林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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河口から IV

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『河口から IV』(季村敏夫、二〇一八年五月一五日、装幀=倉本修)を頂戴した。深謝です。通常号ながら六十頁のボリューム。

【インタビュー】品川徹さんに聞く………倉本修
春の言葉………扉野良人
ひかり………ぱくきょんみ
外出………季村敏夫
「応答」は、つねにもはや、饗宴の戯れに隠されて在る………宗近真一郎
神戸と私 小学生の頃………岩成達也
「自然と作為」について………水田恭平
打ちすえられしもの あとがきにかえて………季村敏夫

品川徹さんはテレビ「白い巨塔」で実直な老教授を演じて以来、テレビでもシブイ脇役としてよく見るようになった劇団転形劇場の俳優。このインタビューは品川さんのウィキペディアよりずっと情報が多くて貴重だ。岩成達也氏の「神戸と私」も興味深く読んだ。仏教とキリスト教に関するエッセイの対置も、妙にくすぐられるものがある。「あとがきにかえて」に書かれた内容をもっと詳しく描いて欲しかった(私小説のように)。

「澪標」本を、もっと楽しもう。

『河口から I』(二〇一六年三月四日)

『河口から II』(二〇一六年十月念)

『河口から』特別号(二〇一七年二月二五日)

『河口から』III(二〇一七年九月一五日)

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by sumus2013 | 2018-05-21 20:44 | おすすめ本棚 | Comments(0)

初稿 配偶

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山田一夫『初稿 配偶 山田一夫モダニズム小説集 弐』(片倉直弥編、書肆盛林堂、二〇一八年四月三〇日)読了。あまり堅苦しいことは考えず、ゆるゆると小説を読む愉しみを得た。文学好きとしては、以前も書いたことだが、自分だけの作家を持つということが、何にもましての悦びとなる。忘れ去られた作家、しかも、時を経てなお、捨て難い魅力を発している書き手。そういう目的があれば、古書探求にも熱が入る。

山田一夫もそういった忘れられた作家の一人だったのだろうが、生田耕作らが『耽美抄 山田一夫作品集』(一九八九年)を刊行して以後、事情は変わったようで、目下の古書価は相当なものである。書肆盛林堂の「山田一夫モダニズム小説集」(壱、弐)はそういう意味でも意義深い出版だ。とは言え、部数が少ないので、これもまた希書となろう(むろん壱は売切)。

山田一夫『初稿夢を孕む女 山田一夫モダニズム小説集 壱』(書肆盛林堂、二〇一五年)

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正直、小説そのものは、偏食の永井荷風に厚遇され、苦労人の川端康成が無視したということで(作風はむしろ川端に近いか)、ほぼそのクオリティは想像してもらえるかと思うが、なかなかの手練でありながら篩の目に残らなかった理由もそれなりに理解できる。忘れられなければ、掘り出す愉しみもないわけで、それもまたよし。

文中に喫茶店がいろいろ出ているのがモダニストらしく、小生としては有り難い。ユーハイム、ホンジョー(本庄)、富士屋(不二家?)、モナミ、万茶、きゅべる(きゅうぺる)。神田の古本屋街も贔屓だったようだ。

特に「四次元瞥見記」(初出『新科学文芸』昭和六年三月)に登場している書斎には興味を惹かれた。主人公は友人に誘われて、ある第二号の女性K子の家を訪問する。

《建築の様式は印度サラセンとローマネスクとスペイン風との巧みなコンビネーションだった。サロンは二十畳ばかりの室で、古風なランプが点してあった。(尤もランプの灯は電燈だった。)》

《ピアノの隣に蓄音器があった。蓄音器はラジオと一緒にしたもので、別に短波の受信機があった。レシーバーを耳に当てゝみると、何か話して居るのが、聞えたが英語でもなく仏蘭西語でもなかった。
「これはハバロフスクで放送して居るものをモスクバで中継して居りますのよ。ラジオドラマのようですわね。」
「そんなに遠いのが聞えるんですか。」
「えゝ、これでざっと世界の半分は聞えるって云うんでございますわ。」
 サロンの壁にはヴン[ママ]・ドンゲンやマリー・ローランサンやマティスなどの油絵の額が懸けてあった。サロンの隣にレコードの室があった。そこには八千枚ばかりのレコードが声楽と器楽の二種類に分けてあった。その隣に書斎のような室があった。書架の半分は小説や脚本などで、その他は全部世界各国の美術の本だと云うことだった。絵画や彫刻や工芸品や建築などの写真帳や精巧な複製などであった。この室と寝室と浴場は四ツ目風につなぎ合してあった。》

さらに寝室、化粧室、浴場の描写が続いて、厨房はというと、こんな感じなのである。

《厨房は殆んど全部純白だった。電気冷蔵庫があり、電気乾燥機があり、時計仕掛のセルフクッカーもあった。》

谷崎潤一郎の豪邸も連想させるわけだが、このような現在とほとんど変わらぬ生活をしていた富裕層が昭和ヒトケタには存在したのだろうか? 実際、巻末の解説のひとつ、善渡爾宗衛「幻華堂 山田一夫の住まい」によれば、山田孝三郎(本名)は昭和四年に京都市下鴨に本邸を建設している。設計したのは「聴竹居」(下記案内参照)で知られる藤井厚二である。

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《山田邸は、木造住宅を得意とする藤井が、あえて新日本様式の鉄筋構造でつくった住宅のうちのひとつである。庭園は飛石林泉風のもので、その一隅には、「寸法録」の著者で蝸牛庵(幸田露伴ではなく)こと廣瀬拙齋の指導により茶室「麗日庵」が設けられている。》

《山田孝三郎の京都市下鴨の本邸は、昭和四年のうちに建てられた鉄筋コンクリートの住宅として、大沢徳太郎邸とともに、『鉄筋混凝土の住宅』昭和六年A3変版、和装袋綴、田中平安堂から刊行されている。》

「四次元瞥見記」に描かれている邸宅とは少し違っているようではある。四次元というのだから、現実の三次元にはまだない、理想の邸宅ということなのかもしれない。それを、山田は、この和風でありながらも、きわめてモダンな出来たてホヤホヤの住宅で夢想していたのであろう。

初稿 配偶 
―山田一夫モダニズム小説集 弐 ―


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聴竹居 -藤井厚二の木造モダニズム建築-
2018年5月12日(土)〜 7月16日(月・祝)

竹中大工道具館1Fホール
https://www.dougukan.jp/special_exhibition/chochikukyo


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by sumus2013 | 2018-05-08 20:25 | おすすめ本棚 | Comments(0)

背中の地図

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『背中の地図 金時鐘詩集』(河出書房新社、二〇一八年四月三〇日、デザイン・組版=鈴木一成デザイン室、装画=Yokomizo Miyuki)。ある方より頂戴した。

東日本大震災の当日、詩人は高見順賞の授賞式のため東京にいたのだが《贈呈式は自然の驚異のあおりを食って流れてしまった》。

《ノアの洪水を思わせた東日本大震災はそのまま、現代詩と言われてきた日本のこれまでの詩の在りようをも、破綻させずにはおかなかった。観念的な思念の言語、他者とはあくまで兼ね合うことがない、至ってワタクシ的な自己の内部言語、そのような詩が書かれるいわれが根底からひっくり返ってしまったと実感した。》《拙詩「渇く」は大震災以後、「記憶に沁み入」ろうとなんとか書き継いできている、私の連作詩の一篇である。》(「渇く」に寄せて)

いずれの詩も、部分的に引用してはしっくりこない。ここでは略しておく。本書を手にしてご覧いただきたい。「あとがき」より、出版の経緯に関する部分を引用しておこう。

《原発破綻という人工的な災禍も加わって大災害をもたらした、東日本大震災を改めて思い起こす小さな目覚まし時計の役にでもなれればと、駆け込み出版を河出書房新社の阿部晴政編集長にお願いしたところ、二つ返事で引き受けてくださった。》

《この私の非常識とも思える駆け込みには実はいきさつがあって、私を阿部氏につないでくれた編集者が私と阿部氏との古い関わりを知っていてくれたことから、詩集出版は実現した。そのことも併せて記しておきたい。
 向井徹という、心根の芯からやさしい友人である。いま脚、腰をいためて難渋している作家の梁石日を、何かと手助けしているのも彼である。私は彼と会うだび、なにかにつけ日本を悪く言っている自分が恥ずかしくなる。本当は日本人はやさしいのだ。
 その彼が仲立ちをしてくれたのが河出書房新社の阿部晴政氏はなんと、三五、六年もまえ、ぽっと出の私をずいぶん押し出してくれた、図書関連新聞の気鋭の編集者だった。浮き世の妙味と言おうか、人生の巡り合いの妙に自ずと手が心の内で合わさっていったものである。

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タイトル文字(本文も)は筑紫アンティーク明朝かと思われる。かっちりした雰囲気がよく出ている。装画として用いられているのは横溝美由紀の作品。一見、織物のようなテクスチャーなのだが、実は油彩画である。画面を斜めから撮影した写真を使用している。美しいカバーに仕上がっている。

一本の糸に油絵の具をまとわせ、糸を手で弾くことによって、キャンバスや紙といった支持体に絵の具が定着する。その糸は、縦糸と横糸が折り重なる水平と垂直を示し、まるでつづれ織りのような作業の中で絵画が編み込まれる。時間と行為の痕跡の刻印された画面からは、驚くべき数々の線が重層する。(加藤義夫

Miyuki Yokomizo




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by sumus2013 | 2018-05-04 20:05 | おすすめ本棚 | Comments(0)

白梅の空

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季村敏夫『白梅の空 悼伊藤晃治』(如月舎、二〇一八年五月一二日、制作・装釘・印刷・水墨挿絵=御影黄昏書局 戸田勝久、十部刊行)。本文が四頁(すなわち一枚の紙の両面に印刷して二つ折)、および表紙、という薄冊である。メモによれば《湯川さんがのこされた越前和紙、正調明朝体金陵の字体でフランスの刺繍糸》を使用しているとのこと。薄くてもずっしりと重い(思い)。

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旧友、亡くなったひとに捧げたもの。
 冊子は薄く、足穂の薄板界を想起。
 そこに、拙い感慨をしたためました。
 白梅の挿画、
 いとおしく、優雅。

「薄板界」というのはタルホが「タルホと虚空」のなかで語っている世界である。

一体僕が考へてゐるのに、この世界には無数のうすい板がかさなつてゐるんだ。それは大へんにうすく、だからまつすぐに行く者には見えないが、横を向いたら見える。しかしその角度は最も微妙なところにあるからめつたにわからぬ。そして、この現実は吾々が知つてゐるとほり、何の奇もないものだが、薄板界は云はゞ夢の世界といふもので、そこへはいりこむと、どんなふしぎなことでも行はれる。》(「薄板界の哲学」より引用)

要するに「薄板界」とは、文学、というか「本」のことだろう。季村さんの連想になるほどと思わされた。

本文はこのように始まる。

《そのひとがなくなってから、つきあいが始まる。この世に居ない者と生きる者との対話、記憶を遡り、現在を省みる旅といってよい。
 五十一年前に京都で出会った伊藤晃治さんをおもい、記憶の旅ははじまったが、そこには悔恨があり、ノスタルジアは微塵もない。あるグループで偶然に出会ったものの、親密な関係には至らなかったからである。
 ところが十年前、死を告げられてから様相が変わった。日々の時間に、おもいがけず面影が想起、ときに、うずくように現われた。ああいえばよかった、こうすれば。若年の狼藉を詫びたい気持は隠せなかった。何も果たせないまま、また悔恨すら忘失する時間を過ごしたことも事実である。生きることはある意味で酷薄、ときに他者をおろそかにすることは避けられない。》

「わたし」は伊藤未亡人を訪ねる。歓談を終えて玄関を出たとき白梅が空に光っているのを見た。亡くなった人からの挨拶だとさとった。神戸に戻った夜、夢にも白梅が現われた。夢にうながされて一句。

  白梅や焼香すみし午後の庭

以下、若き日々に関する断片的な印象がつづられる、が、他者には立ち入れない描かれ方である。伊藤氏が愛読したマックス・ウェーバーの文章が引用されて季村さんの「薄板界」は終っている。引用部分の末尾。

《美しくもなく、神聖でもなく、また善でもない代りに真ではありうるといふこと、否、真実でありうるのはむしろそれが美しくも神聖でもまた善でもないからこそである。》

過去はうつくしくも神聖でも善でもないということなのだろうか。

試しに、この言葉を検索してみると、ある論文にウェーバーは近代を「神々の闘争」の時代という。キリスト教の価値観が、学問によって相対化されたことを言っている》(深層心理学に基づく臨床心理学からのウェーバー、ニーチェの心理と精神障害について)と書かれていたが、「真」というのは、どちらかというと、お金(資本主義)にぴったり当てはまるな……などと、いらぬことを考えた。

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by sumus2013 | 2018-04-29 20:36 | おすすめ本棚 | Comments(0)

書物の庭

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神戸元町の1003さんで拝見した戸田勝久さんの「書物の仕事/挿絵・装釘」展図録とも言える『書物の庭』(The Twilight Press/黄昏書局、二〇一八年二月二〇日、限定350部、著・撮影・装釘=戸田勝久)が届いた。戸田さんの書物への深い想いが溢れる内容である。

初めて自分で本を作ろうと思ったのが、高校時代に立原道造詩集の複製を見た十八歳のときだそうだ。立原の手製詩集を知ったのである。早速自ら手書き詩集『神戸』を作った。二十歳の記念にその本文を青焼コピーで刷り、十部を製本したという。本造りの楽しさを知った。

《その後、銅版画を山本六三先生に習い始めて本格的な書物と出会います。
先生の書架には見たことも無い美しい書物が並んでおり、
古今東西の詩集、小説、画集を解説付きで拝見出来ました。
装釘のこと、挿絵の技法のこと、紙のこと、製本のことなど
書物に関するあらゆる事柄を銅版画と共に学べたのです。
この経験が無ければ今のように本を作ることはできなかったでしょう。
「古い書物を多く見て触って、それを土台として新しい書物を造る。」
これが美しく読みやすい書物を作る道だと教えて頂きました。

私の画家としての初仕事は、1978年龍膽寺雄氏の短篇小説『塔の幻想』です。
6枚の挿絵を銅版画で描きました。24歳の夏のことでした。
書物に関わることで絵の道をスタートで来たのは、幸いでした。

それから40年間さまざまな挿絵と装釘をすることができました。
この冊子は、私の書物のささやかな花が咲いている庭です。》

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スケッチから特装本まで戸田さんの本造りがよく分かる写真が満載である。なかでも、小生は、会場でも手に取って見ることのできた加藤一雄『蘆刈』(蘆刈十三部本刊行会、二〇〇一年)が、……欲しい。

十三部本というのは古書店を巡って『蘆刈』十三冊を集め(ようやく十三冊集ったということです)、それを特別な装幀で飾るという趣向である(そう言えば、湯川さんから、見つけたら知らせてくれと頼まれたことを覚えてます)。湯川さんと戸田さんが苦心と工夫を重ねたもの。著者サイン入が三冊ある。表紙の墨画は戸田さんの直筆。琳派ふうの函がまた凝っている。思い出すと欲しくなる。

今後もいっそう種々の花が書物の庭に咲き乱れんことを期待する。

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by sumus2013 | 2018-04-26 21:19 | おすすめ本棚 | Comments(4)

帝塚山派文学学会 紀要第二号

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『帝塚山派文学学会 紀要第二号』帝塚山学院、二〇一八年三月三一日
A5 並装 本文168+8pp

「杉山平一先生の思い出」杉本深由起
「杉山平一と花森安治」山田俊幸
「父庄野英二を語る」小林晴子
「詩的流れとロマンチシズム」湯淺かをり
「詩人の観照」福島理子
「阪田寛夫、〈周りの人〉を書く」中尾務
「父阪田寛夫を語る」内藤啓子
「庄野英二の『帝塚山風物誌』」高橋俊郎
「阪田寛夫の授業を聞く」河崎良二、他

中尾氏より頂戴した。深謝です。「阪田寛夫、〈周りの人〉を書く」は講演会の記録である。富士正晴とのやりとり、能島廉との関係を丁寧に調べ上げておられる。

巻頭は杉山平一特集の趣きあり。杉山さんの学生時代の写真、美男子だ! 

「庄野英二の『帝塚山風物誌』」に藤沢桓夫と山口瞳が将棋を指している写真が載っていた。名人戦で使うような将棋盤を囲んでいる(会場は料亭「鉢の木」、そこは実際に将棋名人戦の対局場として使われていた、旧・帝塚山学院短期大学蒲田学長邸)。これは棋譜が残っているかもしれないな……。


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by sumus2013 | 2018-04-09 20:01 | おすすめ本棚 | Comments(0)

写真風景 横山裕一

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横山裕一『写真風景』中松商店、二〇一八年一月一日、限定250
デザイン=中松商店意匠部 A5 中綴じ 本文8pp 全カラー

《収録された写真は、横山さんが絵を描くための資料として撮影したものですが、自立した美しさ、強さを感じたため、展覧会を企画、開催しました。》本書はそのパンフレットとして製作されたもの。そして《今回は、都内のいくつかの書店に卸してみました。営業活動、思ったより楽しいものでした。》と中松氏の手紙にあった。小生も似たような写真を撮っているので(ご興味のある方はFaceBookの林哲夫で検索してください)、横山氏の視点を非常に面白く感じる。

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by sumus2013 | 2018-04-09 19:50 | おすすめ本棚 | Comments(0)

歩きながらはじまること

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西尾勝彦詩集『歩きながらはじまること』(七月堂、二〇一八年三月七日)。Pippoさんが解説を書いている。

《西尾さんの詩作のきっかけは、二〇〇七年、三十代の半ばに、美術作家の永井宏氏の通信ワークショップに参加したことだそうだが、永井氏のアドバイスは、適切かつ簡潔で、気持ちよく書き続けることができたそうだ。そして、翌二〇〇八年には早速、たまった詩篇を元に私家版の詩集を二冊(『大きな鯨』『手ぶらの人』)製作し、大阪や京都のカフェや書店にて、この私家版の詩集たちを販売してもらえるようになる。この電光石火のスピード感たるや!
 詩を書き始めること、は容易い。しかし、そこからのしっかりとした「動」に、この、自在に広がり、根をはって、空を縦横に伸びてゆく、大樹のような詩人の資質があると言えよう。》(解説)

ということは、詩を作り始めて十年少々か。あまり肩肘はらない言葉遣いでけっこう肩肘はった主張(たぶん)をしているところに好感をもつ。そんな態度は少し天野忠に似ているようにも思った。

しかし何と言っても、古本屋が出てくる、これはうれしい。「ならまちの古本屋」より。

 そんな奈良町の中心より少し東
 注意していないと素通りしてしまいそうな
 目立たない古本屋がある
 外観も内装も
 元の民家をそのまま使っているので
 靴を脱ぎ
 畳の部屋で本を眺める
 下宿している友人の部屋に来たみたいだ という人もいる
 初めて行ったとき
 ぼくは つげ義春の漫画の世界に入り込んだ気がした
 うらぶれつつも不思議とあたたかい空間
 店主は七〇年代前半に学生時代を送り
 世界中を旅した人だ

ああ、ここはあそこだな、とにんまりとする。また、詩を詩集としてとらえている、これもいい。例えば「遅い言葉」より。速いメディアに乗せても詩は取り残されてしまうという。

 だから
 詩集は
 遅さの価値を知る特別な本屋の棚に
 ひっそりと眠っている
 詩は
 誰かの目に触れる時を待っている
 そして
 長い時間をかけて人々に読まれてゆく
 すると
 その人の心に
 詩の言葉は
 ぽたりぽたりと落ちてゆく


あるいは「踊る言葉」より。

 昨日
 古い詩集が届いた
 私の好きな詩人が戦後初めて世に送り出した詩集だ
 奥付には
 昭和二十九年とある
 活版印刷の文字は
 すっかり年老いていたが
 「生は すでに宙に浮いている」と
 クールに放たれた言葉は
 まだ熱く
 踊っていた


または「コロッケ(老詩人の話 其の二)」より。十年に一冊のペースで詩集を出している老詩人。

 最近はもらってくれる人も
 ほとんどが
 となりの世界にいってしまって
 仕方なく
 なじみの古本屋に売ったりしている
 そこで得たお金で
 好物のコロッケを買うのが楽しみらしい
 ぼくが
  詩がコロッケになったのですか
  それとも 
  コロッケが詩なのですか
 と訊くと
  コロッケは
  コロッケだよ
 という答えだった


本屋の近未来(現在?)を形容したような「影書店」という作品もある。

 耳の人を誘って
 影書店へ
 行ったことがある

 その店は
 広くもなく
 狭くもなく
 新しくもなく
 古くもなく
 本屋であり
 本屋ですらない
 どこかしら定義を拒む
 よるべのない
 不思議な店なのだ


そして「パン屋詩人の私 一」(全文)

 パンを食べるように
 詩集を
 読む人はいないかな と
 ふと
 思ったことがあった

 そこで
 『パン屋詩集』という
 簡素なタイトルの
 小冊子を作って
 棚に
 置いてみることにした


まさに食うべき詩。それで、どうなったかは「パン屋詩人の私 二」を読むと分かります……。

Pippoさんは解説の最後にこう書いている。

《目をとじて。心をひらいて。
まっさらな心で、西尾勝彦の詩を読めば。
きっと、森で深呼吸したような、清涼感にみちあふれることだろう。
そして、未知の自分に、出会えることだろう。》

ちょうどこの詩集が届いたとき、滅多なことでは詩など読まないのだが(このブログではよく取り上げているにしても、自らすすんで読むということはほとんどない)、たまたま必要あって金子光晴、前からじっくり読みたかった(が、なかなか腰が上がらなかった)フランソワ・ヴィヨンを同時に読んでいた。やっぱり詩人はさかしまだ。さかしまでなきゃ。後ろ向きのおっとせい、西尾氏も、また。

粥彦( のほほん社 )




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by sumus2013 | 2018-04-06 20:29 | おすすめ本棚 | Comments(0)

空魔鉄塔

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大下宇陀児『空魔鉄塔』(善渡爾宗衛編、暗黒黄表紙文庫、Noir Punk Press、二〇一八年四月三〇日、表紙デザイン=小山力也)。本書あとがき、番場ハジメ「ここは地獄の二丁目くんだり」によれば

《もともと、『空魔鉄塔』は、春陽堂版のものを紙面復刻のつもりでしたが、諸般の事情により、根本から新たに『大下宇陀児 少年少女探偵小説撰集 戦前編 空魔鉄塔』として、作品を選定し直すこととなったのでした。
 もともと数年前、大下宇陀児を企画していたこともあって、一度いろいろとしこたま調査をかけてあったし、さらに編成については、上記のありがたい目録もあって、わりかしスムースに進んだ。》

文中「上記のありがたい目録」は『宝石』の特集での目録と「新青年趣味」の特集大下宇陀児の目録をさす。

《こうしてどうやら、大下宇陀児先生の健全から不健全にわたる少年少女探偵小説をまんべんなくセレクト出来たのではないでしょうか? やっぱり変格探偵小説やわぁ。大下宇陀児センセイのショウケースになってるよね。なかなかどうして結構ととのった本になったわいと、おおいに自画自賛し、筆をおくことにします。》

とのこと。

子供だまし・・・と思って読み始めたら、滅法おもしろい。表題作の『空魔鉄塔』は昭和十二年『東日小学生新聞』に連載された。ロシア人と中国人が悪漢で、満州の奥地に巨大な秘密基地があるという設定が、時代をそのまま写しているようでワクワクさせられてしまう。スケール感のある構想と細かいことは気にしない飛躍がすばらしい。その他の短篇でも、意外なヒネリが利いて、これなら大人も十分だませるだろう。戦前の日本はこんなに科学技術が進んでいたのかとビックリするくらい最先端の日の丸技術を外国のスパイたちが盗みに来る、それを少年や少女が知恵を働かせて見事に防ぐというから、愛国心をくすぐって、なんとも痛快。大下宇陀児、ツボを心得た作家だ。

大下宇陀児 少年少女探偵小説撰集 戦前編
『空魔鉄塔』
著者:大下宇陀児
編者:善渡爾宗衛

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by sumus2013 | 2018-04-04 20:54 | おすすめ本棚 | Comments(2)

小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集

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『小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集』平田芳樹編(編集工房スワロウデイル、二〇一八年三月)を平田氏より頂戴した。深謝いたします。高橋輝雄と言えば、龜鳴屋さんより下記の作品集が刊行されている(というのもこの図録を頂戴して知ったしだい)。以前紹介した『木香往来』の表紙に版画を提供しているのも改めて教えられた。

もくはんのうた 高橋輝雄作品集

正直に言えば、この手の趣味版画はちょっと苦手なのである。ところが、本図集には思わず目をみはった。初山滋や武井武雄の亜流を越えた、みずみずしい感覚がみなぎっている。

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《今年の1月に、鹿児島の古書店で、滋賀の木版画家・詩人・僧侶、高橋輝雄が手作りした木版の詩集5冊を見つけました。それをきっかけに、金沢の龜鳴屋が2012年に出した『もくはんのうた 高橋輝雄作品集』を読み、調べだすと、龜鳴屋版にもない、詩人・清水卓の妹の存在にたどり着いたりして、図に乗って、『小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集』という手作り冊子にしてみました。》

という編者平田氏の手紙が添えられてあった。小桜定徳(一九二三〜八九)は鹿児島市生まれ、日大専門部宣伝文芸科卒。小学校教師、詩人。号は漂子。高橋輝雄と小桜は、昭和十七年頃までに、日大芸術学園の詩グループ「風館」を通じて知り合ったそうだ。この仲間には戦歿した清水卓もいた。

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『もくはんのうた5』一九七九年


  1942年の作品 清水卓

牛肉店の陳列の
鉤にかかった
牛肉にゆうやけ
あかい
上等品はご座んせんかい
おあい憎さま
こま切ればっかり
すじ肉ばっかり
ぼくの下等な
芸当みてくれ
亭主はおそらく
笑っただろふよ
上等なんて罰あたり
風をくらった
広告ビラだ
冗談みたいに
尻尾生やして
ぼくのほんもの
参ったまいった


《この詩抄は彼が中学を出て数年経ってから上京、日大芸術学院[園]に入っていた頃の1942年の作品で、やがて学徒召集で入隊、1943年10月8日、南方の海で輸送船と共に海底に消えてしまった。遺された作品は、僅かな詩篇と40枚ほどの《鬼打ち》という習作一つだけだ。》(『清水卓詩抄』高橋輝雄のあとがき、一九八一年)

清水は出身地不明。また清水卓の妹、清水ゆき(子)は、戦前には京都の詩誌『新生』や『岸壁』(すなわち臼井喜之介ファミリー)、戦後は宮崎の詩誌『龍舌蘭』に寄稿しており(昭和三十年以降は見えない)、それなりに知られた詩人だったようだ。


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『漂子拾句』一九八三年


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たかはしてるお『木版詩集』一九六七年


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『もくはん詩2』一九七一年


これら高橋輝雄の手に成る木版詩集の他に、本書には「龜鳴屋版『もくはんのうた』と小桜定徳氏長女よりお借りしたアルバムをもとにした小桜定徳作品譜」も収められている。小桜に関するドキュメント(写真、書影、書簡、新聞切抜など)の図版や文章の引用でまとめた年譜である。

平田氏の手紙はこう結ばれていた。

《高橋輝雄や小桜定徳が生涯、清水卓の詩を大切にしてきたことを考えると、清水卓の墓に昔の友人が刻んだ『清水卓詩抄』をお供えしたいという気持になります。そして、その詩集は妹の清水ゆきさんにも、届けられなかったのではないかと思われます。
 せめて出身県だけでも分からないものかと思います。
 もし京都や滋賀に関わる本で、清水卓・ゆきについての記述を見かけましたら、教えてください。》

『新生』(十号)に清水ゆき子の詩が掲載されているのは、この手紙を読んでから探し当てた。さっそくお知らせしたことは言うまでもない。読者のみなさまにもお願いいたします。お気づきのことございましたら、コメント欄へいただければと思います。あるいは下記、平田氏のサイトへ直接でも。

編集工房スワロウデイル


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by sumus2013 | 2018-03-29 20:47 | おすすめ本棚 | Comments(9)