林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:おすすめ本棚( 278 )

昭和ガキ伝

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安田有詩文集『昭和ガキ伝』(出版舎風狂童子、二〇一八年九月二五日、表紙デザイン=安田有)読了。安田さんはすなわちキトラ文庫さんである。これまでも安田さんのことは何度か取り上げてきたが、念のため奥付の著者紹介を引用しておく。

《1947年1月 奈良県生駒市生まれ。/大阪市立大学(文学部)除籍。/30代初めから12年間、新宿ゴールデン街「酒肆トウトウベ」。/1994年 郷里に古本屋「キトラ文庫」、現在に至る。/東京にて小雑誌「作業」、関西にて「coto」を主宰。/私家版文集に『スガターー無名詩集』『窮望』『気息がする』/詩集に『スーパーヒーローたちの墓場』『早くお家にお帰り』。/(いずれも砂子屋書房刊)》

文中『スーパーヒーローたちの墓場』は正しくは『スーパーヒーローの墓場』です。雑誌は他にも出しておられたのではなかったか?

古本屋の詩があったので全文引用しておく。


  消しゴムの使い方

 子どものときから消しゴム
 大人になってからも消しゴム
 ほどよいかたさ ほどよいやわらかさ
 あきない色 あきない形

 筆箱をあらして失敬
 エマの口から取り戻す家人
 「返せ、消しゴム」
 エマと家人が同時にいうセリフ

 古本商売の家人は必死に本の引き線を消している
 丸くなれ 小さくなれ
 消しゴム

 「エマ! それっ」
 家人が投げる エマが跳ぶ
 口にくわえて家人の手の元へ
 家人は投げる 上下左右 前後めちゃくちゃに
 エマは追いかける 四方八方 驚天動地
 あわれ消しゴム
 家人があきてもエマはひとり遊び
 投げ追いかけ口にくわえゆうゆうと運ぶ
 ちびた消しゴム

 ほどよいかたさ ほどよいやわらかさ
 あきない色 あきない形
 線字を消す
 よく消える消しゴムは
 すぐに消える消しゴム
 丸くなって 小さくなって
 どこへ隠れた

 エマは今日も
 消えた消しゴムを追って
 走る

   *エマ、別名「消しゴムエマちゃん」。わが家の猫である。


消しゴムの詩なのだが、《古本商売の家人は必死に本の引き線を消している》の一行が効いている。主人が古本屋だということがこの作品のキモだと思う。必死に引き線を消すくらいの本だから、かなりいい本に違いない・・・などと想像をたくましくする(そうでなければ均一行きだろう)。ある古本屋さんに聞いた話を思い出した。線引きを丁寧に消した詩集を目録に乗せたところ、売れたのはよかったが、あとで客から「消し跡あり、と書いてなかったぞ!」と怒りのクレームがきたのだとか。客の気持ちも分からないではない。

昨日、みかんの話題を取り上げた。本書にも「みかん ーー友へ」という詩がある。後半の一部を引用する。誰か柑橘類の詩を書いた人はいるだろうか、当然書いているはずだ。小説ならもちろん『檸檬』がある。


 奄美の友人から送られてきた
 ぽんかんやたんかん
 友の元気のあかし
 こちらもまだまだ未完の生だ
 人生のたんかん
 人生のぽんかん

 枝に挿して小鳥を待つ
 ひよどりに蜜柑を奪られて目白の目
 地面に落ちた黄金きんの皮に
 融ける淡雪


 水が流れない
 見えない川
 見えない(みかん)

 (首を傾げて笑む)
 (ここはどこ)
 (むかしみかんという名の犬がいた)


ミカンという名前の犬を飼っていたのは小生です。

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by sumus2013 | 2018-10-30 16:26 | おすすめ本棚 | Comments(4)

岡崎武志素描集

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岡崎武志『岡崎武志素描集 風の穏やかな日を選んで種をまく』(盛林堂書房、二〇一八年一〇月二六日)届く。岡崎氏らしい爽やかな仕上がりになっている。絵を本業にしてもじゅうぶんやっていける才能を感じさせる。例えば、立原道造の絵なんかを連想してしまう。近頃は牧野伊三夫氏と親しくしているせいか、牧野調に感化されたタッチがうかがえるようにも思えるが、それはそれでまた自ずから異なった味わい。

《絵は描けば描くほど上手になって行く。調子に乗って次々とアップしていくうち、それを見てくれた高橋さん[岡崎武志素描展を企画したギャラリー「白い扉」のオーナー]から「もっと下手に描いてくれ」と注文が入った。言っている意味がわかったのでドキッとした。絵の技量が上がると、線は洗練され、対象のつかみ方も堂に入って来る。しかし、それでは絵はつまらない。滑り過ぎるというのか、自分という引っかかりが消えてします気がした。絵について、そんなふうに悩んだのは初めてである。貴重な体験であった。》(はじめに)

絵は手の動きであるとともに心の動きなのだ。調子に乗りすぎては初心を忘れることもある。文章道でも、古本漁りでも、同じことだろう。古本と言えば『岡崎武志✖️古本屋ツアー・イン・ジャパン 青春18きっぷ古本屋への旅』(盛林堂書房、二〇一八年一〇月二六日)も同時に届いた。青春18キップで友人と古本屋巡りとは楽しいだろうな・・・

岡崎 我々の場合、旅のエサとして、古本屋巡りがあって、日頃行けない地方へ息抜きのためにも使ってるわけなんだけど、青春18を買ったら、五回のうち、一回分は必ず松本へ行く。そのぐらい中央本線はいいね。
古ツア そう言えば、よく『古本屋のことはもう忘れて』みたいな、息抜きに走るパターン、多いですよね。
岡崎 逆に言えば、日頃、それほど古本屋に縛られている(笑)。とくに古ツアさんなんか、ほかのこと、ほとんど考えないわけでしょう?
古ツア いや、ほかのことも、ちゃんと考えてますって(笑)。
岡崎 しかし、今回のような、古本屋をからめて青春18を使うっていう酔狂な旅が出来るのも、この先長くないと思う。今だって厳しい。
古ツア そうですねぇ、どんどん地方から古本屋さんが店売りをやめて、ネット専業になったり、厳しくなってますからね。体力的に言っても、昔は早起きして朝の五時に、駅頭に立ってましたけどねぇ。
岡崎 忠犬ハチ公だね(笑)。だから、昔の『古本屋地図帳』とか、見てて思うけど、古本屋さんが各都市にたくさんあったわけでしょう。もし、七〇年代に二人でタイムスリップ出来たら、かなり凄い旅になるよ。魚津や黒部にもあるよ、『21世紀版 全国古本屋地図』(日本古書通信社/二〇〇一年)。行きたいねえ、って無いけど。
古ツア もうそういう夢のような話はドラえもんに頼むしかないです(笑)。》(高崎線の旅+61才と51才の青春18対談)

こんな掛け合い、他にはないですな。


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by sumus2013 | 2018-10-27 17:12 | おすすめ本棚 | Comments(0)

本とコーヒーがあれば

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ある方が『NEW TIMES 03』(URBAN SEARCHI DOORS, AUTUMN & WINTER 2018)なるタブロイド判の広告付きフリーペーパーを送ってくださった。発行は大阪本拠で全国展開している「URBAN RESEARCH DOORS」。二十四頁もあるからけっこうなボリューム。この号は「本とコーヒーがあれば」と題して神田神保町界隈の古書店と喫茶店などを紹介している。

左右どちらも扉になっていて、左開きが男子、右開きが女子という仕立て。ひとひらめくると牧野伊三夫さんのイラストがデーンと。現在(〜31日まで)メリーゴーランド京都で個展開催中。初日、牧野氏と扉野良人氏とのトークを拝聴したが、絵柄通りの人柄がうかがえて楽しい時間だった。今回はアクリル画の風景を中心にした展示で、いずれの作品もいい感じ。他に抽象的な和紙の大作、そして水墨ふうのスケッチなども牧野さんならではの味わい。小松砂丘よりもよほど上手です。お近くの方は是非お出かけいただきたい。

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取り上げられている店舗は、矢口書店、神田伯剌西爾、ボヘミアンズ・ギルド、ミロンガ・ヌオーバ、南洋堂書店、ジャニス、スヰートポーヅ、バーノンノン、山の上ホテル、マグニフ、クラシクス、小宮山書店、グリッチコーヒー&ロースターズ、欧風カレー ボンディ神保町本店、ラドリオ、北沢書店・・・定番ブラス少々新味です。


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by sumus2013 | 2018-10-25 16:01 | おすすめ本棚 | Comments(0)

山の上の家

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庄野潤三の本 山の上の家』(夏葉社、二〇一八年七月三〇日)読了。川崎、生田にある庄野潤三の家を多くのカラー写真で紹介し、同時に庄野潤三の短編、エッセイなども収録。そして、佐伯一麦、今井夏子(長女)、庄野龍也(長男)、上坪祐介、岡崎武志が庄野について書き、簡潔な全著作案内(宇田智子、北條一浩、島田潤一郎、上坪祐介)、そして庄野の鉛筆デッサン、写真アルバム、年譜(著作からの引用で織りなす)、作品リストも備えて、ほぼ完璧な庄野潤三作家案内となっている。

夏葉社 山の上の家

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昭和三十年、熱海にて
左から、井伏鱒二、庄野潤三、夏子、河盛好蔵、小山清


庄野潤三、誰でも一度は読むと思うが、ずっと読み続けるかどうか、は人によるような気がする。小生は『ザボンの花』を読んで、うまい小説だなあと思った。『夕べの雲』の文庫版は持っていた。けれども、後がつづかなかった。ところが、本書に収められている単行本未収録だという小説「青葉の笛」の一風変わったタッチ……敗戦間近の人間魚雷の話なのだが、どこかふうわりとした優しい空気が通っている……を知って、また庄野潤三を手にしてみたいなと思うようになった。

ともに同じ大学にいて文学を志していた千野と西岡は海軍に入ってから親しい交友が始まった。

《千野は毎日相の浦にある海兵団から水交社まで出て来る途中、北佐世保の駅で降りて五六丁来たところの一軒の古本屋へ寄るのをきまりとしていた。その小さな店で千野は何冊かの本を見つけて、順番に読んで行った。この次は世界文学全集の仏蘭西近代劇集を読むつもりにしていた。千野はその中のシラノ・ド・ベルジュラックを読みたかったのである。シラノの話は小さい時から耳に親しかったけれども、未だ一度も読んだことがなかった。そのことを仏文科にいた西岡に話すと、彼は言下にそれを読むことを勧めてからこう云った。》

《最後にシラノの有名なせりふがあるんだ。息を引き取る直前にロクサーヌに向かって私の恋しいロクサーヌよ、私はお前を愛してはいなかった、だったかな、私のいとしいロクサーヌよ、だったかな。剣にかけては当代随一、然も稀代の詩人なんだ。》

《西岡が口を極めて賞める様子がまた実に楽し気に見えたので、千野は明日はあいつを買おうと決心した。》

古本屋が出てくるから・・・という理由だけではない、なにかこういう親密な雰囲気にリアリティがある。間近に、帰還の望みのない出撃が待ち受けているにもかかわらず、だからこそ、か。

ところで、シラノが死の直前に発するセリフは《Mon panache.》である。ロクサーヌは瀕死のシラノの上にかがんで、額にキスをする。これは?・・・シラノはふたたび目を開けて彼女を見つめた、そしてほほえみながら言った。モン・パナシュ。

Roxane, se penchant sur lui et lui baisant le front.

C’est ?…

Cyrano, rouvre les yeux, la reconnaît et dit en souriant.

Mon panache.

Rideau.(幕)

検索してみると「モン・パナッシュ」は「わが心意気」と和訳されているようだ。パナッシュというのは、文字通りには帽子の羽飾りのことだが、ロスタンはもっと別の意味を持たせている。「シラノ・ド・ベルジュラック」サイトによれば、一九〇三年六月にエドモン・ロスタンがアカデミー・フランセーズでアンリ・ド・ボルニエ(Henri de Bornier)に「le panache」の意味するところについて語った、らしい。そこでは

Plaisanter en face du danger, c'est la suprême politesse, un délicat refus de se prendre au tragique ; le panache est alors la pudeur de l'héroïsme, comme un sourire par lequel on s'excuse d'être sublime.

危険が目の前に迫ったときにふざける、これは究極の礼儀正しさである、悲惨にとりつかれるのを優美に拒むこと、すなわちパナシュとはヒロイズムの羞恥である、それによって至高であることを詫びる微笑みのような・・・くらいの意味だと思う(間違っていたら直してください)。

死の迫った今になって最愛の人に全ての真実、自らの愛、を知られてしまった。それに対する照れ隠し、ということである。だとすれば「わが心意気」ではいかにも堅苦しい。まあ、例えば「なーんちゃって」くらいの方がシラノの気分には近いのかもしれない、違う? あるいは「ポテチン」とか。


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by sumus2013 | 2018-10-14 17:04 | おすすめ本棚 | Comments(0)

やちまたの人

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涸沢純平『編集工房ノア著者追悼記続 やちまたの人』(編集工房ノア、二〇一八年九月二八日)読了。

例えば、源氏物語「葵」には、葵が絶えたのちの様子を描いたなかにこういうくだりがある。

《人の申すに従ひて、いかめしきことどもを、「いきやかへり給ふ」と、さまざまに、残る事なく、かつそこなはれ給ふ事どものあるを、見る見るも、盡きせずおぼし惑へど、かひなくて、日頃になれば、「いかゞはせん」とて、鳥邊野に、ゐてたてまつるほど、いみじげなること多かり。こなた・かなた御送り人ども、寺寺の念佛の僧など、そこら廣き野に、所もなし。》(『源氏物語(一)』岩波文庫五十六刷より、繰り返し記号は繰り返しに換え、傍注は省いた)

鳥邊野は墓所。おおよそ現在の清水寺から大谷本廟、今熊野、阿弥陀ヶ峰(新幹線のトンネルが通っている山)あたり一帯を指すようだ。「送り人」の「送る」は死者を葬るという意味で万葉集にも用例がある(映画「おくりびと」が話題になったのは二〇〇八年)。たまたまこのくだりを読んでいたから、ということもあるのだが、本書の次の文章にギクリとした。

《時を経て、私は大阪で、編集工房ノアを、一九七五(昭和五十)年九月、二十九歳で始めた。
 翌年、港野喜代子詩集『凍り絵』を出版(三月二十五日)、港野と二人、宣伝のため新聞社回りをした日の夜(四月十五日)、港野は風呂で心臓マヒを起こし、死んだ。六十三歳だった。
 結果的に港野の最後の詩集を出版したこと。それだけでは無念であろうと思い、小野十三郎、上野瞭、永瀬清子各氏の編集委員で『港野喜代子ー詩・童話・エッセイ』を五年後(一九八一年九月)出版し、編集・出版は、とむらい事だな、と思った。》(雪の寝床)

港野喜代子については前著に詳しいが、涸沢氏に出版のスタート時から「とむらい事」の自覚があったというのは、むろん必然的にそうなったにしても、これは驚きを禁じ得ない。出版とは鎮魂の歌なのか。

涸沢純平『編集工房ノア著者追悼記 遅れ時計の詩人』

四十年以上にわたって、数多くの出版物を生み出し(!)そしてそれらの著者を送りつづけた。足立巻一、庄野英二、川崎彰彦、島田陽子、宗秋月、杉山平一、塔和子、大谷晃一、鶴見俊輔、伊勢田史郎、松廣勇、東秀三、そして三輪正道。本書にはそれぞれの人物について涸沢氏でなければできない回想がつづられて、こちらの勝手な思い込みを正してくれたり、新たな側面を教えてくれたりするのだが、結局それは涸沢氏自身の私史としても読める。それはある意味当たり前のことかもしれない。今後それらのディテールが関西文学史に果たす役割の大きさを思ったりもする。

遅れ時計の詩人』では「移転顛末記」が絶妙だったが、本書では自らの失敗と成功を対照させて描いた「欠損と表彰」に散文家としての筆の巧みさを見る(『海鳴り』で初めて読んだときの「痛そう!」という読後感をふたたび思い出した)。

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by sumus2013 | 2018-10-08 17:37 | おすすめ本棚 | Comments(0)

名井島

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時里二郎『名井島』(思潮社、二〇一八年九月二五日、装幀・装画=望月通陽)読了。『石目』以来五年が経ったのか・・・

時里二郎『石目』

実は、この作品を繙く直前、『フィリップ・K・ディックの世界 消える現実』(ペヨトル工房、一九九一年、河出書房新社より二〇一七年に復刊されている)を読み終わったところだった。ディックへのインタビューをまとめたもので、彼のSF作品が生み出される背景がよく分かる。その本に刺激されて久々にサンリオ文庫の『時は乱れて』(一九七八年)を読み直したりしはじめたのだが、ちょうどそこに重なって本書が届いた。

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表紙


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驚いたことに、というかいくつかの作品は氏の個人誌『ロッジア』で読んでいたわけで、そのとき薄々気づいていたのだが、『名井島』としてまとめられたこれら連作は、ディックのSFとほとんど変わらないではないか。フォーマットとしては詩集であり、同時にまた散文集なのであるが、表題にも奥付にも「詩集」という冠はない(ただしご本人は新詩集とブログに書いておられるので詩集で間違いはないようです)。詩と散文が綾織につづられた古の「物語」に近いものと言えるのだろうか。

本書に頻出する単語がまた、人形、アンドロイド、ヒト標本、ロボット、ヒューマノイド、雛(ひいな)、木偶、傀儡、人工知能・・・ディック的なシュミラークルを顕示する。

《アンドロイドであるわたしは夢を見ない 見るようにはできていない》(オルガン)

うーむ、名井島のアンドロイドは電気羊の夢を見ないとは……。この人形(ひとがた)へのこだわりが言語を取り巻く過去・現在・未来への問いとなる。

《なぜなら、《ヒト標本》であるわたしたちには、その原型となるヒトがいるのは当然で、彼の(彼女の)履歴は消去されているものの、それらの履歴を組み立てている神経系の記憶伝達の受容システムはそのまま残される。》(夏庭2)

《少なくとも、歌を詠む主体がヒトでなければ歌でないのか、言い換えれば、歌が通過する媒体はヒトでなければならないのか、ヒトに限らず、歌の憑く依り代であれば、ヒトでも人形でもかまわないのかという問いが残されるだけだ。そして、それに答えるのはわたしではない。》(歌窯)

《《伯母》によると、不具合を抱えたアンドロイドのサナトリウムを作ることこそが、名井島のほんとうの目的なのだという。《母型》は、帰島した言語系アンドロイドのリハビリをとおして、その不具合に潜んでいるヒト言語を包むあいまいな負荷をとりだすことに執心しているのだと。》(《母型》

そして巻末に置かれた二行。

《ワタシタチハスデニひと言語ニ取リ込マレテイル
 ひと文明ヲ消滅サセタ《言語構造物》ノ瘴気ノナカニイル》(《母型》

『フィリップ・K・ディックの世界 消える現実』には著者によるこんな分析がある。

《『時は乱れて』では、時間が停止するわずかな間に、主人公の前でソフト・ドリンクのスタンドが《ソフト・ドリンク・スタンド》と印刷された紙切れだけを残して、飾りつけもろとも見る見るうちに消失する。》(第1章消える現実)

言語構造イコール仮の現実。しかし考えてみれば、例えば『源氏物語』は言語のなかにしか存在しないのだから(オリジナルの原稿も失われているばかりか、タイトルすら不明のままの、シュミラークル:写本でしか伝わらない)、あらゆるほとんどのものが実は言語構造のなかにしか存在しないのである。「名井島」は、ない島、どこにも無い島、いや言語のなかにのみある島なのだ。


余談。『名井島』を読み終わって散歩に出た。行きつけのある古書店の均一棚でふと目にとまった『吉本隆明新詩集』(試行出版部、一九七五年)を求めた。なんと巻頭の詩のタイトルが「島はみんな幻」! 末尾六行を引いておく。

〈きみ〉は知るまい
〈きみ〉が〈クニ〉と称して恨んだりよろこんだりしているもの
が じつは幻の島にすぎないこと
〈きみ〉は知るまい
〈きみ〉が島と称して辺境にうかがうもの
が じつはさびしいひとつの〈クニ〉であること

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by sumus2013 | 2018-10-02 20:20 | おすすめ本棚 | Comments(0)

鳥の棲む氷の国

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蜂須賀正氏随筆集 鳥の棲む氷の国』(小野塚力編、我利我書房、二〇一八年一〇月二三日、表紙デザイン=小山力也)読了。

蜂須賀正氏(はちすか・まさうじ)は旧徳島藩主蜂須賀家の第十八代当主。父蜂須賀正韶は侯爵、貴族院副議長。母筆子は徳川慶喜の四女。鳥類学者、探検家、飛行家。一九〇三年生まれ。学習院初等科に入った頃から生物に著しい関心を示し、一九二一年、父の母校でもあるケンブリッジ・モードリアン・カレッジに入学した。

《政治学を修めるという口実だったが、もっぱら鳥類の研究に没頭し、大英博物館や剥製店や古書店に通い詰める。さらに、銀行家ロスチャイルド家の出身で『絶滅鳥大図説』の著者である動物学者の英国貴族第2代ロスチャイルド男爵ウォルター・ロスチャイルドと親交を結ぶ。さらに、豊富な資金力に物を言わせて探検隊を結成し、アイスランドやモロッコ、アルジェリア、エジプト、コンゴ、南米、東南アジアなどを踏破。1928年、英国から一時帰国中に、有尾人を求めてフィリピンでジャングル探検を決行。卒業論文は「鳳凰とは何か」で、伝説上の霊鳥鳳凰のモデルを、カンムリセイランとした。/留学先では「ラストショーグンの孫」と呼ばれていた。》(ウィキ「蜂須賀正氏」)

とこの辺りまでは我が世の春という感じだが、この後、後半生がちょっと凄い。本書の旅行記も世界各地にわったって面白いには違いないけれど、もし率直な自叙伝を書いていればベストセラーになっていたかもしれない(あらましはウィキを参照されたし)。

鳥や魚などばかりでなく多くの動物や植物について書かれていながら、門外漢でも楽しく読めるのは巻頭の「琉球採集旅行記」であろう。戦前の沖縄については柳宗悦のものなど読んだような気もするが、本書はイキイキとした日録であり、沖縄の人々の昔ながらの暮らし振りが眼前に見るように伝わって来る。ハブ獲りの話などスリル満点、まさに冒険譚であろう。そんな夢の島で採集活動をしていたのは何も正氏一行ばかりではなかった。たとえばチラリと出てくる阪神パーク水族館。こちらは相当にバブリーだ。

《数年来、神戸の阪神パーク水族館は沖縄の海魚を採集に来ておるが、その方法は可成り大仕掛で、採集者は那覇から相当の距離にある無人島にキャンプを造り、糸満の漁夫を大勢雇傭して、そこに数日間も滞在して活魚として捕えるのである。そして、魚は其儘特別のタンクに入れ神戸に運ばれる。》(琉球採集旅行記)

《瘤猪が日本に輸入されたのは約十年前のことであって、兵庫県甲子園の阪神パーク及び京都動物園に数頭飼われて居た。けれどもいずれも去年(昭和十七年)の末迄には死に絶えてしまい、現在に於ては一頭も生存していない。阪神パークのものは幸にも仔獣を産み、これが親獣と同一体型にまで達した。》(瘤猪)

浜甲子園阪神パーク

【1934年】水族館(昭和9年)▷「阪神パーク水族館」(兵庫県西宮)の開館

長崎図書館(現・長崎県立図書館)の記録も興味深い。正氏はドド(ドードー)鳥の研究家としても知られ、そのドドがジャワからオランダ人によって長崎までもたらされていたらしく、その記録の調査を増田廉吉図書館長に依頼した。

《長崎の市中には旧式な洋館が多く、それが過去の歴史を物語っているように思われる。その中の一つが図書館であるが、木造のペンキ塗りの半ば剥げかゝった見るからに貧相な建物である。しかし、その内容は尽きぬ興味に溢れている。館長の説明で、色々の重要書類や標本を拝見した。例の有名な踏絵の本式のものを初めて見た。》(中支生物紀行)

動植物ばかりでなく、支那の役人やヨルダンの王族に関する観察もなかなかのもの。具体的には本書にてどうぞ。

戦前にアメリカからヨーロッパを巡り、また中国を訪れた文化人は少なくない。けれども、正氏ほど東南アジア、アフリカ、中東、アイスランドまでをも含む「世界」を自らの足で知っていた人物はまれではないだろうか。野生のゴリラに対面した初めての日本人とも言われているそうだが、本書のエッセイ群によって真の世界人としての一端が如実にうかがえる。

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by sumus2013 | 2018-10-01 17:34 | おすすめ本棚 | Comments(0)

固形説

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菊池肇『固形説』(EDITIONS δ、二〇一八年八月一六日)を某氏より頂戴した。深謝です。四六判の瀟洒な作り。発行所はEDITIONS DELTA(エディション・デルタ)。形象詩には以前から興味を持っているので嬉しく拝見した。

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菊池肇氏については何も存じ上げないが、ブログをやっておられて、活動の一端をうかがえる。パリのGalerie SATELLITEでも日本のヴィジュアル・ポエトリーの展示が行われたようだ。

metal hour

発行者は田名部信氏。関連サイトをリンクしておく。

site of poet: shin tanabe

poetry space "δ delta"

詩誌「δ(デルタ)」田名部信氏とモダニズム詩人・黒田維理の交流


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by sumus2013 | 2018-09-13 20:28 | おすすめ本棚 | Comments(2)

親鸞への接近

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四方田犬彦『親鸞への接近』(工作舎、二〇一八年八月二〇日、エディトリアルデザイン=佐藤ちひろ)読了。五百頁を超える厚冊。一目ビビったが、読みはじめてみると、理路整然たる筆致によって知的興味を刺激されながらスイスイと読み終った。

これほどの圧巻について短評で云々するのは不可能。しかしそこを敢えて一言で、例えばオビの惹句をひねり出すごとく、軽々に表現すれば、「文学として親鸞のテクストを読む」、これに尽きる。宗教でもなく歴史でもなく文学である。

《『教行信証』を読み進んでいくときわたしの心を捕えて離さないのは、この書物の非近代的(前近代的ではない)あり方をめぐるこうした疑問である。だがさしあたって検討すべきなのは、それを執筆するに際して親鸞が用いた文体でなければならない。文体の偏差を見つめることによって、徐々にテクストのなかの階梯を登り、書物全体のあり方へと視点を移動してみようというのが、本章でのわたしの狙いである。》(『教行信証』論

『教行信証』の文体を、空海と道元、とくに後者の『正法眼蔵』と比較する。

《親鸞のテクストを真の意味で道元のそれから隔てているものとは、いったい何だろうか。それは水平性であり、事物の無限ともいうべき列挙、すなわちカタログである。道元が垂直的想像力に促されて思考を活性化させるとき、親鸞はもっぱら海路をゆく船のように、同じ次元に属する語彙概念をどこまでも羅列してみせる。》(同前)

昇天と失墜の代りに航海と羅列とが救済の手立てとなる……のだと。そして横移動の究極は悟りにつながる。

《横に跳び出ること、横に流れていくことは「迂回」、つまり時間をかけて遠回りすることの逆であり、一瞬にして悟りを開くことに他ならない。》(同前)

さらに『教行信証』の主題については、こう言い切っている。

《アジャセをいかにすれば赦すことができるのか。これが『教行信証』において親鸞が掲げている、第二の大きな主題である。いや、この表現ではまだ不充分かもしれない。そもそもこの書物はアジャセの問題を解決するために構想されたものであり、この困難な課題に向き合うため、書物の座標軸そのものに変更が余儀なくされたのであった。(同前)

アジャセは父ビンバシャラ王を幽閉して死に至らしめた。父殺し。これを赦せるか、否か……。その結論は

《この「難化の機」の物語を、さまざまな迂回のもとに肯定し、善知識と深い悔悟の念さえあれば、たとえ五逆の悪人であったとしても浄土に向かうことができると結論する。》(同前)

親鸞がどうして父殺しのアジャセにこだわったのか気になるところだが、著者は文脈の吟味に終始して心理的な深読みは差し控えている。それはそれで潔いとも思えるし、深入りすれば頁はいくらあっても足りないだろう。親鸞は九歳で天台宗の慈円のもとで出家し二十九歳まで比叡山で修行と学問に励んだ。九歳ですぞ。身近な例を挙げれば浄土真宗の僧侶である扉野氏の上の息子さんくらいの年齢だ。これはある意味、貴族の子弟には珍しくないとしても、親殺しならぬ子殺しではないか? もし仮に、若き親鸞が、自分を捨てたそんな親を否定し去ったとすれば、一種の親殺しである。アジャセにこだわる理由が透けて見えないだろうか結局二十九歳のときに、悟りを得られぬまま下山し、精神的な父とも言える法然(四十歳年長)に出会って専修念仏の道に入った。そしていずれその父をも捨てることになる。

『歎異抄』の分析にも教えられることは多い。

《『歎異抄』は親鸞を著者とはしていない。なるほど親鸞が口にしたとされる言葉が数多く収録されていることは、否定できない事実だ。だがそれを編纂し、一本に纏めた者が、別に存在している。この人物は自分の記憶を辿りながら、ある意図と目的のもとに親鸞の言行録を作成した。》(『歎異抄』のスタイル

『歎異抄』イコール親鸞の言葉と思われがちだが、著者は冷静にテクスト成立の動機を次のように説明する。

『歎異抄』が執筆されたのは、一二八八年に上洛した唯円が法門の教義をめぐって覚如と最後の協議をした直後ではないかと、わたしは考えている。親鸞から面授の教えを受けたものの、覚如の教団にはついに受け入れられることのなかった老人は、東国のいたるところで泡粒のように湧き上がってくる異端教義に強い危機感を覚えていた。また自分が教団の正系からそれとなく距離を置かれていたことに対しても、焦燥感を感じていた。聖人と直接に言葉を交わした門弟は、もはや自分を措いて存在していないという、誇りと孤独が彼の心中にあった。そう考えて間違いがない。彼は覚如との面談を終えると、若き日の記憶に導かれるまま一書を著わした。いや、より正確には、それまで折りに触れ書きつけてあった断片を整理統合して、一書に綴ることにした。翌一二八九年、唯円は吉野下市で七七歳の生涯を閉じた。(同前)

かなりフィクショナルではあるが、有り得べきストーリーであろう。親鸞は一二六二年に歿しているから、著者が想定する執筆編纂時期の一二八八年は、歿後二十六年ということになる。唯円が初めて親鸞に接したのはさらに遡るから、記憶に頼ったとすれば、それはもうほとんど唯円の著作と考えてもいいかもしれない。これは非常に重大な指摘だ。

『歎異抄』と言えば誰でも知っているフレーズ「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」である。悪人正機。これについて著者はこう述べる。

《親鸞がこの逆説を口にするに際しては、師法然の言葉を反転させることで、この一節を思いついたという事実が知られている。法然は黒田入道宛ての書簡のなかで、十悪五逆を犯した悪人でも往生が可能であり、そのためにはまず信じることが重要であると説いた。彼は続いて、どんな小さな罪であっても犯すべきではなく、犯した罪は反省しなければならないと述べた上で「罪人ナホムマル、イハムヤ善人オヤ」と書きつけていた(「黒田の上人へつかわす御消息」)。『歎異抄』の著名な一節は、この法然の言葉を意図的に反転させたものである。(同前)

ムマルは浄土に生まれるという意味。なるほど、そうだったのか。小生、以前から「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」の「善人なを」の「なを」にひっかかっていたのだが、法然の罪人ナホ」の置き換えということなら素直に分る。著者はつづけて覚如による『口伝鈔』における「悪人正機」の条を示し「善人なを」に理屈がつけられている)、『歎異抄』と同じ主題を扱いながらいかにも饒舌な覚如の文章を分析しつつ『歎異抄』の特異さをきわだたせている。

以上、本書の前半、『教行信証』と『歎異抄』の文学的な読み解きの、ほんのさわりのさわりだけ、しかも小生が気になったところだけ断片的に取り上げた。これだけでも十分に堪能できるのだが、さらに面白いのは後半である。中上健次、三木清、三國連太郎、吉本隆明(および加藤周一)について、それぞれの親鸞とのかかわりを論じている。三木以外は著者が個人的に親しかった人物で、その意味でも読み捨てにできない記述が多く含まれている。吉本隆明のくだりで扱われる「老年の思想」は、今後最も真剣に考えられねばならない問題だ。『歎異抄』における「ご意見無用」的な発言をも含めて。具体的には本書を読まれんことを。


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装幀もさすが工作舎という作り。とくに表紙のルドン「LA BARQUE MYSTIQUE」は美しい。《難思の弘誓は難度海を度する大船》という『教行信証』の序文に出ている比喩が本書を貫く柱のひとつである。それを意識したイメージの飛躍がミスマッチのマッチを生んでいる。その絵をカバーにせず、表紙として厚口のトレーシングペーパー(?)で包んだ「はからい」もなかなかである。


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by sumus2013 | 2018-09-07 20:36 | おすすめ本棚 | Comments(0)

本と出合う

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Soup Stock Tokyo」2018 August-September というチラシ(折帖十二頁、タテ20mm)が「本と出合う 書を求め、町へ出よう。」という特集を組んでいる。

片面六頁は「本と出合う」としてスープストックトーキョーの支店がある駅や町を舞台にした本の紹介。例えば西宮ガーデンズなら有川浩『阪急電車』(幻冬舎文庫)とか、東急プラザ銀座店なら椎名誠『銀座のカラス』(小学館)と言った具合で十一冊紹介している。

もう半面は「Soup Friend」vol.86 として森岡書店の森岡督行(もりおかよしゆき)氏へのインタビューが二頁(それ以外は表紙と広告)。読書のアドバイスを求められて森岡氏は《今の自分に、ではなく、昔の自分に教えてあげたいという本を選んでみたらいいかと思います》と答えて、四冊挙げている。

七歳の自分に 谷川俊太郎の絵本「生きる」
十二歳の自分に 「星の王子さま」
十七歳の自分に 丸山真男「日本の思想」
二十代の自分に 都築響一「ROADSIDE JAPAN」

なるほど、素直にうなづける推薦図書ではないか。昔の自分にすすめたい本……と自分自身について考えると、いろいろあって収拾がつかない。今の自分があるのは昔の自分があったればこそだしねえ……。そして最後に料理にまつわる本でおすすめはと問われて森岡氏は


と答えている。これもなんとなく分る気がする。スープストックトーキョーは京都店(京都ポルタ内)もあるらしい。


***

こんな感想をいただきました。

「本の虫の本」と「失われた時を求めて」への悔恨


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by sumus2013 | 2018-09-03 21:09 | おすすめ本棚 | Comments(0)