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物語 パリの歴史

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高遠弘美『物語 パリの歴史』(講談社現代新書、二〇二〇年一月二〇日)読了。楽しい本で、すいすい読めるのだが、二月から三月にかけてむちゃくちゃ忙しかったため、なかなか読み終わらなかった。

プルーストの高遠先生ならではの視点で、パリがパリシー族(田舎者、乱暴者を意味するラテン語パリシウスの複数形)の街だった頃から現代にいたるまでの歴史をたどり、公園、美術館、墓地、買い物、レストラン案内までやってのける。この限られたヴォリュームでここまで行き届いたパリ・ガイドはこれまでなかったように思う。

ところで、このところのコロナ禍でにわかに脚光を浴びているらしいのがアルベール・カミュ。あるフランス人のSNSに『ペスト』のなかのこんな一節が引用されていた。

《La seule façon de mettre les gens ensemble, c'est encore de leur envoyer la peste.》

人々をまとめる唯一の方法は、いまだ彼らにペストを送りつけることである・・くらいの意味だと思うが、うまいこと言うなあ。フランスでは完全自宅待機の大統領命令に九割の人間が当然のごとく従っていると言われる。あのわがままなフランス人がここまで結束できるとは、驚きのほかない。

本書によれば《一九一七年から一九一八年にかけての冬にはスペイン風邪が大流行して、パリだけでも数千人が命を落としたと言われています。》(p187)とあるから、現在の状況もたしかに油断はできないが、それにしても、どうして自由・平等・友愛のフランスにおいてこんなに大統領が強い権力を持っているのだろうか? その答えも本書に出ている。一九五四年、アルジェリア独立運動が激しさを増しアルジェリア戦争が勃発した(六二年まで続く)。大統領はルネ・コティだった。容易に解決しない戦況に叛乱まで起こるしまつ。そこで

《一九五八年六月、コティは駐屯軍の意向に添って、引退していたド・ゴールを首相に任命して事態の収拾を図ろうとしました。九月二十八日、ド・ゴールは大統領の権限を強くする新憲法を国民投票で承認させ、大統領に就任。第五共和制の始まりとなりました。》(p206)

なるほど、そういうことだったか。この戦時体制である第五共和制が(くしくもマクロン大統領が「Nous sommes en guerre われわれは戦争中なのです!」と国民に呼びかけたように)今も同様に続いているため大統領も強気で対処できるというわけだ。

本書のどこをめくってもウンチクがたっぷりのなかで、ふたつほど引用してみる。まず、ナポレオンの「余の辞書に不可能の文字はない」という言葉。これは鶴見俊輔さんの父である鶴見祐輔がその著書『ナポレオン』に記したものだそう。

《この出典は諸説あるようですが、調べてみると、一八一三年の部下への手紙で、あえて現代語ふうに直訳すると「それは不可能ではないと貴君の手紙にありましたが、それはフランス的(フラン語的)ではありません」となる一節がそれに当たるようです。》(p115)

「不可能ではない」の二重否定はフランス語的ではない・・・要するに官僚的な言い回しは気に食わんというココロか。もうひとつ。こちらもあまりにも有名なマリー・アントワネットの「それならお菓子(あるいはブリオッシュ)を食べればいいのに」も事実ではないそうだ。

《もともとジャン・ジャック・ルソーが『告白』のなかで一七四〇年の記述として「さる女王」の言葉を引いているだけであり、マリー・アントワネットが生まれたのはそれより後だからです。》(p90)

こんな引用をしていてはキリがない。出典のしっかりした豆知識満載。ぜひ座右に一冊、おすすめしたい。

by sumus2013 | 2020-03-20 17:45 | 巴里アンフェール | Comments(2)
Commented by 高遠弘美 at 2020-03-21 21:37
お読み頂いたばかりかまたとないご感想を賜り、いつもながら恐縮しております。伏して御礼を申し上げます。お蔭で、三月になってすぐに重版が決まりました。林様をはじめ、皆さまに感謝いたします。
Commented by sumus2013 at 2020-03-22 07:58
重版お慶び申し上げます。ぎゅっと凝縮しながら、教科書調にならず、高遠様ならではの語り口が随所にみられるのが素晴らしいと思いました。
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