年一一月だったか。その折り、氏の近著『月の輪書林古書目録を一考す。』を頂戴したが、なぜか案内役として同道しておられたのが神保町のオタさんだった。そう広くもない店内で奥に店主、中央に積み重ねられた古書の細長い山を挟んで両側の通路にかわじ氏とオタさん、小生は入口近くに居て、水島爾保布の話題などで盛り上がったのだった。情熱を傾けた水島本をすべて処分されたとおっしゃったのが印象に残る。そんな談話に興じながらも、内心「どうしてかわじ氏とオタさんは知り合いなの?」といぶかしく思っていたのだが、考えてみれば、並々ならぬ古書通のお二人である、交流があったとしても何の不思議もない。本書を読んでもらえば分るように、かわじ氏は疑問に思われたことをすぐ誰彼に対して質問される。意気投合するところがあったのだろう。神保町のオタさんはディープな古書ブログ「神保町系オタオタ日記」の主ながら、今もってその正体は不明のままである。そのときも善行堂は初めオタさんのことを常連の「Kさん」だと思い込んでいた。小生は善行堂へ来る前に立ち寄ったヨゾラ舎という古本とCDの店で「今、オタさんとかわじさんがいらっしゃってました」と聞いており、要するに、かわじ氏の連れがオタさんだという情報を予め仕入れていたのだ。だからかろうじてオタさんだと認識できたのである。話の流れでKさんの正体(オタさんの正体)を知った善行堂主人の愕いた顔といったらなかった。

以下、ご興味を持たれた方は、ぜひ本書にてお読みいただきたく。

杉並けやき出版
http://www.s-keyaki.com

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by sumus2013 | 2018-07-01 21:39 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

初校ゲラ

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昨秋、企画が持ち上がって、年明けからかかっていた著作、ようやく初校ゲラが出た。著作と言っても、共著書で、執筆者は小生を含めて五人になる。本についての本。まだタイトルが決定しないのだが、「本の虫」が入ることだけは動かないようだ。

また、もう少し進めば、具体的に発表します。刊行は秋前になるかと。

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by sumus2013 | 2018-05-23 20:11 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

北書店にて

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新潟絵屋で展示を終えた後(と言っても、展示をやってくれたのは大倉宏さんです。絵の掛け方にもその人ごとに流儀があるようです。じっくり納得の行くまで並べ替えるのが大倉流)、北書店へ向う。自家用車で来ているので、移動はラクチン。絵屋からだと十分とかからなかった。

久し振りの北書店(https://sumus.exblog.jp/14927447/)佐藤氏と立ち話。最近、南陀楼綾繁氏が新潟で雑誌の仕事をしており、定期的に通っていると聞く。棚を眺めてみると、拙著をもっとも多く置いてくれている店ではないか、と嬉しくなる反面、申し訳なくも思う。sumus 同人の本も多い。

『ほんまに』19号も並んでいた。特集は「わたちの少女文化」。石阪春生×高橋真琴の初対面レポはちょっとした読みモノ。お二人の並んだ写真が貴重。あのまきまきヘアーとキラ星またたく大きな瞳の高橋先生ってこんな方だったのか……。

小生は「日本女性、パリで古本を売る(2)」と題して、パリのテロ戒厳状況について、とそのなかでも自然体で古本を売るK子さんら古本屋さんの様子を書かせてもらった。いつもながら、高橋輝次さん、中島先生らの本好きメンバーの連載も読み応えあり。最新の兵庫県古書店MAP(2018年2月)も役に立つ。神戸周辺にはまだまだ古本屋さんが頑張っている。

ほんまに 好評発売中

新潟市内に古本屋がなくなったことは以前書いたかもしれないが、新しく何店舗かできているということを複数の古書通から聞いた。今回は車なので、回れないこともなかったが、日程がタイトだったため、結局どこも訪問せず。今検索してみると、丁寧に紹介されているページがあった。

新潟にあるオシャレな古書店5選



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北書店では丸亀市立猪熊弦一郎現代美術館監修猪熊弦一郎のおもちゃ箱 やさしい線』(小学館、二〇一八年三月三日)を求めた。猪熊はうどん県出身ということもあるのだが、かなり前に目にして入手できなかった『画家のおもちゃ箱』(文化出版局、一九八四年)が忘れられず、本書にはそのダイジェスト版のようなおもむきも少しあるので、これは買わなくちゃ、ということで。

猪熊の画家としての生涯がやさしい語口で説明されており、評伝としても読めるし、作品図版も多く、加えてオブジェなどのコレクションの紹介にも多くのページが割かれている。猪熊自身のエッセイもむろん収められている。一冊あれば猪熊の全体像が分かる、お得な内容だ。

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猪熊弦一郎は『小説新潮』の表紙を長らく描いていた。一九四八年から八七年までの四十年間。今でも古書店で目にすることがある。ニューヨーク、ハワイと移り住んだのだが、その間もずっとこの仕事を続けたのである。


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『画家のおもちゃ箱』から再録されているページ。アメリカインディアン(現在はこういう表現はしないようですが原文のママ)の「カチナドール」。右頁にある画家のエッセイによれば、アメリカに住むようになって最初の買物だったそうだ。アラン・シエナーに誘われてアリゾナ砂漠を旅行した。

《国道らしきものでない旧道を朝早くから走り続けた。そしてついに5日目にサンタッフェにたどりついた。いよいよアランと別れねばならぬ日がやって来た。》《それから先はサンタッフェで初めて会った青年に街を案内された。インディアンの家、ミュージアム……。その時に、この写真のカチナドールの一番大きいのと、小さいのと二つを手に入れた。これが私達のアメリカでの最初のコレクションである。右方にあるカチナドールは今は故人になられたアントニオ・レーモンドさん(建築家)がイサム・ノグチにことづけて、贈ってくださったものである。レイモンドさんの思い出の形見である。前方にある二つの石は左方はインディアンが、色の土をすりつぶして、顔等にデコールを描く色を作ったものと思われる。》

コレクションにもセンスが感じられる。交友関係にもすごい名前が出てくるのでビックリ。楽しい一冊だ。

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by sumus2013 | 2018-04-24 21:21 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

APIED VOL.30

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芸誌〈アピエ〉』30号(アピエ、二〇一七年一一月一五日、表紙装画=山下陽子)が出来た。特集が「101 夏目漱石/『夢十夜』『三四郎』他」。

APIED

以下は金城静穂さんの「編集後記」より。

「APIED」は今号で30号になります。2002年の春に、カフカの「変身」をテーマに創刊号を発行しました。16年間に30冊の仕上げなので結構ゆったりした本作りですが、長くは続けてきました。毎回の気まぐれな特集にもかかわらず、寄稿していただいた書き手の方々、取り扱い書店さん、読者の皆さんのおかげです。ありがとうございました。もちろん、写真や絵の掲載を快諾してもらえた方々、印刷所の協力なしでは薄い本も作れません。改めて感謝とお礼を。

今後もテーマにしたい作家や小説は色々ありますし、30号を一区切りにして気分リフレッシュ、怠けゴコロを叱咤激励しながら本作りをしていきたいと、心身ともにヨロヨロしつつ弾んでいます。もっと大胆な編集と文章を!と自分を鼓舞していますが難しくて。それでも本誌の発行なしでは私の真ん中が錆びついてしまいます。はい、ひとえに自分のための「APIED」です。こんな狭量な志で面目ないですが、今後ともどうぞよろしくお願いします。

去年は夏目漱石の没後100年でした。朝日新聞と岩波書店が力を入れたイベントや記事、文学館や美術館の展示の影響下で、たくさんの漱石関連本が出版されました。今年は没後101年、それで本誌のタイトルは「101 夏目漱石」にした次第です。なんだか安っぽい暗号みたいな101ですが2017年に書いてもらったことを強調して、ほんの少し新しい響きも期待しての101です。

ということで、およそ二十人の漱石が勢揃いしている。さすが漱石、誰にとっても、どこかにひっかかりがある作家なのだな、と改めて感服した(善行堂の連載だけが、なぜか植草甚一である)。街の草の加納さんなんか、漱石と縁側について書いている。なるほど、そういう見方もできるか。個人的には出版人に興味があるため、藤井祐介「草野柴二とその時代」が面白かった。簡単に内容をメモしておく。

明治三十五年、漱石が若杉(能勢)三郎に「モリエル全集の翻訳と云ふ奴を御出しなさい」と手紙で勧めた。若杉は明治八年、岡山県生れ。仙台二高から東京帝国大学に入り漱石と出会った。モリエルの翻訳を続けながら、草野柴二という筆名で小説を書いた時期もあったが、大正九年、名古屋の第八高等学校に就任し英語・英文学を講じた。

若杉は明治四十一年に金尾文淵堂から上中下三巻本の『モリエール全集』を刊行した。なぜか中巻だけが風俗壊乱を理由として発禁処分になった。訳者にとっても寝耳に水だったが、「姦婦の夫」という作品のせいだろうという。そしてそんな喜劇の弾圧には続編もあったのだ・・・そちらは本誌にてお読みください。

また、実証的な考察が好きなもので、中村真知子「漱石とジャムと夏蜜柑」も面白く読んだ。漱石はロンドン仕込みで朝食は紅茶にトーストだった。バターとジャムは欠かせない。一ヶ月で八缶のジャムを買って家計を圧迫したという。明治三十年代、苺ジャムの缶詰は三十銭だったそうだから、けっこうな値段である(たぶん今の1500円くらいか)。しかも糖度は100パーセントだったらしい。胃弱の漱石には毒だったんじゃないかなあ・・・とのこと。

今回も拙作コラージュ作品二点を提供させていただいた。漱石の肖像写真を使っているというだけのことで、あまり作品のイメージとは直接つながらない。

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寄稿もさせていただいた。「漱石の絵ごゝろ」と題して漱石の美術品とのかかわりについて少しだけ書いてみた。ちょうど中村不折の団扇絵(下図)を古本屋で見付けて喜んでいたところだったので、それにかこつけて。

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「101 夏目漱石」なかなかの充実ぶりである。

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by sumus2013 | 2017-11-25 20:28 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

入谷コピー文庫/吉村昭研究

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『あの日私はロバを見た! もう一度』(入谷コピー文庫、通巻90号、二〇一七年一二月七日)。小生は「オノ・ヨーコの声音」を寄稿させてもらった。京都のアンティーク店でオノ・ヨーコとショーン・レノン(当時十歳くらい)に出会った想い出。

街角で見かけた著名人(=ロバ)について、皆さんに綴っていただく『あの日私はロバを見た!』の第2弾が出来上がりました。ちょっと目先の変った変化球(であり、ミーハー)な企画ものであったので、反響が心配でしたが、おおむね好評でした。また茶木加奈子さんの表紙のロバのイラストも「可愛かった」との声をいただきました。
 ご感想のお便りには「実は私は誰々を見ましたよ」との添え書きが何通もありました。それならばということで、早速続編を作ることにしました。ちなみに表紙のバックの写真はJR姫路駅前、裏表紙は東京・浅草の映画館が全て消えてしまった六区街です。》(編集後記より)


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『吉村昭研究』No.40(吉村昭研究会、二〇一七年一二月一日)に「シャロンヌ教会の少女架刑」を寄稿させていただきました。

吉村昭資料室

吉村昭作品 読書ガイド

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by sumus2013 | 2017-11-16 19:40 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

肥後静江さんのこと

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コラージュ展に来てくださったお客さんから肥後静江さんが亡くなられたと聞いた。肥後さんは洲之内徹と暮していたこともある美しい女性。空想・ガレリアという画廊を銀座六丁目でやっておられた(場所は移っているかもしれません)。一九九九年六月、小生もここで個展をさせてもらった。どうしてそういうことになったのか、よく覚えていないのだが『ARE』の洲之内徹特集(一九九六年八月)がきっかけなのは間違いない。

『ARE』洲之内徹特集号が欲しいと拙宅へ電話をして来たYさんという方がおられる。熱烈な洲之内ファン。空想・ガレリアの常連でもある(ということは肥後ファン)。銀座の別の画廊で個展したときにYさんが来て「ちょっとお茶を飲みませんか」と誘われた。そこで申し訳なさそうに切り出して言うには「肥後さんが林さんに個展をやってもらいたいとおっしゃってます、どうでしょうか?」というような話だった。「よろこんでやらせてもらいます」と答えたのは言うまでもない。企画展をどのくらいの割合でやっておられたのか知らないけれど、野見山暁治さんの個展は定期的に開催しておられた。それだけでもこちらにとっては嬉しいことだ。

「林哲夫油絵展 書物の肖像」は一九九九年六月一日から十二日の会期で開催された。当時の日記をめくってみると、会期中ずっと上京していたことにまず驚く(前後含め二週間も!)。そのせいで様々な人々と出会っている。その話を書くと長くなるので省略。要するに肥後さんと十日余り毎日(日曜休)正午から午後七時まで向かい合っていたのである。その後『sumus 5』で洲之内徹気まぐれ美術館の特集をしたときに快くインタビューを引き受けてくださったのは、そういう下地があったからだと思う。そのインタビュアーは岡崎武志。貴重な証言になった。

日記には画廊の見取り図が書いてある。エレベータはなく階段のみ。途中、四階あたりの踊り場に小さな木の椅子が置いてあった。どうぞ休憩してくださいと書いてあったような気がする。この椅子についてはどなたかがエッセイをものしておられるはずだ(種村季弘?)。画廊が最上階なので廊下突き当たりのドアを開けると屋上のような空間があり、小さな社と給水塔、鉢植などが並べてあった。事務所のところ四角いしるしが肥後さんの居場所。三畳くらいの狭さだったような気がする。ここでお客さんと雑談をするのだが、来客は、現代画廊の残党のような画家たちもおり、肥後さんファンもおり、さまざまに一癖ありそうな人達ばかりだった。

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日記を読み返しているとすっかり記憶の彼方に押し込まれていた細部が浮上してくる。まだ自宅ではADSL回線を使用しており、息子がPCを使っていると電話がつながらなかった、そんな時代なのだ……。

売れっ子評論家の某氏が女性記者と現れた。彼女はすらっとした脚にぴったりのジーンズをはいた(そんな新聞記者見たことなかった)とびきりの美人だったので忘れないのだが、後で某古本屋さんが教えてくれたことによれば某評論家氏と彼女は同棲しているという話だった(後にご結婚されました)。その後も記者女史には何度かお会いする機会があり、二年ほど前にも大阪でご一緒したけれど、相変わらずの美しさであった。

個展最終日、売り上げはまずまず、肥後さんが一杯飲みましょうと誘ってくれた。

《肥後さんとすぐとなりのドイツ料理のケテルでドイツビールとフライドポテト(玉ネギの細切を揚げたものが上にまぶしてある)、ソーセージ盛り合わせ(3,000)。ビールは白ビールというものを選んだが、これは美味。料理の方はいまいち。とくにザワークラウトはいただけない。客も少なく、雰囲気はいいかんじ。洲之内徹の想い出などをいろいろ。ごちそうになる。マツモトキヨシの前で別れる。》

マツモトキヨシが銀座に出来たと話題になって間もないころだろう。阪神の新庄が巨人戦で敬遠のボールを打ってサヨナラ勝ちしたのもこの日(六月十二日)だった。

空想・ガレリアを閉められてからもたしか二度ほどお会いしたが、いつの間にか東京での個展の案内を差し上げても出てこられなくなり、年賀状もいただかなくなっていた。某氏によれば故郷の熊本へ戻って最後の時を過ごされたのだとか。心よりの感謝を捧げ、ご冥福をお祈りしたい。

冥福と言えば、長友啓典さんも最近亡くなられた。お会いしたことはないが、朝日新聞連載の「装丁問答」で拙著『古本デッサン帳』を取り上げて頂いてからずっと折りに触れ黒田征太郎さんの絵入りハガキ(最近は大阪のアメ村の「描き場」DM)が届いていたので他人事とは思えない。かなり前になるが一時期のぞいていた長友さんのブログ、ゴージャスだったなあ。

長友啓典『装丁問答』(朝日新書、二〇一〇年)

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by sumus2013 | 2017-04-10 21:49 | 文筆=林哲夫 | Comments(2)

古本屋を怒らせる方法

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電子書籍
古本屋を怒らせる方法 単行本 – 2007/8/10
林 哲夫(著)

マラルメに便乗して拙著の電子書籍版も宣伝しておきます。

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by sumus2013 | 2017-03-29 20:59 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

今年の収穫2016

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『BOOK5』(トマソン社、二〇一六年一二月一三日)が届いた。最終号。特集「年末恒例アンケート 今年の収穫」。昨年に続いて小生も回答させてもらっている。何を挙げたのかは、読んでのお楽しみ。それにしても収穫は人それぞれ、おもしろいなあ……。

年末と言えば、ここ何年か(調べてみると2011年から)当ブログでも個人的な古本の収穫を列挙してきたが、そのきっかけを作ってくださったyfさんが今年三月末にお亡くなりになられた。心よりご冥福をお祈り申し上げたい。

極狭私的見聞録2015

とりあえず古本で買えて良かった! と思うものを数えてみた。当然ながらほとんど紹介している。今年は百万遍の和本均一さまさまであった。『トリマルキオーの饗宴』は読んで面白かったということで。

◉『風塵』第二集、一九六九

◉『女性』創刊号、新生社、一九四六

◉『致堂詩藁』巻第十七・十八、一八三三〜三四?

◉ヴォーリズ『一粒の信仰』春秋社、一九三〇

◉蔦雨散人『浮巣集』一八三五

◉『遠西名物考』写本

◉『狂詩しやべり志題』一八六五

◉不二木阿古『ラッキーの活躍』新星社、一九三四年

◉牧野信一『心象風景』書肆ユリイカ、一九四八

◉ペトローニウス『トリマルキオーの饗宴』青木書店、一九四一


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by sumus2013 | 2016-12-17 21:01 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

立ち喰いそば・うどん

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「ある塵シリーズ第6回 立ち喰いそば・うどん」(入谷コピー文庫通巻74号、二〇一六年一二月二三日)。このシュールな表紙イラストは石川正一氏。塩山御大やエンテツさんにまじって小文を寄稿させてもらった。本書、読み始めてみるとあっという間に読了(十六ページですから)。なかでは松田憲省「強引そば日記」がはちゃめちゃで面白いと思った。御大の「すずらん通りのもうすぐ貯金1億円の男」はさすがだ。シャイな御大のお人柄もにじむ。その他どのエッセイも読ませる内容だった。立ち食いにドラマあり……。残念ながら以前にも紹介した通り入谷コピー文庫は限定15部なり。

「さぬきのソウルフード」と題して讃岐うどんの個人史を簡単に披露した。もちろんそのなかに立ち食いうどんも含まれている。さわりだけ引用しておく。

《 七〇年代後半、東京で過ごした。当時、都下に讃岐うどんの看板を掲げる店は一、二を数えだけだったと思う。それもいわゆる郷土料理としての贅沢うどんであって、今日のような安くてうまいというイメージではない。自然、うどんは帰省のいちばんの楽しみになった。新幹線を岡山で下車、ローカル線で宇野へ、宇野港から高松港まで連絡船なのだが、この連絡船のデッキに立ち食いうどんの店があった。乗り込んで来た客の多くが荷物を置くのももどかしいという感じでうどんの店に駆けつける。文字通り小走りだ。何日振り、いや何ヶ月振りか、はたまた何年振りか、皆一様にズルズルすすりながら「これじゃ、のう」というような顔をする。まだ、さぬきに着くまで小一時間はかかるのだが、このうどんをすすれば、もうそこは讃岐なのだった。
 お腹がおきたら(讃岐方言で満腹の意)デッキの手摺に体を預けてぼんやりと瀬戸内海を眺める。海が黄金色に輝きはじめ、島々は影絵のように徐々に濃さを増していく。船はゆっくりと進む。空が赤く染まり、紫へと変る様子に心を奪われていると、騒がしいエンジンの唸りも耳につかない。やがて夕闇が目前に迫るころには高松港に着いているのだった。》

忘れたころに全文アップします。

***

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「ホテル(ブランション)」油彩、変型0号


元屠殺場だったジョルジュ・ブラッサンス公園はかなり広い。最寄駅もいくつかあるが、古本市にはトラムのポルト・ブランション駅がもっとも便利。駅から歩いて一分。その途中にあるこの建物、昔はホテル・レストラン・カフェで賑わっていたものと思われるが、現在は空きビル。そのうらぶれた感じがたまらない。

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by sumus2013 | 2016-12-14 21:29 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)