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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


橄欖 第五号

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『瀧口修造研究会会報 橄欖』第五号(瀧口修造研究会、二〇二一年七月一日)を頂戴した。深謝です。瀧口修造を中心軸にさまざまな論考が展開されている。高級な同人雑誌。

『橄欖』第五号

巻頭は石原輝雄「デュシャンピアンのシルエットーー瀧口修造と笠原正明」。「デュシャンピアン」はデュシャン大好き人間のこと。笠原氏はサラリーマンコレクターとしてローランサンの版画蒐集からスタート、一九六〇年代後半にマルセル・デュシャンに注目し、その作品やドキュメント類を集めはじめたという。本稿ではその笠原氏が瀧口修造と出会って実現したデュシャン展について詳細に報告されている。二人の出会いが本屋だっというのが嬉しい。

《笠原は銀座・イエナ書店の店頭で瀧口を見かけ「デュシャンを集めています」と声を掛けた。瀧口は優しく「一度、遊びにいらっしゃい」とその場で、白い名刺カードを取り出し万年筆で名前と連絡先を書き入れ渡す。さっそく土曜日に西落合の瀧口宅を訪ねて始まったデュシャンを介した交流は、海外から入手した作品などを持参する形で、楽しく長く続き、「デュシャンの売り物が出るたびに、瀧口先生に相談したり、時には先生のお口添えで作品を手に入れることができたのです」と笠原は回想している(『美術手帖』一九八一年八月号)。》(p13)

収集を始めておよそ十年、笠原氏は自身のコレクション展を計画、瀧口は案内状のデザインをし、言祝ぎの文章も寄せている。会場は目黒区自由ヶ丘の自由が丘画廊、会期は一九七八年一月十日〜二九日。石原氏は、一月十五日の午後、その会場を訪れた。そのときの展示の様子は安齋重男が撮影・構成したアルバムに残っている。また、あれこれ想像をめぐらしたくなる名前がずらりと並んだ芳名録も。それらを仔細に点検したのが石原稿である。

《次第にデュシャンに注目する人が増え、強度は別として、自らを「デュシャンピアン」と呼称する現象となり今日に至っている。しかし、デュシャン受容史において先見的で重要な本展が、ほとんど知られていないのが実情と思われる。その原因としては後続するデュシャンピアンの多くが、「網膜の喜び」を否定する言説に引きずられ、脳内チェス・ゲームばかりに関心を示す自己癒着に陥った結果だと思う。実作を必要としないとは、人間に関心が無いのと同じである。》(p27)

コレクター魂の咆哮だ。デュシャンが言葉の人(詩人あるいは哲人と呼んでもいいかもしれない)であったためそちらの面からばかり論じられる。あたまでっかちな言説が蔓延している。しかしデュシャンの作品はなにより美しい。たぶんデュシャンは美しさのレベルを超えようとしていたのだろうが、つべこべ言わず、結局のところ「網膜の喜び」がもっとも重要だ、という意見に小生も一票である。

もう一篇、土渕信彦「蔵王連作デカルコマニー、そしてバー「ガストロ」のことなど」も面白く拝読(こちらはその一部がネット上で読めます)。

土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の箱舟」第7回

吉岡実コレクターの小林一郎氏のために引用しておくが(ご存知でしたら無視してください)、土渕稿(註3)にこういう記述があった。慶應義塾大学アート・センター所蔵の瀧口修造宛て宮垣昭一郎書簡合計七通の紹介。

《および「ガストロ連」連名の見舞状(七〇年か)で、署名は以下の一五名である。多田美波、宮垣昭一郎、東野芳明、山口勝弘、磯崎新、海藤日出男、福島秀子、大岡信、武満徹、飯島耕一、塩瀬宏、中原佑介、榎本和子、漆原英子、吉岡実。瀧口「自筆年譜」一九七〇年の項には以下の記載がある。「九月、胃カメラ検査の結果、潰瘍のほかに前癌症状の兆候ありと、直ちに胃の切除手術をうける。》(p157)

吉岡実も「ガストロ連」の一人だったらしい。


by sumus2013 | 2021-07-04 20:11 | おすすめ本棚 | Comments(4)
Commented by manrayist at 2021-07-04 21:02 x
『橄欖』第五号と拙稿などご紹介いただきありがとうございます。どこかで、笠原さんのコレクションを拝見できる機会があればと願っております。
Commented by sumus2013 at 2021-07-05 08:13
ぜひ拝見したいものですね!
Commented at 2021-07-05 17:19 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sumus2013 at 2021-07-05 19:31
お役に立てれば何よりです。瀧口は武満徹のことを大切に思っていたようですね。本書でも逸話が語られています。
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