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林哲夫の文画な日々2
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園部英文『歌集 旅路』

園部英文『歌集 旅路』_f0307792_19311767.jpg

園部英文『歌集 旅路』(洛北の里社、昭和十一年十二月十日三版、初版:昭和十年三月十五日)を入手。武者小路実篤が「序」を執筆している。《君の詩集のできるのをたのしみにしてゐます》と始まる文章で、序文というより私信の転用かもしれない。その次にある「自序」に

《料理屋のおやじが柄にもない歌集を発刊するなんて生意気な量見を出したことを嗤つて下さい、身のほど知らぬ白痴者奴と。》

としてあり、さらに読むと、貧しい生活の上に病魔に悩まされた、ブラジルで五年間苦闘したなどとあって、サンパウロの移民収容所にもいたそうだ。《病身者の私を親切に永い間御世話下さいましたサンビセンテの高越、宗野両氏に対し満腔の謝意を表します》云々とある。また、サンパウロ州立美術学校に通ってもいたらしい。その当時のデッサンが掲げられている。

園部英文『歌集 旅路』_f0307792_19312378.jpg

収録作品はすべて三行に分かち書きした短歌。病気の様子、移民の不安がストレートに表現されている。


 蜂雀[ペルセベジヨ]
 昨日も今日も病みて住む
 我が茅屋の窓近く飛ぶ。


 頬の肉
 落ちしものかと手をやれば
 あごひげ伸びて驚いて手を引く。


 移民船
 今日サントスに着くといふ
 恋人に逢ふ心地するかな。


 京訛
 聞きたけれど誰もなし
 寂しき心抱いて帰る。


 寝もやらず
 囁いてゐる若き夫婦ありき
 移民収容所[イミグラソン]の隅の寝台[カマ]にて


洛北の里社は八瀬遊園地平八茶屋内という住所になっており、《料理屋のおやじ》と自序にあるわけだから園部英文は主人ということになる。平八茶屋は創業天正年間というからかなり古い歴史を持つ料理屋。山端・平八の他に八瀬店もある。そちらの主人だったのだろう、詳しくは分からないが。

例えば、東都我刊我書房から出たばかりの『倉田啓明探偵怪作撰 落ちていた青白い運命』(二〇二〇年一月一八日)に収録されている倉田の食味随筆に平八茶屋が登場している。「三都いろいろ」(『上方食道楽』昭和五年三月号)の「京都名物」に次のように出ている。

《美濃吉の鼈[すつぽん]や鰻の入った茶碗蒸はうまいものの一つだ。また芹川茄子の田楽もいい、平八の薯蕷汁[とろろ]は雅味があり、平野家の芋棒は大衆的である。》(p226)

もう一箇所、「鮎と山椒魚」(『上方食道楽』昭和五年六月号)に

《高野川の岸にはとろろ汁で名高い平八茶屋がある。この家の庭は即ち高野の奔流と松ケ崎の山姿[さんし]とを一つにあつめた自然の景趣である。出町橋から高野村までは三十二町、ここから次第に緩やかな傾斜道を爪先上りに上って行くとそこからが八瀬の里、八瀬橋までは高野村から一里と里程標に示してある。》(p240)

としてある。

倉田啓明探偵怪作撰 落ちていた青白い運命

by sumus2013 | 2019-12-20 20:26 | 関西の出版社 | Comments(0)
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