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林哲夫の文画な日々2
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門司の幼少時代

門司の幼少時代_f0307792_17270751.jpeg

山田稔『門司の幼少時代』(ぽかん編集室、二〇一九年一〇月一七日)読了。まず何より、本のたたずまいがいい。装幀は西田優子、イラストは平岡瞳。真治彩、またやってくれた。この造本には、ちょっと参ったというか、やられたな、という感じである。そして、いかにも『ぽかん』らしい雰囲気。真治さんのメモによれば、その装幀データは以下の通りである(写し間違いがあればごめんなさい)。

角背糸かがりドイツ装ホローバック仕上げ
表紙:ビオトープGA-FS ナチュラルホワイト 四六判120kg
背 :イニコットン No.400-65
箔 :村田金箔つや消し 金 No.108
見返:モフルショコラ 四六判90kg
別丁扉:はまゆう 四六判26kg
本文:ニューシナオンクリーム 四六判77.5kg

別丁扉というのは本文とは別の紙を使った扉のことで、見返しと本文扉の間に挟み込む。本書はここに半透明な薄い紙「はまゆう」を使ってある。「はまゆう」にはイラストだけを特色(ブラック以外の色、本書の場合は水色)で刷り、本文扉の文字がイラストの背後に透けて見えるという、心にくい仕掛けである。表紙のタイトル枠にも空押しがしてあるなど、細かいところまでこだわりがうかがえる。本文組みも10ポで38文字14行、ゆったりと読みやすい。申し分ない仕上がりだ。

申し分ないのは装幀だけではもちろんない。山田さんの随筆もこれ以上ないくらい澄み切って、しかし例によってイロニックな調子も底に残しながら、センチメンタルではない、センチメンタルジャーニーを堪能させてくれる。氷屋だとか紙芝居の描写にはしびれるが、ここでは、本ブログの性格上(?)、書物や書店の登場する部分のみを少しばかり引用しておきたい。

《しだいに家に引きこもるようになった私は、部屋で寝ころんで読みあきた少年倶楽部や講談社の絵本、『正チャンの冒険』、『のらくろ』、『冒険ダン吉』などの漫画のページをめくった。》

山田さんは昭和五年生まれ。昭和十六年まで門司で育った。

《うちには何冊かのアンデルセンやグリムの童話集のほかは、少年少女世界文学全集のたぐいはそろっていなかった。私は一生その種の文学全集とは無縁だった。そもそも本好きの子ではなかったのだ。それでも子供向けの『巌窟王』、『宝島』、『家なき子』といった本はあって読みはしたがよく憶えていない。そんなものよりも私の愛読書は南洋一郎の『密林の王者』、『吼える密林』、山中峯太郎の『敵中横断三百里』、『亜細亜の曙』などの冒険小説、軍事小説だが、そのいずれもすでに読み飽きていた。
 ある日、たまたま茶の間の戸棚に、平田晋策という人の書いた『われ等若し戦はば』という緑色の表紙の本を見つけた。戦う相手はアメリカだった。》

《しかし何より胸をときめかして読んだのは家庭医学書の「赤本」だった。母にかくれて盗み読みしたからいっそう魅力的に思えたのだろうか。「赤本」のことはすでにほかの所で詳しく述べたので繰り返さない。

これは『特別な一日』に収められている。また、父上の趣味について次のようなことも書かれている。

《当時父は大阪に本社をおく会社の門司支店に勤めていたが、休みの日など、二階の部屋で何をしていたのか。たぶん本や雑誌、たとえば中央公論などを読んでいたのだろう。後日わかったことだが、父には漢詩や書の趣味があった。江戸後期の儒学者で漢詩人の頼山陽の詩をみずから墨書したものを表装して掛軸にし、床の間に掛けて楽しんだりしていた。そいういえば大きな硯があって、墨(変った形の箱に入った支那墨)をするのを手伝った憶えがある。
 それらの掛軸は戦後間もなく父が死んで一家が窮乏に陥ったとき、物々交換の有力な品となった。掛軸なら何でもと、進駐軍がいい値で買っていったのだ。一本でも残しておいてほしかった。だが、こうして交換された食料、米、油、砂糖などのおかげで生き延びられて、いまここにいる。》

喫茶店も登場しているのでメモしておこう。『特別な一日』(朝日新聞社、一九八六年)が刊行された直後、未知の人物からもらった手紙について書かれたくだり。二歳年長、門司の人で、京都にも短い間だけ住んで、小説も書いていたという。その手紙はずっと机の奥にしまいこまれ、忘れられていたが、門司の思い出を書き終わったころ、ひょっこり現れた。

《あのひとはわずかな間でも京都に住んでいたのなら、「詩人の魂」を聴いたシャンソン喫茶というのは、私も当時ときどき足を運んでいた四条河原町界隈の「再会」、「築地」あるいは「夜の窓」のどれかだったのではあるまいか。ひょっとしたら、あのひとと私は同じ店の同じレコードでこの歌に耳を傾けたのでは……などと空想を楽しんだのである。

山田さんは懐かしくなって、その手紙に書かれていた番号に電話をかける。呼び出し音が鳴る・・・と、さて、どうなるでしょう。

by sumus2013 | 2019-11-08 20:37 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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