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犀星映画日記『犀星映画日記』(室生洲々子編、龜鳴屋、2020年10月18日)。すらすらと楽しく読了。大正、戦前昭和、戦後と室生犀星の日記より映画に関する記述を抜き出してまとめた内容は、予想以上に面白いものだった。忌憚のない感想が書きとめられ、気に入らないと上映途中で出てしまう。昔の映画館のいかにものんびりした様子も今となっては貴重な記録。 昭和二十七年十一月二十日 木曜 くもり 《山王映画への途中、きのうの理髪店の少女がにこにこして挨拶して行ったが、笑ったときに鬼歯が二本口の中から飛び出して見えた。大きな眼も鼻も見えずに、その牙のような歯だけが見えた。 映画館の二階の便所の壷があふれ、あたりが尿のにわたづみが出来上がっていて、電燈のかげをうつしていた。この界隈の不潔な町のはらわたを見るようで、頭がにごるような気がして館を中途で出た。》(p54) 昭和二十八年五月二日 土曜 はれ 《大森の銀映座で「デデという娼婦」を見ていると、突然、フィルムが切れ赤みのあるスクリイン一杯の、火の色がうつった。映写室の小窓に炎のゆらぐのが見え、観客はみな立ったが、映画館の掛の者は何もいわず、非常口に近いので外の客と二人で扉をあけた。看客はすぐはじまるだろうという顔付で、誰も慌てなかった。依然として掛の者から何ともいう声がない、間もなくぽんぷが来た。看客は失笑するだけである。映画館のまわりはもう群衆で一杯であるが、看客は二百人くらいいてゆっくり構えている。外に出てみると煙が窓をあけたときに、すこしはみ出したくらいであるが、ぽんぷは二階の窓に水をひく布の菅[ママ]を引張り上げている。いくら待ってもだめだと思い、かえった。ばかばかしい暢気な光景であった。》(p64-65) この情景そのものがまるで映画のようではある。 喫茶店やカフェーが何度か登場するのでメモしておく。 《[大正十五年]十一月七日 夜、宮木君[宮木喜久雄]と動坂に出て汁粉食べたり。「砂絵呪縛」を見しかど甚しく詰らず。》(p13) 《[昭和二年]十月二十九日(月曜日) 活動を見て片町にて喫茶、喫茶中に植木屋に電話をかけていたりしに、不意に蓄音機起れるを硝子越しに聞き、鳥渡[ちょっと]東京にいるらしい気を起す。》(p16) 《[昭和四年]五月二日 帰途邦楽座に行き、出でて赤鬼[二文字傍点]にて酒をのみ、カフェ・レニングラウドに行く。》(p20) 《[昭和二十九年]四月十八日 日曜日 はれ 堀たえ子来る。 銀映座に行きゼエムス・メイソンの一映画を見て、不二屋で茶を喫む、たえ子一泊、仕事、》(p83) 《[昭和三十一年]一月十四日 土曜日 はれ アークレミン ビタミンB、C 仕事 駅に出て映画を見物、不二屋で喫茶、》(p106) 《母と銀座で試写会を見た後は、祖父の好物の支那料理で夕食をし、不二屋でお茶を飲むのがお定まりのコース。映画の余韻に浸ったのだろうか。娘との外出を楽しみ、祖父が唯一、普通の父親に戻れる時間だったに違いない。》(「あとがき」p122) 登場する映画に即した武藤良子女史のイラストも俳優たちのデフォルメがなんともユニークで、ムトーの世界に引っぱりこまれる感じである。
by sumus2013
| 2021-01-27 17:51
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