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マニエリスムの旅

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岡井隆『マニエリスムの旅』(書肆季節社、一九八〇年五月付梓、五三五部上梓)。名古屋時代の政田岑生が手がけた渾身の一冊。まずは何より書物に関係する歌を探し出してみた。[ ]内はルビ、原文どおり全て拾った。


かつかつと書[ふみ]噛むばかり半夏生[はんげしやう] 劇画の女[ひと]の、やよ仁王立

学問に流眄[ながしめ]くれて久しかり半日君と君が書庫に居る

葬りまで間ありて覗く天神町レヴィ=ストロース見出でよろこぶ

いまだ視ぬもの欲しがりて夏の日の神保町を歩みゐたりき

覆刻版『馬酔木』を欲しと思ひつめまたあいまいになれば飯[いひ]食ふ

「伊勢」を読むあつき砂の上[へ]追はるるを常[つね]たのしみて女はあるを

むし暑き地に影絵して遊べども人生といふ不可視の書物

のどかにてわれの想ひの透らざるかかる夜半の塚本邦雄

佐太郎の『天眼』をよむ二三日まへ出遭ひたる蛇[くちなは]思ひて

黄金のニーチエ全集一冊を久しく借りて読まず返しき


岡井隆の訃報を聞く、少し前、ある古書店の均一コーナーに岡井隆の歌集があって、買おうかどうしようか、かなり迷った。結局、迷った末に棚にもどした。だいたいが歌集などはほとんど見向きもしないのだが、このときは何故かその本が気になったのは、虫の知らせというか、古書の知らせなのか、そのあとしばらくして亡くなったというニュースが出た。

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某氏にその話をしたところ本書を送ってくださった。署名本である。しばらく借覧させていただこう。ざっと読んだ感じでは、塚本邦雄よりはとっつきやすい。その塚本が長文の解説というか、跋文を執筆している。岡井は「あとがき」の末尾にこう書いている。

《塚本邦雄さんの解説は、辛辣な慰撫である。久しぶりに、(昔もらったような)長い手紙をもらった気分になった。塚本さん、ありがとう。
 政田さんには、長い長い約束を、いまようやくはたした気持である。板付空港のロビイで会ったのは、八年前か。お礼の言葉を、こころから申しあげる。》

この「あとがき」が素直に読ませる好エッセイだ。塚本のヒネリが効きすぎた解説と対照的。

《この本は、私の第八歌集である。すなわち『斉唱』『土地よ痛みを負え』『朝狩』『眼底紀行』『天河庭園集』『鵞卵亭』『歳月の贈物』につづく、第八番目の単行歌集ということになる。
 内容となる作品は、昭和五十二年(一九七七年)十二月より昭和五十四年(一九七九年)十一月までの約二年間の制作にかかわり、ほぼ、制作順にならべた。わたしの五十歳、五十一歳の折りの作品のあつまりである。》

と書き出され、《いぜんとして、感冒の嵐のなかにある。》と近況をつづって行くのだが、これだけでもっと岡井の随筆を読んでみたいと思わせる。ウィキを見るとかなりの数の著書がある。これから注意しておこう。

最後に珈琲の歌を一首。

珈琲の沼にしづかにとけながら花のかたちの糖あるらしも



by sumus2013 | 2020-08-02 19:56 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by 小林一郎 at 2020-08-03 23:52
「マニエリスムの旅」、興味深く拝読いたしました。
すでにお読みいただいているかもしれませんが、
私も岡井さんの訃報を受けて、吉岡実との関りを
「岡井隆氏が逝去(2020年7月12日脱稿)」にまとめました。
吉岡実はそこで「数年後、岡井隆は歌の世界に復帰し、
それからは意欲的に、『鵞卵亭』をはじめ、数冊の歌集を公刊しつづけた。
そして『マニエリスムの旅』、『禁忌と好色』へと、一つの頂点をかたち造っている。
どちらかと言えば、私は、『マニエリスムの旅』を偏愛している。」
と書いて、三首、引用しています。(林さんの引用歌との重複はありません)
吉岡さんは塚本邦雄(の人間性)よりも岡井隆の方に親しみを感じていたようです。
Commented by sumus2013 at 2020-08-04 08:06
吉岡実が偏愛していたとは! これまた驚き、そして納得です。「日録ふうのエッセイの書法を確立したのは、岡井ではなかっただろうか」・・・そうなんですね、なるほど。
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