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カテゴリ:古書日録( 960 )

マチマチ書店二条駅前店オープン

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京都JR二条駅前にマチマチ書店が本日オープンした。さっそくのぞきに行った。こじんまりしたスペースだが、足場はいいし、アートでグラフィックな品揃え。リピーターになりそうだ。本田このみ木版画展も開催中(〜10月7日)。

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アンドレ・ロート絵、ジャン・コクトー詩『Escales』



by sumus2013 | 2019-09-12 17:07 | 古書日録 | Comments(0)

キネマ旬報

古いところの『キネマ旬報』を大日本レトロ図版研Q所より借覧中である。映画はほとんど知らない作品ばかり。まあ、それも面白い。アメリカ映画がドッと押し寄せている感じがひしひし伝わる。また、数多く掲載されている映画広告に、大正末から昭和にかけて流行した「キネマ文字」が踊っているのも見どころである。順次増やして行く。

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ヴァージニア・チェリル

400号 昭和6年5月11日
キネマ旬報社:東京市麹町区内幸町一ノ三
大阪支社:大阪市北区梅田新道太平ビル
発行人 田中三郎
編集人 田村幸彦
印刷所 中村福昌堂
印刷人 中村文一郎
製本所 小高製本所


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田村幸彦とクララ・ボウ

《紐育滞在中、多くの人たちから、クララ・ボウと云ふ女は、如何に酒飲みで、如何に博奕が好きで、如何に浮気ものであるか、等々の噂を聞かされて来た僕は、だからクララに逢ふことに非常な興味を抱いて居た。然し、眼の前に彼女を眺め、彼女の手を握つて初対面の挨拶を交わした時、僕はクララが矢張り普通の女と少しも変つたところのない一女性であることを認めない訳には行かなかつた。
(中略)
彼女は女中が一人付き切りで身の廻りの世話をする外に、髪の色や身長の同一なダブルが一人雇つてあつて、同じ衣裳をつけ、焦点を合す際などにはこの替玉嬢が現れる事になつて居た。この替玉の娘は容貌もクララに似て居るし、全然同一のメイクアップをして居るために、一寸見ると御本尊と間違える位である。
(中略)
 クララは度々僕に日本の話を聞かせてくれと強請んだ。桜の花や、フジ・ヤマやキモノの美しいことは話に聞いて知つて居た。監督のウォーレス氏と僕とクララの三人で或日昼飯の卓を囲んだ時、日本の酒が話題に上つた。ウォーレス氏が
 「日本のお酒は温めて、小さい盃で一口つゞ飲むんだよ。味はとても甘いぜ」と通を振り廻したら、「あたしも一遍飲みたいわ」と彼女が云ふので、日本街へ来れば、いつでも御馳走すると僕は答えた。それを聞くとクララは小供のやうに手を打つて
 「本当?まあ嬉しい!」と、大変な喜びやうではあつたが、然しこの約束は、連日夜間撮影があつた為、到頭実現することが出来なかつた。せめて僕があと二週間滞在する事が出来たならクララの飲み振りを拝見する事が出来たのに》






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メリー・アスター

397号 昭和6年4月11日
キネマ旬報社:東京市麹町区内幸町一ノ三
大阪支社:大阪市北区梅田新道太平ビル
発行人 田中三郎
編集人 田村幸彦
印刷所 中村福昌堂
印刷人 中村文一郎
製本所 小高製本所


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《邦文字幕の反響
 パ社に倣ふ外国映画会社
  フォックス社は日本語
  版も製作するか?
 パラマウント日本支社がトーキーの不評に対する妥協策として同社映画に邦文字幕を挿入する方法は「モロッコ」においてはじめて試写され意外なる好評を博したためパ社本年度映画は悉く邦文字幕を挿入することは既報の通りだが、パ社 新方法は外国映画界に一センセーションを起し各支社とも類似の方法を研究中でオール・トーキーは早晩日本版を作ることになるものゝやうである。即ちフォックス社は日本支社代表クラレンス・フォン・ヘイク氏が四月廿日頃帰米するので目下具体案を協議中 映画中の会話を在米邦人によつて日本語とするかパ社同様邦文字幕挿入とするかの何れかへ帰著するものらしくメトロ社では現在ワーナー、F・N映画等に用ゐられてゐる「エックスヴァージョン」採用説が盛んである。以上の各社ともまだ態度は決定してゐないが、パ社映画との対抗上秋のシーズンまでには具体的な結果を見るに至るであらう。》

《八銭と十五銭の入場料で
  大東京開館
    洋画専門上映
 東京市内に一番安いといふ外国映画上映館が、四月一日から開館した。それは、いままで色物を出してゐた浅草の大東京で、入場料は八銭に十五銭、尤も八銭は子供と老人であるが、割引から大人八銭子供四銭になつてしまふ訳である。
 上は一円二十銭から下は金十銭まで、浅草映画街の十余館が値下げ競争の中に、この均一料金は大勉強といはねばなるまい。
 これまで、十銭均一、所謂「テンセンス・ショウ」で遊楽館があるが、これはチャンバラ日本映画専門で、十銭の看板を上げた当時はセンセーションを起したが、今度は洋画館だけに驚ろかされた。
 開館番組はMGM映画「コサック」に「ロイドの危険大歓迎」》

寄贈雑誌紹介欄が初めて出ている(手元にある号のうちで)。いろいろな映画雑誌があったことが分かる。一般誌と思われるものは略して引用しておく。

映画往来 麹町区内幸町一ノ六商興ビル 往来社
映画時代 麹町区有楽町三柏ビル 其社
蒲田 麹町区三年二[ママ] 其雑誌社
日活映画 麹町区三年町二 映画世界社
松竹 小石川区小日向水道町五三 豊国社
映画と演芸 麹町有楽町[ママ] 東京朝日新聞社
サンデー・キネマ 大阪市西成区粉浜中ノ町一ノ一六 其社
映画女王 小石川区白山前町五七 其社
キネマ新聞 京橋区銀座七丁目五ノ十二号 其合名会社
活動新聞 芝区西久保八幡町十一 其社
日刊帝通映画部通信 京橋区銀座西五ノ二 帝国新聞社
キネマ週報 京橋区木挽町二ノ四 其社
キネマ・ニュース 京橋区銀座西八丁目九ノ六 影絵社東京支社
帝都プロ集 市外高田町雑司ヶ谷一一四六 東京キネマ週報社 





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ライラ・リー

384号 昭和5年11月21日
キネマ旬報社:東京市麹町区内幸町一ノ三
大阪支社:大阪市北区梅田新道太平ビル
発行人 田中三郎
編集人 田村幸彦
印刷所 中村福昌堂
印刷人 中村文一郎
製本所 小高製本所


《俄然厳重を極める
  大阪府のメートル制限
   「京へ上つた退屈男」の難
 東京に於いては、映画のメートル数制限に関して、これが延長運動が行はれつゝある際、大阪府に於いては突如その制限に厳重を加へることとなり、去る十一月十日より、道頓堀朝日座に封切と決定した右太プロ映画「京へ上つた退屈男」は、僅か三十米の制限超過のため、遂ひに上映不能の憂目に遭ひ、常設館方面へ非常なる脅威と迷惑を与へた。(中略)
 元来、大阪府のメートル数は他府県に比して非常に短く、常に番組上の困難を感じてゐることであつた。東京では五千五百米四時間以内、大阪では四千六百米で、近頃のやうな不況の際は尚更困つてゐた際である由。斯く厳重になるた裏側には、当該警察署と府との感情上の問題らしいと噂されてゐる。》

《今日の問題
 映画館争議の実際
      池田壽夫
 まへおきーー吾が映画界も御多分[ママ]に洩れず、今や不景気風が吹きまくつて、大松竹は辛くも配当を据置いたが、日活は二分減と俳優俸給引下を敢行し始めざるを得なくなつた。興行界も外見だけは派手にやつてゐるが、内部では火の車だ。あちでもこちでも給料引下、給料不払、写真料滞納等々のいまわしい噂を聞かぬ日とてもない。殊に最近に入つて小屋を閉鎖せざるを得ないほどに経営難に陥り、従業員が路頭に迷つた揚句、とう〜〜「争議」の形態をとつて、積極的に経営者と争ふやうな現象がポツ〜〜と現れ始めてきた。けれども常設館の争議ほど、複雑してゐて面倒くさいものはなく、ーーその癖腰が弱く、他愛ない争議も、他には見られまい。
(中略)
 兎に角、常設館経営もこれから益々楽ではない。一方澎湃と押し寄せ来る不景気の波と、他方内部的に結束し行く階級力と。争議の頻発は瞭然だ。それを予想して双方共、今から準備にかゝることは遅過ぎても早過ぎるといふことはない。
 常設館よ、何処へ行く?
 争議の勝利は孰れに在るか?》






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アリス・ホワイト

372号 昭和5年7月21日
キネマ旬報社:東京市麹町区内幸町一ノ三
大阪支社:大阪市北区梅田新道太平ビル
発行人 田中三郎
編集人 田村幸彦
印刷所 中村福昌堂
印刷人 中村文一郎
製本所 小高製本所

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関屋敏子主演「子守唄」四ページ連続二色広告
1930年、不況の影響か、頁数(74)も広告もかなり減っている。

《ユ社映画撮影に
  草人突如渡米
上山草人氏は松竹キネマ、オールスターキャストで「愛よ人類と共にあれ」を撮影することに決定してゐたが十四日米国に残してゐた浦路夫人からユニヴァーサルのモンタ・ベル監督の映画に配役が決定したから至急帰米せよとの電報があつたので松竹と相談の結果、十七日午後三時エンプレス・オブ・カナダ号で横浜を出発することになつた、なほ「愛よ人類と共にあれ」の映画は九月下旬再び帰朝、完成することとなつた。

《悄然と故国を去る
  早川雪洲
早川雪洲氏は帰朝後、宝塚の国際映画に入る如く伝へられ、不調に終り、また日活入りして「天草四郎」を映画化すやうに伝へられたが、世は既に雪洲の時代を去つて、一向に人気あがらず、これも不調に終り、往年世界的名声を馳せた雪洲も孤影悄然として再び米国へ渡る事になつた、今度は十分の注意と準備を整へて来るといふ、出発は八月八日横浜出帆の秩父丸と決定してゐる。

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もうひとつ、河野鷹思、発見。
松竹キネマ特作の6本まとめて広告







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バーバラ・ケント

344号 昭和4年10月1日
キネマ旬報社:東京市麹町区内幸町一ノ三
発行人 田中三郎
編集人 田村幸彦
印刷所 中村福昌堂
印刷人 中村文一郎
製本所 小高製本所


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これは、河野鷹思だ!

と思って『青春図會 河野鷹思初期作品集』(河野鷹思デザイン資料室、二〇〇〇年)を調べて見たが、この「情熱の一夜」の広告は収録されていない(同書の初期図案はキネ旬や『国際映画新聞』から取られているとのこと)。この年(昭和四年)一月、河野は東京美術学校図案科に在籍のまま、松竹キネマ株式会社宣伝部に図案係として入社していた。以後、一九三五年五月の退職まで同社の予告ポスター、映画雑誌の折込広告、新聞広告などのデザインを多く手がける。まさに山田伸吉の「大正調」キネマ文字からの脱却が、ここからスタートしたわけである。





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リチャード・アーレン

340号 昭和4年8月21日
キネマ旬報社:東京市麹町区内幸町一ノ三太平ビル

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ハリー・ポラード監督「ショーボート」の綴じ込み型抜き広告


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ウォルター・フォード監督「サイレント・ハウス」の広告
タイトル以外は全て英文


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クララ・ボウ主演「曲線悩まし DANGEROUS CURVES」


この号はカラー広告がかなり多くなっている。時報欄には「武蔵野館の楽士減員から/本邦最初の楽士争議/警視庁の調停で円満解決/ミジュシャン協会の活動」という見出しがある。

《トーキーの出現、レコード伴奏の採用から常設館に働く楽士の失業問題が起り、それ等の楽士を会員として日本ミジュシャン協会が成立したことは既報したが、今回その第一回の争議が起つた。
 それは新宿武蔵野館で、去月卅日突然無警告で楽士十七名の内六名に手当一ケ月分を支給して解雇したところ、トーキー流行で就職難の折柄、解雇手当一ケ月では如何とも仕方がないとて、経営者市島亀三郎氏に手当二ケ月分を支給するか、解雇を十月まで延期するかして貰ひ度い、と歎願したが拒絶されたので、ミジュシャン協会に通知して応援を依頼すると共に警視庁調停課に出頭、事情を述べて調停方を依頼した。》

全国に二万人の楽士がいるとのことである。





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エステル・テイラア

299号 昭和3年6月21日
キネマ旬報社:東京市麹町区内幸町一ノ三太平ビル


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「闇より光へ」の原題が「DRESSED TO KILL」

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《映画漫談
第一人者は必ず/犠牲者となる
ーー近藤伊与吉君の/フリーランサーに就いてーー
              小笹正人
甲『近藤伊与吉君が、フリーランサーを宣言したね。君は何う批判してゐるかね。』
(中略)
乙『ウン成功さしたい。だがフリーランサーは、亜米利加のやうな処だつたら出来るかも知れない。日本のやうな処では、根本に於て実行不可能と見られる重大原因がある。』
甲『何だらう。夫れは。』
乙『日本の映画は、専属俳優でないと、絶対に売れないよ。売れないのぢやない、製作者も常設館も売らないのだ。名優松之助も日活専務のお蔭で日本一の人気者でゐられた。彼を自由の立場に置いて見たまへ。恐らく裏長屋で貧乏して死んだかも知れないよ。』
(中略)
乙『(中略)近藤君もフリーランサーとして十字架の苦を見るだらう。而して自分は犠牲者になる事があつても、必ず同君の事業を次ぐ第二人、第三人が出て来る。其人が必ず成功するよ。》






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カーメル・マイアース

274号 昭和2年9月21日
キネマ旬報社:兵庫県西宮市川尻二六二六
キネマ旬報社東京支社:東京市麻布区今井町三十五


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折り込み広告 ドロレス・デル・リオ「カルメン」フォックス映画会社


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《九月中旬帝都の
 外国映画戦景況
九月十五日よりの帝都外国映画界は、愈々秋期シーズン戦白熱の状態を呈し、ジョン・バリモアの「ドンファン」及びキートンの「大学生」が武蔵野、帝国両館に打つて出たに対しパラマウント系邦楽座、東京館及びユ社系日本館はフォックスの「栄光」及びマンジウの「夜会服」(日本館は「名馬雷電」)を以て対抗し、茲に凄じい白兵戦を現出したが、初日、第二、第三日の景況を見るに、公園に於ける帝国館は外国物館第一位を占め、武蔵野館亦市内館第一位を占めて、パ社系に比し、その上り高には格段の相違があるらしく、武帝両館共此の興行では好況の絶頂時代に於けるレコードを凌駕せんとする好成績であると伝へられる。》(時報)

《キネマ旬報社が株式会社に成る機運も愈々熟して、九月三十日には東京で創立総会が開かれる事に成つた。映画関係の方面へ株を持つて頂きたいとお願に行つたりすると、思ひも寄らない理解と同情との言葉を至るところで聞いたのは、私にとつて望外の喜びであつた、微々たる私達の出版物が立派な事業に成る事を思ふと、八箇年間苦楽を共にして来た私達は、実に感慨無量ならざるを得ない。》(編輯後記)






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ヴィルマ・バンキー

272号 昭和2年9月1日
キネマ旬報社:兵庫県西宮市川尻二六二六
キネマ旬報社東京支社:東京市麻布区今井町卅五


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折り込み広告 ラオル・ウォルシュ「栄光」フォックス映画会社


《神戸聚楽館が
 常設館になる
神戸湊川新開地の聚楽館は最近松竹合名会社と菊水キネマ商会との共同経営で邦画専門の常設館と成る事に決定し、開館の週には妻三郎映画「砂絵呪縛」を封切る予定である。》(時報)






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オリーヴ・ボードン

248号 大正11年12月11日
キネマ旬報社:兵庫県西宮市川尻二六二六
キネマ旬報社東京支社:東京市麻布区今井町卅五


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折り込み広告 阪東妻三郎一人二役主演「乱闘の巷」


《神戸松竹劇場
 映画館に成る
神戸湊川新開地の松竹劇場は愈々来る正月興行より大阪京都両松竹座の姉妹館として、高級映画封切館に成る事に決定し、第一週にはパラマウント社の新映画を封切る予定である。》(常設館便り)

《常設館へ強盗
滋賀県彦根町の帝国館へ十二月三日午前一時頃から未明迄に賊忍び入り現金一円ばかりを窃取の上十日頃迄に来るから現金百円を用意して置け若し応じなかつたら帝国館を焼き払ふと凄文句を並べた脅迫文を書き置き逃走したとは、どこまでも映画式の盗賊振り。》(常設館便り)






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アイリーン・リッチ

234号 大正11年7月21日
キネマ旬報社:兵庫県西宮市川尻二六二六
キネマ旬報社東京支社:東京市麻布区今井町卅五

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折り込み広告 エドワード・セヂウィック監督「燃え立つ戦線」


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「時報」欄より検閲記事をば。「朝鮮と台湾の/映画検閲/八月一日実施」

《朝鮮総督府では七月五日付、台湾総督府では七月八日付をもつて、映画検閲規則を発布し、七月一日から実施する事に成つた。朝鮮の手数料は内地と同じく三メートル五銭、台湾は五メートル五銭と云ふ事に成つたが、朝鮮では常設館数五十、台湾は僅か十館に過ぎないのに、此の手数料は高すぎると、映画業者は全廃運動を開始して居ると。》

「編輯後記」より。編集部は香櫨園にあったようだ。

《東京から古川、岡崎、岩崎、高橋等の諸君が大挙遊びに来たので、急に賑かに成つた。それにめつきり暑く成つて、編輯には辛い時期と成つた。夕方浜へ出て泳ぐと、仕事の辛さもすつ飛んでしまふ程快よい。旬報社へ遊びに行きたいなどゝ愛読者の方から時々手紙を頂くが、どうか遠慮なくどなたでも遊びにいらつしやい。その代り何のお愛想もありませんよ。東京の連中は皆んな河童と馬の化身であるかの様に此の香櫨園を荒らして居る。ウマと云ふのは僕等の術[ママ]語?で社外の方には判るまいが、カードの名手を云ふのである。夏の間は月三回の発行は仲々骨が折れるーーなどと愚痴はもう云ひません。早く秋が来れば良いな。(田村生)》





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アンナ・Q・ニールスン

233号 大正11年7月11日
七周年記念号
キネマ旬報社:兵庫県西宮市川尻二六二六
キネマ旬報社東京支社:東京市麻布区今井町卅五

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キネマ文字はアールデコのレタリングの日本的な解釈ではないかと思う。誌面からアールデコが大衆化したようすがよく分かる。

この号の「時報」欄に検閲に関する記事が出ていた。「映画検閲料金が/一年間に十四万円/近く検閲所大増築」

《昨年七月一日に新設された内務省の活動写真検閲所は近く大拡張をする事に成り、二万円の予算で現在の西側宮城前芝生の中に建坪六十四坪を増築中であるが、本月末竣工を待つて大型映写機二台を購入し、同時に検閲官八名、事務員十二名を全部で三十名に増員する事に成つた。
 既往一年間のフィルム検閲数は一万三千五百三十七件で、約六万巻十二万米突に達し、そのうち四万米突が新規物、六万米突が複写物(複写物とは同一映画のセカンド・プリントを示す。映画によつては七八本自至十数本のプリントを使用する事あり)二万米突が再検閲物で、検閲料(三米につき新物五銭、複写物二銭、再検閲物一銭)は約十四万円に上り、総経費十万円を支払つても四万円の利益があつた訳で、今度の拡張費もこれで支弁するのだとある。》




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メイ・マレイ

231号 大正15年6月21日
キネマ旬報社:兵庫県西宮市川尻二六二六
キネマ旬報社東京支社:東京市麻布区今井町卅五


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折り込み広告「キートンの栃面棒」
輸入元:ヤマニ洋行


《雑誌「大衆文芸」を発行しつゝある二十一日会に於ては同人たる白井喬二氏、正木不如丘氏、本山萩舟氏、平山芦江氏、江戸川乱歩氏等の手に依り映画のプロダクションを設立せんとの議が起り目下頻りにその準備中である由。第一回作品としては白井氏の「元禄快挙」を映画化すべく予定されているが、実現の上は直木三十五氏等の聯合映画芸術家協会と対立的興味を惹く事である。》(時報)





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エスター・ラルストン

230号 大正15年6月11日
キネマ旬報社:兵庫県西宮市川尻二六二六
キネマ旬報社東京支社:東京市麻布区今井町卅五

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折り込み広告 ジェームズ・ホーガン監督「地獄極楽」







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メリー・ピックフォード

227号 大正15年5月11日
キネマ旬報社:兵庫県西宮市川尻二六二六
キネマ旬報社東京支社:東京市麻布区今井町卅五

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印刷所 内外印刷 神戸市多聞通二丁目一四三番屋敷
銅板所 阪神写真通信社銅版部 神戸市多聞通二丁目一〇八番屋敷

by sumus2013 | 2019-09-11 08:31 | 古書日録 | Comments(5)

三宮駅前古書店

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三宮駅前に文字通りの「三宮駅前古書店」がオープンしたと聞いたので、さっそく偵察に出かけた。口笛さんと清泉堂さんの合同店舗なので安心して見られる品揃え。スペース的にはそう広いとは言えないが、その分ぎゅっとつまった棚ができた。

三宮駅前と言ってすぐ小生が思い浮かべるのは、阪急の三宮駅西口北側すぐにあった三宮書店。ここは一坪ショップのような狭い店だったと思うのだが、活気があった。いつしかなくなり(1982年の名簿には載っている)、駅のすぐそばには古本屋のない状態が続いていた。そいう意味で「三宮駅前古書店」はありがたい。電車に乗る前にのぞくとか、ちょっと時間つぶしをするのにもってこいである。

『神戸の古本力』によれば、戦前、昭和十四年頃には元町駅前にズラリと古書店があった。その頃の三宮駅周辺は手薄だったようだが、もっと前には三宮駅は現在の元町駅に近い場所にあって、やはり駅前に古書店が集まっていた。

棚をじっくり眺めていると、つぎつぎお客さんが入っては出てゆく。場所柄であろう。中年女性「マージャンの本ありませんか?」。店員さん「すみません、ありません」。そうか、あるいは、そういう品揃えも必要かもしれない、この場所だと。


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●三宮駅前古書店
絵本、児童書、洋書、映画、趣味、サブカル、文芸、文学、文庫
[営業時間: 11:00~20:00] [定休日: 不定休] [駐車場: ]
[住所:神戸市中央区北長狭通1-30-5]


by sumus2013 | 2019-09-08 20:06 | 古書日録 | Comments(0)

ARTHUR RIMBAUD

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『ARTHUR RIMBAUD』(BIBLIOTHÈQUE NATIONALE, 1954)と『文学』38巻7号(岩波書店、昭和四十五年七月十日)をある書店で。ランボーの方は生誕百年記念としてフランスの国立図書館で開かれた展覧会の目録。『文学』はチェーホフ特集。チェーホフを少し読んでいるので参考に。

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左:手紙  右:詩稿


某古書店。これらの雑誌の棚の前で物色していると、店主と店員さんの雑談が聞こえてきた。

「硬い本を売るときは梁山泊で、柔らかいのは善行堂だって(笑)」
「あの人は、ただ安い本ばっかり買ってるわけじゃないからね、興味ある資料は高くても買う」
「安いのしか買わない客もいるけど、そういうのに限って、あそこがどうだこうだって・・・」
「いっぺんでも、高い本、買ってみろと思うけどな(爆笑)」

あ、オタさんの話だな。小生が棚の陰にいるのを知ってか知らずか、耳の痛い話をしておられた。これじゃ手ぶらでは出られないな・・・と迷いに迷って、上の二冊に、もう一冊、三冊買ってレジに持って行く。合計千円、ふんぱつ。

日本の古本屋メールマガジン記事
シリーズ古本マニア採集帖(南陀楼綾繁)
第8回 神保町のオタさん「本のすき間」を探るひと(後篇)


by sumus2013 | 2019-08-31 19:49 | 古書日録 | Comments(0)

英獨の戦ひ

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『英独の戦ひ』(青盛堂書店、大正三年九月二十日)。画作兼発行者=堤吉兵衛(日本橋区吉川町五番地)。印刷所=清美堂(東京市浅草区左衛門町一番地、岩見米三郎)。青盛堂書店を国会図書館で検索すると一九一二年から一九二二年までのタイトルがかなりヒットする。タイトルから判断すると児童書ばかりのようだ。本書の作りを見てもいわゆる浅草の「赤本」である。表紙は活版の網版のように見えるが、本文の線描は木版摺り、彩色は型抜きの手彩色ではないかと思う。

堤吉兵衛で検索すると、元は浮世絵の版元だったようだ。明治時代の初め頃から絵入りの戦記ものや教科書類、都々逸、講談本、絵本などを手がけていた。出版数はかなりの数にのぼる。

《青盛堂、加賀吉と号す。加賀屋吉兵衛ともいった。文化期から明治期に両国米沢町1丁目、後に日本橋吉川町で営業している。文政末期、歌川国芳による大判の錦絵揃物『水滸伝豪傑百八人之一個』が大好評であったことで知られる。》(ウィキ)

本書、大正三年九月発行ということは、第一次大戦が始まったばかり。日本政府がドイツに宣戦布告したのは同年八月二三日だ。ひと月と経っていない。本書には八図が収められており、それは「我が騎兵の突貫」「砲兵隊の前進」「独兵の逆撃」「独兵青島を死守す」「仏国の進撃」「独兵の苦戦」「我が飛行隊の爆弾投下」「我が艦隊の砲撃」と題されている。

ところが、実際の「青島の戦い」は一〇月三一日〜一一月七日なので、これらは戦闘予測図ということになる。「我が飛行隊の爆弾投下」とあるが、日本の戦争で初めて航空機が使われたのがこの戦いだった。日露戦争のような肉弾戦は行われなかった。素直に奥付の発行日を信用するとしたら、ニュースの先取りになっている(?)

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「仏国の進撃」「独兵青島を死守す」



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奥付/「我が艦隊の砲撃」


最後が砲撃で終わっている。青島入城でないところ、やはり予想図だったようである。赤本の仕事ぶりが分かる一冊だった。

by sumus2013 | 2019-08-30 20:16 | 古書日録 | Comments(0)

カルミデス

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『プラトン全集 カルミデス篇 イオン篇』岡田正三訳(第一書房、昭和八年九月二十日)。背と角が革装になった文庫判(正確には本体142mm×104mm)。第一書房の本にはさほど触手が動かないので、ほとんど持っていないが(二冊か三冊はあるはず)、これは手のひらサイズで気に入った。善行堂で。そこそこしました。

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もうひとつ、この本が気に入ったのはレッテルがあったから。現存の古書店。

Takenaka Shoten
OGIKUBOEKI MINAMIGUCHIMAE

竹中書店 荻窪駅南口前


美青年で体格も立派なカルミデスが、魂もいいものをもっているか、どうか、ソクラテスたちが質問ぜめにしてつるし上げるというか、いたぶる。ある種の滑稽な話、コメディである。

by sumus2013 | 2019-08-29 20:27 | 古書日録 | Comments(0)

詞のやちまた

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本居春庭『詞八衢』上下二冊のうち上巻のみ。題簽も失われている。印刷面の荒れ方から明治版だろうと思う。早稲田大学図書館に前川文栄堂版(出版年不明)が所蔵されている。初版は文化三年(1806)。序は『古事記伝』の出版にも関わった植松有信


内容の説明はとうていできないが、下記サイトを読んでいただければ、おおよそのことは分かる。ものすごく簡単に要約すれば、春庭が古文の活用を整理した労作、そういうことである

松岡正剛の千夜千冊 1263夜 足立巻一 やちまた

活字では読めないようで、同じく春庭の『詞通路』が文化科学高等研究院出版局から今年の四月に刊行されたばかりのようだ。

本居春庭 詞通路


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足立巻一『やちまた』が読みたくなった。読もうと思いつつ、けっこう高かったりして、まだ手にしていない。いずれ近いうちに。



by sumus2013 | 2019-08-28 17:41 | 古書日録 | Comments(2)

安西冬衛作詞「春の月」楽譜

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下鴨で買った楽譜を忘れていた。「春の月」(安西冬衛作詞、樋口昌道作曲)と「砂の上に」(喜志邦三作詞、城祐義作曲)、どちらも発行所は「関西詩人と作曲家の会」大阪市天王寺区上汐町六丁目大阪市立文化会館。発行人が武田傳。「砂の上に」にはKPC楽譜と記されている。印刷者は吉田元三郎で住所は大阪市天王寺区上本町九丁目五九。ガリ版印刷である。発行年等はなし。画家の名前もない。

「関西詩人と作曲家の会」というのが検索しても出てこない。樋口昌道は校歌などを多く作曲し、竹中郁との合作もある。城祐義は不明。安西は「てふてふが・・・」の安西である。喜志邦三は下記の通り。

《喜志邦三(きし くにぞう)
1898-1983 昭和時代の詩人。
明治31年3月1日生まれ。新聞記者をつとめたのち,大正14年から神戸女学院でおしえる。三木露風の「未来」にくわわり,詩集「堕天馬」「交替の時」「雪をふむ跫音」,評論集「現実詩派」「木曜詩話」などを発表。昭和14年NHK放送文芸賞。歌謡曲「春の唄」「踊子」なども作詞。昭和58年5月2日死去。85歳。大阪出身。早大卒。旧姓は笠野。号は麦雨。》(コトバンク)

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春の月 安西冬衛作詞

 だれが蹴つたか
 ポーンと蹴鞠
  草山のてつぺんの
  まんまるな春の月
 お納戸の壁にもたれて
 泣きじやくる 泣きじやくる
  小坊子さん 小坊子さん
 だれが蹴つたか ポーンと蹴鞠
 ポーンと蹴鞠
  草山のてつぺんの
  まつしろな 春の月


by sumus2013 | 2019-08-27 17:28 | 古書日録 | Comments(0)

やしなひぐさ

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小林庸平『やしなひぐさ』(小林庸平、昭和貳年五月二十日)なる書を頂戴した。

《日用人のためならんことを。書画詩歌又は浮世のこと草までを書きつけ身を修め家を斎[ととの]ふるのことわりをなん。さとし安き教訓に神儒仏の三ツの教の隔なく。集めてもてるあり。文車にもあまらんとす。》

よってこの本一冊にまとめてみました、という著者の序文がついている。ペラペラめくっていると、つぎのような成句に出会った。小不忍則乱大謀。

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要するに「韓信の股くぐり」である。韓信(かんしん)は中国秦末から前漢初期にかけての武将。劉邦の元で数々の戦いに勝利し劉邦の覇権を決定付けた。張良・蕭何と共に漢の三傑の一人。

《ある日のこと、韓信は町の若者に「てめえは背が高く、いつも剣を帯びているが、実際には臆病者に違いない。その剣で俺を刺してみろ。できないならば俺の股をくぐれ」と挑発された。韓信は黙って若者の股をくぐり、周囲の者は韓信を大いに笑ったという。その韓信は、「恥は一時、志は一生。ここでこいつを切り殺しても何の得もなく、それどころか仇持ちになってしまうだけだ」と冷静に判断していたのである。この出来事は「韓信の股くぐり」として知られることになる。》(ウィキ)

愚者たちの短気につける薬が欲しい、ほんと。

小林庸平という人物は(同姓同名の人が多過ぎて検索できていないが)、本書の奥付広告によれば、大阪朝日新聞記者。西宮市東町三丁目に住んでいた。他に『仏説因果経和讃』『白隠禅師施行歌』の刊行予告、『通俗食養の手引』の再版予告が掲載されている。『民間簡易自療法と其の体験』執筆中の告知もある。

国会図書館で検索してみると『通俗食養の手引』は大正二年版が古い。『食養雑誌』に寄稿し、著書に『食物の養生』(鈴木商会出版部、一九一五年)、『食養の友』(帝国食養会、一九二六年)がある。また予告された二冊も刊行されている。その二冊(『仏説因果経和讃』『白隠禅師施行歌』)は自費出版で、かつ無料で配ったようだ。

《一万部限り御希望の方に贈呈す》

『民間簡易自療法と其の体験』告知には以下のようにあった。

《著者青年の頃諸種の疾病に苦められ死生の境涯に彷徨すること多年、偶々故石塚左玄氏が創唱する食養法(化学的)に依つて全く頑健に又確実に其の健康を恢復したり、是れより先き大正四年春、石塚氏が食養法を中心とし、『通俗食養の手引』を著はして同好の士に頒つ

石塚左玄はウィキも立っている有名な軍医である。



by sumus2013 | 2019-08-23 20:29 | 古書日録 | Comments(0)

超現実主義宣言

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アンドレ・ブルトン『超現実主義宣言』生田耕作訳(中公文庫、1999年9月18日)を善行堂にて求めた。中公文庫を改装した手製表紙本。背革、ヒラは綿布かと思う。表紙の道化師の絵は(見覚えがあるが、何だったか思い出せない)手書きではないようだ。版画か? 技術的には素人だが、けっこう凝った装幀ではある。その割に表題紙が安直すぎる。


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中世の道化師(jester/fou du roi)は独特な帽子(fool's cap/chapeau du fou)を被り、これまた道化の姿をかたどった笏(bauble, or scepter/sceptre)を持っている。ブルトンへの当てこすりだとすると、なかなかシャレの効いた装幀だと思う。本文中に何か言及があるのだろうか、ざっと目を通した感じでは、見当たらなかった。


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一応シュルレアリスム好きなのだが、この本はなぜか今まで買ったことがなかった。そこそこの値段が付いている思潮社版が、たまさか安く手に入るときにもスルーしてきた。どうやら、ブルトンの読書日記みたいなものだ。その当時、いまだ世間では評価されていなかった隠れた作家たちについて意味不明の形容をもって紹介している。たしかに、そのレパートリーには惹きつけられるものがあるが、その書きぶりは、どうもなじまない。


by sumus2013 | 2019-08-21 20:49 | 古書日録 | Comments(2)