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ランボーのスティーマー・ポイント

ランボーのスティーマー・ポイント_f0307792_17080069.jpg

鈴村和成『ランボーのスティーマー・ポイント』(集英社、1992年7月10日)読了。鈴村氏はランボーが詩を放擲してアビシニアやイエメンのアデン(当時は英国の保護領)で商人として書いた多くの手紙を読み解き、アフリカのランボーは書簡作者(エピストリエ)だったという説をとなえておられる(『書簡で読むアフリカのランボー』未来社、二〇一三年、など)。

これに関して最近発見して、ちょっと驚いたことがある。『ランボー全集』(青土社、二〇〇六年)の「あとがき」にこんなふうな批評が掲載されているのだ。

《これらが[アフリカなどから出された「その他の書簡」を指す]『イリュミナシオン』に劣らぬ文学的価値を秘めており、ランボーは手紙という形で詩の営みを生涯継続したとする、数年前わが国に出現した説(鈴村和成『ランボー、砂漠を行くーーアフリカ書簡の謎』岩波書店、二〇〇〇年)は論外である。その種の説は、言語の質の相違を、そして書くことへの関わり方の違いを顧みない、まったく抽象的な空想である。》

青土社版『ランボー全集』刊行当時のランボー研究の展開を概説したなかで、この書き振りは、ちょっと感情的に過ぎるのかなという感じがしないでもない。無視してもよさそうなところを、わざわざ批判した。そう言う意味で鈴村説は急所を衝いていると、逆に、思えてきたりするのである。

ま、ただ、アフリカ書簡の多くは家族、特に母に宛てられたものであり、ほとんどはお金の話に集約できる。本(建築や土木などの実用書)を買って送ってくれという依頼も含めて。『イリュミナシオン』や『地獄の季節』とは別物であることは確か。しかし同じ人間が書いたことも確か。論外というのは、やはり、言い過ぎではないかと小生は思う。どんな手紙も真摯に取り扱わなければならないだろうし、鈴村説を読んでいると、『イリュミナシオン』や『地獄の季節』で書いた(予言した)ことを自分自身で実践した後半生だった(二十歳から三十七歳まで)というのが事実のように思えてくる。

カバーの表1写真(上部)はスティーマー・ポイントのロック・ホテルのレストランより港を眺めた光景。スティーマー・ポイントは、一八八〇年(明治十三)、ランボーが初めてアデンへ来たときに着いた場所である。

ランボーのスティーマー・ポイント_f0307792_17075710.jpg


カバーの表4写真はスティーマー・ポイントのユニヴェール・グランド・ホテル。いずれも撮影は著者。

巻末「旅のデータ」のなかにパリの書店についての言及があるので引用しておく。

《パリの書店では、フォーラム・デ・アールとモンパルナスのFNACが新宿の紀伊国屋なみの大型書店で、ここは本が5%割引になる。文学関係ではサン・ジェルマン・デ・プレのル・ディヴァン(Le Divan, 37, rue Bonaparte)、美術書では同じくサン・ジェルマン・デ・プレのラ・ユヌ(La Hune, 170, boulevard Saint-Germain)、哲学・文学書ではリュ・デ・ゼコールのリブレリー・コンパニー(Librairie Compagnie, 58, rue des Ecoles)、詩集ではヴォジラール街のポン・トラヴェルセ(Pont Traversé, 62, rue de Vaugirard)、ムフタール街の「旅人の木」(Arbre Voyageur, 55, rue Mouffetard)、写真集ならサン・シュルピス街の「明るい部屋」(La Chambre claire, 14, rue Saint-Sulpice)に、専門書が揃っている。
 日本のようにけばけばしい装丁の本はなく、マンガや週刊誌も置いていないので、昔の日本の本屋さんに郷愁を感じる人は淡いクリーム色の背表紙の本にとりかこまれて、静かで落ち着いた瞑想の時を過ごすことができる。本の棚の動きもゆったりとしていて、1960年代の初版本ーー30年前の本です。信じられますか?ーーを、いまでも新刊書の棚に見かけることがある。》

これは一九九一年の話である。ジベール・ジョセフが出ていないのがちょっと不思議。ル・ディヴァンはボナパルト通からコンヴァンション通(200, rue de la Convention)へ移転している。ラ・ユヌは本ブログでも何度か取り上げてきたが、これもサンジェルマン大通りから少し離れたアベー通りへ移転し、写真専門の書店とギャラリーになった。

それら以外は今も営業していると思う(小生の知る範囲内では営業していました、もう二年以上前のことになりますが)。九〇年代の初めにはマンガを置いてないなんていう牧歌的な書店風景だったのか・・・。30年前の本と言っても、古書が新刊と混ざって棚に差されているだけのことなのだが、小生も一九九八年に初めて同じ体験をしたときには「おお!」と思った。

by sumus2013 | 2019-06-21 17:22 | 古書日録 | Comments(0)
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