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ペガーナ・コレクション第2巻:芸術論

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ダンセイニ卿『ペガーナ・コレクション第2巻:芸術論』(稲垣博訳、書肆盛林堂、二〇一九年一一月二四日、表紙デザイン=小山力也)読了。

芸術論というタイトルから感じられるほど小難しいものではなく、どちらかというと単純な論理で、読みやすかった。アイルランドや英国の文学に詳しければ、なおさら面白く読めるだろう。

ダンセイニ卿が今日の文章表現について憤慨していることがふたつある。ひとつ、名詞の過剰な使用。もひとつ、カンマの濫用。後者の一部を引用してみる。

《私は王立文学協会の絵画室におり、一枚の絵画を眺めているところを想像している。その絵は協会に寄贈された一枚だ。そこで私は絵画の変質を認め、そこにハエがついていると言う。ハエなど絵画からいつでも取り除けるものだ。しかしそれは、厄介なものであり、そのいくつかは永遠にそこにとどまるのだ。私がここで比喩としてお話ししたものは、「カンマ」であることはご理解いただけるはずだ。それは印刷屋のオフィスやタイピストの間で蔓延し、そのみすぼらしい滴下物で作家の原稿を汚すのである。すべての小さくてうるさいものと同様、カンマも好みを有しているのだ。ハエが目尻や手の傷などに来るように、カンマは「多分」(perhaps)という言葉の周囲に群がって来るのだ。この有害なペスト菌は、ほかにも多くの、速攻を仕掛けるべき言葉を知っている。しかし私は、この言葉以上に害を及ぼす言葉を知らないのである。もしあなたが「私は多分明日、ロンドンへ行く。」("I am going to see London, perhaps tomorrow.")と書いたとする。あるいは、「私は明日、多分ロンドンへ行く。」("I am going to see, perhaps London tomorrow.")と書くかも知れない。このどちらを書くにせよ、世代を超えてカンマを産み、育んで来た軒先から、一対のカンマが降りてきて、「多分」(perhaps)という言葉の両側に張り付くのである。そしてそれは、鉛筆文字が書かれたノートの上に落ちたハエのように、文章を不明瞭なものとするのだ。》(廃墟のなかで)

先日引用したオーウェルも蝿を嫌っていた。英国はよほど蝿の多い国だったのか(むろん日本も昔は蝿だらけだったが)。

《アフリカの旅行者と彼の旅行目的の間には、恒に目に見えぬ虫のベールが懸かっているのである。それは通常、ただ癪に障るだけのものであるが、時に旅行計画を破綻させるものなのだ。同じように作家と読者の間にも、湿地で育ったハマダラカではなく、印刷会社の事務所で育ったカンマという微小な虫が常に存在しているのである。その虫にとって、いくつかの単語は蜜のようなものであり、例えば perhaps(多分)という単語を使う作家には、その虫が大挙して群がり来るのである。》(ドネラン講義、芸術の三つの形態 I 散文)

《印刷屋の見えざる手が意味を歪めてしまうのは無論であるが、このように一定の単語の前後にカンマを打つことは破壊的な行為なのである。》(同)

《印刷工にとってニュアンスや意味などは皆、同じものであり、それはパチンコを持った悪童にとっての窓ガラス同様、尊いものではないのである。》(同)

《多分印刷工は文章を最後まで読まないのであろう。そして今のように印刷工との共同作業が続く限りはこのような意味破綻はなくならないであろう。》(同)

印刷工は毛嫌いされたものだ。誤植読本に増補したい文章である。また、シェイクスピアについて次のように書いているのが印象に残る。

《かつて私は彼の正体を覗き見たと思えた時があった。それは『テンペスト』が彼の遺作であると知った時である。その作品では嵐を呼ぶ魔術師のことが語られる。その魔術師は自分の娘の恐慌を鎮めるために嵐を和らげるのだ。そして作者は遺作の最後の頁で魔術師みずからの杖を大地のなか、何尋もの深さに埋める準備をさせる。魔術師は錘も届かぬ海中深くに沈めるのだ。そこに私はシェイクスピア自身の隠れた一面を見たように感じたのである。それは少なくとも彼自身の内なる感情であり、彼は休息を渇望しており、そこにはもう二度と戯曲を書かないという決意が込められているのである。》(ドネラン講義 II 詩)

もうひとつ「ウェントワース婦人の詩 時代に見過ごされたもの」の末尾に【参考掲載】としてウェントワース婦人のチェスの詩が挿入されている(下記)。レイディ・ウェントワースは16代ウェントワース男爵夫人で詩人、アラブ馬のブリーダーでテニスプレーヤーだったそうだ。彼女はバイロンの曽孫にあたり、父のウィルフリット・ブラントも詩人、作家であった。ダンセイニはこの文章でその忘れられた詩人を《彼女の詩は、まわり一面何もない砂漠の真中に屹立しているのである》と激賞している。


 LIFE AND TIME

Life is a game of chess we play with Time,
Who cannot err. Our Royal pawns begin.

But overset in turn by craft sublime
There is no gambit known by which we win.
Our Knights of love, our castles in the air,
Time takes them every one, for all our skill.
Entrapped or forced to some more dangerous square,
Our pieces fail us, play them as we will.

The game goes on. Awhile there is a word
Of check and counter check in brave display;
A moment our defences hold the board,
A moment yet and they are swept away;
Till over-matched, in desperate case we wait
Alone upon the board the last Checkmate!

人生を人と時の対局とみたてた内容だが、チェス用語がたくみに用いられているところが注目すべき点だろう。じつは、ダンセイニ卿はそうとうなチェスの腕前を持っていた。ウィキによれば、なんとカパブランカと対局して引き分けたというではないか。チェスでは勝敗より引き分けの結末の方が圧倒的に多いが、それでも天才カパブランカと対等に渡り合ったのは立派なものである。ということで、この詩はダンセイニ卿をいたく喜ばせたことだろう。

最後にこんなことも書いている。

《すべての芸術は理解されるものではなく、感じられるものなのである。》(ドネラン講義、芸術の三つの形態 I 散文)

by sumus2013 | 2019-12-08 17:46 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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