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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


MOZART MITSUKO UCHIDA

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古本屋の均一にはときおりCDが出ていることがある。最近の収穫はこれ、内田光子「モーツァルト:ピアノ・ソナタ&ピアノ協奏曲他」(PHILIPS)二枚組。DISC1はピアノソナタと幻想曲、ロンドで一九八三、八五年の録音。DISC2はジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団と共演し一九八五、八七年にロンドンで録音された。

DISC1は耳慣れた曲ばかりで内田光子らしくキッチリと聴かせてくれる。正直、モーツァルトとしてはどうなのかなあと思わないでもないが、むろん、これはこれで見事な演奏である。ここしばらく繰り返し聴いていた。DISC2はピアノ協奏曲第20番二短調K.466とピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595。これらは一度聴いただけ。

《1948年に熱海に生まれ、1961年に外交官だった父親とともにウィーンに移住。ハウザー教授に師事して68年にウィーン音楽アカデミーを卒業。66年のミュンヘン、70年のショパン・コンクール、75年のリーズ国際と名だたる国際コンクールでいずれも2位となり、82年のロンドンにおけるモーツァルトのピアノ・ソナタ全曲演奏会の成功で名ピアニストとしての評価を不動のものとした。》(演奏者紹介)

ウィキで「内田光子」を見ると「1970年代は不遇の時代であった」とある。

1971年、英国ウィグモア・ホールでの演奏会にて、ロンドン・デビュー。1972年に拠点をロンドンに移す。ヨーロッパを中心に活動するが、1970年代は不遇の時代であった。東芝EMIなどで細々と録音していたが、大手レコード会社からのオファーは全くなかった。日本では、演奏会を開くことすらままならず、両親がチケットを売りさばくことに苦心していた。本人は「私は日本の音楽大学を出ていなかったから…」と当時を振り返っていた。自主開催や労音などの地方公演、恩師である松岡貞子の配慮で開催していた科学技術館・サイエンスホールにおける公開レッスンなど、金銭面では有難かったが非常に不本意な時代だったと回想している。

やっぱり、二番じゃだめなのか・・・。

by sumus2013 | 2019-04-30 16:56 | おととこゑ | Comments(0)
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