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花嫁の指輪

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沢野ひとし『花嫁の指輪』(角川文庫、平成十年十月二十五日)を読んでいると、喫茶店が出てきたのでメモしておく。「橋を渡る」のなかの「聖橋」に御茶ノ水駅近くの喫茶店「穂高」が登場する。ここは有名な店である。(改行を一行空きとした)

《何十年も前から駅のすぐそばにある「穂高」が、僕たちのつかっていた喫茶店だった。その名のごとく、ひと昔前は山男たちの溜まり場だったが、現在ではサラリーマンが多く、駅から近いので原稿の受け渡し場所にもなっている。

 近くの本屋で買った山の本を、この穂高でぱらりとひらくのが楽しみであった。今は大きなビルに建てかえられているが、有名な取次会社・日本出版販売がとなりにあり、当時出版社に勤めていた僕は、週に二、三回は穂高で営業の人とよく話をしていたのだ。

 穂高の窓から聖橋をぼんやり眺めては、夕方会社に戻ったものである。春は神田川の土手沿いに桜が咲き、窓側の椅子に座ると心なごむ風景を見ることができる。

 二十年前になるが、この穂高で山仲間と待ち合わせ、あれこれ山行の相談を夜遅くまでしていたことがある。ある日窓から聖橋の土手の石垣を眺めていると、仲間の一人が「あの石垣、登れないかな」と指さした。高さ五メートルの垂直の石垣である。》(p96)

次は「白い街」から国立の古本屋のくだり。

《初めて中央線の国立駅に降りた時、当時大学生だった僕はその街がすっかり気に入ってしまった。駅前の広い道路の両側には、青々とした葉を持つ桜並木がつづき、暑い夏の午後だというのに駅前の風景は涼しく見えた。街を探索してみると、本屋と骨董品屋と上品なたたずまいの喫茶店が多く、それまで僕の知っていた街とちがい、文化の香りがした。》(p186)

《南口から三本の放射状の道路があり、そのうちの一本である旭通りが僕の通勤路であった。その通りにはなじみの古本屋が二軒あり、毎夜のごとく顔をだしては、好きな山の本や珍しい詩集を買ってはアパートに帰るのだった。二軒の古本屋は都内とくらべて値段も安く、本の種類も豊富で、なによりも気のいい主人が魅力であった。》(p187)

参考までに『古書店地図帖全国版』(圖書新聞、一九七三年第二刷)から国分寺・国立の地図を引用しておく。

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これにつづいて「レイ」という喫茶店の物語が始まるが、それはここでは省略する。出版社の営業だった経験がつづられている部分も興味深く読める、拾い物の一冊だった。

by sumus2013 | 2021-08-10 20:27 | 喫茶店の時代 | Comments(2)
Commented by komako321 at 2022-06-18 12:53
旭通りの一軒、谷川書店のご店主は書かれているそのままの方でした。行けば丸椅子を出して「まあ、座って」といわれて話し込み、持っていった本は高く買ってくれました。本を売りに行ったのに帰りに「こんな本があるから持っていって」と渡されてしまうほどの気のいいご店主でしたが、亡くなって久しいです。
このブログは楽しみに読ませていただいていますが、沢野ひとしさんが本の中で谷川書店のことにふれているようなので、思い出してしまいました。
Commented by sumus2013 at 2022-06-18 15:09
ありがとうございます。そんなお店ならぜひ行ってみたかったです。昔、小平に住んでいたころには、そこまで古本に浸っていなかったので・・・
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