人気ブログランキング |

林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
カテゴリ
全体
古書日録
もよおしいろいろ
おすすめ本棚
画家=林哲夫
装幀=林哲夫
文筆=林哲夫
喫茶店の時代
うどん県あれこれ
雲遅空想美術館
コレクション
おととこゑ
巴里アンフェール
関西の出版社
彷書月刊総目次
未分類
以前の記事
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
more...
お気に入りブログ
NabeQuest(na...
daily-sumus
Madame100gの不...
最新のコメント
閑でした。コピペしたので..
by sumus2013 at 19:48
『正岡子規と美術』図録は..
by epokhe at 18:45
有難うございます! 蔵澤..
by sumus2013 at 08:06
すっかりご無沙汰しており..
by epokhe at 00:39
どなたかご存知の方がいら..
by sumus2013 at 07:58
メモ帳
最新のトラックバック
天才画家ゴッホの生涯と画..
from dezire_photo &..
検索
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


Bonne anée

f0307792_20100734.jpg
f0307792_20101225.jpg

林哲夫作品展 Bonne anée
2020年1月8日〜1月30日

ウィリアムモリス珈琲&ギャラリー
東京都渋谷区渋谷1-6-4 The Neat青山2F
開廊時間 12:30 -18:30
休廊日 日・月・第3土曜

# by sumus2013 | 2019-12-11 20:15 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

もよおしいろいろ

f0307792_20100306.jpg
中戸川吉二展
2019年10月26日〜2020年1月26日

釧路文学館






f0307792_10353455.jpg
犀星スタイル
武藤良子原画展
2019年11月16日〜2020年3月28日

室生犀星記念館
https://www.kanazawa-museum.jp/saisei/







f0307792_10353836.jpg
日野洋子展
2019年12月3日〜12月28日

ウィリアムモリス珈琲&ギャラリー
東京都渋谷区渋谷1-6-4 The Neat青山2F
開廊時間 12:30 -18:30
休廊日 日・月・第3土曜




f0307792_13384069.jpg
寿岳文章一家 その人と仕事を追う
2019年12月14日

向日庵
https://koujitsuan.kyoto






f0307792_19350576.jpg
「個人名のついた研究会会誌の世界」展
2019年12月2日〜22日

西荻モンガ堂


# by sumus2013 | 2019-12-11 20:11 | もよおしいろいろ | Comments(6)

goreyで一箱古本市12月21日

gorey で 一箱古本市

毎月第三土曜日開催


12月21日(土)
12:00~18:00

今月は一箱と言わず5〜6箱出品します。
掘り出し物、きっとありますよ。
ぜひお出かけください。(林)


f0307792_21062274.jpeg



# by sumus2013 | 2019-12-11 20:07 | もよおしいろいろ | Comments(0)

装幀者・菊地信義

f0307792_16584500.jpeg

『詩と批評 ユリイカ』令和元年12月臨時増刊号(青土社、二〇一九年一一月一五日、装幀=水戸部功)。総特集 装幀者・菊地信義。菊地氏と、本を作る人々を追ったドキュメンタリー映画「つつんで、ひらいて」の公開に合わせた特集らしい。

本書の装幀を担当している水戸部功が「生業」という菊地の初期作品を紹介している文章を興味深く読んだ。水戸部氏は菊地氏の押しかけ弟子のようである。

先日、和田誠が亡くなって、和田本を一冊でも紹介しようと、かなり探したのだが、一冊もなかった(探し得た範囲内では)。そんなことあるのかなあ、と思ったが、それは多くの和田本を処分してしまったことを意味するのだと気付いた。

菊地本はどうか、と思ってそう広くもない書棚を眺めると、講談社文芸文庫が菊地装幀であることを思い出し、それなら何冊かはあったし(以前は一棚全部くらい持っていたがすっかり売り払った)、水戸部氏がエッセイで言及している平出隆の雑誌『書紀』もあるし、菊地の著書『わがまま骨董』(平凡社ライブラリー、二〇一四年)も見つかった。だが、それ以外には・・・案外ない。要するに文芸書が少ないということだ。と思ったら、一番目立つところに飯島耕一『冬の幻』(文藝春秋、一九八二年)が挿してあるではないか。この本が好きでこれまでも何度も装幀の参考にさせてもらった。とりたてて菊地信義っぽいわけではないが、微妙な文字の扱いは独特の神経が通っている。

f0307792_16585866.jpg

稲川方人との対談で菊地氏はこう述べている。

《私が装幀で実現したいのは、目にしててにした人が一瞬にして本(作品)の消費者から作品の生産者に変わる装幀です。物語ではなく文の言葉へ人を誘うことです。物語を読むのは消費ですが、言葉を読むということは、読む人自身を読むこと、己を探すことです。》

ブランショ『来るべき書物』との出会いがベースにある言葉。個人的には、装幀は本の内容を微妙に変えると思っている。もし『冬の幻』を和田誠が装幀していたとしたら、それはまったく別の「本」になるのではないだろうか・・・要するに物質としての本は作品それ自体も読む人もどちらも変える力がある、むろん読者を生産者へと変える力も。

# by sumus2013 | 2019-12-10 17:32 | おすすめ本棚 | Comments(0)

昭和前期蒐書家リスト

f0307792_20060787.jpg

『昭和前期蒐書家リスト 趣味人・在野研究者・学者4500人』(編集発行:トム・リバーフイールド、2019年11月24日)を頂戴した。これはちょっと凄いリストである。

《本稿は『日本蒐書家名簿』(日本古書通信社、1938)など6種の蒐書家名簿のデータを統合し、見出し人名の五十音順に排列したものである。収録した見出し人命は延べ4,943人だが、同一人物と思われる重複も厭わず掲出した。重複を省くとおよそ4,400人となるので、副題を「趣味人・在野研究者・学者4500人」とした》(凡例)

項目は、名前(ヨミ)、居住県、住所、典拠、蒐集分野。都道府県別の人名一覧も備えている。香川県からは二十七名が挙がっているが、小生に見当がつくのは宮脇千代くらい。以前ここでも取り上げた。

四国古書通信

さらにざっとめくっていてふと目が止まったのが肥田弥一郎。住所が大阪市南区久右衛門町12となっている。出典は「1935千里」で、これは集古会会員名簿の『千里相識』(集古会、一九三五)。蒐集分野は空欄。これは肥田渓風であって肥田皓三先生の父上。いやあ、便利だ。

例えば試しに、前に取り上げた『陳書』第十四輯の目次の人物を引いてみると、黄土色にした人名が見えないだけ。十人のうち六人の基本情報が分かったし、松井佳一が有名な蒐集家だったことも判明する(重複して収録されている)。

忍頂寺静村
松井佳一
鷲尾正久
川嶋禾舟
柳田義一
増谷石上麿
杉田顕誠
鷲尾三郎
前川清二
岡部文蔵

解説として収められている書物蔵「昭和戦前期蒐書家リストの構成と活用法、そしてこれから」も人名検索について非常に参考になる。今後もまだまだ増補されて行くようなので、それも楽しみだが、まずはこのリストを活用させていただこう。

# by sumus2013 | 2019-12-09 20:48 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ペガーナ・コレクション第2巻:芸術論

f0307792_16143453.jpg

ダンセイニ卿『ペガーナ・コレクション第2巻:芸術論』(稲垣博訳、書肆盛林堂、二〇一九年一一月二四日、表紙デザイン=小山力也)読了。

芸術論というタイトルから感じられるほど小難しいものではなく、どちらかというと単純な論理で、読みやすかった。アイルランドや英国の文学に詳しければ、なおさら面白く読めるだろう。

ダンセイニ卿が今日の文章表現について憤慨していることがふたつある。ひとつ、名詞の過剰な使用。もひとつ、カンマの濫用。後者の一部を引用してみる。

《私は王立文学協会の絵画室におり、一枚の絵画を眺めているところを想像している。その絵は協会に寄贈された一枚だ。そこで私は絵画の変質を認め、そこにハエがついていると言う。ハエなど絵画からいつでも取り除けるものだ。しかしそれは、厄介なものであり、そのいくつかは永遠にそこにとどまるのだ。私がここで比喩としてお話ししたものは、「カンマ」であることはご理解いただけるはずだ。それは印刷屋のオフィスやタイピストの間で蔓延し、そのみすぼらしい滴下物で作家の原稿を汚すのである。すべての小さくてうるさいものと同様、カンマも好みを有しているのだ。ハエが目尻や手の傷などに来るように、カンマは「多分」(perhaps)という言葉の周囲に群がって来るのだ。この有害なペスト菌は、ほかにも多くの、速攻を仕掛けるべき言葉を知っている。しかし私は、この言葉以上に害を及ぼす言葉を知らないのである。もしあなたが「私は多分明日、ロンドンへ行く。」("I am going to see London, perhaps tomorrow.")と書いたとする。あるいは、「私は明日、多分ロンドンへ行く。」("I am going to see, perhaps London tomorrow.")と書くかも知れない。このどちらを書くにせよ、世代を超えてカンマを産み、育んで来た軒先から、一対のカンマが降りてきて、「多分」(perhaps)という言葉の両側に張り付くのである。そしてそれは、鉛筆文字が書かれたノートの上に落ちたハエのように、文章を不明瞭なものとするのだ。》(廃墟のなかで)

先日引用したオーウェルも蝿を嫌っていた。英国はよほど蝿の多い国だったのか(むろん日本も昔は蝿だらけだったが)。

《アフリカの旅行者と彼の旅行目的の間には、恒に目に見えぬ虫のベールが懸かっているのである。それは通常、ただ癪に障るだけのものであるが、時に旅行計画を破綻させるものなのだ。同じように作家と読者の間にも、湿地で育ったハマダラカではなく、印刷会社の事務所で育ったカンマという微小な虫が常に存在しているのである。その虫にとって、いくつかの単語は蜜のようなものであり、例えば perhaps(多分)という単語を使う作家には、その虫が大挙して群がり来るのである。》(ドネラン講義、芸術の三つの形態 I 散文)

《印刷屋の見えざる手が意味を歪めてしまうのは無論であるが、このように一定の単語の前後にカンマを打つことは破壊的な行為なのである。》(同)

《印刷工にとってニュアンスや意味などは皆、同じものであり、それはパチンコを持った悪童にとっての窓ガラス同様、尊いものではないのである。》(同)

《多分印刷工は文章を最後まで読まないのであろう。そして今のように印刷工との共同作業が続く限りはこのような意味破綻はなくならないであろう。》(同)

印刷工は毛嫌いされたものだ。誤植読本に増補したい文章である。また、シェイクスピアについて次のように書いているのが印象に残る。

《かつて私は彼の正体を覗き見たと思えた時があった。それは『テンペスト』が彼の遺作であると知った時である。その作品では嵐を呼ぶ魔術師のことが語られる。その魔術師は自分の娘の恐慌を鎮めるために嵐を和らげるのだ。そして作者は遺作の最後の頁で魔術師みずからの杖を大地のなか、何尋もの深さに埋める準備をさせる。魔術師は錘も届かぬ海中深くに沈めるのだ。そこに私はシェイクスピア自身の隠れた一面を見たように感じたのである。それは少なくとも彼自身の内なる感情であり、彼は休息を渇望しており、そこにはもう二度と戯曲を書かないという決意が込められているのである。》(ドネラン講義 II 詩)

もうひとつ「ウェントワース婦人の詩 時代に見過ごされたもの」の末尾に【参考掲載】としてウェントワース婦人のチェスの詩が挿入されている(下記)。レイディ・ウェントワースは16代ウェントワース男爵夫人で詩人、アラブ馬のブリーダーでテニスプレーヤーだったそうだ。彼女はバイロンの曽孫にあたり、父のウィルフリット・ブラントも詩人、作家であった。ダンセイニはこの文章でその忘れられた詩人を《彼女の詩は、まわり一面何もない砂漠の真中に屹立しているのである》と激賞している。


 LIFE AND TIME

Life is a game of chess we play with Time,
Who cannot err. Our Royal pawns begin.

But overset in turn by craft sublime
There is no gambit known by which we win.
Our Knights of love, our castles in the air,
Time takes them every one, for all our skill.
Entrapped or forced to some more dangerous square,
Our pieces fail us, play them as we will.

The game goes on. Awhile there is a word
Of check and counter check in brave display;
A moment our defences hold the board,
A moment yet and they are swept away;
Till over-matched, in desperate case we wait
Alone upon the board the last Checkmate!

人生を人と時の対局とみたてた内容だが、チェス用語がたくみに用いられているところが注目すべき点だろう。じつは、ダンセイニ卿はそうとうなチェスの腕前を持っていた。ウィキによれば、なんとカパブランカと対局して引き分けたというではないか。チェスでは勝敗より引き分けの結末の方が圧倒的に多いが、それでも天才カパブランカと対等に渡り合ったのは立派なものである。ということで、この詩はダンセイニ卿をいたく喜ばせたことだろう。

最後にこんなことも書いている。

《すべての芸術は理解されるものではなく、感じられるものなのである。》(ドネラン講義、芸術の三つの形態 I 散文)

# by sumus2013 | 2019-12-08 17:46 | おすすめ本棚 | Comments(0)

豊貞の短冊

f0307792_19501641.jpg

上部がかなり傷んでいるが、少しばかり古そうな短冊を求めた。署名は豊貞。どなたでしょうか。そして、問題は、出だしのところをどう読むか・・・す(須)?



# by sumus2013 | 2019-12-06 20:38 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦

季村敏夫さんより『1930年代モダニズム詩集』194頁6~7行に誤記ありという指摘があったという知らせがありました。参考のためメモしておきます。

季村氏の記述
神戸高等商業学校(現、神戸商科大学)

正しくは
兵庫県立神戸高等商業学校(現、兵庫県立大学)

ウィキで調べても、なんだかややこしいが、とにかく別の学校である。

《旧制神戸商業大学(きゅうせいこうべしょうぎょうだいがく)は、1929年(昭和4年)に設立された旧制官立大学。略称は「神戸商大」。国立神戸大学の前身校である。なお、新制公立大学である兵庫県立神戸商科大学(略称は神戸商大・現兵庫県立大学)とは別大学である。》

《兵庫県立神戸高等商業学校(ひょうごけんりつ こうべこうとうしょうぎょうがっこう)は、1929年(昭和4年)に設立された旧制専門学校。略称は (県立)神戸高商。同年に神戸商業大学に昇格した官立の神戸高等商業学校とは別の学校である。》






f0307792_10321142.jpg


杉本真維子氏が東京新聞(二〇一九年一一月二日)「あくまで、詩」に一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦』を紹介してくださいました。





f0307792_10301145.jpg


中島俊郎氏が神戸新聞(二〇一九年一一月三日)「ひょうご選書」に一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦』を熱い筆致で紹介してくださいました。見出しは「現実との軋轢から生まれた詩群」です。




f0307792_13300929.jpg


平田俊子氏の書評が出ました。共同通信の配信記事です。「詩はいま/呼び寄せられた詩人の魂 30年代のモダニズム詩集」。






f0307792_19584669.jpg


『現代詩手帖』二〇一九年一一月号に内堀弘さんが紹介してくださいました。「影などない」。

《季村が彼らを見つけたのか、彼らが季村を見つけたのか。一冊を読み終わった後に不思議な余韻があった。》

《北村太郎が「空白はあったか」で書いていたように、三十年代のモダニズム詩人たちも(いや、彼らこそ)、影に見える時代を肉体を持って生きた。たとえば、隼橋登美子の作品は、戦争の不穏を眼前にしながら、その颯爽とした息づかいにほれぼれする。こんな女性詩人がいたのかと思う。確かにいたのだと、季村は彼らを追うが、彼女も、いやこの三人は痕跡を嫌うように消えている。》




f0307792_19222481.jpg
二刷出来上がりました!




f0307792_16130823.jpeg

『毎日新聞』2019年10月8日号(兵庫面)に季村敏夫さんのインタビュー記事が大きく出た。まず、矢向季子、隼橋登美子との出会いを語り、その次に《最初は2人の詩を別々に紹介するつもりでしたが、本の装丁をしてくれた林哲夫さんから「もう一人、(まとめるのに)誰かいないの」と提案され、冬澤弦が思い浮かびました。》とあってちょっとビックリ。たしかに、最初に相談されたとき、季村さんは、薄い冊子体を想定しておられたようで、しかし中綴じではなく、背を出したいとおっしゃった(図書館で背が読める方がいいと)。

しかし、例えば32ページくらいで背を出してもどうかな、と思ったわけである。その後、みやこめっせの春の古書即売会会場で季村さんと立ち話をしたときに、もう一人加えて、三人ならちょうどいい厚みになるんじゃないですか、誰かいませんか、というような話をした。すると季村さんは即座に「迅くんが見つけた『新領土』の詩人がいるんやわ、冬澤弦。そうや、それがええわ、三人集にしよう」というようなことで『一九三〇年代モダニズム詩集』の骨子ができたというわけである。

《ーー3人の詩は「しなやかさ・切実さ」という共通点はあるものの、かなり違いますね。隼橋は鋭く、矢向には女性性を感じます。冬澤のカタカナ詩には現実社会の緊張感がひそんでいます。

「ーー」は記者(岸桂子)氏の発言。いい感想だ。全体としてよくまとまった記事になっているのもうなずける。

《◆本当に鋭い。なのに、今までなぜ語られてこなかったのか。3人の共通点は(戦前の)総力戦体制を全身で浴びたところです。
 ーー全体を読むと、1930年代を現代に重ね合わせていますよね。
 ◆第一次世界大戦後に西欧で起こった「ダダ」などの1920年代思想が日本に入り、若者の心に食い込みましたが、30年代につながらなかった。そして日本は総力戦体制に突き進みました。この流れは、2年前に成立した共謀罪(の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法)とつながると思うんです。この夏問題化したあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」をめぐる件も同様です。確かに、執筆の根っこにあるのは現実への危機感ですね。

《ーー大きな声を上げない人、こぼれ落ちる事象に目を向けるという姿勢が、今回の3人につながっていそうですね。
 ◆詩とは絶えずそういうものなんです。僕が強調したいのは文化の多層性。神戸の文化を「モダニズム=おしゃれ」といった面だけで読み解くことはできない。多層性を体感したら、国境や宗教の違いも受け入れられるようになるのでは。

結局、背を出すと言いながら、コデックス装にしてしまったので、背には何も印刷できなかった。これは帯を広くしてなんとか対応したけれども・・・。




f0307792_16044560.jpg


鈴木創士さんが『神戸新聞』2019年9月29日号「もぐら草子 古今東西文学雑記」に『一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦』を紹介してくださいました。

《これらの詩人たちは出来事としての「神戸詩人事件」が醸成されつつあった空気のなかに生息し、息をひそめ、息を吐き、息を吸い込み、詩を書いて、それから姿を消した。編者の季村さんは「消えてしまった、たもしいをよびよせる」と序文に書いているが、彼らは一冊の詩集も残さなかったのだ。3人の詩人の生涯の詳細は本書にあたっていただくとして、私はここでこれらの詩について賢しらに書評めいたことを書く気になれなかった。全編を引用できないことがいかにも残念であるが、最後に矢向季子の詩の断片を一つだけ。

私はあたしから離れよう
ピアノをぬけだすミユウズのやうに
時刻といつしよに地球の外へ滑り落ちる
そして燦めく青い絨氈のなかにゐる
あたしの下髪は
蠟のやうに消えるであらうに》

引用は「青い貝殻」より


f0307792_20083553.jpg


好評につき増刷決定!

「一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦」発売中

この背をむき出しにしたコデックス装が詩人の人たちには新鮮だったようだ。詩集ではまだ珍しいのかもしれない。初めて見ましたという感想もいくつかいただいた。最近ではそう目新しい造本というわけでもなく、ときどき見かける。本ブログでもいくつか紹介してきた。あ、何より『書影でたどる関西の出版100』がコデックスというか「特殊クルミ装」(というらしい)でした。

コデックスは巻物に対しての冊子本という意味なので「コデックス装」という呼び名はどうかと思うが、もうこの意味で定着しているようだ。

様々なスタイルのコデックス装 製本事例
http://www.watanabeseihon.com/article/15472691.html


f0307792_16463063.jpg


8月19日、届いた。予想通りというか、予想以上に、表紙タイトル空押しが効いている。光を当て浮かび上がる詩人たち。

本文もカラー図版多数、詩も、論考も、年譜もいい感じ。しおりがまた充実している。しおりの表紙の挿絵は、扉野良人氏がしおりに書いている腕木通信の文字より取った。みずのわ出版、入魂の一冊。

f0307792_20135255.jpeg



f0307792_20084285.jpeg



f0307792_19405286.jpg



f0307792_19402688.jpg


f0307792_19401367.jpg


f0307792_19402042.jpg


f0307792_16462381.jpeg


f0307792_16463577.jpeg


一九三〇年代モダニズム詩集—矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦


編=季村敏夫

発行=みずのわ出版

装幀=林哲夫

プリンティングディレクション=黒田典孝((株)山田写真製版所)

印刷=(株)山田写真製版所

製本=(株)渋谷文泉閣

四六判(天地188mm×左右127mm) コデックス装 240頁(ノンブル239頁)

表紙 あらじま 白 四六判Y目180kg 表1凹エンボス 表4 K/1°

オビ あらじま 雪 四六判Y目80kg DIC435/1°

本文 b7バルキー 四六判Y目 64.5kg 表版4°/裏版1°

栞 A6変型判(天地148mm×左右100mm)16頁

ファーストヴィンテージ ベージュ 四六判Y目56kg K/1°



f0307792_15410829.jpg

8月の新刊「一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦」

各位
今年の夏も異常に暑い日が続きますが、お変りありませんでしょうか。
今年二点目の新刊「一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦」(季村敏夫編)を刊行します。

小社が関わった神戸モダニズム詩史としては、「永田助太郎と戦争と音楽」(編集=季村敏夫・扉野良人、発行=震災・まちのアーカイブ、製作=みずのわ出版、2009年6月)、「山上の蜘蛛―神戸モダニズムと海港都市ノート」(季村敏夫著、2009年9月)、「窓の微風―モダニズム詩断層」(同、2010年8月)の続編に位置付けられます。

戦時下の神戸と姫路に生き、一冊の詩集も遺すことなく消えた三人の詩人の原石といえる詩篇を収録。かれらの関わった同人誌の人脈から総力戦体制下の文芸活動を検証し、治安維持法違反容疑で詩人17名が一斉検挙された神戸詩人事件(1940年3月3日払暁)の背景と今日的課題を明らかにすべく、今回刊行の運びとなりました。刊行の趣旨につきましては、本書「はじめに」全文を転載しますのでご一読願います。

なお、本書は600部の少部数限定出版、いわゆる自費出版物です。高額なれど本書を必要不可欠とする読者の求めやすい価格という編者の要望もあり、仮に全部数を定価で販売しても制作費全額は回収できない、そういった価格設定となっております。編者著者が肚を括らなければまともな本を遺すことができない、そんな時世でもあります。

8月15~25日頃出来予定、です。ご購読のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

フェイスブックとブログに、本文の刷取り画像を掲載しています。
2019年8月5日
みずのわ出版 代表 柳原一徳 拝

一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦
四六判コデックス装 239頁 図版64点(ほぼ全点カラー)+栞16頁
8%税込2,916円(本体2,700円)ISBN978-4-86426-038-1 C0095
初版第一刷2019年8月15日発行
編=季村敏夫
発行=みずのわ出版
装幀=林哲夫
プリンティングディレクション=黒田典孝((株)山田写真製版所)
印刷=(株)山田写真製版所
製本=(株)渋谷文泉閣

はじめに(本書3~4頁収録)
 かつてあったことは、後に繰り返される。殺戮、破壊、錯誤、懺悔、その重なりのなかで、身体の刻む詩的行為の火、花、火力は現在である。

 上梓のきっかけは、一冊の同人誌と映画との出会いだった。小林武雄編集の『噩神(がくしん)』創刊号で矢向季子を知った。身震いした。映画は、日本統治下の台南の詩人を描く『日曜日の散歩者』(黄亞歴監督)。台湾を襲った地震の映像のあと、同人誌『神戸詩人』が迫ってきた。西脇順三郎らの『馥郁タル火夫ヨ』から引用があり、明るさの戻った部屋で茫然としていた。「現実の世界は脳髄にすぎない」「詩は脳髄を燃焼せしむるものである。こゝに火花として又は火力としての詩がある」、わたしはあらためて、戦時下の詩をたどりはじめていた。

 同人誌と映画との遭遇が、次から次へと出会いを導いてくれた。平坦ではなかったが、みえない数珠のつながる道のり、促されるまま従った。

 かつてあったことは、後に繰り返される。一九三〇年代後半、シュルレアリスムに関わった青年は治安維持法違反容疑で次々と獄舎に送られた。神戸詩人事件はそのひとつだが、現在である。今回編集した矢向季子、隼橋登美子、冬澤弦、初めて知る詩人だが、このラインにも、シュルレアリスムへの目覚め、総力戦、同人誌活動の終焉、モダニストの戦争詩という歴史がある。しかも三人は番外の詩人、一冊の詩集もないまま消えた。

 あるとき、ある場所で、確かに生きていたひと。詩は、息のひびき。声を出して読めば、ひとはよみがえる。生きていた場所、場所の記憶、青空に染まる歓声まで戻ってくる。

 消えてしまった、たましいをよびよせる、この集を編みながら念じていた。

(「がく神」の「がく」の漢字は環境依存文字ゆえ、パソコンによっては正しく表示されない場合があります)

■目次
矢向季子詩集抄/隼橋登美子詩集抄/冬澤弦詩集抄
「夜の声」読後感(矢向季子)/詩をよみはじめた頃(内田豊清)
内田豊清のこと/矢向季子のこと―シュルレアリスムの目覚め/隼橋登美子のこと―神戸詩人事件について/冬澤弦のこと/『神戸詩人』と台南の風車詩社について―石ほどには沈黙を知らず
初出一覧/関連年譜

■栞(16頁)
天使は肉声でうたう 藤原安紀子
遠くに書く―モダニズム詩所感 扉野良人
「しんぼるの森林」に分け入る 高木 彬

■編者
季村敏夫 きむら・としお
一九四八年京都市生まれ。神戸市長田区で育つ。古物古書籍商を経て現在アルミ材料商を営む。著書に詩集『木端微塵』(二〇〇四年、書肆山田、山本健吉文学賞)、『ノミトビヒヨシマルの独言』(二〇一一年、書肆山田、現代詩花椿賞)、共編『生者と死者のほとり――阪神大震災・記憶のための試み』(一九九七年、人文書院)、共著『記憶表現論』(二〇〇九年、昭和堂)、『山上の蜘蛛――神戸モダニズムと海港都市ノート』(二〇〇九年、みずのわ出版、小野十三郎特別賞)、編著『神戸のモダニズムⅡ』(二〇一三年、都市モダニズム詩誌、第二七巻、ゆまに書房)など。


# by sumus2013 | 2019-12-06 17:52 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

眩暈祈禱書

f0307792_20193308.jpeg


塚本邦雄『眩暈祈禱書』(審美社、昭和四十八年七月十一日)。審美社発行ではあるが、編纂装釘は政田岑生。なるほど政田好みの艶っぽいところと厳密なところが渾然とした意匠になっている。本体はコーネル装でヒラの綾織が眩く光る。

《「水葬物語」より「星餐圖」までの七歌集から、イエスもしくはキリスト、さらにはキリスト教的世界を主題とした作品二百五十首を年順に選出綜合して、ここに「眩暈祈禱書[げんうんきたうしよ]」と題する選集を編んだ。》(跋)

《私の座右にある數冊の聖書の中、幼い頃から片時も離したことのない一册は、その奥附に昭和四年六月第二十三版刷とあり、初版は大正八年六月の英國聖書協會刊、神戸市江戸町F・パロット發行と記されてゐる。朧な記憶をたどると、その二十三版を何らかの記念に牧師であつた叔父から贈られたものと覺しい。摩耗破損した表紙をみづから格子ギンガムの布装に補修し、ルオーの筆になる聖家族の複製畫で再装釘してゐるが、それも既に手垢に汚れ、愛誦頻りであつたルカ傳のあたりは汚點[しみ]いちじるしい。ほとんど完璧と思はれる邦譯韻文體のバイブルは、私にとつてこの上なくうつくしい異國の繪巻物であつた。》(麥芽昏睡あるひは受肉の倫理について)

聖書のとくに旧約「雅歌」に魅せられながらも、徹底して瀆聖のモチーフでつらぬかれている。目についたものをいくつか引いておく。原文はすべて旧漢字。


 聖母像ばかりならべてある美術館の出口につづく火薬庫

 鳥貝やチーズが好きな僧正のソファのねぢくぎたびたび弛み

 蚤の市に黒き両脚ひらきたる釘抜き得たり はや聖四月

 母は知らねども地獄より熱烈にわれ誘ふ聖土耳古温泉

 神聖受胎悼むごとしも少年がドーナッツの孔指もてまはし

 天に墜ちゆく揚雲雀わがたましいひは日もすがら肉のうちにうかぶ

 憑かるる前に憑け繪のマリア青桃[せいたう]のかたち乳房をイエスに乞[あた]ふ


f0307792_20192727.jpeg

毎ページ、天使の画像が薄く印刷されている(同じ絵の繰り返し)。それなりの効果が出ているように思う。写真に写っていないが、薄い紫色の帯がある。

書肆季節社本

政田岑生から竹村晃太郎に宛てた葉書

# by sumus2013 | 2019-12-05 21:14 | 古書日録 | Comments(0)

新編 左川ちか詩集 幻の家

f0307792_20135631.jpeg

紫門あさを編『新編 左川ちか詩集 幻の家』(えでぃしょん うみのほし、東都我刊我書房、二〇一九年一二月一五日、装幀=YOUCHAN)読了。前作『前奏曲』品切れのため新たに編成し直して増刷されたとのこと。

新編 左川ちか詩集 前奏曲

《今回の『新編 左川ちか詩集 幻の家』においては、昭森社版『左川ちか詩集』や、森開社版『左川ちか全詩集』とは、いささか収録内容にちがいがある。それは極力初出での収録をめざしたということだ。なかには編者の判断によっていくつかあるヴァリアントのなかから、編者未確認をのぞいて、最適と思われるものを撰んでいるものがある。そして無辜なる新しい読者たちに届くようにと、新かなづかいによって収録することとした。詩篇であるが、昭森社版しか確認できぬものは、それによっているものがある。》(はしがき)

明治四十四年二月十二日北海道余市町生まれ、昭和十一年一月七日世田谷で死去。ちょうど二十五年の生涯である。収録されているのは昭和五年から十年までの五年間に発表された八十三篇。シュルレアルなイマージュをちりばめた黙示録的な描写がとくに初期の作品にははなはだしいが、それは短い時間に熟成して、なかほどから後半になると、表現はかえって象徴主義的な深まりを見せる。さらにあと何年か成長をみたいと思わないでもないが、左川ちかはこれでいいのだろう。

  The street fair

舗道のうえに雲が倒れている
白く馬があえぎまわっている如く。

夜が暗闇に向かって叫びわめきながら
時を殺害するためにやって来る。

光線をめっきしたマスクをつけ
窓から一列に並んでいた。

人々は夢のなかで呻き
眠りから更に深い眠りへと落ちてゆく。

そこでは血の気の失せた幹が
疲れ果てた絶望のように

高い空を支えている
道もなく星もない空虚な街

私の思考はその金属製の
真黒い家を抜けだし

ピストンのかゞやきと
燃え残った騒音を奪い去り

低い海へ退却して
突きあたりうちのめされる

(全文、『椎の木』昭和七年十月号)



  夜の散歩

 誰れも見ているわけではないのに裸になっているように
私は身慄いする。街路樹には葉がなかった。触ると網膜が
破れそうだ。今まで私をとらえていた怪物の腕はなお執拗
に強制する。信じさせようとしたり、甘やかそうとしたり
する心を。あれは無形の組立をおえたばかりの虚偽なので
あろう。いつまでも失ったものを掘りかえそうとしている
おひとよしな女への冷酷な鞭である。だから再び清麗な反
響は聴えない。成熟した日光の匂も其処にはなかったから。
内臓の内臓を曳き出してずたずたに裂いても肉体から離れ
てしまった声は醜い骸骨を残し、冬の日の中に投げ出され
ている。
 私は嵐のような自由や愛情にとりまかれていたかった。
それなのに絆は断たれた。もはや明朗なエスプリは喪失し、
大地はその上に満載した重さに耐えられぬ程疲労している。
低音を繰返し苛立たしい目付をして。ただ時々閃く一條の
光が私が見たただひとつの明日への媚態であった。

 (部分、『椎の木』昭和十年三月号)

# by sumus2013 | 2019-12-03 20:50 | おすすめ本棚 | Comments(0)