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小間使の日記

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O.H.ミルボウ『小間使の日記』(岡野馨+永井順訳、小山書店、一九五一年三月一五日)読了。久々に痛快な小説を読んだ、という感想。元本は『Le Journal d'une femme de chambre』(Charpentier-Fasquelle, 1900)。小生はブニュエルの同名映画(一九六四年)を先に見て、たしか本書の新潮文庫版(一九五四年)で読んだ記憶があるのだが、例のごとく、すっかり筋書きは忘れて、小間使役だったジャンヌ・モローのシニカルな表情しか思い出さない。ただ、読み出すと、ぐいぐい引き込まれた。

解説によれば《十九世紀後半に光彩を放つた自然主義も、やがて外部から激しい反動を受けたばかりでなく、作家達のうちにも内省批判の傾向が現はれたが、ほとんど最後の一人として自然主義の法域を護つたものこそオクターブ・ミルボウ(一八五〇〜一九一七)である》(永井順「あとがき」)とのことだが、田山花袋『蒲団』(一九〇七)で大騒ぎした日本の状況と比べると、ここまでえげつなく描けるのか、というくらい容赦ない描写が続くのはさすがフランス、と思わざるを得ない。

主人公の小間使セレスティーヌは、子供時代を修道院で仕込まれたという設定なので、かなり教養がある。これまで仕えてきたさまざまなブルジョア家庭について回想した原稿をミルボウが書き直したという触れ込み。家政婦は見た、というわけである。だから書物や同時代の作家の話題もあちこちに織り込まれている。例えば、病気がかなり進んだ少年ジョルジュの看護をしたことがあった。

《ジョルジュさんは詩が大好きだった……テラスで波の音を聞きながら、または夕方、部屋の中で何時間も何時間もヴィクトル・ユーゴーやボードレール、ヴェルレーヌ、メーテルランクの詩をあたしに読ませた。どうかすると、ジョルジュさんは眼を閉ぢ両手を胸の上でくみ合せたまゝ、動かずにゐることがあつた……眠つたことゝ思つて、口をつぐむと……ジョルジュさんは、ニッコリ笑つて、あたしに云ふ。
 ーー続けておくれ……眠つてやしないんだよ……かうやつてると、詩がずつとよく解るんだ……お前の声もずつとよく聞える……それに、お前はいゝ声だ……
 時としては、自分の方からあたしの言葉を遮ぎつた。ぢつ[二文字傍点]と考へこんでから、韻律を長く延ばしながら、一番感激した詩をゆつくりと暗誦した。そして、あたしにも詩を了解させ、詩の美しさを感じさせようと努めた……あゝ、あたしには、どんなにそれが嬉しかつたことだらう!……
 ある日、あの人はかう云つた……あたしはその言葉を大切に心に抱いてゐる。
 ーー詩の崇高なところは、それを理解し、愛するのに、学者たることを必要としないことだよ……いや、学者はかへつて詩を理解しない。多くの場合、学者は慢じた心から詩を軽蔑してゐる……詩を愛するには、飾りのない、花のやうな赤裸々な小さな魂があればいゝ……詩人は、素朴な人、寂しい人、病める人の魂に話しかける……そこに詩の永遠の生命があるのだ……感受性を幾分なり持つてゐる者は、常にある意味で詩人だといふことを、お前、知つてゐるかい?……ねえ、セレスティーヌ、お前自身も、よく、詩のやうに美しいことをあたしに云つてくれたよ……
 ーーまア!……ジョルジュさま……おからかひになつては……》(p122-123)

幸せな奉公は、二人が愛し合うことで悲劇的な終わりを迎えるのだが、こんな綺麗な場面ばかりではなく、エロ本やエロ新聞、春画、など赤裸々な庶民の読書生活を窺い知ることができる仕掛けになっている。上流婦人風俗としてひとつ「へえ〜」と思った箇所があったので引用しておく。気前が良くてまぬけな若夫婦の家で働いていたときのこと。

《あたしがコルセットの紐を結んでゐる間、奥さんは姿見で自分の姿を見ながら、あらはな腕を上げて、房々した腋の下の毛を交る〜”〜撫ぜてゐた……あたしは笑ひたくツてたまらなかつた。《かはいゝ妻》や《大きなベビちやん》には、汗をかく思ひをさせられた。二人とも馬鹿げてゐてお話になりやしない!……》(p336-337)

十九世紀のフランス・マダムは「房々した腋の下の毛」を自慢げにもてあそんでいたのだ。

検索してみると一番にこんな記事が出てきました

《わき毛の処理が一般的になったのは1915年頃、アメリカのファッション誌で「夏服を着るならわき毛を処理しよう」という広告が出てからといわれる。これを受けてアメリカでわき毛処理のブームが起き、程なくして日本に伝わった。》


by sumus2013 | 2022-08-19 19:58 | 古書日録 | Comments(0)
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