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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


漱石全集を買った日

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山本善行×清水裕也『古書店主とお客さんによる古本入門 漱石全集を買った日』(夏葉社、二〇一九年四月二五日、装丁=櫻井久、装画=武藤良子)読了。なんとも清々しい読書論、古本論である。清水氏の古本道まっしぐらの感じが、なつかしくもあり、うらやましくもある。まあ、小生も古本は好きだが、こんなふうに純真に古本を求めているわけではない。もっといやらしい感じにひねくれていると本書を読んで反省させられた。

何より、口絵として掲げられている、ゆずぽん(清水氏のこと、以下同じ)が買った本を順番に並べた、書棚の写真、そのタイトルの変化が氏のエヴォリューションを如実に証明している。まだ三十歳余か・・・自分自身の三十歳の頃を考えると、こんな本棚はとうてい持っていなかった。もっと偏頗なものだった。

善行堂が火をつけなくても、この若者は燃え上がったとは思うが、口先たくみにその情熱に火をつけたのは、やはり大手柄と言わなくてはならないだろう。本書でもその対話の妙、大人の貫禄が感じられる。貴景勝に胸を貸す白鵬みたい。

『漱石全集を買った日』と表題になっている漱石全集のくだり。ゆずぽんは『「知の技法」入門』に「誰でもいいから一人全集を読むといい」と書いてあるのを読んでその気になったそうだ。

 さて、どの作家にするか迷うね。
 いくつか候補はあったんですが、たまたま古本屋に行ったら夏目漱石の筑摩全集類聚【58】がまとまって置いてあったので、まずは漱石から読んでみようか、ということで買って帰りました。
 全集を読むと良い、というのは小林秀雄もどこかで書いてたな。少しあいまいやけどたしか「ひとりの人の全集を読めば、その人が文学の中でどういうことをやろうとして、どういう企てをしたか、その中でできたこと、できなかったことは何か、ということがよく分る」という風なことを言っていた。》

一応、補足しておくと、全集云々は小林秀雄が「讀書について」で次のように書いているところだろう。

《讀書の樂しみの源泉にはいつも「文は人なり」といふ言葉があるのだが、この言葉の深い意味を了解するのには、全集を讀むのが、一番手つ取り早い而も確實な方法なのである。
 一流の作家なら誰でもいゝ、好きな作家でよい。あんまり多作の人は厄介だから、手頃なのを一人選べばよい。その人の全集を、日記や書簡の類に至るまで、隅から隅まで讀んでみるのだ。
 さうすると、一流と言われる人物は、どんなに色々な事を試み、いろいろな事を考へてゐたかが解る。彼の代表作などと呼ばれてゐるものが、彼の考へてゐたどんなに澤山の思想を犠牲にした結果、生れたものであるかが納得出來る。》

作家を理解しようとするなら、例えば、その家を表から眺めるだけじゃなくて、裏口から寝室、ゴミ箱まで漁れ、と言っているわけだ、そうやって手探りしてこそ生身の作者に巡り会うことができると。そこからさらに進むと、全集だけじゃなくて単行本全部(重版も)とか、初出雑誌すべてとか、書簡や日記の現物、遺品まで蒐集しないではおられなくなる・・・と、もうこれは古本病も膏肓に入ったということで・・・ゆずぽんの将来を心配したりする、必要はなさそうだし、そうなったらそれはそれでけっこうなことである。

新婚旅行でフィンランドへ行ったゆずぽん、ヘルシンキのアカデミア書店でDavid Trigg『READING ART』という本を買ったそうだ。

《古今東西の読書や本に纏わる絵画を集めた本で、「イギリスにも林哲夫さんみたいな人があるんや」と思いました。たしか日本でも最近創元社から『書物のある風景』というタイトルで翻訳書が出ていました。不思議というべきか、当然というべきか、たとえ海外であっても古本屋や新刊書店が目の前に現れると気持ちが高ぶってくるんですね。「おおお!」と小走りで店に入りました。》


向うでは何種類もそういう本が出ているらしい。小生みたいな、と思ってくれるのは嬉しいなあ(苦笑)。ゆずぽんの小走りになる姿が見えるよう。

ゆずぽん、いったいどこまで行くのだろう、あるいは、どんなフィードバックが生まれるのだろう? ふたたび口絵写真の背を追いながら、余計なお世話と思いつつ、つい期待が膨らんでしまうのだ。

by sumus2013 | 2019-05-08 17:06 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented by 小林一郎 at 2019-05-08 23:58 x
「そこからさらに進むと、全集だけじゃなくて単行本全部(重版も)とか、初出雑誌すべてとか、書簡や日記の現物、遺品まで蒐集しないではおられなくなる・・・と、もうこれは古本病も膏肓に入ったということで・・・」という処、ほほえましくも、身につまされて読みました。
ときに、先月4月15日は敬愛する吉岡実の生誕100周年で、拙サイトでもそれを記念して「初出雑誌すべて」を含むあらゆる発表媒体掲載の吉岡実の全詩篇(286篇)の初出形を発表順に並べた〈吉岡実全詩篇〔初出形〕(2019年4月15日)〉を公開しました。宣伝めいて恐縮ですが、お目通しいただけるとありがたいです。
Commented by sumus2013 at 2019-05-09 08:24
素晴らしい、というか、そら恐ろしい追求に完全脱帽です! 後輩たちよ、道は遥かに遠いぞ! と叫びたいです。
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