林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:もよおしいろいろ( 111 )

私の蒐めた木山捷平展

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『日本古書通信』1039号(二〇一六年二月号)に掲載された柘野健次「山里の古民家で開く企画展 : 私の蒐めた木山捷平展」のコピーを頂戴した。倉敷市で開かれる同展のチラシコピーも。

『日本古書通信』の記事は展示内容の紹介なので箇条書きにしておく。

・単行本11冊
・全集 講談社版、新潮社版、永田書房版 計11冊
・その他の著書 5冊
・関連文献 100冊
・初出雑誌 30冊
・直筆原稿 5篇
 「冬晴れて」「山つつじ」「留守の間」「三円で買える愉しみ」「あか電話」
・井伏鱒二宛木山捷平書簡1通
・河盛好蔵原稿「メクラとチンバの作者」

水川陶影記念館を開設した 柘野健次さん

『水川陶影記念館』へ来てみませんか


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by sumus2013 | 2016-03-17 20:01 | もよおしいろいろ | Comments(0)

鶴見俊輔、富士正晴展

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「鶴見俊輔、富士正晴」展 
平成28年2月1日〜3月30日

富士正晴記念館


富士正晴記念館は今月末まで設備改修のため休館中だが、来月から上記展示をスタートさせる。案内のチラシが届いた。鶴見俊輔追悼展と言ってもいいだろう。富士正晴と鶴見俊輔の交流が残された資料から細やかに描き出される展示になるようだ。

大きく分けてまず『思想の科学』と富士との交わり。次に『VIKING』と鶴見との関わり。そしてエトセトラ……富士正晴がちくま日本文学全集に入ったことについての鶴見の尽力、富士「東京漫遊記」と鶴見、鶴見の愛する富士の詩、小説。二人にとっての老年文学。中尾さんならではの目配りが感じられる内容である。

鶴見俊輔さんのこと

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上記二点の富士の絵は『富士正晴画遊録』(フィルムアート社、一九八四年)より。鶴見俊輔愛蔵の作品。下の絵は「変竹林屏風」の一部。同書に鶴見は「コーヒー店から三五年」というエッセイを寄せている。

《戦争が終ってまだそれほどたっていないころ、昭和二四年だったと思うが、京大のそばの進々堂コーヒー店であった。富士さんは河野健二氏とつれだっていて、河野さんから紹介された。
 それから三五年。年のはじめにもらう年賀状がたのしみだった。わずかの数の字が書いてあるだけだが、晴朗の感じがある。
 年賀状に画がかいてあることもあった。画もおもしろいので、「思想の科学」に画をたのんだことがある。》

屏風の絵は荘子からとられているそうだ。

《一望の下に人間の歴史を見わたすことができる。見わたすだけでなく、「私」がそれをどう生きるかもえがかれている。
 自分が死ぬ時に枕もとにおくつもりのびょうぶを、この絵をはってつくった。
 こんなふうに富士さんは、私のくらしに影響をあたえる画家である。》

実際、亡くなられたときにこの屏風が置かれていたのだろうか……




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by sumus2013 | 2016-02-15 21:12 | もよおしいろいろ | Comments(0)

鮎をきゝに

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久しぶりに阪急六甲へ。MORISさんで開催されている「河東碧梧桐」展を見る。ほとんどは遅日草舎の出品物だそうだ(販売しております)、なかに戸田勝久さんの所蔵品や書籍が並んでいる(こちらは非売)。屏風もあり、磁器もあり、「これは珍しい」と戸田さんのおっしゃるマクリの書まで。戸田さん製作の『河東碧梧桐の書』というヴィジュアル・ブックも見事な出来だ(販売中)。碧梧桐、嫌いではなかったが、それほど惚れ込んでもいなかった。今回の展示を見て認識を改めた。碧梧桐は無理でもお弟子の短冊くらい手に入れたいものだ……。

口笛文庫をのぞいてから、これまた久しぶりに心斎橋へ向かう。心斎橋ではヴォリーズの大丸を取り壊すという愚挙が行われようとしていた(営業していなかった)。心斎橋筋は押すな押すなの人ごみ。外国の方々も多いようだった。小大丸のビルの画廊で某会の懇親会があったので参加。某氏の驚くべき掘り出し作品を目の当たりにして愕然とする。小生が定期的にのぞいている古書店で入手したというのだ。ショック!

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河東碧梧桐
2016年1月30日(土)〜2月7日(日)

MORIS
http://moris4.com/exhibition/



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by sumus2013 | 2016-01-30 21:39 | もよおしいろいろ | Comments(0)

ガロ-アックス-長井勝一

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徳正寺での「ガロ - アックス - 長井勝一」展 長井勝一 没後20年企画トークを面白く拝聴。第一部は呉智英、林静一、南伸坊の三氏と青林工藝舎の手塚能里子さんが登壇。水木しげる追悼ということでまず呉氏がひとしきり水木漫画について語る。呉氏は一時期水木にネタを提供するスタッフの一人だったこと。そのなかで手帳に名前を書くとその人間が死ぬというアイデアがあって水木漫画に採用されているが、これはまさに「デスノート」であると。鬼太郎と出雲神話の関連性について、そしてきわめつけは水木しげるは妖怪などこれっぽっちも信じていなかった、という暴露(爆笑)。

林氏は東映動画のアニメーターだった、仲間(百人ほどいたそうだが)の一人が『ガロ』を面白いと持って来て漫画にもこういう大人向けのものがあるんだと知って投稿した。最初の作品はボツだった。理由は長過ぎる。八頁にまとめてと長井さんに言われた。南氏は中学生で『ガロ』を知り、やはりそれまでの漫画とは違うと皆が感じ取った。東京工芸高校時代にはまわし読みしていた。回し読みしていたから潜在読者はかなりいたはず。と、呉氏より異論が。そんなに読者はいなかったよ。でも長井さんはマンションに住んで自家用車を買いましたよ。ただしパブリカ(トヨタの大衆車)だけど(笑)。一九七〇年頃が絶頂だった。それでも三万部くらいでしょ。他には水木のバック書き込みの謎について。長井勝一の晩年のモテぶりについてなど。

第二部は手塚さんが古泉智浩氏と島田虎之介氏にガロ、アックスとの関わりを含め漫画に関するあれこれを質問する。古泉さん、新潟在住。里親漫画がヒットしている。「死んだ目をした少年」は映画化。祖父が亀田製菓の創業者だそうで、これからその伝記漫画を書こうと思っている。島田氏は中国での漫画フェアーに呼ばれているということで、青林工藝舎も中国進出が期待される。海外の漫画イベントに参加すると青林工藝舎には日本と同じ雰囲気のオタクたちが列をなすのが不思議である。などなど。

第三部は一、二部の出演者に加えてひさうちみちお氏と客席から編集者の赤田祐一氏が飛び入りで。京都在住のひさうち氏の近況から始まって、老人問題、原稿料問題、ネットと出版の違い、青林工藝舎のペットなど、ほとんど井戸端会議状態だったが、それはそれでたいへん面白かった。



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by sumus2013 | 2016-01-16 21:04 | もよおしいろいろ | Comments(4)

お札展

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●お札展 お正月にちなんで、おめでたい、縁起のいいお札の展覧会
 開催中~1月17日(日)
 山崎書店二階 京都パラダイスにて 10時~6時 

おめでたい引札や紙ものがたくさん展示されていた。なかでは特に千社札のデザインに惹かれるものがあった。限られたスペースに効果的に人名や店の名前、土地の名前を配置し、人目を引く妙技。モノクロの使い方は今日でも十二分に参考にできる。

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展示の方法で山崎さんがちょっと自慢げにその工夫を教えてくれたのが、こちら。写真の恵美須引札の右上隅に注目。金属の画鋲で止めてあるように見える。しかし……

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じつはこれ磁石なのだそうだ。まず壁に金属の画鋲を刺す。その上に展示物を重ね、上から磁石で挟む。そうすると傷つかずに展示できる。もちろん壁が金属ならそのまま磁石だけでよろしい。また硝子戸のような薄い板状のものなら両側から磁石で挟めばオッケー。なるほど冷蔵庫にレシピー・メモを留める要領である。このアイデアは拝借できる。

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by sumus2013 | 2016-01-08 20:42 | もよおしいろいろ | Comments(0)

杉浦非水・翠子展

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杉浦非水・翠子展 同情から生まれた絵画と歌』図録(白根記念渋谷区郷土博物館・文学館、二〇一五年一〇月二〇日)を頂戴した。深謝です。(開催中〜二〇一六年一月一一日)

《杉浦非水〔明治九〜昭和四〇〕は、銀座線開通ポスターや三越、カルピスの広告、タバコのパッケージデザインなど、日本の広告デザインのパイオニアとして知られています。その妻・翠子〔明治一八〜昭和三五〕は、短歌結社「アララギ」に所属した後、歌誌『短歌至上主義』を主宰し、代表歌「あめつちにおのれさびしとおもふとき 浅間はもゆる陽のいりぎはを」をはじめ、知性短歌を主張した女流歌人でした。二人は日本の近代の歩みとともに、先駆的で個性的な活躍をしました。》(ちらし)

図録の写真で興味深いと思ったのは上の書籍装幀雑誌表紙図案展の様子をとらえた一枚。会場は日比谷図書館。同館は明治四十一年開館(三橋四郎設計)だから開館間もないころの展覧会だったわけである。上の写真からだと展示スペースは少々手狭だったように見える。

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ついでに下渋谷(後に伊達町)に大正元年に新築された杉浦宅の写真もかかげておく。ユーゲントシュティールの家具が目をひく。

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『杉浦非水の眼と手』



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by sumus2013 | 2015-12-15 20:53 | もよおしいろいろ | Comments(0)

中井英夫 荻窪の青春展

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「黒鳥館戦後日記」をよむ―中井英夫西荻窪の青春展
2015年12月4日(金)~2016年1月6日(水)

戦後、松庵に住んだ作家中井英夫の日記「黒鳥館戦後日記」には当時の西荻の風景や、その時代精神に影響された心情が書かれています。当時の西荻を体験する展示です。

西荻図書館

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『『虚無への供物』と中井英夫そして西荻窪 盛林堂書房『虚無への供物』展記念冊子』(二〇一五年一二月五日)。

中井英夫『虚無への供物』展を開催します
西條八十『あらしの白ばと 第一部・赤いカーネーションの巻』無事出来!!


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by sumus2013 | 2015-12-08 20:23 | もよおしいろいろ | Comments(0)

藤田嗣治資料

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『「藤田嗣治資料」公開展示』(東京藝術大学大学美術館、二〇一五年一二月一日)リーフレットを某氏より頂戴した。感謝です。上の写真右端。

《この資料は、藤田嗣治夫人であるFOUJITA Kimiyo(藤田君代)氏のもとに残された遺品で、2010年に本学に一括寄贈されたものです。約6000件に及ぶ資料には、1930年から1968年までの日記(1941〜1946を除く)や手稿・書簡、藤田が撮影した写真や映像、また彼が制作の助けとしたであろう19世紀から20世紀までの画家たちのドローイングなどが含まれており、藤田の生涯と創作活動を明らかにするための貴重な一次資料となっています。》

ということのようだが、これは見て見たいもの(残念ながら今回の展示は終了)、藤田の絵入り手紙は絶品なのだ。このリーフレットには藤田が蒐集した素描としてスタンラン、シャバンヌ、ブラングィンの三点が掲載されていて興味を惹く。コレクターとしてのフジタがどういう態度だったのか知りたいような気がしないでもない。

上の写真、中央は公開中の映画、小栗康平監督「FOUJITA」のちらし。フジタはオダギリジョー、君代夫人は中谷美紀。左は『MOMATコレクション 特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示。』図録(東京国立近代美術館、二〇一五年)。こちらは十三日まで開催中。藤田の戦争画がアメリカから返還されたとき(無期限貸与)にいくつか見た記憶がある。迫力があるような、こけおどしのような(物語の挿絵的な)、微妙な感じを受けた。また、故意なのかどうか(そりゃ、意図的でしょうね)、これらの暗褐色でごちゃごちゃした絵柄では戦意発揚には決してならないだろうということもよく分った。なお公開作品は二十六点。戦争画全十四点一挙公開は初めての試みだそうだ。戦争画と写真を除けば十一点ということになる。これは国立近代美術館の所蔵としては多いのか少ないのか……。それはともかく初期作品「パリ風景」が学生時代から好きだった。

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by sumus2013 | 2015-12-07 21:04 | もよおしいろいろ | Comments(0)

串田孫一 生誕100周年

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はけの森美術館

串田孫一生誕100周年だそうだ。それを記念して来年一月まで開催されている。歿年は二〇〇五。九十歳に四ヶ月ほど足りなかった。二〇一二年には北のアルプ美術館に串田孫一の書斎が復元公開され、その記念展(開館二十周年)も行われた。それら二冊の図録を某氏より頂戴したので紹介しておく。

あるところで串田孫一の文章を絶賛する人と同席したことがある。あまりにその人が神様のように串田の文章をほめちぎったため、生来の天邪鬼から、それを聞いて以来、串田孫一の書物は敬遠していた。ただし装幀本は別である。これまでも何度か触れてきた。

有井泰ふたたび

庄野英二『ユングフラウの月』

矢崎源九郎訳『絵のない絵本』

装幀もいいし、絵もいい。もし串田を文筆家という範疇に入れるなら、文筆家の絵としては横綱クラス。プロフェッショナルな画家としても何ら問題はないだろう。ある意味うますぎるくらいだ。『串田孫一装幀集成』というような本は出ていないものかなと思ったりする。自分で作れ? いや、無理です。

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文章は読まないと決めた、けれどやはり本の話だとつい読んでしまう。『彷書月刊』(一九八八年一二月号)に寄せたエッセイは以前紹介したことがある。

串田孫一「焼跡での怒り」

ここでは同じく『彷書月刊』(一九八八年二月号)に載った「戦中の古書」を少しばかり引用しておこう。

《知らない町を歩いていても。古本屋があると素通り出来ず、店に入って書棚を見ないと気が済まないようになったのは、高等学校の頃からである。私の場合だと昭和八年頃ということになる》

それ以後古本屋には繁く通ったが、顔見知りになっても店の主人に話しかけられたり話しかけたりすることはほとんどなかった。ただ例外が一度あった。

《私はいろいろの方面の知識に飢えていて、一軒の店で方々の棚から傾向の異なる本を十数冊抜き出し、勘定をして貰うために台の上にそれを置くと、同業はお断りだと言われた。最初その意味がよく判らなかったが、同業者と間違えられるという大変名誉なことであったので、偶々持っていた上智大学講師の肩書のついている名刺を渡して了解して貰った。》

戦前の話だとしても同業者に本を売らないというのはちょっと驚き。串田が親しくなったのは持っていた山の本を全部引き取ってもらった神田の十字屋書店だった。このときその代金を店に預けておいて文学関係の本に換えていくという方法を取ったのだそうだ。

《それ以降、十字屋書店との付き合いが始まり、宮澤賢治全集をはじめ文芸書の出版を始めたこの店は私達のたまり場になり、『白羊宮』や雑誌『冬夏[とうげ]』、福永武彦君の『マルドロールの歌画集』、私の『萍』なども出して貰った。
 この酒井嘉七さんは戦争が次第に激しくなっていく昭和十九年に亡くなった。病院へ見舞っても痩せ衰えて行く彼に、元気づける言葉がなかった。そして十二月二十四日、四谷南寺町の西應寺で葬式があり、奥さんのハナさんの目を泣きはらしている顔をまともに見られなかったことを憶えている。》

『宮澤賢治全集』(十字屋書店、一九四〇年、装幀=高村光太郎)

一高時代には本郷のレストランや喫茶店のあらかたの店に入った。その中にペリカンもあった。レストラン・ペリカンへ行くのは普段と違う特別な気分のときだった。

《その後も私は上智大や腐乱後の夜学え出講しながら大学の研究所へ通ったが、レストランは古本屋に変わり、ペリカンの主人品川力さんとの付き合い方もおのずから変った。第一、彼がまだ可なりひどい吃音だと知っていても話をする必要が生じて来た。人間は話をしなくとも親しみを感じることが出来ても、話をして甫めてその親愛の度が証明されるものであることがはっきり判った。》

《空襲がひどくなって来ると、本など持っていても仕方がないと思う人が多く、その人達が売った本が神田、本郷、早稲田の古書店街に並び、しかも滅多に巡り合えない洋書が安い値段で出るようになった。
 ところがそんな時でも売る人がいれば欲しがる人もいて、うっかりしていると買われてしまうのでおちおちしていられず、一時期は自転車の荷台に石油箱を取付け、古本屋を走り廻った。》

しかし買った本はすべて戦火を受けて灰になった。家を焼かれてから串田は山形の雪深い農村(山形県新庄町)へ疎開した。

《本を焼かれてしまった私を心から同情してくれたのは品川さんであった。終戦または敗戦をはさんで一年半遠い農村にいる私に、本のリストを次々と送り、欲しい本を注文すると幾つもの小包にして実にまめに送って呉れた。しかも代金はいつでもいい、その点は心配しないようにと言って、近況報告の手紙も戴いた。》

このときの往復書簡は、品川宛串田書簡は日本近代文学館に寄付され(七十七通)、串田宛も大切に保存されている、と書かれている。戦中戦後の古書事情に関しての貴重な記録になるはずだが、さて串田宛品川書簡はどうなったのだろうか。

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by sumus2013 | 2015-11-25 17:14 | もよおしいろいろ | Comments(0)

陀仙忌

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23日に徳正寺で「陀仙忌 辻潤と大月健を偲ぶ会」が催された。本堂で読経があり、別室では辻潤の遺墨・遺著・遺愛の尺八などが展示された。二〇〇六年六月にも展示されたことがあり、それについては報告済み。


展示は25日まで。徳正寺では毎月25日に「ブッダ・カフェ」が開催されているので、そこに参加すれば辻潤展は見られます。


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なごやかないい会だった。中西徹さんと久保田一さんのたわいのない「次はお前だ」のやりとりが会場の笑いを誘っていた。大月健さんの奥さんが辻潤って面白いわよと勧めたのが運の尽きで健さんは虚無思想研究にのめりこむことになったそうだ。妻の一言が人生を左右することがある。

旧知の人々の他、東京から駆けつけた荻原魚雷氏が紹介してくれた福田賢治さん、それから写真家の藤井豊さん(『僕、馬 I am a horse』の作者)、とあれこれ話したのが新鮮だった。藤井氏は長年撮り続けている岡山の土地について。福田さんは一年前から仏生山に住んでいることについて。仏生山は讃岐である(この日、徳正寺へ来る前に犬林檎書房で開かれた町内会主催の海外新着写真集鑑賞会でも丸亀出身の女性アーティストに出会ったので、不思議にさぬき日だなと思った)。福田氏は『些末事研究』という個人雑誌を作っているそうで、第二号を頂戴した。その特集が「地方と東京」。魚雷×藤井×福田の鼎談も収められている。詳しくは下記。

雑誌『些末事研究』ホームページ

巻頭言で福田氏が「ずらす」という鶴見俊輔の言葉について書いている、これがいい文章だ。《言いたいことから少し、ずらせばいいんですよ。》…このこころは本書にてお読み頂きたいが、巻末の鼎談でも最後のところで「ずらす」という言葉が魚雷氏の口から出ている。《必死になる時期は、ずらしたほうがいい。(笑)》。多少意味は違うにしても「地方と東京」という特集にうまくはまった首尾である。



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by sumus2013 | 2015-11-24 16:54 | もよおしいろいろ | Comments(0)