林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:雲遅空想美術館( 168 )

東雲の

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下鴨で求めた俳画の……タテ三十四センチほど、色紙でもなし、屏風はがしかもしれない。署名はなく捺印のみ。絵も字も手慣れたものでプロだろうか。

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by sumus2013 | 2018-08-13 17:14 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

ルドン ひらかれた夢

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ルドン ひらかれた夢」展(ポーラ美術館、二〇一八年七月二二日〜一二月二日)のチラシを頂戴したので、見ていると、よく知られている版画、ルドン『エドガー・ポーに』(一八八二年)の「I. 眼は奇妙な気球のように無限に向かう」のネタバラシみたいな図版が掲載されていた。


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ジュール・ベルヌ著『気球に乗って五週間』(一八六五年、挿絵入初版)のエドワール・リウ、アンリ・ド・モントー絵(小口木版、手彩色)。なるほど、似ている、たしかに。しかし全然違う、やはりルドンはルドンだ。

古賀春江「海」の分析が典型的だが、最近のイコノロジー研究はここまで来たかの感がある。面白いと言えば、かなり面白いし、小生もこういう比較は大好き。しかし本筋から外れていると思えば、かなり外れているにちがいない。何が本筋なのかはさておいても。

*****

久しぶりにヨゾラ舎をのぞいてビックリ! オタさんの棚、すべて百円均一だった。素晴らしい出品だった、はははははは。


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by sumus2013 | 2018-08-07 17:26 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

古越磁羊

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【羊】
「古越磁(越州窯青磁)羊」中国 西晋時代(三〜四世紀) 高さ14.2cm
『第20回東美特別展』図録(東京美術倶楽部、二〇一六年)より

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by sumus2013 | 2018-08-04 20:21 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

青うめや

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小暑向きに何かと思って探してみたら、あまりぱっとはしないが、青梅の短冊が出てきた。鱗馬・・・

七夕と言えば、近刊の『本の虫の本』に七夕について書いた。一部を抜き出してみる。

《ご存知のとおり、ふみづき(ふづき)は七月の別称です。七月と言えば、七夕祭り。短冊に願い事を書いて笹につるします。少し古い時代には、歌や字を書いて書道の上達を祈っていたそうです。そのため七月が文月と呼ばれるようになった、という説もあるくらいです。もっと古くには短冊の代わりに梶の葉が用いられました。
「あきのはつかぜふきぬれば、ほしあひのそらをながめつつ、あまのとわたるかぢのはに、おもふことかくころなれや。」(1)
 カジノキの葉は「単葉で互生し、葉身は左右が不揃いな卵形、あるいは3〜5深裂するものがある。長さ10〜20cm、幅7〜14cm。質は厚く、縁にはやや細かく鈍い鋸歯がある。」(2)とのことですから、願い事をしたためるにはころあいのサイズになります。》

《現代の私たちは、よほどのことでもないかぎり、葉っぱを紙の代わりに使いはしませんが、言葉としては(あ、ここにも葉が!)今もふつうに使ってますよね。まずは、ページ一枚のことを「葉」と呼びます(4)。これは英語(leaf)でもフランス語(feuille)でも同じです。フォリオ(5)というのもラテン語の植物の葉(folium)からきています。
 時の移ろいとともに、文月は葉月(はづき、旧暦八月)へと名前を変えます。語源の穿鑿はちょっと脇へおいておくとして、文字面通りには「テキスト月」から「ページ月」へ。なんとも読書の秋(6)にふさわしいネーミングではないでしょうか。》

(1)『平家物語』高橋貞一校注、講談社文庫、一九七二年、巻一「祇王 妓王」。「秋の初風吹きぬれば、星合の空を眺めつつ、天の戸渡る梶の葉に、思ふ事書く頃なれや」。七夕は秋の季語です。
(2)『樹皮・葉でわかる樹木図鑑』菱山忠三郎監修、成美堂出版、二〇一四年。カジノキは和紙の原料としても用いられます。コウゾ(楮)はカジノキとヒメコウゾの雑種だということです。いずれもクワ科カジノキ属。
4)『字統』(平凡社、一九九四年)によれば、古く中国では、すべて薄いものを「葉」と言ったようです。また諸説ありますが、「言葉」は葉と関係はなく「こと(言)のは(端)」、『万葉集』の「万葉」も「万世」(よろずの世代)だと考えられています。
(5)フォリオにはさまざまな意味があります。印刷用紙を二つ折りにして四頁となった大型の印刷物、四頁分印刷した一枚の用紙、三〇センチ以上の大型本など。
(6)昭和二〇年代に日本出版協会などが開始したキャンペーン「読書週間」から「読書の秋」というイメージが定着しました。韓愈「符読書城南詩」にある「時秋積雨霽/新涼入郊墟/燈火稍可親/簡編可卷舒」との関係もよく説かれますが、魏志・王粛伝には「讀書当以三餘/冬者歳之餘/夜者日之餘/陰雨者時之餘」とあって、読書するには冬、夜、雨がもってこいだと書かれています。暑い夏が去り、秋になってようやく本を開ける気持になり、じっくり読書に親しむのは冬、炬燵のなか(暖炉の前)ということなんですね。

といった感じでウンチク垂れてます。

『本の虫の本』(創元社)近刊

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by sumus2013 | 2018-07-07 20:25 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

漢詩扇面その貳

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書画の画像を投稿するについては、あらかじめ調査をしていないものがほとんどである。コメントいただくと有り難い。この扇面はやはりいつもの古書店で求めたのだが、最初に扇を開いたとたん、グッと魅かれるものがあった。しかし、この「狂草」小生ごとき生かじりには読めそうもない。よって、そのまま放置していた。

「狂草」とは?

《唐の開元・天宝のころになると、伝統的な書法にとらわれず、あるいはそれを否定し、自由奔放な情懐を草書に托して表現しようとする狂草が起ってくる。賀知章、張旭、懐素、高閑、〓[ベン]光らが代表的な人物で、その余波は五代の楊凝式[ようぎようしき](八七三〜九五四)あたりにも認められる。彼らは揮毫に当って、大酒を飲み、心興を誘発して、広い壁面や屏風などに一気呵成、縦横無尽に奔放な草書を書きまくった。》(杉村邦彦「壁書考」『書苑彷徨 第二集』二玄社、一九八六年)

【図版例】張旭的狂草世界

書かれている内容の方は『済公活仏伝奇録』に出ている詩である。済公というのは酔っ払いの破戒僧。中国では知らない人はいないという。南宋の紹興十八年(一一四八)に生まれ、嘉定二年(一二〇九)に卒した。行いは奇矯だが、その諷刺と諧謔をもって体制を批判しヒーローに祭り上げられるようなことになったらしい。

済公(中国民間神紹介3)

揮毫されている詩の出典はこちら。


酒屋の前を通りかかったら、酒が呑みたくなって入ったところ、その酒がめっぽううまいので盃がすすんだ。ところが懐中一銭もなし。主人から銭を払えと迫られる。寺まで取りに来てくれ、そんなにヒマにみえるか、というような押し問答があって、知人がちょうど通りかかったので払ってもらい、なんとか事なきを得る。そこで詠んだのがこの一首

 見酒垂涎便去吞,
 何曾想沒分文;
 若非撞見龐居士,
 扯怎脫身? 

 酒を見たらよだれが垂れるグイッとやりたいな
 どうして一文無しだとバレたのか
 もし龐居士[パンジュシ]が来合わせなかったら
 どうやって逃げ出すことができたろう

引用したテキスト(上記サイトより)「到」のところは扇面では「至」、そして「來」と「去」が入れ替わっているようだ。日本語訳はまったくの戯れごとなので御許しを。てなことを当意即妙に酒屋で詩を作って仲間と笑い合った、そんな生臭坊主である。

署名もスンナリとは読めなかったが、コメントいただいたように「東海鯤女九歳」(印:鯤女)であろうと思う。九歳(満十歳、文政十:1827)でここまで書けたら、それは神童ともてはやされて当然である。東海鯤女は以下のような女性。

1817-1888 江戸後期-明治時代の書家。
文化14年生まれ。町医の娘。幼時から書にすぐれ,文政5年(1822)から江戸で活躍。8年京都へいき,光格上皇に書をみせて名をあげる。のち大坂で出羽(でわ)久保田藩(秋田県)の御用商人と結婚。渓斎英泉の絵にかいた書がのこる。明治21年1月11日死去。72歳。越後(えちご)(新潟県)出身。通称は愛。号は東海女史。後名は三尾,三保。(コトバンク)

鯤女( ~明治21年) 書家。(女流)姓は稲葉、通称愛子、後に鯤、江陽女史と号した。越後山辺村の人、父覚世は医を業とし武州八王子にて開業した。鯤女は幼より書に親しみ五歳の時神通方便力の五大字を書して産土神に献した。文政八年上京僧道本に就いて書を学び遂に其の書は光格上皇の叡覚に達し栄誉を得た。頼山陽も鯤女の書を賞賛して、七絶を作って與えている。明治二十一年一月十一日没、年七十二(文政十三 書(和) 天保九 書(和))》(http://tois.nichibun.ac.jp/hsis/heian-jinbutsushi/Tanzaku/316/info.html)

越後山辺村の人とあるが山辺村は明治二十二年にできた村なので正確な表記とは言えないだろう。とにかく現在の新潟県小千谷市に属する。光格上皇は博学多才で学問に熱心。作詩や音楽も好んだ。大学寮を再興して朝廷の公式教育機関を作ろうと構想した(学習院の発端)のだそうだ(ウィキ)。久保田藩は要するに秋田藩のこと(厳密に言えば、江戸時代には「藩」という言葉は使われなかった、明治になってからの呼称)。秋田藩の御用商人と聞くと、以前紹介した介川緑堂を思い出す。

介川緑堂さらに

それにしてもどうして九歳の女の子が(作者は鯤女とひとまず決めつけておく)こんな破戒僧の戯れ詩を揮毫したのだろうか? 一休さんの詩なら分らないでもないが(ウソ、一休の詩も大人じゃないと読んじゃダメです)。

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by sumus2013 | 2018-07-02 21:11 | 雲遅空想美術館 | Comments(4)

歌切れ

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手近にあった歌切れをアップしてみた。かなり傷んでおり、読み難い。どなたからもコメントないなと思っていたら、某氏が源氏物語「朝顔」ではないですか? と教えてくださった。さっそく検索してみると、その通りであった。

 あさかほ

 みしおりのつゆわす
 られぬあさかほの花
 のさかりハすぎやし
 ぬらん

「見しおりのつゆわすられぬ朝顔の花のさかりは過ぎやしぬらん」

これは見事な筆つかいだ。裏打ちは明治時代かと思われる洋紙なのだが、本紙の方は文様も古雅、それなりに時代があるように思う。

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by sumus2013 | 2018-06-24 20:20 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

榎忠展 [MADE IN KOBE]

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榎忠展[MADE IN KOBE]を見ておきたくて神戸まで出かけた。雨のなか遠出しただけの価値はあった。今もっともパワフルな作家であろう。ギャラリー島田の三会場をすべて使っている。メインは地下の武器庫だが、一階の金属部品都市も見応えがあるし、隣の部屋はこれまでのめぼしい作品を回顧的に展示している。榎忠をコンパクトに体験する(まさに体験だ)絶好の機会である(七月二日まで)。

榎忠展[MADE IN KOBE] ギャラリー島田

大量の薬莢は米軍が演習に使用したものとのこと(おもいやり予算の成れの果て……)。大砲やマシンガン(AK-47とM16)を鋳造した鉄の塊も。

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多数のフィルム・ケースを並べて額装したり、アルマンのように圧着して固めたりした旧作もなかなかに美しい。UFOが神戸の建築を破壊するモノクロ写真コラージュは漫画的で面白いし、初期の油絵の自画像(鴨居玲に師事していたそうだ)もちょっと普通じゃない。

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by sumus2013 | 2018-06-23 20:45 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

漢詩扇面

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午前八時前の地震にはヒヤリとさせられた。かなり揺れた、のだが、意外と棚の上の本などは落ちなかった。ひと安心。大阪では本棚の下敷きになって亡くなられた方がおられたと聞く。人ごとではない・・・余震もありそうだし。

***

こんなときにも、こんなときだからこそ(?)漢詩の扇面でも読み解いてみたい。とは言え、最初の字でつまずく・・・

 蕪園是百花
 細菊独驕誇
 誰似陶元亮
 盆光才可嘉
   節堂居士

いただいたコメントも参考しつつ以上のように読んでみた。蕪園は「乱雑な花園」。元亮は陶淵明の字(あざな)。細菊と陶淵明の「飲酒」にあるよく知られた《采菊東籬下》を結びつけているのだろう。結句は「盆光」と読むのが妥当なような気がするが、そうだとすると意味は……

などと考えていたら、コロンビア戦、日本がPKで一点取った。なんというラッキーな展開。そして……最後までラッキーが持続して勝利した。持続するラッキーは実力か。

誰似陶元亮は、陶淵明みたいな人はいない、これはいいとして「盆光」が問題。字形は盆に見えるが、それならば、その意味は「あふれる」だろう(用例としては『後漢書』に「盆湓」があるようだ)。あふれる光(のような)才はほめるべきだ。


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by sumus2013 | 2018-06-19 21:20 | 雲遅空想美術館 | Comments(6)

短冊の美

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草体の解読がいかに難しいか、ここに例証がある。先日、伊丹の柿衞文庫を訪れたとき、特別価格で販売されていた『短冊の美 俳諧の歴史に見る』(財団法人柿衞文庫、平成十年四月十一日)を求めたところ、写真のような一枚のプリンが挟んであった。

正誤表である。短冊の図版の脇に付された読み下し文にけっこう細かい間違いがあったらしい。その道の専門家でさえこの通りである。いわんや素人をや。ちょっと慰められたので敢えて取り上げた。

本書より一例だけ。梅盛(元和五〜元禄十五:1619-1702、貞門七俳仙の一人)の短冊。

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 露も影や月をうへぬる花ばたけ

と読まれているが、じつは・・・

 露影や月をうへぬる花ばたけ

だとのこと。「も(毛)」ではなく「に(丹)」と読むべしと。そう言われると「も」じゃないな、と気付くが、「に」かな? もちろん、花や葉の露月が映っている、という句意なら「に」でなければならないのは道理である。

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by sumus2013 | 2018-06-11 19:59 | 雲遅空想美術館 | Comments(4)

小色紙

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これはなかなか難物。とりあえず、こうじゃないかなあ・・・というくらいでお茶を濁しておく。ご意見ご教示歓迎。

 ひさかたの天とふ 飛佐堅能天止
 つるの聲至    津留乃聲至
 千世を例の    千世越例乃
 けふにも有かな  氣婦丹母有可奈 

「かた(堅)」は土のところの形がどうかとも思うが、意味としてはこれがいい。「天」はある方よりご教示いただいた。「ひさかた」は天や星、光などにかかる枕詞。

「つる」の「る」が「る」に見えないにせよ、また「たづ」ではないかと思いつつ、千世(鶴は千年)との関連を考えて。「聲至」は鶴からの連想。至はやはりご教示いただいた。至から下へ出ている線をどう考えるか。至し、至て、至り・・・。

千世の次の文字(ひょっとして二文字?)が単純な形ながら、すぐに思い当たらない。「越」のもっとも簡略された形だと、仮に考えておく。

長寿を祝う一首か。

***

御教示いただきました。九条教実の作で『新勅撰集』巻七「賀」に収められている歌だった。

ひさかたの あまとふつるの ちきりおきし ちよのためしの けふにもあるかな

ううむ、「契置し」だったか(契とはとうてい読めないなあ)、まあ、勉強になったとしておく。「越」のところは「の(農)」だった。上部がごく軽く書かれていて、歌を知らない者にはちょっと判読しかねる(負け惜しみです)。

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by sumus2013 | 2018-06-10 17:42 | 雲遅空想美術館 | Comments(4)