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林哲夫の文画な日々2
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新編 左川ちか詩集 幻の家

新編 左川ちか詩集 幻の家_f0307792_20135631.jpeg

紫門あさを編『新編 左川ちか詩集 幻の家』(えでぃしょん うみのほし、東都我刊我書房、二〇一九年一二月一五日、装幀=YOUCHAN)読了。前作『前奏曲』品切れのため新たに編成し直して増刷されたとのこと。

新編 左川ちか詩集 前奏曲

《今回の『新編 左川ちか詩集 幻の家』においては、昭森社版『左川ちか詩集』や、森開社版『左川ちか全詩集』とは、いささか収録内容にちがいがある。それは極力初出での収録をめざしたということだ。なかには編者の判断によっていくつかあるヴァリアントのなかから、編者未確認をのぞいて、最適と思われるものを撰んでいるものがある。そして無辜なる新しい読者たちに届くようにと、新かなづかいによって収録することとした。詩篇であるが、昭森社版しか確認できぬものは、それによっているものがある。》(はしがき)

明治四十四年二月十二日北海道余市町生まれ、昭和十一年一月七日世田谷で死去。ちょうど二十五年の生涯である。収録されているのは昭和五年から十年までの五年間に発表された八十三篇。シュルレアルなイマージュをちりばめた黙示録的な描写がとくに初期の作品にははなはだしいが、それは短い時間に熟成して、なかほどから後半になると、表現はかえって象徴主義的な深まりを見せる。さらにあと何年か成長をみたいと思わないでもないが、左川ちかはこれでいいのだろう。

  The street fair

舗道のうえに雲が倒れている
白く馬があえぎまわっている如く。

夜が暗闇に向かって叫びわめきながら
時を殺害するためにやって来る。

光線をめっきしたマスクをつけ
窓から一列に並んでいた。

人々は夢のなかで呻き
眠りから更に深い眠りへと落ちてゆく。

そこでは血の気の失せた幹が
疲れ果てた絶望のように

高い空を支えている
道もなく星もない空虚な街

私の思考はその金属製の
真黒い家を抜けだし

ピストンのかゞやきと
燃え残った騒音を奪い去り

低い海へ退却して
突きあたりうちのめされる

(全文、『椎の木』昭和七年十月号)



  夜の散歩

 誰れも見ているわけではないのに裸になっているように
私は身慄いする。街路樹には葉がなかった。触ると網膜が
破れそうだ。今まで私をとらえていた怪物の腕はなお執拗
に強制する。信じさせようとしたり、甘やかそうとしたり
する心を。あれは無形の組立をおえたばかりの虚偽なので
あろう。いつまでも失ったものを掘りかえそうとしている
おひとよしな女への冷酷な鞭である。だから再び清麗な反
響は聴えない。成熟した日光の匂も其処にはなかったから。
内臓の内臓を曳き出してずたずたに裂いても肉体から離れ
てしまった声は醜い骸骨を残し、冬の日の中に投げ出され
ている。
 私は嵐のような自由や愛情にとりまかれていたかった。
それなのに絆は断たれた。もはや明朗なエスプリは喪失し、
大地はその上に満載した重さに耐えられぬ程疲労している。
低音を繰返し苛立たしい目付をして。ただ時々閃く一條の
光が私が見たただひとつの明日への媚態であった。

 (部分、『椎の木』昭和十年三月号)

by sumus2013 | 2019-12-03 20:50 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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