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平瀬先生旧蔵康熙字典

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石川鴻斎『鼇頭音釈康煕字典』(鳳文館、明治十六年)のバラ三冊。銅版本。なんと全四十巻。詳しい書誌情報は下記参照。

康煕字典. 巻之1-40 / 石川鴻斎 音釈


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この扉の前にうす紙(トレシングペーパーのように薄い)の遊び紙があって、そこに押されている蔵書印(花園中学校印)と寄贈の書き入れに注目した。

昭和十一
平瀬先生蔵書
平瀬東爾氏寄贈

これは平瀬先生=平瀬東爾と考えていいのだろうか? あるいは平瀬先生は平瀬東爾の父親だとか、そういう意味か。平瀬東爾を検索してもほとんどヒットがない。唯一ひっかかったのが南方熊楠記念館所蔵の来簡。

平瀬東爾・封書 来簡3526 平瀬東爾

南方熊楠顕彰館

石川鴻斎についてはウィキペディアから引いておく。

《石川鴻斎(いしかわ こうさい、1833年 - 1918年9月13日)は、日本の詩文家、漢学者、画家。本名は英。字は君華。通称は英助。芝山外史、雲泥居士などの号をもつ。

三河国豊橋の商家に生まれる。西岡翠園、太田晴軒、曽我耐軒らに師事して漢学を学ぶ。1877年(明治10年)東京に転居。同じ三河出身の和泉屋市兵衛が経営する書店に勤め、編集に携わる。また、芝増上寺の浄土宗学校の開校に際し、漢学の教師に就任。同年、清国の全権公使、副使、随員らが宿所として増上寺に滞在した際に、筆談をもって会談に加わる。

1878年、東京文昇堂より詩文集『芝山一笑』を刊行。これらにより漢学者としての名声が高まり、この時期に注釈本など数多くの著作を手がけ、小野湖山・前田黙鳳・依田学海・富岡鉄斎などと親交を結ぶ。主な著作に『夜窓鬼談』(1889、東陽堂)など。》

by sumus2013 | 2020-03-04 17:27 | 古書日録 | Comments(1)
Commented at 2020-03-05 00:59
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