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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


蒐集品目録

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中野書店の古本倶楽部三百号の末尾に『蒐集品目録』(ガリ版刷り)というちょっと気になるタイトルが載っていた。あまり期待せず註文してみた。無事に届いたのがこちら。表紙の題簽は手書き毛筆。B5判、本文は西洋紙の袋綴じ四十八丁(九十六頁)というずっしりした体裁。奥付などはなく、前書きとして、蒐集者・吉井由太郎の「蒐集趣味三十周年ヲ迎ヘマシテ」という文章が置かれている。それがなかなか読ませるので部分的に引用してみたい。

《顧ミレバ實ニ早イモノデシタ私ガ蒐集趣味ヲ創メマシタ動機ハ今カラ恰度三十年前ノ明治三十八年日露開戦中デ當時非常ニ絵葉書ガ流行シマシテ次カラ次ギト色々ノ変リモノガ出マスノデ見ルカラニ面白クテ堪リマセンデシタノデ遂ニ一枚二枚ト集メマシタ》

戦地の兵隊から来た通信葉書、新聞の号外、古郵便切手、商標など手当たりしだいに集めて行ったそうだ。

《然ルニ私ハ翌三十九年志シテ新潟郵便局集配人ニ奉職シマシタ後逓送人トナリマシタガ当時朝早ク夜ハ遅イノデ休日以外ハ殆ド趣味ニ親シムコトガ出来マセンデシタノデ遂ニ蒐集品ハ局ヘ持チ行キ服務ノ暇々ニ整理ヲシ或ハ眺メテ唯一ノ娯シミトシテ居リマシタ處ハカラズモ同四十一年ノ大火ノ際不幸ニモ蒐集品ハ家ニ置キマシタ僅カ一部ノモノヲ残ス外全部郵便局ト共ニ焼失シテ仕舞マシタ》

明治三十九年に就職したとしたら、明治二十年前後の生まれと考えていいかもしれない。ところが、職場に持ち込んで楽しんでいたコレクションの大部分が大火により焼失してしまった。

《一時ハ大イニ落膽シマシタガ再ビ意ヲ決シテ更ニヨリ以上ノ蒐集ニ努力シタノデアリマス或時ハ屑屋ヲ漁リ或ハ路傍ニ落チテアル燐寸ノ空箱ヤ色々ノ商標ナド拾ヒ之ヲ石鹸水ニ清洗シテ帖ニ貼付シ或ハ商標ヲ目的ニ不用ノ品ヲ買ヒ集メ或ハ趣味交換会ヘ入会シ或ハ休暇ヲ利用シテ蒐集旅行或ハ日夜怠タラズ少シの暇アレバ友人知己ヲ巡訪シテ歩キマシタ何時シカ友人等カラ高等屑屋ノ称號サイ戴キマシタ》

家族の迷惑など考えず汚かろうと重かろうと何でも貰って帰ってきた。

《常ニ私ノ趣味ニ理解アル家内ノ者デスラ堪ヘ兼ネマシテ石バカリハ持ツテ来テクレルナ床ガ下ルト時折叱言モ耳ニシマシタ斯ノ如クシテ一箇ノ石一葉ノペーパータリ共入手シマシタ時ノ私ノ喜ビハ何ニ譬ヒン様モアリマセン實ニ愉快サハ到底趣味ナクシテ誰カ味フコトガ出来マセウカ》

大正大典を記念して名家の《御染筆》(要するに有名人の肉筆)を集めることを思いついた。それは直接旅館を訪問して断られても五度十度足を運んで嘆願したり、縁故をたよったり、並大抵の苦労ではなかったらしい。

《諺ニ苦ハ樂ノ種子トカマウシマスガ今日斯ノ如キ貴重ナル品々ヲ山積スルコトヲ得マシタコトハ何等私ノ力デハアリマセン是畢竟御名家先輩友人諸賢ノ一方ナラヌ御同情ト御援助ノ賜物ニ外ナラヌノデアリマス》

いやいや、あなたの執念の成せる業でしょう。前書の日付は昭和九年十一月三日となっている。吉井由太郎を検索してみてもほとんど何も情報は得られなかった。念のため『昭和前期蒐書家リスト』を参照すると、同じ新潟県出身の吉井八百吉(北蒲原郡聖籠村丸潟、1938古通、人類学、伝記)の名前があっただけ。その八百吉さんの名は『蒐集品目録』には見当たらない。名家に当らなかったのだろうか。しかし人類学に興味があるとすれば、二人がまったく没交渉だったとも考えにくいようにも思う。

以下、コレクションの分類だけ引用しておく。

名家肉筆葉書揮毫者

石器時代の遺物
古瓦之部
化石之部
孔銭之部
各国貨幣之部
藩札及紙幣之部
大日本郵便切手之部
記念切手之部
郵便葉書之部
封緘葉書之部
万国聯合郵便葉書之部
記念郵便絵葉書之部
郵便封皮之部
郵便帯紙之部
郵便電信封緘紙之部
各種印紙之部
外国郵便切手
外国郵便葉書
汽車電車乗車切符之部
全国鉄道沿線駅弁当及名物包装紙
自動車乗車券及乗船券
博覧会展覧会及宝物其他入場券
マッチノペーパー「明治大正時代ノモノ」
一般商標
雜之部

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名家肉筆葉書揮毫者は、地元の新潟県出身者が多いということを除けば、さまざまなジャンルにわたって分け隔てない(ミーハー的な)人選かとも思われる。見る人が見れば、驚くような名前があるかもしれない(ないかもしれない)。三ページだけだが、画像でご覧いただきたい。外国人の筆跡も、ビハリ・ボースなど、少数だが入手している。当然かもしれないが、坂口仁一郎(民政党新潟支部長・代議士)の漢詩も蒐集していた。坂口安吾の父である。

阪口五峰


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by sumus2013 | 2021-02-25 20:23 | 古書日録 | Comments(0)
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