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旅人くん

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永島慎二さんから頂戴した一九九七年の年賀状。木版画です。二十四年前にもなるとは……

やはりギャラリー島田でいただいたもののなかに『炉辺閑話』No.63(杉並区郷土博物館、令和2年10月)があった。巻頭は「杉並文学館 井伏鱒二と阿佐ヶ谷文士 風流三昧」展紹介だが、その七ページに「杉並文学散歩(第63話)」として永島慎二(1937-2005)が取り上げられている。これを興味深く読ませてもらった。

《杉並区の子どもたちは、小学校に入学すると緑色の図書館バッグを受け取ります。そこに描かれているイラストは、永島慎二の「旅人くん」です。
 そして、昭和52(1977)年4月から平成10(1998)年7月まで、図書館の無かった地域を約4,000冊の本を積んで巡っていた移動図書館もまた、「たびびと君」の愛称で親しまれていました。永島が、杉並区の図書館にゆかりの深い漫画家であると言われる所以です。》

それは知らなかった。

《永島が阿佐ヶ谷のまちに住むようになったのは、妻小百合の祖父母が所有する下宿の一部屋が空いていて、家賃もいらないと言われたのがきっかけでした。永島は、結婚まもない昭和35(1960)年から、平成13(2001)3月に西荻窪に転居するまで、阿佐ヶ谷一丁目(現・阿佐谷北二丁目》に住み続けています。》

この話はどこかで聞いたか読んだかした記憶があるが、つづいて引用されている永島の文章が興味深いので孫引きしておこう。「阿佐谷村の午後」(『地上』昭和60年7月号)。

《この町をぼく等は阿佐谷村と呼んでいる。まさに人の出入りのはげしい都会の中の村なのだ。あの有名な作家太宰治と酒呑んでケンカしたことのある人が住んで居たり、私の下宿している家の斜め向かいでは梶山季之氏がその無名時代にコーヒー店"ダベル"を営んでいたと云う話を、四つ角の渡辺金物店の主人に最近聞いてビックリした。》

「喫茶店の時代」に使えそうではないか。実際、永島さんは喫茶店大好き人間で、その漫画には数多くの喫茶店が登場する。生きておられたら八十四歳か。懐かしい人である。

by sumus2013 | 2021-01-04 21:05 | コレクション | Comments(0)
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