林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:おすすめ本棚( 265 )

花椿

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『花椿』818号(資生堂企業文化部、二〇一八年一月一五日)を頂戴しました。深謝。昔むかし、B5だったかの花椿を毎号のように化粧品売り場でもらっていたことを思い出す。ひところは書庫(郷里の納屋です)に一箱分くらいためてあったが、さすがに処分してしまった。レイアウト、写真、記事、どれも刺激的で参考になった。

現在もその延長ではあるが、グラフ誌が難しい時代になっても、いっそう好き放題やってますね、という感じを受ける。

神保町がロケハンに使われていた。

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この号では附録として第35回現代詩花椿賞の井坂洋子『七月のひと房』(花椿文庫、資生堂、二〇一八年一月一五日)が綴じ込まれている。袋入りというのが、ちょっと面白い。

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文庫の表紙がちょっと物足りない感じもするが、それを狙っているのかも……どうだろう。

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by sumus2013 | 2018-03-18 20:17 | おすすめ本棚 | Comments(0)

戀愛譚

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東郷青児『戀愛譚』(野崎泉・編、創元社、二〇一八年三月一〇日)読了。正直、ビックリした。これまでも東郷青児の文章はいくつも読んで来て、絵描きとは思えないこなれた文章だとは感じていたものの、文筆家だという認識ではなく、やはり画家の余技(アングルのヴァイオリン)かな、というのが頭の隅にずっとあった。

ところがどうだろう、東郷は明らかに、絵筆だけでなく文筆も本気で握っていたということが、本書を通読してみて、ハッキリ分った。本書は東郷のそんな文章家としてのエッセンスを、入門書にして決定版とでも言える形にまとめた見事な内容である。編者の野崎泉さんの執念と手腕を讃えたい。

《本書では前半のIでおもにフィクションの要素が強いものを、後半のIIでは「自伝的エッセイ」、および「文化人エッセイ」的な作品をセレクトした。ご覧のとおり、随所にフランス語や英語、最先端の文化や風俗にまつわる固有名詞がほぼなんの説明もなく散りばめられており、あきれるほど気障でスノッブで、彼の当時のスタンスがうかがえる。が、不思議といやみにならず、逆にそこがなんともいえない魅力となっているのは、芸術への献身的なまでに深い愛と、彼自身の率直な、憎めないキャラクターに依るところが大きいのだろう》(解説)

気障でスノッブ、まさに。ただ、これは大正末から昭和ヒトケタの、横光利一、川端康成、北園克衛、稲垣足穂らに共通する時代の性格でもあって、彼らの作品と並べても何の違和感もないというか、都市モダニズムの文学を論じるとすれば、東郷青児を見過ごすことはできない、とすら思えるものだ。

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まるでソーダ金平糖のような短篇小説も楽しめるのだが、読み応えのあるのは
後半の「自伝的エッセイ」群であろう。なかでも「夢二の家」は重要な作品だ。

《夢二が新潟に旅出した留守中のことだった。ある日旅先きの夢二から長文の電報が留守宅に届いた。丁度前夜から泊りに行っていた神近幸子や私がたまきさんと判読しにくいその電報を読んだのであるが、その電文というのが、「昨夜お前が不義のちぎりを結んでいる夢を見た。自分の今までの経験で、このような顕示は常に的中していた。心おだやかでない。若しお前にうしろ暗いところが無かったらこの電報を受取り次第東京を立って新潟に来い」というのである。》

青児とたまきの間にはその前夜ちょっとした出来事があったが、不義というようなものではなかった。たまきは新潟に出かける用意を始めた。

《この結末がどう新潟でついたか私は知らない。その後も夢二の家に出入りしたし、夢二にも時々会って、格別のわだかまりが其処に生じた様子もなかった。》

とつづくのだが、新潟で何があったのかは、たまきが書き残してくれている。以前少しだけ引用したのでリンクしておく。

岸たまき「夢二の想出」
https://sumus2013.exblog.jp/21415084/

十八歳の青児は、たまきではなく、夢二の弟子だった「おあい」さんが好きだった。ところが、まだまだ子供の青児は、おあいさんの訳の分からない行動にふりまわされる。その気まぐれな彼女とのやりとりがパートIの恋愛掌篇小説に色濃く反映されているように思われるのだ。

もうひとつ、「ニースの金髪」は滞仏時代の思い出である。このエッセイは色々な意味で超現実主義的な彩りをおびている。青児はニースの海岸で砂浜に寝そべっていた。すると青い海の波の間から女の足がにょきっと一本突き出したのである。「助けてくれ」という声を聞いて跳ね起き、海に飛び込んだ。

《既に仮死の状態にいる女の足を左手でかかえて、私は水の上に浮き上がった。
 いつの間にか人だかりのした海岸に私がその女を抱き下ろした時、ぎょっとしたのは、その仮死状態の女が片足の女だったことである。白い海水着といっても、こんもりした乳房を包むブラジャーと、思い切り太股を出したパンツだけなのだが、その左足が付根からぶっつり無い。
 心得のある男が仰向けになった女に馬乗りになって人口呼吸をすると、おびただしい水を吐いて、ぱっちり目を開いた。蒼ざめた頬に水藻のような金髪がべっとりと張りついた有様は、女が比類の無いほどの美人だったから、背筋に水の走るような感動を私に持たせた。ことに、片足の裸体が通常の感覚を跳び越えて、胸ぐるしく私にせまってくるのである。》

この美女はイザック・メイヤーというユダヤ人の金持ちの夫人だった。彼女を助けた縁でパリの百貨店ギャルリ・ラファイエットの図案部で働けることになった。と、ちょっと出来過ぎではあるが、どうやら事実のようである。

《美しい夫人に頬ずりされながら、ユダヤふうの塩からいご馳走を木曜日ごとに招ばれた。だが、片足の無い股の不思議な印象は、今でも私の瞼の裏に浮かんで来る。
 美しさというものは、必ずしも均斉の中だけにあるものではないと私は寂しく感じるのである。
 私の海の幸は波に浮かんだ一本の足だった。》

どうです、なかなかでしょう。そうすると、先の同時代人のなかに江戸川乱歩も数えておくべきなのかもしれない。

野崎さんの解説「跣足[はだし]の天使が舞う、コバルトブルーの空の下で」はじつに懇切丁寧な内容で、この解説だけでも一読の価値がある。そこにこんなことが書かれていた。古本修羅のみなさん、情報よろしく!

《なお、この昭森社からその後の一九四〇年に出たはずの東郷の著作に、『星と菫』というのがある。》
《存在は知っているものの、実物を見たことのある人は皆無というまさに"幻の書"で、今回さまざまなコレクター、施設などにあたってみたのだが、ついに見つけることが叶わなかった。本書を手にとってくださった読者のなかに、もしも所有しているという方がおられたら、ご一報いただけたら大変に嬉しいのだけれど……。》

さっそく御教示いただきました。下記のリストに『星と菫』が出ています。『関根正二とその時代展図録』より

森本孝:編 その時代の画家たちに関連する文献目録

三重県美に所蔵されているわけではなかったようです、残念。

*****

『東郷青児〜蒼の詩 永遠の乙女たち』出版記念展

東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち 

東郷青児「銀座放浪記」が面白すぎる。

東郷青児訳『怖るべき子供たち』


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by sumus2013 | 2018-03-14 21:44 | おすすめ本棚 | Comments(2)

人と会う力

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岡崎武志『人と会う力』(新講社、二〇一八年二月二六日、カバー・本表紙イラスト=著者、装丁=ロコ・モーリス組)読了。

人と会う力

還暦を迎えた岡崎武志のすべて(!)がここに集約されている、というか神の滴みたいな岡崎エキスで満たされた一冊と言い換えてもいいだろう。

《この本は、本編にも名前が登場する編集者で作家の坂崎重盛さんと、神保町の酒場で飲んで話したことがきっかけで生まれた。私は忘れていたが、もろもろ話していた時に、「ぼくは人と出会うことで、これまでの道を切り拓き、いい仕事に巡り会ってきた。人と会うことで作られた男なんです」というようなことを坂崎さんに言ったらしい。たしかにそうだし、今でもそう思う。ほんの、酒場での気負った戯れ言のような発言であったが、坂崎さんは聞き逃さず、「それ、一冊、本が書けるんじゃないですか」と返してきた。》

《自分が幸福か不幸であるかと問われれば、人に「会う」ことについては、幸福だったとしか言いようがない。自分のことを書きつつ、さまざまな「会う」バリエーションを考え、先人たちの例を挙げることで、貧しい体験を補強してみた。

はげしく同感したのは「『坊っちゃん』はダメである」の章。

《人生のいろいろな局面で、人と「会う」ことを大切にするなら、ぜったいに「坊っちゃん」を真似してはいけない。なぜなら、この若者は、ことごとく「会う」機会を拒否し、避けて通っているからだ。

坊っちゃんはサイテーな奴だな、と前から思っていた。どうしてこの小説が読まれるのか、気分が悪くなるような作品ではないか。漱石研究者ならば、ここに漱石の挫折の深刻さを読み取れるかとも思えるが、この小説を書くことが漱石のうっぷんばらし(カタルシス)になったとしたら、当時の漱石は相当に病んでいたと思う。

《こういう人物が、自分の会社、あるいは学校で同じクラスにいてごらん、果たして尊敬できるだろうか。「こいつ、バカじゃないか」と思うのではないか。
 『坊っちゃん』は、作品の出来としては素晴らしい。しかし、人間としては欠陥が多過ぎる。人と親しくなるためには、すべて「おれ」がやったのとは逆のことをしなくてはならない。

小生は、作品の出来についても疑問を持っている。駄作の多い漱石のなかでもつまらない部類に入るのが『坊っちゃん』という気がしないでもない。ひょっとして『猫』みたいに何かヒントになった先行作品(イギリスの諷刺小説とか)あるのかもしれないが……。晩年の漱石はこれが一番気持良く読み返せた自作だと弟子に語ったらしい。そういう意味では『坊っちゃん』に漱石の本音がストレートに現われているのは間違いないようだ。漱石は「おれ」みたいになりたくて、でも結局そうはなれなかった、ということなのかもしれない。

思わず脱線、失礼。『坊っちゃん』だけじゃない、他にも「男はつらいよ」やディック・フランシスの競馬シリーズ、笑福亭鶴瓶、キャロル、ザ・フォーク・クルセダーズ、高田文夫、鮎川信夫などなど、自家薬籠中の話題で「出会い」の機微を説いて行く。岡崎エキスと書いたのはこのためである。

いちばん最後のところに置かれた「小沢昭一さんに会えてよかった」、なんともスリリングな、しかし、いい話。人はすべからく、こうありたいもの。

《これから先、どれだけのことがやれるだろう。無力、無学を自認してきたが、何もなければ、何もできてこなかっただろう。支えてくれた人たちのおかげもある。そのことに、素直に、深く感謝したい。》(「『還暦』の会 感謝の言葉」より)



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by sumus2013 | 2018-03-07 20:34 | おすすめ本棚 | Comments(2)

戦後春陽文庫資料集成β版

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小野純一編『戦後春陽文庫資料集成β版』(盛林堂ミステリアス文庫、二〇一八年三月四日)。

『戦後 春陽文庫 資料集成 β版』
編者:小野純一
表紙デザイン:小山力也(乾坤グラフィック)
判型:A5判
価格:2,000円

《魅了されて早10年。古書業界の市場で文庫が出品されていると珍しい春陽文庫は混ざっていないか目を凝らし、大量出品されると一人盛り上がり、見たことのない春陽文庫を探し求める始末。編者の店舗の棚には春陽文庫のコーナーを常時設け、背を眺めているだけで嬉しいという正直春陽文庫だけに限れば、商売に向いていないのではないかと自分でも考えさせられてしまいます。》(はじめに)

《かなりの量の春陽文庫を見てきたはずなのですが、編者も正直どのくらいのタイトルが出ているか全貌が全く分りません。誰かコレクターさんがまとめてくれないかな…とも思っていたのですが、運良く大量の春陽文庫を入手でき、かなり稀少なタイトルも手元に揃いました。それなら、推理小説や明朗小説を中心に好きなタイトルだけでもまとめてみようかなと軽い気持ちで刊行したのが、本書です。》(同前)

《神保町の市場に定期的に大量の戦後の春陽文庫が出品され始めたのは、昨年2017年の夏ごろからだったでしょうか。その期間、約半年、春陽文庫好きとしては、とても興奮しました。出品される度にとにかく入札を行い、時代小説を除いて、ほぼ全て落札し続け、その冊数は約5000冊。一部は販売もしましたが、かなりダブリも多く、レアなタイトル以外はまだまだ未整理の山。いつになったらこの山は消えるのか、正直分りません。ですが、レアなタイトルが手元に揃ったこと、この未整理の山の把握をしなくてはと思えたからこそ、本書の準備を始められました。》(あとがきにかえて)

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カバーの図版がフルカラーで収録されているは有り難い。装画のクレジットもちゃんと記録されているので、いったいどんな画家たちが執筆していたのだろうか、と思いながら名前を拾ってみた。「表記なし」もかなりの数あるが、お抱えというか、このあたりのシリーズはだいたい何人かの画家が集中的に描いている。その間に、ポツポツと新しい名前が入ってくるという感じである。難波田龍起のカバーがあるとは思いがけなかった(掲載点数は五、タイトルは三種、いずれも同一図案)。

は同一作家と思える名前。
は仮に配置した。これ以外でも間違っている読みもあるかもしれない。

東啓一郎
東啓三郎

糸井けい子

岡本爽太
小川陽
小川不二夫
小澤重行

海津正道
梶鮎太
金長政行(カバーデザイン)
鴨下晃湖
河合中車

菊地信博
木下二介
木村卓
清野清二

佐伯克介
坂本勝彦
坂本節夫
佐藤朗

清水三重三
渋川泰彦
志村立美
下高原健二
下高原千歳
下田恵三
神保朋世

勝呂忠
鈴木朱雀
鈴木信太郎

高塚省吾
武井明夫
田中道人
玉井ヒロテル

筒井直衛
鶴田修

中込漢
中島靖侃
中島靖佩
奈良葉二
成川明樹
成瀬一富
成瀬数富
難波田龍起

西原比呂志

根岸俊夫

野崎猛

畑義則
伴史郎
伴颺

久比佐夫


細木原青起

水戸成幸
宮田重雄

村上松次郎
村上豊

レオ澤鬼

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by sumus2013 | 2018-02-28 20:40 | おすすめ本棚 | Comments(0)

阪神タイガース仕様

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by sumus2013 | 2018-02-25 19:20 | おすすめ本棚 | Comments(0)

世界の風

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福島あずさ 著、nakaban 絵『窓から見える世界の風』(創元社、二〇一八年二月二〇日)。世界を旅するイラストブックシリーズの最新刊。まさに風に乗って世界を旅する本だ。

関西でと言えば、まずは、六甲おろし、でしょう(?)。残念ながら、本書では立項されていない。しかし、ちゃんと言及はされている。イタリアのトリエステ、アドリア海沿岸に吹く「ボラ Bora」のところに

《この風はアルプス山脈やアドリア海の北東に位置するディナル・アルプスから吹き下ろす風で、吹いた後に気温が下がって寒くなるのが特徴。日本では六甲おろしに代表される「おろし風」が同じ現象にあたります。》

とある。そういえば、京都にも「愛宕おろし」があった。「嵐山」という地名は愛宕おろしで花々が吹き散らされるからとも言われているらしい。では、この「あらし」は?

《「あらし」とは、現代ではStormの訳語として低気圧や台風などに使われる言葉ですが、日本各地で山から平野、陸から海へと吹き出す局地風にも「あらし」という名がつけられています。》(肱川あらし 日本:愛媛)

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ボラ Bora


十九世紀半ば、悪天候をもたらすものはすべて嵐(ストーム)と呼ばれていたそうだ。そのストームの情報に興味を持ったのが、ダーウィンの乗ったビーグル号の船長だったロバート・フィッツロイ。

《当時、海で起る嵐の情報は船乗りたちにとって大変貴重でした。そこで彼は晩年、世界初の天気予報と暴風雨警報の事業に取り組みます。時代を先取りすることになるこの一大事業は、緻密な気象観測に基づく科学的な見立てを人々に伝えることでした。そのため「予測・予言(プレディクション)」ではなく、「予報(フォーキャスティング)」という言葉を使ったのです。》(アブロホロス Abroholos ブラジル東岸)

ストームの他に「ハリケーン」という言葉もある。

《明治時代以前の日本では、強い風は「大風[おおかぜ]」や「野分[のわき]」、激しい雨は「大雨」など、地上の「ある場所」で見られる現象とその被害だけが記録されていました。》《人類が俯瞰の目を手に入れ、初めて雲が渦を巻いている事実に気がついたのです。》

《ハリケーンの語源はマヤ神話に登場する風や嵐の神 Huracán[ウラカン]。世界各地で神々は地上の人間を「俯瞰」してきました。》(ハリケーン Hurricane 西半球:日付変更線より東の太平洋、大西洋、カリブ海、メキシコ湾)

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落山風[ルオシャンフェン] 台湾:恆春半島


おろし風の類語に「だし」がある。

《おろし風の一部が、狭い谷間で強められ、平野や海に向って吹き出す強風で、夏の日本海側で起こります。
 これらの風が「だし」と呼ばれるのは、漁師たちが船を「出す」のにふさわしい風だったから。漁師用語には、東風を表す「こち」、南風を表す「まじ」「まぜ」「はえ」、西風や北風を表す「ならい」、南東風は「こちまじ」など、今日あまり一般的に使われない言葉があります。》(だし 日本)

こち吹かば・・・

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キャッツ・ポウ Cat's Paw アメリカをはじめ英語圏


世界中から集めた風の名前、大半は初めて目にするものばかりなのだが(詳しくは本書にて)、それでも日本語になってしまっているような風の外来語も少なくない。ストーム、ハリケーンはもちろん、シロッコミストラル、ジブリ(本書ではギブリ Ghibli)そしてフェーン現象のフェーン(Föhn)もアルプスの山々から吹き下ろす風の名前だったのだ。

以上、引用したように丁寧で分りやすい説明がいい。また、nakaban のイラストも独特な雰囲気を持っている。どこか懐かしい、世界各地を旅しているはずなのに、ともすると過去へ遡っているような気分にさせてくれる。単純に、四十年近く昔になってしまった、スペインや地中海沿岸の宿屋を思い出させてくれるからかなあ……。それぞれの絵に付された詩のように長めのタイトルもいい。

 風が見えるという町がある
 そう教えられ 特急列車に乗ってやってきた
 駅前の大通りに面したカフェに入る
 明るくて広い店内に漂うコーヒーの高貴な薫り
 水を置きながらウェイターが
 窓の向こうを見るよう促した
 あ 遠くの山を越えた風が
 今しも駆け降りてくるところ
 (フェーン Föhn アルプス山脈)


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ボレアス Boreas ギリシア神話の北風の神


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by sumus2013 | 2018-02-19 19:55 | おすすめ本棚 | Comments(3)

串田孫一のABC

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『Coyote』No.63(スイッチ・パブリッシング、二〇一七年一一月二〇日)、特集・串田孫一のABC。面白く読む。

《串田孫一をABCで白地図を描くように等高線を曳いてみたい。
すべてのモノや心の周辺には多くの言葉がある。山をめぐる言葉もそれぞれ違った色彩を放っている。
「串田孫一のパンセ」をひも解く。この特集のABCはそれぞれの星の微笑みのようにある。
等高線は星と星を繋ぐ星座になる。
星を頼りに未来を描くために、さらに深く物語を探す人生の入口としてこの特集を置く。》

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串田孫一の手作り本棚


『アルプ』を発行していた創文社と印刷していた精興社を取材した記事もよかったが、やはり夫人や子供達の回想は興味深い。「串田美枝子 問われ語り」(訊手=串田明緒)より。

《一人で山に登るのが好きな孤高の人かと思ってしまうけど、お客さんがうちに来ることを拒まなかったんですね。

「うちは千客万来だったから。山や物書きに、音楽仲間ってのもいて。[中略]ほんと今考えると、変わった人ばかりだったな。時間もお金も何も気にしないっていうか。断トツに変わってたのは、やっぱり辻まことさんかな。まるで自分で育っちゃったような人。親がダダイストとアナーキストだから。見たところは普通なんだけどね。特に仲良しってわけでもないんだけど、孫一とはお互いによく解り合ってた。でもね、よく考えてみると誰でもみんな少し変わってるじゃない。ごくごく普通の人ってのは果たしているもんだろうか?」》

奥さんもかなり哲学者みたいな人である。長男和美と次男光弘の対談ではこう語られている。

光弘 親父さんの翻訳本はあまり多くないけど、『花の歴史』っていうクセジュ文庫のフランス語のものがあるんだけど、これお母さんが全部訳してるんだよね。
和美 お母さんはね、自分が表に出ることはあまり好きじゃないんだよね。
[中略]
光弘 [中略]例えばありとあらゆる植物の本の索引を作ってるわけ。それは日本だけじゃなくて中国語とアラビア語とメキシコ語の数十冊の本に書かれた内容をまとめていて、例えばアサガオはどの本に何が書いてあるっていうのをノートにまとめている。
和美 そんなことやってたんだ。
光弘 ずっとやってある。ある時、エジプト語の植物の本が古本屋にあって読みたいからちょっと勉強するって言って、二〜三週間勉強して、本を読んでるんだよ。
和美 二〜三週間でなんておかしいよ(笑)。》

エジプト語というのが古代エジプト語なら(十七世紀頃まで使われていたらしい)、ちょっと無理かもしれないが、現代語はアラビア語なので、すでにアラビア語を学んでいれば容易に読めるのではないかと思う。

辻まことについては長男串田和美氏も「断想『父孫一のこと』」で辻の逸話を披露したあと、こう書いておられる。

《小学校の頃、先生が「みなさんもっとも尊敬する人は誰ですか?」と聞く。みんなは「シュヴァイツァー博士です」とか「ガンジーです」とか答える。中には「自分の父です」などという者もいる。僕はどうしても答えられなかった。尊敬しているなんて、もし父に言ったら、きっと父は悲しくなるんじゃないかと思えたから。でも辻まことという人のことは尊敬していると言ってもいいような根拠のない考えが頭に浮かんだのは、それから何年か経ってからだ。》

辻まことって、いいよね。

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詩誌『アルビオレ』、広辞苑第二版の函が本箱に!


また、検印の思い出にも触れておられる。

《昔は本の後ろのページに印税のための切手みたいなシールが貼ってあって、そこに著者の印が一冊ずつ押されていたのだが、それに一つひとつ判を押していくのは結構労力のいることだったようだ。で、父孫一の本が出版されることになると、僕たち兄弟がそれをやった。ご褒美にお小遣いをもらえるものだから、急いでやると枠からはみ出したりして大騒ぎをしながら取り合ってそれをやった。自分の押したそれが貼ってある本がどこかの本屋におかれていると思うとちょっと嬉しいような変な気持ちがした。》

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串田孫一の小宇宙』より篆刻作品が掲載されている限定版。
戦後、判子屋になろうと本気で考えていたことが
日記』に見える。


串田孫一のオリジナル印のある奥付が、書架のどこかにないか……と探して見たら、一冊見つけた。串田孫一他訳『アラン 家族の感情』(風間書院、一九四六年八月一〇日)。

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「Kywh」となっているのは、串田孫一、八木〓[日の下に免]、渡邊一夫、平井正の共訳だから。これはさすがに子供達が捺したのではないかもしれない。

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by sumus2013 | 2018-02-06 20:57 | おすすめ本棚 | Comments(0)

コンパス綺譚

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龜鳴屋さんの近刊到着。グレゴリ青山『コンパス綺譚』(龜鳴屋、二〇一七年一二月二〇日)。

龜鳴屋

《「コンパス綺譚」は雑誌「旅行人」'04夏号から'07夏号にかけて連載していた漫画です。1冊にまとめるにあたり、解説と描き下ろしイラストを加えました。
 この漫画はグ[○にグ]が初めて描いたストーリー漫画です。》(あとがき)

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登場人物がシブい。さすがグレゴリさん。舞台は一九二七年の青島(チンタオ)。ハルという美人女性が狂言回しとなって、まず、安西冬衛が登場。少年時代の三船敏郎。大連、青島で写真館を開業していた三船秋香(徳造)の長男である。次に城田シュレーダーが現れる。実在した経歴不明の謎の探偵小説家。

舞台は上海へ。白系ロシア人の踊子ニーナに三船秋香がからみ、内山書店では、内山完造、金子光晴と森三千代の夫妻、郁達夫、そして前田河広一郎が憎まれ役として重要な役割を担う。むろん魯迅(ルーシュン)もなかなか粋な役回りを演じている。

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つづいて魯迅を導入役として映画女優・阮玲玉(ロアン・リンユイ)を軸とした物語へと移る。映画監督の孫瑜(スン・ユイ)、朝鮮人俳優・金焰(チン・イェン)、劇作家・田漢(ティエン・ハン)らが新しい中国映画を作り出し、阮玲玉はスターとなるのだが……。

彼らの手から手へと渡って行くのが、ほんとうの主人公、すなわちコンパス、なのである。

メジャーとマイナーがじつに効果的に交錯して火花を散らす、そんな激動の時代が、グレゴリさんらしく、ゆったり、しっとりと、そして一流のユーモアをもって描き出されている秀作。

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by sumus2013 | 2018-02-05 20:47 | おすすめ本棚 | Comments(0)

昭和八年の織田作之助(上)

春日井ひとし『昭和八年 文学者のいる風景 その8 昭和八年の織田作之助(上)三高の青春』(掌珠山房、二〇一八年一月)を頂戴した。御礼申し上げます。中島敦から始まって、杉本秀太郎、高見順、里見弴、そして織田作之助。毎号のことながら、綿密ないい仕事である。そして何より昭和八年(一九三三)前後という時代はとにかく面白い。

『昭和八年の中島敦 昭和八年・文学者のいる風景 その1』

今回は、青山光二、白崎禮三、吉井栄治、そして富士正晴も、花森安治も、柴野方彦もチラリと登場する。田宮虎彦の帝大時代の回想も印象的。

なかではやはり吉井栄治。織田作と同年生まれ、高津中学校では三年生で同じクラスだった。織田作は三高へ吉井は姫路高校へ(そして東京帝大文学部美術史学科へ。花森や杉山平一の後輩である)と別れるが、昭和十四年、織田作に誘われて同人誌『海風』に参加する。戦後は朝日新聞の将棋記者として知られ、小説家としては直木賞候補(第23回)にもなる。この辺りの詳しいことは下記サイトをご覧いただきたい。

将棋・オダサク・直木賞〜吉井栄治メモリアル

吉井栄治が将棋観戦記者になったことと織田作が将棋好きだったことはどういうふうに関連してくるのか、そのへんが個人的には興味深い。例えば織田の『六白金星』という作品は妾の子供として育った兄弟を対照的に描く佳作なのだが、二人が将棋を指すシーンが効果を上げているのだ。

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上/中学時代の織田作之助と吉井栄治
下/三高紀念祭の織田作之助ら


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左より/織田作之助、白崎禮三、瀬川健一郎


写真は三高時代の仲良し三人組。瀬川は大阪北野中学から、白崎は福井県敦賀の出身で武生中学からやってきた。白崎は早熟な美青年で百田宗治の『椎の木』に近づいていた。

《織田はジイドの自意識を持ちだして論じ合った。瀬川は傍で聞いている。瀬川の目には、白崎は理知的に現実を冷ややかに見る、静かな厭世家と映り、織田は現実を感覚的に捉えて、現実に斬りこんで自分の美意識と対決させようとしていると映った。低声で語る白崎と対照的に、肩怒らせて現実と対決しようとする姿は駄々っ子のようにも思える。(瀬川「青春・その喪失と回復」)》

白崎礼三詩集

滝川事件(昭和八年)で騒がしくなる前の年、織田作は下宿を移っていた。

《下宿は、去年下大路町から左京区浄土寺西田町に変わっていた。先の下宿から神樂坂を上ってゆき、真如堂を右手に、後一條天皇陵の下を通ってゆく道は、やがて神樂丘通と呼ばれるようになる。西田町はその先である。市電の銀閣寺道終点が近く、その周辺にはカフエや喫茶店があって、ちょっとした盛り場になっている。

浄土寺西田町とは! ご存知古書善行堂と同じ町内である。


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by sumus2013 | 2018-02-02 20:49 | おすすめ本棚 | Comments(2)

浮き世離れの

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坂崎重盛『浮き世離れの哲学よりも憂き世楽しむ川柳都々逸』(中央公論新社、二〇一八年一月一〇日)読了。面白い。川柳都々逸なんぞの風流世界にはまったく縁が無いと思っていたのだが、案外と、人口に膾炙している句が多いのにビックリ。

《このワタシ、戦後、焼け跡育ちで、一日小づかい五円玉を握って駄菓子屋へ走り、割り箸にからめた水あめや、コッペパンの半分に黒蜜ぬったのを買い食いしてたガキだったが、思春期を迎え、ラジオの芸能番組、上野や人形町の寄席の高座で、柳家三亀松のお色気都々逸や女芸人の端唄、俗曲とともに都々逸を聞いたのが初め。
 つまり、昭和三十年から四十年代頃までは、生活の中に都々逸が生きていたのでした。》(「あとがき」にかえて)

しかしひと回り下の小生でも、しかも讃岐の片田舎でも、TVというものの普及によって、お色気はともかくも、落語や都々逸、端唄、小唄などはしばしば耳にし目にしたものである。少年時代から青年時代にかけてそういった演芸がオンエアされる比率はかなり高かった(「お好み演芸会」などなど)。今日まで続いているのは「笑点」くらいのものかもしれいないが(?)、それでも今なお川柳都々逸をレパートリーとした大喜利のような芸能番組は放映されつづけている(坂崎さんは悲観的な意見らしいけれど、そうでもないですよ)。日本人はよほど五と七のリズムが好きなんだな、と思うのである。

本書には坂崎好み、名品佳作がズラリのアンソロジー。洒脱な解説も過不足ない。例えば

 花は紅柳はみどり あしたはあしたの風が吹く

平山蘆江の『蘆江歌集』から。あしたはあしたの風が吹くって川柳(蘆江は「街歌」と呼んだ)だったのだ。「トゥモロー・イズ・アナザ・デイ!」

 戀という字を分析すれば 糸し糸しと言う心

こちらは都々逸だそうだが、昔はじめて聞いたときには、うまいこと言うもんだなあと感心した覚えがある。

そして坂崎翁の本領はやはりEROSの世界。といってもちっともいやらしくないのが不思議なくらい。ただし、ここでは引用するのがはばかられるため、ご興味おありの方はぜひとも本書をお求めいただきたい。哲学よりも、という命題通り、哲学的にオシャレな解説の奥義を少しだけ引用しておこう。第二章「いっそこのまま……世間も義理も」より。

 恥ずかしさ知って女の苦のはじめ

 野辺の若草摘み捨てられて土に思いの根を残す

 医者などに治せるものかと舌を出し

これらの歌を引用解説しつつ恋の病をまな板にのせ、次のように締める。

《古川柳は、そのへんの事情を見逃さず、
  「あれ、死にます……と病い癒え
 ということになる。「死にます」といって元気になるのだから人間とは不思議な生物ではあります。
 キェルケゴールではないが、「死に至る病」とは絶望のことをいうが(元ネタは「新約聖書」)、この娘の「死にます、死にます」は、最大級の生きる希望、歓喜の絶頂であったわけです。
 「シヌ、シヌ」は性の絶頂、生の歓喜の時の言葉なのですから、エクスタシーは「小さな死」、まさにバタイユ的エロティシズムと一致する。洋の東西、このことに関しては共通するところが嬉しいじゃないですか。性愛って本当にいいですね。

なんだか淀川さんみたいになってますけど、さすが坂崎翁であろう。以下、本に関する作品をふたつほど挙げて結びに代える。

 ながい話をつづめていへば光源氏が生きて死ぬ

ははは、こりゃ、たいていの物語に当てはまる。もう一句。

 うたたねの顔へ一冊屋根を葺き

これもうまい。

「屋根」は、つまり本ということ。それも、柔らかく軽い和本でしょうね。ゴロリと横になって本を読んでいたのだけれど、眠くなってしまったので、手にした本を開いたまま顔の上に乗せて、うたた寝をしているという図。

反権力の狂歌、鶴彬や竹久夢二の戦争川柳にも目配りは忘れない。回文のくだりも傑作揃い。ブックガイドにもなっているし、ちょいと引用するのにもってこいのガイドブックでもあります。

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by sumus2013 | 2018-01-30 21:47 | おすすめ本棚 | Comments(0)