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薔薇の名前昨年十月、善行堂の表の均一台から拾い出して読みはじめ、この正月にようやっと読了した。ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』河島英昭訳(東京創元社)。上巻は一九九〇年三月五日再版、下巻は一九九〇年一月二五日初版。原著『Il nome della rosa』はボンピアーニ社から一九八〇年に刊行されている。たまたま本日はエーコの誕生日(一九三二年一月五日、北イタリアのアレッサンドリア生まれ)。 この日本語の全訳が出た頃、読んでみたいなとは思ったのだが、上下合わせて税込み4000円では手が出なかった。ひょんなことで英訳のペーパーバックを古本屋で安く見つけたのが間違いのもと。つい読みはじめてしまった。英語で、しかも舞台は中世の修道院ときては、この万華鏡のような言葉の洪水のなか、見たことも聞いたこともない単語が半分以上はあっただろう。それでも分かるところだけ跳ばし読み、ときどき辞書を引く、という感じで最後までページをめくり終った記憶がある。よくぞ辛抱した(ガマン較べじゃないんですけど)。その後、ジャン・ジャック・アノー監督による映画「薔薇の名前」を観るにおよんで、なるほどそういう内容だったのか、とようやくにして得心したような次第。 日本語に訳されていてもほぼ理解不能な単語の羅列には閉口するが、まあそれはキラキラの装身具か重厚な鎧兜のようなもの、芯となるストーリーやトリックについては、新味がほとんどないと言っていいだろう。それもそのはずである。訳者の「解説」に次のようにある。 《一九六〇年代から七〇年代へかけて、イタリアの文学者たちはーー無邪気な作家は別としてーー創作の困難性の前に立たされていた。責務の文学をどの方向へ切り開いたらよいのかという新前衛派(エーコ自身もこれに属していた)と前衛派(モラーヴィアやパゾリーニなど)の激しい論争のなかで、作品のうちから物語生が閉め出されていくために、小説は息絶えだえになっていた。モーロ事件によって、それが、ほとんど止めを刺されたのである。繰り返して言うが、そのような文学的状況が、エーコに小説を書かせる直接の動機となった。》 モーロ事件とはBR(赤い旅団)がモーロ元首相を誘拐した事件を指すが、要するに、現実が小説を蹴散らしていた。そこでエーコは、あるいはその直接のきっかけとなったのはカルヴィーノの文学なのだが、物語性をふたたび取り戻そうとした、それが本作だということになる。名探偵ホームズ、デカメロン、神曲・・・そんな形式を借りて、そこに作者を取り巻く現実の事件を重ねながら、作り上げた記号の大伽藍である。 《『薔薇の名前』が出版されたのは、一九八〇年九月のことであった。たまたまその年の十一月半ばから、自分の別個の目的のために、私はトリーノに住んでいて、大学の研究所へも出入りしていた。どこの書店のウィンドーにも、ランスの聖堂の床に描かれていたという迷宮の図柄をあしらった『薔薇の名前』のハードカバーが並んでいた。前評判もかなりのものであった。記号論で一家をなしたエーコが、小説を書いた。中世の僧院を舞台にした推理小説仕立てであるという……「きみは読んだ?」そうたずねると、「いいえ、まだ」という答ばかり返ってきた。エーコはトリーノ大学の同じ文哲学部の出身で、彼らは直接にせよ間接にせよ、エーコと近い関係にある研究者のはずであった。いや、それだからこそ、そういう返事ばかりが返ってきたのかも知れない。一本を求めようと思っているうちに、すぐに書店のウィンドーから『薔薇』の姿が消えた。再版中だという。 しかし、それはすぐに手に入った。仕事が一区切りした所で、ある日、ホテルのベッドに寝ころんで読みだした。当時、私は自分なりの考えを追って、トリーノ駅前にあるホテルのパヴェーゼが自殺した部屋に寝起きしていたのであるが、そのころは、自分の目で物事を見ないようにする努力をしていた。それゆえ、パヴェーゼならば、『薔薇の名前』をどのように読むであろうか、そう思いながら読み進めていった。それなのに、ある瞬間に、私は自分の目でしか読めない自分を感じた。先に掲げた、長い引用の、ドルチーノ派の事件を、読んでいたときのことである。》(「解説」河島英昭)
by sumus2013
| 2020-01-05 20:49
| 古書日録
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