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作家と珈琲

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『作家と珈琲』(平凡社編集部編、平凡社、二〇二二年一月一九日、装幀=佐々木曉)読了。作品社の『日本の名随筆別巻3珈琲』(一九九一年)と同じような編集方針なのだが、そこはそれ、三十年のへだたりがあるわけだから、自ずと目新しい書き手を選ぶことになるし、「作家と○○」シリーズの一冊でもあるので、結局は、似て非なる仕上がりとなっている。文豪たちのコーヒー談義もこれまであまり紹介されていない文章を拾ってあるところは評価していい。五十二篇のうち『喫茶店の時代』で参照したのは五篇くらいかなと思う。

表紙写真は「珈琲を味わう有吉佐和子」。有吉玉青は「緑の珈琲」と題してこの写真について書いている。

《母・佐和子が珈琲について書いた文章がないということで、珈琲を飲んでいる表紙の写真について、寄稿のご依頼をいただいた。
 私の生まれる前の写真だが、縁のとがった眼鏡は私がものごころついてからもかけていた。当時は眼鏡といえばこの形で、小さな私はこわい感じがして好きではなかったが、今見ると流行の眼鏡のように見えるから不思議である。そして見ているうちに、母とよく珈琲を飲んだような気がしてくるから不思議である。》(p36)

《そんな心もとなさだが、母がタンザニアの珈琲に夢中になったことを覚えている。世界中を旅していた母が晩年、魅了されたのが彼の地で、そこで「緑の珈琲」を買ってきた。輸入して販売したいとまで言った。》(p37)

エッセイのなかでは小沼丹「珈琲の木」のユーモラスなタッチが好きだ。妻が「珈琲の木」をいつも珈琲豆を買う店でもらって帰る。その箱には注意書があった。

《その苗は一、二年で二、三十糎になり、三、四年で一米ぐらいになり、一米ぐらいになると初夏の頃、芳香のある純白の花を咲かせ、緑色の実を附け、その実が赤く熟します、と洵に調子のいいことが書いてある。尤もその前に、丹精こめて育てると、と云う前提があるが、木を枯らしてやろうと思って育てる人間もいないだろう。
 その注意書を読んだら、無性に白い花が見たくなった。その花の香を嗅ぎたくなったから、手始めにちっぽけな苗木を直径二十糎近い黒い植木鉢に移した。苗木は何しろマッチの軸木と同じ大きさだから、大きな鉢に移したら釣合が取れない。頗る不格好だが、そのくらいは我慢しなければ不可ない。》(p18)

というような次第で毎日手をかけて珈琲の木を育る。そのかいあって順調に成長し、高さ六十センチほどにもなる。「早く花をつけろ」……と期待が膨らむところで終っているのがいい。

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水木しげるの「ある一日」には、アイデアに詰まった漫画家が散歩に出て、いつも立ち寄る古本屋(古本珍文堂)と喫茶店(喫茶しの)が登場している。古本屋の店頭描写がなかなか細かく観察されており、さすが水木しげると妙に感心した。このとき古本とコーヒーで合わせて八百円を遣っている。最後のところに「亡者の笛」を描いて宏文社に持っていくとあるので、これは一九六〇年頃のことだと分かる。当時、コーヒーは五十円程度だったからけっこう高い本を買ったようだ。

なお本書でサニーデイ・サービスの曽我部恵一が香川県出身ということを知る。

by sumus2013 | 2022-02-17 20:48 | 喫茶店の時代 | Comments(0)
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