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Sleeping Beautyマン・レイ・イスト石原輝雄氏の新著『眠り姫物語』(銀紙書房、2019.8.27、限定25部)を読了した。今回は、マン・レイの油彩画『肖像』(一九五二)のアクィジションをモチーフとして、それを記念しつつ、マン・レイによるラジオ放送(一九五六)とロサンジェルス・カウンティ・ミュージアムでのアーティスト・トーク(一九六六)の音源を翻訳したもの、および、マン・レイのモデルになり、また生活をともにした女性たち、リー・ミラー、メレット・オッペンハイム、ジュリエット・マン・レイの回想談話を翻訳した内容である(いずれもそれぞれ聞き手がいます)。 装幀もこれまでとはイメージを一新して、なんともブリティッシュかつ爽やかな仕上がりである。 いっしょに暮らした女性陣の回想と言うと、そら恐ろしいような気もするが(ジュリエットとは結婚し、マン・レイ歿後には彼女が遺作の処理にも当った)、彼女たちは皆、アーティストとしてのマン・レイを尊敬しており、皆が皆、特にその絵画を高く評価していることが、いちばんの特徴であろう。なるほど、だから石原氏はこれらの翻訳を油彩画『肖像』とカップリングしたのか、と思い当たる。彼女たちがマン・レイを非難する言葉はひとつ〈頑固者〉だけである。 読みどころはあちこちにあって紹介しきれないので、例によって、細かいところをひとつ。あらためてマン・レイ作品のタイトルの面白さを認識した個所があったので、メモしておくことにする。そういえば、以前「アングルのヴァイオリン」について書いたことがある。 アングルのヴァイオリン Violon d'Ingres だいたいが、洒落のめした題名ばかりなのだが、例のメトロノームに眼の付いたオブジェ、その逸話が興味深い(『マン・レイ自伝』のなかでも触れられているが、すっかり忘れていた)。一九二三年にパリでダダの展覧会をしていたとき、美術学校の学生たちが大勢で乱入してきた。こんなくだらないゴミを展示するなという保守的な若者たちだった。展示されていたメトロノームはそのゴタゴタに紛れて盗まれてしまった(彼らの一人が持って消えてしまったと自伝にはある)。 石原訳で本書のそのくだり。 《三つ目は、ご承知のとおりの『破壊すべきオブジェ』あるいは『破壊のオブジェ』と呼ぶ眼をメトロノームに取り付けたものです。彼らはそれをつかみ取り破壊した。意味が判ったのかね。(笑) それで、わたしはオブジェを手に取ったり、使わなくなったりするたびに、役に立つ題名(*4)を少しだけ付け加えると言いました。だって彼らには文字通りの題名ですからね。》 話が少し違うが、まあ、それはいいとして、ここでマン・レイが『破壊すべきオブジェ』あるいは『破壊のオブジェ』と語っているのは、本書の註によると〈Object to Be Destroyed〉と〈Object of Destruction〉である。メトロノームは此の後、何度も再制作されており、その度にタイトルも変わっているらしい。註には次のようにまとめられている(改行は引用者による)。 《*4 Object to Be Destroyed(1923-32)『破壊すべきオブジェ』、 Object of Destruction(1932)『破壊のオブジェ』、 Lost Object(1945)『失われたオブジェ』、 Indestructible Object(1958)『破壊されざるオブジェ』、 Last Object(1966)『最後のオブジェ』、 Perpetual Motif(1972)『永遠のモチーフ』。 一九六五年にエディション・マットから限定一〇〇個の『破壊されざるオブジェ』が作られた。》 さらに加えて『マン・レイ自伝』仏語版には「Object perdu, 1963」とされる図版が掲載されている。 《意味が判ったのかね》というマン・レイの発言だが、これは「object to be destroyed」は、文字通りに取れば「破壊対象物」という意味で、『自伝』フランス語版では、英語のように受動態ではなく「Objet à détruire」(破壊すべき物体)と訳されている。もしフランス語によるタイトルなどが示されていたとすれば、フランス人の学生なら意味はストレートに伝わったはずで、持ち去って壊してもタイトル通りの行為になる。実際には、そうではなく、英語でタイトルが示されていたのだろう。だから彼らは、面白半分に、メトロノームとして使えそうだとか、古道具屋に売り飛ばすとか、そういう理由で持ち去った、ということだろう。英語でなければ、シャレの面白味は半減してしまう。 そう感じられるのは〈object to〉には「〜に反対する」という意味もあるからだ。たぶんその場合は〈being destroyed〉か〈destruction〉と名詞形にするのが普通なのだろうが、そうすると「破壊に反対」という意味にも取れる。オブジェクトという単語の多義性・・・まさにジュリエットの次の発言通りである。 《彼の言葉にはアメリカ人特有のユーモア(*)があった。彼はフランスに住んでいても本当の意味でアメリカ人でした。彼が生み出すアナグラムやシャレ、多くのオブジェもシャレの一種、彼のタイトルが判ると、とても面白いのです。 * 皮肉を効かせながらも前向きな見解に至る。センス・オブ・ユーモアは知性の象徴と云われ、社会的評価を左右する。》 画家としてのマン・レイに対する評価は近年いちじるしい上昇を示している(オークションの結果が証明する)。やはり女性たちはよく見ています・・・ メトロノームに付いている目はリー・ミラーのものだそうだ(本書p90)。リー・ミラー自身も非常にすぐれた写真家である。パリで回顧展を見たことを思い出す。 リー・ミラー写真展
by sumus2013
| 2019-09-06 21:11
| おすすめ本棚
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Comments(2)
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by
manrayist
at 2019-09-07 08:40
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拙著、ご紹介いただきありがとうございます。誤訳ばかりの本ですが、「マン・レイ愛」に鑑みお許しいただけないかと甘えております。文化圏が異なる我々が「アメリカ人特有のユーモア」を解するのは、無理難題の世界。ですが、視覚芸術のサポートがあるので、なんとか迫りたいと日々研鑽につとめております(笑)。
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by
sumus2013 at 2019-09-07 10:23
ユーモアを翻訳するとユーモアじゃなくなる場合がほとんどですものねえ。難儀なお仕事だったろうと推察しております。あちらこちらの頁で刺激をいただきました。結局は、マン・レイの人間性なのでしょうねえ・・・愛すべき。
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