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薔薇色の雲

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緊急事態宣言下ながら必要あって古書ヘリングへ。中心部の人出はそう減っているとも思えなかったが、岡崎公園あたりは閑散としていた。「父の道具展」(二〇一八年末にギャラリー島田で開催)を古書ヘリングの二階で開催する手筈になった。むろん目下、緊急事態のこともあり、解除されてからだとして、さて、期日をどうするか相談。暑くなる前、六月初旬あたりにしようかと。はっきり決ったら改めて告知します。

その帰途、某書店の均一にてジョルジュ・サンド『薔薇色の雲』(杉捷夫訳、青磁社、昭和一九年二月三〇日、装幀・挿画=大石俊彦)を、表紙の清楚な感じに魅かれて求めた。帰宅して検索してみると「日本の古本屋」ではそこそこしっかりした評価である。ざっと読んでみたが、これは拾い物だった。

「薔薇色の雲」と「ピクトルデュの館」の二篇が収められている。基本的にはどちらも同じ構造の作品。夢見がちな少女が親元を離れて一芸を極める。「薔薇色の雲」では一流の紡ぎ手になる。後者はもう少し事情が込入っており、人気画家の父親が時代の変化とともに没落するのと逆に、娘が才能ある画家として成長して父を助ける、という物語。

「ピクトルデュの館」から父である画家フロシャルデの人気ぶりを描写したくだりを引用してみる。

《フロシャルデ氏はまだ四十を越してゐませんでした。顔が綺麗で、愛嬌があり、金持で、育ちがよく、なかなか交際上手の男でした。非常に丁寧に仕上げた、みづみづしい肖像畫を描くので、評判になり、それで大分金が出來ました。貴婦人達は大層よく似てゐると云つて悦に入るのが普通でしたが、その譯は、いつも實物より美しく若く描いてあるからでした。ほんとのことを云ふと、フロシャルデの描く肖像は、どれもお互いによく似てゐました。頭の中に非常に綺麗な美人の型を一つたたみ込んで居り、それにほんの少し修正を加へて再生してゐるのでした。依頼主の髪形と着物を忠實に寫すことにだけ専念するのです。さうした細部の正確さが肖像の個性の全部でした。》(p104-105)

ところが数年経つうちにフランス人の趣味も新しい傾向を求めるようになった。ローマ時代の遺跡の発掘が進み、「雅趣ある簡素」が「装飾過多」にとって代る傾向が現われた。旅行が盛になった(グランドツアーの時代!)、古代風の家具が流行した。

《フロシャルデは段々憂鬱になり、自分自身の腕に嫌気がさして來ました。繪や彫刻で肉體の線といふことが再び自覺され出したことは、彼の油斷をついた形でした。衣裳を目立たせるために彼はいつもその方はごまかして來てゐたのでした。今まで自分に惠んで來た流行が日増しに下火になつて來てゐることに彼は氣づいてゐました。》(p211)

結局、食い詰めたフロシャルデは、新時代の画家として売り出しはじめた娘に頼ることもなく、自邸を売りに出すことになるのだが……。

これらはどちらも孫娘たちのために書かれた小説で、「ピクトルデュの館 Le Château de Pictordu」は一八七三年三月に『ル・タン』紙に連載され、「薔薇色の雲 Le nuqge rose」は『両世界評論』一八七二年八月一日号に掲載されたとのこと(あとがき)。生前の単行本には収録されず、生存中から刊行されていた全集に歿後加えられた。



by sumus2013 | 2021-04-30 20:21 | 古書日録 | Comments(0)
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