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一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦

季村敏夫さんより『1930年代モダニズム詩集』194頁6~7行に誤記ありという指摘があったという知らせがありました。参考のためメモしておきます。

季村氏の記述
神戸高等商業学校(現、神戸商科大学)

正しくは
兵庫県立神戸高等商業学校(現、兵庫県立大学)

ウィキで調べても、なんだかややこしいが、とにかく別の学校である。

《旧制神戸商業大学(きゅうせいこうべしょうぎょうだいがく)は、1929年(昭和4年)に設立された旧制官立大学。略称は「神戸商大」。国立神戸大学の前身校である。なお、新制公立大学である兵庫県立神戸商科大学(略称は神戸商大・現兵庫県立大学)とは別大学である。》

《兵庫県立神戸高等商業学校(ひょうごけんりつ こうべこうとうしょうぎょうがっこう)は、1929年(昭和4年)に設立された旧制専門学校。略称は (県立)神戸高商。同年に神戸商業大学に昇格した官立の神戸高等商業学校とは別の学校である。》






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杉本真維子氏が東京新聞(二〇一九年一一月二日)「あくまで、詩」に一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦』を紹介してくださいました。





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中島俊郎氏が神戸新聞(二〇一九年一一月三日)「ひょうご選書」に一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦』を熱い筆致で紹介してくださいました。見出しは「現実との軋轢から生まれた詩群」です。




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平田俊子氏の書評が出ました。共同通信の配信記事です。「詩はいま/呼び寄せられた詩人の魂 30年代のモダニズム詩集」。






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『現代詩手帖』二〇一九年一一月号に内堀弘さんが紹介してくださいました。「影などない」。

《季村が彼らを見つけたのか、彼らが季村を見つけたのか。一冊を読み終わった後に不思議な余韻があった。》

《北村太郎が「空白はあったか」で書いていたように、三十年代のモダニズム詩人たちも(いや、彼らこそ)、影に見える時代を肉体を持って生きた。たとえば、隼橋登美子の作品は、戦争の不穏を眼前にしながら、その颯爽とした息づかいにほれぼれする。こんな女性詩人がいたのかと思う。確かにいたのだと、季村は彼らを追うが、彼女も、いやこの三人は痕跡を嫌うように消えている。》




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二刷出来上がりました!




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『毎日新聞』2019年10月8日号(兵庫面)に季村敏夫さんのインタビュー記事が大きく出た。まず、矢向季子、隼橋登美子との出会いを語り、その次に《最初は2人の詩を別々に紹介するつもりでしたが、本の装丁をしてくれた林哲夫さんから「もう一人、(まとめるのに)誰かいないの」と提案され、冬澤弦が思い浮かびました。》とあってちょっとビックリ。たしかに、最初に相談されたとき、季村さんは、薄い冊子体を想定しておられたようで、しかし中綴じではなく、背を出したいとおっしゃった(図書館で背が読める方がいいと)。

しかし、例えば32ページくらいで背を出してもどうかな、と思ったわけである。その後、みやこめっせの春の古書即売会会場で季村さんと立ち話をしたときに、もう一人加えて、三人ならちょうどいい厚みになるんじゃないですか、誰かいませんか、というような話をした。すると季村さんは即座に「迅くんが見つけた『新領土』の詩人がいるんやわ、冬澤弦。そうや、それがええわ、三人集にしよう」というようなことで『一九三〇年代モダニズム詩集』の骨子ができたというわけである。

《ーー3人の詩は「しなやかさ・切実さ」という共通点はあるものの、かなり違いますね。隼橋は鋭く、矢向には女性性を感じます。冬澤のカタカナ詩には現実社会の緊張感がひそんでいます。

「ーー」は記者(岸桂子)氏の発言。いい感想だ。全体としてよくまとまった記事になっているのもうなずける。

《◆本当に鋭い。なのに、今までなぜ語られてこなかったのか。3人の共通点は(戦前の)総力戦体制を全身で浴びたところです。
 ーー全体を読むと、1930年代を現代に重ね合わせていますよね。
 ◆第一次世界大戦後に西欧で起こった「ダダ」などの1920年代思想が日本に入り、若者の心に食い込みましたが、30年代につながらなかった。そして日本は総力戦体制に突き進みました。この流れは、2年前に成立した共謀罪(の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法)とつながると思うんです。この夏問題化したあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」をめぐる件も同様です。確かに、執筆の根っこにあるのは現実への危機感ですね。

《ーー大きな声を上げない人、こぼれ落ちる事象に目を向けるという姿勢が、今回の3人につながっていそうですね。
 ◆詩とは絶えずそういうものなんです。僕が強調したいのは文化の多層性。神戸の文化を「モダニズム=おしゃれ」といった面だけで読み解くことはできない。多層性を体感したら、国境や宗教の違いも受け入れられるようになるのでは。

結局、背を出すと言いながら、コデックス装にしてしまったので、背には何も印刷できなかった。これは帯を広くしてなんとか対応したけれども・・・。




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鈴木創士さんが『神戸新聞』2019年9月29日号「もぐら草子 古今東西文学雑記」に『一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦』を紹介してくださいました。

《これらの詩人たちは出来事としての「神戸詩人事件」が醸成されつつあった空気のなかに生息し、息をひそめ、息を吐き、息を吸い込み、詩を書いて、それから姿を消した。編者の季村さんは「消えてしまった、たもしいをよびよせる」と序文に書いているが、彼らは一冊の詩集も残さなかったのだ。3人の詩人の生涯の詳細は本書にあたっていただくとして、私はここでこれらの詩について賢しらに書評めいたことを書く気になれなかった。全編を引用できないことがいかにも残念であるが、最後に矢向季子の詩の断片を一つだけ。

私はあたしから離れよう
ピアノをぬけだすミユウズのやうに
時刻といつしよに地球の外へ滑り落ちる
そして燦めく青い絨氈のなかにゐる
あたしの下髪は
蠟のやうに消えるであらうに》

引用は「青い貝殻」より


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好評につき増刷決定!

「一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦」発売中

この背をむき出しにしたコデックス装が詩人の人たちには新鮮だったようだ。詩集ではまだ珍しいのかもしれない。初めて見ましたという感想もいくつかいただいた。最近ではそう目新しい造本というわけでもなく、ときどき見かける。本ブログでもいくつか紹介してきた。あ、何より『書影でたどる関西の出版100』がコデックスというか「特殊クルミ装」(というらしい)でした。

コデックスは巻物に対しての冊子本という意味なので「コデックス装」という呼び名はどうかと思うが、もうこの意味で定着しているようだ。

様々なスタイルのコデックス装 製本事例
http://www.watanabeseihon.com/article/15472691.html


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8月19日、届いた。予想通りというか、予想以上に、表紙タイトル空押しが効いている。光を当て浮かび上がる詩人たち。

本文もカラー図版多数、詩も、論考も、年譜もいい感じ。しおりがまた充実している。しおりの表紙の挿絵は、扉野良人氏がしおりに書いている腕木通信の文字より取った。みずのわ出版、入魂の一冊。

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一九三〇年代モダニズム詩集—矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦


編=季村敏夫

発行=みずのわ出版

装幀=林哲夫

プリンティングディレクション=黒田典孝((株)山田写真製版所)

印刷=(株)山田写真製版所

製本=(株)渋谷文泉閣

四六判(天地188mm×左右127mm) コデックス装 240頁(ノンブル239頁)

表紙 あらじま 白 四六判Y目180kg 表1凹エンボス 表4 K/1°

オビ あらじま 雪 四六判Y目80kg DIC435/1°

本文 b7バルキー 四六判Y目 64.5kg 表版4°/裏版1°

栞 A6変型判(天地148mm×左右100mm)16頁

ファーストヴィンテージ ベージュ 四六判Y目56kg K/1°



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8月の新刊「一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦」

各位
今年の夏も異常に暑い日が続きますが、お変りありませんでしょうか。
今年二点目の新刊「一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦」(季村敏夫編)を刊行します。

小社が関わった神戸モダニズム詩史としては、「永田助太郎と戦争と音楽」(編集=季村敏夫・扉野良人、発行=震災・まちのアーカイブ、製作=みずのわ出版、2009年6月)、「山上の蜘蛛―神戸モダニズムと海港都市ノート」(季村敏夫著、2009年9月)、「窓の微風―モダニズム詩断層」(同、2010年8月)の続編に位置付けられます。

戦時下の神戸と姫路に生き、一冊の詩集も遺すことなく消えた三人の詩人の原石といえる詩篇を収録。かれらの関わった同人誌の人脈から総力戦体制下の文芸活動を検証し、治安維持法違反容疑で詩人17名が一斉検挙された神戸詩人事件(1940年3月3日払暁)の背景と今日的課題を明らかにすべく、今回刊行の運びとなりました。刊行の趣旨につきましては、本書「はじめに」全文を転載しますのでご一読願います。

なお、本書は600部の少部数限定出版、いわゆる自費出版物です。高額なれど本書を必要不可欠とする読者の求めやすい価格という編者の要望もあり、仮に全部数を定価で販売しても制作費全額は回収できない、そういった価格設定となっております。編者著者が肚を括らなければまともな本を遺すことができない、そんな時世でもあります。

8月15~25日頃出来予定、です。ご購読のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

フェイスブックとブログに、本文の刷取り画像を掲載しています。
2019年8月5日
みずのわ出版 代表 柳原一徳 拝

一九三〇年代モダニズム詩集―矢向季子・隼橋登美子・冬澤弦
四六判コデックス装 239頁 図版64点(ほぼ全点カラー)+栞16頁
8%税込2,916円(本体2,700円)ISBN978-4-86426-038-1 C0095
初版第一刷2019年8月15日発行
編=季村敏夫
発行=みずのわ出版
装幀=林哲夫
プリンティングディレクション=黒田典孝((株)山田写真製版所)
印刷=(株)山田写真製版所
製本=(株)渋谷文泉閣

はじめに(本書3~4頁収録)
 かつてあったことは、後に繰り返される。殺戮、破壊、錯誤、懺悔、その重なりのなかで、身体の刻む詩的行為の火、花、火力は現在である。

 上梓のきっかけは、一冊の同人誌と映画との出会いだった。小林武雄編集の『噩神(がくしん)』創刊号で矢向季子を知った。身震いした。映画は、日本統治下の台南の詩人を描く『日曜日の散歩者』(黄亞歴監督)。台湾を襲った地震の映像のあと、同人誌『神戸詩人』が迫ってきた。西脇順三郎らの『馥郁タル火夫ヨ』から引用があり、明るさの戻った部屋で茫然としていた。「現実の世界は脳髄にすぎない」「詩は脳髄を燃焼せしむるものである。こゝに火花として又は火力としての詩がある」、わたしはあらためて、戦時下の詩をたどりはじめていた。

 同人誌と映画との遭遇が、次から次へと出会いを導いてくれた。平坦ではなかったが、みえない数珠のつながる道のり、促されるまま従った。

 かつてあったことは、後に繰り返される。一九三〇年代後半、シュルレアリスムに関わった青年は治安維持法違反容疑で次々と獄舎に送られた。神戸詩人事件はそのひとつだが、現在である。今回編集した矢向季子、隼橋登美子、冬澤弦、初めて知る詩人だが、このラインにも、シュルレアリスムへの目覚め、総力戦、同人誌活動の終焉、モダニストの戦争詩という歴史がある。しかも三人は番外の詩人、一冊の詩集もないまま消えた。

 あるとき、ある場所で、確かに生きていたひと。詩は、息のひびき。声を出して読めば、ひとはよみがえる。生きていた場所、場所の記憶、青空に染まる歓声まで戻ってくる。

 消えてしまった、たましいをよびよせる、この集を編みながら念じていた。

(「がく神」の「がく」の漢字は環境依存文字ゆえ、パソコンによっては正しく表示されない場合があります)

■目次
矢向季子詩集抄/隼橋登美子詩集抄/冬澤弦詩集抄
「夜の声」読後感(矢向季子)/詩をよみはじめた頃(内田豊清)
内田豊清のこと/矢向季子のこと―シュルレアリスムの目覚め/隼橋登美子のこと―神戸詩人事件について/冬澤弦のこと/『神戸詩人』と台南の風車詩社について―石ほどには沈黙を知らず
初出一覧/関連年譜

■栞(16頁)
天使は肉声でうたう 藤原安紀子
遠くに書く―モダニズム詩所感 扉野良人
「しんぼるの森林」に分け入る 高木 彬

■編者
季村敏夫 きむら・としお
一九四八年京都市生まれ。神戸市長田区で育つ。古物古書籍商を経て現在アルミ材料商を営む。著書に詩集『木端微塵』(二〇〇四年、書肆山田、山本健吉文学賞)、『ノミトビヒヨシマルの独言』(二〇一一年、書肆山田、現代詩花椿賞)、共編『生者と死者のほとり――阪神大震災・記憶のための試み』(一九九七年、人文書院)、共著『記憶表現論』(二〇〇九年、昭和堂)、『山上の蜘蛛――神戸モダニズムと海港都市ノート』(二〇〇九年、みずのわ出版、小野十三郎特別賞)、編著『神戸のモダニズムⅡ』(二〇一三年、都市モダニズム詩誌、第二七巻、ゆまに書房)など。


by sumus2013 | 2019-12-06 17:52 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)
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